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第73課 キリスト者生活の実践的義務
=12:1~15:13=・・・19・・・
B キリスト者の市民的義務・・・3・・・
13:1~7・・・3・・・
主イエス・キリストである神の御子に授けられた権威と、獣に与えられた権威との間には、中間地帯的な権威の領域が存在します。その領域の権威は、ある意味においては、神から出ており、神によって定められていますが、最高の意味においては正当ではなく、神を喜ばせるものではないのです。現世に存在するが、主イエスを認めず、それに従わない政府の権威がそれであります。非キリスト教的政府は、最高の意味においては、神によって認められているものではなく、神に喜ばれるものではありません。
その理由は、彼らは詩編2:10~12に命じられているにもかかわらず、神の御子を認めず、それに従わないからです。他方、現世の政府と黙示録13章の獣の王国との間には大きな相違があります。現世の政府はキリストを崇めることをしません。しかし、一般的な意味においては現世の政府は市民政府としての機能を果たしています。
即ち、法律を維持し、秩序を保ち、犯罪者を取り締まるなどです。彼らが政府としての適切な機能を果たしている限り、それは神によって認められているものであって、その法律に従うことは、私たちの義務なのです。神の摂理のうちに、それは私たちにとって、上に立つ権威なのです。
パウロは13:1~7において世界に現存する非キリスト者政府のことを言っているのではなく、未来の理想的なキリスト教的政府のことを述べているのであるという人がいます。この理解は大いに誤っています。パウロは現存する政府のことを言っているのです。ギリシャ語は明らかに現存する権威を意味しているのです。
この言葉は現存しない未来の理想的政府を意味するのではない。唯一の解釈は、パウロはこの手紙を書いた時、現存していた政府(ローマ政府)について述べているのです。彼は一貫して現在形を使っています。読者に現存する政府に服従し、税を支払い、服従することを命じているのです。読者たちに服従せよと命じられているのは、その時代に存在していた政府なのです。
J.G.ヴォス著
玉木 鎮訳(日本キリスト改革派教会引退教師)
東京大学大学院人文社会系研究科博士課程
いのちのことば社
スーザン・ハント
「緑のまきば」
「聖霊とその働き」