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ビルマ 戦犯者の獄中記 (72) 遠山良作著
―戦犯裁判終わる―・・・2・・・
11月26日
この刑務所にはわれわれ刑を受けた者の外に、戦犯容疑者として取調べの中の者、外に証人として残された者も40数名、弁護団、残務処理のために残っている者、日本の逃亡兵等約80名全員は今日出所した。
戦争、敗戦、刑務所との生活から解放されての出所である。彼らの喜びはいかまかりか。われわれは淋しさを隠して拍手で見送った。少人数ではあったが、最後までわれわれを励まし、支えてくれたことに心から感謝する。これからはどんなことがあろうとも、自分たちの力で幾年続くか分からない異国の牢獄で生きてゆかねばならない。
11月30日
死刑囚を除いた者、全員雑房に移された。雑房とは木造二階建ての建物である。今までの戦犯容疑者が収容されていたところで、階下に4部屋、二階に4部屋仕切られ、1部屋に約30名位収容できる広さである。私たちは全員2階に入った。床は板張りであるから、コンクリートの独房と違う。また友と枕を並べて語り合うことが出来るからありがたい。それに空がとても広い、四方は塀に囲まれて外部を見ることは出来ないけれども、長い獄房生活者にとっては広い世界を見るようである。
所内の景色をあきることなくいつまでも、いつまでも眺める。
誰の顔を見てもホッとしたような喜びの笑顔である。死刑の宣告を受けて独房にいる戦友には本当に申し訳けない思いがする。
白き雲 囲むがごとく 悠々と 鳶は舞いおる 獄の真昼は
日もすがら 扉に寄りて 破れたる ただ一枚の 上衣つくろう
そよ風の 流れゆくそき 黄色なる 木々の葉のひかり ああビルマの秋
独房(ひとや)より 雑房移りて とまどえり わが目に映る 視野の広さに
12月16日
―絞首刑を執行された3名―
戦犯裁判が終了したから、9名の死刑囚にも減刑になるのではないかとの希望もむなしく、葵生川(けぶかわ)、岩木、鼻野の3名の死刑が執行された。一人の英兵が10名が使役に出るように指示してきた。私たち10名は絞首台のある地に案内された。そこで太いロープで首を巻かれたままの3名を見た。執行されたばかりの遺体はまだ温かいが顔はむくみ、誰であるかの判別すら困難であるほど変わり果てた姿に止めどなく流れる涙でどうしょうもない。
ロープを解いて用意された棺に死体をおさめて、トラックに乗せてラングーン郊外になる日本人墓地に運んだ。用意されて来た薪を積み重ね、その上に死体を乗せて、荼毘(だび)にする。いやな臭いの黒煙はあたり一面に立ち上こめて、彼らの魂があたかも天に昇って行くようである。
英兵の指揮するインド兵10名が要所で銃を構えて監視している。彼らは戦友の遺骨を拾うことを許さない。しかし我が子の帰りを待っている御遺族のことを思うとなんとか遺骨なりとも御届けしなければならない。薪をくべるふりをしては監視兵の隙を見て少しずつ拾って持ち帰ることが出来た。
「ああむごい」と首に巻かれし ロ-プ解く 刑死の君は 未だ温し
体温の 残る刑死の 戦友を 抱けばむやみ 涙流れて
識別の かなわぬまでの 貌(かお)となり 絞首刑受けし 友の死骸(なきがら)
刑死せし 君の亡骸 荼毘にふす 黒き煙の 立ち込む中を
死刑囚 戦友の遺骨(ほね)を盗むごと 広いてひそかに ポケットに蔵う
処刑されし友 遺骨を葬りて 古き板切れ しるしに立てぬ
東京大学大学院人文社会系研究科博士課程
いのちのことば社
スーザン・ハント
「緑のまきば」
「聖霊とその働き」