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『ほっとひととき「みんなのコーナー」』
☆ 冷たい風が吹いていますが、小さな梅の蕾に小鳥たちが啄ばみに来ます。もう10年以上も前からえさ場を作ってきましたから、鳥たちもえさ場に訪ねてくれます。昔はウサギもいたのですが今は見られません。秋口からどんぐりなどを置いてきましたから無くなっているので、何かの動物が食べに来ているのでしょう。これも暮らしの恵みですね。 佐賀県 A・Mさん
☆ 父の様子を見て私も消防士になり9年になりました。この年末年始は出動する回数も多くなります。少しでもお役に立てればという思いで選んだ仕事ですが、この仕事、電話を受ける人もたくさん働いています。あまり使われなくなりましたが、父はよく「人様のお役に立てることが誇りだ」と言っていましたが、インフラの仕事、医療に従事している人など多くの人たちが働いて成り立つ社会なのですね。子供にも火の用心だよ、気を付けてねという感じで、見守っています。 神奈川県 T・Iさん
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△ ふる里を離れてしまった私たちに帰るところがありません。失ったのではなく、捨ててしまったという思いが、だんだん大きくなります。お正月の準備もなく、新しい家にはふる里の香りがありません。寂しさばかりが膨らむばかりです。主人も友だちもなく、無口になりました。桜の季節になったら、今一度訪ねたいです。
△ 何とか新しい年を迎えることが出来ました。ハウスの中には出荷を待つ鉢植えの花が順調に育っています。もう再起は無理とあきらめていた私かたちに、仲間の支えと協力で少し先が見えるようになりました。「お互い様や仲間だろう」という言葉があっての今です。
△ 穏やかに新年を迎えたいと思っていた矢先にまた震度6弱の地震で、また嫌なことが思い出されました。火山の恩恵は沢山受けてはきましたが、何だか今年の出鼻をくじかれた思いになってしまいます。今日から仕事始めです。頑張ります。
*このコーナーの記事は、すべて投稿者から掲載許可をいただいております。 編集子
今月のことば
すると園丁は答えて言った、「ご主人様、今年も、そのままにして置いてください。そのまわりを掘って肥料をやって見ますから。それで来年実がなりましたら結構です。もしそれでもだめでしたら、切り倒してください」。
~ルカ13:8~9~
今年も、「つのぶえジャーナル」をよろしくお願い申し上げます。昨年は多くの方々に、祈り寄付金で支えられて2019年を迎えることができましたことは、神様のお許しと感謝しております。また多くの方々からお便りもいただきました。その一部ですが、「眸」や「ほっとひととき『みんなのコーナー』で紹介させていただきました。この小さな「祈りの輪、交わりの輪」が巣立ち広がっていくことを願いつつ、今年も励んでまいります。どうよろしくお願い申し上げます。
皆様の上に神様の豊かなお守りと祝福が豊かに与えられますように、お祈り申し上げます。 編集子
私たちは新年の曙の中に立っています。今年はどのような年になるだろうかと誰しも考えます。キリスト者として心へりくだって、過ぎ去った年月をふり返るとき、神様の愛と恵みが、私たちの命と生活の中に豊かに織り込まれていたかを知らされます。そして心の底から、「主よ、あなたはすべてこのとを良くしてくださいました」との告白が湧いてまいります。
けれども、そのような感謝をささげると同時に、早くも吐いて出る溜息があります。現実は困難が待ち構えていることも事実です。それでもなお、今あるこの日まで、最悪の事態を超える道を備え、防いでくださった「一人の人」が立っておられました。正義の手で斧を打ち下ろされるお方でした。それが「キリスト」(救い主)でした。
園丁は申しました。「来年までそのままに置いてください」と。この園丁の言葉によって、多くの人々が救われるための年月をご主人(神様)に下さるように願い出てくださいました。
この2019年という「この年」を本当に大切にし、信仰と生活の目標にいたしましょう。
讃美歌410番
1 鳴れかし鐘の音、雲とび霜おく
み空をわたりて、ゆく年送れや
なれかし鐘のね 雪ふる野をこえ
古きを送りて 新年(にいどし)をむかえよ。
2 鳴れかし鐘の音、憂いを追いやり
