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ほっとひととき『みんなのコーナー』
☆ 体育館生活の友人にメールしてご家族の洗濯物をお預かりして、届けることにしているのですが、多くの方が着替えることも出来ずの生活の不便さを知り、悲しい思いになりました。本当に何もかもを失ったのだと思いました。主人とこれからも洗濯屋さんをしようと、今日も頑張っています。家のお風呂に…と言いましたら、周りの人も我慢しているからと遠慮されました。 熊本県 T・Pさん
☆ 熊本におられる多くの方々の大変さはよくわかります。体験した者のみが理解できる部分もあります。お顔の表情、控え目な言葉の一つ一つ、あの壊れた家、私たちはその家すら流されてしまった悲しみ、不便さも同じでしょう。温かいお風呂に入りたい~、着替えもしたい、・・・。何ケ月も木々の緑やお花を見ることを忘れていました。そんな生活でしたが、今は周りの皆さんと支え合って乗り越えました。希望だけは失わないでください。「ジャーナル」さんをお借りして、お伝えしたいと思いメールしました。 岩手県 A・Kさん
☆ 道路が回復したので、主人の運転で、お子さんの着替えや身の回りの必要なものを車に詰め込んで熊本の友人をお見舞いに行きました。数ケ月前にお訪ね家やお庭は無残な姿になっておりましたが、何とか雨は避けられるからと言って、余震に怯えながらでしたが過ごしていました。短い時間の間にも余震を感じました。避難所には大勢の方がおられました。落ち着いた生活とは程遠く、時間の過ぎるのは違った心の負担を生み出す感じがいたしました。入浴、着替え、トイレは食べ物とは違った欠くことのできないもので、一日も早く整えられることを願わずにおれませんでした。重い気持ちで帰宅しました。主人も言葉数が少なくなっていました。・・・。 宮崎県 T・Yさん
☆ ・・・・。ごめんなさい。このメールの時だけが素直になれます。正直、疲れました。何にもする気持ちが起きません。このまま消えてどこかに行きたい・・・・そんな気持ちに襲われます。若いから家族の支えになってあげて、と言われる毎日、もう嫌だ。これからもこんなメールを送らせてください。 熊本県 疲れたくまモン
☆ 入院していた主人が1年振りに退院したのを感謝して、私の下手な運転ですが2泊3泊の温泉に行って来ました。新緑に歓迎されたり、藤棚を見たり鯉のぼりを見たりしていました。今まで何度も見た風景でしたが、主人が食い入るように見ている横顔を見て、胸がいっぱいになりました。・・・。茨城県 O・Kさん
☆ 熊本の方々のことをテレビで見ていると、仮設の両親のことを思い出します。大勢の中で、寒い体育館におりましたが、仮設に移り一安心したとき、それまでの疲れが出て父は入院になってしまいました。古くからのお付き合いの方に支えられて、20日ほどの入院で済みましたが、父も母も心細かったといっていました。今回は、地域単位で考えられているとか。うれしい行政の配慮なのでしょう。・・・。 東京都 T・Lさん
☆ 熊本や大分の皆さんに、お元気になってほしいと思いメールしました。NHK連続テレビの「あまちゃん」で全国各地の方から激励の言葉や三陸の観光地を訪ねてくださいました。復興に向けた活動で元気づけられ、あきらめていた地域の名産も買っていただけました。当時の「あまちゃんブーム」ほどではないですが、2年半過ぎても今も私たちのところに来てくれています。今は大変でしょうが、地域が元気を失ってはだめなのですね。大丈夫です。支え合う力はすごいですよ! 岩手県 N・Rさん
『ありがとうございます』
・・・「ほっとひととき・・・」???編
◇ 先日、仕事で大阪に行った時ですが、食事の雑談の時、出身地を聞かれ、佐賀ですと言いましたら、佐賀???という反応にショックを受けました。調べてみたら全国の知名度は40位以下の常連県、こちらの方がより強いショックを受けてしまいました。友たちと「佐賀の魅力」って何かある、と聞いたところ、出てきませんでした。県民愛不足を反省して、「魅力探し」を秋の行楽休みにすることにしました。・・・。
◇ ・・。見にくい写メでしょうが・・・、とのコメント共に初夏のような暑さで 雪もだんだん少なくってきた富士山の写真を静岡のH・Tさんが送ってくださいましたが、皆さんに6月号をお届けする頃には、その残り雪も消えているのでしょうか。H・Tさん6月の富士山風景を教えてください。
5月も、皆様のお祈りと投稿で6月号をお届けすることが出来ました。被災された方々とその関係の方々のことは、お送りくださるメールで、決して忘れることはありません。お祈りしています。
