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ほっとひととき『みんなのコーナー』
☆ 散歩道の土手に「ジャーナル」4月号の写真の「つくし」と同じようにたくさん出ていました。ああ~やっと寒い季節から初夏に近づくのだ、妻といつもの日課の散歩を楽しみました。東京都 K・Kさん
☆ 近くの公園の桜が満開です。少しの風でひらひら・・・。そんな時なんですね。ツバメも少しずつ帰って来ています。春ですね。そうして新緑・・・。広島県 T・Yさん
☆ 団地の片隅に、1輪だけクロッカスがあるのに気が付きました。とても背の低いクロッカスでした。またツツジも蕾をつけていました。ほんの少しだけれど。意外だったのは、葉牡丹も花が咲くのですね。初めて知りました。普段は急いで通っているから気が付かないけれど、いろいろな花が咲いているのだと、知らされました。暖かいはずだわ。春だねえ。愛知県 O・Kさん
☆ 病院の庭に可憐な十二単の花が咲いていました。私とは似つかわしくない花・・・。おしとやかで、気品のある花に見とれてしまいました。4月ですね。 大阪府 M・Hさん
☆ 熊本地震のニュースが流れています。復興とは程遠い仮設の私たちに、これからが本当に不安です。皆さん高齢者、経済的にも弱い者ばかりの住民・・・。会えば笑っていますが、行き場のない、希望も持てない日々は、孤立・孤独そのものです。こうしてジャーナルさんにメールできることはうれしいです。 熊本県 J・Aさん
**********
△ 写メを送ります。今日は婦人科です。畑に燁の花が咲いていました。今のところ雨はふらずです。
*このコーナーの記事は、すべて投稿者から掲載許可をいただいております。 編集子
『ありがとうございます』
梅から桜、そしてハナミズキと藤の花と花の多いこの頃です。個人の家ばかりでなく、通りにもハナミズキ通りという名称の所があります。白い花が木を包んでいたり、淡い桜色の花もあったりと、心を和ませてくれます。遠くの家には鯉のぼりが青空に中にあります。
2018年3月16日から2018年4月15日までの「つのぶえジャーナル」事業への寄付者の報告です。感謝いたします。
宮川真澄様 西口義昭様 佐藤のり様 諸江一之様 加納さおり様 匿名2名
郵振替口座番号 00800-1-45937 つのぶえ社
お便り下さる方はこのメール アドレス osamura@kind.ocn.ne.jp をご利用ください。
「つのぶえジャーナル」(http://tunobue.blog.shinobi.jp)(米国南長老教会文書伝道事業)刊行責任者
つのぶえ社代表 長村秀勝
今月のことば
あなたがたのうちで、父であるものは、その子が魚を求めるのに、魚の代わりにへびをあたえるだろうか。卵を求めるのに、さそりを与えるだろうか。このように、あなた方は悪いものであっても、自分の子供には、よい贈り物をすることを知っているとすれば、天の父はなおさら、求めて来る者に聖霊をくださらないことがあろうか。
~ルカ11:11~13~
飢えて食べ物を求める子供に、パンや魚の代わりに、石やへびを与える父親は、人間よりも悪魔に近い者です。平和を求めて叫ぶ子供たちへ手渡す、美しい平和という包み紙の中身が武器と争いで、無慈悲にも手渡しているのが、今、現実に起こっている世界です。戦争を作り出すための武器商人が、平和をもたらすでしょうか。
イエス様は、それをお求めではありません。無力と諦め、不完全という言葉の中に私たちは逃げ込みます。しかし、イエス様は私たちが悪い者ながら、子供らに良い贈り物をするという大切なことを、ここでお教えになっています。イエス様は、悪い者から、善い方へと導くために、このみ言葉下さったことに、希望と慰めがあります。
「天の父はなおさら、求めて来る者に聖霊をくださらないことがあろうか」。
イエス様のこのみ言葉に注意してみましょう。聖霊は私たちの求めうる最大の贈り物です。この素晴らしい宝を持つ人は、あらゆる、必要なものへの鍵を与えられるのです。神様のみ霊は、すべての真理へ導き、心にキリストを示し、争いと苦難に光を与える保証です。
私たちは弱く、小さな者です。そのような者に、神様は平和を祈り求めることをお教えくださるのです。平和のための武器ではなく、平和のための愛の祈りこそ、大切であると信じます。
