[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
ほっとひととき『みんなのコーナー』
☆ 日課の散歩をしていると、ようやくフキノトウを見つけることができました。また今まで枯れていた土手に小さな草が芽を吹きだして、黄緑色になっていました。ようやく春が近づいているようです。やはり、温かいのはうれしいですね。春の訪れを感じました。 東京都 K・Kさん
☆ 私のところにもやっと春が来ました。例年になく雪の多い冬から解き放たれて、梅の花と菜の花が咲き始めました。鳥の声もにぎやかに、枝から枝と飛び跳ねています。アリも動き出しています。山深いこの地にも花の芽吹きの季節です。・・・。 高知県 T・Yさん
☆ 高齢者の外出が減っているとテレビやニュースでそういう声が聞こえてきますが、そう言われれば、わたしもその一人かもしれないと思いました。日常の買い物以外は出ていません。お友だちが少くなった、行きたいと思う場所がなくなった、足腰が弱ってきたためなのでしょうか。その代わりに増えたのが、病院の診察券、内科、眼科、整形外科など通院のためです。ああ~わたしも高齢者だと思う昨今です。主人も同じです。神奈川県 K・Dさん
☆ 庭の木蓮が咲きました。例年より少し遅めでしたが、咲いてくれました。これを見ると春が来た!と歳がいもなく浮き浮きします。春はいいな~、春バンザイ!でも、昨年ははしゃぎすぎてギックリ腰になったので、心の中ではしゃいでいます。・・・。 静岡県 B・Hさん
☆ 私の住むところは鳥取県でも雪の多いところですが、数日前からの暖かい陽射しで、水田用の水路は勢いよく、雪解け水が流れていて怖いくらいです。それが穏やかな流れに変わると、初春の緑に変身です。もう少しの辛抱と白髪の家内と窓越しに眺めています。 鳥取県 M・Kさん
☆ 学生の多いこの街に、新入生と両親がアパ-ト探しで、不動産屋さんには忙しい時期です。これも春の風物詩です。桜の季節になるとキャンパスも新入生の少し大人びた若者たちの姿で、希望の姿満開になります。昔を思い出します。 東京都 L・Hさん
**********
△ 就労支援施設の職員として働いています。また新しい入所者が来ます。不安そうな表情も日一日消えて行くのが見ていますと、我がことのように明るい気持ちになります。実際に仕事として働く場所は限られていますが、先のことは神様にお任せして・・・、続けて通ってほしいと思って、毎朝、玄関を見つめています。
*このコーナーの記事は、すべて投稿者から掲載許可をいただいております。 編集子
『ありがとうございます』
三寒四温の言われる通りの名古屋でしたが、桜が満開になりました。春の柔らかな風に吹かれて、若い芽がぐんぐん膨らんでいきます。人の心も華やぐのを感じます。
2018年2月16日から2018年3月15日までの「つのぶえジャーナル」事業への寄付者の報告です。感謝いたします。
村田和子様 森谷千文様 佐藤のり様 加納さおり様 匿名1名
郵振替口座番号 00800-1-45937 つのぶえ社
お便り下さる方はこのメール アドレス osamura@kind.ocn.ne.jp をご利用ください。
「つのぶえジャーナル」(http://tunobue.blog.shinobi.jp)(米国南長老教会文書伝道事業)刊行責任者
つのぶえ社代表 長村秀勝
今月のことば
わたしがすでにそれを得たとか、すでに完全な者になっているとか言うのではなく、ただ捕らえようとして追い求めているのである。そうするのは、キリスト・イエスによって捕らえられているからである。
~ピリピ3:12~
人の喜びは、何かを求めて真摯に捜し、求め続けている時です。それを聖書は、私たちに教え示しています。それを「キリスト・イエスによって捕らえられ」と言うみ言葉で示しています。単なる心の開放とか願望の実現とかではなく、「キリスト(救い主)に捕らえられている、救いの中にある今を感じられることは、人生最大の喜びである」と言うのが、私たちに提供されている神様からの招きの言葉であります。その招きを知ることは、神様に捕らえられ、主イエス・キリストを追い求めている姿とも言えます。
信仰によって救われるということは、信仰の目的に達したということではありません。それは目的に達する道を見出したということであります。私たちは救われるために、救われたのです。栄冠を求めて日々訓練・鍛錬・練習に励んでいるアスリートのあの汗の美しい輝きは、最高の冠です。神様が下さる信仰の冠はそれ以上のものです。
こうも言えます。私たちが、危険から逃れている、また、全く悪より離れているという意味で「完全な者ではない」と言うことです。だから、追い求めているのです。私たちがキリストを仰ぎ見ると、キリストは全て完全です。私自身を見ると全てが不完全です。それゆえに、キリストにあこがれ、苦しんでいてもキリストからの栄冠を得ようとするのです。その時のゆがんだ顔、苦痛の汗、涙の滴は、追い求めている者の栄えある冠なのです。
