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小閑記
なぜ、あなたがたは、かてにもならぬもののために金を費やし、飽きることもできぬもののために労するのか。
わたしによく聞き従え。そうすれば、良い物をたべることができ、最も豊かな食物で、自分を楽しませることができる。
~イザヤ55:2~
誰でも心正しく、神との平和を得、救われているという確証を得たいと求める者は、救われていると信じる前に、自分自身が今ある姿とは違っていなければならないと考えるようです。しかし、自分で自分を改善・改造しようとして試みるわざは、常に行き詰まります。
神様は止めるように言われるのは、このことです。お金を費やし、報いのないもののために労することを止めて、主に聞き従うべきであります。わたしたちが真に聞くところは、わたしたちにいのちの力を与えるものです。
イザヤ書55章の3節にはわたしたちがよく聞き従うならば、主がダビデに与えられたと同じ恵みを与えようと言っておられます。そこで、主がダビデに賜ったみ言葉を聞いてみましょう。そしてそれらは神より、私たちへ下さったものと受け止めましょう。
ダビデは罪を犯し、その罪を告白した時、神はダビデに語られました。
「わたしはあなたの罪を除いた。あなたは死ぬことはないでしょう」と。ダビデは、この言葉を信じ、恵みが現わされ、救われました。
わたしたちが罪を犯して、神に告白する時、神は同じ言葉を語ってくださるのです。このみ言葉を聞いて受け入れましょう。そうすれば、わたしたちもまた恵みを受けるのです。わたしたちも救われるのです。
神はこのように、平和への道と、救いの確かさへの道を明白に、目の前に置いてくださいました。
それを受け入れ、信じるか否かは、わたしたちの決心にかかっているのです。
東京大学大学院人文社会系研究科博士課程
いのちのことば社
スーザン・ハント
「緑のまきば」
「聖霊とその働き」