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2023年7月号  №193 号 通巻877号
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「ローマ人への手紙」研究 (66)
 第43課 異邦人の召命とユダヤ人の拒否
       9章1~11章36節(続)
C 福音による救いと言う方法の単純さと適切さdb6d7cd8.jpg
       10章1~10節
 
 「キリストは、すべて信じる者に義を得させるために、律法の終わりとなられたのである」(10:4)。福音の真髄は私たちの救い主イエス・キリストの人格と業です。救いは私たちが律法を守ることによってではなく、私たちのためのキリストのみ業によって来るのです。私たちが義とされるために律法が要求する全てを、キリストはご自身のうちに持っておられるのです。
 この言葉の全体的な意味は完全に明白ですが、「律法の終わり」という表現の厳密な意味については、少しく難解な点があります。ここに3つの意味が可能になります。
 1「キリストは律法の終わりとなられた」は「キリストは律法がその全ての部分において指し示している方であり、罪人をそこへ導いて行く方である」という意味です(ガラテヤ3:24)。
 2「キリストは律法のすべての要求・型を成就し完成する方である」という意味。
 3「キリストは律法を終わらせられた方である。すなわち、信じる者を業の契約より恵みの契約に移転させられる方である」という意味。
 C.ホッジは1の意味はカルヴァンやその他の多くの注解者によって採用されており、2つの意味は教理的には聖書的であるが、「終わり」という語の原語「テロス」の意味と合わない。テロスは正確には完成・成就を意味せず、そのような意味では「プレローマ」がしっくりする。3の意味が正しいといえる」と述べています。
 「キリストにおらず律法の下にある者は、律法の要求と刑罰の下に服せしめられているという教理は、聖書の中に明白に述べられています。キリストの来臨とそのお働きは律法の権威を終わらしめ、私たちはもはや律法の下にはなく、恵みの下にあるのです(ローマ6:14)。私たちはもはや「これを為せ。そうすれば生きる」という体制の下にはないのです。しかし、この律法の廃止ということは、それを排除してしまうということによってではなく、それを成就することによって来るのです。キリストが律法の終わりとなられたのは、彼が律法を完成されたからである。パウロがここで主張しているのは、この後の方の真理である」(C.ホッジ)。
 したがって、ここの意味は、「キリストは律法の要求とその刑罰を満たすことによって、神の前に義とされるための要求としての律法の機能を終わらせられたのである」ということになります。神の前に義とされるということに関する限り、信者は律法については、もはや完全なのです。彼は業の契約より恵みの契約の下に移されてしまっているのです。
彼は破られた業の契約の罪科の下にはなく、神の律法への服従によって義を獲得しょうと望みのない無駄な試みを続ける必要はないのです。
 例えば、大きな負債を抱えて苦しんでいる人がいるとしましょう。彼は自分一人では支払いきれないことを知っています。彼は負債から解放されたいと、懸命に努力するが、結果的には負債に対する利息を支払うことができるだけで、負債そのものは全く返済することができません。利息を支払うことだけが彼のできる全てです。しかし、時にはそれさえも困難で、負債から解放されるどころか、ますます負債が多くなってゆく始末です。
 その時、裕福な友人が登場してきて、彼の代わりに全ての負債を全額支払ってくれました。その瞬間に彼は分割払いによって彼の負債を償却しようとすることから解放されたのです。元金が彼の代わりに他の人によって支払われてしまっているので、彼は返済義務から解放されたのです。ちょうどそれと同じく、キリスト信者も神の前に義とされることに関する限り、律法への義務は終わったのです。キリストが彼に代わって負債を完全に支払って下さったからです。
 
 J.G.ヴォス著
                         玉木  鎮訳
                      (日本キリスト改革派引退教師)
 
 
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書籍紹介
    8858e3b6.jpg
エネルギー技術の
 社会意思決定

日本評論社
ISBN978-4-535-55538-9
 定価(本体5200+税)
=推薦の言葉=
森田 朗
東京大学公共政策大学院長、法学政治学研究科・法学部教授