励まし合い、支え合い、祈り合って生きましょう。
小閑記
しかし、働きはなくても、不信心な者を義とする方を信じる人は、その信仰が義と認められるのである。
~ローマ4:5~
人生や日々の生活も信仰生活も、何もかもがうまくいくことなど有り得ないことは誰もが認めるところです。信仰者も例外ではありません。あまり使いたくない言葉ですが「裏目に出る」ことはよくあります。全てのことが落胆の種となる時期があります。心の中に、なす術を見失う時、反省と自分を責めることのみが、全てを覆い尽くす時があります。
全てが苦痛で、罪で、偽善であるように思われます。「わたしはかくあると装っていたのではなかったか」と自分の信仰を疑い、破れと汚れに満ちた自分に心うめく時があります。神の御手を見失い、「信仰は弱まり、希望は揺らぎ、光は消えて、魂は闇となりぬ」と詩人は告白します。
確信と自由とを求めて生活していたキリスト者の多くが、このように嘆くのです。
このような「信仰の闇夜」の中に踏み込んだとしても、神様の愛と導きは、そのような私たちの心の側にあるのです。神様の御手を待つ思いが与えられていること、残されていることを思い出すことです。
たとえすべてのものから見捨てられても、「神様の愛の救いの御手は待っている」のです。「不信心な者を義とする方を信じる」ことに希望と光がそこにあることを、今一度覚える時を祈り待つのです。
「目には見えない御神」
雪が解けた道端に 咲いたルリ色の花に
目には見えない御神の 憐れみに触れ 恵みを見る
芽吹き始めた梢に さえずる小鳥の声に
目には見えない御神の 憐れみに触れ 恵みを聞く
与えられた賜物を 分け合うその優しさに
目には見えない御神の 憐れみに触れ 恵みを知る
水野源三 第四詩集より
世田谷通信(174)
猫草
長男に「何かやってみようと思ったらネットで調べる。ホームページがしっかりしていたら、信用できると思うし、連絡してみようかな~と思うよ。」と言われた。仕方なく活動するボランティア団体のホームページは作ってみた。でもやはり放置・・ダメな管理人である。せめて春までに一度更新しよう。
今どき一番手軽な情報源はインターネットで、大抵の情報はネットに落ちている。嘘も過去も主観も悪意もごちゃ混ぜ。そのカオスから一粒の情報を拾ってくるのには自己責任と慎重さが必要になる。短い罵倒、石つぶてのような中傷、悪意ある言葉を目にすることもままある。そういう言葉の刃や誤解が怖くて、自分は情報発信にとても消極的だ。ツイッターもインスタグラムもブログもやらない。ラインに誘われても全て「煩わしい」から断っている。
自分のことはさておき、学校図書室でもIT化が進行中である。これまでの紙のカード記入から、バーコードによる読み取りにシステムが変わった。どんな感じになるだろう?と正直不安があったが、大人の懸念を払拭するかのように図書委員さん達はやる気まんまんである。これまで中休みや昼休みの当番に来なかった子達も忘れずに来る。当番でもないのにやってきて、隙あらばバーコードでピッとやりたがる子もいる。貸出し返却手続きとしては、以前より煩雑になったのに、嬉しくて仕方がない様子である。空いた時間には静かに本を読んでいたのに、むやみに本の検索をしては「おお~!」と喜んでいる。子どもたちばかりでなく、若い先生もそうなのだ。無邪気すぎてちょっと引き気味な気持ちになる。そんなに画面上に展開する世界を信用していいのか。初期パソコンで何の前触れもなく爆弾マークが出てフリーズ、全データが消える煮え湯を飲まされた世代と、インターネットがある世界に生まれた世代とのギャップかなあと思う。
矛盾を抱えつつ便利は便利、一人で暇だとついグーグルホームに話しかけてしまう。私が「OKグーグル、何か歌って」と言うと「デハ、イキマス!・・・ウ~タ~♪」だと。馬鹿にしてるのか。うーん、やはりこいつを信用できない。
『美しい朝に』・・41・・
1月18日
昨日は寒い雨の1日でしたが、今日は少し暖かい晴れた日です。眠れる時間が、朝方にずれ込んで昼夜逆転の生活になっています。年末に眠剤を減らすように言われてまだ、安定していません。愛ちゃんが天国に行ってしまってから、精神的にも落ち込んだりして生活のリズムが狂っています。
それでも神経科の先生が「眠剤を増やすより、世間の常識にとらわれずに昼でも寝れる時にうとうとできたらいいよ」と言って下さったので気持ちが楽にはなりました。
1月19日
昨晩も全く眠れなくて、朝方まで韓国のDVDを見たりしていました。続きが気になり、あっという間に時間が過ぎます。今は「シークレットガーデン」というDVDを見ています。主人も私の影響で韓国のDVDを寝る前に見るようになり、共通の話題ができました。
