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ほっとひととき『みんなのコーナー』
☆ 病弱のわが子の保育園入園式には私たち夫婦と看護師さんも来てくださいました。ほんとに病院で育った娘・・・。体も小さくて、見ている私たちはハラハラでしたが、本人は嬉しそうでした。やっとここまで育ちました。神様のお守りと皆様の温かいご支援でこの日を迎えることができました。これから何が起こるかわかりませんが、心から感謝いたします。 鹿児島県 M・Nさん
☆ 桜も終わりよい季節になりましたが、主人の体調は良くありません。この時期の健康管理には注意しているつもりですが、本当に難しいです。主人は高血圧で昨年も入院でしたから、どうぞ皆様もくれぐれもご自愛ください。 静岡県 T・Tさん
☆ 一度、訪れたいと思っていた美馬市(徳島県)の「うだつの町並み」に心奪われてしまいました。「藍」の集積地として繁栄した藍商人たちの家の勢いを誇った「うだつ」。隣家との延焼を防ぐのと富と繁栄をあらわしている心意気を感じました。楽しい一人旅でした。 兵庫県 Y・Kさん
☆ 花の季節になりましたが、私には花粉症と神経痛の季節で、毎日、お花見気分にはなれません。手提げにはポケットティッシュがたくさん入っていて、小銭の財布を取り出すのに、ついイライラしてしまします。徳島県 K・Mさん
☆ 桜がここ2日位で咲いてしまいました。我が家は空豆の花がいっぱいです。今年初めてこんにゃくを芋から作り美味しいと思いました。沢山出来たのでご近所にも配り喜んでもらえました。もう一度、作らないといけないのです。何種類かの作り方があることも知り、次回は母の作り方でしてみようと思っています。今日から雨が続くみたいですが気が重いです。引きこもり生活が続いているので天候なんて関係無いように思われますが雨だと身体が重いのでしんどいのです。掃除、洗濯・・・・。ああ嫌だ!! 奈良県 T・Mさん
☆ 春爛漫の日和となりました。でもまだ桜は花開いてくれません。固いつぼみがほのかにピンク色を出していますから、今週末には花を開かせてくれることでしょう。夕方の散歩では、白木蓮が満開に咲き誇って目が釘付けになりました。田んぼにはピンクのれんげ、すかんぽ、紫のスミレがあちこちに咲き出して楽しませてくれています。春はお花がいっぱいですね。野の花を見ているととても励まされ、気持ちまでが明るくなってきます。 宮崎県 T・Pさん
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Δ こんにちは。いつも「ジャーナル」読んで、励ましをいただいております。今日は晴れで嬉しいです。でも、長く寝たので体のあちこちが痛くなります。私はシェーグレン症候群(膠原病と橋本病の3つの病気があります)で、今はあごが腫れてはずかしいです。一人で生活していますので、恥ずかしいのですが、部屋は汚れ放題になってしまいます。何日も続く痛みで、何もできないのです。「美しい朝」さんや、「世田谷通信」さんの言葉に慰められました。今言われているセルフ・ネグレクトではないのですよ。できないのです。
Δ 主人が仕事の疲れで鬱病になり、在宅治療中です。あんなに仕事が楽しいと言っていた主人、気の毒です。定年まで数年あります。子供たちもそれぞれ自立しましたので、早目の退職でもいいのよと言っています。
Δ 持病になってしまった股関節の痛み辛いです。車椅子生活にならないように安静にしながら、動いています。今は、50肩(60肩?)で寝返りで痛みを感じ目が覚めます。朝方ならいいですが 夜中ならそれから眠れず大変です。痛い所があるだけで 滅入ってしまいます。・・・。
Δ 中3の娘がまた友達の家に泊りに行きました。夜勤の多い生活で、申し訳けないが精いっぱいだ~。わたしの中3時代とおんなじだ・・・。母親になんてなれないよ~。母親知らないんだから。今仕事中・・・。時間があったのでまたメールしちゃったよ。返事待ってるね・・・。
*このコーナーの記事は、すべて投稿者から掲載許可をいただいております* 編集子
『ありがとうございます』
あちこちの団地のベランダに鯉のぼりが5月の風を待つように右に左に泳いでいます。古い団には色とりどりの洗濯物、新しい高層マンションは鯉のぼり・・・。不思議な感じがいたします。数年前までは1~2クラスの小学校が急に生徒数が増えてクラス編成が急務とか。街の様子も学習塾と開業医と手造りのパン屋さん、コンビニが多くなります。人はいても人とのつながりのない地域が出現します。バス停の人の顔は時間帯で決まります。動いているようで固定しているのを感じます。これが名古屋市名東区にある「つのぶえ社」の今です。
2017年3月16日から2017年4月15日までの「つのぶえジャーナル」事業への寄付者
佐藤のり様 西口義昭様 馬場暁美様 宇佐神正武様 様
郵振替口座番号 00800-1-45937 つのぶえ社
お便り下さる方はこのメール アドレス osamura@kind.ocn.ne.jp をご利用ください。
「つのぶえジャーナル」(米国南長老教会文書伝道事業)刊行責任者
つのぶえ社代表 長村秀勝
今月のことば
「何事についても、敵対する者どもにろうばいさせられないでいる様子を、聞かせてほしい」。
~ピリピ1:28~
