[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
ほっとひととき『みんなのコーナー』
☆ 昨日に引き続き、汗が吹き出る程の日になりました。いかがおすごしでしょうか?昨夜、私は「日仏の音楽家達」という、フランス物ばかりの演奏会へ行きました。タイトルからは高尚な印象でしたので、私には難しいかなと感じておりましたが、プログラミングも良かったようで、ハープあり、ピアノ連弾あり、そして最後には、「おおシャンゼリゼ」を会場の方々、出演者の方々と大合唱したのです!もうそれは、大変な喜びようで、久しぶりに音楽を楽しいと感じました。ここのところ、譜読みで苦戦していましただけに、声高らかに、声楽家気取りで、おおシャンゼリゼ!を歌ってきました。やっぱり、音楽はやめられない、一人大きな声で、音楽大好きー!と叫びたくなるくらい好きなのです。
さてさて、話は変わりまして、添付いたしました写真は、連日連夜わが家にやってくる、ヤモリちゃんです。陽が落ちると、外灯をつけるのですが、その明かりに寄ってくる小さな虫たちを食べに来るようです。可愛くて可愛くて、パチリと写真を撮りました。
気分だけでも、涼しくなりましたでしょうか。明日は、6時半から「キリストへの時間」の放送がありますね。讃美歌が大好きです。 三重県 N・Rさん
☆ バングラディシュの話は本当に悲しいことで、わかり合える余地はないのかなあと思います。同じ人間でも信じているものが違うとそこまで凶暴になれるのかね。ちょうど古代オリエント博物館に行きましたが、遺跡もたくさん破壊されていました。人の命を大切にできないなら文化遺産などなんとも思わないのでしょう。対立と混迷は深まりそうで、大きな戦争が起きる前の小さな不満の予兆なんでしょう。 東京都 M・Bさん
子ら集う 犬のまわりに輪を書きて
西陽を受ける このひとときや(り)
梅雨明けのニュースと同時に、早咲きのコスモス(秋桜)のお便りをいただきました。東海地方も梅雨明けですのニュースで、真夏と思っていましたが、自然は秋の身支度をしているのですね。食べ物に「旬」が薄れるように、私の生活にも「自然の営み感覚」が希薄になっているのに気づきました。天気予報感覚に慣れてしまって、何か大切なものを失ったことに驚きを感じました。虫の声に耳を傾けたいと思いました。
でも、厳しい夏も控えています。健康に注意して過ごしましょう。尊い寄付金をいただきました。感謝いたします。
2016年6月16日から2016年7月15日までの「つのぶえジャーナル」事業への寄付者
岡田圭子様 横山 晃様 山中紀子様 市ケ谷良子様 匿名1名様
郵振替口座番号 00800-1-45937 つのぶえ社
お便り下さる方はこのメール アドレス osamura@kind.ocn.ne.jp をご利用ください。
「つのぶえジャーナル」(米国南長老教会文書伝道事業)刊行責任者
つのぶえ社代表 長村秀勝
今月のことば
金銭を愛することをしないで、自分の持っているもので満足しなさい。主は、「わたしは、決してあなたを離れず、あなたを捨てない」と言われた。
~へブル13:5~
最近、「タックスヘイブン」という言葉と出来事が世界の富裕層や大企業や政治家の中で、脅威となっています。一般庶民とは別世界の出来事で、何とも言葉がありません。人間の飽くなき貪欲は、醜いものですが、これは富裕層の限られた人たちのことではありません。私たち自身の醜い心です。
神はその私たちに、社会に「自分の持っているもので満足しなさい」と言います。我慢しなさいでもなく、辛抱しなさいでもなく、「満足しなさい」と言うのです。
それは、神は、疲れた者に希望を与え、貧しい者には力を与えられる。それで十分であると言うのです。何という祝福でしょう。しかし、私たちは、「十分」より以上のものを望み、求めるのです。そこにあるもので満足しようとしないのです。世界の富豪と言われる人々も、日々の生活が満ち足りていたとしても、より多くのを渇望し欲求し続けるのです。
私たちには「満足しなさい」ということは不可能なことなのでしょうか。あらゆる富を手にすることなどできませんが、より安定を求めて人は小銭を得ようと努力します。小銭より大金の方は安心と思うのが私たちです。不確かな富と教えられても、私たちの心は物を手にできない不安の中にあるのです。
しかし、「満足しなさい」の行く場所があるのです。それは、主イエス・キリストのところであります。「わたしは、決してあなたを離れず、あなたを捨てない」という約束です。この約束に、ひと足、ひと足近づき、歩を進めることです。イエス・キリストの後に従う「信仰」という生き方です。この約束は銀行の通帳の残高のように見ることはできません。しかし、確かな保障なのです。「わたしは、決してあなたを離れず、あなたを捨てない」と言われているからです。
今日も、日ごとの糧を与えて下さるお方に、心から信頼し心の眼を神様に向け、霊の糧をいただく日々でありたいものです。
