2023年7月号
№193
号
通巻877号
×
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世田谷通信
(101)
猫 草
履歴書に「特技」という欄がある。ご丁寧に「趣味」「資格」「賞罰」などもあり、そんなに書くことないんですけど!と思いつつ、空欄では無味乾燥な人間に思われる気がして、特技欄にはしかたなく「百人一首」と書き込んでいた。子供のころから家で遊んでいるうちに100首覚えていたし、結構得意だったので、まあ書いてもいいだろう・・という程度である。そしてそこに注目する面接官もこれまではいなかった。
ところが。昨今の百人一首「ブーム」と呼びたいほどの盛り上がりである。「ちはやふる」という百人一首を題材としたコミックとアニメ人気で、今までマイナーな存在だった名人・クイーン戦も注目されている。もし今、特技欄に書いたら「おお、さぞかし強いんでしょうな。A級ですか?」などと言われそうである。とんでもない!加えて、中学生の長男。学校の百人一首大会までに「覚えるわ」と3日で100首クリア。それまで読み手をやりつつ片手間でも勝てたのに、百人一首のCDをランダムモードにして本気で対戦したら10枚差で負けた。その後二度と勝てない。自分の反射神経、集中力、記憶力の衰えは目を覆うばかり。
というわけで40代にして特技欄に書けそうな唯一の項目を失ってしまった。まあ履歴書を書く機会自体があまりないだろうが・・。なんだか悔しい。
小学校でももちろん百人一首は覚えるし、多くの学校で大会もあるのではないだろうか。それにしても気になるのが先生方の「読み」である。すべての先生が国語を専門にしているわけではないとは言え「こひすてふ~わがなはまだき~」「先生、こいすちょうだよ」「あ、ごめんね」なんて声が教室から聞こえてくると、「先生、読み手かわります!」と乱入したくなる。中学でも百人一首大会では各教科の先生方が交代で読むので、「リズムも速さもめちゃくちゃなんだよね・・」といつもCDに慣れている長男は嘆いていた。
和歌ゆえに、やはり声に出して詠唱し、言葉の響きの美しさと、掛詞の意味合いの深さを味わってほしいもの。今になって「そういう意味だったのね」と納得や共感することができる句も多いのだが、競技かるたになると「おと・かけ」とか「ながら・うし」のように意味よりもスピード重視な覚え方をするのも、なんだかなあと思うところである。
一時のブームでなく、ゲーム感覚でなく、万葉の昔から平安を経て、21世紀の現在まで読み継がれてきた言葉が、一首でも心に響くといいな、と思う。
(101)
猫 草
履歴書に「特技」という欄がある。ご丁寧に「趣味」「資格」「賞罰」などもあり、そんなに書くことないんですけど!と思いつつ、空欄では無味乾燥な人間に思われる気がして、特技欄にはしかたなく「百人一首」と書き込んでいた。子供のころから家で遊んでいるうちに100首覚えていたし、結構得意だったので、まあ書いてもいいだろう・・という程度である。そしてそこに注目する面接官もこれまではいなかった。
ところが。昨今の百人一首「ブーム」と呼びたいほどの盛り上がりである。「ちはやふる」という百人一首を題材としたコミックとアニメ人気で、今までマイナーな存在だった名人・クイーン戦も注目されている。もし今、特技欄に書いたら「おお、さぞかし強いんでしょうな。A級ですか?」などと言われそうである。とんでもない!加えて、中学生の長男。学校の百人一首大会までに「覚えるわ」と3日で100首クリア。それまで読み手をやりつつ片手間でも勝てたのに、百人一首のCDをランダムモードにして本気で対戦したら10枚差で負けた。その後二度と勝てない。自分の反射神経、集中力、記憶力の衰えは目を覆うばかり。
というわけで40代にして特技欄に書けそうな唯一の項目を失ってしまった。まあ履歴書を書く機会自体があまりないだろうが・・。なんだか悔しい。
小学校でももちろん百人一首は覚えるし、多くの学校で大会もあるのではないだろうか。それにしても気になるのが先生方の「読み」である。すべての先生が国語を専門にしているわけではないとは言え「こひすてふ~わがなはまだき~」「先生、こいすちょうだよ」「あ、ごめんね」なんて声が教室から聞こえてくると、「先生、読み手かわります!」と乱入したくなる。中学でも百人一首大会では各教科の先生方が交代で読むので、「リズムも速さもめちゃくちゃなんだよね・・」といつもCDに慣れている長男は嘆いていた。
和歌ゆえに、やはり声に出して詠唱し、言葉の響きの美しさと、掛詞の意味合いの深さを味わってほしいもの。今になって「そういう意味だったのね」と納得や共感することができる句も多いのだが、競技かるたになると「おと・かけ」とか「ながら・うし」のように意味よりもスピード重視な覚え方をするのも、なんだかなあと思うところである。
一時のブームでなく、ゲーム感覚でなく、万葉の昔から平安を経て、21世紀の現在まで読み継がれてきた言葉が、一首でも心に響くといいな、と思う。
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(100)
猫 草
