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2023年7月号  №193 号 通巻877号
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 『その愛のゆえに』

   =時々の記=

   (170)

 

4月16日

 久しぶりに、お布団を干してみました。きっとお日様の恵みをいっぱいに吸収してふっくらとなることでしょう。この時期は紫色のモクレンが花を咲かせて楽しませてくれるのですが、今年はなぜか一つも咲かないうちに若葉が芽吹きだしています。今、お花が人々の心を癒してくれているそうですね。鉢植え一つ。小さな花束一つ。あるだけでほっとするのです。山並みを見渡すと、ミヤマつつじが薄紫色の花を咲かせ始めています。

庭梅や宮城まり子の愛でし色。

若きらの捨てたる村や桃の花。

降りていく原始林なる藤の花。(藤の花もさきはじめました。)

山中の白れん別荘跡地なる。

布引に並ぶ風車や春霞。   馬塲路哉

 

菜の花畑に入日薄れ見渡す山の端霞ふかし。この唱歌がぴったりの季節になってきました。どこかかすんで見える大空です。

 

4月25日

 朝からの寒さが打って変わってとても気持ちの良い暖かい一日となりました。洗濯物もよく乾き、うれしい一日となりました。これだけ医学が進歩してきているというのに、医療に従事されている方たちが次々と感染されていきます。医療崩壊が起こっているというのですからとても不安です。医者の主人の弟は、検査をしていないからわからないだけでひょっとしたら自分も感染しているかもしれない、という恐怖にさらされながら毎日多くの患者さんと向き合っているというのです。まさに命懸けの医療です。

その医療に従事されている方たちのご労苦をねぎらうために大阪や兵庫では夜になるとブルーの光を照らしてありがとうの気持ちを伝えているというのです。感謝の気持ちを忘れないで過ごしたいと切に思うこの頃です。

東門に庭梅匂ふ明かな。

奥伊賀の雑木山なる山桜。

過疎進み深緑なす春の川。

平家むら急峻にして春日影。

数多散り咲き続けをる山椿。   馬塲路哉

週末には例年ならば、タケノコ堀や山菜摘みに大阪の方からたくさんの方たちがやってくるのですが、今年はとても静かです。

 

4月29日

 今日は午後から23度にもなりました。一気に初夏の気配です。今までストーブが必要だった台所も、窓を開け放って自然の空気を入れ込んでいます。暑くなったらコロナも勢いをなくするのでは?と淡い思いでいます。

川浪の白く立ちもし夏めきぬ。

強き意思ふと思ひけるハナズオウ。(ピンク色をした小さな米粒のような花です。)

花屑と戯れてをる金魚たち。

青鷺の過ぐるや近く巣のあらむ。

水温むみどり児ちょっと手を入れぬ。    馬塲路哉

 

ツバメたちがこの暖かさに大喜びしています。空中を全速力で旋回しています。すぐそばを飛ぶのを見ていたら、風圧を感じるのです。

 

5月7

 今朝はとてもすがすがしく気持ちの良い一日となりそうです。まだ寒さが残るそうですが、冬にお世話になったたくさんの毛布たちを洗いました。毛布といってもすべて化繊ですから、洗っても縮みませんし、すぐに乾きます。洗濯機が絞るところまでしてくれます。とても便利になりました。

渕緑川浪白く夏めきぬ。

たけのこや猪の見落とし一つだけ。

旧道をすこし歩きぬしゃがの花。

初ツバメ古巣に入りて声高し。

柴モクレン一人の翁過りけり。    馬塲路哉

 

主人はリハビリに出かけています。燕に赤ちゃんがうまれて、黄色いくちばしを開けてピーピーと鳴き声を出しています。

 

馬場暁美

「上野緑ヶ丘教会会員」

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 『その愛のゆえに』

   =時々の記=

   (169)

 

3月12日

冷たい朝でした。でも今はお日様が照りだして暖かくなってきました。春らしいなと空を見上げるとなんと今年初めてのツバメがやってきたのです。2週間ほど早いです。遠いフィリピンから海を渡って危険にさらされながらも、去年3、4か月過ごした我が家へ帰ってきてくれたかと思うと胸がいっぱいになります。ツバメさんたち今年もよろしくね。野の花や草が春になっていっせいに勢いを増してきました。人間たちはコロナウイルスの危険にさらされていますよ。

白梅の咲き続きをる日数かな。

雑木山薄紫に山笑ふ。

寸刻の吹雪で済みて合羽着ず。

ゆふづつとならぶ上弦春の月。

春愁や春の一と日を配達す。    馬塲路哉

 

3月25

 キリシタン生まれし山田受難週。

右近祭近づき媼草を刈る。

黄の光まき散らすなり竹の秋。

黄梅を咲かす農家の門の前。

文芸を好みし祖母や山桜。   馬塲路哉

 

玄関先では朝からツバメがにぎやかにさえずっています。春ですね。そして4月がやってきます。新年度のスタートです。気持ちだけでも若くありたいと願うこの頃です。

 

3月28

 待っていたソメイヨシノが咲き始めました。ちょうど朝の散歩道で桜とあいさつできます。昨日はまだつぼみだったのに今朝はもう10輪以上は花を咲かせていました。土手を見るとラッパ水仙が黄色い花を咲かせています。すぐそばの畑にはスモモの白い花が咲き始めました。春爛漫となっています。どちらを見渡しても花盛りです。たくさんの花たちに出迎えられて心うきうきしてきますね。

青き踏みジュスト右近碑訪ねばや。

伊賀街道吹きさらしなる春疾。(はやて)

笠取の山へ揚げたるいかのぼり。

黄を点じ吹かれてをり柳の芽。

坂道に停まり難きあられかな。   馬塲路哉

 

今日も一日雨が続きそうです。でもその恵みの雨をいただいて木々はとてもうれしそうです。もう、6月に花を咲かせるアジサイが緑の若葉を勢いよく芽吹かせています。その勢いに力をもらって、感謝して一日一日を過ごしたいものです。

 

4月3日

今日は朝は寒さを感じましたが午後からは暖かくなり気持ちよく散歩ができました。

でも桜が満開に咲いているのにいつものように心から“キレイだな”と感じられないのです。心なしか満開の桜も遠慮がちです。

伊賀街道春の流れに沿ひにけり。

白梅に目白の木たる朝かな。

早天に感謝を捧ぐ受難週。

父植えし杉太きこと山笑ふ。

梅が枝に湖の連立ちにける。   馬塲路哉

 

1週間分の食料を買い求めに伊賀上野まで出かけてきました。スーパーも人が少なく感じました。でも、私たちが行くスーパーはお年寄りが多いのです。最近ではお互いに声を掛け合って励ましあっています。今日は、“沢山リンゴを買ってどうするの?と尋ねられました。主人の血圧を下げるためにジュースを作っているのですよ”というと、“それはよいことね”と励ましてくださいました。

 

4月8日

 緊急事態宣言が発令され、一層緊張感が増してきました。今日は診療所へ定期検査に行きました。待合室には患者さんらしき方は見当たりません。医師と看護師2人と補助の方1人いるだけです。待ってもなかなか診察してくれません。尋ねてみると今日すぐ近くでコロナの患者が発生したというのです。私はいつもの診察室とは別の部屋に連れていかれました。看護師さんに血圧、採血をしてもらい、後はいつもの薬をもらって帰るというのです。多分主治医がその患者さんと接触したために診察を避けているのだとわかりました。あまりにも身近での患者さんの発生で驚いています。しっかり免疫力を高めて何とか乗り切りたいと願っていますが。

