[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
C パウロはローマのキリスト者たちの祈りを求めている。
・・・15:30~33・・・
「兄弟たちよ、わたしたちの主イエス・キリストにより、かつ、御霊の愛によって、あなたがたにお願いする。どうか、共に力をつくして、わたしたちのために神に祈ってほしい」(15:30)。
「祈り(とりなしの祈りでさえも)というものは真実で重要な有効性を持っている。それはただ単に祈りを捧げる人の心に感化を及ぼすだけでなく、私たちが求めて祈るその祝福を獲得することにおいても極めて有効なものであるのだ。
パウロはローマのキリスト者たちに命じて、神が摂理の力を働かせて彼を危険から守ってくださるように、また、聖霊がエルサレムにある兄弟たちの心に感化を与えて下さるようにと祈らせるようとしているのである。もし、このような祈りが有効でないと仮定すれば、パウロは祈りというものをしなかったことであろう」(C・ホッジ)。
使徒パウロは同僚にキリスト者たちの祈りの必要性を強く認識していたのである。
何故ローマのキリスト者たちがパウロのために祈るべきであることについて、彼は二つの理由を上げている。
第一に、彼らは「主イエス・キリストより」(for the Lord Jesus Christ.s sake)、すなわち、主の故に彼のために祈るべきなのである。神に対する彼らの献身と敬虔の故である。もし彼らがキリストを愛しているのであれば、そして真実にキリストの王国が繁栄することを願っているのであれば、彼等キリストの僕であるパウロのために祈るべきなのである。
第二に、「御霊の愛」のゆえに彼らはパウロのために祈らねばならないのである。すなわち、聖霊が創始者であり源であられるキリスト者の愛の故に祈るべきであるばかりでなく、同僚であるキリスト者としての彼自身に対する彼らの愛にも訴えているのである」(C・ホッジ)。
もし私たちの同僚であるキリスト者たちを真に愛しているのであれば、彼らのために祈るべきなのである。
J・G・ヴォス著、
玉木 鎮訳(日本キリスト改革派教会引退教師)
東京大学大学院人文社会系研究科博士課程
いのちのことば社
スーザン・ハント
「緑のまきば」
「聖霊とその働き」