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さんびか物語・・・41・・・
(広く愛唱されている50曲)・・・40・・・
ポーリン・マカルピン著
(米国南長老教会婦人宣教師)
讃美403番
かみによりて
<神様のみ言葉>
「そして人々に言われた。『どんな貪欲にも注意して、よく警戒しなさい。なぜなら、いくら豊かな人でも、その人のいのちは財産にあるのではないからです』」。
~ルカの福音書12章15節~
神様にあるキリスト者の交わりを、非常に美しく歌っている讃美歌の一つは、この403番“かみによりて”と言えます。
この讃美歌の原作者はジョン・フォーセット(1740~1817)ですが、この讃美歌は自分がある素晴らしい経験をしたことを記念するために、また、長く覚えておくために書いたものであります。
その出来事とは、次のことであります。
時は1772年です。場所はイギリスのヨークシャーで、ジョン・フォーセットと妻のメアリーは、7年の間、ウェインズゲートの村にあったヘブデン・ブリッジのバプテスト教会で非常に貧しい、しかも少数の会員でしたが献身的な牧会を続けていました。
ところが、彼はロンドンにある有名な教会に招かれ、そこで説教をした結果、是非、その大きな教会へ来てもらいたいと言うと招聘がありました。4人の子供を育てなければならないフォーセット夫妻は、ロンドンに移ることを神様のみ旨と信じて、ジョンは別れの説教を済ませました。その2、3日後、彼らが世帯道具を荷台に積んでいるところに、教会員のみなさんがやって来て、涙を流しながら愛する牧師家族を見送ろうとしました。メアリーはこの教会員の愛に“わたしはこの教会の方々と別れるのは、とてもできない”と言ったところ、ジョンも“わたしも同感です”と言って再び世帯道具を下ろしてしまいました。そうして、この夫妻は54年の長い間、経済的には貧しいものでしたが霊的には非常に恵まれた牧会の歩みをいたしました。その後、フォーセットはイギリス中でも知られた牧師、また作詞家、詩人として大きな影響を及ぼしました。
フォーセットはウェインズゲートに残ることを決めたあくる日曜日には、冒頭の聖句の「人のいのちは財産にあるのではない」というところをテキストにして説教しました。そうして、彼の習慣に従って説教後、前の晩に書いたこの讃美歌Blest be the tie that binds(われらの心を結ぶ絆はどんなに尊いことでしょう)を会員に教えて、ともに初めて歌ったのであります。
フォーセットはこのように毎週説教に伴う新しい讃美歌を書いたのであります。本当に素晴らしい才能と牧者としての熱心さでありましょう。
ジョン・フォーセットは幼い時から非常に苦労しなければならない状態に置かれていました。彼は11歳の時に父を亡くし、13歳で故郷のヨークシャーにある仕立て屋の見習いに出されまして、朝は6時から夜の8時まで働かなければなりませんでした。
その時期に有名な伝道者ジョージ・ホイットフィルドの説教によって信仰に導かれて、牧師になる決心をしました。独学で彼は、その後ブラットフィルドのバプテスト教会の会員となり、その教会の牧師の勧めによって、1763年に周りのバプテスト教会で説教するようになりました。そして、1765年にウェインズゲート教会の牧師に任命されました。その教会では1816年まで牧会を続けましたが、2月に脳卒中で倒れ、翌年の7月25日に召されました。
彼は多くの宗教書を発表しましたが、他に1782年には、166曲も収めた讃美歌集を出版しています。この讃美歌集にこのBlest be the tie that bindsが初めて発表されました。1954年版の讃美歌には彼の作品として“みかみよ、めぐみを”(64番)があります。
讃美歌403番の曲DENNISですが、これは1845年にロウエル・メイスンによって編曲されたものです。記録がありませんから、フォーセットの時代に歌われていた曲が、どのようなものであったか分かりませんが、1832年にロウエル・メイスンが、BOLYSTONという曲をフォーセットの作詞に合わせてThe Choirという本に発表しました。また、さらに13年後にメイスンがDENNISという編曲を作りました。
原作者はハンス・ヨーハン・G・ネーゲリというスイス人でした。ネーゲリはチューリッヒで楽譜出版業を営みながら音楽教師をし作曲もする精力家でした。