恨みをうちすて 和(やわ)らぎ迎えよ。
なれかし鐘のね 誇りを忘れて
まことの愛をば よろこび迎えよ。
3 鳴れかし鐘の音、 欲をばしりぞけ
平和の千歳を 今しも迎えよ。
なれかし鐘のね 暗きをはらいて
ゆたけき心に わが主を迎えよ。 アーメン
小閑記
あなたが水の中を過ぎるとき、わたしはあなたと共におる。
川の中を過ぎるとき、水はあなたの上にあふれることがない。
あなたが日の中を行くとき、焼かれることもなく、炎もあなたに燃えつくことがない。
~イザヤ43:2~
人がこの世を生き抜くことは、若い時に考えるほど、ことに年月を積み重ねるキリスト者にとって、そんなに簡単なものでないことを体験してきました。長く生きれば生きるほど、私たちはますます、人生のさまざまの出来事に巻き込まれ、人生の苦闘の中に入り込みます。
私たちはこの困難を切り抜けさえしたら、この時期を過ぎさえしたら、もう少し良くなるだろう、楽になるだろう、という考え方をします。しかし、多くの人たちには、まだまだ深い河を渡らなければならなかったり、鉄を鍛える火を新たに通らなければならなかったりすることが多いのも事実です。
道は終わりまで狭いということを学ぶのもまた人生です。
しかし、それが真実なのです。神様はわたしたちが火の中、水のなかを通る時、共にいてくださり、無事に通らせてくださるというこの約束は、なんと素晴らしいことでしょう。
もしこのことが最悪の場合、どうしょうもないと思われる時に、最も強く神様との交わりを経験する理由は、神様が私たちの力及ばないところに、共にいてくださるからであります
ダニエルは、獅子の穴で、神様が共におられるという証しを得、燃えさかる火の中を、神の子のように三人の友と共に通りました。このように私たちが神様のみ顔を仰ぎ見て、神様の助けを得る時、人生の最大の重荷を背負う時、それが喜びに変わるのです。神様に心から感謝している時の祈り、讃美の歌声本当に美しいものです。
「憐みの御手もって」
主よ 受け入れる者を
御民にふさわしき者とするために
憐みの御手をもって いさめたまえ いさめたまえ
主よ 受け入れる者を
御心を行う者とするために
憐みを御手をもって こらしめたまえ こらしめたまえ
主よ 受け入れる者を
御栄えを顕わす者とするために
憐みを御手をもって 鞭打ちたまえ 鞭打ちたまえ
水野源三著 第四詩集「み国をめざして」
世田谷通信(184)
猫草
何かの話の流れで「ATP」という言葉を使った。自分で言ってから何のことだっけ?と思った木曜日のことである。土曜日の朝、目が覚めたときに「アデノシン3リン酸」という言葉が浮かんだ。何のことだっけ?あ、ATPね。「何?」と思ってから脳内では無意識にずっと検索を続けていて3日かけて答えを出したのだ。どれだけぐるぐると行き止まりだらけのシナプスを行きつ戻りつしながら、答えにたどり着いたのやら。1ワードの検索に3日って、パソコンならもう絶対捨てているレベルの遅さ。
さらに1週間して、さてATP、まだ覚えているかなと自問自答すると一拍おいて「アルギン酸」という言葉が浮かんだ。いやいやそんなわけないでしょう。アと酸しか合ってない。何を自信満々に間違った答えを出しているのか。パソコンだったら修理を断られ、買い換えを勧められるやつである。
日常レベルでのうっかりはもう書き始めると嫌になるほどだし、仕方ないのだと思う。すぐにその場でメモすることが一番大事だし、メモしたことを覚えているうちに他の人やカレンダー、スマホのスケジュール帳に転記するのも大事。
記憶を外部化することなんて昔からやっていたわけで、たぶんそういう物から抜けていくのだと思う。人の名前や電話番号のように、そもそも覚えていないことは当然。逆に何が残るのだろう。歌は有力候補だと思う、聴けばよみがえってくる確率が高そう。暗記物はほぼ全滅として、百人一首は反射で覚えているように思う。
料理研究家の城戸崎愛さんが晩年出したレシピ本に驚いた事がある。若い頃はフランス料理をコルドンブルーで習得し、凝った料理を作っていた方が、最終的には
「フリーズドライのお味噌汁も最近とても美味しい。お湯を入れるだけで良いです。」と書いていた。仰るとおり、自分で出汁をとるなんて面倒なことせずとも、お店に行けば顆粒でも液体でも、キューブでもずらりと多彩に取りそろえられている。