2016年4月16日から2016年5月15日までの「つのぶえジャーナル」事業への寄付者
西田孝雄様 太田敏子様 佐藤のり様 岡田千歳様 長津 栄様 匿名1名様
郵振替口座番号 00800-1-45937 つのぶえ社
お便り下さる方はこのメール アドレス osamura@kind.ocn.ne.jp をご利用ください。
「つのぶえジャーナル」(米国南長老教会文書伝道事業)刊行責任者
つのぶえ社代表 長村秀勝
心に憂いがあればその人をかがませる、しかし親切な言葉はその人を喜ばせる。
~箴言12:25~
私たちの日々は情報や文字・言葉の中で生活しております。しかし、それが有益とは限りません。きれいな言葉であっても毒もありますし、言葉が凶器にもなります。文字を持たない人々もおりますが、情感豊かな言葉で自然を歌い上げ、こころ豊かにさせも致します。
「親切な言葉は人を喜ばせる」。そのような言葉はあるのでしょうか。自分に問いかける時、言葉を失います。しかし、無言でいることはできません。出来ることなら、親切な言葉、人に希望と勇気と喜びを伝えたいと思います。母親はわが子にかける言葉は美しいもので、誰もが持ち合わせている言葉であり、思いと言えます。
しがし、人を罵り侮辱し、差別の言葉で償いきれない傷を負わせていることも事実です。主よ、私には償い切れないほどの数で、意識・無意識的な、悪意に満ちた言葉を口にいたしました。どうかお許しください。お導きください、と祈ります。勇気をもって親切な言葉を語れるようにしてください。言葉だけでなく親切な行為へと導いてください、と祈ります。
神様ご自身は、私たちに対して沈黙したままのお方ではありませんでした。神様が私たちに語られる愛、優しさは何と大きいことでしょう。キリストが「人はパンだけで生きるものではなく、神の口から出る一つ一つの言葉で生きるものである」(マタイ4:4)とお語りになりましたが、この神の口から出るお言葉を言葉としてだけではなく、神様のなさった行為と共に示されたことを知るとき、言葉にならない喜びに満たされるのです。
神の言葉は愛であり、力なのです。
前に置かれている望みを捕えようとして世を逃れてきた私たちが、力強い励ましを受けるためである。この望みは、わたしたちにとって、いわば、魂を安全にし不動にする錨であり、かつ「幕の内」にはいり行かせるものである。
~へブル6:18~19~
キリスト者の生涯には、二つの力があって、この世を無事に通らせるものと、限りない命に至らせるものとがあります。これら二つの力というのは、信仰と希望とであります。また神様と共にある生活の本質は愛であります。信仰が捕え、希望がその未来に導いてくれるのも、愛であります。
希望はキリスト者の翼です。これに乗ってこの世を渡り、戦い、ときに傷ついても逃れることが出来るものです。このみ言葉にありますように「不動にする錨であり、かつ「幕の内」にはいり行かせるもの」であり、勝利へと導いてくださいます。
南の国の渡り鳥が、春になると北へひかれるのを感じるように、希望はキリスト者を招き、この世から離れさせます。そうして、翼が鳥を高く高く運ぶように希望は、キリスト者を天のみ国へと連れて行きます。
希望と信仰とは過ぎゆけども
愛は永遠に絶えることなし。
「あの方はどなたですか」
あの方はどなたですか あの方はどなたですか
罪を許し清めてくださる 神のみ子キリストです
あの方はどなたですか あの方はどなたですか
とわの命与えてくださる 神のみ子キリストです
あの方はどなたですか あの方はどなたですか
真の道示してくださる 神のみ子キリストです
あの方はどなたですか あの方はどなたですか
悪魔に打ち勝たせてくださる 神のみ子キリストです
水野源三第二詩集「主にまかせよ汝が身を」
猫 草
前回の続き。ウサギさんの食欲不振がいよいよ深刻になり、強制給餌しても飲み込めないという事態になった。栄養が採れなければ死に直結してしまう。慌てて翌日動物病院に連れて行き、診察。やはり口の中のトラブルではないか、口の奥をみると、舌に傷がついているとのこと。麻酔をかけて口の中を診察してもらう、奥歯が内側に向かって伸びすぎて、両側から舌を圧迫し、傷つけていたことがわかった。
削ってもらった歯と口の中の写真を参考までに見せてもらうと、鋭利な歯先で舌が切れていた。人間だってちょっと歯の治療後や口内炎ができただけでも食欲を失うことがある。かれこれ1ヶ月も、食べようとするたびにさぞかし痛かっただろうし、おなかが空いているのに食べられなくてどれほど辛かっただろう。ともあれ無事に手術終了、麻酔が切れて帰宅したらすぐに草を食べ始めた。わかりやすい。激減した体重もこれで戻るだろう。
