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『ありがとうございます』
2019年も6ケ月が過ぎました。「平成から令和」と呼称も変わり、あの騒がしい騒動?も今は何もなかったかのような日々になりました。仕事の息抜きに、また水栽培に挑戦しています。今までは「さつま芋」でしたが、今回は「アボガド」の実3個と「ドクダミ」です。「アボガド」はまだ何も変化はありませんが、楽しみです。「ドクダミ」は透明な瓶の中に逞しい根がたくさん出ています。小さな白い花と独特な香も放っています。向き不向きのあることを学びました。
本棚一段が、水栽培コーナーとして利用しています。
インターネットには、こんな説明がありました。
・・・・ドクダミは日本や中国、東南アジアが原産の多年草です。草丈は20~40cmで、繁殖力が旺盛で、地下茎を伸ばしてどんどん広がっていきます。日本全国の道端など半日陰で目にすることができます。
草全体から強い臭いを放つことから、古くは「毒溜め(ドクダメ)」と呼ばれ、これが転じてドクダミという名前になったとされています。もしくは、毒を抑えるという意味の「矯める(ためる)」とが転じたという説もあります。香りが魚のにおいに似ていることから、魚にまつわる英名がいくつもついています。・・・
2019年5月16日から2019年6月15日までのイースター記念感謝献金者、「つのぶえジャーナル」事業への寄付者の報告です。感謝いたします。
西山三郎様 池住まどか様 馬場伸直様 佐藤のり様 梶田のぞみ様 加納さおり様 匿名2名様
*寄付金口座…郵振替口座番号 00800-1-45937 つのぶえ社
また、お便り下さる方やお友達への紹介はこのメール アドレスをご利用ください。多くの方々の「ジャーナル友」が与えられるように願っています。
最近、新しいアドレスの方から、初めて読ませていただいています、とのメールも多く与えられています。感謝です。
*「つのぶえジャーナル」はこれをご利用ください。
http://tunobue.blog.shinobi.jp
(米国南長老教会文書伝道事業)刊行責任者
つのぶえ社代表 長村秀勝
今月のことば
それからすぐ、イエスは自分で群衆を解散させておられる間に、しいて弟子たちを船に乗り込ませ、向こう岸のベッサイダへ先におやりになった。
=マルコ6:45=
ニュースでは元号の変更に伴う経済効果が云々されています。その前はその名称が万葉集からであることで、本の売れ行きが話題になりました。動機はどうであれ、関心を持って古典に心を向けるなら、これも感謝なことではないかと思いました。
イエス様の奇跡によって、食料の問題を解決した人々は、イエス様を王にしようと望みました。弟子たちもまた、前途に明るい未来を見たのでした。弟子たちや民衆には、イエス様に従うことは、経済的にも引き合うことを、人々がわかってくれる日は近いかと思われたのです。飢えや乾きを解決することは、とても大切なことであることは事実です。
しかし、イエス様に対するこのような関心事から、人々を救わなければなりませんでした。そこで弟子たちを嵐の夜の闇の中へと送り出したのです。
ある時代、どこの国でもキリスト教会の役員になることは、社会的信頼の証であり、経済的な利益があるという考えを信者が持ち始めると、危険は近いのです。「きよくあることはすべてに有益である」と言うことは真実です。しかし、もし、経済的利得が、キリスト教的徳の報酬であると考えるならば、それは大きな間違いをしています。そしてもし、神の祝福をそのようなものと誤解するなら、イエス様は今でも、その愛する者たちを、その最も好ましくない道へと送り出すことがお出来になるのです。
イエス様は、困難と貧困の中に人々が苦労しているのを見ることを好まれません。またキリスト者であることで、物質や富を所有するよりも、口では言えないほどに、はるかに偉大であることを教えたいと望まれます。
苦しく貧しい時代は、多くの悲劇や争いを生み出しました。そのために、知恵を出し合い、支え合い、抜け出す努力もまた私たちは行って来たのも事実です。同時に、信仰をいただいた者は、信仰と忍耐と祈りと希望を得ているのです。失うことよりも与えることを学び、支え合い励まし合うことを望み、日々の生活の中でそれを体現することを学ぶのです。
嵐の中で弟子たちは何を見たでしょうか。イエス様が舟に乗って来られ、海が静かになった時、イエス様とは何者なのかを改めて知ったのです。
冒頭の聖句は、6章30節から52節の一部分です。お手元に聖書をお持ちなら、この個所を是非お読みいただきたいと願っています。
