[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
ビルマ 戦犯者の獄中記(79)最終回 遠山良作著
―私のあゆみ―
今日も一人ヒマラヤの中庭をぐるぐると歩き廻る
うぬぼれの心が頭をもたげる
隣人を愛そうとしても愛がない
それでもなお主にすがりついている私の姿はどうしようもない
明日もまたこの中庭を私は歩くことだろう
だが青葉の陰から主のまなざしを見る
主のみ恵みはなんと大いなることか
「註」私は昭和28年4月10日に刑期を満了し釈放されました。
=あとがき=
昭和13年に応召、中国大陸に従軍、太平洋戦争が勃発するや南下ビルマ戦線に祖国の勝利を信じて戦った。物量を誇る連合軍の前に日本軍は無条件降伏をした。私はこの敗戦をビルマで迎えた。よもやと思っていた私は、国際法上の違反者であるとの一方的な英軍事法廷で裁かれ、戦犯者の烙印を押され牢獄での身となった。
薄暗い独房での生活は、孤独と悲哀の涙はややもすれば生きる希望さえ失わんとした。このころ一冊の聖書が送られて来た。その聖書は私に生きる目的を教えてくれたのみならず、牢獄もキリストの恵みであると信ずる者になった。
あれから40年の歳月は流れ、世の人々は戦犯という言葉さえ忘れ、遠い過去の歴史として忘れ去られようとしている。
いま日本は経済大国として繁栄し、世界をわが物顔で闊歩している日本人の姿を見ると、戦勝に酔った当時の傲慢な日本人の姿を思い出す。この繁栄の背後には、祖国の勝利を信じて死んで逝った幾百万の英霊と、祖国の再建と繁栄を願いつつ戦犯の汚名のもとに異国の刑場に消えて逝った多くの戦友の姿を忘れることはできない。
敗戦によって焦土と化した焼け跡の中に呆然と立ち、なすことを知らなかったみすぼらしい日本人の姿を今思い出してほしい。・・・。戦争とは常人を狂人のような悪意と憎しみにもかえる悪魔の働きをもする。・・・。
1985年(完)
東京大学大学院人文社会系研究科博士課程
いのちのことば社
スーザン・ハント
「緑のまきば」
「聖霊とその働き」