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『ありがとうございます』
多くの方から暖かい励ましのお言葉やクリスマスカードやメールをいただきました。本当に感謝です。年の瀬の名古屋は寒波の襲来、急に寒くなりそうです。仕事場に近くの公園には、寒椿がものの見事に咲き誇っています。
クリスマスのキャンドル礼拝では、皆様と共に心から讃美する恵みに与ることができました。ここ数年、電飾する家々が多く見受けましたが、その数が本当に少なくなり、落ち着いた夜道を帰って来ました。
2018年11月16日から2018年12月15日までの「つのぶえジャーナル」事業への寄付者の報告です。感謝いたします。
稲田喜水様 渡辺信二様 宮川真澄様 宇佐神正武様 長津 榮様 馬場伸直様 村田和子様 鶴原澄子様 加納さおり様 匿名2名様
*寄付金口座…郵振替口座番号 00800-1-45937 つのぶえ社
また、お便り下さる方やお友達への紹介はこのメール アドレスをご利用ください。多くの方々の「ジャーナル友」が与えられるように願っています。
*「つのぶえジャーナル」はこれをご利用ください。
http://tunobue.blog.shinobi.jp
(米国南長老教会文書伝道事業)刊行責任者
つのぶえ社代表 長村秀勝
「キリスト教百話」
問24 キリストの再臨ということが言われていますが、それはどういうことですか。最後の審判あるとも聞いていますが・・・。
答・・2・・
歴史上では、キリストの再臨がすぐにでも起こるように言った人や、それを信じた人たちがいました。大分前のことですが、一通の葉書が送られてきまして「来年の夏ごろには富士山が爆発して世の終わりとなるからご用心ください」という知らせが書いてありました。実際には何事も起こりませんでしたが、そういうことより、むしろ最近の世相や国際情勢には、「このまま行けば世も終わりとなるのではないか」と危ぶまれるものがあるように思います。
日本でも、「末法時代の到来か」と言われた時がありました。平安末期の戦火、戦乱によって明日が望めなくなったからです。「世も終わりか」と思われるような時はあるものです。しかし、わたしたち人間の思いと、わたしたちを超えたところにある神様の思いとが一致するわけではありません。
キリスト教には「歴史を支配される神」という神様に対する信仰があります。ここで少し歴史というものについての理解の仕方について触れてみたいと思いますが、先ずは「世界の動きというものはその時々の人間の営みの所産であって、その中に特にこれと言った何かの意思が働いているのではない」という考えがあるように思います。過去と・現在・未来というものが直線的に無目的に移行しているという考え方です。
次に「歴史は繰り返す」と言われます。また「永却回帰」という思想もあります。「昔あったことは今もこれからも同じように繰り返される人間の営みはそのようなものだ」ということになりましょうか。
但し、変化しつつ進んでいるのが、との理解もあります。この三つの理解の仕方はそれぞれ説得性を持っているように思います。そして、それは、無目的的であるという点で共通しています。
これに対して、聖書の見方は「歴史は神の支配の展開である」という点において、人間を超えた超越的主体によって、目的的に進められている、という理解に立っているのでありまして、これは神の存在を前提とし、神を世界そのものの歩みが主であると信じている信仰によっての理解であります。
それは、聖書の冒頭に「初めに、神は天と地を創造された」(創世記1:1)と記されていることに明らかなように、この地上の歴史というものは、神によって始められたものであるという理解であります。理屈から言えば「その初めのことを書けるのは、その初めに立ち会った人でなくてはなるまい。しかし人間は神のよる創造の最後に造られたものであるというのであれば、初めを見た人はいないのであるから、聖書の話は作り話に過ぎない」と言うことになります。
まことにその通りでありまして、「見てきたような嘘を書くな」という主張の一面性を否定はしません。が、それは小説の真実性が虚構を用いて表されていることを理解されるなら納得できるように、聖書の表現形式と言うものも、信仰に拠って理解している真実を表現しているものとして受け止めるところから、歴史とその中に生きる人間の生き方が決まってくると思っています。
篠田 潔
(日本基督教団隠退教師・
元「キリストへの時間」協力委員・ラジオ説教者)
<2019年2月のラジオ放送予定>