「神の国は飲食ではなく、義と平和と、聖霊における喜びである」からです。
小閑記
わたしはキリストと共に十字架につけられた。生きているのは、もはやわたしではない。キリストが、わたしのうちに生きておられるのである。しかし、わたしが肉にあって生きているのは、わたしを愛し、わたしのためにご自身をささげられた神の御子を信じる信仰によって、生きているのである。
=ガラテヤ2:19~20=
この聖句の先ず語ることは、キリストの救いのみ業は、私たちが自分でやり遂げたかのように、完全に私たちのものであるということであります。神の言葉は、一人の人が全ての者のために死んだので、すべての者はイエスにあって死んだのだという、言い尽くせない大きな慰めを与えるのです。こうして私たちはキリストと共に十字架につけられたのです。
しかし、このように完全に私たちのものであることは、それにも関わらず、私たちの外側にあります。しかしそれは、実はキリストの内にあるのです。私たちのものであるものが、キリストにあって私たちの個人的な所有となるならば、私たちは、自分を全くキリストにささげなければなりません。
主イエスが私たちのために負ってくださったすべての罪を、主に渡さなければなりません。こうして、私たちもキリストと共に、自らを十字架にかけられなければならないのです。
なおも悪の力は私たちを苦しめ、傷つけ、打ち負かすかもしれません。しかし、私たちを罪み深い欲望の中に生かしめるほどに私たちを支配することはできません。私たちは二重の状態の中に入っています。私たちが死んだと同時に、私たちの中にある罪も死んだのです。
「あなたは死んだのである。それゆえ死につけられたのである」と聖書は言います。死につけられた者は、キリストと共に、十字架につけたままにしておかねばなりません。私たちの命はもはや罪に従い、その欲望に服従することになるのではありません。
私たちの命は、キリストにあり、キリストにあってすべての悪と戦い、日ごとに死ぬのです。それはもはや、「わたし」すなわち、私の内にある悪―が命の権威を持ち、私たちの中に生きることを許されているのではなく、キリストが権威のすべてなのです。
信仰によって、私たちは主イエスが全てであると主張しますし、この権利は神より与えられたものです。
この神からの愛に生きるのがキリスト者なのです。
世田谷通信(189)
猫草
図書室にいて、難しい質問だなあと思うのが「何か面白い本ないですか?」である。さて前回紹介したビブリオバトルだが、先生と私で各1冊、約5分で紹介し、それを聴いた子ども達が「読みたい!」と思った方に手を挙げてもらった。結果は、先生に数人、残りは私に手があがり、ちょっと気まずい。
そもそも全員がこれは面白い!最高!と思う本はない。本屋大賞にしても課題図書にしても、「このミステリがすごい!」にしても、結局好みは分かれるものだ。何を好きで、嫌いで、何を知りたいか、或いは楽しい、嬉しいと思うかは人それぞれ違う。だから図書館には何万冊も本があるし、本屋さんには毎年新しい本が並ぶわけだ。
本の読み方にもコツがある。本に隠れたメッセージを見つけられるか。キーワードという言葉がある。鍵を見つけて自分の心を開く作業ができるかどうか。
たとえば、今西乃子著「捨て犬・未来と子犬のマーチ -もう安心していいんだよ-」という本を紹介したとしよう。ノンフィクションである。この犬は、ほんの生まれたばかりの子犬の頃に人間に虐待を受ける。右の足首を切り落とされ、さらに左足の指も全部切られ、右目も切られて捨てられる。その後、収容施設に運ばれ、殺処分寸前になる。
普通なら人間不信になるだろう、或いは攻撃的になるか、恐怖で心を閉ざすかもしれない。しかし、この犬はそのどれでもない別の方法をとる。その結果生き延びて、新しい飼い主を得て「未来」という名前をもらい、元気に長生きする。それだけではない。日本全国100校以上の学校やいろんな施設を回って、2万人以上の人にふれあい、笑顔と勇気を与えている。
絶体絶命のピンチ、殺される寸前だった子犬がとった行動、たった一つの正解がこの本に隠されたキーワードつまり「鍵」である。それが何か知りたい、そう思った人は、ぜひこの本を読んでみて。そんな風に紹介したら、興味を持ってくれるだろうか。
『美しい朝に』・・55・・
「朝の祈り 夜の祈り」
J・ベイリー著
新見 宏訳
朝
神よ、あなたはわれらに主イエス・キリストをつかわして、人類に対する愛をあらわし、また主の臨在の輝きによって、わたしたちの人生を照らしてくださいました。このもっとも大きい賜物を、心から感謝いたします。
