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ほっとひととき『みんなのコーナー』
☆ この寒さの中にあって、庭の梅の木に目をやりますと、なんと小さなつぼみがいっぱいついています。暖かい春の訪れをじっと待って耐えているのがよくわかります。梅のつぼみのように耐え抜いて、温かい春を迎えたいものですと思いながら、雪の降る外を眺めています。・・・。 群馬県 W・Kさん
☆ まさに大寒真っ只中です。上の子の風邪がうつった次男が熱を出して 3日ほど缶詰めですが、窓から行き交う人の姿が見えたり、買い物も宅配で届き、社会のつながりを感じられる事がありがたいです。少々、多動気味の子供に付き合い、外出せざるを得ない毎日ですから、少しゆっくり活字を読める時間が与えられ、寒さの中にも感謝しています。「世田谷通信」さんとは間逆で、私は経過した出来事や人名などは忘れれば良いのに覚えています。大昔にバーゲンで買った物の値段とか・・・。それよりも、ちゃんと記憶したいことが有るのにも関わらず、です。人によって聞いて記憶し易いタイプ、読んでインプットし易いタイプがあるそうですし、それもまた個性なのでしょうね。 奈良県 N ・Rさん
☆ 毎月、「つのぶえジャーナル」を楽しみにPCで見ています。わたしは八丈島で生まれ、育ちましたが、多くの人はあまり八丈島のことは知られていません。八丈特有の花や動物もいますが、上手に紹介できませんので、インターネットに紹介されているものを拝借し、添付します。無断使用にはならないと思いますが・・・。
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お客様に「八丈島には熊はいますか?」とよく聞かれるのですが、その答えは? 熊は海を越えられませんよね。ですから「いない」というのが答えです。牛やヤギ、犬や猫などは人間が持ち込んだほ乳類ですし、たまにみかけるイタチも1960年頃にネズミ駆除の目的でもたらされたものです。でも陸上のほ乳類でただ1種類だけ、自分の力で島へ渡ってきた種類があるのです。それはいったい誰???
島の生物・・・それぞれの生きものが島へ渡ってきた過程や、渡った後の生き様。そして生き延びるための努力を想像すると、そのすばらしさに思わず感動してしまいます。自然ってなんてすばらしいのだろう!と。その自然に対して私たち人間は何をするべきなのでしょうか。人や物の交流が簡易になった現代。島の自然をそのままに残すことは、少しずつ難しくなっているように思います。
でも、まずはそれを体験的に知ること。それが第一歩だと思います。世界の中でここでしか見られない島の自然を考えることは、もっと広い地域の自然を考えることにつながります。そういうきっかけをツアーを通じて提供したい・・・という事が私たちのささやかな願いです。
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東京都 M・Yさん
☆ 春は新緑、夏は濃い緑、秋は紅葉…そのような希望を抱きながら定年を迎え妻と農家を借りて生活を始めて4年目の冬を迎えました。今年は大雪を初めて体験しています。そのような所に、ヤマト便で届けていただき、「つのぶえジャーナル」読んでいます。「今月のことば」の「求めよ、そうすれば、与えられるであろう。捜せ、そうすれば、見いだすであろう。門をたたけ、そうすれば、あけてもらえるであろう」(マタイ7:7~)は、学生の頃から大好きな聖句です。今、改めてこの聖句に共感しています。そして、「私たちの生活や仕事、健康や病気であっても、すべて、祈りの中で、神様に語り、希望と喜びを持って歩む『祈りの日々』でもあります。それは、誰にも等しく与えられている恵みです。」の言葉に勇気づけられました。本当に誰にでも等しく与えられている恵みなのですね。若い時に学んだ聖句と今、この年齢になって知る意味の深さは、歩んできたそれまでのことがあってのことと思わされています。 今日も妻と家庭礼拝を守っています。 広島県 K・Dさん
☆ よろこび
神様を知ることができて感謝
祈ることができて感謝
礼拝堂で礼拝を捧げることができて感謝
母子室で説教を聞くことができて感謝
何年も教会に行かなかった間、週報を送り続けてくださって感謝
久しぶりに教会にいったとき、温かく迎えてくださって感謝
何も言わずに教会におくりだしてくれる家族に感謝
愛知県 T・Yさん
☆ 雪の寒い日がまた来ますね。電動自転車に乗せられるようになった次男を連れて図書館へ行きました。ベビーカーでは遠く、久し振りです。最近は本のリサイクルも 月初めにはあり、1人5冊まで持ち帰る事が出来ます。寒いせいか、リサイクル本も沢山余っていて、読みたい本を頂けました。読まなくなったらボランティアセンターで引き取ってくれるので リユース出来て、本で場所を取られません。
たまたま手に取った盲目のバイオリニストの川畠 成道氏の自伝を読んでいます。祖父母と出かけた環境旅行の時、ロスアンゼルスで難病になりカリフォルニア大学附属病院に入院、現地の病院にてキリスト教や信者の看護師さん達に励まされ、治療に励まされたそうです。困難を乗り越えられて、バイオリニストになられた今でも、アベ・マリアをコンサートの最後には演奏されるとか。時に人生において私達は思いがけず、困難な場面に遭遇しますが主を仰ぎ見て力強く歩んでいこうと改めて感じ入りました。来月末には、熊本震災チャリティーコンサートもありますので足を運んで、僅かでもお役に立てればと 予定しています。奈良県 N・Rさん