2月 3日 落合健仁 (金城学院大学文学部宗教主事)
10日 落合健仁 (金城学院大学文学部宗教主事)
17日 吉松 純 (金城学院大学人間科学部宗教主事)
24日 吉松 純 (金城学院大学人間科学部宗教主事)
(放送開始1952年10月)
(CBCラジオ「キリストへの時間」(1053KHZ)
今月のことば
そしてことばは肉体となり、わたしたちのうちに宿った。わたしたちはその栄光を見た。それは父のひとり子としての栄光であって、めぐみと、まこととに満ちていた。
~ヨハネ1:14~
全世界にいるキリスト者は、このみ言葉に、あるひとり子を救い主と信じ、その誕生をお祝いしてきましたし、これからも希望の光として、輝き続けるでしょう。
さて、主イエスを知ることへと導かれた人の中で、このヨハネほどイエス様を深く知りえた人は他にいないことでしょう。そのヨハネの信仰の告白ともいうべき証しが、このみ言葉の中に示されています。
ヨハネは言います。ひとり子(キリスト)とその栄光を僅か20数語で私たちに示しました。「父のひとり子としての栄光であって、めぐみと、まこととに満ちていた」と。
ヨハネが神様の栄光を見出すより以前に、たまたま、この神様のご栄光に与った人々がありましたが、それは焼き尽くす火の中においてでした。しかし、神様の栄光はイエス・キリストの中において、私たちに出会われる時には、恵みとまことに満ちている時です。
キリストを離れては、近づき難い神様です。信仰の人モーセは神様に申しました。「どうぞ、あなたの栄光をわたしにお示しください」。しかし主は「あなたはわたしの顔を見ることはできない」と言われました。
この恵みとまこととは、わたしたちが神と共なる命を得るために、キリストから離れては絶対に得ることはできないのです。この事実は、誰もが認めなければならない事実です。
「だれでも真理につく者は、私の声に耳を傾ける」とイエス様は言われます。この事実を、このイエス・キリストの誕生で知る大切な時であり、全世界の人々に示されたメッセージなのです。
小閑記
イエスは近づいてきて、手を彼らにおいて言われた、「起きなさい、恐れることはない」。彼らが目をあげると、イエスのほかには、誰も見えなかった。
~マタイ17:7~8~
NHKのテレビの12月31日の放送の定番は「ゆく年くる年」で、この開始は、最初はラジオ放送で1927年でした。当時は「除夜の鐘」であったと聞いております。この放送をラジオの前で家族揃って聞き、新年を迎えた記憶のある方もおられることでしょう。
誰もが、何かの区切りをつけて、新しいスタートとしたいと思うのは、その日々が順風満帆ではなく、重い何かを背負っての歩みであったからなのかもしれません。
冒頭の聖句は、私たちの人生をある出来事で示していると思うのです。
波が舟を越えて荒れ狂った時、またイエスがゲッセマネで捕らえられた時、弟子たちが恐れたのを理解することは難しいことはありません。けれども、そのすべての中に、キリスト教の深い真理があるのです。
もしキリスト者が長い間、闇の中をさ迷い、苦しい戦いの中に居続けるなら、不安と絶望、あるいは、信仰を捨ててしまいたくなる思いになるのです。「私はキリスト者であるのだろうか、私は神にある勝利と喜びを経験することなど、ないのではないかと疑いの中に落ち込みます。また、心に喜びがわき、幸いを手にする時、また再び苦しみや試練に出会うのではないかと、先々のことが心配になります。
どうしてこうなるのでしょうか。そのような時こそ、キリスト者はイエス様のほか、何事にもイエス様のほかには、救いはないという信仰に導かれるということを、苦難や恐れから救い出してくださるということへと導きだしてくださることを、このマタイのみ言葉のイエス様の「『起きなさい、恐れることはない』彼らが目をあげると、イエスのほかには、誰も見えなかった」ということの中に示されているのです。
迷い、さ迷い、疑いの日々、人生であればこそ、イエス様を離れてた、この私たちの上に手を置いてくださるお方のあることを、あらためて覚えたいものです。
世田谷通信(183)
猫草
多摩川上流、奥多摩湖にある小河内ダムに出かけた。なんでそんなところに?と言うと、最近、河川や用水に興味があり、古多摩川と国分寺崖線のボランティアガイドをする準備として知識を深めたかったのである。
さて電車で2時間。青梅を過ぎた辺りから周囲は完全に森林である。傾斜の急な針葉樹林、河川周辺の広葉樹林、混合林。街道添いの民家、谷間にのぞく集落。急峻な山道と渓流をながめつつ、ここ東京だよね?と思う。実は東京都の森林面積は6割。大半が奥多摩周辺にあり、水源涵養林として都心への水供給を支えている。青梅を扇の起点とする広大な扇状地、と地図上では理解していたものの、実際の地形を目にすると納得がいく。