一晩中眠れないとお腹もすいて夜中に食べてしまいます。冷えからもお腹をこわして「食べれない」の繰り返しです。昼間に規則正しく食事が出来ないと、血糖値が心配です。内科の薬も減らして頂いたので、眠剤は少し現状維持でいきたいと思いました。やはり、24日の神経科の日に先生にご相談してみようと思っています。
1月24日
今朝は大阪も冷え込んでいましたが良く晴れています。神経科に行くのに、道路が凍結していないか心配でしたが、主人の車で行くことが出来ました。総合病院でいつも患者さんは多いのですが、寒さのせいか今朝は人は少ないみたいでした。昼前から人が増えてきました。
眠れないと昼夜逆転になり、夜食を食べてしまうのですが、眠剤は増減なく現状維持にしていただきました。眠れない時に、パソコンや携帯の画面は見るのはやめた方がいいみたいです。TVや音楽などは、軽く聞いていてもいいそうです。本を読んだりしてもいいみたいです。
今日は疲れました。少し休みますね。お祈りありがとうございます。
1月25日
体調がすぐれないと心も弱ります。また、精神的に辛いと体調も悪くなります。病院で「薬」で、軽減される症状は、精神的にもダメージが少ないですが、原因も治療法もわからない病気は、本人だけでなく家族の生活も左右されます。本人が病を抱えて、家族も病気を同時に抱えるのはめずらしいことでもないのかもしれません。
でも、生活していておこる様々な問題は、病気だけでなく、仕事や住居などの経済状態の問題。育児や介護の家族の問題。どうしたらいいのかは誰にもわからないのですね。
1月31日
2018年も1ヶ月が過ぎました。明日から2月ですね。大阪は寒いですが良いお天気です。洗濯機が大活躍しています。外へは出ていませんが窓からの日差しを感じながらパソコンに向かっています。
先日は、少し外で花を写して来ました。まだ、外は寒くて花は元気がなかったです。お部屋の中の「蘭」を写させていただきました。
2月1日
娘夫婦から「風呂敷」をプレゼントしてもらいました。最近「バッグ・ハンドル」を使い、風呂敷が見直されています。動画で見ながら結構楽しめます。
雨だったので、外で写真は写せませんでしたが、それでも少し外へ出かけれただけでも気分がかわりました。難病になって、本当に自分の無力さを感じます。自分で出来なくなることが増えることで、周りの方々の思いやりを感じられて良かったのかもしれません。お祈りして頂きありがとうございます。
2月6日
昨晩は、おかげさまで眠ることができました。お祈りしていただいてありがとうございます。インフルエンザが猛威をふるっているとニュースで取り上げられていました。部屋に加湿器を置くのも良いそうですね。加湿器でなくても濡れたタオルを部屋にかけておくのもいいみたいです。外出から帰ったら手洗いうがいは大切ですし、お茶をこまめに飲むこともカテキンの作用で予防になるそうですね。
(このメール文の掲載はK・Aさんの了承を頂いております)
その愛のゆえに
=時々の記=
(143)
1月18日
散歩するにも家事をするにも羽織っていた服を一枚少なめにいたしました。それでも、少し動くと汗ばんできます。気温を見ると、十度を超えています。春先の気温ですから、なんともうれしいことです。でもこの良い気候も今週いっぱいで、また来週には寒波がやってくるといわれています。つかの間の春の陽気に気持ちまで緩んでしまいそうです。
今年も、我が家は当たり年です。農協のお手伝いをする仕事が回ってきました。昨日はさっそく、春先に植えるジャガイモの種イモを配って回りました。とても重たいので、今朝は腰が痛くて、なかなか起きられませんでした。
冬うらら真上の空の青きこと。
刈られたる野菊再び花掲ぐ。
石塊の輝くものや川涸るる(はるる)。
木の葉より茂みに隠れ鶲鳴く。 馬場路哉
1月25日
昨日から水道管が凍結してしまいましたので、生活用水が残り少なくなってきて困っています。この寒波は明日まで続くというのですから、とても厳しいものがあります。それでももっと大雪の地方の方たちのことを考えれば、まだまだ比べ物になりませんね。もう少し、もう少しと思っていると一日がとても長く感じられるのですね。少しだけの飲み水で何とか半日過ごしましたが、午後からは井戸までの道を長靴を履いて、水をバケツで何回もくみ上げに行きました。何年振りかの厳しい寒さですから慣れていないことと、備えてないことが痛手となっています。
含む梅活けてみもする夕べかな。
底冷えに熱きコーヒーすすりける。
忍耐を第一義とし年新た。
米国より新年祝ふ手紙なる。
山峡の広み好むか寒すずめ 馬場路哉
主人は最近寒さが厳しいのでリハビリはお休みしています。明日、温かくなったらまたリハビリに歩く予定を立てているようです。
2月6日
2か月に一度の歯医者さんへの通院は幸い雪がなく、山添村内に医院があるので、出かけることができました。1と月ほど前から口内炎がひどいので、それを先生に伝えると“しっかり水分を補給しなさい”と言われました。冬にも口の中はいつもたっぷりの水分で潤しておくことがとても大切なんだそうです。のどが渇くまでほったらかしておいた知恵のなさに恥ずかしくなりました。小さな村ですが、村内に診療所があり、また歯科医院もあるのは高齢者にとってはとても助かります。