見せかけの華やかさや、誇張された演出には驚くのですが、それが繰り返されることで、その感覚・意識が変化することに驚くことがあります。時々、テレビに映し出される軍事パレードを見て何と、これが平和維持に必要な軍隊であるかのように思う心があります。しかし、それは確実に殺戮兵器であり、集団であることです。そこで起こる事実は「命の軽視」でもあります。
冷徹なほど計算され、陶酔をもたらす演出であることを見抜く力を持たなければならないと思えます。サタンはイエス様にさえ試みるのですから・・・。
使徒パウロは言います。明らかに、キリストの教会には「敵対する者」がいるだけでなく、それが強大な者であることも知っています。だから、ここに「ろうばいさせられないでいる」ことを求めています。「敵対する者・逆らう者」は「命から死」を求めるのです。救い主イエスに「十字架に架けろ」と叫んだ民衆、真実を語ったステパノへの怒りの石の嵐の処刑は「命の軽視と真実への反抗」でした。死を求めて叫ぶ民衆は、堅忍不抜の英雄ではなく、まして怖いもの知らずの者ではないのです。むしろ弱い羊であり、臆病な者たちかも知れません。
キリスト者ははるかに臆病で、死を恐れる者かもしれません。争いに怯え、無力さを知る信仰こそ、キリスト者の強さであるとするなら、なんと幸いなことでしょう。
神の言葉は希望になり、聖霊は、真理を守る勇気をくださいます。「敵対する者に対して」、祈りが、真に人を変え平和をもたらす力なのです。
「ろうばいさせられないでいる様子を、聞かせてほしい」と神は私たちに求めています。「聖霊に信頼する者の信仰者の群れ」には、弱そうに見えても強い、不思議な抵抗する何かが与えられているのです。それは、神以外のものに信頼しない信仰の心なのです。
小閑記
「マリヤは主の足もとにすわって、みことばに聞き入っていた。ところがマルタは接待のことで忙しくて心をとりみだし・・・」。
~ルカ10:39~40~
この二人の姉妹は対照的です。マルタの思いと力は、主イエス様のために立ち働くことにあり、マリヤの方は主のみことばを聞くことにあります。常識的には、人をもてなすことに思いを馳せ、心から接待を・・・と考えるでしょう。この箇所のお話の時に出てくる言葉に、「心を奪われ」というのが使われます。「心を奪われ」る。マルタはイエス様の接待のために心奪われ・・・というようにです。マルタも信仰者です。非常識な女性ではありません。
マリヤは、接待ではなくイエスご自身に心奪われておりました。不思議な姉妹です。
もしイエス様がこの二人の姉妹に語られたことを、私たちに言われなかったならば、確かに私たちはマルタの方が、より神様を愛し敬う心を持っていると考えるでしょう。なんと素晴らしい、イエス様をお迎えし接待することに励むマルタ・・・と思うのが普通です。イエス様にお仕えすることのほか、余念がないマルタ・・・。このように心を傾けているキリスト者を見ることができます。
しかし、イエス様の見方は異なっていました。イエス様は、わたしの言葉に聞いて、平安を得、イエス様ご自身にすべてのことをささげることが、最も重大なことであると言われたのです。私たちの多くは、マリヤよりマルタに似ているところがあります。
神の国の仕事は沢山あるので、本当に忙しく多忙と思うのです。その結果、イエス様のために忙しく働いで、聞くことで、主と共に生きることを忘れてしまうという結果を招いてしまうのです。
多忙は、文字が示すように「心をなくし」てしまうのです。真に主と共に生きるとい大切なところを見失うのです。その結果、マルタのように疲れ、不平を言い、他人を批判するのです。この傾向は、熱心な人にこそ陥る危険な誘惑です。
誰でもイエス様のために忙しく働いて、イエス様と共に生きる者でありたいと思います。だからこそ、このマリヤとマルタの姿をいつも忘れないようにしなければならないのです。
世田谷通信(163)
猫草
樹木用のノコギリで自宅の木を何本か伐った。引っ越し以来10年、一度も庭師さんを頼まず、自己流で毎年伸びすぎた分だけを伐っていた。つまりその場しのぎを続けてきたのだが、ふと冷静に見ると、冬枯れのせいだけとは言いがたい、えらく荒んだ光景の庭木たちである。枯れて放置されたハナミズキ。縦横5mにまで成長したアボカド。勝手に生えてくるシュロ。幹の歪んだヒメシャラ。根元が枯れ上だけ茂ったイヌツゲ。ここらでバッサリ伐って一度リセットしたくもなる。
そして分かった。せいぜい直径10cm程度の庭木を伐るのは比較的簡単。大変なのはその後、燃えるゴミとして回収可能なサイズ、つまり幹や枝を30cm以下に小さくするのにものすごく労力と時間がかかる。ちょっと考えたら分かりそうなものだが、伐ってから後悔することしきり。木は空中にあるとそんなに大きく見えないけど、地面にあるとすごく嵩張るんだなあ。
大量の雑木を処理するため、裏庭に落葉溜めを作ってみた。裏山が竹藪なので落葉はたくさんある。伐った木の幹を組み合わせ2m×3mぐらいのミニサイズだが、そこに枝や葉っぱを溜める。里山の落葉溜めなら1~2年でミルフィーユ状に落葉が腐って重なり、下の方は完全に土になっているのだが。さてどれぐらい時間が経てばカブトムシが卵を産みに来てくれるような腐葉土になるのだろうか。落葉樹と違って、笹の葉は腐りにくそうである。さらに生木の枝まで入っている。地面も固く、日当たりも悪い。土と水も混ぜてはみたものの分解されるまで何年かかることやら。