「平和」
住む国も
話す言葉も
考えることも
それぞれ異なる
何十億の人々が
父なる神さまの
みもとに立ち返るように
朝に祈る 夕に祈る
水野源三「み国をめざして」詩集
小閑記
あの貧しいやもめはだれよりもたくさん入れたのだ。これらの人たちはみな、ありあまる中から献金を投げ入れたが、あの婦人は、その乏しい中から、持っている生活費全部を入れたからである。
~ルカ21:3~4~
旧約では神殿が神の家であり、新約では神に従う人々を指します。神殿の献金箱や、そこに入れるささげ物は、神に、何をささげるべきかを示しています。このささげ物によって、神の家を建て、霊によって、神の住居となるのです。
主が弟子たちに献金箱の傍らに立って、有り余る物の中から献金する者や、生活に必要なものまでも、全てささげた婦人を見るように命じられたのは、正しい献げる心を教える目的があったと思われます。
さて、キリスト者は神様にどれくらいの財産を、差し上げるべきでしょうか。
重役聖書にある十一献金でしょうか。それは持ち物ばかりではなく、キリスト者は持っているすべて、キリスト者の全てをささげるべきであります。しかし、これはキリスト者は何物をも所有してはならないということでしょうか。キリスト者は文字通りあの婦人のしたようにしなければならないのでしょうか。体と生活を支えるのに必要なものをささげなければならないのでしょうか。
そうではありません。それは神様のお教えになられたことではありません。しかし、キリスト者は所有者としてではなく、神様の僕として行わなければなりません。キリスト者は自分の所有するすべてを、神様に対して、責任を持つ者として取り扱わなければなりません。自分と他の人々の利益のため、神様のご栄光のために。
支配人は所有者ではありません。キリスト者は、神様より賜る様々な恵みの支配人として任ぜられた者です。支配人=キリスト者は神様から受けたものすべてを差し出さなければなりません。持って生まれた才能、恵みの賜物、地上的な財産、社会的な地位、これらすべてを持って神様に応答し、神様にささげる者は何と幸いなことでしょう。
世田谷通信(175)
猫草
図書室では毎年数百冊の本を購入・寄贈で受け入れする。でも棚の数は有限で場所も増えない。ということは同じ数の本を廃棄しなければ置けないのである。新しい本の受け入れは気分が浮き立つが、資料的に古い本、人気がなく読まれなくなった本のラベルを剥がして、分解し廃棄する作業は精神的に疲れる。本を捨てるのは本好きには辛いのだ。
そんなことがあって、気分が落ち込んでいた反動からか、1冊の古書を買ってしまった。市川崑・和田夏十著「成城町271番地」白樺書房、昭和36年初版本である。市川崑と言えば有名な映画監督、成城町271番地は現在の成城2丁目辺りと見当がつく。表紙が破れ状態がよくないこともあり、値段は安い。
家に帰って見返しをみて、おや、と思った。著者献呈本である。大河ドラマにも出演している俳優さん宛て。破れた表紙に俳優名の千社札シールが貼ってある。裏表紙には最初に買い取った古書店名もある。六本木の俳優座劇場前にあったその書店は既に閉店。市川崑監督と俳優との交流を示すもので、映画好きには興味深いものだろう。回りまわって、芸能に全く詳しくない私の手元に来てしまって申し訳ない限り。
本の内容は、40代の市川崑監督が映画会社の意向と予算とスケジュールの中で苦心している様子が綴られている。世間の評判を気にかけ、自分のスタイルを模索し、映画評論家と激論し、映画とは何か散々小難しく悩んでいる様子が面白い。後半は監督の奥様であり、脚本家でもある和田夏十さんの日常が綴られている。こちらはわかりやすく率直な文章。家族のお弁当を作り、庭仕事をする合間に、台所の机で脚本を書いている様子がうかがえる。お庭に紫苑を植えたが枯れてしまったともある。現在、紫苑は環境省レッドリストにも載っている絶滅危惧種になってしまった。花屋でよくみかける紫の小さな菊は宿根アスターという名前らしい。昭和36年にはありふれた花も平成30年にはもう手に入らない。大量生産の本を大量消費している現実があり、50年以上前の古書から読み解く現在もある。
『美しい朝に』・・42・・
2月21日
今日は、神経科の日でした。総合病院なので風邪の流行のせいか、すごく混んでいました。病院の中の売店が閉店するそうで、コンビニが入るそうです。コンビニには置いていないようなきめ細かい品ぞろえにずいぶんお世話になり感謝です。
