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ビルマ
戦犯者の獄中記 (32) 遠山良作 著
昭和22年
3月31日
何も読むものもなく、退屈でしかたがないので、今日も聖書を開いてみるが、理解できないことばかりである。マタイ、マルコ、ルカ、同じようなことが書いてある。何故だろう。私のような学問のない者にはわけがわからない。どうも私には不要の本の様な気がする。 運動の時間が来たので本を閉じて外に出る。すでに東大尉も運動に出ておられたので、歩きながら次のことを東大尉に話した。
「私は日本の勝利を信じて戦って来たが、敗戦というこの現実の前に悲しみと無念で一杯である。だけど大和民族がこの地球上に生存している限り、五十年先か百年先か分からないが、この仇を討って、私たちの悲願である「八紘一宇」(はっこういちう)の理想の世界をこの地球上に実現することこそ、民族がなさなければならない使命であると思う」と話した。
東大尉は「なあ遠山、お前のような考えを持っていたら、この世界から戦いは絶えないぞ。これからの日本は軍備もない、平和な新しい日本を作ることが、敗戦日本が生き残れる唯一の道である。そのためには日本が総ざんげをする時である。そのときに新しい平和な日本が生まれるのだ」と諭してくださった。
今まで何一つ悪いことをした覚えもない。また間違ったことをしたとも思っていない自分である。今晩はゆっくりこのことを考えてみよう。
4月2日
運動の監視に来た今日の英兵はうるさくない。死刑囚を除いて全員を一度に出してくれた。時間も何時もより長い。お陰で林大尉と、歩きながら話が出来た。林さんは「モラロージジ」の創立者広池博士の門下生で、千葉の道場で修業し、また岡谷で製糸工場の経営をしていた部隊の将校である。彼は英語を勉強するために、英語の聖書を読んでいる。
私は「林さん、聖書に書かれている奇蹟は、全く信じることができないけれども、倫理の書物として読むならば、価値のある読物だと思います。だが内容には難しいことがたくさん書いてありますね。例えば「人が右の頬を打てば左の頬を向けよ」と書いてありますが、私にはその意味がよく分かりません。林さんはどう思われますか」。
林「俺にもよく分からないので、学者(いつも本を読んでいる英兵にあだ名)が来たら聞いてみたいと思うが、やはり「目には目、歯には歯」というのが自然だと思うよ。だがね君、聖書にはすばらしい言葉がたくさん書かれているよ。
あの片隅に小さな花が咲いているだろう。あの花をじっと見ていると、実に美しいことに気が付く。聖書の中に「ソロモン王が着飾っていた、美しい飾り物も、野に咲いている草花の美しさには及ばない」と書いてある。
人間がどのように精巧に作った飾り物でも、自然に咲いた花の美しさとは比較できないと言う意味だと思う。自然の花には生命があるから美しいのだ。聖書から学ぶことが多くあるが、奇跡や神話の記事も多く書かれている。「クリスチャン」になるには、聖書のすべてを信じなければ「クリスチャン」にはなれないよ、と言われた。
私はとてもクリスチャンにはなることは出来ないし、その気もないが、クリスチャンである加納衛生兵の優しい笑顔を思い出す。
註 「八紘一宇」=全世界を一つの仲の良い家とする。戦中、時刻の海外浸出を正当化するために用いた標語。
この文章の転載はご子息の許可を得ております。
東京大学大学院人文社会系研究科博士課程
いのちのことば社
スーザン・ハント
「緑のまきば」
「聖霊とその働き」