地上における主のご生涯のために
主の愛のみわざをしるした書物のために
わたしを導き助けるために語られた、主のみことばのために
死に至るまで従われた主の従順のために
死にうち勝たれた主の勝利のために
今わたしと共にいてくださる主のみ霊のために
主よ、感謝いたします。
今日、わたしが自分のわざと勤めを果たすとき、どうか、この何のかかわりもない地上に、見慣れたこの空の下で、一つの尊い生涯が営まれたことを覚えさせてください。
どうか、
主が、仕えられることではなく、仕えることを切に求められたことを
主が、すべての苦しみに同情されたことを
ご自身の苦しみに直面された勇気を
ののしられてもののしり返されず、重荷にたえられたことを
ゆだねられた務めを果たすという目的をつらぬかれたことを
主が質素であられたことを 主の自己に対するきびしさを
主の冴えわたった精神を
また、天の父なるあなたに全くよりたのんでおられたことを
おぼえることができますように。
これら一つ一つについて、わたしがみ足のあとを踏んでゆくことが出来ますように。
われらの主イエス・キリストの父、全能の神よ、わたしのすべての道をお任せいたします。わたしの魂を、み守りにゆだねます。わたしの人生を、あなたに仕えまつる奉仕に捧げます。この日が、服従と慈善の日、幸福と平和の日でありますように。すべてわたしの歩むところ、語る言葉が、キリストの福音にふさわしくありえますように。 アーメン
夜
すべての善なるもの、正しくまた真なるものの唯一の源である主よ、わたしの魂はあなたを見上げています。
神よ、み霊をわたしの心に送り込んでください。今、このように祈る時、どうかわたしの心の内に、秘かにあなたを立ち入らせまいとする場所を残すことがありませんように。
神よ、善なるものを追い求める力をお与えください。今、このように祈る時、わたしの心に、折りあらば悪の実を結ぼうとうかがう、悪い企てをいだくことがありませんように。
神よ、わたしのすべての計画を祝福してください。今、このように祈る時、どうか、あなたの祝福を求めることのできないような計画を持ち続けることがありませんように。
神よ、わたしに純潔をお与えください。今、このように祈る時、なお秘かに「けれども、今まだ、もう少し待ってください」とか、「あまり多すぎないように」ということがありませんように。
神よ、この家族ひとりひとりを祝福してください。今、このように祈る時、なおわたしの心にかれらの誰に対しても妬み、憎しみ、怒りなどを抱くことがありませんように。
神よ、わたしの敵、わたしに害を加えたものを祝福してください。今、このように祈る時、なおわたしの心に、すきあらば仕返しをしようと狙う思いを留めることがありませんように。
神よ、み国を地上に来らせてください。今、このように祈る時、なおわたしの最良に時間と年月を、より小さい目的のために捧げることがありませんように。
神のきよいみ霊よ、この礼拝の時を覚えて立ち上がる時、わたしがふたたび悪しき思いと、この世の道に立ち返ることなく、イエス・キリストのみ心をこころとすることができますように。 アーメン
『その愛のゆえに』
=時々の記=
(158)
4月15日
桜は一斉に散り始め、その木の下を歩くと淡いピンクの花びらが敷き詰められています。その上を歩くのはもったいないような気がして、できるだけ花びらを踏まないようにして歩いています。桜の花びらへの配慮です。桜の木々からはもう新緑が芽を吹きだしています。若葉の季節へと移り変わろうとしています。
一年で最も良い季節なのですね。
愛犬のすべて死にたる春惜しむ。
伊賀富士というべき姿春霞。
争点の祈祷に行きぬ、受難週。
十字架をしかと仰ぎぬイースター。
存分に勉学したる朝寝かな。 馬場路哉
4月29日
4月も明日でおわりです。新しい元号の時代が始まります。テレビではどのチャンネルも平成の映像が何度も映し出されています。何度繰り返されても見入ってしまう私です。
こちらは寒さが続いています。この寒さの中にも、新緑の美しいこと。緑の鮮やかさに、はっとさせられる毎日です。
町の灯の点り初むなり春夕べ。
考える人春愁と闘府や。
桜の枝棒を上げられ歩き易。
曙の色の変はりし黄砂かな。
満開の色を失ふ桜かな。 馬場路哉
大型10連休が始まりましたが、ここ山添は静かなものです。皆さん混雑を警戒してか、家の近くで過ごしておられるようです。
5月1日