子供むけの絵本は単純明快、かわいらしいものが多いのだが、中にはちょっと難解な、そして味わい深いものも少なくない。「ぜつぼうの濁点」(原田宗典作・教育画劇)もその一つだと思う。「絶望」の「せ」に付いている「濁点(てんてん)」が、ある日所在なく道端にいる。自分の存在が人を「絶望」させることに思い悩んでのことだ。自分さえいなければ「絶望(ぜつぼう)」は「切望(せつぼう)」という悪くない響きの言葉になれるのにと・・。そして自分だけでは意味をなせない「濁点」はどこか別の字にくっついてやりなおせないかと試みるが、どの文字にも断られてしまう。やがて「濁点」は沼に放り込まれ、ぶくぶくと沼に沈む中、水底から立ち昇ってきたのは「気泡(きほう)」。気泡が濁点とくっついて「希望(きぼう)」になり、光射す水面へと浮上する。・・そんなお話である。小さい子供にはちょっとした言葉遊びのようで楽しく、大人にはその内容が心に響く、かわいらしい絵本である。
「読み聞かせ」という時間が近隣の小学校から消えはじめている。「脱・ゆとり教育」とのことで授業時間数が大幅に増え、始業時間から下校時間まで隙間なくぎっしりと授業を詰めないと年間で消化できないのだそうだ。かくして登校してから1時間目が始まるまでの朝の会も短縮され、結果「読み聞かせ」などと悠長なことをしている時間がない。そういわれれば仕方ないのだが、保護者による「朝の読み聞かせ」の楽しさと有益さを知っている人からは「残念だ」という声も少なくない。
もちろんPTAで運営する大変さはあった。参加する保護者が限られる、それぞれの学年に対して何を読んでいいかわからない、経験がなくうまく読めない、当日の朝、急に都合が悪くなり慌てた・・などなど。しかし緊張しつつやってみた多くの保護者は「子供たちが真剣な目で最後まで聞いてくれて感動した」「本を音読することで、自分も理解を深められた」などの声が寄せられ、先生からも「読み聞かせの後は、子供たちが聞くモードになっているので、授業に集中しやすい。お母さんやお父さんから声に出して読んでもらうことは高学年でもとても有益。」と賛同の声があがっているのだ。
もちろん質の高い教育は大切。そして「ゆとり」も大事。本来、二者択一ではなく、両輪でいいような気がするのだが。一日たった15分の中休みと昼休みに必ず図書室に来て「ここが一番ほっとするよ~はあ~」とため息をつく小学生たちに「読み聞かせ」の楽しさを復活させたい。
〈つのぶえ社・出版物案内〉
さんびか物語 ポーリン・マカルピン著 3000円
ジャパニズ・ヒムス・
イン・イングリッシュ ポーリン・マカルピン著 1500円
日本伝道百年史
バラ・マカルピン宣教記念誌発刊編集委員会 1500円
田舎牧師の記 諏訪武臣著 3500円
初歩教理問答書 (日曜学校用) 250円
解説ウェストミンスター信仰告白 岡田 稔著 500円
緑のまきば
=絶対者なる神を求めて= 吉岡 繁著 2000円
聖霊とその働き E・H・パーマー著
鈴木英昭訳 1500円
初めて学ぶキリスト教 ヘリクマ・テュック共著
鈴木英昭訳 700円
死後と終末 W・ヘンドリクセン著
鈴木英昭訳 1900円
ウェストミンスター小教理案内 鈴木英昭著1500円
十戒と主の祈り 鈴木英昭著 1800円
カルヴィニズムの5特質 ・H・パーマー著
鈴木英昭訳 1500円
教会における女性のリーダーシップ スーザン・ハント著
鈴木英昭監修
三谷澧子・新美すえ子共訳 1300円
=注文先 つのぶえ社=
465-0066 名古屋市名東区梅森坂西2-616-E号
TRL・FAX 052-893-9585
Eメール osamura@kind.ocn.ne.jp
さんびか物語 ポーリン・マカルピン著 3000円
ジャパニズ・ヒムス・
イン・イングリッシュ ポーリン・マカルピン著 1500円
日本伝道百年史
バラ・マカルピン宣教記念誌発刊編集委員会 1500円
田舎牧師の記 諏訪武臣著 3500円
初歩教理問答書 (日曜学校用) 250円
解説ウェストミンスター信仰告白 岡田 稔著 500円
緑のまきば
=絶対者なる神を求めて= 吉岡 繁著 2000円
聖霊とその働き E・H・パーマー著
鈴木英昭訳 1500円
初めて学ぶキリスト教 ヘリクマ・テュック共著
鈴木英昭訳 700円
死後と終末 W・ヘンドリクセン著
鈴木英昭訳 1900円
ウェストミンスター小教理案内 鈴木英昭著1500円
十戒と主の祈り 鈴木英昭著 1800円
カルヴィニズムの5特質 ・H・パーマー著
鈴木英昭訳 1500円
教会における女性のリーダーシップ スーザン・ハント著
鈴木英昭監修
三谷澧子・新美すえ子共訳 1300円
=注文先 つのぶえ社=
465-0066 名古屋市名東区梅森坂西2-616-E号
TRL・FAX 052-893-9585
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世田谷通信
(99)
猫 草
友人と「巣鴨」に出かけてみた。いつもは美術館だが、今回は趣向を変えて「すがも」である。二人とも関東には20年ほど住んでいるのだが、噂に聞くばかりで一度も行ったことがない「おばあちゃんの原宿」に興味津々だった。とはいえ「40代の私たちにはちょっと早いんじゃない?」「まあ高齢化社会の街づくり実例調査?」などと、行きの電車の中では余裕綽々、上から目線だったのだ。