☆ テレビで北陸の大雪の様子を見ました。雪の多い地方なのにお困りのようすで、備えはしていたでしょうが、本当に大変なのですね。私の住む北見地方は、何時もマイナス16、7度ですが、部屋の中では薄着で過ごせるくらいの暖房です。私たちのような年寄りでも、慣れた雪道、転ぶ人はあまりいません。余り出歩かないのが一番なのでしょうね。・・・。 北海道 K・Kさん
☆ 福井にいる「ジャーナル」友からメールが毎日来ます。一日に何度も玄関の雪かきで、足腰ばかりか、腕から肩など全身筋肉痛でだんだん限界に近いよう!!とのメールです。これで急に暖かくなったら、今度は雪解け水の心配です。今はもう道路の雪の捨て場にも行けない感じで、雪の山です。スーパーのおにぎりや野菜も品薄ですよ、とのこと。・・・。私のところの雪はすぐに消えましたから、何だか申しわけない気持ちです。 山梨県 A・Lさん
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△ 私にとって、とても不快な言葉があります。それは「老々介護」と言う言葉です。私たち夫婦は80歳を越えていますから、世間様からは支え合っている私たちを見て、老々介護に見えるかもしれませんが、若い時から支え合って生きてきたことの延長でして、その体験と感謝があるから、世間様が言うものとは違うと思います。妻が風邪をひいたりしたら支えるのは、年齢には関係ないことでしょう。ですから、「おおいに若々介護をなさったら」夫婦円満になりますよ。
△ 仮設の小さな庭に昨年、苗を買ってきた沈丁花がたくさんのつぼみをつけて春を待っています。お隣のところには春の水仙が明るく咲いています。数本しかありませんが・・・。お互いに声をかけあっているそうです。今は少ない花の庭ですが、その可憐さに心洗われるのですね。
△ もう雪はいりません。暖かくなると屋根からの雪が心配です。どの家も軒下が生活路ですから、怖いです。主人の薬もなくなりそうです。灯油も残り少なくなりました。この細い山の雪道では、届けてくれる人もいません。危険ですから・・・。・・・。
△ 沖縄から看護師として働いていますが、こう雪が積もり続けると、とても心配です。コンビニには食べ物がないですし、日常生活も大変です。特に通院のお年寄りのことが気になります。透析など医療を受けなければならない人のことも気掛かりです。
*このコーナーの記事は、すべて投稿者から掲載許可をいただいております。 編集子
『ありがとうございます』
ろうばいが 咲いていました。 病院の帰り見つけましたので、と奈良におられる方から写真が送られてきました。通院にあっても、そのように自然や季節を感じながら過ごされているのですね。
2018年1月16日から2018年2月15日までの「つのぶえジャーナル」事業への寄付者の報告です。感謝いたします。
山下和夫様 佐藤のり様 加納さおり様 西口義昭様 和田順一様 和田貴美子様 馬場暁美様 匿名1名
郵振替口座番号 00800-1-45937 つのぶえ社
お便り下さる方はこのメール アドレス osamura@kind.ocn.ne.jp をご利用ください。
「つのぶえジャーナル」(http://tunobue.blog.shinobi.jp)(米国南長老教会文書伝道事業)刊行責任者
つのぶえ社代表 長村秀勝
今月のことば
求めよ、そうすれば、与えられるであろう。捜せ、そうすれば、見いだすであろう。門をたたけ、そうすれば、あけてもらえるであろう。
~マタイ7:7~
2018年も2月を迎えました。若い方々は受験という大きな扉に向かって果敢に挑戦する姿は、その経験をすでに終えた者は眩しい輝きに見えます。失敗を恐れず何かを追い求め、何かを捜し、何かを求め続けることを、生涯の友とする人生、日々は素晴らしいことです。
私たちが神様のもとへ、何かを願いに行く時は、誰も開けてくれない扉をたたくことではありません。心狭い者のところへ物乞いに行くのでもありません。私たちを迎えるために使いをよこされ、私たちに祈ることを教え、必ず得させると約束してくださった方のところに行くのです。
祈りを命令されたものであり、神様が私たちに負わせた重い義務であるかのように思うとき、祈り心はしぼんでしまうでしょう。私たちの無能と神様の全能とを示すことを捜し求めるなら、疲れ果ててしまうでしょう。
そうではありません。祈りは、私たちが憐れみを受け、助けを必要とするときに助けてくださる恵みを見出すことのできる「時」なのです。神様のみ前にある扉を開いていただく、とても大切なことなのです。「義務」ではなく、「権利」であります。
もし、この世ですべての扉が私たちに閉じられていたとしても、この世のすべての自由と力が奪い取られ、失っても、私たちには奪い去られない「祈り求め、捜し続ける」恵みの「祈り」があるのです。信仰の先人たちは、私たちは神様に、人生で自分に起こるすべてのことについてお話しすることが出来ると教えてくれます。救いのために祈ることから、罪の赦し、日々の仕事や家族のこと、健康のこと、そうして大切な隣り人のことを、神様に祈り、その答えを捜し求めることを、お許しくださっています。
