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世田谷通信
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猫 草
うちには宅配便がよく届く。インターネット通販のほうが、種類多様で安く、ニーズぴったりの品を選べるからだ。いろいろ買わせるように仕向けるイベントのせいでもある。「買い物マラソン」とはたくさん買い物するほどポイントが多くつく。どうせならその機会に・・ということになり、さらにそれぞれの店で「あとちょっと買うと送料タダになるけど、ついでになんか買うものない?」となる。まさに店側の思うツボ、である。
クリック一つでバーチャルに買い物は完了するが、その後、届くまでのプロセスはリアルである。日本あるいは世界のどこかで誰かがその品物をピックアップして梱包し、宛先を確認して発送する。その後、陸海空の様々な輸送手段を経て、たくさん人の手を介してだんだん自宅に近くまで運ばれ、ピンポーンと届くわけである。
この「物を運ぶ」手続きを全部自分でやったらどれだけ大変で面倒か。なのに、ちょっと多めに買えばこれが無料?品数が増えた分、運ぶ手間は増えているのに?物流ってほんとうに不思議だなあと思う。
注文する瞬間、大きさや重さなんてあまり意識しないけど、例えば図書室で500冊の本をワンクリックで注文したとする。実際にダンボール何箱ものそれらが届いて、カートに載せて検収して、ラベルを貼りつけ、様々な受け入れの処理をしてから、図書室の本棚に出すまでの、その1冊1冊の重さといったら!考えただけで筋肉痛になりそうである。
データは瞬時にバラバラに電子化されてコードに変換し、世界中に届く技術が確立されたけれども、質量のあるものをバラバラにして別の場所で再構成、転送するような技術はまだこの世にないはずである。もしかしたら、ものすごく小さなもので実験は成功しているかもしれないけど。
それがもし現実に可能になったら、ヒトはまずどこに何を届けようとするだろう。願わくは水や食べ物のようにヒトを活かすものであってほしい。くれぐれも爆薬や細菌・ウィルスではなく。
*この添付のイラストは絵を描くのが大好きな次男がパソコンのペイントツールで描いたものです。
東京大学大学院人文社会系研究科博士課程
いのちのことば社
スーザン・ハント
「緑のまきば」
「聖霊とその働き」