ところが巣鴨商店街に入って、もう心はわしづかみ、直球どまんなか、気分わくわく、目はらんらんである。店先で湯気をたてるお饅頭、ただようお茶のいい香り、海産物は大きなざるに山盛り、すべて試食OKの升売りである。衣類はともかく安く、暖かい品揃え。珍しい乾物類のお店で大好きなアオサノリを見つけた時は歓声をあげた。そこらのスーパーや物産展ではみかけない品、価格も安い!というわけで主婦のテンションは際限なくあがる。お互いに「ちょっとあれみて、あのシラスおいしそう!」「こっちの五目稲荷、大きい~!」お昼時だったこともあり、あちこちの店頭で串もの、まんじゅうをほおばりつつ、商店街を散策する。まずは端まで見て回ろう、買うのはそれからね、と相手をけん制しつつ、二人とも気になる商品と値段チェックに余念がない。お店の人たちも気安く「これはねえ、こうやって食べるとおいしいんだよ!」と声をかけてくれる。若いころならうっとおしいと思ったかもしれないが、そんなやりとりもまた楽しい。とげぬき地蔵の門前町として栄えた経緯だけでは語れない商店街自体の充実度がある。上野のアメ横ほど混雑せず、品物は高齢者向け限定。道幅は狭からず広からず、商店街も長すぎず、あちらこちらにベンチもあり。
「どうしよう!ものすごく楽しい!」「私たちのためにある町だね」とまで言い切って、両手にいっぱいの買い物袋をさげてほくほくである。
コンビニやスーパーにはない人のぬくもりと地域性あふれる品揃え、この賑わい。日本全国どこでも大型店舗とコンビニの立地に、小さな店舗はなすすべもなくシャッターを下ろして歯抜けのようになってしまう商店街が多い中、成功している稀有な事例。なぜだろう?と思う。箱ものや付け焼刃ではない町の活力、また行きたいと思わせる吸引力。全国の商店街が失いつつあり、また今もう一度取り戻すべき地域の「魅力」である。
(99)
猫 草
友人と「巣鴨」に出かけてみた。いつもは美術館だが、今回は趣向を変えて「すがも」である。二人とも関東には20年ほど住んでいるのだが、噂に聞くばかりで一度も行ったことがない「おばあちゃんの原宿」に興味津々だった。とはいえ「40代の私たちにはちょっと早いんじゃない?」「まあ高齢化社会の街づくり実例調査?」などと、行きの電車の中では余裕綽々、上から目線だったのだ。
ところが巣鴨商店街に入って、もう心はわしづかみ、直球どまんなか、気分わくわく、目はらんらんである。店先で湯気をたてるお饅頭、ただようお茶のいい香り、海産物は大きなざるに山盛り、すべて試食OKの升売りである。衣類はともかく安く、暖かい品揃え。珍しい乾物類のお店で大好きなアオサノリを見つけた時は歓声をあげた。そこらのスーパーや物産展ではみかけない品、価格も安い!というわけで主婦のテンションは際限なくあがる。お互いに「ちょっとあれみて、あのシラスおいしそう!」「こっちの五目稲荷、大きい~!」お昼時だったこともあり、あちこちの店頭で串もの、まんじゅうをほおばりつつ、商店街を散策する。まずは端まで見て回ろう、買うのはそれからね、と相手をけん制しつつ、二人とも気になる商品と値段チェックに余念がない。お店の人たちも気安く「これはねえ、こうやって食べるとおいしいんだよ!」と声をかけてくれる。若いころならうっとおしいと思ったかもしれないが、そんなやりとりもまた楽しい。とげぬき地蔵の門前町として栄えた経緯だけでは語れない商店街自体の充実度がある。上野のアメ横ほど混雑せず、品物は高齢者向け限定。道幅は狭からず広からず、商店街も長すぎず、あちらこちらにベンチもあり。
「どうしよう!ものすごく楽しい!」「私たちのためにある町だね」とまで言い切って、両手にいっぱいの買い物袋をさげてほくほくである。
コンビニやスーパーにはない人のぬくもりと地域性あふれる品揃え、この賑わい。日本全国どこでも大型店舗とコンビニの立地に、小さな店舗はなすすべもなくシャッターを下ろして歯抜けのようになってしまう商店街が多い中、成功している稀有な事例。なぜだろう?と思う。箱ものや付け焼刃ではない町の活力、また行きたいと思わせる吸引力。全国の商店街が失いつつあり、また今もう一度取り戻すべき地域の「魅力」である。
世田谷通信(98)
猫 草
今回は晩秋のカマキリの話。家の1階の窓を開けると玄関脇には南天の木がある。そこに1匹のカマキリが何時の頃からか住みついていた。そしてある日、偶然洗濯物にくっついて家の中に入ってきたのだ。次男はカマキリ好きなので、さっそく虫かごを持ってきて捕獲。私は、「何であれ捕まえてしまった以上はもてなす」のがポリシーなので、庭にいたバッタを餌にあげた。カマキリおいしそうに食事。・・それがすべての始まりだった。
夕方にはカマキリを庭に放したが、2日後に洗濯物にぶらさがってまた中へ。次男喜んで虫かごへ、バッタをあげて、夕方放す。同じことの繰り返し、そしてなんと3日後洗濯物をみると同じカマキリがくっついている・・・そうなのだ。「ここに来れば餌がもらえる」と学習したとしか思えない行動である。まさか昆虫にそんな知能が?真意はわからないがそれは4回もくりかえされ、一生懸命カマを伸ばして洗濯物にとりつく瞬間を目撃したこともある。
確かに秋も深まるとバッタや蝶などの昆虫はめっきり減り、餌を捕まえるのは難しいのだ。人間の行動範囲とサイズならバッタぐらいみつかるが、カマキリは基本的に「待ち」である。自分の半径15cm以内の狩猟範囲に獲物が来るのを待つだけ。・・のはずなのだが、このカマキリのように自ら餌をもらいに来る個体もある?本当に?