「神に生きる」。それは、私たちの生活や仕事、健康や病気であっても、すべて、祈りの中で、神様に語り、希望と喜びを持って歩む「祈りの日々」でもあります。それは、誰にも等しく与えられている恵みです。
小閑記
そして、わたしたちの主また救い主イエス・キリストの恵みと知識とにおいて、ますます豊かになりなさい。
~第二ペテロ3:18~
キリスト者の願いは、成長することです。それは富み栄えることでないことは明らかです。神様から求められている成長は、神様から生み出されたのですから、霊的成長であることは明白です。ですから、私たち信仰が与えられている者は、日々の生活の中にそれが現れてこなければなりません。信仰の思いも、善き働き、業においても成長しなければなりません。善き業において貧しければ、信仰も貧しいと気付くべきです。
キリスト者が最も用心しなければならないことは、キリスト者としての霊的成長を阻み、止めてしまう生き方に無意識に、あるいは怠惰と惰性の生き方に陥ってしまうことです。喜びのない聖書知識を蓄える時、人はそれを信仰の成長と思い込み、「傲慢」という重い病に罹ってしまうという危険もあります。「何時も目を覚ましていなさい」「謙遜でありなさい」というお言葉は、信仰者にとって、心すべきことです。
「ますます豊かになりなさい」とは、霊的に謙虚でありなさいということでもありましょう。
「知識」において「ますます豊かになりなさい」とは、どういうことでしょうか。今から後の時代は、AIの活用は生活を豊かにするでしょう。人間の知識よりもAI の情報量の方が多くなることは確かです。しかし、神様がお求めになっている「知識」は「己に死ぬ知識」「己を虚しくする知恵と信仰の霊的知識」のことです。そのお手本は、私たちの主イエス・キリストです。このキリストを見失った「知識や知恵」は、自分の性質を見せつけ、心の深いところの堕落、汚れ、醜さを見ることは出来ません。偽り、装うのです。
「謙虚に心低くする知識の人」こそ、霊的成長であるのですから、それを乞い求めたいものです。
世田谷通信(173)
猫草
昨年末、高校時代の同級生と偶然再会した。卒業以来30数年ぶり。近所の集会所で「世田谷の歴史と緑」みたいな講演会を聴きに行ったら「講師の先生」が同級生だったのだ。なぜ分かったかと言うと彼が「世田谷の花はサギソウ、私の高校校歌にも出てきます・・。」と一節を口ずさんだのだ。それで「おや?もしかして同窓。」と思いあたったのだから歌の力、恐るべし。
講演後、旧姓を名乗ったら向こうは覚えていた。そして立て続けに当時の先生や級友の名前を言われた。「うわー、懐かしい!」とその場は話を合わせたが、実は全然思い出せない。そもそも覚えていない。トンチンカンな状況になるのが目に見えているので同窓会にこれまで出たことがない。学生時代、新しいクラス全員の名前と顔を一致させるのにどれほど苦労したことか。教室を間違えてしばらく気がつかず座っていた事すらある。クラスと集合写真を確認してから登校し、1年かけて覚えた頃にまたクラス替え。いつも相手に「分かってないことがバレませんように」と願いつつ話していた。再会した方とは、あろうことか同じ部活、中学・高校が一緒だったそうな。私は卒業アルバムを見ても感慨はなく、きれいさっぱり他人事である。
動植物やその他の暗記はすぐにできるのだが、人名と顔は極端に苦手。そんなわけで今の小学校800人を超える児童が在籍しているのだが、名前を覚えているのは一人だけ。その子は図書室の隣のクラスで、授業中しょっちゅう図書室で本を読んでいるからだ。もちろんそんな勝手が許される訳ではない。でも彼は少し集団になじみにくく、感情のコントロールが難しいのだ。それゆえ先生公認で図書室をクールダウンの場にしている。放置ではなく、私も「新しい本入ったよ、面白いよ」と声をかけるし、先生方や支援員の人もいる。
全ての児童が教室で一斉授業に適応できるわけではない。保健室やカウンセリングルームや少人数教室、図書室などいろんな場所が受け皿になって、その子にとって心地よい場所で見守ればいいのだと思う。かく言う私も毎年ほぼ見知らぬ40人とクラスメイトという集団にされて1日の大半の行動を共にし、芽生えたことにされる「絆」「友情」がひどく苦痛だった。できれば私も図書室で過ごしたかった。
小学生の彼が図書室の棚の間で好きな本に熱中して過ごしているのを、ちょっと羨ましく、また微笑ましく眺めている。
*写真は「サギソウ」
『美しい朝に』・・40・・
12月21日
今日は、眼科の定期健診でした。朝9時の予約でしたが、眼科から電話があり、14時に変更になりました。主人は、白内障が再発して、夜にライトが眩しくて運転は危険なので仕方なく、私は、2014年の秋に難病になってから、3年半ぶりに電車に乗りました。乗り換えの時に、エレベーターまで、途中で傷みで歩けなくなるのが不安でした。主人が、駅までのバス、電車の乗り換えが、同じホームで、移動が最小限の方法を調べてくれました。コルセットとサポーターで椅子付のサイドカーと折りたたみの杖で出かけました。
眼科では、両眼とも瞳孔を開く目薬をして、調べていただきました。軽い白内障はあるけれど、網膜剥離はレーザーでおさまっているみたいで「ホッ」としました。血小板の数値が安定していることも「良かったね」と言ってくださいました。
大きな病院ですので、症状が落ち着いたら地元の病院に帰されるのですが、