5月のスタートです。でも朝から一日小ぬか雨です。それに寒いです。鮮やかな緑よ、明るい緑よと歌われている5月なのですが、ぐずついています。今朝は村の落ち葉掃除がありました。皆さん高齢者ばかりですが、熱心にそうじをして、あっという間にきれいになりました。
雨音に安堵覚えて春眠す。
愛さるるツバメ腹の白きこと。
アジサイの芽の風船の如きかな。
山蟻は休み休みに走りけり。
国境峻嶮なりや山桜。 馬場路哉
5月10日
暑さを感じる一日です。予報では28度にまで上がるといわれています。大きな麦わら帽子を出してきました。小さな帽子では間に合わなくなりましたから。
大津の事故はとても悲惨です。幼い子供たちが歩道を歩いていて尊い命が奪われてしまうとは・・・。
この道をミヤマつつじの彩りぬ。
ちょと話す信徒同志や聖五月。
伊賀へ行く芽ぐむ林を抜けもして。
初蝶来生れしばかりの黄色もて
故郷は閑けき都忘れかな。 馬場路哉
鉢植えで購入してきたお花たちを庭に植え替えました。中でも都忘れは紫の小菊のような色を放って目を引きます。朝顔の種も蒔きました。
5月11日
家の中で23度ありますから、外はきっと26,7度あることでしょう。午後3時30分からの散歩はこれからは暑くなりそうです。日陰を探しながらぼちぼちと歩くことにいたします。
散り急ぐ花にひよ鳥あわただし。
かすかなる音なり夕の木の芽雨。
辻地蔵土手に座りぬシャガの花。 馬場路哉
昨夜も救急車が鳴り響きました。都会ではこのようなことは日常的なのでしょうが、田舎でこう頻繁に救急車が出動するのはとても珍しいことのように感じます。伊賀上野までだったら名阪国道を使うと15分で行けるのに、奈良までだと50分はかかります。皆さん、上野へ連れて行ってほしいと希望するのですが、奈良県に住んでいるということでなかなか上野の病院は受け入れてくれません。
行政の厳しさを感じます。
5月13日
今日は朝から蒸し暑いのです。お日様がぎらぎら照りだしてきたので、思い切って冬中働いてくれていた毛布を洗濯機で丸洗いしました。昔と違って今の毛布はウールではなく化繊なのですが暖かいのです。一日で乾きました。ほっこりとしています。
この暑さで昨日から蟻が台所の甘いものを目当てに歩きだして困っています。
かわいそうなのですが、蟻退治のお薬をひと吹きしました。
山添村ではお茶摘みが一斉に始まりました。と言っても今は機械で刈り取るようです。でも、この時ばかりは夜も眠ることができないとお茶農家さんは忙しいと訴えておられます。待ったなしの作業なのでとても大変だそうです。そのご苦労があっておいしいお茶をいただけるのですね。
馬場暁美
「上野緑ヶ丘教会会員」
眸(ひとみ)・・99・・
☆ 退職していた主人に元の職場から再雇用と言う嬉しい連絡がありました。ハロ―ワークに行っても、今まで経験してきた技術を生かす働く場はありませんでしたから、何となく元気を失っていた時でしたので、主人も張り切っています。またお弁当作りで私も張り合いが出てきました。最近の新聞広告に心無い不愉快な言葉があります。それは「終活」?というのだそうですが、そのような言葉をご自分の両親に使ったり話し合ったりできるのでしょうか。余計なお世話ですよね。 千葉県 T・Mさん
☆ 高校生の時のあこがれは、大学生になったらコンビニでアルバイトをしてお小遣いは自分で、でした。それは実現したのですが、疲れて学校に行くのが面倒になりそうになり、母に相談したらバイトはやめなさいと叱られてしまいました。バイトをするために高校時代勉強したわけではなく、と気づいてよかったです。反省しています。教会には県外からの人もいますので、親の負担を考えている人もいますが、私は家からですから、恵まれています。 宮城県 A・Aさん
☆ 「令和」になりました。私は、昭和生まれで、「「平成」の時はあまり意識はしていませんでした。ほとんどが「平成」でしたのから、元号など考えている暇はありませんでした。今、改めて「昭和」「平成」、そうして「令和」に生きていることに感慨深いものがあります。「新年」と同じように区切りのあるのもまた良いものですね。 群馬県 N・Rさん
☆ 再就職で毎日工事現場の交通整理の仕事をしています。ネクタイ生活から今はヘルメットにかわりましたが、体を動かすようになり、食事も美味しく、健康になりました。妻から日に焼けて男前になったよと言われ、まんざらでもない気分です。 埼玉県 B・Kさん