とはいえ関東にも初霜の頃、私がバッタを探し回る義理もないので家に入るのはご遠慮いただくことにした、が、例のカマキリは相変わらず南天に住み着いたまま。洗濯物の出し入れのたびに、枝の上で物欲しそうにじーっとこちらを眺めるエメラルドグリーンの視線がどうにも気になる。「中途半端に飼おうとするからだよ」とかつて昆虫博士と呼ばれた長男に諭される始末。生き餌しか食べないとは思うが・・とピンセットの先に乾燥糸ミミズ(イモリの餌である)を刺してカマキリの口元に持っていくと、なんと!もぐもぐ食べた!よっぽどお腹が空いていたものとみえる、しかし人の手から人工の餌を食べるとはつくづく変わった個体である。
そしてよく晴れたある朝、ふと見るとカマキリは逆さになって南天の枝に産卵していた。シュークリームのようなふわふわした卵である。ちゃっかり「ごちそうさま。来年、こどもたちもよろしくね」と頼まれたような気がした。来年の春、たくさんの小さな子カマキリが洗濯物にくっついてきたらどうしよう?ちょっと不安になるのである。
猫 草
今回は晩秋のカマキリの話。家の1階の窓を開けると玄関脇には南天の木がある。そこに1匹のカマキリが何時の頃からか住みついていた。そしてある日、偶然洗濯物にくっついて家の中に入ってきたのだ。次男はカマキリ好きなので、さっそく虫かごを持ってきて捕獲。私は、「何であれ捕まえてしまった以上はもてなす」のがポリシーなので、庭にいたバッタを餌にあげた。カマキリおいしそうに食事。・・それがすべての始まりだった。
夕方にはカマキリを庭に放したが、2日後に洗濯物にぶらさがってまた中へ。次男喜んで虫かごへ、バッタをあげて、夕方放す。同じことの繰り返し、そしてなんと3日後洗濯物をみると同じカマキリがくっついている・・・そうなのだ。「ここに来れば餌がもらえる」と学習したとしか思えない行動である。まさか昆虫にそんな知能が?真意はわからないがそれは4回もくりかえされ、一生懸命カマを伸ばして洗濯物にとりつく瞬間を目撃したこともある。
確かに秋も深まるとバッタや蝶などの昆虫はめっきり減り、餌を捕まえるのは難しいのだ。人間の行動範囲とサイズならバッタぐらいみつかるが、カマキリは基本的に「待ち」である。自分の半径15cm以内の狩猟範囲に獲物が来るのを待つだけ。・・のはずなのだが、このカマキリのように自ら餌をもらいに来る個体もある?本当に?
とはいえ関東にも初霜の頃、私がバッタを探し回る義理もないので家に入るのはご遠慮いただくことにした、が、例のカマキリは相変わらず南天に住み着いたまま。洗濯物の出し入れのたびに、枝の上で物欲しそうにじーっとこちらを眺めるエメラルドグリーンの視線がどうにも気になる。「中途半端に飼おうとするからだよ」とかつて昆虫博士と呼ばれた長男に諭される始末。生き餌しか食べないとは思うが・・とピンセットの先に乾燥糸ミミズ(イモリの餌である)を刺してカマキリの口元に持っていくと、なんと!もぐもぐ食べた!よっぽどお腹が空いていたものとみえる、しかし人の手から人工の餌を食べるとはつくづく変わった個体である。
そしてよく晴れたある朝、ふと見るとカマキリは逆さになって南天の枝に産卵していた。シュークリームのようなふわふわした卵である。ちゃっかり「ごちそうさま。来年、こどもたちもよろしくね」と頼まれたような気がした。来年の春、たくさんの小さな子カマキリが洗濯物にくっついてきたらどうしよう?ちょっと不安になるのである。
猫 草
「そうだ、嬉しいんだ、生きる喜び、たとえ胸の傷が痛んでも」アニメ版のアンパンマンはこんな主題歌とともにはじまる。「何のために生まれて、何をして生きるのか、答えられないなんて、そんなのはいやだ」と、このマーチは続く。
世田谷区では「キャリア教育」ということに力を入れており、様々な機会を通じて職業を学ばせる教育プログラムを取り入れている。
先日も小学1年生が「学校のお仕事たんけん」ということで給食室や事務室、もちろん私の働く図書室にもやってきてインタビューをするという授業があった。「どんなおしごとですか」「何冊の本がありますか」「たいへんな仕事はなんですか」など色んな質問を考えて書いてきたインタビューシートに答えを書き込んで帰っていく。中には「一番長いものがたりは何ページですか」(考えたこともなかった。あわてて探した)。「本はどこで買いますか」(専門の業者に発注するという趣旨を1年生に伝えるのは難しい・・)なんていう難問もあったが、どの子も一生懸命に「おしごと」の話を聞いていった。
長男の中学でも3日間の職業体験というのを実施している。保育園、警察署、本屋、蕎麦屋、スーパー、美容院、法律事務所、動物病院、図書館、フィットネス、幼稚園、消防署、ケーキ屋・・・それは様々な業種・業態の「受け入れ先」へ1グループ5人ほどで実習に行くのだ。近所のスーパーにも中学生たちが実習に来ており、1日目はひたすら黙々とパンを並べていたが、3日目の最終日には「らっしゃいませー」と店員さんそっくりに声を出せるようになっていたのがほほえましかった。実習を終えてどの子も仕事の大変さや厳しさに触れ、少し慣れてやりがいと面白さに目覚め、社会にはいろんな「生きる術」があるんだと思ったに違いない。