小河内ダムは立派な観光地で、ダムカードも貰えるし、ダムカレーもある。カレーが「湖面」、ご飯が「堤体」を再現し、パスタにニンジンとコーンが刺さったのが「浮き」、サラダは周辺の「森林」を表している一品だった。
普段何気なく蛇口をひねれば出てくる「水道水」も、こんなに苦労してダムを造り、日々管理されて、はるばるとうちまで運ばれてくるのだ。森林保全も水源を守るために大切な仕事なんだとしみじみ思う。
帰路車内で「奥多摩―青梅区間はシカと衝突したため運転を見合わせています」の案内表示が。さっきまで乗っていた折り返し電車である。その後、ぶつかったのはニホンカモシカで、驚いたのか電車の下に潜り込んだので撤去に手間取り、復旧まで1時間以上かかったことが分かった。奥多摩あるあるなんだろうか。
立川から電車で多摩川を越える。もうここは広い川幅、ゆったり流れる、いつも目にする多摩川だ。対岸の南多摩に大きな崖があり露出した地層が車窓から見えた。何万年も前の歴史に少しだけ触れたような気がした。
『美しい朝に』・・49・・
10月17日
おはようございます。また、真夜中のメールです。もうすぐ夜が明けそうです。昨日は勇気を出して歯医者さんに行けました。ステロイドの副作用で骨がもろくなっていて、こけると骨折しやすいので高齢の方が服用されている「骨を強くする薬」を毎月15日に服用しています。歯医者で治療の時は、「骨を強くする薬」は1ヶ月以上服用を止めた方がいいみたいです。血小板の数値が0になり命が危険になるので「麻酔なし」で治療をしていただきました。そのためなかなか勇気が出ませんでした。私もこわいですが、治療する先生も「痛くないように」細心の注意が必要です。感謝でした。「案ずるより生むがやすし」で1年も前から気になっていた歯医者さん行きをクリアできたので、「今日も眠れなくてもいいかな」と思いました。長い間、眠れない時間に折り紙を折っています。多くの時間で私の真心を、折り紙や写真にこめてお送りできるように頑張ります。
神経科の先生が頓服をプラス1錠出してくださったのに、次回は24日ですが、今のところ1日もプラスしていません。ただし、「眠れない時に朝5時は朝食だ」と食べているので25日の内科の血糖値の数値は心配です。
10月22日
今週24日(水)神経科で25日(木)内科で血糖値を調べていただきます。
いつも病院へ行く前は体調を崩します。神経科で「薬を減らすように」といつもおっしゃる先生が先月は台風のトラウマが辛いと診断して下さったようで不安から夜中食べて血糖値が上がらないように眠剤の頓服を+1錠にしてくださったのです。
その頓服を服用しないで「夜食を食べていた」ので血糖値も心配です。どうしても眠剤の量を増やしたくない思いが強くて、先月奇跡的に血糖値が下がっていたので、今回は眠れなくても「頓服」を服用しないことを優先しました。なんとか24日で1ヶ月過ごせそうです。お祈りありがとうございます。
10月26日
今日は秋晴れです。洗濯物がよく乾きそうです。11月号更新・印刷・発送お疲れさまでした。24日は神経科でした。先月に、台風のトラウマで辛かったので+1錠の頓服を28日分いただきました。いつも「減らすように」と言われると不安になるのに、増やして頂いたのが28日なので「毎日でも大丈夫」との安心からか1回も頓服を服用しませんでしたよ、に先生が「不思議なことがあるもんや」とおっしゃいました。私は「あまのじゃくですいません」といいました。夜に折り紙を折っていたので眠れない時間も、あっという間に過ぎました。折り紙を活用して下さりありがとうございます。
昨日25日は内科でした。朝方まで寝れなくて、朝方5時ぐらいにおなか一杯食べていたので体重と血糖値が心配でしたが、体重は1キロ減っていて血糖値は前回より、少し高いぐらいでなんとかセーフでした。お祈り感謝です。
11月3日
こんばんは。もう今日から11月と思っていたら、3日も経ちました。毎年恒例のクリスマスツリーを写して来ました。また、整理してお送りしますね。今までは主人に車いすを押してもらって写しました。椅子付のサイドカーに座って写していると、年配の女性の方が「きれいに写せますか?」と声をかけて下さったので、「去年は主人に車いすを押してもらって写しましたが、今年は一人でバスで来て写しています」と答えました。「ご主人といえども車いすを押してもらっては気を使いますよね。今日は、ゆっくり楽しんで写して下さいね」と言ってくださいました。