将来仕事の大半は人工知能に取って代わられるというのは、若い人には警鐘だろうが、老年にとっては福音である。細かい手続きも段取りも、やってくれるならどんどんお任せしたい。ただし人工知能にはできないこともあるのでそれをのんびりやるとしよう。庭の草むしりとかウサギを撫でるとか。
『美しい朝に』・・50・・
<お知らせ>
K・Aさんの都合により、しばらく休載いたします。その間は、この「朝の祈り 夜の祈り」を掲載いたします。祈りの時の参考になれば幸いです。ご了解ください。お祈りにお覚えいただけますなら、幸いです。 編集子
<追記>
K・Aさんから12月13日と15日にメールが来ましたのでご本人の希望で掲載いたします。
11-6に意識障害で入院しました。気がついたのは、12月初旬でした。その時は、声が出ず、体が動きませんでした。
今は、リハビリ中です。
生死のさかいを、さまよいましたが、皆さまのお祈りのおかげで、助かることが出来ました。
ありがとうございました。
12-15
最近、看護師さんによくここまで立ち直ったねと言われました。icuに長くいたので、夢か現実かわからなかったですが、最近 ようやく現実がわかってきました。リハビリの先生にもよく歩けるようになったと言われました。また、奇跡が起こりました。病室の窓越しの夜景写真を送りますね。
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「朝の祈り 夜の祈り」
J・ベイリー著
新見 宏訳
朝
わがたましいの永遠の父よ。この日、わたしの心にうかぶはじめの思いが、
あなたを思うものでありますように、また、まずあなたを礼拝することを思いつき、はじめて口に出す言葉があなたのみ名であり、最初の行いが、ひざまずいてあなたに祈ることでありますように。
あなたの全き知恵と全き善のえに、あなたが人類を愛されたその愛のゆえに、
また、わたしを愛された愛のゆえに
わたしの人生にあたえられた大いなる、くすしき機会のゆえに
わたしの心に来りて住みたもう聖霊のゆえに
み霊の七重のたまもののゆえに
主よ、わたしはあなたをほめたたえ礼拝いたします。
けれども、この朝のいのりをとなえたとき、もう礼拝をおえたとして、のこる一日、あなたのことを忘れることがありませんように。むしろこの静かなときから、光と喜びとがうまれ、残るすべての時間もわたしのこころにとどまり、
わたしの思いを純潔に保ち
わたしの言葉をおだやかに、また真実を保ち
わたしの仕事に忠実に勤勉につとめ、自ら高ぶることなく
人びとに接しては尊敬と寛容とを保ち、すぎ去った日のとうとい思い出を重んじ
あなたの子としての、とこしえのさだめを常に思わせてください。
世々にわたって、父祖のかくれがにいましたもう神よ、きょう、わたしの求
めるすべてのとき、あらゆる場合に、わたくしのかくれがとなってください。
暗さと疑いの襲う時わたしのみちびき手となってください。こころもの時
には力となってください。あなたの平安をもって、わたしのこころを喜ばせ
てください。
わが主、イエス・キリストによって。 アーメン
夜
とこしよりとこしえにいますものよ、いま、暗さと眠りの時がはじまるこのときに、わが思いをあなたに向けようとねがいます。
わがたましいの太陽よ、わたしは、この夜を通じて、とこしえの光のうちに住むあなたの眠ることなきおん目のもとに守られていることを知って喜びます。
父よ、あなたの心ずかいに、身もたましいもおまかせいたします。この日一日、あなたはわたしを見守り、あなたが共にいてくださったことで、わたしの心は平安にみたされました。どうか、この夜も、片ときもわたしをはなれないでください。
わたしに、さわやかな深い眠りをおあたえください。
あらゆる危険からおまもりください。
不安な夢になやまされることがありませんように。
たとえ眠れない場合にでも、思いをかきみだされないで平静を保ち、
夜が安眠のためにつくられ、不安やいらだちや、恥ずべき思いを心にとどめるためではないことを思いおこす知恵を与えてください。
床についてなお何ごとかを思うことがありますならば、ただあなたを思うこ
とができますように、みめぐみをお与えください。
「わたしが床の上であなたを思いだし、夜のふけるままにあなたを深く思うとき、
わたしの魂は髄とあぶらをもって、もてなされるように飽き足り
わたしの口は喜びのくちびるをもって、あなたをほめたたえる」。
父よ、わたしはまた、友だちをもあなたの心づかいにおまかせします。どう