とりあえず勉強していい成績をとって、いい学校に行って、いい会社にいって、いい仕事をして・・・こんな曖昧模糊とした未来図より、ずっと身近な「リアル職業」体験は「何をして生きるのか」とのアンパンマンの歌詞の問いに近い感覚だろうと思う。
「今を生きることで、熱い心燃える、だから君は行くんだ、微笑んで」この曲はこんな風にも謳っている。どうぞ子供たちが明るい未来を生きられますように。「時ははやく過ぎる、光る星は消える」のだから。アンパンマンマーチは明るく、そして深い歌である。
(96)
猫 草
睡眠というのは不思議なものだと思う。現在中2の長男はよく眠る。学校に部活に塾に宿題とTVも・・と多方面に多忙な生活だが、隙を見てよく寝ている。そして起きてくるとなんだか背が伸びている。成長期なのだと思う。次男もよく眠る。ちょっとでも明るいと起きてしまうので真っ暗にして。夏場は朝日が射し込まないように東側は二重の遮光カーテンで覆っているほどだ。
睡眠中に脳は何をしているのだろうか。目玉は動き、夢をみて、寝言を言い、まるで記憶を反芻しているようだ。情報の整理をしているとか、身体の疲労を解消しているとか言われるが、こんなに毎日毎日、長時間まとまって睡眠をとる生き物は珍しいようだ。コアラやナマケモノのように一日の大半を寝ている動物もいるが、あれは無駄なエネルギーをつかわないように活動自体をセーブしているのであって、人間のように活動時間と休止時間がはっきりしているのとは違うように思う。
コンピュータが時々「ハードディスク記憶領域の整理をしたい」と訴えてきて(そういうメッセージが出る)、どうぞ、とOKをクリックすると何時間も或いは丸一日そのモザイク状にばらばらになったデータを移動してまとめて整理して・・・というのをやっている。きっと人間の脳内も適当に記憶されてぐしゃぐしゃなのを睡眠中に関連付けて整理しておくのだろうなと思う。また、ある時はパソコンが「十分な記憶容量がありません、新しいストレージを購入してください」と訴えてくる(これにOKをクリックすると即、購入手続きに入ってしまうから、簡単には押せない)。人間は新しい脳を追加購入するわけにはいかないので、あふれそうな情報は忘れることで一定の記憶容量を保っているわけだ。しかし「忘れる・覚えておく」の判断が本人の意思に反していることもある。もう忘れたいことにずっととらわれ続けたり、忘れてはいけない大事なことがすっぽり抜け落ちてしまう。だから大切なことは紙に書いたり、写真やビデオに撮ったり、パソコンや携帯に記憶させたりして管理するわけだ。
脳は情報の整理と統合、削除だけではなく想像力、創造力もつかさどっている。この創造の部分がコンピュータにはまねのできない、最も不可思議な機能だが、睡眠が深くここにかかわっている「らしい」程度にしか解明できていないようである。
まだまだ脳と睡眠には未知と謎が多いが・・秋はうたた寝するのに心地よい季節であることは間違いない。
(94)
猫 草
先日、主人の仕事の手伝いで「テープ起こし」をやった。業者さんに頼むと30分で1万円近くかかるのだそうだ。2時間半のヒアリングだったので、かなりの額になる。しかも幾つか納品済の内容が「えーとですね」「あの・・」などもすべて入っていて読みづらい。さらに担当者が理解できなかった単語はすべて***と伏字になっているかカタカナで表記されている。たとえば「サクボオヘイキンマンチョーイ」とある。これは「朔望平均満潮位」。大潮の最高満潮位の平均という意味だ。土木専門用語で、知らないと漢字も頭に浮かばない類の単語である。
こうなると、納品されたものも結局すべて聞き直し、修正を加えていかなくては資料として使えない。それなら最初からきちんと聞いた方がいい。そんなわけで、私も「テープ起こし」を手伝うことになったのだが、やってみていろいろと発見があった。専門家が話すと自分の良く知っている内容や単語は早口になる。略す。言い換える。そのため聞き取りにくくなる。その分野の基礎知識がないと伏字やカタカナだらけになってしまう。
空中に吐き出された蜘蛛の糸のような言葉をかき集め、文字に変換し、話者の思考をたどっていく。話し言葉はとりとめがない。主語や述語、目的語といった文法が明確ではないからだ。それをまず文字に直し、文になるように校正し、さらに重複を省き、或いは省略を補足し、枝葉を整理していく。すると、ようやく文章がたちあがり、「話」の流れが見えてくる。面白い作業だと思う。