今でも、体調が悪い時は通院も「車いす移動」ですが、今日は頑張って何年ぶりかでバスで阿倍野に行きました。友達とも久しぶりに会うことが出来ました。今夜は安静に過ごしたいと思っています。
(このメール文の掲載はK・Aさんの了承を頂いております)
『その愛のゆえに』
=時々の記=
(152)
10月16日
ちょうど、食事の準備を整えよとしていた矢先、プツンという音とともに電気が切れてしまいました。ブレーカーを見ても何もどこも漏電している様子はありません。お隣にまで走って尋ねに行こうとしたら、主人が電気が来たぞーと大きな声をかけてくれたのでほっとしました。たったの五分程度でしたのに、この慌てぶり。でも電気が来なかったら、全く何も食事の準備ができないのです。普段便利な生活を当たり前に思ってしていることがとても恐ろしくなりました。家の中は真っ暗です。
外に出て慌てている私が恥ずかしくなりました。気持ちを落ち着けて空を見上げると、下弦の月がほっこりと私を照らしているのです。一瞬でしたが、月の明かりを見て心が落ち着きました。夜長に月をめでたり、星を眺めたり、そのようなゆとりを無くした生活を見直したひと時でした。
10月23日
結婚して45年になります。このような田舎のしきたりの多い中、また主人の母との同居など、勉強になったことがたくさんありました。若いころは体が弱くて、勤め先の学校も休みがちでした。そんな私がこの年齢まで生かされていることが不思議でなりません。神様の憐れみによって生かされ続けてきたのですね。
昨日は礼拝の帰り、結婚記念日ということで、お寿司屋さんに寄ったら、すぐに出てくる外食という名の食事をしました。主人の支えあっての山添村での生活でした。我ながらすっかり山添村に溶け込んでいるのが不思議なくらいです。
装へる山より町の教会へ。
峠道固まりをなす野菊かな。
川向う、屏風なしたる紅葉山。
神の国求めよと読む冬隣。
崖の道つづれ折りなり秋出水。 馬場路哉
10月26日
晴れわたっていた空が、雲行きが怪しくなってきました。明日は村のみんなが楽しみにしているというのに、雨のようです。今年は笛の音、太鼓の音が一段と小さくなっています。
秋街道貧しき庭に灯りける。
秋嶺の布引山地藍深し。
虎杖(いたどり)の花白きこと、雛の道。
小鳥来てよ聞こえ聞かす朝かな。
芝の上急ぎをるなり秋の蝶。
ムシへの注意忘れず草を刈る。
庭策に飾りと巻きぬやいと花。
昔よりところ変わらず曼珠沙華。
山峡の深田の確と落とし水。
低音のリストの曲に秋深む。 馬場路哉
11月1日
いよいよ、11月の始まりです。気ぜわしい季節になりました。夕暮れは早く、太陽の明るさが暗く感じられます。冬支度に慌てています。庭の南天の葉っぱがとてもきれいに染まってきました。それが北風に揺れてかすかに動いている様子はまさに絵のような美しさです。それに寂しい庭ながらも南天の赤い実がたわわに実り、まんりょうの実もそれに負けじとたくさんの実をつけています。空を見上げるとカラスがその実を狙っているのがよくわかります。つかの間の命なのです。
装へる山より町の教会へ。
峠道固まりをなす野菊かな。
川向う、屏風なしたる紅葉山。
神の国求めよと読む冬隣。
崖の道つづれ折りなり秋出水。 馬場路哉
つい先ほど、大きなお鍋を中途半端な姿勢で持ち上げようとした途端、腰にギクッと来ました。何とか立てるものの歩くのはそろりそろりです。左股関節も痛み始めて、なかなか前に進めませんが、ゆっくりでも前にと思って、いつもの倍以上かかっての散歩となりました。
11月6日
カレンダーを見て、あれ今日は私の誕生日だと気が付きました。明け方に生まれたのか、明けの明星の美しさに父が暁美と名付けてくれました。この年まで支えられてきたことに感謝いたします。今日は昨日よりもさらに暖かく感じられました。秋の虫たちがびっくりして、顔をのぞかせています。
11月9日
午後になると、雨がやみ、お日様が照りだし始めました。このところ、温かい日が続いていますが、また来週は寒い日がやってくるというのです。ようやく、蔦の葉っぱがきれいに色づき、漆の葉が中でも際立っています。どの葉っぱも競い合うかのように一斉にそれぞれの色で美しさを楽しませてくれているのです。
この頃の散歩では、それぞれのお家でイルミネーションが飾られ始め、目を奪われています。山の中での人工的な電飾です。違和感があるものの、目はそちらに奪われます。伺ってみると、大阪から最近、山添村に定住されるようになったとか。猪や鹿ばかりが目に付くので、寂しく思われたのでしょう。
11月12日