ロウエル・メイスンは、ヨーロッパにいた間、DENNISの原作の写本をネーゲリから買い、アメリカに戻ってから、これをフイリップ・ダッドリッチの歌“かみにたよりて”(84番)のために編曲したものです(1954年版の84番の曲ではありません)。
そうして、後になってメイスンがこの編曲DENNISをBlest be the tie that bindsの曲として発表しました。アメリカの讃美歌集では、両方の曲が用いられていますが、どちらかと申しますとDENNISの方が広く使われているようであります。
<403>
1 かみによりて いつくしめる
こころの交わり いともたのし。
この讃美歌は原作では6節からなっているのですが、残念なことに多くのアメリカの讃美歌集では、これを、3節か4節に短くして用い、最後の2節を省略しています。日本語訳の場合は5節ですが、省略されているのは原作の5節であります。
原作の1節と日本語訳を比べますと少し違いがあります。それは「キリストの愛によって、私たちの心が結ばれるその絆は、まことに祝福されています。同じ信仰を持っている人々の交わりは、天にある交わりのようなものであります」と原作では歌われています。ですから、日本語訳よりも具体的で意味がはっきりしているように思います。
2 ちちのまえに せつに祈らん
望みも恐れも ともにおなじ。
2節で歌われていますのは、父なる神様のみ前に心から祈る私たちは、「あなたがたがお願いする先に、あなたがたに必要なものを知っておられる、父なる神」(マタイ6:8)に悩みも、恐れも、慰めも、重荷についても、そうして、救いも希望もすべての源であられる神様に切に祈り求めるようにすすめています。それは、神様にこそ本当に解決と望みがあるからにほかなりません。
3 ともにしのぶ うきなやみも
ゆたけき恵みに やがて消えなん。
3節では、ガラテヤ人への手紙6章2節とローマ人への手紙12章15~16節のみ言葉が背景にあると思います。そこには「互いの重荷を負い合い、そのようにしてキリストの律法を全うしなさい」(ガラテヤ6:2)、また「喜ぶ者といっしょに喜び、泣く者といっしょに泣きなさい。互いに一つ心になりなさい」(ローマ12:15)とあります。
お互いの悩みを分かち合い、重荷を負い合うのはクリスチャンの義務でもあり、光栄ある責任でもあります。喜ぶ者とともに喜ぶのは別に難しいことでもないですが、泣く者とともにその重荷を負うことは、なかなか出来ることではありません。しかし、クリスチャンは神様の私たちへの愛を知っているが故に、神様を愛する者でありますから、兄弟を愛し重荷を負うための愛の心を神様に求める者であります。そして、その愛の心を得ている者ですから、この大きな役目を果たしてまいりましょう。
原作にありますように、キリストにある友のために、同情の涙を流すことの出来る者なのです。どうぞヨハネの手紙第一、3章以下を是非お読みください。
4 わかるるとき かなしけれど
ふたたび相見る さちやいかに。
4節では、別れる時は悲しいけれども、主イエス・キリストにつらなっているなら、主にあって、心と思いは今も結ばれていて、別れは場所的なことに過ぎないことである。また再び相見るその日を喜びと希望をもって待ち望むことが出来る、と歌っています。
日本語訳にはない原作の5節では、作者は次のように歌っています。
「愛する友人たちを、再び相みることの素晴らしい希望が、私たちに勇気を与え、その日を期待して待ち望みながら、私たちは人生の旅を続けるのであります」と。なんと素晴らしい信仰でしょう。
5 つみとうれい なきみくにの
つきせぬ睦びを よろこび待たん。
これは、原作の6節にあたりますが、ここでは、罪、うれい、悩み、苦しみのないみ国について歌っています。
日本語訳では“み国のつきせぬ睦び”を待ち望んでいるというようになっていますが、英文の方では“完全な愛と完全な友情が永遠に続くみ国である”となっていますが、同じような意味を表現していると思います。
ヨハネの黙示録21章3~4節には「見よ。神の幕屋が人とともにある。神は彼らとともに住み、彼らはその民となる。また、神ご自身が彼らとともにおられて、彼らの目の涙をすっかりぬぐい取ってくださる。もはや死のなく、悲しみ、叫び、苦しみもない。なぜなら、以前のものが、もはや過ぎ去ったからである」と記されています。
この神様にある交わりと喜びを、心から待ち望む歩みでありたいものです。同時に、主にある兄弟姉妹の信仰の交わりをも大切に育ててまいりましょう。
東京大学大学院人文社会系研究科博士課程
いのちのことば社
スーザン・ハント
「緑のまきば」
「聖霊とその働き」