食欲不振に気がついていながら、なぜこんなに発見が遅れたのか考えてみる。レントゲンは診察初期に撮っていたが異常は発見できなかった。理由は横からの角度で内側に伸びているのが写らなかったこと。痛い割には固い異物をずっと齧り続けていたこと。診察してもらっても、傷ができるまで口腔内の状態がよくみえなかったことが、診断に確信が持てず判断を鈍らせた原因である。
そしてどうしたら今後歯の伸びすぎを防ぐことができるのか?については牧草をしっかり噛んで食べるしかない、それでも噛み合わせが悪ければ半年に一度ぐらい病院に削りにこないといけない、ということである。頻度が高くて毎回麻酔をかけるのが負担になる場合は、ウサギ専門医(そんなものが存在するのか)だと麻酔せずに切ることもできるらしい。人間と違って齧歯類はどんどん歯が伸びてしまう。ある意味、歯のトラブルは宿命なのかもしれない。
というわけで、早期発見、早期治療の教訓にすべく、切った2mmほどの歯先をもらってきた。こんなにも小さな切片が文字通り命を削っていたのだ。野生だったら致命的だろうが、ペットなので一命をとりとめることができた我が家のウサギ、今日も元気でなにより。
*この添付のイラストは小学生のころ絵を描くのが大好きな次男がパソコンのペイントツールで描いたものです。
3月22日
春は花粉症に悩まされる時期でした。特に、ベッドメイクの仕事の時は、ほこりがすごかったので「花粉症」が悪化して「蓄膿」になってしまい、1年くらい耳鼻科に通院していました。「蓄膿」は、治りましたが花粉症はあり、今も、くしゃみは時々出ますが、以前ほどひどい症状は出なくなりました。血液内科の先生によると「ステロイド」は、花粉症にも効果のあるお薬だそうです。血小板の治療で1年くらい服用していましたので、現在は服用していなくても花粉症には良かったのかもしれません。血糖値も正常になりましたし、久しぶりに「カレーライス」を食べました。炭水化物たっぷりでも平気です。辛いことの後のささやかな喜びは格別です。
3月24日
本当に三寒四温ですね。もう、暖かくなると思っていたのに、風邪をひいても仕方のない気温の上がり下がりが急激ですね。桜の季節は、体調の悪い時は桜を通院の途中に車の窓の中から見るくらいでした。今年は自分で桜の写真を写せればいいのですが・・・。昔放送していたドラマの「JIN 仁」を、久しぶりに見ました。江戸時代へ医者がタイムスリップする話ですが、その中で「神様は乗り越えられる試練しか与えない」という言葉が、何回も出てきます。その言葉は、いつも自分に言い聞かせている言葉なので心に残りました。
4月4日
今日も、雨が降りそうな空模様です。まだ、雨は降っていなかったので、満開の桜を写してきました。今年も、車の中からだけのお花見かな?と思っていましたが、自分の目で見れて満開の桜を写すことが出来て幸せです。いつも、お祈りありがとうございます。
4月7日
大阪は大雨です。夏への強い風が吹いています。春は電車が、よく止まります。雨風もありますが、中には、人身事故もあります。転勤、卒業、その他いろいろと環境が変わり、逃げ場のない辛さからでしょうか。辛い方の助け手があらわれるように祈ります。辛い時、いつも共にいて下さる方がいらっしゃいます。祈れば、きっと逃げ道が示されます。命を落とすしかないと思い詰める気持ちには「頑張れ」と励ましたりすることは絶対だめだと言われています。逆効果です。「そのまま」でいいのです。頑張らなくていいのですと、祈って伝えたいです。
4月9日
おはようございます。今日は、良いお天気です。朝、早くから掃除をしました。窓を開けて、空気の入れ替えをしました。布団カバーも交換して掃除機をかけました。洋服の衣替えも始めました。疲れやすいので、休み休みしています。でも、明日はまた寒いみたいなので全部は無理みたいです。少し、横になって休憩しますね。
4月16日
こんばんは。暗いニュースが流れています。知人もいますが、時が流れて落ち着くまで無理な連絡は迷惑になると思いますので差し控えています。あの兵庫の地震を実際目の当たりにしているだけに辛いことだと感じています。
=時々の記=
(121)
3月16日
主人は毎日、リハビリに励んでいます。山添村内を歩くこと、一時間。一時間歩いていると誰かに出会って、励ましをいただいているようです。よく頑張っているなと感心しております。あともうお一人、同じ様に病を克服しようと毎日歩いておられる方がいるようです。その方は山へ向かって歩き、主人は山から里へと歩いているようです。土手には黄色のラッパ水仙が華やかに彩っています。もうチュウリップがぐんぐん伸びてきています。勢いを感じさせてくれる自然界です。
思ひでとなりたる雨の梅見かな。
早天に集へば清し(すがし)受難週。