もう一つ分かったことがある。剪定というのは一気に切り詰めると木に大きな負担がかかるので、こういう「ばっさり」は「強剪定」と言って、一番やってはいけないことでした。里山のベテランボランティアさんたちは、腰に付けた鉈でぱしっと不要な枝を伐ったりする。それに憧れて、形ばかりをまねてみたのだが、「剪定は伐られたことが木に分からないようにするものだ」と言われる。うーん、そんなさりげなく?どっちかというと木の息の根を止めたかもしれない。温かくなったら伐った株から脇芽が出てくるだろうか。なんとか萌芽更新してほしい。
長男はこの春から大学に進学し、森林や生態系の勉強を始めることになった。いつか樹木の専門家になって、我が家の庭木の管理もしてくれるだろうか。木も人も育つのはゆっくり時間をかけたほうがいい。
『美しい朝に』・・30・・
2月14日
今日は、曇り空からお天気になりました。昨日で、ベゲタミン0錠で6日です。なんとか、昨日も寝れました。お医者さんからは、7日間ベゲタミンを服用しなければベゲタミンの依存から、抜け出せると言われました。今日、服用しなければ7日目です。ベゲタミンなしで、3日間眠れているので、少し希望は見えてきました。神経科の先生の存在は、大きいです。でも、家族や友達の見守り、多くの方のお祈りに支えられています。ありがとうございます。
娘夫婦に、誕生日プレゼントにもらったアロマディフューザーで、(香りのエッセンシャルオイルとアロマセラピーを入れ、優しい香りが広がり、リラックスな雰囲気を醸し出し、心と体の最高の癒しです。)も、眠るのに良かったと思います。
離脱症状の辛さに「栄養ドリンク」の失敗もありました。血糖値が心配なのに、甘いものも食べてしまう日もあります。たまたま、今は眠れていますが、ずっと続くとは思ってはいません。でも、眠れない日に「眠ろう」と力まず、楽しみを見つけられればもしかしたら、依存から解放される日も来るかもしれません。ともに、苦しんでおられる方のためにお祈りしています。
2月17日
検査があるので、もう、更新されたのですね。スムーズに進んで、良かったです。「世田谷通信」は、長村先生の御嬢さんが書かれていたのですね。これからも楽しみにしています。昨日は、ベゲタミン0錠で10日目でした。夜、9時頃にすごく眠くなったので、そのまま眠れるかと眠剤を服用してベッドに行きましたが、結局眠れずに朝まで過ごしました。
22日が神経科の日なので、あまり無理をせずに一呼吸おいて、ベゲタミンを少し足して、しっかり寝て体調を整えて3月4日の息子の結婚式が、終わってからまた、再挑戦してみるのもいいかもしれません。
2月19日
おととい、ベゲタミン+1/4で寝れなかったので、昨日は、思い切ってレメロンを2錠→1錠にしてみました。朝まで、全く寝れなかったのですが、DVDを見て時間が過ぎるのがはやいぐらいでした。結局、昼過ぎまで、ベッドにいましたが起きてきたら、ご飯を食べて、商品の登録をしていたら、眠たくなってきて1箱登録して、1階のソファで倒れ込んで、午後3時~5時まで、うとうとできました。薬を減らしているのに夕方でも寝れるのは、感謝です。
2月25日
子供のことをあれこれ心配していますが、3月に結婚する息子は、現在28歳です。自分が28歳の時を振り返りますと、親友の病状も重くすでに、不眠の兆しも現われはじめていました。娘が3歳。息子はお腹にいて、親に心配をかけていました。息子が生後10か月の時に、親友は亡くなりました。精神のバランスが崩れ始めた時でした。自分が親の歳になって、はじめて親のありがたみやどんなに助けてもらい心配をかけていたかがわかりました。
息子の夜泣きから、不眠症がひどくなり、28年のベゲタミンとのながい歴史が始まりました。息子の結婚式のあと、ベゲタミンを足すのをやめることになっています。神経科の先生と約束しました。3月は、卒業シーズン。私も、ベゲタミンから卒業できるように頑張ります。
3月1日
今にも、雨が降りそうな大阪です。昨日は、ベゲタミンを+1/4錠で寝ました。2時間ほどで、目覚めましたが、朝方冷え込みもう少しとベッドにいましたら、2度寝しました。目覚めると、今度は天井が回るようなめまいがしましたので、保冷バッグから「保冷剤」をおでこにあてて、じっとしてましたら、3度寝をしました。結局、昼過ぎに起きた時は、ひざ痛と胃のむかつきでした。
でも、ベゲタミンを足したおかげさまで、2度寝、3度寝ができたのですから、ありがたかったです。今も、めまいやのぼせる頭に「氷のう」で、冷えた身体には、貼るカイロで対処しています。結婚式の、前日に鍼治療の予約が、とれましたのでなんとか、症状がおさまってくれれば良いのですが・・・。お祈りありがとうございます。
「愛」の写メは、多くの方に、わかっていただけたのですか?「愛」は、3月11日に、19歳の誕生日です。
3月4日
今日は、息子の結婚式でした。お天気に恵まれ、暖かい日で良かったです。昨日は、全く眠れませんでしたが今日は、疲れたので眠れると思います。ありがとうございました。結婚式が、終わったのでベゲタミンは足さずに寝ています。「ホッ」とすると同時に、何とも言えない虚脱感があります。
3月8日
大阪は、快晴で春の感じです。風は冷たいみたいです。三寒四温ですね。3月5日から、レメロン2錠・ハルシオン1錠・セパゾン2錠・ベゲタミン0錠で過ごしています。なんとか、眠れるようになってきました。胃腸の方も落ち着いてきました。眠れても眠れなくても、この状態で22日の神経科まで続ける予定です。14日は、血液内科で23日は内科です。お祈りありがとうございます。