翻って、自分が話を聞いているとき、その場「うんうん、なるほどね」と感銘を受け、わかったような気持ちになっているが、どれほど「内容を理解して」いるのかは怪しいものだと思う。「だから○○なのですね」と語りかけられて「そうそう!」と話者に共感しているが、理解には至っていないのである。映画を思い浮かべればわかる。感動の涙を流してもストーリーの説明は難しいではないか。
母国語ですらそうなのだから、外国語のヒアリングがいかに難しいか、よくわかる。これまで「理解」してから「共感」するのだと思っていた。しかしまず「共感」し、そのあと「理解」できるのだ。話者と世界を共有し、その言葉を自分の中で「文章」に変換してはじめて、「理解」に至るのだと。外国語の場合、最初から「理解」しようとするから聞き取れないのだ。まあ共有しようにも単語がわからなければ仕方がないのだが・・。かくも言葉と文字の世界は奥深い。
=アキノキリンソウ=
世田谷通信
(93)
猫 草
新聞や広告で「がんばろう」の文字を目にするとちょっと身構え奥歯をかみしめてしまう。目をそらすにも、直視するにも無力感と心の弱さがある、そんな気持ちからだろうか。
小学校の図書室の仕事で多くの本と接していると、その絵の美しさ、言葉のやさしさ、世界の広がりに浸ることができる。ゆっくり読んでいる時間はなく、整理や修理、様々な本にかかわる作業の中でぱらぱらと目にするだけなのだが。
しかし小学生に人気のある本は偏っていて限定的。大量の本がほとんど読まれないまま日に焼け、装丁が崩れ、廃棄となる。ライトノベルやケータイ小説の影響は児童書にも及んでいて、軽い文章とイラスト付きの読みやすい内容の本が好まれる傾向がある。もちろんシリーズ大長編をじっくり読む子もいるが、少数派だ。
どんな風に本を紹介するか?図書にかかわるものとして、今月のおすすめ本、季節の特集コーナー、読書マラソンや、読書ビンゴ、読書クイズといった企画もので、少しでも多くの本を子供たちに読んでほしいと工夫を凝らす。先生方にも本を紹介する。行事や授業、様々な事務や保護者のクレームまでも日々こなす先生方には自分たちで本を選び、読んでいる時間はほとんどない。そこで教科書を先に読み、どうぞ次の授業の単元に役立ててください、こんな本があります、とお勧めする。「余計なおせっかいと思われませんように・・」と願いつつ
。
最初はほぼ無秩序状態の図書室だったのだが、体系的に本の管理をし、リクエストボックスを置いて子供たちの読みたい本をいれ、できるだけ使いやすく快適な図書室を目指してきたのだが、ようやく基本的な環境が整いつつある。これからはコンシェルジェのように、きめ細かな要求に応えられるようになりたいと思うのである。
現実社会の厳しさは依然としてあり、ときおり不安に包まれもするが、本の中には無限の仮想空間が広がっている。それは時として現実を超え、現実を動かす力を持つ。素敵な本をみつけると、「面白いよ、どうぞ読んでみてね」と思いつつ、手書きのPOPをつけて展示する。そしてその本が借りられたとき、本の世界を共有し、誰かへ本のバトンがわたったことで、「嬉しいな」と思うのである。
(92)
猫 草
地球は丸く、回転しながら宇宙を移動している。薄い地表に人間社会があり、世界はあぶなっかしい善意の上に乗っかっている。最近のインターネット上でのハッカー、サイバーテロの報道をみると本当にこんな「つかみどころのない」気持ちになる。
顔、名前、素性、国籍も不明なハッカー集団、とはいっても、一部の悪意を持ったハッカーを別にすれば、大多数は善良な市民で、ごく普通の人たちだ。いつもは会社にいったり、学校へ通ったり、家事をしたりしている人たち。高度なコンピュータ知識とプログラミング技術を持ち、その気になればいつでも「こと」を起こせる人たち。
もちろん国家レベルの情報スパイ活動とか企業へのサイバーテロとかはっきり「犯罪」(最近では軍事行為とも言われているが)と呼べるものもある。でもたとえば今回の、中東で起きた一連の革命におけるハッカーたちの行動は、そういう目的のものとは異質な気がする。政治的な抑圧に耐えかねて民衆が立ち上がる。持っているのは手りゅう弾と携帯電話。革命の状況は逐一インターネットで画像配信され、チャットで実況中継される。政府側がその通信を妨害しようとすると、世界中のハッカーが政府のサーバーに負荷をかけてしまう。その「攻撃」はキーボードをたたくだけで簡単にできる。
明確なリーダー不在、組織も指揮系統もない集合的な共有知・共同体。お互いに顔も住所どころか国籍も知らず、ネット上のニックネームだけの知り合い、そういうハッカーたちの共有認識は「インターネット世界での自由が保障されること」などと解説されるが、たぶん、そんな大層なものでもない。まして革命に賛成とか思想に共鳴とか、強い信念でもない。インターネットが阻害されることへの苛立ち「なにこれ、画像見れないじゃん!あ、ブロックされてる!むかつく~。」邪魔しているものを排除。「あ、続き見れた。よしよし。」そんな感じ。