か彼らの身とたましいとをまもり、力と喜びとやすらぎのみ霊をおくって、こ
よい彼らの心のうちに宿らせてください。
特に…さんのため、また…のためにいのります。また、わたしの知っているもっとも多くの人びと、ともに働いている仲間のため、この町のひとびと、旅ひとらのためにもいのります。さらに世の多くの人、わたしにとっては未知の、遠い人であってもあなたの親しく愛しておられるひとびとすべてのために、われらすべてもののひとりの主、イエス・キリストによって祈ります。
アーメン
『その愛のゆえに』
=時々の記=
(153)
11月15日
毎月一度の山添村の俳句界に主人は出かけました。ところが指導の先生を加えて6人だけだったというのです。どうもいろんな方に俳句を進めてもなかなか句会へまでは入ってくれないのでだんだん寂しくなってきたと嘆いていました。時代の流れというものなのでしょう。川柳の集いはもうすでに消滅していますから。
秋嶺の布引の紺見はるかす。
川向かう紅葉の山は屏風なす。
秋日和主は我が命賛美しぬ。
秋雨の上がると羊丘へ出ぬ。
ミレーの絵意気軒昂と麦をまく。 馬場路哉
どのような小さな集いでも、それを運営するにはお世話する方が必要になってきます。皆さん年を重ねてそのようなことが重荷となってきているのでしょう。
梅の枝がとても長く伸びているので、主人が散発をしました。すると今まで気が付かなかった烏瓜のみが朱色を帯びて、三つもなっていました。見ると、秋らしい美しく色ついて、真っ赤な秋の歌にあるように“真っ赤だな真っ赤だな烏瓜って真っ赤だな”という歌詞を思い出しました。
11月30日
明日から12月。イエス様のお生まれになった喜ばしい日を迎えようとしています。「今月のことば」にあるように、イエス様のお生まれになったことによって“誰でも真理につくものは私の言葉に耳を傾ける”とイエス様が言われた事実をしっかりと胸に刻んで歩んでまいりたいものです。
皆さんの声のコーナーは、とても身近ですね。このようにたくさんの方たちが「ジャーナル」を読んでくださっているのですね。とても感謝ですね。
山の空華やかな紺冬ぬくし。
花ススキ紅白なして入り混じる。
我とともに苦労されよと秋の果て。
谷間に良き窪地あれ冬の蝶。
信楽の山を隠しぬ伊賀の霧。 馬場路哉
12月4日
昨日までと同じ服装をしていると、動くだけで汗が出てきます。何度だろうと温度計を見ますと室内で19度もありました。庭を見渡すと、春先につぼみをつけるこぶしがたくさんつぼみをつけているのでびっくりです。椿はまもなく花を咲かせようとしています。
クリスマスツリーの頂星光る。
十字架の句をそらんずる青畝の忌。
狭庭にて灯りをるかの花八手。
明星の近く月あり、クリスマス。
道端の芭蕉早くも半ば裂け。 馬場路哉
12月12日
朝からは晴れたり、降ったりのややこしいお天気でした。洗濯物を入れたり出していますと雲行きはあまり良いようではありません。すると白い雪がちらちら舞い始めました。このような時には急な動作は控えるようにとラジオから流れてきました。特にここ山添村は急な斜面が多くてとても危険なので、しっかりしたすべり止めのついた長靴を履いての散歩です。
万両の鈴なりにしてやや傾ぐ。
山仕事、折々鳴きぬ冬の鳥。
賛美歌の声絞り出すクリスマス。
マンションにクリスマスリース並びを利。
冬夜明け銀色の雲流れ行く。 馬場路哉
主人は今日は上野までいって、上野の公園で二時間ほど歩いたというのです。
なぜ上野に行くかは、ここ山添では朝からゆっくり散歩しているととても目立つのでという理由です。誰も知らないところでの散歩は気楽なのでしょう。
馬場暁美
「上野緑ヶ丘教会会員」
眸(ひとみ)・・94・・
☆ つい最近まで、冬の東北の男性は東京などに出稼ぎに行くのが、極く普通のことで出稼ぎ列車?は当り前でしたが、今は少し変わって観光スキーで雪を知らない外国人が多く来るようになりました。民宿などで日本の食べ物や生活に触れることが、自分の国を知ることにもなるのだそうです。民宿の宿は大使館、家族は大使館職員だ、と片言の外国語を話すお年寄りを見て、何だかうれしい気持ちになりました。 山形県 N・Oさん
☆ 年の終わりには、来年の目標は…なんて考えたものですが、それを今までの、自分ノートに書いてきたのを見るたびに、すべて途中で挫折の目標でした。それで、今年は「転倒しないで過ごすこと」を目標にしました。これだけは実現したいです。何だか一番身の丈の目標という感じで、目標とは高望みではなんだと思えると、楽しい目標になりました。 愛知県 O・H0さん