日本製のガーゼの手ぬぐいなど置いてありました。少しさびしくて残念です。
取りあえず、無事帰って来れて「ホッ」としています。家に帰ると抜けるように身体がだるくて「眠れないかも」と思いながら、栄養ドリンクを飲んでしまいました。
3月の初めには、内科と血液内科の予約が入っていますので病院へ行くために体調を整えるのも大切だと思っています。お祈りありがとうございます。
3月2日
今日の空は快晴で良いお天気です。暖かくなって体調も少し良くなってきました。このままじっと安静にするべきなのですが、いつもの悪いくせが出てきたようです。そう、洗面所やキッチンを漂白したくなり、お風呂やトイレのマットを洗濯して干した後、水回りの漂白と掃除をしました。
6日は血液内科で8日は内科の予定です。今からは、安静に過ごします。
3月8日
今日は、雨の1日でした。内科の病院でした。体重はなんとかセーフでした。
血糖値は薬を減らして2か月過ぎました。6日の血液内科の後に「ホッ」として
食べたので心配していましたが、なんとか怒られずにすみました。やっぱり病院から帰って疲れてしまいましたので横になっていました。お祈り感謝です。
雨の日は痛みが特に辛いです。晴れると花粉症の症状が出始め体調管理は難しい時期ですね。辛い時期を耐えれるようにお祈りします。
3月12日
今日も昨日もとても良いお天気です。久しぶりに鍼治療には、自転車で行きました。鍼治療の後に母の服を探しに足をのばしました。昨年亡くなった主人の母の服も探しに行ったことをなつかしく思い出しました。
「誰かのために何かができること」は、とてもありがたいことだと感じています。外へ出たので花粉症の症状がひどくなりましたが、春の日差しや風を感じれて気持ちは明るくなりました。
(このメール文の掲載はK・Aさんの了承を頂いております)
その愛のゆえに
=時々の記=
(144)
2月20日
本当に久しぶりに犬たちの布団を干してあげました。ぺちゃんこだったお布団がふっくらしてきっと気持ちよく寝てくれると思います。夕方は小さなラジオ(手で持てるほどの小ささ)を持って歩くことにいたしました。犬たちと一緒なら楽しいのですが、一人で歩くのはちょっと寂しいので、ラジオを友達にしています。
すると、春を見つけることができました。馬酔木(アセビ)の花がとても愛くるしく咲き始めているのです。上を向いて咲く花ではなく下を向いて咲く花です。あまり目立ちませんが、そのような地味な花でも春を感じて、私たちにきれいな小さな花をつけてくれたので、何だかとてもうれしい気持ちにしてくれました。
2月28日
主人は俳句をいつもたくさんにジャーナルに載せていただいて、とても喜んでします。このようなご配慮に心から感謝いたします。読んでいただく方たちには申し訳ありませんが、感無量だと言って、また早速新しい俳句が出てきました。
ソテツの葉光を返す冬日かな。
疑へば復活の主現るる。
大空に広がる枝の冬芽かな。
蜘蛛の糸光をるなり日向ぼこ。
寒風旨きと思ふ山仕事。
なぞへなる日差し豊かな枯木山。 馬場路哉
3月5日
この山添村で、昨日、今年になって初めての鶯の鳴き声が聞かれました。まだぎこちなくて、けきょとか、ほーとか、途切れ途切れの鳴き声ですが、しっかり耳を澄まして聞いていると、確実に鶯の鳴き声です。自然界は一斉に春の装いです。庭の梅もあっという間にあちこちの枝から白い花を咲かせ始めています。よい香りを放ってくれています。
今朝はフキノトウを味噌汁に入れてほろ苦い春の味をしみじみ味わいました。
過ぎし日の梅偲ぶ漢詩なる。
涙もて種蒔くべしと年新た。
雪嶺に心洗ひて教会へ。
黒々と太き幹より梅含む。
寒中の空青きこと運動す。 馬場路哉
犬たちはすっかり足が弱ってしまいました。家の中でも立つことができません。それでも精いっぱいの姿に心打たれ、いとおしさを感じるのです。毎晩これが最後だと思って、あいさつを交わしています。
3月9日
このところ、お天気が急に変わります。春の嵐が吹いたりと大変ですが、あの寒い頃と比べると、どんなことでも感謝できるのです。あの寒さを乗り越えたのですから、頑張らなければと気持ちはそう思うのですが、体がなんだかしんどいよ~と言って思うように動くことができませんが。我が家の庭の梅が満開です。桜と違って華々しくはありません。それでも殺風景な庭を飾ってくれています。