とてもとても小さな秋を我が家から出た道の土手に見つけました。南天の木の陰に隠れるようにして、まるでぶどうのように実を房状につけた赤い実が目を引くかのように、じっと私を見てくれています。近づくとまさに真っ赤な宝石のような美しさで輝いています。これは不思議だなと南天が変形してこうなったのかしらと考えていましたが、ちょうど主人が近くにいたので尋ねてみました。俳句歳時記を手に出てきました。その歳時記は写真付きなのです。調べるとその名は“美男かづら”という名だとわかりました。万葉集の時代にその花から出てくる油で髪の毛を整えたことが花の名の由来だと書かれていました。初めて知っためずらしい花の名前。とてもうれしくなりました。
馬場暁美
「上野緑ヶ丘教会会員」
眸(ひとみ)・・93・・
☆ 楽しみにいていたお友だちと今年も山菜取りに行けました。だんだん年は取りましたが、足腰が元気で、楽しく過ごしました。収穫よりも他愛のない話や孫自慢、持ち寄りのお弁当でのおかずの交換、これも変わりません。裏山が近いので時間を決めて集会所で待ち合わせです。皆さん携帯を持っているので何かと便利です。もうすぐ冬です。 山形県 N・Oさん
☆ 刈り入れ後の田んぼは、どこか寂しげです。小雪もちらつき始めました。今年も終わりに近づいてきましたね。台風、洪水、土砂崩れ、地震、停電といろいろのことが起こりましたが、日本人科学者がノーベル賞をいただいたニュースに何とも言えない安堵感をいただきました。外を見ながら暖かいお茶を飲みながら、そんなことを考えておりました。これから本格的な寒さになりますね。畑に降りてきたシラサギが何かを啄ばんでいます。 群馬県 A・Aさん
☆ 毎日少しですが運動のつもりで近くお店に買い物に出かけるのが日課ですが、今日は帰りの道がとても遠く感じてしまいました。そんな時でした。無言で、荷物を持ってくれました。今でいう頭の毛をいろいろの色に染めている青年でした。びっくしりたら、いいよ、気にしない・・・とゆっくりと歩いてくれました。ここが私の家です、というと、ああ~と言って荷物を置いて立ち去っていきました。見かけない青年でしたが、後ろ姿を見ていると胸が熱くなり、泣けてしまいました。良い一日になりました。 兵庫県 T・Yさん
☆ 秋深く天高しの毎日ですね。息子や夫は学業や仕事で、疲労感いっぱいです、次男は好奇心旺盛なので休日もクタクタになるまで、空の下を駆け回る日々です。沖縄で教師をされている方の文面にも有ります様に、都会では京阪神の高校には劣ると気にして、遠方まで御子息を通学させる方も多いのでが、私も奈良の四季を豊かに感じられる生活をとても有難く感じています。
ボランティアセンターは少し小高い丘にあり、次男を連れて行くのですが、春は鶯、夏は蝉、秋は虫の音が聞こえ感動しています。けれどその様に感動されたお母さんはあなたが初めてです、と職員さんに言われました。若草山にはとても美しい満月が昇るのですが、それもなかなか若いお母さん方には通じない様です。
けれども気にはしていません。this is best point moon vewingと観光客に紹介していたボランティアの観光ガイドさんの様に 四季折々の奈良の良さをいつか私も奈良を知らない方々に紹介する事が夢ですから!
台湾から来られたママさん達が中国語を訳せるのをかわれ、お土産屋さんで働き、忙しいと喜んでいます。27日から始まった正倉院展で 華やかにドレスアップされた中華系観光客のファッションを楽しみながら今週も育児に奮闘します! 奈良県 N・Rさん
☆ カレンダーも残り2枚になりました。11月になりますと、遠くに見えるアルプスの山々の頂きにも雪が積もり、本格的な冬になります。麓の紅葉もだんだん色褪せて来ました。子供達も寒そうに小走りで何時もの様に登校。もう石油ストーブが大活躍です。気持ちよさそうに椅子の上に猫が二匹丸くなって寝ています。 長野県 S・Dさん
<身近な出来事を「眸」に投稿してください> 編集子
十戒と主の祈り・・5・・
鈴木英昭著
(元日本キリスト改革派名古屋教会牧師)
=刻んだ像=
第二戒③・神をあらわす
ヨハネ4:24、詩篇94:8~19
第二戒の偶像礼拝禁止の根拠として、ウエストミンスター信仰基準の証拠聖句ではありませんが、ヨハネによる福音書4章24節の「神は霊である。だから、神を礼拝する者は、霊と真理をもって礼拝しなければならない」がよく言及されます。