☆ 外は小春日和です。切り取られた薔薇の木から、枝が伸びていて、蕾が膨らんでいました。ああ、どんな色で、いつ咲くのだろう。薔薇は大好きです。好きな花はたくさんあるけど、薔薇は華やかで激しい感じがするのです(ベルばらのパクリ⁉︎)。けれど、わたしが好きな薔薇は、薄いピンクのそんなに大きくない花です。大輪の堂々としたのも素敵だけれど、可憐なものにも心惹かれる。秋の薔薇もいいけど、春の薔薇もまたいいなあ…。 愛知県 O・Kさん
☆ 娘は大学受験のために夜遅くまで勉強しています。希望の大学に合格してほしいと願っています。私の時は、どうだったかなあ~と思いだそうとしても思い出せないのです。でも、地元の大学に入ることができましたのは、親に負担をかけたくないと思っただけでしたが、その両親は今はいません。お父さん、お母さんありがとう!と心の中で叫んでします。 岡山県 T・Tさん
☆ 庭の枯葉も今は一枚もありません。何もかもこれから来る寒さに、じっと身構えている感じがします。雪はほとんど降りませんが、冷たい風に部屋の中も寒いです。ススキも今にも折れそうです。寒さに元気に?立ち向かいませんか。琵琶湖の風は冷たいですよ。 滋賀県 T・Tさん
<身近な出来事を「眸」に投稿してください> 編集子
十戒と主の祈り・・5・・2・・
鈴木英昭著
(元日本キリスト改革派名古屋教会牧師)
=刻んだ像=
第二戒③・神をあらわす
ヨハネ4:24、詩篇94:8~19
第二戒の偶像礼拝禁止の根拠として、ウエストミンスター信仰基準の証拠聖句ではありませんが、ヨハネによる福音書4章24節の「神は霊である。だから、神を礼拝するも者は、霊と真理をもって礼拝しなければならない」がよく言及されます。
関連している意味の聖書箇所が他にもあります。例えば「主がホレブで火の中から語られた日、あなたたちは何の形も見なかった」(申命記4:15)、「ただ一の不死の存在、近寄り難い光の中に住まわれる方、だれ一人見たことがなく、見ることができない方」(Ⅰテモテ6:16)などです。こうした聖書の教えがこの第二戒と関係があることは確かです。人は土の塵から造られましたが(創世記1:7)、神はそうではありませんでした。人間には肉と骨がありますが、神にはありません。したがって、神を地上の物質的なものでもって表すべきではないという考え方は、聖書の支持を受けることができます。
しかし、この点について、こういう意見があるかもしれません。すなわち、神には目や耳や口や顔や手や足というように、私たち人間が持っている器官があるかのような表現が聖書には多くあることも事実ですから、人の姿に描いたり、刻んだりしても良いのではないか、と思われたりするかもしれません。しかし、注意すれば分かるように、そのように表現することが、神が霊であることと矛盾することにはなりません。
なぜなら、神に目や耳や口などがあるという表現は、神にはこうした器官があるということを意味して語られているのではなく、神は見ること、聞くこと、語ること、建てたり倒したりするなどの働きがあるからです。
言い換えると、神が人間のような手を持っているかどうかということが問題ではなく、神がその手をもって何をなさるかということが重要なのです。それは、目や耳や口などのその他の器官についても同じです。次の有名な言葉もその実例の一つです。民を祝福する言葉として、申命記6章25節は有名な言葉を語るように、神はアロンにお命じになりました。「主が御顔を向けてあなたを照らし、あなたに恵みを与えられるように」。
列王記下12章のヤロブアムの二つの金の子牛のことを考えてみると分かります。子牛は主なる神の姿を現しているのではありません。それでもヤロブアムは「これがあなたがたをエジプトから導き上ったあなたの神である」と言いました。それは異教の神を表したのではないとしても、真の神の力を、捉えられるかのように表しました。主なる神はその力を民との契約とその実行によって示すことをよしとされましたが、ヤロブアムは金の子牛をもって表したことに、第二戒の違反がありました。
第二戒④・キリストが与える命
イザヤ31:1~3、ヨハネ4:21~26