小閑記
なぜ兄弟の目にあるちりを見ながら、自分の目にある梁を認めないのか。
~マタイ7:3~
私たちには特技があります。それは他人の欠点探しと自分の持っている欠点を見つけられない(見つけようとしない・認めようとしない)という得意技です。親は子供の、国民はその国の政治や問題を協議する解決するよりも、平和のために論議するよりも、不和を論議することを正義とし、互いに攻撃し合うという特技を持っているのです。
また、人はそのような誘惑に陥るのはなぜなのでしょうか。
私たちは、より悪い者でありたいと思うよりは、正しくありたいと思いますが、それが出来ないのはどうしてなのでしょうか。人はそのために考え、哲学してきました。
自分自身の性格や弱点を明らかにし、調べることは大切なことです。その高い理想に向かって生きることもまた尊いと言えます。しかし、聖書はもう一つ突き進みます。それは、「自分の愚かさを知る」という道、生き方です。愚かさを知って、何を得るのでしょうか。それは「謙遜」という宝です。自分の目の中にある「梁」である「傲慢」を知り、宝を得るのです。「寛容」という、得難い誉を手にするのです。この一つひとつは神のみ霊とみ言葉からくる光と神の叱責です。
まず、人も国も自らの欠点「梁」を素直に認め、それを直すことに多忙でありたいものです。人も国も他人や他国に対してもっともっと「寛容」に生きる特技を祈り、求め、伝えることでしょう。神様のみ旨を忘れる時、人は自らを正とするのです。その歩みを改めることを求道することがキリスト者の歩むべき道なのですから・・・。
世田谷通信(154)
猫 草
世田谷トラスト協会の里山保全活動に参加することにした。きっかけは生物多様性や里山の本を読んだこと。近所には国分寺崖線に沿って湧水や緑地などが残っている。急傾斜で開発しにくい土地というだけではない。マンション建設計画があっても、あえて開発せずに買い取って保護して残している。その活動に興味を持った。
そもそも守るべき自然とは何だろう?これだけ人の都合で改変しておきながら今更「自然」なんてあるか、という気もする。反面、人がちょっと手を加えたからって「自然」はもっと高みにあり頑健ではないかとも思う。
固有種を保護するために外来種を駆除するのは正しいのか。何かを守れば、何かを捨てることになる。その選択は単なる自己満足ではないのか。平安時代に渡来して七草にまで数えられているような植物はもう日本の固有種って呼びたいぐらいだがそれでもまだ外来種なのか。生物多様性だの遺伝子バンクだのと言っても、人間に都合の悪い害虫や害獣、病原菌は根絶しようとするではないか。ブラックバスは釣りのために人間が持ち込んで、増えすぎてワカサギを食べるからと駆除の対象になっているが、そもそもワカサギだって商売になるから持ち込んだ外来種であり。要するに人間の経済活動や利便性の枠に則っているかどうかが判断基準ではないのか。
そんなモヤモヤを抱えつつ、とりあえず活動に参加してみる。10人ほどのメンバーは皆さん、リタイアした年代のベテラン揃い。それぞれの得意分野、植物や鳥や水生生物に造形が深い。植物や昆虫は詳しいと自分では思っていたが、一歩里山に入ると斜面がきつくて周りをみるどころではない。言われるままに抜き、刈り、運び、ゴミを拾って、枝落としをする。全体像は見えないまま、手元と足元に集中するだけで精一杯。
帰宅して、70Lゴミ袋いっぱい引っこ抜いた「ノハカタカラクサ」を調べる。「観賞用のものが逸出し、野生化。進入年代昭和初期。在来草本植物と競合、要注意外来生物」ふうん、露草みたいで可愛いと思ったのに外来生物だったのか。さらに環境省のサイトをみると「要注意外来生物リストは平成27年3月26日をもって発展的に解消されています」とある。何それ。「発展的に解消」とはいかにもお役所言葉。まるで意味不明で、ぱあっと目の前で霧消した感じ。私のモヤモヤはさらに深まる。でも作業は純粋に楽しかった。3日後ぐらいに筋肉痛になるだろう。それでもまた行こう。続けていくうちに何か見えてくるような気もする。
*この添付のイラストは小学生のころ絵を描くのが大好きな次男がパソコンのペイントツールで描いたものです。
『美しい朝に』・・20・・
5月19日
今日も良く晴れています。衣替えも片づけもしないといけないのに、気持ちと身体が言うことをきいてくれません。次の血液内科は、6月7日(火)です。いつも、再発におびえています。5月の初めは体調も気持ちも落ち着いていて、完全に復活できたと感じていたのに、また、考え事をしていて寝れないのです。心が、ざわつきます。
5月23日
21日の夜から、体調が悪く昨日の夜は、37・7度熱が出ました。お腹を下したので、また腸の炎症だと思います。難病があるので、普通の内科では対応できません。緊急の頓服は、いただいていますので、しばらく、氷のうで様子をみています。6月7日の予約日が、近づいてくるのでいつものように、体調が不安定になってくるのでしょう。お祈りいただけたら、心強いです。