朝散歩、降り注ぎたる柳の芽。

外出の場所限られぬ春愁。

ジュンサイの育ちをるかと覗きけり。

無条件選び説かれぬイースター。

初ツバメ、古巣に入りて鳴きにけり。   馬塲路哉

 

山添村の同じ場所を行ったり来たりの毎日です。私たち夕の散歩は二人が密着して話をしているので、しばらく一人で散歩を続けるようにしました。

 

4月10日

 二人での夕の散歩は密になる時が多いのでしばらくやめることにいたしました。その代わり一人で、山道を散歩しています。昨日はもうモンシロチョウ、モンキチョウに出会いました。まだ生まれたばかりの小さな羽をひらひらと靡かせながら私の前を横切っていきました。桜は風に吹かれて桜吹雪となっています。もう、梅の枝からは新緑の芽が噴き出ています。いよいよ緑したたる新緑の季節に移り変わろうとしているのですね。

山人の、今朝会費にける初ツバメ、

梅に来てすぐ離れもす目白かな。

畑跡ドッグランさせ草青む。

日当れる山のなぞへよ狸かな。   馬塲路哉

 

コロナウイルスによる緊急事態宣言が発令され、外出が限られると、気持ち的にストレスを感じるものですね。でも道路も静かでとても過ごし易いのです。

 

4月15日

 今日はとても暖かい春の日差しが降り注いでいます。今まで外で草をひいたり、お花に水をやったりしていました。背中にお日様がいっぱいに入り込んでポカポカに暖かくなっています。私たちは今までなら外に出るのは散歩と食料の買い出しでしたから、今は別に不便を感じません。ただ、散歩の途中で皆さん声をかけてくれるようになりました。お互いに声を掛け合って励ましあっているのです。最近は歩いている時間より口を動かしているほうが長くなっています。もちろん5メートルは離れての会話です。とても大きな声を出し合っているのです。田舎ならではの光景と言えますね。

 

馬場暁美

「上野緑ヶ丘教会会員」 

 

  

 

 『その愛のゆえに』

   =時々の記=

   (168)

 

2月13日

 温かい春の風です。どうもスギ花粉が春風に乗って飛び出しているようです。アレルギーを持っていますが、今年ほど花粉に対して激しく反応したことはありませんでした。ぜんそくのような激しい咳が続きます。しばらくすると鼻水が絶え間なく出てきます。困ったものですが、アレルギーと上手に付き合っていくしかありません。 

笠間川良き淵ありて冬日影

奉仕へと使わし球へ年新た。

春暁や感謝と願ひ祈りける。

一山の枝を打たれて山笑ふ。

実や池に鯉の潜みぬ薄氷。    馬塲路哉

 

これからは散歩に出かけますがマスクをしっかりして、行くつもりです。

2月15日

 庭の梅がつぎつぎと花を咲かせています。一度風邪をひくとこんなにも長引くのかと思うほどで、散歩は続けていますが足の動きは重いのです。散歩道から見える桜の木を眺めています。日脚も伸びてきて春近しという感がいたします。

古寺の快慶の作春きざす。

強東風や一夜さかけて風の音。

朔風に電線なりぬ尾根の道。

日脚伸ぶくもの陰間の入日かな。

聖書会礎となり卒業す。    馬塲路哉

 

お互いに人混みは避けて必要最低限にしたいものですね。気候の急変も高齢者には大変なところがあります。各地におられる「ジャーナル友さん」のこと、お祈りしています。

2月19日

 梅の花が咲き誇っています。ホーホケキョと鶯が梅の花の周りをきれいな声を響かせているのです。梅に鶯とはよく言ったものですね。鶯は梅の花の香りを察知してどこからか、やってきているのです。

水仙の崖の上なる老いの家。

たかむらの雅やかなり今朝の東風。

春立ちて連れ立ちいきぬ明烏。

田園を見晴らす丘や枇杷の花。

学びやへ急ぐ自転車霜の朝。    

鈴鹿峰に待望の雪輝きぬ。

狭き門入れと聴きて入学す。

せせらぎは金気水なり春めきぬ。

青鷺の谷渡りをる竹の秋。   馬塲路哉

 

あまりによいお天気に誘われて主人はリハビリと言って、山添村を散策しているようです。歩くだけですが、血圧も安定してきました。

31

 昨日の疲れからか、一日休んでいました。いよいよ3月です。今年は卒業式、入学式が取りやめになっていつもとは違った3月になっています。このような経験は長い間の教師生活の中でも一度もしたことがありません。それほどまでにこの新型コロナウイルスの感染拡大は緊急事態なのですぬ。一日も早く終息宣言を願い、祈っています。

梅が枝の下を歩けば匂日けり。

きびきびと動く看護師春の暁。

朔風や山のくぼ地で休みける。

山峡や畑のみ残り祈念祭。 

寒肥を畑黒々と翁撒く。

春の夜や白黒映画を懐かしむ。

甘き避け散歩を増やす遅日かな。

鳶の笛四温日和となりにけり。   

早春や鳶旋回す山の峡。

鳥の巣を狙う望遠カメラとも。

万両に日の届きをり草をひく。

天遊の碑の園青き踏む。

野良猫の今日も歩きぬ梅の下。    馬塲路哉

今日は雨が降らずに一日が過ぎましたが、昨日は春の雨ではありましたが、こちらはとても激しく降り続きました。息子はレインコートを着ての配達でしたが制服がびしょ濡れになって帰ってきました。雨の日の配達はとても気を使うので疲れた様子でした。無事に仕事を終えることができて、待っている私たちもほっと致しました。

3月9日

 一日激しい雨でした。主人が蕗みそを作ってくれました。春の香りが広がってとてもうれしい気持ちになりました。

かぎろひの一瞬つよし冴え返る。

木斛(もっこく)のつややかにして春日影。

湯豆腐微淡泊なるや南禅寺。

初点前一期一会の縁となる。

雪降るや釜の松籟(しょうらい。湯が煮えたぎる音のこと)響きける。 馬塲路哉

 

主人はリハビリということで村内を歩いています。

3月11日

 今日は雨がやみましたが、風がとてもきつくて、あっという間に洗濯用の物干しざおごと倒れてしまいました。主人と力を合わせて倒れた物干しざおと石の土台とをもとに直そうとするのですが、二人とも風と重さに負けてよろよろするばかり。

少しずつ持ち上げて何とか元に戻りましたが、このようなきつい風にあおられたことは今までになかったことなのでびっくりです。雨の降り方と言い、風の吹き方と言い、激しすぎるのです。

名古屋はいかがでしたか。お祈りしています。

 

馬場暁美

「上野緑ヶ丘教会会員」 

 

  

 

 『その愛のゆえに』

   =時々の記=

   (167)

 

115

 今は曇り空になり、みぞれが混じった冷たい雨が一日降っていました。この頃は日替わりで天候が変わります。でもこの寒さもいつもの年に比べると暖かいのですから感謝です。

椿ももう満開です。隣りの月ヶ瀬ではもう梅の開花が聞こえてきました。奈良からたくさんの方が梅を鑑賞しに来られるのです。これからひと月は続くことでしょう。

堅忍に望みを置きて去年今年。

頼もしき枯れ木の秀枝(ほづえ)すっと伸ぶ。

広瀬今朝日をはじく冬の川。

弁柄を塗りし古家に年新た。  馬場路哉

 

124

 雨の一日となりそうです。傘をさして散歩をしていると、なんと、黄色いタンポポが一輪咲いているのです。びっくりです。二か月以上早いのですから。その横に目をやるとオオイヌノフグリが咲いています。薄紫の小さな花です。どちらも春を知らせてくれている花です。3月に入るとこの花たちは咲き始めるのですが、なんと今年は大寒の真っ最中に咲き始めたのです。春をまじかに感じるこの頃です。春先の水仙が群れを成して咲き誇っています。なんとも言えないほのかな香りが心を癒してくれます。