刻んだ像を造り、またそれを拝むことを禁じておられる神ですが、目に見える形を採ってご自分を表そうとなさらないわけではありません。神がご自身を見える形をもって現わしてくださったことが聖書に記されています。例えば、主はアブラハムに、マムレのテレビンの木の傍らで人の形を採って現れ(創世記18:1)、ヤコブはペイニエル(神の顔)で神に会ったと言い(同32:30)、モーセやアロンたちが70人の長老たちと共に「神を見て、食べ、また飲んだ」(出エジプト24:11)からです。
主イエスは「わたしを見たものは父を見たのである」(ヨハネ14:9)と言われ、パウロも、「御子は見えない神の姿である」(コロサイ1:15)と言います。
しかし、人が神を見る面は、部分的であると言われます(Ⅰコリント13:12)。人が神を理解する点も同じように部分的だというこのが言えます(ローマ11:23、Ⅰコリント2:11)。そういうわけで、イスラエルの罪は、主なる神を見えるようにしたいと願ったことにあるのではなく、すでに学びましたように、自分の願いに合わせて神を表そうとしたことにありました。
そうすると、第二戒が、神は目に見えない「霊である」からというだけで、目に見えるものをもって表してはならないと単純に考えられないことになります。前回学びましたように、ヨハネ4章24節の主の言葉、「神は霊である。だから神を礼拝する者は、霊と真理をもって礼拝しなければならない」との関係をよく理解しておくことが大事になります。
ドウマ教授は、この「霊」という言葉をどう理解するかが重要だと言います。そして、例えば、イザヤ書31章3節を挙げ、そこでは肉と霊が対比されていて、肉は被造物の性質を表現し、霊は神の性質を示し、特に、霊は神が命を与える力として、被造物の弱さ、一時的な存在である肉と対比されています。
イスラエルとサマリヤは、ヤロブアムの時代から祭りの場所が別れたため、それぞれの正当性を主張をしてきました。しかし、今や神は、御子に力をお与えになり、この時代を御子によって終わらせようとしておられます。そのため命を与える力をもっておられる御子との交わりによる礼拝をすること、御子が真理によって宣べ伝えられる礼拝をすることが求められています。
それは特定の場所に関係する一時的な礼拝ではなく、キリストにあって、命を与えてくださる神を、世界中のどこにおいてもできる礼拝です。
教会という目に見える場所での礼拝が、福音の真理によって、キリストにある神の力が場所を超え、時間を超えて与えられる礼拝という全く新しい面がキリストによってはじまりました。ですから、第二戒は礼拝の見える面をすべて否定しているわけではないということです。
バラ・マカルピン 日本伝道百年史・・14・・
水垣 清著
(元中津川教会牧師・元「キリストへの時間」ラジオ説教者)
8 バラの伝道・・6・・
名古屋地方の伝道は、坂野嘉一氏談によると「植村正久氏の発起にして、ダッチリフォームドミッション其説を容れ、1878年(明治11)春、植村氏は山本秀煌氏と共に手を下し、数年の後、余(坂野嘉一氏)之を受け継ぎ、その後石原 量、南小柿洲吾、細川 瀏、笹倉弥吉の諸氏代る代る牧会の任に当たられ、以て今日に至れり、其の教会設立(筆者註明治17年5月3日)当時は岡崎、水野、津具地方の信徒合わせて33名、名古屋在住信徒の数は実に12名に過ぎざりき」(福音新報202号)とあり、また植村正久氏の談によると「その年(明治11年)10月頃に、此の名古屋の土地に伝道に赴いたが、どうも一向に伝道の事は出来なかった。幾ら説いても聞いて呉れる人はない。困りました。そうして此所に殆ど10ケ月居りました所、故障が起こりまして、東京に帰った」(明治26年名古屋に於ける日本全国基督教信徒福音同盟会員席上談)とあり、すでに、その頃、名古屋にはタムソン宣教師から受洗した(明治2年)判事の鈴木甲次郎(宮津藩士)が伝道に協力し、また、バラ先生の同地方伝道による求道者も多くあったと思われる。
それは植村正久氏がバラ先生所属のダッジリフォームドミッションの諒解の下に、名古屋に伝道したことによっても理解されるところであり、岡崎、水野(瀬戸近傍)、津具地方は、その後もバラ先生の伝道地域として巡回されたところである。奥三河から伊那谷の天竜川をさかのぼってよく伝道されたとも聞いた。