お隣の紅梅が散歩の折にとてもあでやかに咲き誇っていました。犬たちは、一生懸命に頑張ったよ、と言わんばかりに私の方を見つめています。
“そうだね。本当にありがとう。一緒に過ごした17年3か月はとても楽しかったよ”と返事をしています。最後の最後まで命ある限り、精いっぱい生き抜こうとしている犬たちの姿に毎日心打たれています。
3月12に日
夕方の散歩では西日がいっぱい差し込む、土手に黄色いタンポポを見つけました。黄色の花はとても元気をもらいますね。昨日の礼拝ではミモザの花が生けられていました。小さな派手ではないのですが黄色の花を見るととても元気になります。冬と違って空の色もとてもきれいに澄み渡っています。
うれしい春が待ち遠しかったですね。
馬場暁美
「上野緑ヶ丘教会会員」
解説 ウエストミンスター信仰告白(68)
岡田稔著
(元神戸改革派神学校校長)
第31章 地方会議(シノッド)と総会議(カウンシル)について
・・・2・・・
3 信仰についての論争と良心の問題を決定すること、公的神礼拝と神の教会の政治とをより良く秩序付けるための規則や指針を定めること、失政の場合に告訴を受けること、それを権威をもって裁決することは、代理的に地方会議また総会議に属する。その決定や制定は、神のみ言葉に一致しているならば、それが神のみ言葉に一致しているためだけでなく、それを下した権能のためにも、尊敬と従順をもって受け入れられなければならない。その権能はみ言葉において命じられた神の規定だからである(1)。
1 行伝15:15,19,24,27-31、行伝16:4、マタイ18:17-20
三 この項は、信仰について、良心の問題、公的神礼拝と教会の政治に関する規則や指針、失政に対する告訴を受けた時の裁決や決定については、この会議の決定のみが教会の権威ある命令となりえる。従って、如何なる個人であっても教会員一同に向かって、命令的指揮権は与えられていない。また、会議の決定であっても、み言葉に合致しない裁決・決定は、誰の良心をも束縛しえない。
4 使徒時代後のすべての地方会議または総会議は、世界的会議であっても地方会議であっても、誤りを犯しうるし、また多くの会議が誤りを犯した。それゆえ、会議は信仰と実践の規準とされてはならず、両者における助けとして用いられるべきである(1)。
1 エフェソ2:20、行伝17:11、Ⅰコリント2:5、Ⅱコリント1:24
四 個人が指揮者となれないとともに、会議も決して無謬ではない。
三項と四項は、ローマ・カトリック教会が犯してきた歴史的事実にもとづく反省と言えよう。国家においても近代に至って、独裁制の悲劇が再三深刻な教訓を残したと共に、議会制も決して満足すべき効果を上げていないことをわたしたちは体験しつつある。
教会は聖徒の交わりとして、聖霊の導きに浴していても、研究不足であり、体験は未熟である。常に聖書によって改革されて行くことへの熱心を鈍らせてはならない。前車のタイヤの跡は、用心深く参考にする心がけを伴わないと破滅に至るおそれがある。
5 地方会議や総会議は、教会的な事柄以外の何事も取り扱ったり決定してはならない。また非常の場合における謙虚な請願として、あるいは国家的為政者から求められた場合には良心の満足のための助言として以外は、国家に関係している世俗的事件に干渉してはならない(1)。
1 ルカ12:13,14、ヨハネ18:36
五 これは非常に大切な告白である。教会の会議がどれほど大規模であっても、教会的な事柄を、教会的な見地から取り上げるのでなければ、学問や政治の領域への越権となる。もしそうすれば、当然教会の一致を損ねる結果ともなろう。米国南長老教会が北と別れて一個の教派を結成した創立大会で、世界の諸教会に向かって発表した宣言を私はよい意味で手本とすべきだと考えている。
そこでは教会が一致をよりよく保ち行くためには北と南が別々の教派として独立した方がよいと判断された。教会的事柄での論争はあくまで聖書にもとづいて議論するのはよいが、政治的課題で論じ合うよりは分かれた方がよい。今日の教会は社会問題に関心を持たざるをえない事情において昔日の比ではないけれども、この一項は十二分に考慮しなければ、教会本来の任務をおろそかにすることになりかねない。