街はずれ教会の立つ睦月かな。

川原には白鷺一羽冬の雨。

低気圧の残しくれたる落ち葉掃く。

列をなす風車の山や初景色。

冬晴れになるぞかぎろひ良き色に。

里山は竹林と化し年新た。

新年会多弁となりぬ翁かな。

リハビリに里路歩く冬ぬくし。

わびすけや伊賀俳人の樹木葬。

日向ぼこ雲の切れ目を待ちながら。  馬塲路哉

 

体重が増えてしまった主人は慌てています。今から散歩に出かけます。食事の量も少しずつ減らすように考えています。難しいですが…。

 

1月29日

 軒下で朝の仕事をしていると、曇り空の中で、とても甘い香りが漂ってきます。どこからかなと見渡すと、なんと私の真下で群れを成して咲いている水仙の香りのようです。今までお花ばかりに見とれていて、その香りには気が付かなかったのです。今朝は風が全くありません。だからきっとその香りがまっすぐ私のところへ漂ってきてくれたのでしょう。このようなささやかなことがとてもうれしく心弾ませてくれるのです。

止まらざる大川に満つ淑気かな。

山の上の日輪眩し日脚伸ぶ。

つややかな葉に囲まれて寒椿。

烏瓜キウイと共に冬ざるる。

冬晴れになるぞかぎろひ良き色に。 馬塲路哉

 

先日、横浜にいる姉から、父の書いたものが送られてきました。高知時代の若い牧師の「開拓伝道日記」のようなものでした。その後の長い牧会・伝道の土台になったようです。恵まれた多くの宣教師の方々との「捨て身の伝道」とでも言いましょうか、「柔よく剛を制す」という言葉があるそうですが、父は根気よく「剛よく剛を制す」で一歩も退かない気迫で、相手と語り、嫌われても訪問するスタイルで、それは「日本伝道百年史」ようで南長老派の「ミッションスピリット」となって父の牧師生涯を貫いていたものなのでしょう。アメリカでいうなら幌馬車のように、父はバスの運転免許を取り、「伝道・礼拝巡回バス」でこの伊賀上野の田舎の道をご理解、ご協力下さった信者さんと動き回っていたその熱意は、この高知時代に培ったものと思いました。

 

2月2日

蝋梅の早やこぼれをる窪地かな。

つつがより回復兆す寒の明け。

冬ぬくし雨の一夜をよく眠る。

鉄幹の冬芽に雨のしずくあり。

寒禽(冬の鳥のこと)の突つきし柿の散らばりぬ。  馬塲路哉

 

主人も毎日散歩に出かけるようになりました。散歩でのことが俳句に出てくるようになりました。体重は少しずつ減量には成功しているようです。血圧、痛風、血糖値の上昇にはまず体重が下がることが大切なようです。

 

2月3

 暦の上だけでなく、もう春の訪れを感じるこの頃です。でもまた寒さが戻ってくるとか。このように寒さ、温かさを繰り返しながら、確実に春がやってくるのでしょう。待ち遠しいですね。今朝も春を見つけながら散歩に出かけました。まだフキノトウは出ていませんが、先日咲いていたタンポポとは別のところにあと一輪タンポポが咲いているのです。少しでも暖かいところを探して花を咲かせているなんて、けなげですね。

冬ぬくし翁挨拶口の端に。

倒木にまた倒竹に冬ざるる。

強東風の土産なるべし杉落ち葉。

剪定をされてモモの木璃々しかり。

寒林に良き温泉の湧きにけり。     馬塲路哉

 

馬場暁美

「上野緑ヶ丘教会会員」 

 

 

『その愛のゆえに』

   =時々の記=

   (166)

 

1216

今朝はマイナス2度まで下がりました。外のバケツは氷が張っていました。まさに真冬の寒さがやってきました。毛糸の帽子に毛糸の手袋、マフラーは二枚巻き付けて朝の散歩に出かけました。

年賀状も書き終えて今朝主人に郵便局までもっていってもらいました。一年に一度のご挨拶ですが、年を重ねるにつれて重荷になってきました。主人は郵便局に勤めていたので、あまり愚痴を言わずにと気持ちを入れ替えています。昨日も一人でクリスマスソングを賛美していました。

つかの間の冬の入日に見とれける。  

朔風を侮るなかれ尾根の道。

初冬の雨模様なり桟を拭く。

冬立つやかぎろひ強き路を掃く。

朔風の谷より来る匂ひかな。  馬場路哉

 

1230

 やっと雨が上がりましたが、今度は冷え込んできました。明日から北日本は大荒れの予報です。雪が降る元日になるとか。

干し柿の色しっくりと変わりけり。

冬薔薇咲かせ媼の元気なる。

山峡は今黄落の最中なる。

落ち葉掃き朝の日課となりにけり。  馬場路哉

 

ことしも残すところあと一日です。全能の神様に導かれての一年であったことに心から感謝するものです。

 

13

樫と杉勇̪姿をなせり冬入日。

押しなべて神のみ旨ぞクリスマス。

帰国せし宣教師よりクリスマス。

伊賀盆地時雨るると見え雲移る。

テンポ良き女性の第九大晦日。  馬場路哉

 

大晦日、BSで第九を聴きました。珍しく女性の指揮者でした。とても歯切れがよかったように感じられました。 

 

16

寒の入りですね。例年に比べると雪ではなく、雨が降り出しそうです。裏庭の八朔の木がたくさんの実をつけています。

朔風の奥伊賀山へ向かふなり。

もがり笛古き軒端の辺りより。

眠る山送電線は海辺へと。

布引の山一字なす初景色。

山の端を離れて明し冬の月。 馬場路哉

 

明日からは冷たい雨になりそうです。

 

1月9日

 昨日の嵐も収まりました。今日は春を告げる小さな水仙が白い花を咲かせていました。例年よりもひと月は早いように感じられます。散歩道ではもう椿の花が赤、ピンクの花を咲かせています。こうして春を迎える準備があちこちでなされているのを肌で感じ取っています。

ぱらぱらとパラパラと日あたりながら木の実落つ。

山囲む忍者の町は霧の湖。

つかの間の冬の入日に見とれける。

日当たりながら木の実ら靴。

山囲む忍者の町は霧の湖。  馬場路哉

 

 

1月10日

 今朝、庭の梅の枝を見ると、なんと、小さなつぼみがたくさん芽を出しています。なんだか、もうすぐ花を咲かせてくれそうな気配です。このまま、温かさが進めば、今年は2月に梅の花が見られるかもしれません。そう考えるだけでうきうきしてくるのです。温かいっていうのは本当に感謝なことです。今夜からはまた寒さがやって来るとのこと。体調管理が必要ですね。

生けられて光を放つ寒椿。

高減の風凛として寒の入り。

鳥の巣を見る望遠や山眠る。

草少し引くを日課の老いの春。  馬場路哉

空き家増え呟けるかの冬の雨。

 

馬場暁美

「上野緑ヶ丘教会会員」 
 

『その愛のゆえに』

   =時々の記=

   (165)

 

11月16日

 昨日、星野富弘さんの詩集を読んでいました。大きな事故で体の自由が奪われてしまったとき、生きる力を失ってしまったことが何度もあったのですが、神様と出会ってからの人生は、何かお役に立てることをしたいと思うように変わったことを強く訴えておられます。神様とともに歩むことは、生きる力と喜びが与えられるのですね。インフルエンザが流行っています。お大切になさってください。

天守閣孤高なりけり、うす紅葉。

白菜を獣にやられ捨てにけり。

喜びを鳥は歌ひぬ秋日和。

一瞬やつるべ落としの夕やけす。

祈りつつ聴かんとすなり秋の声。   馬場路哉

 