5月30日
つのぶえジャーナルで、実際に被災して立ち直られた方の励ましのお便りには「力強く暖かい思い」が感じられますね。私もトンネルの出口さえ見えない時が今まで何度もありました。そのたび「私は、ヨブにはなれないな」と思いました。泣き叫ぶようなお祈りも、少し状態が落ち着くと忘れてしまいます。それで、また「お祈りの課題」を頂いてしまいます。1番辛くて長かったのは心の闇でした。これには、時間が必要です。でも、その闇から立ち直れた時、身体の病は「あの時より辛いのはましだな」と感じます。
何度も死の淵まで行くのですが、奇跡的に一命をとりとめてきました。それで、まだやるべきことが残されているのだと感じています。
6月7日(火)血液内科(ITPの検査)
6月9日(木)眼科(網膜剥離のレーザー手術後の両目の検査)
6月23日(木)内科(ステロイドの副作用の血糖値の検査)
6月は、病院の予定ばかりです。それでも今の生活を1歩1歩、再発の恐怖と戦って、前に進みたいと思っています。たくさんの方々のお祈りの力で、ステロイド0錠で過ごせています。
6月7日
今日は、血液内科の日でしたが大雨でした。主人の車で送ってはもらいましたが、それでも大雨で、片手に傘、片手に杖でした。受付の方も入れ替わりがあったのか、慣れておられないようで、受付けも混雑していました。
昨夜まで体調が、悪かったのですが、眠れたのが良かったのか、血糖値以外
正常値でした。血糖値は148でした。少し、高めです。お腹を下したのも、腸の炎症反応はなく神経が過敏になっていたからみたいです。6月9日(木)は、大正区の眼科に網膜剥離のレーザーの手術後の定期検査です。朝の8時前には、到着予定です。最初は、間隔が短かったのですが、今は半年に1度の検査になって感謝です。6月23日(木)には、内科で体重と血糖値を測ります。お祈りありがとうございます。最後まで、気が抜けない6月ですが、車の中からも、雨にぬれる紫陽花も見れて、帰りは食べて帰れて、通院も立派なお出かけだと思っています。
6月10日
昨日は、眼科でした。瞳孔を開く目薬を両目に入れて検査していただきました。網膜剥離のレーザーのあとは異常がなかったです。「ホッ」としました。
次回は12月になりました。お祈りありがとうございます。帰りも主人の車で帰って来れたのでありがたかったです。瞳孔を開く目薬をした日は、目がまぶしくて痛くて昨日は、辛かったですが今日は、もう大丈夫です。
6月15日
こんばんは。蒸し暑い日は、心も身体もしんどいですね。いつも、お祈りありがとうございます。地震の被災のような時でも、病気になった時でも、実際に助け手として支える人がいればいいですね。また、心を開け放せる人が与えられることも大切ですね。私も子供が小さい時、ずいぶん長い間、真っ暗闇の状態が続き、何のために生きているのかもわかりませんでした。主人も両親や妹にも、家事や子育て全般を助けてもらいました。それでも、自分で自分を責めるのです。自分で自分を責めると死との恐怖で溺れそうになります。長い年月苦しみましたが、どうにか前を向いて進めるようになりました。お祈りできない時も、いっぱいあります。だから、今も長村さんに「お祈りしてください」とお願いしています。多くの皆様が、祈れない私の代わりに祈ってくださいました。
それで、今は難病とも向き合えました。本当に、ありがとうございます。苦しみを背負っている方々のそれぞれに、癒しの御手が届きますようにお祈りいたします。
(このメール文の掲載はK・Aさんの了承を頂いております)
その愛のゆえに
=時々の記=
(123)
5月16日
我が家の裏庭の八朔が真っ白い小さな花を咲かせだしました。みかんの花は5月に咲くのだったのかと、そのあまりにも可憐な美しさに見とれ、初夏の香りを思い切り吸い込みました。お茶農家さんではこれからはとても忙しくなって夜もお茶の機械を動かしているというのです。そのお茶が今売れ行きが減って、ペットボトル用のお茶に切り替えなければやっていけないということです。時代の移り変わりをもろに受けているそうです。
弱りたる老犬の愛く若葉風。
瑞々し山を映せる代田かな。
渓流に風走るなりかかり藤。
ルオーの絵修道女あり聖五月。
代掻きす同級生の白髪かな。 馬場路哉
主人の三重大病院での精密検査まで二週間となりました。神様に導かれて元気で生かされている今に感謝しています。検査日は31日火曜日です。主人は今度は入院するように言われても自宅で過ごすと考えているようです。村の大役が回ってきて、入院をしていられないというのですから困ったものです。それほどにまで人が減ってきている村になっています。
5月30日
明日は三重大学病院ですが、主人はひとりで行くというのです。そして主治医の先生が手術をするように言ったら、もうここまで生かされてきましたので手術はいたしません。このままで最後まで頑張ります、と言ってくるというのです。