☆ 私は子供のころから、人とお話するのが苦手で、特定の限られた人とメールの交換ばかりしてきましたので、心配した中学時代からの友だちに教会に誘われたことがありました。あまり宗教にも関心がなく数回行っただけでした。その友だちが「つのぶえジャーナル」を紹介されて、何となく見るようになって3年になります。それは、いろいろの人の考え方や意見に賛同したり、それは違うよな、と思うようになって、両親と同じ年代の人の考えを知る良い機会になっているからだと思います。ありがとうございます。これからも見ます。変なメールでごめんなさい。 香川県 K・Jさん
☆ 大津の園児の交通事故死、わたしも保育士として時に連れて散歩に出かけますが、本当に悲しいです。起こしたくて車の運転をされていたわけではないでしょうが・・・。結果としてですよね。きっと関係者にもご家族がおありでしょう。改めて、幼い子供を預かることは、そのご家族のすべてを預かっているのだと思いました。わたしも車で通園しています。他人ごとではないです。 愛媛県 A・Mさん
<身近な出来事を「眸」に投稿してください> 編集子
十戒と主の祈り・・7・・1・・
鈴木英昭著
(元日本キリスト改革派名古屋教会牧師)
=安息日=
第四戒①・主の日
出エジプト記20:8~11
第四戒に進みます。安息日を守ることについてです。旧約聖書に安息日のことが最初に出てくるのは、出エジプト記16章のシンの荒野でマナを集めたときのことでした。モーセは民に対してこう命じました。「今日はそれを食べなさい。今日は主の安息日である。今日は何も野に見つからないであろう…あなたたちは六日間集めた。七日目は安息日だから野には何もないであろう」(16:25~26)。
創世記の2章2~3節に、神がパラダイスにおいて安息日を守っておられることが記されていて、「この日に神はすべての創造の仕事を離れ、安息なさったので、第7の日を神は祝福し、聖別された」(2:3)とあります。しかし、厳密には、主なる神が休まれたのであって、人間のための安息とは言われていません。出エジプト記の20章で初めて、神の安息が、人間の安息の根拠となっています。「七日目は、あなたの神、主の安息日であるから、いかなる仕事もしてはならない」(10)。
新約聖書に「主の日」である週の初めの日に、信者たちが集まった(ヨハネ20:19,26、使徒20:7)ことや、エルサレム教会のために献金を集めたこと(Ⅰコリント16:2)、ヨハネがパトモスでその日に聖霊を受けたこと(黙示録1:10)は記されていますが、この日に信者たちが仕事を休んだという明らかな記述はありません。ということは、これらの集まりは朝から夜に行われた可能性があります。
歴史的にも、ドウマ教授は「2世紀以前に信者たちが日曜日に仕事を休んだということを述べている記述を見出していない」(111頁)と記しています。コンスタンティヌス帝の時に初めて日曜日が休日になりました(321年)。新約聖書の教会のキリスト者たちは、週の初めの日の朝から夕に集まっても、働きを休んだのは週の七日目だったのでしょう。
それでは主の日を安息日としたのは、教会や皇帝が決めたことなのでしょうか。そうであれば、ウエストミンスター信仰告白21章の「宗教的礼拝と安息日について」の7項で「週の最初の日に変わった」と告白していますが、それはどうなのでしょうか。安息日と主の日の内容面からの類似を考える必要があります。
(1) 安息日は、神の創造の働きからの休み、イスラエルのエジプトの苦難からの休み、主の日は、キリストの苦難から復活された休みの日という共通性があります。
(2) 共に恩恵をもたらしてくださった神に礼拝を捧げる日です。礼拝という共通性。
(3) 奴隷状態からの解放、罪からの解放を祝う日、それは共に人のためにあります。
このように、安息日礼拝から主の日礼拝に切り替わるには、非常に長い期間を要したと考えなければならないことになります。ですから、幼児洗礼の場合と同じように、聖書全体を貫く契約の内容から見るとき、安息日には、主の日の基本的な性質が含まれていました。
第四戒②・主の日
ルカ13:10~17
前回は安息日と主の日の関係について学びました。今回は、主が安息日について語り、その日になさった業から、安息日の意味を学びます。当時の律法学者や広くはファリサイ派はイエスを非難しましたが、それに対する主の反論から教えられます。
彼らは、主イエスや弟子たちが安息日に行ったことが律法違反であると非難しました。弟子たちが安息日に麦の穂を摘んで食べたこと(マタイ12:1~8)、主イエスが手の萎えた男を癒されたこと(マルコ3:2~5)、18年間も腰の曲がったままの女を癒されたこと(ルカ13:10~17)、水腫を患った男を癒されたこと(ルカ14:2~4)、また、38年もの長い間、病に苦しみ、ベトサイダの池のそばに横たわっていた男を癒されたこと(ヨハネ5:1~9)など、安息日の守り方で、主イエスとファリサイ派の者たちとの間に対立が生じました。