今朝から片頭痛が激しく横になって休んでいました。主人がいつの間にか夕食の準備をして作ってくれました。感謝でした。今は片頭痛も収まりましたのでやれやれです。思ってもみないことが起こるこの頃です。

 

11月25日

 外はもううす暗いです。朝から曇り空のまま、一日中真っ暗なように感じられます。散歩道の紅葉も葉っぱを落とし始めています。カサカサと葉っぱの音がリズミカルに聞こえてきます。11月もあと一週間となりましたね。気ぜわしい12月を迎えますが、私たちの救い主イエス様のご降誕の月です。イエス様を救い主として信じる信仰が今、与えられていることに感謝いたします。

病室に小春の日差し届きけり。

伊賀の霧滋賀の山並み隠しけり。

鳩の声リズミカルなる小春かな。

羊穂や伊賀の田んぼの広ごりぬ。  馬場路哉

 

これから冬至までどんどん日がみじかくなってきます。なんだか、忙しく感じます。

 

12月1日

 今朝の最低気温は氷点下一度でした。池には碓氷が張りました。寒さが本格的になってきました。昨日、来年度のカレンダーをお店でいただきました。2020年まであとひと月なのですね。

東京オリンピックの時は私は高校1年だったように思います。お友達のラジオから流れる開会式の様子を聞き入ったのを覚えています。寮生活でしたから、こっそりラジオを聞かせてもらっていたのでした。あれから55年がたったなんて信じられないのです。元気でテレビで映し出される競技を楽しみたいと今からわくわくしています。

草紅葉刈る哉色合ひ愛でもして。

芝生あり散歩の叶ふ小春かな。

山の端の余韻はつるべ落としかな。

碧天にみくにを思ふ小春かな。

川浪の白緑として冬に入る。  馬場路哉

 

一日、一日、神様がともにいてくださって強め、励ましてくださっていることに感謝いたします。明日のことを思い煩うことなく、感謝の気持ちで終えることができる幸いを覚えるこの頃です。

 

12月7日

 日当たりに和みをるかの落ち葉かな。

ピアノ曲流れゆくかに秋の風。

細流の時を刻みて黄落す。

過疎の村柿なり年のめぐりけり。

蓑虫の小枝の陰へ隠れけり。  馬場路哉

 

奈良の柿、特に吉野の柿は有名ですが、今年はここ山添村でも柿が鈴なりです。それも我が家ではここ数年一度も柿の実が熟さなかったのに今年はびっくりするほどなのです。カラスも持て余して道端に食べ残しを捨てていきます。このような年もあるのですね。

 

12月8日

 今朝は少し寒さが和らいだような気がいたしました。腰の痛みを抱えながら家事を進めるのですが、時間がいつもの倍はかかります。何しろ、腰の曲げ伸ばしをすると痛みが走るのですから。どうしても支えを持つか正座してからでないと動けません。亀のような動き方ですが、何とか朝の家事をこなすことができました。これから先が思いやられます。だんだん、今までできていたことができにくくなっていくのでしょうね。受け入れるしかありませんね。

枯竹を焚きて枝焼く小春かな。

フェルメール柔和なイエスクリスマス。

目つむりて鳥の声聞く日向ぼこ。

木の葉ひ後に現はる黄蝶かな。

山峡を厚く包みぬ照紅葉。  馬場路哉

 

巷ではクリスマス商戦でにぎやかなイルミネーション、ジングルベルが流れています。ここ山添村でも夜になると家の周りを明るく照らしている光景が見られるようになってきました。

救い主イエス様のお生まれになった良き日を静かにお迎えしたいものです。

 

馬場暁美

「上野緑ヶ丘教会会員」 

  
 

 『その愛のゆえに』

   =時々の記=

    (164)

 

1017

“真っ赤だな、真っ赤だな、つたの葉っぱもまっかだなあ。もみじの葉っぱも真っかだな”と口ずさみながら梅の枝にくっついている烏瓜の激しい赤さに目をやっています。

屋敷跡、シオンの株の太りけり。

カラスの子育ちをるらし良く鳴きぬ。

聖霊を聞かむとすなり秋の声。

秋の川二三人いて竿伸ばす。   馬場路哉

 

1023

 秋晴れです。トンボが行きかい、トンビが空高く円を描いて飛んでいます。

久しぶりに気持ちの良いお天気です。

先ほど、診療所で定期健診をしていただきました。動脈硬化を起こしやすいので、お薬をいただいて帰ってきました。もう71歳になろうとしています。気持ちだけでも若く持って、神様とともに歩んでいることに感謝いたします。

月待つややがて光りぬ木立の間。

旧友とは電話のみなり秋の暮れ。

主イエスに帰依強まりぬ秋の果て。

診察を耐えて待つなり暮れの秋。

このブドウまこと良き木の実りなり。  馬場路哉

 

昨夜からお祭りの練習が始まったようです。笛の音や太鼓が寂しい山添村をにぎやかにしてくれているのです。村の人たちはそこいらをきれいに草を刈って整えて準備をしています。

 

1031

 村で一番大きな銀杏の木が黄色く色づいて、秋の訪れの速さを知らせています。

これからが、美しい紅葉の季節です。楓の葉っぱ、烏瓜、南天の葉っぱ、ハナミズキなど、散歩の往復を色づいて葉っぱが後押ししてくれます。今の朝は630分を過ぎても、まだうす暗いのです。夕方はもう5時過ぎには暮れてきますから、一日がとても短く感じるのです。

山峡の朝を渡りてうろこ雲。

山の秋オリオンその他被ひけり。

日の陰や藪に固まる烏瓜。

ススキの穂良きあんばいに開きけり。

当麻寺より眺めもす古都の秋。  馬場路哉

 

昨日はゆっくりと私の運転で、當麻寺まで行ってきました。ボタンで名が知られているのですが、木々の紅葉の美しさに見とれました。家を出ておよそ一時間半あまりで行くことができました。ひさしぶりに山添村を出てリフレッシュした一日でした。

 

112

 山添村の文化行事が始まります。明日は文化祭です。芸術の秋にふさわしくそれぞれのサークルが芸術作品を提出します。それに加えて食べ物の模擬店があちこちで開かれます。お好み焼き屋さんを筆頭に、おもちやさん、ラーメン屋さん、魚屋さんなどなど20店舗が素人のお店を出します。郵便局はラーメン屋さん、私たちの中峰山はお好み焼き屋さんに一日様変わりです。奈良市内、上野市内から多くの方たちに来てもらおうと頑張っています。

画集なるバルザック像や暮れの秋。

柿くわえ、カラス急ぎていきにけり。

辻地蔵かかっておりぬ烏瓜。

山峡の樫のざわつく秋の風。

手の声を聞きしパウロや秋の声。  馬場路哉

 

116

 昨日の夕食の準備をしているとき、主人が包丁で指を切ってしまいました。軽いケガでしたが、診療所のお休み日と重なって、不安でした。

診療所に連絡すると先生がまだおられるからすぐに来るようにとの指示を受け、縫わずに、テーピングで済ますことができました。年を重ねると、ちょっとした油断から大きな事故につながります。これを教訓に決して慌てずに特に台所仕事は危険と隣り合わせですから、気を付けるように二人で心して祈りました。

俳句を一生懸命にガンバっている主人です。

棕櫚の葉の扇をなしぬ秋の風。 

女坂脇に野菊の咲きにけり。

草刈りの長きに耐ふる出会ひかな。

夕霧や水源をなす南山

秋嶺の鈴鹿布引続きをり。  馬場路哉

 

 