すべてを神様に委ねて、最善を尽くしたいと祈っています。
白き鈴揺るるときあり甘野老。(あまところというはなのなまえです。)
馬鈴薯の花に翁の入院す。
白鷺の畔より田へと移りけり。
天地に光新たな五月来る。
万緑や稜線に雲飛び来る。 馬場路哉
5月31日
心配で、私も一緒に三重大まで付き添っていきました。検査の間、診察時間までの間、ずーっとジャーナル6月号を読みながら、祈りながら待ち続けました。診察の時刻は予定より大幅に遅れて一時を過ぎていました。いつもとは違って心配をしつつ、どこかに神様に支えられている確かさを感じて待っていました。先生に呼ばれて“だいじょうぶですよ„と一言言っていただき診察室が明るく感じました。毎日、山添村を一時間余り歩いているんですよと先生に伝えますと、それはすごい!と褒めてくださいました。肺、腹部、骨盤、大腿部とたくさんのCTを取っての結果が異状なしでしたので、何だかとても感謝な思いで名阪国道から見える山並を落ち着いて見つめることができました。
健康であることが当たり前ではないことをとても強く思わされた一日でした。
6月1日
昨日の診察室を出る際、主治医が一言、もし何かあれば連絡いたします。放射線の結果がまだ出ていないので・・・。たぶん大丈夫だと思いますが・・・。そして今日午後に三重大学病院から電話が主治医から入りました。肝臓に一センチほどのものができているので、6月6日に内科で病理検査を受けるように、とのことでした。もうこちらはお腹がきゅんと痛くなり、昨日の気持ちからがくんと突き落とされた思いでした。でも仕方がありませんから、また6日に行きです。 十年という節目でがんが転移したり再発する場合があるとよく言われています。主人と同じように俳句をされている方で右足膝にがんが十年前にできてお元気になられていたのですが、今年の三月ごろに再発されたと聞いたところでしたので、同病相哀れむというのでしょうか、この事実を受け入れて今度は内科の先生の言うとおりに従うしかありません。
山里の媼ぞ強し夏アザミ。
つらなりの美しきかなあまところ。
笹百合は幻の花山荒るる。
子ツバメの自由に飛ぶや鮎の如。
刈込し皐月ぞ今し花多く。 馬場路哉
6月11日
主人がMRIの造影剤を入れての検査に三重大学病院まで行きましたので、今日は一人で犬たちとの散歩、庭の花たちや野菜の水やり、夕食つくりを全部一人でしなければなりません。主人が台所へ立つようになってからは二人で食事の準備をするのがあたりまえのように思ってすごしてきました。一人で以前のようにしようと考えるだけでうんざりです。この暑さですから、ガスで調理をすると考えるだけで気力がダウンしてきます。手抜き料理を考えて何とか夕食の準備ができました。野菜はレタスがとても便利です。それにお豆腐の冷奴も冷たくておいしいですね。毎週山添村のおとうふの作り立てを届けてくれるのです。
部屋の中の空気は四方の窓を開け放ちますと、やはり裏の山側の窓を開けると風の涼しさが違います。裏の井戸水もとても冷たくて流しっぱなしにしながら手を少し冷やすと体感温度が下がります。何とかクーラーなしで過ごすことができる幸いを感謝です。五時を過ぎてようやく気温が下がりほんの少し涼しくなりました。夏の良いところは夕方にかけて涼むことができるところですね。
6月15日
不安な気持ちを抱えながら主人と検査結果を聞きに行きました。本当に感謝でした。神様は、今回もお支えください下さり、「異常はありません」というお言葉をいただけました。
先日の夜、裏山を見ると蛍が飛び交っているのに気が付きました。最近は見たことがなかったので、思わず歓声を上げてその美しい幻想的な光に見入っていました。結構たくさんいたように思われます。まだまだ自然が残っている山添村です。
数年前までは香りのよいササユリが花を咲かせていましたが、今は見ることができなくなってしまいました。
6月16日
昨日の検査結果が異常なしと言われたのにもかかわらず、なかなか寝付くことができずに、感謝の祈りをささげていました。入院、手術を覚悟していましたので本当にほっとしています。
献体碑新樹明かりが包みけり。
山歩き甘く匂ふはスイカズラ。
竹落ち葉かすかに音す朝散歩。
あかときを告げて飛ぶなりホトトギス。
羽広げつっと入りぬ親ツバメ。 馬場路哉
この雨のおかげで稲は大きくなり、作物は実らすとても大切な恵みの雨ですね。今年は家の古木の梅が沢山実を付けています。梅干を作ればよいのですが、まだその気力が出ません。大きな梅が黄色くなって庭に落ちています。何とかしなければと少し焦っています
馬場暁美
「上野緑ヶ丘教会会員」
解説 ウエストミンスター信仰告白 (48)
岡田 稔著
(元神戸改革派神学校校長)
第22章 合法的宣誓と誓願について・・2・・