2月13日
我が家の犬たちはこの寒さと、足の弱りで、もう、散歩に行くことができなくなりました。今までの習慣で出かけそうになってしまいますが、あちらへぶつかり、こちらで倒れたりしている犬たちの姿を見ると、とても危険で外には出られません。家の小さな庭で少しの間リードを外して自由にさせてやっています。毎朝、まず息をしているかどうか確かめるのが朝一番にする大切なことの一つになっています。
冬晴れやただ黙々とリハビリす。
読み初めや蕪村を含め数冊を。
冬木立枝先茶筅並ぶかに。
山蒼し色めく冬の夜明けかな。
寒風を棕櫚はさらりといなしけり。 馬場路哉
馬場暁美
「上野緑ヶ丘教会会員」
解説 ウエストミンスター信仰告白(67)
岡田稔著
(元神戸改革派神学校校長)
第31章 地方会議(シノッド)と総会議(カウンシル)について
・・・1・・・
1 教会のより良い政治となお一層の建徳のために、普通に地方会議または総会議と呼ばれるような会議が、当然あるべきである(1)。
1 行伝15:2,4,6
一 日本キリスト改革派教会旧政治基準第33条には「教会の統治権能は会議に出席せる教師及び長老によって運営され、それは個々によって分立することなく、常に一つの統一される権能なり。而して、これ等の会議は一個又は多くの教会の上に権能を有するものなれども常に教会間の一致の理念を実現するよう、相互関係を有するものなり」とある。
これに対して、現在のそれは、第5条(教会会議)教会の法治権(教会権能)は、連帯的かつ平等の権能であり、大・中・小会において、議員である教師と治会長老が行使する。各会議は、その固有の権能を持つが、相互関係は失われることなく、全教会の一致の精神を実現している。第51条(教会会議の議員)教会、正規の段階を持つ会議によって統治される。これらの会議の議員となりうるのは、教師と治会長老である。また第83条(中会の議会権能と任務)、第97条(大会の議会権能と任務)の中に反映されている。
この項では、大・中・小の会議よりも、大会及び数個教派の連合会議を意味している。このシノッドは、数個中会の一定の永続的組織として定期に持たれる大会のようなもののみでなく、ある特定の目的の下に、その都度開催される連合的会議(例えばドルト会議のようなもの)をも含むと思われる。
2 為政者が、宗教の問題について協議しまた助言するために、教役者やその他の適当な人々の地方会議を合法的に召集できるように(1)、もし為政者が教会に対する公然の敵であるなら、キリストの教役者らは、彼ら自身で、彼らの職のゆえに、あるいは彼らの教会からの代表団である他の適当な人々と共に、このような会議に会合することができる(2)。
1 イザヤ49:23、Ⅰテモテ2:1,2、歴代下19:8-11、歴代下29章、30章、マタイ2:4,5、箴11:14
2 行伝15:2,4,22,23,25
〔1787年合衆国長老教会総会改訂「教会のより良い政治となお一層の建徳のために、普通に地方会議または総会議と呼ばれるような会議が、当然あるべきである。そして、このような会議を定めること、また教会の益のために当を得ていると判断する都度これを召集することは、その職務と、破壊のためでなく建徳のためにキリストから与えられた権能とのゆえに、個々の教会の監督者やその他の統治者たちに属する」。日本基督改革派教会第4回大会採択〕
二 本項は、米国長老教会総会で大いに改訂されているが、歴史的にはウエストミンスター会議そのものは、本項の前半の条文通りに召集された会議の好例であり、スコットランド自由教会が結成されたときは、教職者のみの二百数十名で会議が形成された。この場合の聖書的根拠は使徒行伝15章2節にある。これらの点で原則は必ずしも守られてこなかった。非常事態に対処する必要上止む得ない場合である。
さんびか物語 ・・・48・・・
(広く愛唱されている50曲)
ポーリン・マカルピン著
(米国南長老教会婦人宣教師)
讃美525番
めぐみふかき 主のほか
<神様のみ言葉>
「この方(主イエス・キリスト)以外には、だれによっても救いはありません。世界中でこの御名のほかには、私たちが救われるべき名としては、どのような名も人間に与えられていないからです。
~使徒の働き4章12節~
恵み深き主イエス・キリストのほかには、誰によっても、まことの慰めも心の平安もないことを深く信じていたクリスチャンがおりました。その人は讃美歌525番の原作者アニー・シャーウッド・ホークスであります。