永遠の安き給はむイースター。
白梅の暫しは凛と含みける。
ルオーの絵線の太しや受難週。 馬場路哉
3月20日
今朝、玄関からいつもとは違う気配を感じました。おはよう!今年もよろしく、と言わんばかりに三羽のツバメが南の国からやってきてくれました。よく覚えていてくれたんだなととてもうれしく思い、春の歌の“ららら、赤い花束、車に積んで”を口ずさんで一人喜んでいました。桜の開花と同じように今年はツバメがやってきてくれるのが十日ほど早いように感じます。野の草花、自然界に生きる動物たちから、教えられることがまだまだたくさんあります。
山椿、咲ける谷より風きたる。
風強したちまちのうち畔を焼く。
山口で信徒となりてイースター。
早天に一人祈りぬ受難週。
教会に立つ賛美歌や春の声。
一歩ずつ急坂登る受難週。 馬場路哉
3月27日
今朝ツバメたちが縄バリ争いをしているのを発見いたしました。去年作り上げた大切な巣を巡ってです。二羽のツバメがぶつかり合って喧嘩をしています。どうすることもできずに、お昼になってそのうちの一羽が巣から突き落とされて死んでいました。このような生き物たちにも厳しい生存競争があるのですね。庭の片隅に穴を掘って埋めてやりました。遠い国からやってきたばかりなのに。
桜も4月のスタートをお祝いするかのように一気に満開に近くなりました。散歩道にはチューリップ、れんげ、木蓮、スミレ、などがとても美しく咲き誇り、目を楽しませてくれています。これらすべてが神様からの祝福として頂いているかのようです。私たちも素直に小さなことに感謝できるものに成長したいです。
この山の全体芽吹く色をなす。
薔薇の芽の揃ひし庭の明るかり。
合流す川の弾ける春日かな。
白連のほころび初めて空青し。
菜の花の清澄(せいちょう)にして優しかり。 馬場路哉
4月8日
毎日の主人の日課はリハビリに始まります。雨の日も頑張って約一時間歩き続けています。骨が弱ってきているのがよくわかるというのです。手術の際に骨を削って支えるために長さ50センチほどのチタンを添わせてあります。それが時には外れそうになったり、ぎくしゃくしているのが歩くとわかるらしいのです。このような手術は三重大学病院でも初めてのことでしたので、15年たって違和感が出てきているようです。
玄関に大きな声やツバメ来る。
教会を出やカバンに色卵。
山青く春の曙鴇(とき)色に。
庭隅や小ぶりのこぶし暮れ残る。
春霜や山峡玉の日より来る。 馬場路哉
4月11日
我が家に昨年秋に植えた花見月があきらめていたのですが、小さな芽を出し始めました。嬉しいです。あきらめかけていたころに新芽を出してくれるなんて嬉しいものですね。あまり、期待しすぎない様に自重しています。この一週もまた雨の日あり風の日あり、温かい春の日ありのようですが、一日一日感謝して歩むことができますように。健康が支えられますようにお祈りいたします。
馬場暁美
「上野緑ヶ丘教会会員」
岡田 稔著
(元神戸改革派神学校校長)
第21章 宗教的礼拝および安息日について・・4・・
7 一般的に、正当な割合の時間を神礼拝のために聖別するということが自然の法則であるように、神は、み言葉において、すべての時代の人に義務を負わせる成文的・道徳的・永久的な命令によって、安息日のために七日のうち一日を特に定めて、神に対しきよく守るようにされた(1)。それは世の初めからキリストの復活までは週の終りの日であったが、キリストの復活以後は週の初めの日に変わった(2)。これは、聖書で主の日と呼ばれ(3)、キリスト教安息日として世の終りまで継続されねばならない(4)。
1 出エジプト20:8,10,11、イザヤ56:2,4,6,7
2 創世2:2,3、Ⅰコリント16:1,2、行伝20:7
3 黙示1:10
4 出エジプト20:8,10、マタイ5:17,18(*)
*出エジプト20:8,10をマタイ5:17,18と比較
七 ここは前項の後半に記された特別な礼拝に関して、ことに「神がみ言葉または摂理によってそこに招かれる時」について、本項は取り上げている。
十戒の第四戒の安息日条項の解釈はなかなか論議が尽きない。教理問答の答えを参照する必要がある。カルヴァンは礼拝論で旧約と新約の本質的連続性を主張する程には安息日規定の「七日のうち一日」という割合にこだわらない。清教徒信条と呼ばれる本告白では、この点ははるかに旧約との同一性を重んじている。
日曜日安息は聖書的にはキリストの復活に起因し、また摂理的自然的には、ローマ・カトリック教会暦などとも無関係ではないが、週二日休日制が実現しつつあるとしても、わたしたちは、土曜礼拝に切り替えることを正当とは判断できない。日曜日と呼ぶ習慣は、むしろ主日と改める方がより聖書的ではないだろうか。