2 神のみ名だけが、それによって人が誓うべきものであり、宣誓において神のみ名は、全くきよい恐れと尊敬をもって用いられるべきである(1)。それゆえ、あの栄光ある恐るべきみ名によって、みだりにまたは無分別に誓うこと、あるいは少しでも何か他のものによって誓うことは、罪深く憎悪すべきことである(2)。とはいえ、重要な事柄においては、宣誓は旧約におけると同様に新約においても、神のみ言葉によって保証されているので(3)、合法的宣誓が合法的権威によって課せられるならば、そのような事柄においては行なわれるべきである(4)。
1 申命6:13
2 出エジプト20:7、エレミヤ5:7、マタイ5:34,37、ヤコブ5:12
3 ヘブル6:16、Ⅱコリント1:23、イザヤ65:16
4 列王上8:31、ネヘミヤ13:25、エズラ10:5
二 ここでは、何が合法的であり、何が非合法的であるかを示している。しかし、聖句引用はほとんどが旧約聖書であって、新約聖書の場合、明白なものはコリント人への第二の手紙1章23節の「わたしは自分の魂をかけ、神を証人に呼び求めて言うが・・・」というところだけである。そして、なぜパウロがこのことにこのようなまでに真剣にならなければならなかったかについて、わたしたちは理解に苦しむのである。
へブル人への手紙6章16節は、神がご自身をさして誓われたと言うのであって、これには少しの疑問も生じない。むしろ ヤコブの手紙5章12節の「さて、わたしの兄弟たちよ。何はともあれ、誓いをしてはならない」ということを覚えることである。
「合法的権威によって課せられる・・・」場合とは何であろうか。教会の小会などが、嫌疑者を調べる場合「神に誓うこと」を要求してよいかどうか。また、裁判所で宣誓を要求されたとしても、日本ではそれは唯一の神にではないから、むしろ誓い得ないのではないだろうか。
3 宣誓する人はだれでも、非常に厳粛な行為の重大さを正当に考慮すべきであり、宣誓においては、真理であると十分確信していること以外の何事をも公言してはならない(1)。だれでも、善で正しいこと、自分がそう信じていること、また自分が行なうことができ、行なう決意をしていること以外の何事をも行なうと、誓うべきでない(2)。とはいえ、合法的権威によって課せられて、善で正しいことについての宣誓を拒むことは、罪である(3)。
1 出エジプト20:7、エレミヤ4:2
2 創世24:2,3,5,6,8,9
3 民数5:19,21、ネヘミヤ5:12、出エジプト22:7-11(6-10)
三 これは前項の補足であり、その半面を述べたまでである。
4 宣誓は、言葉の平明な普通の意味において、あいまいな言葉使いや隠しだてなしに、すべきである(1)。それは罪を犯す義務を負わせることはできない。しかし宣誓するならば、罪の事柄でさえなければどのような事でも、たとえ自分自身の損失になっても果たす義務がある(2)。またたとえ異端者や不信者にしたものであっても、宣誓を破ってはならない(3)。
1 エレミヤ4:2、詩24:4
2 サムエル上25:22,32-34、詩15:4
3 エゼキエル17:16,18,19、ヨシュア9:18,19、サムエル下21:1(*)
*ヨシュア9:18,19をサムエル下21:1と比較
四 もし宣誓をするとすれば、ごまかしたり、誤解される危険のないような言葉を用いなければならない。宣誓に忠実であろうとして、新たな罪を重ねることはけっしてなすべきではなく、そのような場合、非合法な宣誓を行ったこと自体が悪かったのであるから、その罪を受けるべきであって、宣誓にそむくことは止むをえない
しかし、宣誓の内容が自分に不利益になったから、という理由からでは不履行は許されない。また、相手が異端者であったとしても、そのことは宣誓への自身の義務は解消しない(ローマ・カトリック教会の場合は解消すると教える)。
さんびか物語・・・28・・・
(広く愛唱されている50曲)・・・27
ポ―リン・マカルピン著
(米国南長老教会婦人宣教師)
讃美歌286番
神はわがちから
<神様のみ言葉>
「神はわれらの避け所、また力。苦しむとき、そこにある助け」。
~詩編46編1節~
この讃美歌286番は、「全き信頼」をテーマに歌い上げた素晴らしい讃美歌の一つであります。この讃美歌の主題は、どのようなことがあっても、神様は私たちの信頼にお答えになる、唯一の避け所、まことの力でいましたもうということであります。ですから、霊的に貧しい現代人にとって、この讃美歌は、希望と大いなる励ましと慰めとを与えるものと信じます。
この歌詞が書かれた18世紀前半のイギリスは、今日の社会と同様に、霊的にも信仰の面においても、道徳的な面においても、堕落の一途をたどっていた時代でした。このような時に、イギリス人に、再び真の避け所である神様に立ち返らせようと、世の人々に呼びかけた一人の作者があらわれました。アイザック・ウオッツであります。
作詞者アイザック・ウオッツについては讃美歌138番でもご紹介いたしましたが、彼は1674年7月17日、サウザンプトンに生まれました。アイザックの両親は、プライベート・スクールを経営し幼い子供たちを養育し、非常に信仰深い夫婦でした。