彼女は1835年5月28日ニューヨーク州のフースィックという小さな村に生まれ、14歳の時から新聞の懸賞詩に応募するために詩を書きましたし、当選もしていました。アニーは、1857年にチャールズ・H・ホークスと結婚し、その2年後に夫妻はニューヨークのブルックリンに移りました。そこでホークス夫人はハンソンプレス・バプテスト教会の熱心な会員となりました。また、讃美歌の作詞・作曲家であったこの教会の牧師ロバート・ローリ博士の影響を受けて、作詞を始めています。(ロバート・ローリについては讃美歌530番をご参照ください)。
1954年版の讃美歌にはローリの作品が3つ収められていまして、525番と530番、そして535番であります。彼の作品は本来福音唱歌として作詞・作曲されたもので、英米人の間に広く愛唱され、525番の方は、今日でもなお歌い続けられています。日本でも、明治時代からクリスチャンにひろく愛唱されている歌であります。
さて、アニー・ホークスは1868年頃からローリの励ましとすすめによって讃美歌の作詞を始め、その数はおおよそ400種にものぼり、主に日曜学校用讃美歌を作りました。この525番の“めぐみふかき主のほか”は、その数多い作品のうちの一番優れたものであります。
この讃美歌の作詞のきっかけになったのは、彼女の持っていた大きな悩みとか苦しみなどから湧き出たものではなかったそうです。むしろ、彼女はある日、家庭の主婦、また三人の子供の母親としての忙しさの中にあっても、主イエス・キリストが共にいまし給うことを深く感じて、キリストと共に生かされている喜びをしみじみと味わったそうです。忙しい日々の中にあっても、神様の恵みを覚えつつ讃美している彼女の信仰に心打たれると思います。
その時に感じさせられたことは、“主を抜きにしては、人間はいかにして生きて行くことができましょうか”ということでした。そして彼女の心の泉から湧いてきたものがこの讃美歌のタイトルである「Ineed Thee every hour」でありました。これを日本語にいたしますなら、「私は一時間たりともキリストを抜きにしては生きて行くことができない」という意味になりましょう。
このneedという言葉は、非常に強い言葉でありまして、普通は「必要である」とか、「要する」とかのように訳します。原作では、この題の「Ineed Thee every hour」は、1、2、3、4、5節の一行目として歌われています。また、「おりかえし」もneedという言葉が三回繰り返して歌われています。そのように、このneedという言葉は、意味以上にたくみに用いられていますが、日本語訳にはその言葉や意味の見られないのには、私にとりまして、大変残念に思います。
ついでですが、この「おりかえし」の部分は、ロバート・ローリが作ったもので、曲I NEED THEEを作曲したときに、この讃美歌に付け加えたものであります。また、この讃美歌は1872年のバプテスト日曜学校教会大会用の小歌集に発表され、その後、当時の偉大な伝道者ムーディーやサンキーの大集会に用いられて非常にポピュラーになりました。
アニー・ホークスは、この525番の讃美歌を、自分の手で作詞したにもかかわらず、その意味するものが、自分自身にとって予言的であったと言っています。それは、彼女の夫を1888年に亡くした時、はじめて、恵み深き主の慰めを自ら味わうことが出来ました、と証ししたそうです。
このような時には、まことの主のほかに誰も私たちを慰めることは出来ません。ご主人を亡くした彼女は、その後バーモント州のベニントンに住んでいた娘のところに行って、そこで、1918年1月3日、83歳で亡くなりました。
讃美歌525番は日本語訳と原作とでは、いろいろな点で違いがありますから、それを比較しながら共に歌詞を考えてみましょう。
<525>
1 めぐみふかき 主のほか、
たれかわれを なぐさめん。
(おりかえし)
わが主、わが神 恵みたまえ、
ただ頼りゆく わが身を。
1節ですが、前に申し述べましたように、この讃美歌の原作の中心点は「Ineed Thee 」という言葉にありますが、残念なことにはこの“魂を求め”“神へのあこがれ”といった切迫した心の叫びがみられません。作詞者がここで強調しているのは、どのような状態に陥っても、主イエス・キリストは、私たちクリスチャンにとって、絶対に必要なお方であられるということであります。
原作では非常に明白に歌われています。それは“あなたのやさしい御声だけが平安を与え給う”と歌い、「おりかえし」では、1節にある強い断言に付け加えて、“主よ、今あなたのところにたち帰りますから、どうか、私を祝福してください”とあります。
何と素晴らしい信仰の告白でしょう。
2 わが主ともに いまさば、
あくまわれを いかにせん。
2節の日本語訳は実に素晴らしいものと思います。“わが主ともにまさば、あくまわれをいかにせん”はペテロの手紙第一、5勝8節、9節のみ言葉を思い出させます。そこには「・・・あなたがたの敵である悪魔が、ほえたける獅子のように、食い尽くすべきものを捜し求めながら、歩き回っています。堅く信仰に立って、この悪魔に立ち向かいなさい」とあります。この悪魔に立ち向かい打ち勝つただ一つの方法は、この讃美歌が歌っていますように、“主とともにいること”なのであります。