私の場合、交通事故にあっても、難病にもなっても、レーザーのまま網膜剥離がとまっている奇跡的なケースなのか、半年後に診ていただけるみたいです。
12月24日
メリークリスマス!今日は2017年12月24日(日曜)で、クリスマス礼拝の日です。私は、相変わらず、クリスマスの讃美歌「荒野の果てに~」「ヒイラギ飾ろう」を家でⅠ人で讃美して、ラジオの「キリストの時間」のお説教を聞かせていただきました。
いつだったか、「その愛のゆえに」に、病気のことで「辛いクリスマスでした」のような内容が書いてあった気がしましたが、私も今年のクリスマスは少し不安な日です。内科の血糖値は、1月にわかりますが、血液内科は3月なので、血小板の数値は下がっていても、自覚症状がないので、足から失神のような感じが上へとあがってきたら、要注意です。その不安のストレス解消が「食べること」です。お祈りにおぼえていただきありがとうございます。
12月28日
夕方、ポストに「つのぶえジャーナル」が届いていました。ありがとうございます。落ち着いたら全部読ませていただきますね。
“神奈川県 T・Kさん”さんが、「『ジャーナル』の馬場さんや『美しい朝に』さんの言葉に、私だけではないんだと思いました。本当にお礼申し上げます。慰められているのは私だけではないと思います。」と書いて下さっていました。ありがとうございます。
1月4日
新しい年を迎えられ、感謝です。今年も皆さんのお祈りに励まされて歩みたいと思いましたが、また、頭の先から足の先までの傷みがひどいです。眠れない日が続くと目も鼻も口の中も痛いのです。首も肩も背中も腰も膝も痛いです。自分では気づかないのですが、主人に文句ばかり言っているようで「眠剤を減らす」のは、家族にとっても迷惑なことみたいです。今夜は、ぐっすり眠りたいです。
1月8日
テレビで大阪の新成人の人たちが、アベノハルカスの階段を着物やスーツ姿で最上階まで上っているのを見ました。「若いし元気だな。さすが新成人!」と感心しました。
もうすぐ、センター試験だとか、高校受験も大学受験も大きな試練ですよね。「人事を尽くして天命を待つ」を祈りしています。
1月10日
今日も、寒い1日でした。冷たい雨が降っていました。そんな寒い中、玄関の梅の木が満開になりました。白い可愛い梅の木が頑張っていてうれしくなりました。写真をお送りしますね。明日は、内科です。はやめにお風呂にも入りました。病院の検査の前は、いつも体調を崩してしまいます。眠剤を減らすと、一晩中眠れないことでお腹がすいて夜中に食べてしまうので、体重と血糖値のコントロールが難しいです。
1月11日
今日は、晴れていましたが寒かったです。内科もいつもより待っている人が少なかったみたいです。1月のこんな早い時期に予約を入れる人も少ないのかなと思いました。体重と血糖値は、眠剤を減らした眠れない日に夜食を食べていたので、先生に怒られるのを覚悟していましたが、不思議と下がっていました。体重も(+400g)でした。友達が、プレゼントしてくれた洋服を着て行きました。あったかくて明るい色で気持ちまで明るくなりました。
9月から緊急的に、メトホルミンを朝晩食後に2錠出して頂いていたお薬を、朝晩1錠にしていただきました。もう2か月朝晩2錠を続けたかったのですが先生が、「数値正常値に下がっているから、朝晩食後1錠で様子みてお薬をやめれるかもしれませんね」とおっしゃいました。やはり、食事の順序をスープやお茶・野菜から食べるようにしたり、野菜不足には青汁や野菜ジュースも効果的だと思いました。病院の栄養指導を受けて、1日350gの野菜を食べるようにと食べ方の順序を教えていただいたのが良かったのだと思います。
膝や腰が痛いので運動はほとんど出来ていませんが、昨夜は、熟睡出来たのが良かったのかもしれません。お祈りありがとうございます。
(このメール文の掲載はK・Aさんの了承を頂いております)
その愛のゆえに
=時々の記=
(142)
12月18日
厳しい寒さが続いていますが、不思議ですね。体がこの寒さに慣れてきたように感じます。今朝は一番の冷え込みでしたのに、うっかりして、ソックスを一枚少なめにしてしまいました。何だか足元がスースー冷たい風が通り過ぎるなと思っていましたら、履き忘れていたのです。三枚ソックスを重ねて履いていますので、昼前までそのまますごすことができました。厳しい寒さにも少し慣れてきたようです。人間の体には順応する力があるのだと改めて感じました。
今日、一通の手紙が私宛に届きました。それは元郵便局におられた方からでした。その方から私にお礼の言葉がつづってありました。“奥さんには、もっとも苦しんでいた時に力になってくださって心から感謝しています”との文面でした。
私はそれほどのことはした覚えがありませんが、一度だけ、保険の契約ができずに大変困っていると言って来られたことがありました。それがとてもうれしかったというのです。とても困っているときにほんの少しだけの支えが心に残っているというのです。そういうものなのか、と恐縮してしまいました。
寒き日の陽炎(かぎろい)殊に強きこと。
まれなこと、越境したる伊賀の霧
秋嶺の多羅尾越えなば京近し。
野葡萄の日を浴びている夕散歩
谷広く澄みわたりたる後の月。 馬場路哉