関連している意味の聖書箇所が他にもあります。例えば「主がホレブで火の中から語られた日、あなたたちは何の形も見なかった」(申命記4:15)、「ただ唯一の不死の存在、近寄り難い光の中に住まわれる方、だれ一人見たことがなく、見ることができない方」(Ⅰテモテ6:16)などです。こうした聖書の教えがこの第二戒と関係があることは確かです。人は土の塵から造られましたが(創世記1:7)、神はそうではありませんでした。人間には肉と骨がありますが、神にはありません。したがって、神を地上の物質的なものでもって表すべきではないという考え方は、聖書の支持を受けることができます。
しかし、この点について、こういう意見があるかもしれません。すなわち、神には目や耳や口や顔や手や足というように、私たち人間が持っている器官があるかのような表現が聖書には多くあることも事実ですから、人の姿に描いたり、刻んだりしても良いのではないか、と思われたりするかもしれません。しかし、注意すれば分かるように、そのように表現することが、神が霊であることと矛盾することにはなりません。
なぜなら、神に目や耳や口などがあるという表現は、神にはこうした器官があるということを意味して語られているのではなく、神は見ること、聞くこと、語ること、建てたり倒したりするなどの働きがあるからです。
言い換えると、神が人間のような手を持っているかどうかということが問題ではなく、神がその手をもって何をなさるかということが重要なのです。それは、目や耳や口などのその他の器官についても同じです。次の有名な言葉もその実例の一つです。民を祝福する言葉として、申命記6章25節は有名な言葉を語るように、神はアロンにお命じになりました。「主が御顔を向けてあなたを照らし、あなたに恵みを与えられるように」。
列王記下12章のヤロブアムの二つの金の子牛のことを考えてみると分かります。子牛は主なる神の姿を現しているのではありません。それでもヤロブアムは「これがあなたがたをエジプトから導き上ったあなたの神である」と言いました。それは異教の神を表したのではないとしても、真の神の力を、捉えられるかのように表しました。主なる神はその力を民との契約とその実行によって示すことをよしとされましたが、ヤロブアムは金の子牛をもって表したことに、第二戒の違反がありました。
第二戒④・キリストが与える命
イザヤ31:1~3、ヨハネ4:21~26
刻んだ像を造り、またそれを拝むことを禁じておられる神ですが、目に見える形を採ってご自分を表そうとなさらないわけではありません。神がご自身を見える形をもって現わしてくださったことが聖書に記されています。例えば、主はアブラハムに、マムレのテレビンの木の傍らで人の形を採って現れ(創世記18:1)、ヤコブはペイニエル(神の顔)で神に会ったと言い(同32:30)、モーセやアロンたちが70人の長老たちと共に「神を見て、食べ、また飲んだ」(出エジプト24:11)からです。
主イエスは「わたしを見たものは父を見たのである」(ヨハネ14:9)と言われ、パウロも、「御子は見えない神の姿である」(コロサイ1:15)と言います。
しかし、人が神を見る面は、部分的であると言われます(Ⅰコリント13:12)。人が神を理解する点も同じように部分的だということが言えます(ローマ11:23、Ⅰコリント2:11)。そういうわけで、イスラエルの罪は、主なる神を見えるようにしたいと願ったことにあるのではなく、すでに学びましたように、自分の願いに合わせて神を表そうとしたことにありました。
そうすると、第二戒が、神は目に見えない「霊である」からというだけで、目に見えるものをもって表してはならないと単純に考えられないことになります。前回学びましたように、ヨハネ4章24節の主の言葉、「神は霊である。だから神を礼拝する者は、霊と真理をもって礼拝しなければならない」との関係をよく理解しておくことが大事になります。
この「霊」という言葉をどう理解するかが重要だと言います。そして、例えば、イザヤ書31章3節を挙げ、そこでは肉と霊が対比されていて、肉は被造物の性質を表現し、霊は神の性質を示し、特に、霊は神が命を与える力として、被造物の弱さ、一時的な存在である肉と対比されています。
イスラエルとサマリヤは、ヤロブアムの時代から祭りの場所が別れたため、それぞれの正当性を主張してきました。しかし、今や神は、御子に力をお与えになり、この時代を御子によって終わらせようとしておられます。そのため命を与える力をもっておられる御子との交わりによる礼拝をすること、御子が真理によって宣べ伝えられる礼拝をすることが求められています。
それは特定の場所に関係する一時的な礼拝ではなく、キリストにあって、命を与えてくださる神を、世界中のどこにおいてもできる礼拝です。