1112

 真っ黒な雲に覆われていましたが、午後からはお日様が照りだしてきてほっとうれしくなります。

祈りつつ聞かむとすなり秋の声。

主に祈る感謝と願ひつづれさせ。

シクラメン施設に花の帯を付け。

一瞬やつるべ落としの夕やけす。

秋祭り夜のけいこの笛澄みぬ。  馬場路哉

 

おかげさまでケガの方は少しずつ回復しているように思われます。主人もこの頃では近くを夕散歩するようになりました。

 

馬場暁美

「上野緑ヶ丘教会会員」 

 

  

 

 『その愛のゆえに』

   =時々の記=

   (163)

 

9月16日

 息子は“今日は敬老の日やな”とひと言いって仕事に出かけました。娘からは孫の手作りの敬老の日のはがきが届きました。それぞれが年を取った両親が元気でいてくれることを祈ってくれているようです。主人は昨日から夕食作りを手伝ってくれるようになりました。今までのような活力はありませんが、これも年齢相応なのではと思っています。

群青(ぐんじょう)に光る池あり晩夏光。

石垣に萩を垂らして山家かな。

広々としもつけ咲きて伊吹山。

二三羽のツバメ遅れて帰りけり。

犬死にて猫現れぬ秋日影。     馬場路哉

ちょうど一年ほど前に最後まで生き続けた犬のクロが死んでしまってから、私たちを励ますかのように野良猫が現れ、今ではすっかり我が家の猫になっています。名前はレオです。とても鋭い目つきで私たちの言動を見つめています。

9月27日

 こちらはもう雨です。明日は山添小学校の運動会だというのに、三日間も雨が降るといわれていますから、残念でしょうが、平日に延期ということになるのでしょうか。

毎日の生活に追われて信仰がとても弱くなってきている私たちですが、こうしてお励ましをいただいて、心からへりくだって「ジャーナル」に感謝です。ちょっぴり寂しい秋の夜長ですが・・・。

リハビリに歩くや藪に烏瓜。

朝顔の淡き紫ならびをり。(最後の朝顔です)

虫の音に包まれている夜明けかな。

山の秋オリオン確と澄みにけり。

庭隅に一株咲きて女郎花。     馬場路哉

年齢を重ねた私たちは虫の音とともに目が覚めます。朝は4時30分に起床して、短い礼拝(祈るだけ)をささげて朝ご飯の準備に取り掛かります。最近は5時になってもまだ暗いのです。庭の掃除をしていると、新聞配達の方が元気よく挨拶してくださるのです。

主人は三日前から血圧が下がり、一人でリハビリとかで散歩をするようになりました。

9月28日

 朝から雨は降りませんでしたので、小学校の運動会も無事に予定通り終えられたようです。関係する方たちはほっと胸をなでおろしていることでしょう。

初更なる時をたがわずクツワムシ。

一晩でできし蜘蛛の囲朝日受く。

農励む老いの二人に男へし。

そのあたり上品に見ゆやいと花。

草刈りになぞへの藪の風来る。    馬場路哉    

少しずつリハビリの時間が長くなってきました。まずは家の周りの道をゆっくり歩くことから始めています。

9月30日

 最高気温が30度を超えて夏の服装です。でも自然界は確実に秋の装いです。我が家の庭の金木犀も、お隣の金木犀も一斉に金色の十字の花を咲かせて甘い良い香りを放ってくれています。なんて優しい、甘い香りなのでしょう。金木犀のすぐ近くよりも少し離れたところのほうが香りがよいのは不思議です。秋の最も怖いのはスズメバチです。コスモス畑の近くにある大きな橡からブーン、ブーンと勢いよく人間に向かって飛んできます。命に危険です。さっそく山添村の蜂を退治してくれる方にお願いして大きな巣を撤去していただきました。しばらくの間はまだ残りの蜂が非常に怒っていますから、その道を散歩せず、回り道をすることにしました。あと一つ怖いのはマムシです。9月から10月にかけて何かを求めてか散歩道によく出てくるからです。みな、雨が降っていなくても長靴を履いて長そでを着て傘をさしての散歩となっています。

 主人も少しずつリハビリでの散歩の距離を伸ばしているようですが、昨夜、診療所の先生から主人に電話が入りました。先日行った心電図、血圧の結果がよくないので、必ずもう一度精密検査を受けるようにとのことでした。めまいの原因が副腎にあるようだと診療所の先生から電話が入って少々、気持ちが落ち込んでいます。なるようにしかならないと言い聞かせて、祈りつつ歩んでいます。

ノモンハン従軍兵に敬老日。

うぬぼれに勝る忍耐残暑かな。

謙遜にまた敬虔に署に耐ふる。

祈ること多き亭午や秋のセミ。

ミノムシは罪のごとくに発生す。  馬場路哉

しばらくこのまま様子を見て、その後検査を受けるかどうかを決めるというのです。患者にも考える時間が必要です。主人の好きなようにしたらよいと私は祈っています。

104

 主人の体調が思わしくない中、村の草刈りの「出会い」です。そこで何の足しにもならない私も一緒に草刈りに行くことにしました。二人で一人前にも行きませんが、皆さんに許してもらいながら草刈りの「出会い」に行ってきます。草刈り機を使いこなすことができない私は手で鎌を使って草刈りをしたり、溝のごみ掃除をしたりして何とか支えたいと考えています。

棕櫚茂り村人崇む右近の碑。

岩に腰釣りする男秋の水。

ミノムシは罪のごとくに発生す。

みんみんや今日一日を鳴かむとす。

秋川や杣道行けば巻向へ。   馬場路哉

106

 主人は少し起きては休み、そんな生活が続いています。でも血圧も少しずつ安定しているので、散歩をちょこっとしてみたり、そろりそろりと動いています。今朝はずいぶん冷え込みました。

最後まで生き抜いた犬のクロが死んだのが一年前の10月9日でした。主人と二人でクロのお墓を掃除しました。クロやモモたちからのたくさんの思い出をありがとうと言いながら・・・。

1012日

 台風の影響でしょうか。とても蒸し暑く、雨が降り出しています。明日から大雨になると聞いています。できるならば日本列島から遠ざかってほしいものと祈っています。その備えもする必要があります。昨日から1000ミリリットルのペットボトルに10本分の水を飲み水として準備しました。今日は缶詰、ラーメンなどすぐに口にできるものをそろえてきます。大雨になると一番怖いのが山が崩れることです。この頃は伐採が進んで山肌があちこちで見えるようになってきています。人間の考えで自然を壊すことは危険ですね。被害が最小限にとどまりますようにと祈るものです。

手は与え主は取り給ふ木の葉髪。

ブドウ園南向きなる丘にあり。

木立より鋭き光月昇る

蓑虫案過ぐるや内は薄紅葉。

爽やかや心の刃先研ぐべしと。  馬場路哉

体調が思わしくないのですが、俳句だけは朝、一番礼拝の前に練っています。

1013

 超大型の台風19号は各地で甚大な被害をもたらしています。日本の大きな川があちこちで氾濫し、多くの家屋を水で押し流しています。特に私は千曲川の近くの上田市で5年間過ごしたものですから、千曲川の雄大さと怖さを母から何度も聞いていました。一度だけ散歩で母と一緒に千曲川の土手を歩いた記憶があります。そのような思い出深い千曲川が決壊し、電車の橋までなぎ倒しています。その映像を見るたびにどんなにか恐ろしい思いで救助を待っておられるのだろうかと胸が痛みます。