さんびか物語 ・・・49・・・
(広く愛唱されている50曲)
ポーリン・マカルピン著
(米国南長老教会婦人宣教師)
讃美527番
わがよろこび わがのぞみ
<神様のみ言葉>
「主をおのれの喜びとせよ。主はあなたの心の願いをかなえてくださる。あなたの道を主にゆだねよ。主に信頼せよ。主が成し遂げてくださる」。
~詩篇37編4~5節~
昔ダビデ王が「主をおのれの喜びとせよ」と歌いましたように、讃美歌527番の作詞者ジョゼフ・スウェインも、“主はわが喜び、わが望み、わがいのちの主である”と心から歌っています。
ジョゼフ・スウェイン(1761~1796)についてですが、あまり詳しいことはわかっていませんが、イギリスのバーミンガムで生まれ、ジョン・フォーセット(讃美歌403番を参照ください)と同じように、幼い時から職人のところに奉公にやられていました。しかし、スウェインはその後ロンドンに戻って信仰に入り、有名なカーターレインバプテスト教会の牧師ジォン・リポンから洗礼を受けました。
非常におもしろいことですが、ジョン・フォーセットは、この教会からの招聘をことわって、ウェインズゲートで貧しい牧会に戻ったことによって、ジョン・リポンがかわりに牧師として一年の約束で臨時として招かれました。しかし、翌年には正式に招かれて63年の長い間、素晴らしい牧会を続けました。また、牧会の他に讃美歌集も数多く出版しました。
讃美歌163番の“あまつみつかいよ”の5節の作詞者であったそうです。この5節は後からペロネットの歌詞に追加されたものだそうです。
ジョゼフ・スウェインは1791年にウォルワスのバプテスト教会で尊い牧会を始めましたが、その働きの期間は、わずか5年という短いものでした。それは1796年、35歳という若さで召されたからです。
彼は生まれながらの天才的詩才の持ち主であったため、いくつかの宗教詩や讃美歌を書き残しました。讃美歌527番はその代表的なものでイギリスばかりでなくアメリカでも広く愛唱されています。特に、福音聖歌、リバイバル聖歌として用いられました。そうして、日本にも渡って来て多くのクリスチャンにこの美しい讃美歌が愛唱されています。讃美歌527番の曲MEDITATIONですが、原曲は明らかではありません。作曲者フリーマン・ルイス(1780~1859)は、アメリカ人で、1810年に彼はジョゼフ・スウェインの歌詞のために作曲したものであるということ以外には何もわかっていません。それから60年後の1869年にアメリカ人のヒューバト・P・メイン(1780~1925)が、ルイスの原曲を手にして、それをMEDITATIONという曲に編曲したのであります。
彼は福音唱歌の作詞者シルベスター・メインを父として、コネチカット州のリッチフィールドで1839年8月17日に生まれました。彼は父の影響を受けて、15歳の時から福音唱歌の作曲をはじめました。彼の作品した讃美歌や日曜学校用の歌は、1000曲を越えたほどでした。また、メソジスト教会の讃美歌集をはじめ、数多くのゴスペルソング集を出版しました。
メインは、若い時の数年間、出版関係の仕事は始めましたが、1867~1868年までは有名なウィエィアム・B・ブラットベリ(讃美歌310番も参照ください)のもとで働きました。そのような関係で音楽についての大切なポイントを学ぶことが出来ました。
その後のメインは父の関係していた楽譜出版会社を継ぎながら、数多くの作曲や讃美歌集を出版しました。
1954年版の讃美歌では、メインの曲が4曲収められていて、527番の編曲の他に一番よく歌われているのが336番の“主イエスよ、十字架を”の編曲ELLESDIEでありましょう。メインは1925年10月7日にニュージャージー州で亡くなりました。
<527>
1 わがよろこび わがのぞみ
わがいのちの主よ、
ひるたたえ よるうたいて
なお足らぬをおもう。
1節では、神様への讃美の尊さを心から歌っているように思います。“ひるたたえ、よるうたいて、なお足らぬをおもう”という言葉は、そのことを意味しているでしょう。
詩篇119編164節には「私は日に七度、あなた(主)をほめたたえます」とあります。また、詩篇150編のわずか6節しかないその中に「神をほめたたえよ」という言葉が12回も記されています。