主人は今はもっぱら書道の練習です。教会の来年度の聖句を書くことになったからです。筆を握ったのは中学以来だというのですから大変なことです。1月28日まででよいですよと牧師先生から言われましたが、本人は毎日30分ほどかけて猛練習です。適当にすることが出来ない主人の性格が出ています。
12月21日
朝起きると、何時もよりも冷え込んでいるのがよくわかりました。お隣の村ではマイナス6度。ここ山添村はマイナス5度でした。車の窓は真っ白になって凍っています。雪は降っていませんが霜柱で土手や畑が真っ白でした。この寒さでまたお年寄りが早朝に救急車で搬送されていました。犬たちもずいぶん弱ってきました。食欲が出てこないのか、口をつぐんだままです。食欲がなくなると、こちらの方ががくんと落ち込んでしまいます。
この厳しい寒さを乗り越えられますように。クリスマスを迎えることが出来ますようにと、お祈りしています。
1月2日
今まで使っていたパソコンがトラブル続きで、新しいものを購入することにいたしました。長年地域の電気屋さんに何でもお世話になっておりますので、お願いすることにいたしましたが、ここ山添村は田舎でして、量販店は遠く、これからのことを考えて注文いたしましたが20日以上かかるそうで、今までメール文が「その愛のゆえに」になりましたが、今回は手書きを「編集子」さんにお願いいたしました。
今日は、とてもびっくりするうれしいことがありました。「ジャーナル」を愛読くださっている福島県の方が伊賀上野まできてくださっているとのこと。伊賀上野は今は「忍者の里」などで有名になり外国人も多く訪れるところになりましたが、ここ上野は、俳人松尾芭蕉の生誕の地で多くの方が来られていて、その方もそのようでして、手土産に和菓子を持ってきましたので教会に届けておきます、とのことでした。教会で家の電話番号を聞き、電話までくださったのです。本当に大感激でした。「ジャーナル」がこのような恵みをくださいました。
伊賀閑(しず)か白茅(つがや)床しく枯れにけり。
夕陽の光留まる枯芭。
風荒ぶ伊賀の村なる枇杷の花。
故郷の温もり覚ゆ紅葉かな。 馬場路哉
1月11日
年末年始は駅伝大会が多く、楽しみにしていましたが、思い出す方がおられます。H牧師先生のお母様のことです。本当にお好きでした。私たちには優しく接してくださいましたが、内に秘めた強いものをお持ちでした。95歳で召されるまで駅伝で走り切った若者たちのように、天国への道を、信仰の道を走り抜かれたお姿です。
馬場暁美
「上野緑ヶ丘教会会員」
解説 ウエストミンスター信仰告白(66)
岡田稔著
(元神戸改革派神学校校長)
第30章 教会の譴責について
4 このような目的をより良く達成するために、教会役員は、犯罪の性質と犯罪者の過失に応じて訓戒・主の晩餐の礼典からの一時的停止・また教会からの除名などの処置をとらなければならない(1)。
1 Ⅰテサロニケ5:12、Ⅱテサロニケ3:6,14,15、Ⅰコリント5:4,5,13、マタイ18:17、テトス3:10
四 ここには、譴責の種類が軽いものから重いものへと順番に記されている。教会の政治の性質に応じて、その罰則は、どこまでも、肉体的苦痛を伴うべきものではなく、また、除名以上に過酷なものは存在しえない。
日本キリスト改革派教会の政治基準第12条には
「教会権能は全く霊的であって、二様に行使される。2 役員がこの権能を、職制によって個別的に、福音の宣教・礼典の執行・過誤の戒告・病者の訪問・悩める者の慰安において行使するとき、これを職制権能という。 3 役員がこの権能を、同等の資格で共同的に、教会会議において教会規程に従って行使するとき、これを議会権能、または法治権という」とある。
<付注>
神は人類社会の唯一の統治者である。しかし人類社会には二つの別の領域があって、その統治の性質が異なっている。これは人間が霊魂と肉体という二つの性質の異なった要素からできていることに対応する神の立てた秩序である。現在、日本では教会に当たる霊的秩序が甚だしく不統一(と見えている)であるので、国家的スケールに対して云々できる程強大な勢力だと思われないが、それは異教世界、多神教社会の必然的な不統一性の現われに過ぎない。
パウロがローマ人への手紙1章16節で言っている福音の力のスケールからは、むしろローマ帝国に匹敵する世界教会が念頭にあったと思われる。中世ヨーロッパはそのようなスケールで国家的統一と教会的統一が並んで進行した。近世になって、民族国家が成立すると時を同じくして、教会もそれぞれの自治社会に、それぞれの教会、教派が発生した。ウエストミンスター信条が作成された当時の歴史的状況は、このような国家権能と教会権能の相互独立という真理が、明確に自覚された時代あることを先ず念頭に置く必要があろう。
確かにその統治権の性質は根本的に別であるが、それが統治であることに変わりはない。従ってこの統治者(統治権をゆだねられた役員)とその組織は一人二役ではなく別個である。
この事実を明確に自覚したのが長老教会・改革派教会の教会観、教会と国家に関する教理である。
教会政治には大別して3つの原則を主張するグループがある。
1 監督制、その一番右翼が法王制である。
2 会衆制、その左翼が独立教会制。
3 は両者の中庸をとった長老制。
しかし、無教会主義や個人主義的信仰を主張する人々には、教会の統治制度そのものが不必要と考えられている。霊的事柄には統治制度というような地上的権力の入り込む余地はないと思われている。