教会という目に見える場所での礼拝が、福音の真理によって、キリストにある神の力が場所を超え、時間を超えて与えられる礼拝という全く新しい面がキリストによってはじまりました。ですから、第二戒は礼拝の見える面をすべて否定しているわけではないということです。
バラ・マカルピン 日本伝道百年史・・13・・
水垣 清著
(元中津川教会牧師・元「キリストへの時間」ラジオ説教者)
8 バラの伝道・・5・・
1876年(明治9)、信州上田教会の建設を見てから、この中山道の信州伝道はバラ先生にとって、パウロの如く「しばしば旅行して河の難、盗賊の難、同族の難、異邦人の難、市中の難、荒野の難、海上の難、偽兄弟の難にあい、労し、苦しみ、しばしば眠らず、飢え乾き、しばしば断食し、凍え、裸なりき」(Ⅱコリント11章26~27)とあるように、文字通りワラジがけ伝道の不便な旅には嵐あり、野宿ありの苦労であった。
それは1880年(明治13)頃、中山道の和田峠に嶮を越えて下諏訪宿に辿り着いた先生は途中、木陰で祈っては休み、聖書を読んでは力を与えられて、宿場に入ると路傍伝道をして人々に語り掛け、旅宿を集会場にして求道者を得、やがて上諏訪の地に講義所が開かれるに至った。
日本キリスト改革派上諏訪湖畔教会の飯田幸之助牧師の談によると、
「当時、バラ宣教師は和田峠を駕籠で来たり、甲州路から馬で来たりした。家庭集会や路傍伝道に努め、おぼつかない日本語で、相手のだれかれなく語りかけ、病者にはぶどう酒を贈るなどして、生血と誤解された逸話が残っている。1909年(明治42)位までの間、伝道拠点として或る家に、また他の家庭集会に、路傍伝道にと、しばしば来たりて活動された。後、上諏訪町の発展とともに集会は上諏訪に移り、教会が設立された。・・・。聖餐式にあずかった時、バラ宣教師ゆかりの聖杯でぶどう酒を飲んだ記憶がある。それは普通、仏壇に使う飯を盛る陶器であった。バラ宣教師がぶどう酒を飲むに都合がよいというわけで仏具とも知らずに買い求めてきたとか」。
バラ先生が、今日のように聖杯用具のない時代に、格好の杯代用品のものを(仏具用に造られたとしても)探して用いられた、その苦心は想像するだに興味深いことである。筆者は、日本基督教団諏訪教会を訪ね、ありし日の聖杯並びに洗礼の水鉢を見せてもらった。20数個の杯は、全く聖餐に用いるに格好のものであった。洗礼水鉢は雑器のように保存されていたが、それは鍋島焼柿右衛門の立派な手描きの美しい菓子鉢だった。その逸品は現在では入手しがたい品として大切に保管されるよう、吉田勇牧師にお話して辞去した。
諏訪教会にはバラ先生による受洗者の記録はなかったが、同市内の日本基督教団上諏訪教会(ホーリネス系)の西川博彬(ひろよし)牧師を訪れて、同教会の役員で旧日本基督上諏訪教会員であった呉服商長瀬太郎氏の祖父唐沢源治郎氏が明治14年伊那谷(坂下)でバラ先生から受洗したとの話をお聞きした。すでに明治13年頃、諏訪から伊那谷の伊奈町(現伊那市)、飯田を経て神坂峠を越え、馬籠宿中津川宿を経由、瀬戸、名古屋のコースを取られ伝道旅行されたようである。
北信州の上田、長野、南信州の松本、諏訪、坂下(伊那)、飯田などの教会は成長して、明治末期には、それぞれ主任者が定住して伝道した。
◎ ダッチリフォームドミッション(東京中会内)伝道地(明治44年11月調))
四 谷 東京市四谷区大番42 稲垣 信 (教 師)
長 野 長野県県町76 木村 熊二 (教 師)
松 本 松本市仲町 杉本 栄太郎 (伝道師)
坂 下 長野県上伊那郡伊那町 小口久左エ門 (伝道師)
飯 田 長野県下伊那飯田町 内山 成生 (伝道師)
諏 訪 長野県諏訪町横町 西山 知義 (主任者)
三 島 静岡県三島町 三浦 徹 (教 師)
柏久保 静岡県田方郡北狩野字久保 栗原 喜久治 (伝道師)
御殿場 静岡県御殿場二枚橋 園部 丑之助 (教 師)
以上がダッチリフォームドミッションの伝道地として伝道の成果を見たところで、バラ先生やその他の宣教師による働きの果実であると見てよいであろう。また名古屋地方の伝道もバラ先生が横浜から東海道経由で来られ伝道された(名古屋の東海道線開通は明治22年)。
「キリスト教百話」
問23 聖書には、キリストは復活された後、天に昇ったと記されていますが、これはどういうことですか。
答・・2・・
昇天後のキリストは、「使徒信条」というキリスト教の信仰を要約したものの中には、「全能の父なる神の右に座し給えり」と告白されています。全能者であるキリストの父である神の右に座しておられるというのです。「右」というのは権威が委譲されている場ですから、昇天後のキリストは、今も生きて、父なる神の権能を委ねられているということです。