私たちも、本当に“主を、私たちの喜び”とするならば、いつも讃美の歌を口にしなければならないと思います。しかし主は、私たちの喜びであるとともに、消えない望みと永遠のいのちを与え給う主でもあられます。
原作でスウェインが歌っていることは“主は私たちの悩みを聞き入れ給う主であり、昼には私たちの慰めであり、夜には私たちの歌であり、私たちの望み、私たち救い、私たちのすべてであられる”と素晴らしい信仰を持って讃美を歌い上げています。まことに主は、私たちのすべてでなければなりません。また、私たちのすべては、主イエス・キリストのものでなければなりません。
2 したいまつるかいぬしよ
いずこの牧場(まきば)に
その群れを主はみちびき、
やしないたまえる。
2節では、私たちの牧者、飼い主であられるキリストについて美しい言葉で歌っています。主イエス・キリストはご自分のことについて、「わたしは、良い牧者です。良い牧者は羊のためにいのちを捨てます」(ヨハネ10:11)と言われました。また詩篇23編1節以下で「主は私の羊飼い。私は、乏しいことがありません。主は私を緑の牧場に伏させ、いこいの水のほとりに伴われます。・・・」とダビデは歌っています。
良い羊飼いのキリストは、その群れをいつも養い、守り、導いてくださいます。しかし、愚かな羊である私たちは、さまようこと多く、羊飼いの愛のみ声には、一向に答えない者のようであります。
原作では“私はなぜこの死の谷で涙を流し、なぜひとりぼっちでこの荒野でパンを捜し求めようとするのでしょうか”と歌っています。私たちは、主イエス・キリストが“失われた一匹の例え話”でお教えになったように、自分の力や知識では、とうてい群れに戻れない弱い愚かな者であります。ですから、良い牧者であられるキリストが、私たちを救ってくださらない限り、決して、私たちには希望もなく、荒野で飢え死にしなければならない者なのであります。
あなたは、いま死の谷をさまよっていると思われますか。霊的には荒野で飢え死にしなければならない状態と思われますか。もし、本当にその事実を神様のみ前に認めるなら、一日も早く安全な囲いの中に身を置いて良き牧者と豊かな憩いを得てください。
3 シオンの娘、 かたれかし
わがいのちの主に
野辺にてか、幕屋にてか
会いまつらざりし。
3節ですが、“シオンの娘たち”ですが、聖書辞典などによりますと、この言い方は、「新しいエルサレム」、つまり、天国の住民全体を意味すると言われています。聖書の箇所を見ましょう。ゼカリヤ書2章10節、11節には「シオンの娘よ。喜び歌え。楽しめ。見よ。わたしは来て、あなたがたのただ中に住む。―主の御告げ。― その日、多くの国々が主につき、彼らはわたしの民となり」と記されています。また「しかし、あなたがたは、シオンの山、生ける神の都、天にあるエルサレム、無数の御使いたちの大祝会に近づいているのです」とへブル人への手紙12章22節にあります。
いずれの場合でも、その中心になっているのは、“私たちはいつも神様とともにいる生活を送らなければならない”ということであります。遠い昔では、野辺の生活、また天幕の生活でした。今の私たちの生活は、主に都会の生活、団地の生活、そして自己中心の生活であります。このような生活であるからこそ、私たちはいつも祈りをもって、主に交わりを持ち、いつも主とともに歩まなければならない者であります。
4 主のみかおのやさしさに
みつかいよろこび
みことばのうるわしさに
あめつちうたえり。
4節ですが、英文の原作と日本語訳とは、ほとんど同じで、背景にあるのは、3節で引用したヘブル人への手紙12章22節にある「生ける神の都、天にあるエルサレム」また、み顔のやさしさを見て喜ぶ、その「無数の御使いたち」でありましょう。また、主のみ言葉のうるわしさにうたれて「多くの国々が主につき、彼らは主の民となる」とのゼカリヤの預言が成就されるところであります。ここでの大切な点は、あなたがたではなく、私自身は主の民の一人として認められているかどうか、という根本的な問題で、神様に立ちかえる者こそ幸いであります。
5 ならびもなき愛の主の
みこえぞうれしき。
わがのぞみ、わがいのちは
とわに主にあれや。
5節ですが、まず気がつくことは、“愛の主のみ声”というのは、他とは比較にならない、類をみないみ声であるということであります。この素晴らしい言葉は、原作には見られません。その意味で日本語の歌詞の方が数段素晴らしいと思います。