しかしわたしたちは、聖書の中に、長老制の原則的実施が既に存在している事実を認め、また霊的と言っても、地上の人間が肉であることを自覚する以上、この統治の存在意義を確信するところである。
特に、生活における教会の一致・純潔を保持する上での、一定の訓練戒規の必要性を信じている。
さんびか物語 ・・・47・・・
(広く愛唱されている50曲)
ポーリン・マカルピン著
(米国南長老教会婦人宣教師)
讃美515番
十字架の血に きよめぬれば
<神様のみ言葉>
「しかし、もし神が光の中におられるように、私たちも光の中を歩んでいるなら、私たちは互いに交わりを保ち、御子イエスの血はすべての罪から私たちをきよめます」。
~ヨハネの手紙第一、1章7節~
この讃美歌は、代表的な福音唱歌の一つであって、歌詞、曲共にルイス・ハートソーの作であります。
讃美歌515番の原作者ルイス・ハートソーは、1828年ニューヨーク州で生まれ、1851年メソジスト派の牧師となり、同教派の慣習に従って各地の教会を歴任しています。1900年(彼72歳)以降は、ニューヨーク市の少し北にあるマウント・バーノンというところに住んでいましたが、1919年91歳の高齢で亡くなりました。
彼は、牧会のみではなく、宗教音楽の諸雑誌の編集を行ったこともあります。この歌は、1872年に、雑誌Guide to Holinessnに載せられていましたが、英国に住んでいた福音的音楽家サンキーのもとに送られたことによって、この歌は、サンキーの出版したSacred Songs and Solos(1878)に収められました。この歌の他にも、ハートソーの歌は収められています。
サンキーは、各地の伝道集会で決心者を招く時に、よくこの讃美歌を用いたそうです。
<515>
1 「十字架の血に きよめぬれば
来よ」との御声を われはきけり。
(おりかえし)
主よ、われは いまぞゆく、
十字架の血にて きよめたまえ。
2 よわきわれも みちからを得。
この身の汚れを みな拭われん。
3 まごころもて せつにいのる
心にみつるは 主のみめぐみ。
4 ほむぶきかな わが主の愛
ああほむべきかな わが主の愛。
この美しい讃美歌は、神様の愛に満ちたお招きの言葉で始まっています。それは「『十字架の血にきよめぬれば 来よ』との御声を われはきけり」と呼び掛けてくださっているからであります。
聖書の中には、このような神様のお招きのお言葉は、何度となく語られ、記されています。
その一つは、マタイの福音書11章28節で、主イエス・キリストは「すべて、疲れている人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休めせてあげます」とあります。また新約聖書の最後のページでありますヨハネの黙示録22章17節にも「来よ」とのお招きの言葉と共に、次のように記されています。「渇く者は来なさい。いのちの水がほしい者は、それをいただいて受けなさい」。しかし、当時も今日でも、人は疲れを覚え、重荷を負って、この世を歩んでいますが、この神様のお招きに、心から従い受け入れることを、せつに求める人は少ないようです。
魂に渇きを覚え、生きる目的を失っている人、持っていない人は、世に満ちています。しかし、本当に悲しいことですが、自分の魂の渇きを認めません。むしろ、富んでいるかのように思い込んでいるのであります。
イザヤ書55章にも、有名な神様の招きの言葉が記されています。
「耳を傾け、わたし(まことの神)のところに出て来い。聞け。そうすれば、あなたは生きる」。
このみ言葉に中には、特に大切な点がいくつかあります。その一つは「神様のところに出て行くこと」、また「神様を心から求めること」であります。神様が私たちに、「来よ」とお招きになる時「耳を傾け、謙虚になって、そのご命令にしたがうこと」であります。
なぜなら、まごころを持って、神様を求め、神様のみ声に耳を傾ける者には、「生きる」という素晴らしい約束が待っているからであります。「生きる」とは、神様と共に、神様の恵みの中に生きる、と言うことであります。主イエス・キリストは、マタイの福音書7章8節に、はっきりと約束してくださいました。「だれであれ、求める者は受け、捜す者は見つけ出し、たたく者には開かれます」。
私たちは、この恵みの約束をいただくために、何をなすべきでしょうか。それは今の態度を捨てて、神様に立ち返ることであります。神様は、決して、私たちの死を喜ばれません。むしろ、神様と共に永遠に生きることを喜ばれます。神様は、いつも語りかけています。「悔い改めよ。悪の道から立ち返れ。なぜ、あなたがたは死のうとするのか」(エセキエル33:11)。
この神様のお招きのみ声に聞き従わないのは、どこに理由があるのでしょうか。私たちには、このみ声は必要ないものなのでしょうか。そうではありません。神様のみ声を拒否する、ただ一つの理由は、罪のためであります。私たちの耳が罪によってふさがれていて、み声が入ってこないのです。暗い心が、光をさえぎっているのであります。罪は、私たちのすべてを支配し、死へといざなっているのであります。
このように、罪は目も耳も心もすべてを不自由にして、私たちは全身が罪によって麻痺しているのであります。あなたは、目の悪い人が、この激しい交通戦争の渦の中に迷い込み、道路で行く手をさえぎられているのを見る時、きっと大声で言うでしょう。あぶないですよ。今助けに行きますから!