父のエノク・ウオッツは英国国教会の反対者で、信仰のために数回にわたって投獄されています。アイザックは8歳の時から詩才に恵まれていたのでしょうか、詩を書き始めると同時に、高等学校時代には、ギリシャ語、ラテン語、ヘブル語に優秀な成績であったとも言われています。
彼の才能を知ったサウザンプトンのある医者は名高いオックスフォードかケンブリッジ大学で勉学できるようにと奨学金を受けることを奨めましたが、それを辞退しました。辞退した理由は、当時の両大学の入学資格の一つに、英国国教会の信者でなければならないという条件があったからであります。
彼は非国教会の私立ストック・ニューイントンにあった大学へと進み、卒業後の2年間、自分の家に帰って、600ほどの素晴らしい讃美歌を書いています。それらを集めて、1707年Hymns and Spiritual Songsと題して出版しました。
この讃美歌は、イギリスの創作讃美歌集の最初ものであるばかりでなく、内容においても、旧来の詩編歌の型を破って自由な新しいユニークなものでした。当時の讃美歌は、詩編の言葉そのままを用いていましたが、彼は、詩編の本来の意味をそこなうことなく、詩編の生命的な意味を十分に生かした聖書の言葉を用いているところに、彼の特殊性があります。
彼は、1702年にマーク・レイン教会という大きな教会の副牧師として迎えられ、10年間牧会に全精力を注ぎました。しかし、以前より虚弱であった彼は、1712年病に倒れ、終生病の人となったのであります。病の中にあった彼は、マーク・レイン教会の会員であった、アブニー卿が彼を別荘に招いたのが縁で、その家の客となり、終生、その家の客として(36年間)そこで過ごし1748年に天に召されました。
36年もの長い間、彼の世話をしたアブニーご夫妻は、アイザックの信仰に、深い尊敬と愛とをもっていたのでしょう。この恵まれた環境にあって彼の才能はより一層発揮され、神学、哲学、論理学、天文学、地理学という広い範囲にわたって、60ほどの著作を残しています。彼の影響は、イギリスの教会は言うにおよばず、アメリカでも深いものがあります。
1954年版の讃美歌には、彼の書いたものが17曲ありますが、日本の教会で広く愛唱されているのは、286番のほかに138番、142番、330番があります。ともあれ、アイザック・ウオッツは「イギリス讃美歌の父」と仰がれた偉大な人物でした。
讃美歌の曲DUKE STREETについては、次のような話があります。
この曲は、最初、ヘンリ・ボイドによって発表された讃美歌集(1793年)の中に作者不明として発表されました。その後、この曲がジョン・ハントという無名の一信者の作であることが明らかになり、ハントが住んでいた町の名前であるDUKE STREETが曲名になったそうであります。この曲は、英米人、特にアメリカ人が愛唱し、1820年にアメリカに紹介されて以来、このメロディーは、いろいろな歌詞に用いられて多くの人々に知られるようになりました。
<286>
1 かみはわがちから わがたかきやぐら
くるしめるときの ちかきたすけなり。
2 たとい地はかわり 山はうなばらの
なかにうつるとも われいかに恐れん。
3 かみのみやこには しずかにながるる
きよき河ありて み民をうるおす。
1節から3節までは、詩編46編にもとづいていますので、聖書のみ言葉と比較しながら学びましょう。
聖書の詩人が歌っていますのは、「神はわれらの避け所、また力。苦しむとき、そこにある助け。それゆえ、われらは恐れない。たとい、地は変わり山々が海のまなかに移ろうとも。・・・川がある。いと高き方の聖なる住まい、神の都を喜ばせる」(詩編46:1~4)と記されています。
1節では、作者は同じように、“神はわが力、わが高きやぐら、苦しめるときの近き助けなり„と歌っています。
高慢な人は、いつも自分自身をたのみとするもので、信仰などは弱い者、病人のためのものに過ぎないと思っています。しかし、人には、かならず、悲しみや苦しみが襲ってきます。自分の力ではどうにもならないその時、どこに逃れ、どこから苦しみや悲しみに耐える力を得ようというのでしょうか。この世の知恵にでしょうか。そこにはありません。
その知恵と力は“まことのより所である神様から„与えられるのであります。この生ける神様のほかに、助けてくださるお方はおられません。
2節では“たとい地はかわり、山は海原の中に移るとも、われいかで恐れん„と歌っています。あなたは、天変地異の異変に出会う時、どのようにお考えになりますか。“われいかで恐れん„と歌うことはできますか。自然の災害は、人の知恵や力ではどうすることも出来ないものと、あきらめますか。作者も詩人も共に、「神様への信頼」がその避け所であると教えています。
しかし、今日、自然の災害とは違った災害のあるのをご存知でしょうか。それは霊的な災害です。今日の世界は、霊的・信仰的には、まったくの砂漠であり、小さなオアシスさえない状態であります。この災害の中にあって、あなたは、その魂の渇きを、何によって潤そうとなさいますか。