先回、学びましたように、安息には労苦からの休みの日でしたから喜びの日となりました。奴隷のような状態からの解放、また罪の奴隷の状態からの解放でした。そのため、安息日は待ち遠しい日です。特に文字通りの奴隷にとってはそうだったでしょう。労苦から休むことになるからです。
ファリサイ派が主イエスとその弟子たちを非難したのは、自分たちの安息日理解とは違って、イエスが働いたというように考えたからでした。自分たちの律法の表面的な解釈からは、イエスたちの行動が違反した行動になるからです。
しかし、主イエスはご自分の行動が律法に対立しているとは少しも考えてはおられませんでした。むしろ、全くその逆で、安息日に関する考え方も、安息日に行った行動も、十戒のまえがきが語るように、安息日というものが持っている休息、憐れみ、そして喜びという十戒の性格を、主は回復なさったと考えておられ、それを実行なさいました。
当時、安息日を形式的に守ることで、ユダヤ人の指導者たちは自分の義を立てようとしていました。つまり律法主義になっていました。それでいて、何百という細かい規則を定めては、律法から逃れる道を作っていました。例えば、安息日には二文字をかいてはならない、二針縫ってはならない、一文字、一針を休み休みならよいというように。
そうした中で、主イエスは、人々に憐れみを示し、恵みを与えることによって、律法が本来持っていた喜びを回復してくださいました。安息日論争の中で、「安息日は人のために定められた。人が安息日のためにあるのではない」(マルコ2:27)と言われているのは、安息日を守ることは、ファリサイ派のように、偽善的に守るのではなく、また、ただ形式的に守ってさえいればよいのではなく、神の憐れみに応え、神に喜びと感謝を持って守ることを願う日であったため、癒しの業をすることは当然でした。
バラ・マカルピン 日本伝道百年史・・18・・
水垣 清著
(元中津川教会牧師・元「キリストへの時間」ラジオ説教者)
10 高知とマカルピン・・1・・
浦戸湾の美しい海面をすべるように船は高知港に入った。港には多くのキリスト者が一行を迎えに来ていた。同行者のミロル師は、先年、高知教会(日本基督教団高知教会)の設立式にも聖書朗読の役をしており、この若い宣教師の案内役でもあった。上陸すると旅館の「延命軒」に案内された。発音が、アメリカンに似ているのでマカルピン師は〝アメリカンホテル″と言ってよろこんだ。外人用のベッドも準備されていた。
日曜日、高知教会に出席し山本秀煌牧師、長老片岡健吉氏に会った。礼拝は100名ほどでこの日大人の礼拝者が17人であった。当時、高知教会はまだ会堂もなく、高知市中島町の森武興氏宅を集会所にし、信徒の多くは一家の家長の三十代の者が多く、藩出身の士族で板垣退助の指導する自由党の民権運動家であり、それぞれ一家言を持つ闘士たちであった。教会設立以来一年足らずで、既に100名の会員を有する進展ぶりであった。
マカルピン師はその夜、寒々とした芝居小屋で開かれたキリスト教演説会に出席した。4人の弁士に熱心に聞き入る1000人余りの聴衆に、マカルピン師は驚いた。キリスト教に対するこの熱心な高知人に「鉄は熱いうちに打て」との格言を思い起こすのであった。
幾万という熱烈な仏教徒に対して、たった一軒のクリスチャンホームしかない名古屋と引き比べて、ここは何と大きな違いであろうか。日本伝道に未経験な若い二人の心は決った。こうして南長老教会の第一の伝道地は高知となったのである。
当時の日本に外国人が居住するためには、誰かに雇われていなければならなかった。すなわち「お雇い外国人」として、日本の文明開化に貢献する仕事がその居住の条件であった。
マカルピン師とグリナン師の両名は板垣退助、片岡健吉氏の関係していた男子の高知共立学校(明治14年10月設立 明治15年10月追手筋に移転)のお雇教師となって英語を教えることになった。これは宣教師として、青年たちと英語を介して接触し、キリスト教入信のいとぐちとなるものであった。このことは結果として、後にこれらの者たちの中から召命を受けて牧師となり、有力な教会の指導者を生むことになった。
写真=豊橋教会におけるR・E・マカルピン師送別記念会(1932)
「キリスト教百話」
問25 キリストの再臨では「最後の審判」があることが信じられているのですが、それはどういうことですか。
答・・2・・