3月11日
長村先生は、2か月に一回の散髪に行ってこられたのですね。さっぱりとされたことでしょうね。そして、教会への途中に公園があるのですね。大勢の人が楽しめる公園は、見ていて癒されますね。
4日・5日・6日・7日・8日・9日・10日とレメロン2錠・ハルシオン1錠・セパゾン2錠・ベゲタミン0錠で、7日が過ぎました。ベゲタミン0錠で眠れるようになってきました。結婚式の前に、1度10日間ほど0錠で過ごし、少し慣れたのと、自律神経に良いCDブックを何冊か購入しましたので、CDを流しながら過ごしています。CDの効果があるのかもしれません。
3月14日
こんにちは。大阪は寒いですが良く晴れています。4日の結婚式から、11日目、息子夫婦からの花がきれいに咲いていました。開いたバラも見ごたえがありますね。写真をお送りします。
今日は、血液内科の定期検査の日でした。血液内科の日は雨の日が多いのでが良い天気に恵まれました。昨夜は、やはり検査の前で全く寝れませんでした。
眠れても眠れなくてもベゲタミンは0錠で寝るという神経科の先生との約束です。野菜と魚中心のごはんで、食べる順番を野菜から食べることを心がけて、青汁も野菜ジュースもご飯の前に飲むようにしていました。
多くの方に、お祈りして頂いて感謝です。
(このメール文の掲載はK・Aさんの了承を頂いております)
その愛のゆえに
=時々の記=
(132)
2月15日
まだ、家の周りにはところどころに雪が残っていますし、屋根の陽の当たらないところには沢山の雪があります。たった三日間の雪でこの大変さです。雪国の方、鳥取の皆様や、日本海側の地方に住んでおられる方たちのために、お祈りします。こちらは野菜も雪にうずまってどこの直売所を訪ねても野菜がありません。雪が解けて暖かくなるまで野菜は一時お預けとなりそうです。
主を崇め祈る教会寒の雨。
短くも眠れて嬉し寒の明け。
堅忍の日と思ひけり冴え返る。
初雪や伊賀の田畑の眩しかる。
残雪に透き通る空映りけり。 馬場路哉
雪の坂道で滑って転んで三日目になります。ようやく痛みが取れつつありますが、まだ元のようにテキパキ動けません。歳を考えて行動しなければと深く反省しています。
2月17日
「世田谷通信」で娘と毎月話題になります。娘はとても共感するところがあるようで、すべてにおいて勉強になるといっています。転んでから十日経過してようやく和らいできました。今朝からはほぼ元通りに動くことができるようになりました。家族から、雪の日に犬を二匹つれて、しかも坂道を下るなんて、よくそれだけですんだものだ、と言われています。
3月1日
こちらは朝は氷点下の寒さでしたが、午後からはずいぶん温かくなりました。
三月は春を告げてくれる月ですね。長い間待っていた春を・・・。厳しい寒さを乗り切ってたどり着いた三月。歳を重ねたせいでしょうか。何だか感慨深いものがあります。雪道で滑って転んだ痛みはまだ続いていますが、だんだん、我慢ができる範囲が増えてきたのは感謝です。最近は、朝の元気があるうちに夕方の準備をしています。すると今度はその疲れが出てしまい、今まで楽しみにしていたEテレでの放送に目を開けて見ているつもりなのですが、はっと思うと、違う番組にかわってしまっていることがしばしば・・・。すっかり、おばあさんになってしまいました。負けん気だけは強く、オルガンに向かって讃美歌を弾いて、一人で悦に入っている私です。
3月2日
雨の予報でしたが、朝だけで午後からは日差しもほんの少し出てきました。
この雨で温かさが増していくのでしょう。鶯がしきりに透き通った声を奏でています。もうあちこちから聞こえてきます。梅の花も八分咲きまでとなりました。今朝の散歩でお隣の花壇に植えられているチューリップの葉っぱがもう10センチほどになっていました。春はあちこちに命の躍動を届けてくれますね。待ちに待った春がやってきました。
かしこまり福音を聞く老いの春。
良き色をちらばむるなり犬ふぐり。
丸顔の平安な雛目の細く。
翠緑のなみのうねりの春の川。
舞ふ雪のつきてをるかの梅の花。 馬場路哉
3月9日
3月になって、着ぶくれを防ぐために一枚羽織るのを少なくしたのですが、やはりまた元の冬用の着ぶくれに戻っています。それほどに、朝、夕の冷え込みはまだ厳しいものがあります。それでも、自然界はこの寒さにめげずに、春の訪れを知らせてくれるのです。鶯はもう、あちこちできれいな透き通った声を響かせていますし、沈丁花は薫り高くピンク、白が競い合うように咲き出しました。
庭からは、ほのかな梅の香りが漂い、沈丁花の甘酸っぱいきつい香りが勢いを増しています。こうして家に居ながらにして梅を眺めて季節を感じることができるささやかな幸せに感謝しながら、毎日、単純な家事に励んでいます。
寒空や時違ㇸざる梅の花。
この青や神の御手なる春の空。
田舎なる礼拝堂に春日濃し。
山の気の胸に漲る弥生かな。
安かれと主は言われをりイースター。 馬場路哉
3月。新しいスタートを切る準備の時でもあり、一緒に過ごした友との別れの時でもあり、喜びあり、寂しさありの複雑な月ですね。
馬場暁美
「上野緑ヶ丘教会会員」
解説 ウエストミンスター信仰告白 (56)
岡田 稔著