神様は、「聖書のみ言葉」を、いのちの水であると言われ、「わたしから学びなさい。そうすれば、たましいに安らぎが来ます」とお語りになっておられます。この神様に、全てをゆだねて、神様のみ力と助けを待ち望むことこそ、キリストを信じる者にも、未信者の方でも正しいあり方であります。
主イエス・キリストが、譬えでお教えくださいましたように「岩の上に建てられた家が、雨に打ち叩かれても、洪水に襲われても、倒れなかったように」たしかな土台の上に立たなければなりません。
3節では、神の都にある、きよき川について歌っています。
新約聖書のヨハネの黙示録22章1節では、「いのちの水の川」と言っています。また、イエス様は、サマリヤの女に「わたしが与える水を飲む者は誰でも、決して渇くことがありません。わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠のいのちへの水がわき出ます」(ヨハネ4:14)と教えています。この永遠の水を、あなたも飲み、心の渇きをいやしてください。
4 みことばのみずは つかれをいやして
あらたなるいのち あたえてつきせじ。
5 かみのみもとべは つねにやすらけく
くるしみなやみも 消えてあとぞなき。
4節では、聖書のみ言葉を、ふたたび、「いのちの水」にたとえています。聖書のみ言葉は、神様のみ言葉であります。このみ言葉を心にいただくことによって、魂の渇きも疲れもいやされ、新しいいのちへと生き返ることができるのであります。私たちが、日々聖書に接し、親しみ、このみ言葉を自分の血肉の糧、魂の糧によってのみ、私たちは、霊的に新たにされるのであります。
5節では、神様のみ前にある「永遠のやすらぎ」について教えています。私たちが、心から神様に信頼し、神様が共にいたもうとの約束を信じる時、どこに不安や迷いがありましょうか。
ダビデは神様に信頼する者の喜びを歌っています。
「主よ。どうか、あなたのみ顔の光を、私たちの上に照らしてください。あなたは私の心に喜びをくださいました。それは穀物と新しいぶどう酒が豊かにあるときにもまさっています。平安のうちに私は身を横たえ、すぐ眠りにつきます。主よ。あなただけが、私を安らかに住まわせてくださいます」(詩編4:6~8)。
私たちのよりどころ、それは神様のみであります。
ビルマ
戦犯者の獄中記 (64) 遠山良作 著
昭和22年
―タキン党事件の裁判の状況―・・12・
―落下傘諜者を追跡して・・5・・
逮捕した諜者は英印混血児である名をホード中尉だと言う。彼は足に負傷していたので逃げることができなかった。落下傘で降下するとき、落下傘が木に引っかかりその際負傷したとのことであった。彼の任務は無線士でインドに駐留している英軍と連絡する任務である以外のことは、一切自白しない。さすが英軍の将校である。彼は腹巻に金貨(10円銅貨大)98枚、地図、日本軍が発行していた軍票を持っていた。他に無線機一台、暗号書、拳銃一丁を押収した。明るくなったので逃げた二人を追跡したが、その行方は分からなかった。
浜田曹長は逮捕したホード中尉と押収品を持って、状況報告のため分隊に帰った。残った我々で二人の追跡を続けた。
二人の逮捕は時間の問題であると思っていたのにどこに消えたのかその後何の手がかりもないまま1カ月は過ぎた。
乾期もいつしか雨期になり、毎日降り続く雨との戦いの明け暮れである。一日に30キロから40キロは歩くのである。宿泊地は竹と木の葉で作った高床式のニッパ葺きの小屋である。上から下までズブ濡れになった衣類を乾かして、その日の夕食をするのである。その食事にも困った。米はどこの家にもあるが副食物がない。どんな家でも鶏は放し飼いにしているので、それを買い上げてそれを塩焼きにして食べた。
野鳥のように引き締まった肉の味はたまらなかったが1カ月も昼も夕食も食べていると鶏の肉を見ただけで食欲がなくなってしまう。現地人は木の芽、野草類を摘んで塩汁を作り、それにナピー(魚と唐からしを入れて塩から風にしたもの)が常食であるが、私たちの口にはなかなか馴染めない。野菜を作らず焼畑米作のみで生活している彼らから野菜を求めることは不可能であった。
とにかく早く彼らを逮捕して帰りたい。あせりの気持ちは私ばかりではなかったと思う。そんなある日のことであった。A村からイエ町に沿っている河の下流にB村があることを知った。まだ一度も行ったことのない部落である。現地の案内人を雇い20キロくらいあるB村へ行くことになった。河に沿っている道はだんだん細くなり、とうとうなくなってしまった。案内人は「ダ」(常時、携行している山刀)でジャングルを切り開いて進む。500メートル進むのに1時間もかかる。
「あなたに聖書を」
「キリスト教百話」・・・43
問21 キリスト教でいう「救い」とはどういうことでしょうか。・・5・・