明治14年1月には、名古屋でバラ先生から受洗した林 ため、林 栄吉があり、続いて同月、岡崎で正村 基、石橋重則、河西 晋の3名がバラ先生から受洗した。(海岸教会会員名簿より)。この年、三島で20余名の洗礼者がバラ先生によって与えられた。先の名古屋地方伝道もバラ先生から受洗した坂野嘉一教師の出身地有松町に始まり、同じバラ門下の植村、山本両教師によって伝道されたことも決して理由のないことではなかった。
「キリスト教百話」
問24 キリストの再臨ということが言われていますが、それはどういうことですか。最後の審判あるとも聞いていますが・・・。
前にも触れましたが、キリスト教の信仰内容を要約したものとして「使徒信条」というものがあります。その中にキリストの昇天に続いて「かしこ(かの場所、すなわち全能の父がおられる神の右の座)より来りて、生ける者と死ねる者を審きたまわん」という一項目があります。
これは、聖書の中に、キリストが昇天されるのを見ていた弟子たちに、天の使いが現れて「あなたがたから離れて天に上げられたイエスは、天に行かれるのをあなた方が見たのと同じ有様で、またおいでになる」言ったことにっ準拠している信仰内容であり、またキリスト自身が、ユダヤ人の最高法廷で裁判を受けられた時、「あなたがたはやがて、人の子が全能の神の右に座り、天の雲に乗って来るのを見る」と言われたことに拠っていることでありまして、」ローマ・カトリック教会にしてもプロテスタント教会にしても共通して信じていることであります(マタイ20:64)。
問題は、このキリストの再臨ということが、何時、どのようにして実現されるかということですが、初代の信徒たちは「主は近い」と言い、キリストが現れる時を「主の日」と呼んで、この日を待ち望んでしました。但し「近い」ということが時間的に短期間のこととして考え考えられているのか、それとも何万年という期間の中での比較としてのことなのかとなると、どちらとも決めようがありません。
「遅い」と思っていたことが予想に反して早く実現することがありますし、「すぐに」と思っていたことが相当待たされ、忘れたころに実現することもありますから、キリストの再臨については、キリストがその時期を決められることでありますし、しかもキリストにしても父なく神様の指示に従うことによって、時が決められているのでありますから、それに先走って人間の側であれこれ言うのは僭越至極であります。
篠田 潔
(日本基督教団隠退教師・
元「キリストへの時間」協力委員・ラジオ説教者)
<2019年1月のラジオ放送予定>
1月 6日 伊豆倉明美 (日本キリスト改革派関キリスト教会会員)
13日 伊豆倉明美 (日本キリスト改革派関キリスト教会会員)
20日 吉住 隆弘 (日本キリスト改革派豊明教会会員)
27日 吉住 隆弘 (日本キリスト改革派豊明教会会員)
(放送開始1952年10月)
CBCラジオ「キリストへの時間」(1053KHZ)
第87課 キリスト者生活の実践的義務
=12:1~15:13=・・・39・・・
F 信仰の強い人たちは、その信仰の自由をどのように行使するべきか。
・・・14:13~23
「それゆえ、今後わたしたちは、互いにさばき合うことをやめよう。むしろ、あなたがたは、妨げとなる物や、つまずきとなる物を兄弟の前に置かないことに、決めるがよい」(14:13)。
パウロはここで、進んで新しい話題に移ろうとしています。もちろんそれは、先に彼が述べたところと相互関係にあることです。その新しい話題というのは、信仰の強い者が、その信仰の自由をどのように行使するべきであるかという問題です。
キリスト者は一人一人が神に対して、自分の行いが正しいと申し開きをするだけでは十分ではないのです。キリスト者たるものは、自分が行おうとしていることが正当であると自分に関して申し開きをするだけでなく、その行おうとしている行為によって、兄弟たちを傷つけないように注意しなくてはらないのです(Ⅰコリント10:23以下)。パウロはここでキリスト者の自由の問題と、それが如何に行行使されなくてはならないかを取り上げています。
13節は強いキリスト者に対して、語られているものと考えられます。すなわち、彼らは弱いキリスト者の前につまずきとなるものを置かないように警告されているのです。だから、私たちはここでパウロが言っているようなつまずきとは何かを考えなければなりません。
「つまずきとなるもの」と「さまたげろなるもの」とは、明らかに同じものを指しているのであって、つまずきや失敗の契機となる、あるもの、妨げとなるものを兄弟の前に置くことです。しかしキリスト者の行為において、これらの語は何を指しているのでしょうか。