既に触れましたように、キリスト教では、神は歴史の支配者であり、世界の歴史は神の経綸の舞台であると受け止めております。すなわち、ことを始められた神は、またことを終えられる神であられるという信仰に立っております。このことを「神はα(アルファ)でありΩ(オメガ―)である」とも言っております。こういう歴史の支配者であり、それ故に最終的にことの決着をつける主である神がおられるということが信じられなければ、最後の審判ということは、問題にはなりません。
しかし、わたしたちには、自分の人生の決着はどうであるかについての気がかりがあるのではないでしょうか。ミケランジェロの描いた「最後の審判」の絵が多くの人の関心を惹き、また仏教の「地獄絵図」にみんなが見入るのは、親鸞の「地獄は必定わが住家ぞかし」という言葉が、他人事にならず、自分のこととして迫ってきているからではないでしょうか。
ただし、親鸞は、そう言いながら「そういう自分であればこそ、そういう自分を救ってくださるところに阿弥陀の本願がある」と言って、救いの確信をのべています。ヨハネは「自分がどのようになるかは、まだ示されていません。・・・しかし、御子(キリスト)に似たものとなるということを知っています」と言っています(ヨハネの手紙Ⅰ、3:2)。これは、「わたしはダメだ」みたいな言い分ではなく、期待と希望に満ちた信仰の告白です。それは自分が自信満々であるからでなく、神の計らいの確実であることへの信頼から出ている言葉です。
聖書が告げていることは、わたしたちの人生に対する決着は、既に完了しているということです。
それはどういうことかと言いますと、イエス・キリストが十字架につけられたことにおいて、神に対するわたくしたちの罪(神に対する見当違いの生き方、つまり自分がすべてであるとしている生き方)は、すべて、完全に、裁かれていて、それによって、わたくしたちは新しく神様によって肯定されるものとして生きることを許されている、ということであります。
このことが非常に大切なところですが、神様の前には、そのままでは到底立つことが出来ない者が、今やそのあるがままで、臆することなく立つことが出来るのは、罪のないキリストがすべての人の罪を担って、すべての人の為に、すべての人に代わって、神の裁きとしての死を死んでくださったことによって、すべての人が、全く新しい人として生きることが出来るようになった、ということであります。とすれば、これからの展望も、神の計らいを受けての新しいものとされているわけですから、最後の審判はむしろ喜びを先取りしてよろしい、と言える性格のことではないでかと言えるのであります。神様が神様であられることは、キリストの十字架と復活において明らかにされていることでありますから、後はこれに相応しく生きることであります。
篠田 潔
(日本基督教団隠退教師・
元中部日本放送「キリストへの時間」協力委員・ラジオ説教者)
第89課 キリスト者生活の実践的義務
=12:1~15:13=・・・44・・・
F 信仰の強い人たちは、その信仰の自由をどのように行使するべきか。
・・・14:13~23・・・
「こうしてキリストに仕える者は、神に喜ばれ、かつ、人にも受け入れられるのである」(14:18)。この言葉は前節を確認するものです。「こうして」(in
these things)という語は、明らかに前節の義と平和と喜びを指しています。これらのものが存在するところに、飲食についての相違などは、キリスト者の強い結束を破壊することはできないのです。真の義と聖霊による平和と喜びをもっている人は、これらの賜物を与えて下さった神に受け入れられるばかりでなく、人にも受け入れられるのです。
このことは信仰深い霊的なキリスト者は常に人に受け入れられるとか、すべての人たちに受け入れられるということを、決して意味するものではありません。時として、信仰深い霊的なキリスト者が少数派であって、大多数の者がより通俗的で人の心をくすぐるような教えに拍手喝采するという場合があります。そして忠実なキリスト者は自分とその主張が、いつも誰かによって反対されることを覚悟しなくてはならないのです。
その上、教会においても、反対する人たちが常に存在することを覚えておかなければなりません。しかし、時が来ると、忠実なキリスト信者は必ず人たちに受け入れられるのです。彼の真理への証言が無視され、軽蔑されることがあるかもしれません。しかし、時が来れば、神が彼の義を明らかにし、彼の判断が正しいとされるのです。忠実に神の真理を証言している信者が、長期間にわたって非難され中傷され迫害された時代が、教会の歴史の中に幾度もありました。しかし、時が来たとき、彼らが真理と義に立っていることが認められたのです。