(元神戸改革派神学校校長)
第27章 礼典について・・・1・・・
1 礼典は、神が直接制定された(1)恵みの契約のきよいしるし、または印証であって(2)、キリストとその祝福とを表わし、キリストにあるわたしたちの権利を確認し(3)、また教会に属する者とこの世の他の者との間に見える区別をつけ(4)、かつまた神のみ言葉に従って、キリストにあって神への奉仕におごそかに彼らを従事させるためのものである(5)。
1 マタイ28:19、Ⅰコリント11:23
2 ロマ4:11、創世17:7,10
3 Ⅰコリント10:16、Ⅰコリント11:25,26、ガラテヤ3:27(*)
*ガラテヤ3:17が正しい。
4 ロマ15:8、出エジプト12:48、創世34:14
5 ロマ6:3,4、Ⅰコリント10:16,21
一 ここは礼典の定義とその目的を述べているところである。業の契約についても、礼典ということが考えられてはいるが、教会で普通に用いられている場合、礼典とは、恵みの契約の礼典を意味している。
「しるし」や「印証」という言葉は、礼典の二つの意義を総括するものである。合理主義的な考え方をしている教派では、一般に、礼典を単なるしるしでしかないと考えている。しかし礼典は、聖書で神(キリスト)が直接的に命じられた式典であるという点に、その権威と効用の根拠がある。この点については三項を参照する必要がある。
礼典の目的、また効用については、次の4点があげられている。
1 キリストと彼の恵みの表象
2 わたしたちの関心の強化
3 教会員と未信者との区別
4 信者を神に奉仕させる
1が、しるしとしての意義であるが、キリストと彼の恵みと言われているのは、キリストの人格と事業、すなわち、仲保者とその救贖・執り成しとである。
2 すべての礼典には、しるしと表象されているものとの間に霊的関係または礼典的一致がある。それで、一方の名称と効果が、他方に帰せられることになる(1)。
1 創世17:10、マタイ26:27,28、テトス3:5
二 前項で「しるしと印証」と言われているように、外的行為(物質)とそれが表象している霊的本体(主イエス・キリストと彼の恵み)との間の関連は、単に、しるしと表象されるもの、という関係だけでなく、そこには霊的関連、礼典的一致と呼ばれる連なりが、実在しているのである。
これを信じ主張するところに、合理主義的見解と改革派教会的見解との重大な相違があるのである。この連なりが、単にしるし―表象の関係以上のものであるとするところに、礼典信仰ともいうべきものが成立している。ところで、その「・・・以上のもの」を、どのように理解しているかが、ローマ・カトリック教会、ルーテル派に対する改革派教会の独自性が明瞭になってくる。わたしたちは、その連なりを、霊的であり、礼典的であると主張するのである。
さんびか物語 ・・・37・・・
(広く愛唱されている50曲)・・・36・・・
ポーリン・マカルピン著
(米国南長老教会婦人宣教師)
讃美歌365番
わが主イエスよ
<神様のみ言葉>
「またこう言われた。『アバ、父よ。あなたにおできにならないことはありません。どうぞ、この杯をわたしから取りのけてください。しかし、私の願うことではなく、あなたのみこころのままを、なさってください』」。
~マルコの福音書14章36節~
この讃美歌365番、‟わが主イエスよ”は、すべてを神様にゆだねまつるところの服従を、美しく歌っている讃美歌であります。
作詞者のベンジャミン・シュモルクは、シュレージェンのブラウヒッチドルフで1672年12月21日、ルーテル教会の牧師の子供として生まれました。ベンジャミンは優れた才能の持ち主で、小さい時から特別に良い、年齢以上の教育を受けていました。彼は15歳でブレスラウの高等学校に入学し、そこで5年間学んでから、一応、家に戻りました。
家にいた間、父親のすすめで、2、3回その教会の講壇に立ち説教をしました。その結果、彼はライプチッヒ大学に入学する道が開かれました。それは、教会で平信徒でしたが指導的な信者が、まだ若いシュモルクの説教を聞いて、彼の中に立派に牧師に成り得る才能と何かを認めて、大学での費用を出してくれるようになったのであります。
その後、1697年 にライプチッヒ大学を卒業してから、故郷に帰り70歳の父の教会の副牧師として任命されました。1702年にはラウバンの商人の娘アンアート・レィワ-ドと結婚してから、シュヴァイトニッツにあった教会の牧師に招かれました。
当時、この地方は非常に伝道のしにくいところでした。その理由として、1648年に署名された条約(Peace of Westphalia)によって、その地方にあったルーテル教会はほとんど全部カトリック教会の所有となってしまったからです。たった一つだけ残されたルーテル教会、しかも条件付きのものでした。その条件とは、町はずれに建てられ、土と木材の粗末な建物でして、当時、教会には塔や鐘は教会になくてはならないものでしたが、それらは条件の中に入っていて許されませんでした。そればかりか、この教会にいた3人の牧師の活動も非常に制限されていましたし、カトリックの神父からの迫害もありました。このような中にあった教会でしたが、教会員は、この教会の近くにあった36の村からの村民たちでした。