次に原作の3節ですが、おしいことに日本語訳には省略されています。この原作の3節で歌われていますことは、“主よ、喜びにも、苦しみにも、共に居給うように”と願うものであります。また、“あなたが速やかにおいでになって共に宿ってくださらなければ人生はむだである”と作者は歌うのであります。神様を知らない人生の虚しさにまさる虚しさはありません。
3 きよきみむね おしえて、
はたしたまえ みちかい。
3節ですが、原作の4節とはよく似ています。また、ここに歌われている言葉は、私たち一人ひとりの祈りでなければならないと思います。神様の“きよき、みむね”の何であるかは、祈りによって教えられ、神様の豊かな“お約束”が私たちのうちに働かれるようにとも祈るべきであるからです。
4 とうとき主よ、 われおば
きみのものと したまえ。
4節ですが、これは原作の5節にあたるもので、歌詞はほとんど同じです。ここで歌われている“とうとき主のもの”となるために、私たちは、何を、どのようにすべきでしょうか。それは、キリストにとどまることによってのみ、実現することであります。しかし、大変難しいことです。ですから、あきらめてはなりません。イエス様が弟子たちに語られたように、私たちはみな“まことのぶどうの木”であられる主イエス・キリストにつながっていなければなりません(ヨハネ15:1~)。
ぶどうの木の枝として、キリストからまことのいのちを得、生き生きとした枝になり得るのは、いのちの木・源につらなっているからであります。このイエス様との深いきずなにあることこそクリスチャンの慰めであり平安であると、私は確信をもってみなさまにおすすめいたします。
バラ・マカルピン 日本伝道百年史・・5・・
水垣 清著(元中津川教会牧師・元「キリストへ時間」ラジオ説教者)
4 犬小屋の英学塾
1666年(慶応2)、バラ夫人は故郷訪問のため、米国バージニア州に二人の子供を連れて帰った。バラ先生はそのため、サンフランシスコまで妻子を送って行き、すぐまた日本に帰られたが、夫人は郷里に数ヶ月滞在されたのであろう。その年の10月には、後の大蔵大臣となった高橋是清氏がバラ夫人から英語を学んでいた。彼の自伝によると慶応2年彼が13歳の時「横浜に出てから最初の間、私と鈴木六之助とはドクトル・ヘボンの婦人について英語の稽古をしておった。たまたまヘボン夫妻が帰国することになったので、同夫妻は私らを当時横浜在住のバラと言う宣教師の夫人に託して行った。それで我々両人は、毎日朝早くからバラ夫人の宅へ出かけては稽古した」。(高橋是清自伝史公文庫28頁)と記しているが、彼が2・26事件で仆(たお)れたときも机上に聖書が置いてあったと言う。
当時、青雲の志を抱いていた武士の子弟や青年たちは、新しい時代の文化を求めて横浜に来て日本の唯一の英学校であったバラ先生やヘボン博士、ブラウン宣教師の英学所に集まって、英語で聖書を学ぶ機会を得たのである。バラ先生の願いは、青年に英語を教えることではなく、伝道してキリストの福音を宣べ伝えることであった。従って英語の教授はバラ夫人がこれに当たり、先生は不自由な日本語で手まね身振りで聖書を教えられた。
バラ先生が日本で最初の礼拝を開始されたのは、先の矢野元隆と先生の家の召使いたちとであった。それは規則正しく聖日礼拝が守られ、町人、武士たちも集まって12、3名の集まりとなった。その礼拝の順序は、祈りと十戒の朗読で始まり、聖書の1章の講解と奨励であった。まだその頃は讃美歌は歌われず、英語の読める者は英語の聖書を持ち、英語の読めない者は漢訳の聖書を持ち、漢文の読めない者は黙って聴くだけであった。先生の日本語教師の矢野が聖書を読んでバラ先生が説明した。そして祈りをもって閉会したが、矢野は聖書の翻訳に関係していたので、聖書の知識もあって先生の話の説明に役立った。この礼拝こそバラ先生にとって、もっとも楽しい時間であった(1867-慶応3-第61回北米改革派教会大会議事録)と、本国の教会に報告された。
混沌とした日本の変革期(明治維新)を前にして、バラ先生は聖書の翻訳と英学所の語学教授による教育伝道に忙しい日々を過ごされた。医療伝道に従事したヘボン博士の談に「1887年8月、バラ、タムソン両氏と私自身、私の診療所にマタイの福音書を翻訳するために集まり、われわれは約9ヶ月の作業で完了した。この訳は再び私の手で改訂した。これはS・R・ブラウンと私自身とで改訂し、1873年に出版した最初のマタイ福音書の基礎をなすものである」(米国長老教会伝道局講演=日本の聖書=122頁 海老沢有道著)からも察せられるように、バラ先生の日常は多忙であった。