東京では多摩川が氾濫して世田谷へと流れ込んでいるとのことです。「世田谷通信さん」は大丈夫でしょうか。あまりにも甚大な被害が起きて言葉を失っています

 息子が務める奈良中央からの指示で、あまり危険を感じたら配達を途中で引き返すようにとのこと。途中、木が道をふさいでいたり、崖崩れが起きていたりした場合は途中でも引き返してもよいとのこと。どうぞ一日無事に終えることができますようにと、ご家族の者は皆さん同じ思いなのでしょうね。

 

馬場暁美

「上野緑ヶ丘教会会員」 

 

 『その愛のゆえに』

   =時々の記=

    (162)

8月26日

1、2度低くなったので、虫たちは秋を感じたのでしょうか。昨晩から虫たちがにぎやかに鳴き始めました。私にわかるのはコオロギ、とクツワムシ、それにすいっちょんぐらいです。鈴虫は残念ながら聞くことはできません。鈴虫はとても大切に虫かごに入れて育てなければ声を出すまでは成長しないといわれています。最近ではコオロギも鳴き声が小さくなってきています。静かな田舎の夜を元気づけてくれています。

世田谷通信さんの課題図書に関してのコラムは多くの子どもたちが課題図書の話になるとうんざりしていたのを思い出しています。

主人はめまいがなかなか良くならずに困っています。それでもリハビリには出かけましたが、いつもよりも早い目に切り上げて帰ってきました。車の運転はとても危険に思いますので、これからは運転の下手な私が上野までいかなければなりません。

おしゃれなるカミキリムシに出会ひける。

崩れても続きピンクのバラ咲きぬ。

鈴鹿峰に育ちてをりぬ雲の峰。

電線にたむろしてをる帰燕かな。

ヒグラシや夜の明けぬるを喜びて。   馬場路哉

8月29日

 昨夜はとても激しい雨が降り続きました。恐ろしいほどの雨でした。今朝からも一日大雨という予報でしたので上野までいくのが心配でしたが、何とか二日目の検査に出かけることができました。

主人は13年前三重大学病院で心電図を調べていただいたときに、“あなたの心臓が弱いので、抗がん剤治療はできません”と言われたのを思い出したようで、先生にその旨を伝えていました。抗がん剤が効かない、がん患者のために三重大学の先生方からはその治療法にあたって何度も検討会をしてくださったというのです。手術と放射線治療でやってみましょうと。ところが腫瘍があまりにも大きすぎて骨をかなり削らないと取り除くことができなかったのです。その骨の代わりにチタンを埋めてもたせているのです。そんな体で13年も生かしていただいて、今は本当にただ最善を尽くして治療に励みますが、その裏では神様のみ旨にお任せしますという思いが私たちにはあります。これからの一日一日がとても貴重なものになると思って生きます。

8月30日

 今日から24時間測定の「ホルダー心電図検査」に入ります。明日、また上野まで行きます。こうしてきちんと診ていただいてできるだけのことをするという考え方は大切ですね。今日は行きだけ主人がゆっくりと運転してくれました。帰りは私の運転です。二人三脚で歩んでいます。

8月31日

 24時間の血圧測定が終わりました。体から検査器具を取り外してもらい、今夜はお風呂に入ることができます。4日間、上野まで車で無事に往復できてほっとしています。

休憩し動悸を鎮め登高す。

鍼灸師なる同級生の墓参り。

伊賀の村門に続ける青田かな。

時折にまぶしさを覚ゆ残暑かな。    馬場路哉

今度は9月13日です。その日に結果が出て、心臓や脳のMRIの結果についての説明があります。

9月2日

9月がスタートしました。残暑が厳しいです。

秋暑し目まいおぼゆることありぬ。

墓地の草刈りに一度の里帰り。

嬰児の畳で遊ぶ残暑かな。

夕方に崩れて行きぬ雲の嶺。

高らかに滝の響ける棚田かな。  

最近、夏の疲れが出始めてきました。

ヒグラシや夜明けの時を教えられ。

大いなる扇に似たる棕櫚茂る。

ぶら下がるホウの果実や風涼し。

石塔や捲くこととなる除草剤   馬場路哉

910

 お隣の90歳になる方と路でお話ししました。“暑いですね、まるで真夏ですね”“真夏以上やね”と返ってきました。秋らしくなるのは一体いつなのでしょう。萩の花も今日見ると疲れたように枯れていました。コスモスが秋風に揺れ始めると空気も澄んでくるのでしょうか。そのような日を待っています。

暑さ負け教会しばし休まむと。

ヒグラシも朝の空気も清澄に。

朝顔や淡きピンクの揃ひたる。

家の跡のうぜんの花伸びにけり。

電線に数多の帰燕止まりをる。  馬場路哉

主人は目まいが少し落ち着いてきたのか、13日の検査をキャンセルしました。

二つの検査もクリアしながら、最後の検査をやめてしまうとは、どういう心境なのでしょう。それなりに考えがあることでしょう。私は一切意見をしません。

馬場暁美

「上野緑ヶ丘教会会員」 

 

 

 『その愛のゆえに』

   =時々の記=

    (161)

7月16日

 お変わりありませんか。参議院選挙がたけなわです。今は必至でどの立候補者も皆さんと握手を交わし一票の獲得に必死です。選ぶ者はその一票の重みを大切に受け止めなければならないはずなのですが、どうも、投票に行く気持ちになれません。年寄りの億劫さでしょうか。

濡れているアジサイに差す朝日かな。

尋ねたる、憩の汀みずすまし。

白鷺哉滋賀の青嶺をよぎりける。

カッコウや多羅尾の山のレストラン。  馬場路哉

まもなく梅雨明けでしょうか。それなのに、朝顔は一向につぼみをつけてくれません。このような7月は初めてです。朝顔が一凛咲いてくれるのを待っています。

722に日

 私たち庶民にとってはどの政党になっても何ら変わらない苦しい生活が続きます。弱者や、若者たちに、もう少しよい環境を与えてほしいと願うものです。

期日前投票に出かけようと思っていましたが、入場券がなかなかとどきません。

仕方なく、昨日の選挙投票日に出かけました。広い体育館にたくさんの管理委員さんがおられます。それなのに投票するのは私たちだけです。それだけ関心が低いことがうかがわれました。

嬰児の確と抱かれ母子草。

泉なるため池ありて農捨てず。

万緑や刈りこまれたる茶畑あり。

アジサイや別れは不意のこととして。

大股で麦蒔く人に夕明かり。   馬場路哉

昨日の夕方、窓を開けますと、日暮らしがカナカナとなき始めています。

731

 朝から紫紺の朝顔が二輪も咲いて、とても元気をもらっていました。台所、廊下の床拭きをして、大物の洗濯物も頑張って仕上げました。体は疲れましたが、気持ちがすっきり致します。シェイクスピアが言っておりますように、人間は気持ちの持ちようで、気分が前向きの時は何事でもやり切ることができると。全くその通りですね。

七夕や習ひの願ひ二つ三つ。

ピンクなすバラ美しく崩折れぬ。

明けぬるや晴れを惜しめと時鳥。

美しき伊賀の青田に滋賀の山。

くちなしの咲くや一輪雨の朝。   馬場路哉

遅れていた朝顔がようやく毎朝一、二輪ずつ咲き始めました。

81

 連日の猛暑です。今まででしたら、何とか夏の暑さはクーラーなしで過ごすことができていたのですが、この猛暑にはエアコンをつけて除湿して、室温を下げなければ夜は眠ることができません。温暖化現象の影響のでしょうか、各地で35度越えですから、東南アジアの気候と変わらなくなりましたね。

エアコンが苦手だった私ですが、今年はエアコンに頼り気味です。

黒々と疑ひも無き青田かな。

つづれ折虎杖たけて車現れ。

あれこれと必死で祈る皐月闇。

ぬた場あり寝床もあるや草を刈る。 馬場路哉

この猛暑ですのに、あちこちから草を刈る音が聞こえてきます。田舎ではお盆前はとても皆さん忙しく草刈りに励まれます。里帰りする人たちが気持ちよく故郷へ戻ってきてくれるのを楽しみにしているようです。

