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「ローマ人への手紙」研究 (118)
第66課 キリスト者生活の実践的義務
=12:1~15:13=・・・1・・・
A 個人の生活上の聖潔を養う義務
12:1~21・・・1・・・
「神への献身」
この章の以下において語られる言葉は、キリストを信じる人々に対するものであって、非信仰者に対するものではありません。救われていない人たちは、ここで述べられているような種類の生活を始めることさえできないのです。そのような生活を送ることは未信者にとっても義務です。しかし、彼らは神の恵みによって救われ、そのように生きることを願うようになり、そのように生きる力を与えられるまでは、そうすることは出来ないのです。故に、救われていない人々に対して、キリスト者の生活やキリスト者の人生を生きるように呼びかける現代のいわゆる福音伝道はまことに愚かであると言わなければなりません。このような伝道活動は、その中に福音を含むのではなく、単なる倫理的教訓の形を採った助言ないしは忠告の類に過ぎないのです。
使徒パウロはここでキリスト者の生活における実践上の多くの義務を挙げています。この章はほぼあらゆる種類のキリスト者の義務を含んでいます。しかし、それらは無関係な事柄の単なる羅列ではありません。それらはキリスト者の人格と行為の特質として、相互に関係をもっています。
これらのキリスト者の人格の特質は共に考えられるべきであって、個々の一つだけ切り離して考えるべきではありません。どれか一つだけ抽出して強調し、その他のものを省略したりすることは出来ないのです。例えば12:16a
「互いに思うことをひとつにして」と言う言葉は、12:9aの「悪は憎み退け、善には親しみ結び」を打ち消すものであってはならないのです。これら二つの義務は共に取り上げられなければならず、常に相互にバランスを保つようにして守らなくてはならないのです。
J.G.ヴォス著
玉木 鎮訳
(日本キリスト改革派引退教師)
東京大学大学院人文社会系研究科博士課程
いのちのことば社
スーザン・ハント
「緑のまきば」
「聖霊とその働き」