神様からご覧になった私たちは、死に直面し身動きできない人と同じ者であります。神様のみ声は、あなたへの呼びかけであります。神様は言います。「なぜ、あなたは死のうとするのか」。このみ声が耳に入らないとは、まったく悲しい、情けないことではないでしょうか。
しかし、この暗い闇の中にも光が―喜びの声があります。それは、神様の愛―まったく一方的な愛―と救われた喜びの声―であります。それは、私たちを救って下さる、イエス・キリストの救いの恵みであります。イエスをキリスト(救い主)と信じる信仰によって、あなたも救われます。
讃美歌515番は、この素晴らしい救いの恵みを声高らかに歌っているのであります。特に「おりかえし」には、「主よ、われはいまぞゆく、十字架の血にてきよめたまえ」と歌っています。
主イエス・キリストの十字架の血とは、全人類が罪を犯した結果、流さなければならない刑罰の血を、私たちの身代わりとして、ご自身を十字架(神にのろわれた者)にかけて死んでくださったのであります。罪の罰としての、のろいの死を身に受け、私たちの贖いとなられたのであります。このキリストの贖いによって、父なる神様のところへ立ち返る道が開かれました。
この恵みにあずかるために、自分の弱さと心のけがれを認めること、そうして、神様のみ力と聖霊のお働きによって、きよめられることを心から求めなければなりません。
2節には、「よわき我もみちからを得」と歌い、3節では「まごころもて、せつにいのる」と歌っています。この歌声は、神様から頂いた祝福が心に満ち満ちている者、救いにあずかった人々の喜びの声であります。神様のみ力を、またきよめをいただいた人だけが、心から讃美する感謝の声であります。この歌声は、神様の愛の深さ、ひろさ、高さを味わい知った人々だけのものであります。
4節は、その心を歌いあげています。
「ほむべきかな、わが主のあい
ああほむべきかな、わが主のあい」。
この世が、そして、人生が、どんなに暗く苦しくても、神様の愛に救われた人、きよめられた人の毎日の歩みは、光と喜びの中を神様と共に歩み続けるものであります。
イエス・キリストの血によって、すべての罪からきよめられているが故に、とこしえまでも、神のみ前に生きることが出来ます。あなたも、どうぞ一日も早く、心から「主よ、われはいまぞゆく、十字架の血にて清めたまえ」と歌い、主イエス・キリストを信じてください。
<517>
1 「われに来よ」と主は今、
やさしく呼びたもう。
などて愛のひかりを
避けてさまよう。
(おりかえし)
「かえれや、わが家に
帰れや」と主は今呼びたもう。
2 つかれはてしたびびと、
重荷をおろして、
きたりいこえ、わが主の
愛のみもとに。
3 まよう子らのかえるを
主はいま待ちたもう、
つみもとがもあるまま
きたりひれふせ。
バラ・マカルピン 日本伝道百年史・・4・・
水垣 清著
(元中津川教会牧師・元「キリストへ時間」ラジオ説教者)
3 最初の受洗者
先生の日本語教師矢野元隆は、成仏寺の集会や先生との接触、聖書翻訳の仕事を通じて、次第に信仰の芽生えが成長した。病身の彼は、この年の1月20日頃には病床の人となって、自分も再起不能を悟ったのか、先生に受洗を申し出た。バラ先生は、たびたび彼の病床を見舞っては日本語で祈り、また彼の信仰の徹底を願われた。彼も先生からヨハネ伝翻訳を托されていたので、次第に聖書の真理を悟るようになり、キリストへの信仰を熱心に求めるようになったのである。
バラ夫人はその日記に「先生(矢野のこと)は誠実に真理を求めつつあることは明白なり。ヘボン博士は彼が到底恢復の見込みなしとなす。比に於いて11月第一の安息日、彼に授洗することに決したり」(植村正久とその時代1巻)とある。1864年(元治元年)11月4日(聖日の朝)、矢野の宅にバラ先生はヘボン博士と同行した。ヘボン氏は長老として祈祷をささげ、バラ師は彼に洗礼を授けた。この洗礼式には、矢野の長男が立ち会っていた。
翌日、バラ先生夫妻は矢野を訪ねられた。矢野は肘で辛うじて起き上がり、床に頭をつけてバラ夫人に「私は最後の御暇乞いを申さねばなりません。私は間もなくイエス様にお目にかかりましょう。お目にかかったら、私はあなた様と親切な御主人とが、私のためにして下さったことをキリスト様にお話しいたします」と言った。
バラ夫人はこの事を手紙に「異教国の改宗者のよって、私の名をイエスに告げられることよりも更に貴いものがこの世にありましょうか。私は私の全生涯に於いて、これを最も幸福な出来事と思います。主よ、私が喜びの冠にこうした宝玉を多く与え給へ」と記している、
その年の12月4日(月曜日)、矢野は天に召されてこの世を去った。彼こそ日本伝道の最初の受洗者であり、またさらに日本初代宣教師たちの手となって、マルコ伝、ヨハネ伝 、創世記、出エジプト記などの翻訳に貢献した人であった。
矢野元隆受洗年月についての説
矢野の受洗年月日について、日本のキリスト教史家に2つの異なった説がある。
1 1864年(元治元年11月4日)説
日本基督教会史 山本秀煌(ひでおき)編
植村正久とその時代(第1巻)
ドクトル・ヘボン伝 高谷道男著
日本プロテスタント史研究 小沢三郎著
日本基督教史 比屋根・安定著
J・H・バラ年譜 J・A・マカルピン編
横浜海岸教会百年の歩み
近代日本とキリスト教 (明治編)
日本キリスト教史 大内三郎著
日本基督教史 柳田友信著
明治文化史 岸本英夫著
2 1865年(慶応元年11月5日)説
横浜海岸教会会員名簿(写し)
日本の聖書 海老沢有道著
日本の近代とキリスト教 森岡清美著
日本社会とプロテスタント伝道 工藤英一著
(註)
筆者は1864年(元治元年)説を採るが、その主な根拠は、植村正久の手記ならびにバラ先生の文献に基づくJ・A・マカルピン氏のバラ年譜を可とするのである。1865年(慶応元年)説は、思うに横浜海岸教会会員名簿によってのものと思われるが、今日の会員名簿は、大正12年に焼失した原本の写しであって、横浜海岸教会長老林翁氏の筆になるものであるが、原本に記入の時、すでに誤記されていたのではないかと思われる。会員名簿には、矢野玄隆とあって元隆と相違するが、江戸期の医師には「玄」の字の使用例は医師の慣習的用語とも考えられ「元」の字は、「玄隆」の玄を音読による後世のあて字ではないかと思われるふしがある。しかしこの年代決定は後日の研究に待ちたい。