このような状態に置かれていたシュモルクは、35年間のむずかしい牧会・伝道を熱心に、しかも愛をもって続けましたが、彼が58歳の時にとうとう脳溢血で倒れ半身不随になってしまいました。それでも彼は、しばらくしてから、もう一度講壇に上がって5年間仕事を続けました。しかし、再び倒れるとともに疲労のためか白内障にかかり失明してしまいました。このようにしてシュモルクは、寝たままの盲人として65歳で、1737年2月12日天に召されました。
ある人は、その最後によって実に哀れな、と言うかもしれませんが、決してそうではありません。人の目には哀れでも、信仰の勝利者でした。そのように見ることができなければ、彼の讃美の歌は理解できないかもしれません。
シュモルクは、学生時代から詩を書くようになり、彼の手になる讃美歌と聖歌を1183曲ほど作詞し、讃美歌集を16巻出版しました。その後、彼の死後4巻の讃美歌集が追加出版されました。彼はパウル・ゲルハルト(136番など10曲が1954年版の讃美歌に収められている)についで、よく知られているドイツの詩人でした。
讃美歌365番の原作ですが、これは11節からなっていて、1704年に“聖なる炎”という本に初めて発表されたそうです。それが今日では3節だけを取って用いられていますが、原作の1節と5節と11節がそれです。
1954年版の讃美歌には、シュモルクの作品が3つありまして、この「服従」の365番と礼拝に用いられている61番“かがやくみとのよ”と洗礼式によく歌われる200番“いとしたわしき”で、この3つがともに強調していることは、服従と愛と神様との交わりの尊さと言えましょう。
この365番の曲は、カール・マリーア・フォン・ウェーバーの作曲した不朽のオペラ「魔弾の射手」の前奏曲から編曲されたものであります。ウェーバー(1786~1826)は、北ドイツのユーテンで生まれ、両親も音楽家でした。
ウェーバー自身も音楽家になるために多くの素晴らしい先生から学びました。しかし、ドイツの王の兄弟の書記になってから、宮廷で放漫な放蕩な生活を送るようになりました。しかし、彼にも立ち直るチャンスがありました。それは、キャロライン・ブラントという立派な女性と結婚したことにより、まじめな生活に戻り、作曲家としての才能を生かすようになりました。ウェーバーは、モーツアルト、ベートーヴェンと共に、ドイツ・ロマン派オペラの基礎を確立した人であり、カトリック教会音楽も数多く作曲しています。
JEWETTは、ボストンで生まれたジョウゼフ・P・ホルブルクの編曲によるもので、ホルブルク(1822~1888)は、主に讃美歌集の編集・編纂者として知られています。彼は1862年にウェーバーの「魔弾の射手」の前奏曲からJEWETTを編曲しました。この編曲は1954年版の讃美歌では365番の他に285番“主よ、み手もて”に用いられています。
では、シュモルクの美しい歌詞をともに学んでまいりましょう。
<365> 1 わが主イエスよ あいの御手に
身もたまをも ゆだねまつり
禍が幸に われ言わまし
「主よ み意(こころ) なさせたまえ」。
1節以下を考えてまいりたいと思いますが、まず、この讃美歌のテーマは‟主よみ意なさせたまえ”であると言えましょう。日本語訳にも、英語の訳にも、この言葉は1節、2節、3節の、それぞれの締めくくりとして用いられているところからもわかります。もちろん、この背景としてあるのは、残酷な十字架の死に直面しておられる、主イエス・キリストのゲッセマネでの真剣な祈りでありましょう。ルカの福音書22章44節には「イエス(主)は苦しみもだえて、いよいよ切に祈られた。汗が血のしずくのように、地に落ちた」と記されています。
全人類の罪の重荷を背負おうとする主イエス・キリストの、その時の悲しみ、その時の苦しみはどんなにか大きかったことでしょう。イエス様は弟子たちに「わたしは、悲しみのあまりに死ぬほどです。ここを離れないで、目をさましていなさい」(マルコ14:34)といわれました。しかし、いくらたのまれても、彼らは祈りをもって主イエス・キリストを支えたのではなく、その大切な時に眠ってしまいました。少しもイエス様の役に立たない者たちでした。
私たちも、このような弱さを持つ者です。一番大切な時に祈りを忘れてしまう者のようであります。友だちのために、親戚のために、牧師のために、教会のために、とりなしの祈りをどれだけ捧げているでしょうか。私たちが祈らないために、教会はどれだけその発展が鈍り遅れたかを、現実の教会の姿を見ることによって、その事実がわかると思います。
次に、主イエス・キリストのゲッセマネの祈りによって、学ぶべきことが多くありますが、その一つは、神様には“お出来にならないことはありません”という大切な教訓であります。全知であり、全能であられるのが神様です。この神様の愛のみ手に身も魂もよろこんで安心して委ねまつらずして、誰に信頼し、どこに平安を求めるべきでしょうか。時がよくても悪くても、神様を心から信頼し、その導きに従い行くその人こそ、幸いな人であります。
主イエス・キリストは、「どうぞ、この杯(十字架の死)を私から取り除けてください。しかし、わたしの願うことではなく、あなたのみこころのままを、なさってください」(マルコ14:36)と祈られましたが、自己中心の私たちには、このように自分を忘れて「あなたのみこころのままになさってください」と祈る者にされたいものであります。
2 うれいの雲 むねをとざし
なやみの雨 袖にかかり