8 それで、この安息日は、人々が自分の心を正当に準備し、その日常の用務をあらかじめ整理したのち、この世の職業や娯楽についての自分の働き・言葉・思いから離れて、まる一日きよい休息を守るのみでなく(1)、神礼拝の公的私的営みと、やむをえない義務と慈善の義務とに、全時間従事するときに、主に対してきよく守られる(2)。
1 出エジプト20:8、出エジプト16:23,26,29,30(*)、出エジプト31:15-17、
イザヤ58:13、ネヘミヤ13:15-22(**)
*出エジプト16:23,25,26,29,30が正しい
**ネヘミヤ13:15,16,17,18,19,21,22が正しい(1648年(第3版)では、13:20を含まない)
2 イザヤ58:13、マタイ12:1-13
八 どのようにしたら、主に対して安息日をきよく守れるか、という問題に関する非常に具体的な理解についての告白文である。
「全時間従事」という一句は重要である。しかしこの点での引照聖句であるマタイによる福音書12章1節~13節は、むしろ主イエスがいかに「父が今に至るまで働いておられる、だから私も働くのだ」と主張されたのと同一方向を示すように受けとれる。
律法主義に陥らないで第四戒を日曜日に適用することは、なかなか難しい。むしろ6項の後半を中心に「公同集会」出席の厳守を大切にし、また、礼拝(神への愛)と慈善(隣人への愛)との深い関係に留意する方向に熱心を注ぐことを私は考えている。
しかし告白本文に修正が加えられていない現状では、本文に忠実な受け取り方を拒否するわけには行かない。良心の自由に従って、各自の理解の幅を認めるべきであろう。
(広く愛唱されている50曲)・・・25
ポ―リン・マカルピン著
(米国南長老教会婦人宣教師)
讃美歌272番
ナザレのふせやに
<神様のみ言葉>
「私たちはみなこの方(イエス・キリスト)の満ち満ちた豊かさの中から、恵みの上にさらに恵みを受けたのである」。
~ヨハネの福音書1章16節~
讃美歌272番“ナザレのふせやに”は、私たちの救い主イエス・キリストが、地上におられた時に語られたみ言葉やみ業に対する信仰を中心にして歌われている讃美歌であります。
讃美歌272番の作詞者ジョン・H・グーニーは、1802年イギリスの貴族の子としてロンドンに生まれました。グーニーはケンブリッジ大学で学んだ後、英国教会の聖職となりました。彼は特に、貧しい人たちのために17年間ルターワス教会で奉仕しました。
1847年ロンドンに移り、聖マリア教会、聖ポール大聖堂で牧会を続けました。グーニーは、多くの讃美歌を書き、2巻の讃美歌集を編集しています。その一つは、ルターワス教会の会員のために発表されたものであります。それは、A Collection of Hymns for public worshipでした。その中の一番目の讃美歌が“ナザレのふせやに”であります。
今一つの讃美歌集は、グーニーの奉仕していたロンドンの教会のために1851年に発表されたものです。グーニーは1862年ロンドンで亡くなりなりました。或る文芸批評家は、この讃美歌のテキストは、「純粋な創作ではなく、その4年前に発表されたアン・リッターの歌を焼き直したに過ぎない」と言っています。しかし、よく似た箇所があるとしても、一般にはグーニーの歌詞の方が広まっていますが、グーニーがこの讃美歌の作詞者であることは誤りのないことでしょう。
讃美歌272番の曲ST・PETERSBURGは、1752年ロシアのウクライナに生まれたディミトリー・S・ボルトウニヤンスキーによって書かれたものあります。彼は、はじめモスクワで音楽を学びましたが、その後、有名なイタリアの音楽家B・ガルッピのもとで音楽を学びました。当時、カルッピは、聖ペテルスブルグのカペルマイスターでした。やがて、イタリアから帰ることになりましたが、カタリーナ皇后が留学資金を出してくれることになったためにガルッピに従って、1768年ベニスやローマ、ナポリなど各地でイタリア音楽を研究することが出来ました。
1779年彼は祖国ロシアに帰り、皇后付教会(後の帝室礼拝堂)の聖歌隊指揮者となりました。彼の作品の中には、オペラやソナタなどもありましたが、その大部分は教会用合唱曲であります。
ST・PETERSBURGは、彼が1822年に書かれたミサ曲の一部分から編曲されたものであります。
<272>
1 ナザレのふせやに つかれをいとわで
いそしみたまいし むかしは知らねど
のこりしみわさに わが主としるかな。
2 スカルの井戸べに かわきもわすれて
さとさせたまいし むかしにおらねど
いのちのしみずを わが主にくむかな。