そういう大多数の人たちは革命も大きな変化も望んではいない。インターネット自体が誰かが全体を管理しているわけではなく、すべて「世界中のみんなの手によって」運営されているように。きっと、平和な日常がずーっと続くことを望んでいる、はず。「つかみどころのない」「あぶなっかしい善意」の上で私たちの日常がなりたっている。
(90)
猫 草
雨水タンクの話である。猛夏に向け、雨水をためて活用するっていいアイディア!と自分では満足だが、さっぱり賛同者がでない。友人たちも「何?それ・・」といぶかしむばかり。自治体の補助制度があるにも関わらず、申請者は皆無に等しいらしい。しかたがないので、インターネットで購入し、雨どい業者さんに設置工事を頼み、と諸々の事務手続きを経て、ようやくやってきました、雨水タンク。
これが思った以上に大きい!重い!とても一人では持ち上げられない。250リットルつまりお風呂1杯分、と頭ではわかっていても、具体的な大きさがイメージできていなかった。高さ1m×幅50cmの巨大な緑のタンクである。主人や息子の助力でなんとか裏庭に運び、業者さんに雨どいを20cmほど切って接続してもらう。作業には30分もかからなかったが、その業者さんも「話には聞いていましたが、設置ははじめて・・」とカミングアウト。この道30年のプロが言う?雨水タンク、知名度低すぎ。
翌日は待望の雨、ちょっと小やみになったところで覗きに行くと、もう上限まで溜まっていた。うちは片側勾配の屋根なので、効率よく流れてくるらしい。翌日晴れたので、ホースをつないで水撒きをしてみる・・と、思ったら、チョロチョロとしか水が出ない。そうか勢いよく散水するには、水圧が足りないか・・。仕方ないので、ひょうたん型の池に水をため、ひしゃくですくって、水撒きをする。熱くなったコンクリートに打ち水をすると、部屋に入る風が涼しくなって気持ちが良い。
先日、自治体の人がタンクの設置状況を確認に来た。「おお、大きいですね、たくさん水がたまっていますねえ!」と素朴にびっくりしていた。本格的に暑くなったらきっと水撒きに威力を発揮してくれることだろう。そして、もっともっとみんなに普及するといいな、雨水タンク。
次はグリーンカーテンに挑戦、ゴーヤの種をまいた。まだ我が家の夏対策は続きます。
(89)
猫 草
事態の収束までまだまだ長い時間がかかる、と頭では分かっていても、気持ちが塞がりそうになる。今、小学生、中学生の子供たちの顔をみながら、この子たちが大人になるまでに自分にいったい何ができる?と日々自問自答している。前回、夏までに政策レベルでやらなければならないことを書いた。変電所の増強と北海道から東北への送電ラインの増強、この二つは手つかずのようだ。自家発電設備の増強と現在の発電所の稼働率向上、この二つは迅速に対応が進んでいる。家庭用蓄電池の普及促進、これは業務部門、家電レベルで進展しているように思う。
さて、人間社会の様々な努力や思惑と同時に季節は動く。桜が咲き、やがて梅雨がくる。梅雨が明ければ・・そう、今年の夏も猛暑になる。そして電力は夏のピーク需要に到底足りない。熱中症や腐敗による感染症多発への対策・・。自然は人を待ってはくれないことを痛感しつつ、以下はささやかながら個人レベルでやってみたことである。
1 南向きのすべての窓に遮光カーテンを追加。
2 窓ガラスには紫外線を遮る断熱シートを貼る。
3 アイスノンとネッククーラーを家族分準備。
4 コンテナと土、ベランダネットとゴーヤの種、これで緑のカーテンを作る。
5 雨どいの水を溜める「雨水タンク」を設置する。
いま設置予定の雨水タンクの容量は約風呂水一杯分の250リットル。世田谷区もそうだが、購入と設置費用に関して自治体の助成をうけられるところも多い。これらは来たるべき猛暑対策だ。夏がこんなに暑くなったのは温暖化の影響もあり、アスファルト舗装、住宅の気密性が上がったことも一因だ。道路や壁面温度が下がらないまま夜になり、寝苦しい熱帯夜になる。真夏の直射日光にさらされた車の中を想像すればわかるが、一度熱された空気は容易に下がらない。ではどうするか?家の開口部をカーテンやシート、植物などで覆い被せれば建物内部の温度上昇は緩やかになる。さらに夕方の打ち水も有効だ。外壁や植物、道路に散水すれば気化熱で温度は下がる。
しかし渇水になったら余計な水道水は使えない。そのために雨水タンクを設置して溜めておく。打ち水だけでなく、渇水時にはトイレなどの中水としても活用できるからだ。
爽やかな季節のうちに次への一手を考えて備えたい。季節はめぐり、時は移ろう。しかし人の暮らしは綿々と続く。続けていかなくてはならない。これ以上エネルギーを使わず、健康と生活を保ちつつ続けていく工夫、これまでの「当たり前」すべてを見直さなくては。
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緑を大切に!