わがのぞみは 消えゆくとも 主よ、みこころ なさせたまえ。
2節での日本語の訳は、とても美しいものであります。この美しい言葉の中に、人生そのものが歌われています。私たちはみな“うれいの雲”につつまれているような時を経験しますし、“なみだの雨”が”袖にかかる“こともあります。主イエスご自身も涙を流された時もありました。しかし、信仰者にとって「希望の星」は決して消えることはありません。
詩人ダビデは歌いました。「夕暮れには涙が宿っても、朝明けには喜びの叫びがある」(詩篇30:5)また「涙をもって種を蒔く者は、喜び叫びながら刈り取る」(詩篇126:5)と。
私たちは素直に、そのうれい、その悩みを神様にゆだねるべきです。神様はその愛をもって豊かに慰めてくださいます。イエス様はお約束してくださいました。「悲しむ者は幸いです。その人は慰められるからです」(マタイ5:4)。このお約束こそ朝明けの喜びの源であります。
3 はかなき世を わたるときも
あまついえに のぼる日にも
ただみむねに まかせまつらん
主よ、みこころ なさせたまえ。
3節では、“あまついえに のぼる日”のことについて歌っています。このはかなき世は、私たちの永遠のふるさとではありません。私たちの“永遠のホーム、まことのふるさと”は、主イエス・キリストが用意しておられる“あまつ家”でございます。ですから私たちは,“この世を渡るときにも”“かの世にのぼる日のときにも”ただ“みむねにまかせて”神様が導き給うままに進まなければならない、と歌っています。あなたのために、あまつ家が備えられていることを信じて、主イエス・キリストの贖いによって開かれた、天の門を通って、天の喜びに入るその日を希望をもって待ち望むことができるように今から決心いたしましょう。ビルマ 戦犯者の獄中記 (73) 遠山良作著
12月17日
―シンガポールへ出発―
ビルマが英国植民地の支配から離脱して独立することになり、われわれ戦犯者はこの刑務所からシンガポールに移送されることになった。全員90名(内死刑囚は6名)である。過酷な2年余の獄中生活は、悲哀と苦悩の中に、戦友18名を絞首台に送った。今この刑務所を離れことは後ろ髪を引かれる思いである。さまざまな思い出は脳裏に交錯する。あの高い塀、獄の監視塔が見えなくなるまで振り返っては別れを惜しむ。
ラングーン港の埠頭から貨物船に乗せられ、行く先は定かではないがシンガポールらしい。船はイラワジ河を南下する。見え隠れしていた島影も次第に視界から遠のいて行く。
島かげの 白きパゴダ(仏塔)は イラワジの 河面に映して 陽は傾きぬ
行く先も わからぬままに ラングーンの 獄舎をあとに 友等と発ちぬ
12月24日
シンガポールに上陸し、高い塀に囲まれたオートラム刑務所に入る。所持品の検査が終わると死刑囚を除いて直ぐ作業の指示がある。現地の囚人たちに混じってレンガ運びである。12月とはいえ赤道に近いここの太陽の光は強烈である。敷き詰められたレンガの坂道は焼けるように暑いが、歯を食いしばって運ぶレンガは重く肩に食い込む。
灼けつくる 赤きレンガの 坂道を 裸足にて ノルマのレンガ運びぬ
オ―トラムの 獄は怖し 卑屈にも あたり窺い 小声にて語る
12月27日
今日は朝から作業がない。全員集められ、この刑務所に残る者と、再びビルマに返される者とが分けられた。死刑を宣告されていた宮本さんは10年に減刑され、ビルマ組に加えられ、51名はビルマに引き返すことになる。親友田室さんは残留組に入れられる。親しい者との別れは辛く悲しいが、どうすることも出来ない。
残留組の竹下少佐は「久米大佐は実に運の良い人であるからビルマに行く方がきっと良い」との言葉を残して去って行かれた。死刑囚5人を残してこの地を去ることは胸痛む思いである。彼らとの別れの言葉すら交わすことも許されぬあわただしい出発である。
言葉さえ 交わさず別れし 死刑囚 急ぎオートラムの 獄を発ちきて
昭和23年1月2日
再び来ることのないと思っていたラングーンの刑務所に着いた。奇しくも5年前のこの日は、北支那からラングーンに着いた日である。迎えてくれたビルマの看守も囚人たちも「マスターよかったビルマが一番よい」と言って歓迎してくれたことは有難い。余りにも苛酷なオートラム刑務所の数日の生活を顧みて安堵の胸を撫で下ろす。
重壓の 船路を終へて 帰り来ぬ ビルマの牢に はしゃぎつつ入る
容赦なき 英兵と離れて 来し獄の ビルマの人の 意外にやさし
「あなたに聖書を」
「キリスト教百話」・・・52・・・
問21 キリスト教でいう「救い」とはどういうことでしょうか。・・6・・
答・・19 この点について、遠藤周作の夫人順子さんは「夫の宿題」という手記のなかで、「夫は手術室へ入って行く時、それまで付き添っていたわたくしも、そこへは入って行くことができなかった。しかし、そこから先はあの方がついて行ってくださるのだ、と思った」という旨のことを書いておられました。以上のことから言って、死後はどうなるかということよりも、生きている今も、死ぬ時も、死の彼方にも、神は共にいて下さるという信仰をもって生きることの方が大切なことではないかと思います。