3 カルバリの丘にて 世びとのつみとが
なげかせたまいし むかしは見ねども
あふるるめぐみに わが主をみるかな。
4 エマオのみちにて かたれる弟子に
あらわれたまいし むかしにあらねど
もえたついのりに わが主とあうかな。
5 オリブのやまより みちちのもとへと
かえらせたまいし むかしに住まねど
みくにのひかりに こころもすむかな。
このさんびかのテーマは、あなた(主イエス・キリスト)が、この地上においでになられた時には、あなたにお会いすることが出来なかったが、しかし、今は主イエス・キリストを知り、キリストの溢れる恵みをいただいいているという、はっきりとした信仰の告白であります。
1節では、イエス様が幼少の時に過ごされたナザレのみすぼらしい大工の家が背景になっています。神ご自身であられた主イエス・キリストは、人間をその罪から救い出すために、ご自身を低くされ、人間となられました。そうして飢え、渇き、悩み、苦しみ、否、十字架の死おも味わいたもうたのです。また、そのみ苦しみの中にありましても、素晴らしいみ業にいそしみたもうたのは、ナザレのイエス様でした。グーニーは“むかしは知らねど、のこりしみわざに、わが主としるかな”と歌っています。
それは、キリストを実際に見ることのできない彼には、そのなされたみ業によってキリストが彼の心の内になさった、救いのみ業によって、キリストは、わが主である、と知ることが出来ると歌っています。
2節では、サマリヤのスカルの近くにあった、ヤコブの井戸を歌のテーマにしています。新約聖書のヨハネの福音者4章5節~26節をお読みください。
イエス様は旅の途中、井戸のかたわらに腰を下ろしておられました。その時、水を汲みに来たサマリヤの女に「わたしに水を飲ませてください」と言われました。しかし、当時サマリヤ人とユダヤ人とは、付き合いがありませんでしたので、女はイエス様の求めを断りました。イエス様は女の道徳的にも堕落し自分の心の渇きを認めていなかったのを知って“生けるまことの水”をお示しになられました。
その“生ける水”とは、目に見えない、霊的なものです。キリストを信じる人の心を、“洗いきよめる”水であり、この水をいただくことによって、その人の心に内で、泉となり、永遠のいのちを約束する水であります。
私たちのまわりにも、自分の心の渇きを知らずに、永遠の滅びの道を歩んでいる人が多くあります。この滅びの道より救って下さるお方は、主イエス・キリストであります。
いのちの水の源であられるお方、昔も今も信じる者は、イエス・キリストから、いのちのしみずを汲むことが出来るのであります。
3節では、カルバリの丘に移ります。イエス・キリストはこの丘の上で、世の人々の罪のために、身代わりとして、十字架の死をとげられたのであります。私たちが、もしその残酷な死を見ることが出来ますなら、本当に自分の罪の深さを知り得たかもしれません。しかし、その死を目撃しなくても、その贖いによってイエス様の与えたもう溢れるばかりの恵みを、今いただくことが出来ます。あなたはその恵みをいただいていますか。
4節では、エルサレムから11キロ離れたエマオという村への道に変わります。時にイエス様が死から甦えられた日曜日、最初のイースターであります。その日、イエス様の甦りを疑っていた二人の弟子がエマオに行く途中に、イエス様ご自身が二人に近づいて、彼らと共に道を歩いておられました。しかし、二人の目はさえぎられていて、イエス様であることはわからなかったのです。(ルカ24:13~16)。
イエス様は「歩きながら話しあっている」その二人に尋ねられました(17)。「私たちの心はうちに燃えていたではないか」と言って、すぐさま、エルサレムにいた他の弟子たちのところへ、帰って行きました(32~33)。私たちも燃える信仰と祈りの中に主イエス・キリストとお会いできるのです。しかし、疑いの心であってはいけません。
5節では、オリブの山へと私たちを導きます(使徒1:12)。イエス様が、み父のもとにお帰りなる昇天の日―勝利の日―であります。イエス様は弟子たちに、最後のご命令と教訓とをお与えになってから、手をあげ祝福しながら彼らをはなれて(ルカ24:51)雲につつまれて見えなくなられました(使徒1:9)。
イエス様のご昇天を自分の目で見た弟子たちは、どんなに幸せであったでしょうか。しかし、この讃美歌を通して、今一度その出来事の恵みを味わう私たちも幸せであります。このイエス・キリストの恵みを受けた昔の弟子たちと同じように、私たちもみ国の光に住む者でありたいものです。
「あなたがたは、以前はやみでしたが、今は、主にあって、光となりました。光の子どもらしく歩みなさい」(エペソ5:8)。