バラ、ヘボン、ブラウンの英学所出身者で将来活躍した人物に、医学者三宅秀、外交官・実業界に林董(たたす)、益田孝、服部綾雄などがある。一方、長崎にあって、同じ米国オランダ改革派教会の宣教師として活躍していたG・H・フルベッキも英学塾を開いて青年武士たちを指導し、さらに肥前佐賀藩の重臣村田若狭守政矩とその末弟綾部恭の二人が、1866年(慶応2)5月20日の五旬節にフルベッキより受洗した。
フルベッキは長崎に留まること10年、西郷隆盛、後藤象二郎、江藤新平、大隈重信、副島種臣たちが彼の下で教えを受けた。彼はまた、福音宣教のために身を挺して大胆にキリストのために突進した。その後、政府の文教顧問に聘せられて大学南校(後の東京大学)の創設のために尽力した。燃えるような伝道の熱心は、横浜、長崎という東西の門戸を通じて、日本の夜明けに福音のともしびが点じられた。
1868年(慶応4)5月、バラ先生からの受洗者は粟津高明と鈴木貫一の両名である。粟津は膳所藩出身の士族で桂二郎とも言った。彼は在仏の日本公使館に勤める外交官になったと言う。鈴木貫一も同様に膳所藩士であった。
この年、9月8日を明治と改元して、以後政府は一世一元とすることを定め、翌10月には天皇の東京遷都が行われて、旧幕府勢力は一掃され、封建的幕藩体制から近代国家へと移行する機会に、江戸(東京)を首府と定めたのである。
この明治変革のため日本国内は内乱となり、明治元年の鳥羽伏見の戦争、江戸征討軍の進撃、旧幕臣を主体とした彰義隊の叛乱戦争、さらに奥羽の会津戦争、越後(新潟)の北越戦争、続いて函館戦争など、国内の人心は、激しく動揺しているうちに、明治政府は戦争によって旧幕府の勢力を一掃して、近代国家の組織を目指し、富国強兵策を打ち立て、国家資本の創出という建前から欧米の進んだ産業技術、経済的制度、政治、法律、文教などの西洋文化移入のために外人の学者、芸術家、技術者、医師、教師などの指導者を招聘して雇用した。
1872年(明治5)の諸官庁の雇用外国人は214名に及び、その国籍はイギリス、アメリカ、フランス、ドイツが主であった。従って、これら外人の居留地として横浜は次第に発展し、日本の文化都市として急激に膨張した。しかしながら、明治政府は宗教に関しては江戸幕府の古い仏教国教策に変えて、神道国教化の方針をとり、キリスト教に対する禁教政策は少しも変えようとはしなかったので、居留地の外人に出入りする日本人を厳しく監視し、また特に宣教師の行動には諜者を用いて詳細にそれを調査し報告させた。
その頃、明治2年に九州の浦上で捕らえられた隠れ切支丹の信徒三千余人が、名古屋以西の21藩に配分流刑に処せられていた。特に宣教師の多い横浜は居留地に出入りする日本人へ厳重な警戒の目が光った。このような状況の中にも、日本人の町では許されなかったが、横浜の居留地に小会堂を建て、これを利用して英学を志す青年たちに、バイブルを教えつつキリスト教伝道が出来ると感じたバラ先生は「聖なる犬小屋」(Sacred Dog Kennel)と呼ばれる石造りの小さな礼拝堂をこの年、1871年(明治4)に建てたのである。そして、20余名の学生が日本全国から英語の学習を求めてここに集まって来た。
この小会堂について植村正久は「部屋が二つに仕切られ、その間の壁の左右に戸があって、より大なる一部分は家の三分の二を占めた。4人掛けの腰掛が二列に置かれ、すべてで20はなかったろう。すっかり詰めても6、70人しか集まれない。別に講壇はなかった。一脚のテーブルと一脚の椅子が置かれた」と思い出を記している(植村正久とその時代 第一巻446頁)。
*この文章は、月刊「つのぶえ」からの転載で、「つのぶえ社」から許可を得ています。
「あなたに聖書を」
「キリスト教百話」・・63・・
問22 「救い」ということが「罪と死からの解放」を意味するものであることは分かりましたが死からの解放としての「復活」については、どうもよく理解できません。
答・・6・・
ところが、この死が、新しい命に回復されることがあります。それは、死んだ最愛のものの甦りによってです。新しい命といったのは、以前の体そのままの命の再生ではなく、霊的という質的に新しい命としてであります。
私の個人的な経験について言えば、父母が亡くなった後、私は帰るべきところを失いました。それは、言い換えれば、帰るべきところを持っていた自分は、父母の喪失によって、父母と共に失われてしまったということです。しかし、しばらく経つと、父母は生き返ってきました。特に私を愛してくれた日々の父母の姿が、父母が生きていた時には大して感じなかったものが、今や鮮やかに「ああ、そうだったんだ」と言えるような姿で、現れてくれるようになったのです。こうして私は、帰るべき地上の場所を失いましたが、今、父母と共に立つというところを与えられました。これは、失われていた私が新しい私へと変えられた、ということとして考えてよいのではないかと思います。
こういう経験は、多少の違いはあっても、多くの人にとっての共通していることではないかと思います。