87

 朝から蒸し暑い一日です。人間が便利な生活を進めていこうとすると、温暖化につながっていくのですね。自然界はこの影響をもろに受けて農作物がいつもと違う出来栄えになったり、お花が夏に咲かなくなったりと、とても悲しいですね。

やや低き土塀の内の桔梗かな。

家の脇一株太し鹿の子百合。

顔の汗拭くや力士の集中す。

祇園会の来ると玉蔓を切る。

高きより葛のなだるる川原かな。  馬場路哉

88

 おはようございます。甲子園では若者たちが真っ黒になって戦っています。

あのエネルギーは鍛錬と厳しい規律が培ったものなのでしょう。どの選手もきびきびとした動きを見せてくれてはつらつとしています。テレビの画面から応援する高齢者もなんだかその若さをもらって一緒になってプレーをしているようになります。

あずまやを設らふ(しつらふ)緑の川堤。

細やかな幸と績ぐなりミニトマト。 

奥伊賀の山頂に梅雨の雲。

碁を打てる女性の試案汗滲む。  馬場路哉

 

馬場暁美

「上野緑ヶ丘教会会員」 

 

 

 『その愛のゆえに』

   =時々の記=

    (160)

618

 大阪の事件ではまだ若い警察官が、今、病床で闘っておられます。元ラガーマンだったと聞いていますから、この厳しい状況を何とか乗り越えてほしいと祈る思いです。今朝からお隣の散歩友達に我が家の庭で咲いていたアジサイをおすそ分けいたしました。とても喜んでいただき、こちらまでうれしくなりました。アジサイらしくない色合いのものばかりでしたが、やはりこの梅雨の季節にふさわしく風情があります。お花大好きな方なので、とてもお花を大切に育てておられます。お花を眺めて、心癒されるのはとても感謝なことですね。

教会の庭にアイリス似合ひける。

蜘蛛の糸、ちらちら光る庭手入れ。

摘み犯す力弱まれ五月晴れ。

すべてには時あるを知りホトトギス。

分別の喜寿迎ふべし五月闇。     馬場路哉

628

 台風の影響でしょうか。朝からとても蒸し暑く、体を動かすのが億劫な一日でした。湿度が高いと、体が元気を失くしてしまいます。散歩をしているのですが、足が上がりません。あちこちの石にけつまずいてしまいました。竹の勢いにはもうびっくりです。あっという間に背丈まで大きく伸びています。散歩していると一日で景色が変わっていくのです。

竹の葉の金色となり散りにけり。

梅雨寂し温な綬びける。

フェルメール描く少女や新樹光。

草ひくや細やかな根の多きこと。

梅雨寂し温和な人を偲びける。   

草ひきやきめ細やかな根の多き事。

ため池は元泉なり透き通る。    馬場路哉

朝顔も、ひまわりも、花を咲かせるのを足踏みしているようです。

7月2日

 この雨で洗濯物は部屋の中で干しています。必要最低限なものだけ乾燥機で干しています。洗濯物はやはり陽の光の恵みをいただいて乾燥させるのが、畳んでしまう時の感触が違いますし、着替えた時の肌触りもほっこりします。

主人はこの雨の中、ご近所の高齢者の方たちだけの草刈り作業でした。皆さんのご苦労で細い道の草も無くなり、感謝しています。レインコートを着ての作業でしたから汗だくで帰ってきました。

7月15日

 昨日までの雨が少し上がって、今は雲の切れ目からお日様が照っています。ことしの7月は日照時間が少なく、農作物に影響が出始めているようです。31年振りに冷夏となっていると伝えられています。一昨日、散歩を終えて帰ろうとした途端、道のコケに足を取られてあっという間に転倒してしまいました。何とか起きることができたので、無事だったことを感謝しました。ちょっとしたことでの転倒です。怖くなってきました。昨日は一日寝込んでいました。まだ少し頭がぼんやりしています。むち打ちのような状態になったのだと思います。救急搬送されずに済んだことに感謝しています。

井戸替えや玉石を出し戻しける。(夏の恒例行事です)

古希過ぐやトマトジュースを薬用す。

この山に女神いるかや合歓の花。

けものみち崖を登りぬスイカズラ。

光る雲ジューンブライ想はする。  馬場路哉

久しぶりに晴れ間が出たので主人はリハビリに出かけています。お昼前には汗だくになって帰宅することでしょう。

馬場暁美

「上野緑ヶ丘教会会員」 

 

  

 

 『その愛のゆえに』

   =時々の記=

   (159)

 

5月18

 私の散歩の時刻は午後3時30分からです。空を見るととても怪しげな雲が出てきました。大きな傘をもっていこうと考えています。やはり梅雨の影響がこちらにもやってきているようです。一日曇り空。アジサイのつぼみが出始めました。

母の日や賛美歌に母和しにける。(510)を賛美して母を思い出していました。

母の日や茶畑横の施設訪ふ。

池の如静まり返る代田かな。

菜の花と白鷺のそふ川ありぬ。(山添村の小さな川に大きなシラサギが飛んできてびっくりいたしました。)     馬場路哉

5月24日

 今朝、ホトトギスの初鳴きを聞きました。鶯とは違ってまたとても美しい響きです。“卯の花の匂う垣根にホトトギス早も来鳴きて忍び音漏らす、夏は来ぬ”の夏の到来を知ってホトトギスが山の間から声を響かせています。いよいよ夏、初夏の到来ですね。蟻の行列が庭で見られ始めました。また大きな蛇もやってきました。自然界の生き物たちが敏感に反応するのには驚きです。

5月27日

 心から感謝して6月号の早いお届けに飛び上がるほどうれしく思いました。

とても蒸し暑い一日でした。そろそろ梅雨入りなのでしょうか。今日、山添村の産直場へ出かけましたら、もう新茶が並んでいました。新茶の色と香りは初夏の香りです。暑さが吹き飛んでいくように感じられます。午後3時に主人が鉄瓶でお湯を沸かしてお茶を入れてくれるのが日課です。ここ山添村ではどこのお家でも男性がお茶を入れてもてなしてくれるのです。村では、お茶は男の方が入れるという習わしなのです。入れてもらったお茶は特別においしく感じます。

明日、主人は三重大学病院です。私もと考えていましたが用事がかかってきて出かけられなくなりました。

5月28日

 今朝はいつもより、一時間前倒しして起きて、朝の準備をしました。主人は雨の中午前7時に出かけました。予約通りに診察をしていただいて、この度も異常なしということで、感謝のうちに家路につくことができました。うれしかったのか、津市のお菓子をお土産に買って帰ってくれました。

 

5月30

 今朝からは雨が上がり、新緑が輝いて見えます。あの事件でとても悲しく胸が痛みます。悲しいことです。あまりにもひどすぎます。主人は昨日の疲れと緊張から解放されてリハビリに出かけました。

丘の上の図書館脇の新樹かな。

緑陰に高きや裏の良心碑。

空の鳥しみじみとみるバードデー。

青芝や羊は丘を目指しける。     

2時間も遅くなるとは。

寛容と柔和を覚え聖五月。

藤だなを夫の遺せし山家かな。

柔らかき一菜にせむ蕗を摘む。

葉桜の隙間にひかる名張川。     馬場路哉

63

 今日は主人はまた山添村歩こう会へ出かけました。おにぎりを二つ持ってうれしそうに出かけて行きました。今は若葉が香り、ウォーキングにも最高の季節です。昨日は愛知県で植樹祭が行われていました。主人たちも20年前に自ら植樹した山林を歩くというのです。自分たちで植えた木の香りを思い切り体に吸い込みながら、一日を過ごすことでしょう。

