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世田谷通信(225)
猫草
顔を合わせての活動というのが制限されるようになって久しい。もはやそれが当たり前のような生活になっている。子どもたちの給食も「黙食」で教室は静かだ。でも一緒に食べるのは楽しいことだし、毎日のメニューも気になる。その日のメニューは子どもたちが食べる少し前に各階のプラスチックケースに配膳見本が置かれるのでわかる。手洗い場の横に来てはかわるがわる、たくさんの子どもたちが時に歓声を、苦手なものだとがっかり、新しいメニューだと好奇心いっぱいの表情で眺めていく。
自分の子どもの頃を思い出すと、主食はほとんど食パン、たまにコッペパンや揚げパン。袋に入ったソフト麺というのがあった。クジラの竜田揚げもうっすら食べた記憶がある。そういえば、「スラッピージョー」というのがメニュー表に載って、何だ?と教室中がざわめいたことがあった。当時そんな名前の食べ物は誰も知らなかった。わくわくしながら当日を迎えると、ひき肉とトマトと玉ねぎを炒めたもので、パンに挟んで食べるおかずだった。誰かが「ミートソース・・」と呟いて、全員が「だよね」と思った。
それに比べると、今どきの給食の美味しいこと、多彩なこと。横文字メニューも多い。主食だけでも麦飯、パスタ、ラーメン、焼きそばに赤飯もでる。パンも揚げパン、ハンバーガー、ココアビスキュイパンなんてお洒落なのもある。
食物アレルギーのある児童には毎回アレルギー除去食が出される。職員室には毎日各教室から電話があって、その度に副校長先生がアレルギー一覧表を確認している。
自分が子どもだった時代にも食物アレルギーの子はいただろうに、そんな丁寧な配慮はあっただろうか。出されたものはとりあえず残さず、好き嫌いなく全部食べろ!という感じだった気がする。牛乳が苦手でどうしても飲めなくて、それでも許されず、毎日掃除の時間まで俯いて教室の隅で牛乳瓶を前に固まっていた子がいたのは覚えている。さぞ苦痛だったことだろう。自分も牛乳瓶のぬるっとした感触が嫌いで、仕方なく飲んでいた。牛乳大好きは少数派で、苦手な気持ちはみんな多少なりともわかる。だけど、我慢が美徳で、多数が正義で、先生は絶対だったから、どうすることもできなかった。
数年前まで世田谷区も牛乳瓶だったが、今は四角い紙パック&ストローだ。職員室では「私これ苦手。いらない。」と言って牛乳を飲まない先生もいる。それを咎める人は誰もいない。それだけでも時代は変わったのかなと、少しほっとする。
<いきいき里山・山里ものがたり>
* 「世田谷通信」さんのお花の写真の紹介と感想で、それまで花などには殆ど興味を示さなかった主人が、お花の図鑑を買って来たり、狭い庭に鉢植えの花を買って来て朝晩水やりをしています。テレビの「XX園芸」を録画して何度も繰り返し見ています。今は12鉢ですが、これから多くなるでしょう。無趣味?から少し成長した主人が素敵ですよ。少し褒め過ぎかも?!
愛媛県 O・Bさん
6月号の写真の紹介をさせていただきます。…猫草…
⁑ 近くの河川敷でヤマグワが実をつけていました。塾せば野鳥のご馳走になりますよ。
⁑ カタバミの中でも派手な色で群生しとても華やかなのに、名前がイモカタバミで可哀想?です。
⁑ シロダモの若い葉は白っぽいので、この時期は林の中でもよく目立ちます。それにしても「ダモ」って何でしょう?
⁑ アズマネザサを放置するとあっという間に成長しますが、毎年丁寧に刈って斜面に光が入ると春に綺麗な野草が咲きます。頑張ったご褒美みたいな気がします。
東京大学大学院人文社会系研究科博士課程
いのちのことば社
スーザン・ハント
「緑のまきば」
「聖霊とその働き」