以上のことから言って、私は、キリストの弟子たちが復活のキリストに出会った復活のイエスは、見てそれと分かる具体的な姿で現れたのではなく、弟子たちに語り掛ける存在として今も生きていることを示されたのでした。これは視聴覚を超えた霊的なことであり、信じられることでした。
私たちは、時に「お任せします」ということがあります。委任状を出すこともあります。それは、ある事柄の処理決定について、自分以外の誰かに委ねることでありまして、それは、その時点において、自分というものを自分とは別の人のものにしたことを意味します。勿論、そうであるからには、お任せする相手を全面信頼してのことであります。
それはまた、自分のことでことを処理するよりも、もっと優れた処理決定や指導をしてもらえるに違いないという信頼であります。ある意味において、私共の人生はお任せに終始している、と言えるものではないかと思います。
生まれた時から成長するまでのことは、父母にお任せしていますし、学校の先生や先輩の指導に自分をお任せしています。この「お任せすることが出来る他者」が存在していることが、自分の生存・成長・充実・補完等に不可欠なことであります。他人に手を引いて貰わなければならない時も来ます。
そうなったら、引いてくれる手に委ねることが、自分のこれからを生きていくのに欠かせないことです。委ねることが出来る存在があるということは、そういう意味において幸せなことであります。
篠田 潔
(日本基督教団隠退教師・元「キリストへの時間」協力委員・ラジオ説教者)
<2018年3月のラジオ放送予定>
3月 4日 橋谷英徳 (日本キリスト改革派関教会牧師)
11日 橋谷英徳 (日本キリスト改革派関教会牧師)
18日 遠山信和 (日本キリスト改革派静岡教会牧師)
25日 遠山信和 (日本キリスト改革派静岡教会牧師)
(放送開始1952年10月)
CBCラジオ「キリストへの時間」(1053KHZ)
毎週日曜日朝6時30分~45分放送
第82課 キリスト者生活の実践的義務
=12:1~15:13=・・・36・・・
D 聖い生活を送るべきキリスト者の義務 ・・13:14・・
「あなた方は、主イエス・キリストを着なさい。肉の欲を満たすことに心を向けてはならない」(14)。
ここでは、積極的な面が述べられています。キリスト者は闇の業を捨てるだけではなく、光の武具を着けなければならないのです。不節制や不潔や不和という、闇の衣を脱ぐだけでなく、その代わりに主イエス・キリストを着けなくてはならないのです。
「主イエス・キリストを着る」ということの意味は、「私たちの中にイエスが生きておられるのを、人々が認めるほどにキリストと密接に結びつく」ということです。それはまた、聖霊に満たされ、その導きの下にあって、私たちの生活が、周囲の人々に対して、キリストが生きておられることを示すようになることです。
「肉の欲を満たすことに心を向けるな」。
ここの「肉」を「肉体」と同一視する人がいます。しかし、それは正しくありません。「肉」という表現は不節制と不潔の罪を含むだけでなく、不和の罪をも含むものであると言わなければなりません。不和の罪は心の罪であって、肉体のみの罪ではないからです。パウロは、この書簡の他の個所で、「罪」を人間の人格のにおいで腐敗しているすべてのもの、すなわち、私たちの罪に汚れた有罪的人間性の意味で用いているのです。
ガラテヤ書5:19~21でパウロは、17節の「肉の働き」を列挙していますが、それらは肉体による罪だけでなく、心の罪をも入れています。すなわち、偶像礼拝、まじない、敵意、争い、そねみ、怒り、党派心、分裂、ねたみなどです。
もし「肉の働き」が心の罪をも含むのであれば、ここの「肉」を決して肉体の意味で、パウロが用いているというだけではない。それか私たちの罪に汚れた人間性全体を意味するものでなければなりません。従って、ここのパウロの勧め全体の意味は、「あなたがたの罪に汚れた人間性より出る欲望に、わが身を委ねてはならない」(ホッジ)ということです。
キリスト者はこれらの欲望を持っています。彼らは決してこれらの欲望から完全には解放されていません。それらはキリスト者にとっては依然として重荷であり、誘惑なのです。しかし、キリスト者はそれらに屈服してはならないのです。彼らは決してそれらの欲望に、自分たちの人生を牛耳らせてはならないのです。反対に、それらの欲望を屈服させ、制御し、十字架につけなければならないのです。そうしてこそ、夜明けを迎えることができるのです。キリスト信者よ、雄々しくあれ、キリストは私たちの首(かしら)として、すでにそれらに勝利しておられるのです。「勇気を出しなさい。わたしたちはすでに世に勝っている」(ヨハネ16:33)のです。
J.G.ヴォス著
玉木 鎮訳(日本キリスト改革派教会引退教師)
東京大学大学院人文社会系研究科博士課程
いのちのことば社
スーザン・ハント
「緑のまきば」
「聖霊とその働き」