そのことが何を意味することであるかと言えば、キリストによってわたしたちの願いはキリストの父である神に取り次いでいただけるということです。「主イエスの御名によって」祈るのはそのためです。キリストが「わたしによらなければ父を知ることはできない」と言われているのも以上の理由によってのことです。
次に、昇天後のキリストは、キリストを信じている者のために、ご自分に代わって、ご自分が地上に生きているのと全く同じ助け主の聖霊を送り続けておられます。また、キリストのことを知らないでいる人たちに、ご自分のことを知らさるために、聖霊を送って下さっているのであります。聖書において証されているキリストが、聖書を読む人に生きた語りかけをされるのは、この聖霊の働きにおいてであります。
聖霊のことは既に触れましたから、重複しますが、「聖霊によらなければ誰もイエスを主と呼ぶことはできない」のです。このことは、言い換えれば、聖霊においてイエス・キリストは今も生きて働いておられる、ということであります。見えず、触れることもできないイエス・キリストを、見え、聞こえ、触れることもできないイエス・キリストを見え、触れるよりも確かな生きた存在として信じることが出来るのは聖霊によってのことであります。
イエスが地上に生きておられた時、弟子たちをはじめとして多くの人はイエスを見、イエスに聞き、中にはイエスに触った人もいました。しかし、イエスの人格・神格の神髄に触れた人はいませんでした。神の側のことは、人間の視聴覚機能ではとらえることが出来ないからです。聖霊は、生きておられるイエス・キリストを、わたしたちの内に宿らせて下さるのです。言い換えれば聖霊によって、わたしたちの内側から聞こえてくるものは、本来的な自分の声だけでなく、むしろ雑音に惑わされている自分に代わって真に自分を生かすものとして発せられるキリストの声となるのです。救われるとはこのことです。自分が自分であることに変わりはありませんが、その自分がキリストと共に生きる自分になるのです。
このようにして、天にあって生き続けておられるキリストと、地上にあって終わるしかないわたしたちの内に、永遠の命に生き続けておられるキリストが、「わが主」となるのです。キリストの昇天あってのことです。
篠田 潔
(日本基督教団隠退教師・元「キリストへの時間」協力委員・ラジオ説教者)
<2018年12月のラジオ放送予定>
12月 2日 二宮 創 (日本キリスト改革派太田教会牧師)
9日 二宮 創 (日本キリスト改革派太田教会牧師)
16日 橋谷英徳 (日本キリスト改革派関教会牧師)
23日 橋谷英徳 (日本キリスト改革派関教会牧師)
30日 相馬伸朗 (日本キリスト改革派名古屋岩の上教会牧師)
(放送開始1952年10月)
CBCラジオ「キリストへの時間」(1053KHZ)
第86課 キリスト者生活の実践的義務
=12:1~15:13=・・・38・・・
E 弱い兄弟たちに対するキリスト者の義務 ・・14:1~13・・
・・・7・・・
「だから、わたしたちひとりびとりは、神に対して自分の言いひらきをすべきである」(14:12)。
この節は、パウロが今まで述べてきた、神に対する各人の個人的責任という真理の要約です。私たち一人一人が神に対して自分で申し開きをしなくてはなりません。他人のために言い開きをするのではなく、自分自身の言い開きをしなければならないのです。
私たち自身が神に対して弁明しなければならないのですから、人が他人を裁くことが如何に傲慢であり、不遜であるかがわかるでしょう。
「それゆえ、今後わたしたちは、互いにさばき合うことをやめよう。むしろ、あなたがたは、妨げとなる物や、つまずきとなる物を兄弟の前に置かないことに決めるがよい」(14:13)。
「互いにさばき合うな」という戒めは、パウロの時代と同じく、今日の教会が心しなければならないことです。殆どの教会が、この戒めを破って生きている人々を、その中に持っています。彼らは他のことについては、厳格中の厳格さを持つ。しかし、14章の13節のこの戒めについては、全く誤っており、それを犯しています。
彼らは鋭い言葉を持って、神が彼らの裁きの下に置かれなかった他のキリスト者を厳しく裁くのです。この罪は真に大きなもので、これが教会の平和と聖潔を乱すのです。
J.G.ヴォス著
玉木 鎮訳(日本キリスト改革派教会引退教師
東京大学大学院人文社会系研究科博士課程
いのちのことば社
スーザン・ハント
「緑のまきば」
「聖霊とその働き」