*****************
=この「さんびか物語」は「つのぶえ社」の出版(第一刷1974年、第二刷1992年)で、出版社の許可を得て掲載しています。本の購入を希望される方は、「つのぶえ社」までご注文ください=
戦犯者の獄中記 (62) 遠山良作 著
昭和22年
―タキン党事件の裁判の状況―・・10・
―落下傘諜者を追跡して・・3・・
インドに逃亡中のカレン人の兵士が諜者として侵入した恐れもあり、カレン人部落を重点的に捜索することにした。附近一帯は広大なジャングルに被われた山林地帯である。点在しているカレン人の部落は隣りから隣りの家に行くにも2キロも3キロもあるのが普通である。
人ひとりようやく通ることが出来る山路を部落から部落へと目に見えない諜者を求めて捜索すること一週間、それらしい情報があると、夜でも現場に駆け付け情報の確認につとめたが、諜者が確実に潜入したとの情報を得るまでに至らない。捜索隊長である浜田曹長はこの事件は長期に亘ると判断して、長期戦に備えた。
応援のため部隊から来ている10名と補助憲兵2名、通訳もそれぞれの隊に返すことにした。危険を伴うとはいえ、少人数で身軽に行動することが相手にわれわれの行動を察知され難いとの判断から、班を二つに分けて、私と浜田曹長は互いに連絡をとりつつ別々に行動することにした。
浜田曹長はビルマ進駐以来の憲兵であるから日常会話のビルマ語は不自由しないが、私はビルマに来て間もないのでビルマ語を話すことが出来ない。頼りにしていた通訳のセンタンも隊に帰ってしまったからどうしてもビルマ語を覚えなければ身動き一つ出来ないのである。幸い私と行動を共にしてくれる警察官アオンチとチヨミー(裁判で弁護士側の証人であった)の二人は英語が出来る上に少しは日本語を話すことが出来たので、英語と日本語とビルマ語をチャンポンにして会話をする不自由さには閉口した。しかし用件だけは何とか通じ、事が足りるから不思議である。
捜索のためジャングル地帯に点在する民家に宿泊する毎日の生活である。夜になると遠くから虎の吠える声が叫ぶように聞こえてくることは珍しくなかった。
(註1) 焼畑農業とは、山林を焼き払いそのあと陸稲を栽培しては2、3年で移動しては新しい土地を求めて生活する農業である。
(註2) 浜田曹長、昭和20年戦病死 屋 伍長、鹿児島県奄美大島出身、昭和23年1月16日、シンガポール、オートラム刑務所にて戦犯者として刑死。
*文章の転載はご子息の許可を得ております。
「キリスト教百話」・・・41
問21 キリスト教でいう「救い」とはどういうことでしょうか。・・5・・
答・・8 パウロという人は「わたしにとっては、あなたがたから裁かれたようと、人間の法廷で裁かれようと、少しも問題ではありません。わたしは、自分で自分を裁くことすらしません。自分には何もやましいところはないが、それでわたしが義とされているわけではありません。わたしを裁くのは主なのです。ですから、主が来られるまでは、先走って何も裁いてはいけません」と言っています(Ⅰコリント4:3~5)。
「義とされる」ということは『「よろしい」』と認められることですから、パウロは、自分でそういう風に自分を評価しないし、他人からいろんな評価を受けようとそういうことは問題にしていない、というのです(これに比べたらわれわれは何と他人の評価を気にし、また自己評価をして一喜一憂していることでしょうか)。
パウロがこういうことを言うということは、彼に対してのいろんな批判や中傷などが聞こえていたからでしょう。そして、自分でも「こんなことじゃダメだ」とか「これくらいならまあまあ」とかの自己評価をしたことがあったかも知れません。
そういうことを踏まえた上で、「わたしを裁くのは主です」「主がなされる裁きは正しいのですから、それに先立って自他を裁くのは僭越至極で、してはならないことだ」と承知しているのです。「宗教の根本問題は、自分を裁くまことの権威を持っている者を誰に見いだすかにある」と言った人がいますが、パウロはその問題に対して「主がまことの裁き主であられる」という答えを得ているのですから、究極の権威に触れて、そうでないものに捕らわれることなく、これから解放されているのです。
また、自分に取り付いているあらゆる既成の価値観や人間が作り出している思考枠に捕らわれない自由を得ているのです。その根拠は、ことのすべてを判断し評価する主体(裁き主)を、「主」と呼ぶ自分以外の超越的な方イエス・キリストに見出しているからです。正確に言えば、この「主」の方からパウロに「わたしがいるよ」と声を掛けられたことによって、自分のことを評価し究極的に位置づけられる方がおられことに目覚めさせられた、ということが出来ます。「目から鱗のようなものが落ちた」というのはこの時のパウロの偽らざる体験でありまして、今までは自分が主であって自分以外の他を、神をも含めて客体化していたのが、今や、神が主であって、自分を含めて神以外のすべては客体であることに気付かされたということです。