我が家では多くの木がとても大きくなり茂ってきました。これをある程度伐採しなければ電線に引っかかり皆さんに迷惑が掛かります。今年の夏はこのままにして、また樹木医さんに診てもらってから、中切りという切り方で、大切な命は生き続けていくようにしてもらう予定です。

67

 やはり梅雨入りです。こちらはとても激しい雨と雷にびっくりです。梅雨入りにふさわしくアジサイが次々と色を変えて咲き始め、目を楽しませてくれています。紫色のアザミ、土手にはバラ科の花しもつけがピンクの花をたくさんつけて目を引きます。

聖五月山に次々咲けるもの。

瀬音聴き眠りに入るキャンプかな。

北窓を開けば森の木々太し。

三段に藤のかかりて川の上。

なら若葉全身見えてまぶし刈り。    馬場路哉

611

 いよいよ、梅雨本番を迎えました。ミニバラがとてもきれいに咲き始めました。しもつけの花もバラ科の花だと聞いています。それもとてもきれいに咲き誇って梅雨空を明るくしてくれています。野の花、庭の花たちに感謝しながら過ごしています。小さな畑に目をやるとピーマンがいくつも実をつけだしています、ミニトマトも青いのですが、もうたくさん実をつけて楽しませてくれています。あと10日もしたら、赤くなってくれるかもしれません。小さな畑に野菜たちを見に行くのが楽しみになってきました。

過疎進み地蔵傾ぎぬ(かしぎぬ)シャガの花。

速やかな飛翔を眺むバードデー。

山賢やえびねの花を並べ売る。

黒鯛と侮るなかれ塩の味。

バイク連切ってをるなり若葉風。     馬場路哉

主人は昨夜、突然亡くなった方のお通夜に行きました。奥様もお二人とも校長先生でやめられた方たちですから、それは沢山の方が弔いに来ておられていたそうです。200人以上はおられたとか。私は葬儀は一体だれのためにあるのだろうと考えさせられるこの頃です。幸いにも私たちの住んでいる所では、今はみな家族葬です。葬儀は親しかった身内でお送りしましょうという呼びかけが広まってきたのです。山添村の中でも私たちの住んでいる所はとても改革的です。同じ村に住んでいても住み心地は違うのですね。感謝しています。

馬場暁美

「上野緑ヶ丘教会会員」 

 

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書籍紹介
    8858e3b6.jpg
エネルギー技術の
 社会意思決定

日本評論社
ISBN978-4-535-55538-9
 定価(本体5200+税)
=推薦の言葉=
森田 朗
東京大学公共政策大学院長、法学政治学研究科・法学部教授

本書は、科学技術と公共政策という新しい研究分野を目指す人たちにまずお薦めしたい。豊富な事例研究は大変読み応えがあり、またそれぞれの事例が個性豊かに分析されている点も興味深い。一方で、学術的な分析枠組みもしっかりしており、著者たちの熱意がよみとれる。エネルギー技術という公共性の高い技術をめぐる社会意思決定は、本書の言うように、公共政策にとっても大きなチャレンジである。現実に、公共政策の意思決定に携わる政府や地方自治体のかたがたにも是非一読をお薦めしたい。」
 共著者・編者
鈴木達治郎
電力中央研究所社会経済研究所研究参事。東京大学公共政策大学院客員教授
城山英明
東京大学大学院法学政治学研究科教授
松本三和夫
東京大学大学院人文社会系研究科教授
青木一益
富山大学経済学部経営法学科准教授
上野貴弘
電力中央研究所社会経済研究所研究員
木村 宰
電力中央研究所社会経済研究所主任研究員
寿楽浩太
東京大学大学院学際情報学府博士課程
白取耕一郎
東京大学大学院法学政治学研究科博士課程
西出拓生
東京大学大学院人文社会系研究科博士課程
馬場健司
電力中央研究所社会経済研究所主任研究員
本藤祐樹
横浜国立大学大学院環境情報研究院准教授
おすすめ本

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教会における女性のリーダーシップ
スーザン・ハント
ペギー・ハチソン 共著
発行所 つのぶえ社
発 売 つのぶえ社
いのちのことば社
SBN4-264-01910-9 COO16
定価(本体1300円+税)
本書は、クリスチャンの女性が、教会において担うべき任務のために、自分たちの能力をどう自己理解し、焦点を合わせるべきかということについて記したものです。また、本書は、男性の指導的地位を正当化することや教会内の権威に関係する職務に女性を任職する問題について述べたものではありません。むしろわたしたちは、男性の指導的地位が受け入れられている教会のなかで、女性はどのような機能を果たすかという問題を創造的に検討したいと願っています。また、リーダーは後継者―つまりグループのゴールを分かち合える人々―を生み出すことが出来るかどうかによって、その成否が決まります。そういう意味で、リーダーとは助け手です。
スーザン・ハント 
おすすめ本
「つのぶえ社出版の本の紹介」
217ff6fb.jpg 








「緑のまきば」
吉岡 繁著
(元神戸改革派神学校校長)
「あとがき」より
…。学徒出陣、友人の死、…。それが私のその後の人生の出発点であり、常に立ち帰るべき原点ということでしょう。…。生涯求道者と自称しています。ここで取り上げた問題の多くは、家での対話から生まれたものです。家では勿論日常茶飯事からいろいろのレベルの会話がありますが夫婦が最も熱くなって論じ合う会話の一端がここに反映されています。
定価 2000円 

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「聖霊とその働き」
エドウイン・H・パーマー著
鈴木英昭訳
「著者のことば」より
…。近年になって、御霊の働きについて短時間で学ぶ傾向が一層強まっている。しかしその学びもおもに、クリスチャン生活における御霊の働きを分析するということに向けられている。つまり、再生と聖化に向けられていて、他の面における御霊の広範囲な働きが無視されている。本書はクリスチャン生活以外の面の聖霊について新しい聖書研究が必要なこと、こうした理由から書かれている。
定価 1500円
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「十戒と主の祈り」
鈴木英昭著
 「著者のことば」
…。神の言葉としての聖書の真理は、永遠に変わりませんが、変わり続ける複雑な時代の問題に対して聖書を適用するためには、聖書そのものの理解とともに、生活にかかわる問題として捉えてはじめて、それが可能になります。それを一冊にまとめてみました。
定価 1800円
おすすめ本
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われらの教会と伝道
C.ジョン・ミラー著
鈴木英昭訳
キリスト者なら、誰もが伝道の大切さを知っている。しかし、実際は、その困難さに打ち負かされてしまっている。著者は改めて伝道の喜びを取り戻すために、私たちの内的欠陥を取り除き、具体的な対応策を信仰の成長と共に考えさせてくれます。個人で、グループのテキストにしてみませんか。
定価 1000円
おすすめ本

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さんびか物語
ポーリン・マカルピン著
著者の言葉
讃美歌はクリスチャンにとって、1つの大きな宝物といえます。教会で神様を礼拝する時にも、家庭礼拝の時にも、友との親しい交わりの時にも、そして、悲しい時、うれしい時などに讃美歌が歌える特権は、本当に素晴しいことでございます。しかし、讃美歌の本当のメッセージを知るためには、主イエス・キリストと父なる神様への信仰、み霊なる神様への信頼が必要であります。また、作曲者の願い、讃美歌の歌詞の背景にあるもの、その土台である神様のみ言葉の聖書に触れ、教えられることも大切であります。ここには皆様が広く愛唱されている50曲を選びました。
定価 3000円

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