「こういうわけで、平和に役立つことや、互いの徳を高めることを、追い求めようではないか」(14:19)。ここでパウロは、ローマにいるキリスト信者に対して、平和と相互の徳を立てることの義務を命じています。強いキリスト信者があらゆる場合に自己の自由の権利を行使することよりも、このことの方がはるかに大切なことなのです。
キリスト教的愛、キリストの模範、先に論点とされた事柄はどちらかといえば、些細なことに過ぎないこと、真理の重要性、真の宗教の性質、これらのことすべてが、私たちに対して相互の忍耐と寛容を勧めているのであるからには、私たちは平和と相互の建徳を勧めるように努力しようではないでしょうか。(ホッジ)。
J・G・ヴォス著
玉木 鎮訳(日本キリスト改革派教会引退教師)
『ほっとひととき「みんなのコーナー」』
☆ 高卒の新入社員が2名入りました。ありがたいというか、不思議と言うか、しかも地元ではないのです。二人共、工業高校生で学校で勉強したことを生かしたいという希望で、何とも頼もしい限りです。先輩たちは何とか一人前の技術者に育てたいと意気込んでいますので、私の責任は、長い目で見るようにと、ブレーキ役です。会社にとっては貴重な人材であり、これからのことを考えて、私たち自身の意識改革が求められるのでしょう。でも本当に嬉しいことですね。
青森県 T・Sさん
☆ 地域の高齢化、働き人の高齢化は昔からあったことですが、私たちはいたって元気で、作付け作業を楽しんでいます。ボケている暇なんかありません。することは山ほどありますから、天気予報を見ながら、明日の仕事を考えながら美味しい晩酌を飲みながらの日々です。村の人はこの時期の顔が一番輝いていますよ。物を作り、育てる喜びが体の隅々にしみわたっているのでしょう。もう嫌だ…なんて愚痴をこぼす人なんかいませんね。息子たちもまだまだ現役?だねとお世辞を言ってくれています。高齢者ではなく現役です。高齢の「ジャーナル友さん」たちも、きっとそう思っていると思います。人生は最後まで現役ですよ。人生に引退はないです。 長野県 T・Mさん
☆ 健康のためと趣味で始めた家庭菜園、最近は少し作り過ぎて、ご近所にお配りしても残ってしまい、家内から野菜ではなくお花にしたらと言われて、人様にお配りしできるまでになりました。牧師先生にお願いして教会のあちらこちらに置かせてもらっています。花の乏しい時には喜ばれましたが、家内の一言、調子にのらない程度が一番人様に迷惑ならないのですよ!でサイドブレーキをかけています。 神奈川県 Y・Yさん
☆ 毎月の「つのぶえジャーナル」を楽しみにしている者です。「日本伝道百年史」は、私の祖父がよく話していたことと似ていて、とても興味があります。特に高知県伝道は、祖父の時をいろいろ想像できて、その流れをいただいて今クリスチャンとして有るのを感謝しています。東京で生活して忘れていた当時の人の熱い思いに励まされています。名前だけの三代目にならないように、と思っています。 東京都 T・Fさん
☆ 5月が近づきますと私の村にも鯉のぼりが数は少ないですが見る季節になりました。それでも様変わりしたことがあります。と言うのは、数十年前は男の子のお祝いでしたが、今は、年寄夫婦だけの家でも鯉のぼりがあるのです。ご近所のお話では、都会に住む孫のお祝いに、と言うことでした。何時の時代でも子供や孫の成長を願うことに変わりはないのですね。テレビでは川の両岸から使われなくなった鯉のぼりを観光用として、風に舞っているのを見ましたが、何だか不思議な感じがしました。家内曰く、虫干しと思いましょうと話し合っています。 岡山県 G・Sさん
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△ ボケ予防の本など買っていろいろ試してきましたが、すぐ飽きてしまう私の性格には合わず、何か良い方法はないかと考えていましたが、気が付いたことがあり、飽きずに続けているのがあります。もう3年近くなりますが毎日できるのですよ。それは、子供の時に覚えた算数の時間のときに暗記した掛け算の九九を声を出して言うことです。2の段から9の段、そうして9の段から2の段、時にはバラバラにして言う方法です。意外と難しくできると嬉しいですし、その日の体調もわかるのですよ。私は81歳です。
*このコーナーの記事は、すべて投稿者から掲載許可をいただいております。 編集子
東京大学大学院人文社会系研究科博士課程
いのちのことば社
スーザン・ハント
「緑のまきば」
「聖霊とその働き」