ここで「知っている自分」ではなく「知られている自分」として自分を相対化または客体化することが出来る者とされるということが起こったのでありまして、この主客が転倒されることをもって「救い」というのであります。ここで、モーセの十戒の第一戒「わたしのほかに何者をも神としてはならない」というのが、禁止命令というより、「まことの主はわたしなんだよ」と言って、自分やこの世の富などにより頼んでいる見当違いからの解放を促しておられる主なる神の語りかけに他ならないこと知ることができるように思います。
篠田 潔
(日本基督教団隠退教師・元「キリストへの時間」協力委員・ラジオ説教者)
<2016年5月のラジオ放送予定>
5月 1日 二宮 創 (日本キリスト改革派太田教会牧師)
8日 二宮 創 (日本キリスト改革派太田教会牧師)
15日 西堀則男 (日本キリスト改革派岐阜加納教会牧師)
22日 西堀則男 (日本キリスト改革派岐阜加納教会牧師)
29日 相馬伸郎 (日本キリスト改革派名古屋岩の上教会牧師) (放送開始1952年10月)
CBCラジオ「キリストへの時間」(1053KHZ)
毎週日曜日朝6時30分~45分放送
第72課 キリスト者生活の実践的義務
=12:1~15:13=・・・17・・・
A 個人の生活上の聖潔を養う義務
12:1~21・・・16・・・
「キリスト信者の謙遜と柔和の義務」・12:3、14~21・6・・
「愛する者たちよ、自分で復讐をしないで、むしろ、神の怒りに任せなさい。なぜなら、『主が言われる。復讐はわたしのすることである。わたし自身が報復する』と書いてあるからである」(19節)。
「愛する者たちよ」という呼び掛けは、結論を導く重大な内容を述べる時のパウロの手法です。私たちはここで再び報復や復讐を求めるべきではないという厳粛な禁止を見ます。世は不断に復讐について語っているけれども、キリスト信者として私たちはそのように考えるべきではないのです。戦争中の国家であっても復讐を求めるべきではないのです。復讐ということはキリスト信者の思想や精神からは程遠いものです。むしろ、私たちは神の怒りに道を譲り、復讐することは神に委ねることを命じられているのです。
慈しみ深くある共に絶対的に義である神は、悪を行なう者に対しては必ず報復をされるのです。神はその絶対的な正義に従って、悪をなす彼らに報復されるのです。如何なる罪といえども見逃されることはないのです。神は全ての人に対して、悔い改めてキリストにある神の恵みを求めない限り、彼らの業に応じて報いをされるのです。
「むしろ、『もしあなたの敵が飢えるなら、彼に食わせ、かわくなら、彼に飲ませなさい。そうすることによって、あなたは彼の頭に燃えさかる炭火を積むことになるのである』」(20節)。
この言葉は箴言25:21,22から取られたものであり、その意味は明らかです。この言葉は、内外を問わず、公然たる敵に対して戦争がなされてはならないということを意味するものではない。戦いが終わった時、私たちはそれと戦うことが私たちの使命であり義務であったところのかつての敵であった人々の福祉を求めるべきであるという意味であります。そうすることによって、彼らを救いに導く魂のはげしい痛みを覚えさせるのです。憎しみに対して愛をもって接するならば、相手に大きな感動を与え、それが原点となり、悔い改めと救いに導く機会となるのです。
「悪に負けてはいけない。かえって、善をもって悪に勝ちなさい」(21節)。まさに、崇高で堂々たる命令です。神の主権的統治を背後に明確に認識したキリスト教の道徳倫理の水準の高さを明瞭に示す命令です。初代教会のキリスト信者たちは、このような教えに立って日々の生活を生きていたのです。彼らは謙遜な勇気について教えたばかりでなく、それに立脚して生きたのです。
悲観論と絶望の中に、人生の大切さの確信を喪失してしまっている世界の中にあって、初代のキリスト者たちは道徳的な聖潔さと真摯さと勇気ある謙遜をもって、人生を生きたのです。彼らはこの世的な尊さと偉大さという観念に無関心であろうとし、また、それに挑戦したのです。世の人々はかれらの高潔な態度と人格に驚嘆したのです。神の恵みにより、私たちも彼らの足取りを辿ることができるものでありたいものです。 J.G.ヴォス著
玉木 鎮訳(日本キリスト改革派教会引退教師)
東京大学大学院人文社会系研究科博士課程
いのちのことば社
スーザン・ハント
「緑のまきば」
「聖霊とその働き」