書籍紹介
エネルギー技術の
社会意思決定
日本評論社
ISBN978-4-535-55538-9
定価(本体5200+税)
=推薦の言葉=
森田 朗
東京大学公共政策大学院長、法学政治学研究科・法学部教授
「本書は、科学技術と公共政策という新しい研究分野を目指す人たちにまずお薦めしたい。豊富な事例研究は大変読み応えがあり、またそれぞれの事例が個性豊かに分析されている点も興味深い。一方で、学術的な分析枠組みもしっかりしており、著者たちの熱意がよみとれる。エネルギー技術という公共性の高い技術をめぐる社会意思決定は、本書の言うように、公共政策にとっても大きなチャレンジである。現実に、公共政策の意思決定に携わる政府や地方自治体のかたがたにも是非一読をお薦めしたい。」
共著者・編者
鈴木達治郎
(財)電力中央研究所社会経済研究所研究参事。東京大学公共政策大学院客員教授
城山英明
東京大学大学院法学政治学研究科教授
松本三和夫
東京大学大学院人文社会系研究科教授
青木一益
富山大学経済学部経営法学科准教授
上野貴弘
(財)電力中央研究所社会経済研究所研究員
木村 宰
(財)電力中央研究所社会経済研究所主任研究員
寿楽浩太
東京大学大学院学際情報学府博士課程
白取耕一郎
東京大学大学院法学政治学研究科博士課程
西出拓生
東京大学大学院人文社会系研究科博士課程
東京大学大学院人文社会系研究科博士課程
馬場健司
(財)電力中央研究所社会経済研究所主任研究員
本藤祐樹
横浜国立大学大学院環境情報研究院准教授
おすすめ本
スーザン・ハント
ペギー・ハチソン 共著
発行所 つのぶえ社
発 売 つのぶえ社
いのちのことば社
いのちのことば社
SBN4-264-01910-9 COO16
定価(本体1300円+税)
本書は、クリスチャンの女性が、教会において担うべき任務のために、自分たちの能力をどう自己理解し、焦点を合わせるべきかということについて記したものです。また、本書は、男性の指導的地位を正当化することや教会内の権威に関係する職務に女性を任職する問題について述べたものではありません。むしろわたしたちは、男性の指導的地位が受け入れられている教会のなかで、女性はどのような機能を果たすかという問題を創造的に検討したいと願っています。また、リーダーは後継者―つまりグループのゴールを分かち合える人々―を生み出すことが出来るかどうかによって、その成否が決まります。そういう意味で、リーダーとは助け手です。
スーザン・ハント
スーザン・ハント
おすすめ本
「つのぶえ社出版の本の紹介」
「緑のまきば」
吉岡 繁著
(元神戸改革派神学校校長)
「あとがき」より
…。学徒出陣、友人の死、…。それが私のその後の人生の出発点であり、常に立ち帰るべき原点ということでしょう。…。生涯求道者と自称しています。ここで取り上げた問題の多くは、家での対話から生まれたものです。家では勿論日常茶飯事からいろいろのレベルの会話がありますが夫婦が最も熱くなって論じ合う会話の一端がここに反映されています。
「聖霊とその働き」
エドウイン・H・パーマー著
鈴木英昭訳
「著者のことば」より
…。近年になって、御霊の働きについて短時間で学ぶ傾向が一層強まっている。しかしその学びもおもに、クリスチャン生活における御霊の働きを分析するということに向けられている。つまり、再生と聖化に向けられていて、他の面における御霊の広範囲な働きが無視されている。本書はクリスチャン生活以外の面の聖霊について新しい聖書研究が必要なこと、こうした理由から書かれている。
定価 1500円
鈴木英昭著
「著者のことば」
…。神の言葉としての聖書の真理は、永遠に変わりませんが、変わり続ける複雑な時代の問題に対して聖書を適用するためには、聖書そのものの理解とともに、生活にかかわる問題として捉えてはじめて、それが可能になります。それを一冊にまとめてみました。
定価 1800円
おすすめ本
C.ジョン・ミラー著
鈴木英昭訳
キリスト者なら、誰もが伝道の大切さを知っている。しかし、実際は、その困難さに打ち負かされてしまっている。著者は改めて伝道の喜びを取り戻すために、私たちの内的欠陥を取り除き、具体的な対応策を信仰の成長と共に考えさせてくれます。個人で、グループのテキストにしてみませんか。
定価 1000円
おすすめ本
ポーリン・マカルピン著
著者の言葉
讃美歌はクリスチャンにとって、1つの大きな宝物といえます。教会で神様を礼拝する時にも、家庭礼拝の時にも、友との親しい交わりの時にも、そして、悲しい時、うれしい時などに讃美歌が歌える特権は、本当に素晴しいことでございます。しかし、讃美歌の本当のメッセージを知るためには、主イエス・キリストと父なる神様への信仰、み霊なる神様への信頼が必要であります。また、作曲者の願い、讃美歌の歌詞の背景にあるもの、その土台である神様のみ言葉の聖書に触れ、教えられることも大切であります。ここには皆様が広く愛唱されている50曲を選びました。
定価 3000円