[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
ビルマ
戦犯者の獄中記 (43) 遠山良作 著
昭和22年
4月25日
―雨を待つ牢獄―
赤道に近いビルマは常夏の国である。日本のように季節の変わり目がなく、半年は乾期で、半年は雨季である。今が一番暑い乾期で、焼けつくような熱帯特有の、太陽の光は強烈で日本の比ではない。この独房は厚いコンクリートの壁に囲まれた、四畳半位の薄暗い狭い部屋で、北側に出入り口にあたる鉄格子の扉はあるが、南側には小さな明り取りの小窓があるのみで、風はほとんど入らない。房の中では褌一つでの生活であるが蒸れるように暑い。
昼はまだよいとしても、問題は夜である。蚊帳のない夜の房内は、無数の蚊がブンブンと人間の血を求めて外から入って来る。寝るためにはこの蚊を防がねばならない。顔も手も露出している部分は全部毛布やシャツで覆って眠るのであるが、顔を布で覆うので息苦しくてたまらない。昼は取り調べ、夜は蚊との戦いの毎日である。
雨でも降れば少しは涼しくなるのにと思う。同室の田室さんは「ビルマの水祭りも終わったからもう雨が降ってもよいのに」と独り言をいう。半年は降り続く雨、憂うつな雨期であっても、この暑さに比較すればまだましである。
雨よ早く降れと、祈る思いで鉄窓から夕空を仰ぐ。祈りが聞かれたように、遥かかなたに湧き上がる黒雲は低く、その動きは早い。目の前にあるねむの木の小枝は風に揺られてはらはらと枝葉を散らす。あたかも内地で見る夏の夕空にも似ている。
やがて大つぶの雨は歩哨の幕舎を強く打ち、軒のしずくは滴れる。長い間待ちこがれていた恵みの雨である。急に涼しくなった。この雨がしばらく続くと、今度は天井からポツポツと落ちてくる雨だれは部屋の真ん中に落ちて来た。「雨だ雨だ」と田室さんは叫ぶ。落ちる雨だれを石油缶で受ける。
この独房は英国の植民地時代に作られた平屋建ての古い建物であるから無理もない。涼しくなった代償は雨漏りである。狭い部屋で二人は今夜どうして眠ろうかと考える。
蚊に刺され 眠れぬ夜の 独房にて 生命のことを ただに思えㇼ
蚊帳なき ひとやにあれば 眠れ難く 目を閉じたまま 蚊を払うなり
***********
この文章の転載はご子息の許可を得ております。
東京大学大学院人文社会系研究科博士課程
いのちのことば社
スーザン・ハント
「緑のまきば」
「聖霊とその働き」