本書は、科学技術と公共政策という新しい研究分野を目指す人たちにまずお薦めしたい。豊富な事例研究は大変読み応えがあり、またそれぞれの事例が個性豊かに分析されている点も興味深い。一方で、学術的な分析枠組みもしっかりしており、著者たちの熱意がよみとれる。エネルギー技術という公共性の高い技術をめぐる社会意思決定は、本書の言うように、公共政策にとっても大きなチャレンジである。現実に、公共政策の意思決定に携わる政府や地方自治体のかたがたにも是非一読をお薦めしたい。」
 共著者・編者
鈴木達治郎
電力中央研究所社会経済研究所研究参事。東京大学公共政策大学院客員教授
城山英明
東京大学大学院法学政治学研究科教授
松本三和夫
東京大学大学院人文社会系研究科教授
青木一益
富山大学経済学部経営法学科准教授
上野貴弘
電力中央研究所社会経済研究所研究員
木村 宰
電力中央研究所社会経済研究所主任研究員
寿楽浩太
東京大学大学院学際情報学府博士課程
白取耕一郎
東京大学大学院法学政治学研究科博士課程
西出拓生
東京大学大学院人文社会系研究科博士課程
馬場健司
電力中央研究所社会経済研究所主任研究員
本藤祐樹
横浜国立大学大学院環境情報研究院准教授
おすすめ本

      d6b7b262.jpg
教会における女性のリーダーシップ
スーザン・ハント
ペギー・ハチソン 共著
発行所 つのぶえ社
発 売 つのぶえ社
いのちのことば社
SBN4-264-01910-9 COO16
定価(本体1300円+税)
本書は、クリスチャンの女性が、教会において担うべき任務のために、自分たちの能力をどう自己理解し、焦点を合わせるべきかということについて記したものです。また、本書は、男性の指導的地位を正当化することや教会内の権威に関係する職務に女性を任職する問題について述べたものではありません。むしろわたしたちは、男性の指導的地位が受け入れられている教会のなかで、女性はどのような機能を果たすかという問題を創造的に検討したいと願っています。また、リーダーは後継者―つまりグループのゴールを分かち合える人々―を生み出すことが出来るかどうかによって、その成否が決まります。そういう意味で、リーダーとは助け手です。
スーザン・ハント 
おすすめ本
「つのぶえ社出版の本の紹介」
217ff6fb.jpg 








「緑のまきば」
吉岡 繁著
(元神戸改革派神学校校長)
「あとがき」より
…。学徒出陣、友人の死、…。それが私のその後の人生の出発点であり、常に立ち帰るべき原点ということでしょう。…。生涯求道者と自称しています。ここで取り上げた問題の多くは、家での対話から生まれたものです。家では勿論日常茶飯事からいろいろのレベルの会話がありますが夫婦が最も熱くなって論じ合う会話の一端がここに反映されています。
定価 2000円 

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「聖霊とその働き」
エドウイン・H・パーマー著
鈴木英昭訳
「著者のことば」より
…。近年になって、御霊の働きについて短時間で学ぶ傾向が一層強まっている。しかしその学びもおもに、クリスチャン生活における御霊の働きを分析するということに向けられている。つまり、再生と聖化に向けられていて、他の面における御霊の広範囲な働きが無視されている。本書はクリスチャン生活以外の面の聖霊について新しい聖書研究が必要なこと、こうした理由から書かれている。
定価 1500円
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「十戒と主の祈り」
鈴木英昭著
 「著者のことば」
…。神の言葉としての聖書の真理は、永遠に変わりませんが、変わり続ける複雑な時代の問題に対して聖書を適用するためには、聖書そのものの理解とともに、生活にかかわる問題として捉えてはじめて、それが可能になります。それを一冊にまとめてみました。
定価 1800円
おすすめ本
4008bd9e.jpg
われらの教会と伝道
C.ジョン・ミラー著
鈴木英昭訳
キリスト者なら、誰もが伝道の大切さを知っている。しかし、実際は、その困難さに打ち負かされてしまっている。著者は改めて伝道の喜びを取り戻すために、私たちの内的欠陥を取り除き、具体的な対応策を信仰の成長と共に考えさせてくれます。個人で、グループのテキストにしてみませんか。
定価 1000円
おすすめ本

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さんびか物語
ポーリン・マカルピン著
著者の言葉
讃美歌はクリスチャンにとって、1つの大きな宝物といえます。教会で神様を礼拝する時にも、家庭礼拝の時にも、友との親しい交わりの時にも、そして、悲しい時、うれしい時などに讃美歌が歌える特権は、本当に素晴しいことでございます。しかし、讃美歌の本当のメッセージを知るためには、主イエス・キリストと父なる神様への信仰、み霊なる神様への信頼が必要であります。また、作曲者の願い、讃美歌の歌詞の背景にあるもの、その土台である神様のみ言葉の聖書に触れ、教えられることも大切であります。ここには皆様が広く愛唱されている50曲を選びました。
定価 3000円

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