そのみ声、私たちの牧舎のみ声は、ただうるわしいだけではなく、ならびのないみ声でありますから、このみ声に聞き従って行く私たちでなければならないのであります。“わがのぞみ、わがいのちは、とわに主にあれや”と歌えるのは、ただ、そのみ声に耳を傾け従っていく人だけに限られています。
「良い牧者は自分の羊のその名を呼んで連れ出します。彼は自分の羊をみな引き出すと、その先頭に立って行きます。すると羊は、彼の声を知っているので、彼について行きます」とヨハネの福音書10章3節、4節に記されています。
また「わたしは良い牧者です。私は私のものを知っています。また、私のものは、私を知っています」とヨハネの福音書10章14節にもあります。これらのことばからでもおわかりのように、私たちは一人残らず、私たちの牧者であられるキリストのみ声を知って、主イエス・キリストについて行く者になりましょう。
バラ・マカルピン 日本伝道百年史・・5
水垣 清著
(元中津川教会牧師・元「キリストへ時間」ラジオ説教者)
5 初祈祷会
この小会堂で日本人最初の祈祷会が開かれたのは、篠崎桂之助と言う英学塾の学生の発案によるものであった。篠崎は当時横浜在留の外人信徒が新年に初祈祷会を開いているのをみて、自分たちも初祈祷会を開きたいとバラ先生に申し出たのである。その間の事情についてバラ先生の話を記した文面によると「横浜の石造りの小会堂は日本第一のリバイバルのあった所、篠崎桂之助は親切な愛心のある青年、私の所に来て一時貸してくれ(小会堂の一室)と言う。何をするのかと聞くと祈祷会を開くと言うので貸した。旧正月2日祈り会を開く、 私も一緒にやった。イザヤ書32章13~15節を読んだ。小川(義綏よしやす)さんが祈った。続いて他の人が祈った。三ケ月続いてもやまぬ。3月10日9人洗礼をした」(横浜海岸教会百年の歩み12頁)。
「公会日誌」第一の最初の頁を見ると、
「明治五壬申歳正月元日
二日 今日ヨリ聖書使徒行伝講義始マル、バラン師出席 前後祈祷有之
三日 即安息日朝九字集会祈祷畢(おわ)リ、バラン師使徒行伝講義畢リ祈祷、11字散衆 昼後三字バラン師ノ馬太伝講義聴衆四十余畢(リ祈祷シ聖晩餐守之 五字散衆 夜山四十八番八字集会 馬太伝講義 バラン師出席 聴衆凡四十余名祈祷シ畢リテ九字散衆ス」
とあり、バラ先生は使徒行伝のペンテコステの章を熱心に講義し「されど遂
には霊うえよりわれらそそぎて、荒野はよき畑となり、よき畑は林のごとく
見ゆるとき来らん」(イザヤ書32章15節)と黒板に書いて祈った。
こうして祈ったことのない青年たちが、次々と祈り出し、霊溢るるが如く、
或る者は泣き、或る者は感激の声を発して尽きることを知らず、バラ先生を
驚かした。
祈祷の集会が連日同じように開かれて2月2日に至った(新暦3月10日)。
二日 即安息日朝九字集会祈祷 バラン師出席 十一字散衆 昼後三字集会祈祷 バラン師 馬太伝講義畢リ洗礼ノ者九人アリ 長老ノ撰アリ 小川当撰ナリ 即チ、ブラウン師、バラン師手ヲ按テ授ク 山四十八番ノ婦人三人外ニ信者二名会シ聖晩餐共ニ守リ五字半散衆 夜山四十八番へ集会 バラン氏馬太伝講義 聴衆凡四十余名 九字散衆」と以後、
安息日には聴衆五十名ほど集まった。
この文章は、月刊「つのぶえ」からの転載で、つのぶえ社から許可を得ています。
「あなたに聖書を」
「キリスト教百話」・・64・・
問22 「救い」ということが「罪と死からの解放」を意味するものであることは分かりましたが死からの解放としての「復活」については、どうもよく理解できません。
答・・7・・
ところが、お任せすることは他者に自分を委譲することであり、その限りにおいて他者を自分よりも優れたものとすることでありますから、こういうことに承服できない人がいます。何でも自分でしなければ承知出来ない人です。が、委ねるべきことを委ねないなら、そういう人は、自分一人のままで終わるかもしれません。助けようと伸ばされている手があってもはねのけている人は自分のちっぽけな限界の中に留まって終わりです。自業自得とはこのことを言うのでしょう。