答・・10 現に今も全世界において何人かの人が死んでいるのですが、統計的に一時間に何人の割合で死ぬということを知っても、それは現象としての理解であって、それが自分の存在に響くものではありません。
しかし、例えば自分の家族の一人が死という場合には、それも現象であるには違いありませんが、その現象は自分を大きく揺さぶります。嘆き、悲しみに包まれます。それは自分にとって掛け替えのない大切なものが失われたことであるからです。その大切なものというのは、人格的関係と言ってよろしいでしょう。つまり、今までは「わたし」に対して「あなた」であった関係が、「あなた」と呼ぶことも、逆にそう呼ばれることもなくなってしまって、いくら呼びかけても何の応答もなくなってしまった、ということです。人格的関係がない人の死は、現象であるだけですが、関係における死は、大切なものの喪失という意味を持つのです。
「死」は「命が失われること」という意味内容を持つことは、先述した通りですが、その「いのち」というものが掛け替えのない自分の子どもであったり、伴侶であったりする場合には、その死は、自分が命としていたものを失うに至ったこととして、もはや今までの自分ではなくなることになります。
昨日までの自分と、「自分のいのち」を構成していたものが失われた今日の自分とは違うのです。この違いに耐えられないところに、悲しみがあり嘆きがあるのです。「もう一度生き返って来て」との切なる願いがあっても叶わないところに、この「いのちの喪失」が「自分の喪失」ともなるのです。
ただし「いのちの喪失」は、自分にとって「何をいのちとしているか」ということと関連します。それは「自分の存在を意義あらしめているもの」が何であるかという問題です。それはこの世における自分の存在の評価とも関連することでもありまして、例えば政治家なり学者なり技術者なり主婦なり、そのほかの何かであっても、そのことが自分の生きている生きがいであり、存在を支えているとすると、そういう役割を果たせなくなった場合には、自分の存在の意義がなくなってしまうわけですから、身体的現象としてのいのちはあるものの、そのいのちの意義内容となっているものは喪失したことになります。いわゆる「役立たず」人間になってしまうわけです。
そういうことから言って、政治家としての死、技術者としての死など、その人が自分の一番大切にし、拠り所としていたものの喪失が、自分の死ともなるのです。この死に耐えられないので死を選ぶ人もいます。
篠田 潔
(日本基督教団隠退教師・元「キリストへの時間」協力委員・ラジオ説教者)
<2016年7月のラジオ放送予定>
7月 3日 大藪 博康 (名古屋高等学校・中学宗教部長)
10日 大藪 博康 (名古屋高等学校・中学宗教部長)
17日 高見伊三男 (名古屋学院大学宗教部長)
24日 文 禎顥 (名古屋学院大学経済学部准教授)
31日 葛井 義憲 (名古屋学院大学法学部教授)
(放送開始1952年10月)
CBCラジオ「キリストへの時間」(1053KHZ)
毎週日曜日朝6時30分~45分放送
「ローマ人への手紙」研究」
第73課 キリスト者生活の実践的義務
=12:1~15:13=・・・19・・・
B キリスト者の市民的義務・・・2・・・
13:1~7・・・2・・・
キリスト信者は、上なる権威に服従するよう命じられているのです。さらに、パウロは「神によらない権威はなく、おおよそ存在している権威は、すべて神によって立てられたものだからである」と述べられています。私たちはこの言葉の意味を考えなければなりません。
神は全ての権威の究極的根源であられます。両親が子供の上に権威を持つのは、その権威が神に由来するものであるからであり、為政者が権威を持つのも同じ理由からです。このことは正当で道徳的な権威についてばかりでなく、サタンの権威についても言えるのです。ヨブ記を見ると、サタンは神より与えられている権威の外には、何らの権威も持っていないのです。或る意味において、神はサタンに与えていると言えます。
新約では、サタンとその王国の権威について語られています。サタンが如何なる権威を持つにしても、それは神より来ているのです。もちろん、このことはサタンのなすことが神を喜ばせ、神の律法に調和しているという意味では決してありません。
復活後、イエスはその弟子たちに言われた、「わたしは、天においても地においても、いっさいの権威を授けられた」(マタイ28:18)。これは最高の道徳的意味における権威です。それは神に喜ばれる、神が承認される、神の律法に調和する権威です。他方、黙示録13:5は、海から上がって来た獣に与えられた権威について語っています。この権威は、究極的には神に由来するものですが、邪悪で不道徳で神の律法に反するものです。 J.G.ヴォス著
玉木 鎮訳(日本キリスト改革派教会引退教師)
東京大学大学院人文社会系研究科博士課程
いのちのことば社
スーザン・ハント
「緑のまきば」
「聖霊とその働き」