*この文章は、月刊「つのぶえ」からの転載で、「つのぶえ社」から許可を得ています。
「あなたに聖書を」
「キリスト教百話」・・62・・
問22 「救い」ということが「罪と死からの解放」を意味するものであることは分かりましたが死からの解放としての「復活」については、どうもよく理解できません。
答・・5・・
死は人間の側から見れば絶対の終わりです。しかし、神の側からすれば、人間の死は絶対的なものではなく、その死をもって、神は、永遠の命へと生かす力を持った存在として絶対者であられることを、神に従って生きたイエスを復活させられたことによって、相対化される方であることを証された、ということができます。その意味で、イエスの復活は、人間の側で絶対視していることが、神によって相対化されたことであり、そのことが真の絶対は神の側にあることが明らかにされたことであったと言えます。
パウロが、死人の復活において「死は勝利にのみ込まれた。死よ。お前の勝利はどこにあるのか。死よ、お前のとげはどこにあるのか」という預言者(イザヤおよびホセア)の預言の実現として、絶対化されていた死の壁は破られたとしているのは、まことの絶対者に出会って開眼を得たに他ならないと思います。
人間は相対的存在に過ぎないのに、しかもその相対性を位置づける視点を持ち得ないままで生きています。イエスの復活は、その相対性を明らかにすることによって、人間がとらわれ、閉じ込められていたものからの解放を、神が、人間に与えられたこととして、受け止められることであります。復活はそういうこととして信じられることです。
パウロが「キリストを信じて洗礼を受けたということは、キリストと共に葬られ、その死にあずかる者となった」と言っていることは先に引用したことですが、これは、洗礼を受けるということは、キリストが死なれたその死に自分もあずかったことなのだ、と言っているわけで、平たく言えば「キリストの死はわたしの死であった」ということです。
こういう言い方は、パウロ以外の人からも聞くことがあります。たとえば、最愛の人を失った人が「わたしの人生はあの人が亡くなったことで終わってしまった」という声を聞くのです。この人にとっては、その最愛の人と共に生きていた時の自分が自分であったのに、その共に生きてきた人が亡くなってしまったのですから、それは、その時をもって、今までの自分がなくなってしまったことになるからです。
自分を自分として生かしているものも大切な者との関りなどまったく持たない人にとっては、どうということはありません。最愛の者を失った後、それは、ほかの何物によっても補うことが出来ませんから、最愛の者の死は、それまでの自分の死でもあるからです。
篠田 潔
(日本基督教団隠退教師・元「キリストへの時間」協力委員・ラジオ説教者)
<2018年2月のラジオ放送予定>
2月 4日 小室尚子 (金城学院宗教主事)
11日 小室尚子 (金城学院宗教主事)
18日 落合建仁 (金城学院大学宗教主事)
25日 落合建仁 (金城学院大学宗教主事)
(放送開始1952年10月)
CBCラジオ「キリストへの時間」(1053KHZ)
毎週日曜日朝6時30分~45分放送
第82課 キリスト者生活の実践的義務
=12:1~15:13=・・・35・・・
D 聖い生活を送るべきキリスト者の義務 ・・13:14・・
「それだから、わたしたちは、やみのわざを捨てて、光の武具を着けようではないか」(12)。
永遠の夜明けが近づいているというキリスト者の信仰は、単に論理的な問題であるだけではありません。それはまた極めて実際的でなくてはなりません。もし「夜はふけ、日が近づいている」のであれば、個々のキリスト者は、どのように敬虔で熱心で真摯な生活を送るべきであるかを考えなくてはならない。人生とはなんと真剣な問題であるかを考えてみよ。もし私たちが「日が近づいている」ことを本当に信じるのならば、どうして自分たちの思考と注意を、自分自身の野心や快楽にのみ釘付けにして、人生を流浪することができるでしょうか。
パウロはここで「日は近づいた」という真理を、キリスト者は何故真摯で真剣な聖い生活を送らねばならないかの強力な理由として強調しています。「夜」と「やみ」と罪と悲しみを連想させ、「日」と「光」とは正義と喜びを想起させる。この世の悪はやがて過ぎ去り、永遠の喜びの朝が間もなく明けて来る。これが真理であるならば、私たちは闇の業を捨てて、光の武器を着けるべきである。私たちは恥とすることや、隠れて行うようなことを捨てなくてはならない。同時に、私たちは日の光にふさわしいものをもって自ら装うべきである。衣服を脱いだり着たりするという思想は、原語のギリシャ語から分かることである。「私たちは一揃いの衣服を脱ぎ捨て、もう一つの揃いの衣服に着替えなければならない。夜にふさわしい衣服を脱ぎ捨て、日にふさわしい衣服をもって装わなくてはならないのである」(C・ホッジ)。
「そして、宴楽と泥酔、淫乱と好色、争いとねたみを捨てて、昼歩くように、つつましく歩こうではないか」(13節)。
この個所は前節の思想の継続であって、どのような業をキリスト者は捨て去るべきかを指摘し、次の節においては、どのような業を身に着けるべきかを教えています。
パウロは先ず捨て去るべき三つの罪を指摘し、各々の罪に二つの用語を用いています。①宴楽と泥酔、②淫乱と好色、③争いとねたみ。①の類は不節制・放縦の罪、②の類は不潔の罪、③の類は不和の罪です。注目すべきことは、いかに広い範囲の罪が、ここで語られているかということです。ある人は罪はそのうちの一種の罪であり、また他の人の罪は他の種のものであるかもしれない。ある人は不節制の罪を犯さなくても、不潔の罪を犯しているかもしれない。また他の人はこれら二つの罪を犯していなくても、不和の罪を犯して、教会の平和を乱しているかもしれません。もし私たちが不断に不和の罪を犯して、神を悩まし、人々を不快に陥れているとするならば、たとい不潔や不節制の罪を犯していないとしても、神のみ前に決して喜ばれるものではありません。
J.G.ヴォス著
玉木 鎮訳(日本キリスト改革派教会引退教師)
東京大学大学院人文社会系研究科博士課程
いのちのことば社
スーザン・ハント
「緑のまきば」
「聖霊とその働き」