こういう人は、大局に照らしてことを見ることが出来ない「井の中の蛙」に匹敵する人と言えましょう。こういう人にとって必要なことは、他者に委ねようとしない自分を一度殺すことです。そういう自分に死ぬことです。昔から「大死一番」ということが言われてきましたが、それは死ぬべきものについてはしっかり死ぬことの大切さを説いた言葉だと思います。死ぬべきは、今までの自分なのです。その自分を葬り去らないままでいる以上、旧態依然でしかないのです。
パウロは復活のキリストに出会って「目から鱗のようなものが落ちた」と言っていますが、キリストとの出会いによって、今までの自分を葬り去るべき自分であることを翻然と知られたということでしょう。考えてもいなかった大局のあることを知らされて、今までの自分ではなく、この大局の中に生きる自分とされていることを知ったことが、「キリストと共に葬られ、その死にあずかる者となった」と言っていることであり、それに続いて「それは、キリストが御父の栄光によって死者の中から復活させられたように、わたしたちも新しい命に生きるためです」と述べていることで、復活は、死あってのことであります。
篠田 潔
(日本基督教団隠退教師・元「キリストへの時間」協力委員・ラジオ説教者)
<2018年4月のラジオ放送予定>
4月 1日 岩淵正樹 (日本基督教団高蔵寺ニュータウン教会牧師)
8日 岩淵正樹 (日本基督教団高蔵寺ニュータウン教会牧師)
15日 畑 雅乃 (日本基督教団金城教会牧師)
22日 畑 雅乃 (日本基督教団金城教会牧師)
29日 田口博之 (日本基督教団名古屋教会牧師)
(放送開始1952年10月)
CBCラジオ「キリストへの時間」(1053KHZ)
毎週日曜日朝6時30分~45分放送
第83課 キリスト者生活の実践的義務
=12:1~15:13=・・・37・・・
E 弱い兄弟たちに対するキリスト者の義務 ・・14:1~13・・
・・・1・・・
ここの個所においては、パウロは弱い兄弟たち、すなわち、それ自体は道徳的に中立であるいろいろの事柄について疑念や咎めを感じている人々に対して、キリスト者はどのように対処すべきかを述べています。私たちは、ここでパウロが論じている「弱い兄弟たち」というのが誰であるのかを正確に知ることではありません。
この点について諸説があります。しかし、最も妥当であると考えられる説は、弱い兄弟と言われている人々の多くは、ユダヤ人キリスト者たちを指しているのであって、彼らは食物についての儀式律法の命令を守っているばかりでなく、その命令の侵犯を恐れるあまり、行き過ぎてしまっている人たちであるとする説であります。
初代キリスト者たちの多くはユダヤ教的背景を持っていました。従ってキリスト者にとなった以後も、彼らは聖い食物、聖くない食物といった旧約の儀式律法を守らなければならないと感じていたのであります。食物の規則の他にも特定の祭りの日の規則などがありました。このようなことは明らかに諸教会の中に、特にローマにある教会の中に問題を引き起こしていました。もしこの問題が不注意に取り扱われたならば、深刻な事態が生じる可能性があったからです。
これを正しく理解するためには、先ず旧約の儀式律法に従わなければならないと考えている人々は間違っているということを理解しなければなりません。パウロはこの問題を両方とも正当であるとか、両方とも部分的には正しいとか言った問題として取り扱ってはいません。パウロは一方は正当で他方は間違っている問題として扱っています。そうして、正しい人の立場は誤った立場の人たちの取り扱いについて思慮を払わなければならないと言っています。
使徒行伝15章にある使徒会議は、儀式律法はキリスト者を拘束するかどうかという問題について、拘束しないという結論を下して決着をつけた会議でした。ローマ書14章において、パウロは教会において、儀式律法に従わなければならないと感じている人々は例外的存在であると見ています。パウロはこのような人たちを愛と同情と忍耐をもって取り扱わなければならないが、しかし同時に
それらの人たちのそのような考えは間違っていると言っています。
彼らは信仰における弱さのゆえに、そのような考えをするのであり、「弱い」というのは未熟の意味と考えてよいのです。弱い人々のこの考えは間違っているから、教会全体の上に課せられるべき教理や信条の中へ加えてはならないと言っています。
J.G.ヴォス著
玉木 鎮訳(日本キリスト改革派教会引退教師)
東京大学大学院人文社会系研究科博士課程
いのちのことば社
スーザン・ハント
「緑のまきば」
「聖霊とその働き」