パウロの意味するところを理解しるために、私たちはパウロがこの章で述べている弱い信者を性格付けているのは、どんな種類が弱点なのであるかを理解しなくてはなりません。本章を理解する場合に、この独自の点を見落としてしまって、安易に現代の問題に適用してしまうことが多いのです。弱い者の弱点とは、例えば不節制のように、罪に汚れた行動に入り浸ってしまい易いことであるといわれてきました。
この考えによると、弱い兄弟たちが弱いのは、彼らが誘惑に弱いという点にあるということになります。そして、彼らの弱点は不節制と節度を書くという点にあるということになします。
J・G ヴォス著
玉木 鎮訳(日本キリスト改革派引退教師)
『ほっとひととき「みんなのコーナー」』
☆ 2019年のカレンダーを見慣れた冷蔵庫の横につるしてあります。考えて気付いたのは、「この2019年」は二つの年号になるので、不思議な感じがします。平成なりたての頃は、学生でしたが今はもうすぐ高齢者の仲間入りです。今は独立して親元を離れた子供たちの記念樹も大きく育ち、大きな仕事を終え、これからは自分たちの生活設計を、と妻と話し合っています。何か変わったことをするのではなく、今までの生活を続けるのが一番の生活設計と畑を眺めています。 神奈川県 H・Tさん
☆ 12月まではブーゲンビリアが一番きれいな時ですが、これからは沖縄の緋寒桜(別の呼び名カンヒザクラ・花言葉は「あでやかな美人」)の季節になります。沖縄の真冬は桜が季節の変わり目を教えてくれるのですよ。私には想像できない寒さに向かわれる「ジャーナル友」さんに、一足早い春をお届けします。 沖縄県 Y・Kさん
☆ 外に出ると、新しい年もよろしくお願いとのご挨拶で始まり。そんな年の瀬です。小さな田舎にも、この時期だけは帰省する人で、賑やかになります。私たちのところにも、大きくなった孫たちが来ました。来年は大学受験で来れないよと言いながら、ゲームをしています。何もない田舎、自然を楽しんで…なんかは無理ですよね。その孫たちもまた帰って行きます。 三重県 T・Yさん
☆ もう雪になりました。これから毎日、どか雪との戦いの始まりです。一人暮らしの私には、気持ちが重いです。外に出られないので、これから、「ジャーナル友」さんや「眸」さんのお便りを拝見します。礼拝は雪が解けるまでお休みです。このような生活も車の運転のできる時はあまり不便は感じませんでしたが、まだ70歳になったばかりなのですが、お返ししました。大きな事故も起こさずに終われて感謝しています。 新潟県 T・Oさん
☆ 熊本地震で被害を受けた南阿蘇地域の人々の今までの様子と新しい村おこし、明日に向かってうごきだしているようすがHNKTVで見ることが出来ました。改めて今まで住んでいた地域の見直しから始まったグループごとに話し合う一つ一つのアイデアは、ふるさと阿蘇への愛情の再発見でもあったように思いました。自然の美しさ、湧き水の恵み、培ってきた田んぼの再利用、どれもが、これからの土台なんだという希望の言葉、そうして小学生の言言葉の「甘えと行動」があったのには大人たちへの励ましになっていた。これは南阿蘇に限ったことではなく、すべてに通じつと思わされた貴重な番組でした。 香川県 O・Tさん
☆ お正月には帰るからね、と連絡がありました。息子の好物は大根の漬物とおでんで、主人と熱燗を飲みなら他愛のない話をするそんな姿を昨年は見ている私です。何年振りでしょうか。白いものが増えている時の過ぎたのをふと思います。 青森県 K・Iさん
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△ 主人の運転で紅葉見物に行ってきました。行楽地でありませんから誰もいないところで、落ち着いて好きなところに車を止めての見物、手作りのお弁当を楽しめました。
△ 仮設の両親を連れ出して、道の駅に行ってきました。最初は沢山の人に驚いていましたが、暖かいので道の駅の食堂で、焼きそばを食べました。少し疲れていましたが、野菜や果物を車に乗せて帰ってきましたが、買い過ぎて小さな冷蔵庫に入りませんの、お隣りのSさんにお届けしていました。
*このコーナーの記事は、すべて投稿者から掲載許可をいただいております。 編集子
東京大学大学院人文社会系研究科博士課程
いのちのことば社
スーザン・ハント
「緑のまきば」
「聖霊とその働き」