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その愛のゆえに
=時々の記=
(104)
10月9日
昨夜は皆既月食を見ることができました。満月から少しずつ欠けて行き、暗闇になると、星が一層輝いて見えました。月の灯がなくなるととても神秘的でもあり、さびしくもありました。一時間ほど経過するとまた大きなまあるい月が東の空高くに出てきて、月の灯りに有難さを感じました。ノーベル物理学賞受賞が決まり、新聞やテレビの報道を賑わせています。日本人が3人。すごい快挙ですね。
優秀な方たちの研究の成果によって私たちの暮らしが、医療が進んできているのだと実感いたしました。
昨日、教え子が美術大を出たのだが仕事がないので、一枚千円で似顔絵を描かせてほしいといってきました。快く描いてもらいました。15分足らずで描きあげたのにはびっくりいたしました。私の特徴をよくとらえて描きあげてくれました。絵の具代だよと言ってプラス500円差し上げました。今の時代にこれだけでは生活が成り立たないでしょうが、何とか気持ちだけでも支援していきたいと後姿を眺めながらエールを送り続けました。
10月14日
ノーベル平和賞に17歳の少女が選ばれましたので、とてもびっくりしています。
マララさんの演説された‘一人のこどもと一人の先生、一冊の本、一本のペンが世界を変えることができる’との名言が多くの人々を感動させたと今日の新聞に載っていました。身の危険が及ぶことを心配しつつ、これからのマララさんの世界平和への貢献が期待されます。
三つ栗の輝く頭出しにけり。
渓流に紅葉の見えて平家住む。
そこここに大木殖えぬ鄙の秋。
猪荒らしでこぼこなれど草を刈る。
乳牛の仔達の食める草紅葉。 馬場路哉
10月25日
主人は痛風が改善されないので、昨日は診療所で痛み止めと予防薬をもらって帰りました。痛みが発症してしまったら、予防薬は痛みが治まるまで服用してはいけないとのことです。杖を支えによろよろ歩きですが歩くことができるということはとっても感謝なことです。
10月29日
昨夜から準備し、灯油をストーブに補給し、今朝はストーブのぬくもりなしには朝の準備はできませんでした。一気に初冬の寒さです。日中は気温が上がりお日様の当たるところで犬たちと日向ぼこをして高い空を見入っていました。もう喪中はがきが届きました。それも、月ヶ瀬小学校で初めての担任をした教え子が亡くなったという知らせです。44歳の若さです。びっくりいたしました。私よりも早く亡くなるなんて・・・。とても悲しく、何をするにもその子たちと過ごした時のことが思い出されて、手につきません。私の家にも遊びに来てくれたことが印象に残っているクラスです。月ヶ瀬小学校はその頃文部省指定の体力つくり指定研究校でした。朝から全校生でリズム運動、棒体操に励み元気いっぱいの学級でした。お昼休みには縄跳びで遊びました。机に向かっているより外で飛び回っている時間の方が多いようにさえ感じられる日々でした。
そんな元気な子供たちの一人がもう亡くなったなんて信じられません。悲しい一日でした。
10月30日
二上(ふたかみ)の山の間を鳥渡る。
秋草の穂波の丘となりにけり。
紫苑晴雲一つ無く微風あり。
芦原の穂の柔らかく日を弾く。
小鳥来て美しきかな朝の声。 馬場路哉
主人の痛風の痛みがようやく治まってきて、杖なしで歩けるようになりました。でも予防のための薬を飲み続けなければなりません。改善策として食事療法、投薬療法の二本立てで進めて行かなければなりません。
11月3日
毎年のことですが、今年も心を込めて、昨日、アメリカに居られるゴダート先生にクリスマスカードをお送りいたしました。84歳になられる先生が今もお花屋さんでお仕事をされながら、礼拝生活を続けておられること。お若いときに日本伝道に尽くされた先生の熱い信仰に心打たれるのです。岐阜、名古屋の青年たちだけでなく上野まで来てくださって伝道をしてくださった遠い日の思い出は私の脳裏にしっかり焼き付いています。先生のお美しい賛美の歌声。神様をほめたたえるお声でした。南長老教会から日本伝道に携わってくださった先生方に心から感謝するものです。「ジャーナル」にはその先生方の熱い信仰の思いが反映されていますから。感謝しています。
11月6日
11月6日は私の誕生日でもあり、父の亡くなった日でもあります。66歳になります。これからの一日、一日を大切に過ごしたいと願っています。あっという間に高齢者と呼ばれ、その名の通り何をするにもテンポが遅くなり、記憶が途切れます。それをありのまま受け入れて行くことが大切なのかもしれません。
それにしても日が暮れるのが早くなってきました。まだ5時過ぎといいますのにあたりは暗くなってきています。ちょうどこの時刻になると裏山からぴーよー、ぴーよーという鳴き声が聞こえてきます。何の鳴き声だろうと主人にたずねましたら、鹿の鳴き声だというのです。かなり大きな声ですからきっと家のすぐそばまで来ているのでしょう。お腹がすいているのかもしれません。寂しげな悲しげな声です。あたり一面野生の動物たちが近づいてきて食べ物を探しているようです。生き延びるために、危険を冒してまでも人家に近づいてくるのです。来年のカレンダーがもう郵便局から頂きました。早いですね。
馬場暁美
(上野緑ヶ丘教会員)
東京大学大学院人文社会系研究科博士課程
いのちのことば社
スーザン・ハント
「緑のまきば」
「聖霊とその働き」