一般的に言ってわたしたちの多くは神についてなにがしかの思いを抱いております。しかし、それは、こちらからの一方的な理解であり、畏怖の対象ではあっても、「オヤジに叱られるのは怖い」という場合のように、神との人格的関係があってのことではありません。ですから、何か身辺に悪いことが起こると「神様のバチが当たった」みたいなことを言いますが、直接「お前に罰を与える」と言われるのを聞いているわけではありません。ですから「神様に見捨てられた」と言うことがあったとしても、自分でそう思っているだけのことであって、はっきりと「見捨てられた」と言えるほどの、人格的な親しい交わりがあったわけではありません。すべては、神様抜きで、人間の側で考えたり決めつけているに過ぎません。想念としての神以上ではないのです。
そういう事情の中でしかないものですから、キリストが十字架の上で「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになられたのですか」と叫ばれたことに対しても、「ああいう苦しい状況に置かれたら、誰だって神様に見放されたと言いたくもなるよ」という受け止め方で終わってしまいそうです。所詮、見物人の所感です。
しかし、キリストの場合は、神の子として、この地上の世にありながら、地上を超えた天におられる父である神との人格的な交わりを常に持っておられたのでありまして(―そこはわたしたちの預かり得ないところですが―)その父である神から見捨てられる筈などあり得なかったのですが、それが十字架の上で見捨てられたのですから、「どうして・・・」と問わずにおれなかったのだ、と言えます。
例えば親密な関係にある一人が瀕死の状態にあれば他の一人は最期まで看取ることでしょう。それが、これからが本当に看取ってほしいと願っている時に、突如、その相手が、「もうあなたのことなんか知らんよ」と言って立ち去って行こうものなら、「どうして?」と言わずにおれないでしょう。しかも、その問いに対して全く応答のないまま死ななければならないとしたら、耐えられない絶望のまま死んで行くかありません。キリストの叫びは正にそういう叫びでした。
聖書記者の一人は、キリストは、最後に「成し遂げられた」と言って息を引き取られたと告げています。「すべては終わった」とも訳せます(ヨハネによる福音書19章30節)。これから先はわたくしの解釈が入りますが、キリストが「すべてが終わった」と言われたのは最終的には父である神から見捨てられたということの中に、ご自分がこの世に父である神からこの世に遣わされた役目があったことが、腹の底から分かった。だから「成し遂げられた」と言われたのではないかと思います。
言い換えると、「見捨てられた」ということがなかったなら「すべては終わった」と言うことができなかった、ということになります。では、そこで「成し遂げられた」のは何についてであったかが問題となります。
篠田 潔
(日本基督教団隠退教師・元「キリストへの時間」協力委員・ラジオ説教者)
<2017年4月のラジオ放送予定>
4月 2日 後登雅博 (日本キリスト改革派高蔵寺教会牧師)
9日 後登雅博 (日本キリスト改革派高蔵寺教会牧師)
16日 辻 幸宏 (日本キリスト改革派大垣教会牧師)
23日 辻 幸宏 (日本キリスト改革派大垣教会牧師)
30日 相馬伸郎 (日本キリスト改革派名古屋岩の上教会牧師)
(放送開始1952年10月)
CBCラジオ「キリストへの時間」(1053KHZ)
毎週日曜日朝6時30分~45分放送
第77課 キリスト者生活の実践的義務
=12:1~15:13=・・・25・・・
B キリスト者の市民的義務・・・11・・・
13:1~7・・・10・
「為政者に対するキリスト者の正しい態度」・・2・・
「だから、ただ怒りをのがれるためだけではなく、良心のためにも従うべきである。あなたがたが貢を納めるのも、また同じ理由からである。彼らは神に仕える者として、もっぱらこの仕事に携わっているのである」。(5~6節)
しかし、ここに唯一の例外、すなわち、キリスト者は国法に従うべきであるという原理に対して、唯一の例外があります。それは国法への服従が神の律法への不服従を含んでいる場合です。その時には、人に従うよりは神に従うというキリスト者の義務の原則に立つことになります。
例えば、かつての宗教団体法のように、神の福音を宣教するのに、政府の許可を得なくてはならないとか、政府が福音の宣教を禁止するようなことがあります。このような法律はキリスト者によって無視されねばならないものです。
その他、国家が迷信を強制したりするような場合もそうであります。靖国神社国有化問題なども、こうした方向への立法運動であります。このような法律は「神のものをカイザルへ捧げること」を強要するものであると言うべきことです。
私たちはキリストから福音を宣べ伝えることを命じられています。キリストの命令は国家の法律によって妨げられたり、国家によって許可されなければ従うことができないようなことはあってはならないことなのです。
同じように、迷信宗教を強制されるような法律も、ダニエルの三人の友人によってなされたように、服従を拒否しなければならないのです。また、信教の自由を拘束するような法律も服従拒否されなければなりません。神はすべての人々に対してキリスト者になることを命じておられます。ですから、いかなる法律もそれを禁ずることは出来ないのであります。
J.G.ヴォス著
玉木 鎮訳(日本キリスト改革派教会引退教師)
東京大学大学院人文社会系研究科博士課程
いのちのことば社
スーザン・ハント
「緑のまきば」
「聖霊とその働き」