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猫草
エゴノキという植物がある。公園、庭木、山でも見かける。初夏には白い花を釣鐘のようにたくさんつけ、その花びらが散ると地面は白い絨毯のようにみえる。花の後には少し先端のとがった球状の実がつく。石鹸の成分と同じサポニンが含まれているので、人間には毒で食べられない。えぐいからエゴという名の通り、苦いのであまり鳥も食べない。
でもそれを好んで集まる昆虫もいる。葉を丸めて卵を産むエゴツルクビオトシブミ、まるでバナナのような虫こぶをつくるエゴノネコアシアブラムシ、実に穴をあけて産卵するエゴヒゲナガゾウムシ。このヒゲナガという正式名称よりも、ウシヅラゾウムシという昔の呼び名のほうがわかりやすい。5mmほどの小さな昆虫だが、オスを正面からみると牛のような白い顔をしている。目が横に張り出しているのでそんな顔になる。7月下旬のエゴノキをよく観察すると見つけられるかもしれない。
いつも不思議に思うのだが、あの昆虫たち、ひと時の産卵シーズン以外はどこで過ごしているのだろう。ちゃんとその季節になると現れて、終わるとひっそり暮らし、やがて命尽きるのだろう。昆虫の生活史は謎が多い。
謎と言えば、そもそも植物もあんなにたくさんの花を咲かせ、実をつける必要はあるのだろうか。実生で苗木になる確率はとても低いのに。実の大半が虫に食われ、地に落ちて朽ちても、それでも代替わりに備えて、そのプログラムは毎年、律儀に繰り返される。
きっと植物も昆虫も知っているのだ。この環境は一定ではなく、ある日大きく変わる可能性があることを。生き物は長い年月の間に幾度もその試練を受け、それを超えられた種がいま存在している。経験や記憶は遺伝しない。でも生き残り戦略として、それぞれの生態に受け継がれていくのも事実。その「ある日」はいつ訪れるかわからない。何が起きるのかも予測できない。だから毎年備える。
<いきいき里山ものがたり>
* コロナ禍になって鉢植えや庭に花を植えるためにいろいろの花を買い求める人が多くなりましたと、お馴染みの花屋さんのご主人が言っておられました。今までは切り花を購入されていた方が、自分の家の庭に、好みの花を植えて楽しんでいる人が増えたのは、コロナは困りますが、嬉しい変化ですと笑顔で話してくださいました。花と向き合う時間が増えたのですね。
* わが家の小さな庭に咲いているアジサイの葉の裏に小さなカタツムリの子供がいるのを見つけました。時間を忘れ見惚れていました。ゆっくりゆっくり、時間をかけて滑るように動いています。何だか自分の姿のように思いました(わたしは滑るようではなく躓くようにですが・・・)。近くの郵便局まで行くのに、カメさん歩きと思っていましたが、子供のカタツムリのように動いていても、目的のところに行けるんだ、と何ともありがたい勇気をもらいました。
=写真の説明も兼ねています。皆さんの投稿を歓迎いたします=
東京大学大学院人文社会系研究科博士課程
いのちのことば社
スーザン・ハント
「緑のまきば」
「聖霊とその働き」