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ほっとひととき『みんなのコーナー』
☆ 待望の孫が10/21に男の孫が生まれました。 わりと大きな赤ちゃんでした。
主のみ旨にかなった信仰を持つことが出来るようにと祈っております。先週、散歩中に自然のカモに出会いました。川の水の流れに逆らって泳いでいました。 栃木県 K・Eさん
☆ 何だか異常気象なのでしょうか。毎日が夏日です。庭の草木が水を欲しがっているのがよくわかります。朝と午後には水を補給してやらないと枯れてしまいそうです。ごめんなさいと一声かけて水やりしていますが、これもあと僅かになるのでしょう。寒い風と共に、寒がりですから・・・。心の冬籠もりはしたくありません。 和歌山県 A・Sさん
☆ 10月は暖か過ぎる程ですが、寒くなる前にとせっせと片付けに明け暮れています。まだ使えそうと残してある物のせいで新しい物を置くスペースが無いのは困るので、物持ちのいい家族を説得したりそうっと捨てたりです。アレルギーなのか私以外は耳鼻科で診て貰いました。掃除には気を配っています。喘息のお子さんをお持ちのお母さんも気付いたら、掃除機を掛け、清潔に保たれている、と話していました。
靴の修理を頼まれたのでまたスーパーへ行かないといけませんが、万歩計付きの携帯でチェックすると、日によって余り運動出来ていないこともあるので、運動がてら午後から行ってきます。時刻通りに食事を用意するのは案外、計画した主婦業をこなさないといけないのを、あまり家族は分からない様ですが、タイムスケジュールを組む方が自分は行動しやすく急なことにも対応しやすいので、毎日コツコツ生活しています。
正倉院展も始まり、観光地なのでちょっとした人間観察も面白いです。木枯らし1号も吹き、朝夕は寒くなってきましたが、皆様お身体に気をつけてお過ごし下さい。 奈良県 N・Rさん
☆ もうすっかり秋ですね。 先日、干し柿用にと渋柿を頂いたので、皮をむいて竿に吊るしました。(ほんとに渋い柿です)これが甘くなるのですから、不思議ですね。
11月号のジャーナルが届きました。ありがとうございます。 静岡県 H・Tさん
☆ 11月号を、娘から受け取りました。毎日の楽しみが一つ増えました。ありがとうございます。看護師さんとの歩行訓練の途中、近くの公園の池にヒドリガモが十数羽飛来していました。越冬のために来たのですね。長旅で疲れたでしょう。もうじき冬が来ます。退院は未定ですが、お互い体を大切にしましょう。 岐阜県 Y・Oさん
☆ 昨日お花屋さんをのぞいてみると、冬の花たちが店を陣取っていました。でも今年は、天候が安定しないために、いつもの年より美しく咲いてくれないと店長さんが嘆いておられました。このようなところにもしわ寄せがやってきているのかと、しばらくお店を一巡し、何も購入せずに帰ってきました。通りすがりのお家の軒下のプランターには春先に咲くパンジーやお正月用の葉ボタンが植えられていました。 滋賀県 T・Kさん
☆ ・・・・。母が認知症で、ああ~なって行くんだと、見ていると辛くなります・・・。。本人の意志は周りには伝わらないし、周りも何をしていのかがさっぱりわからないのも悲しい。会話が出来るって、幸せなことなんですね。・・・。 埼玉県 S・Kさん
☆ 寒くなりましたですね。庭先の木の枝先に蓑虫がおりました。11月の冷たい風に揺れていました。何だか寒がりの私みたいで、愛おしくなりました。もう直ぐ雪の便りです・・・。「ジャーナル」ご覧の皆さん、お風邪を召さないように、気をつけたください。 群馬県 Y・Kさん
『ありがとうございます』
都会の風物詩になった電飾に飾られた街路樹。桜や緑とは趣を変えた山々の紅葉。イチョウはもう葉っぱがありません。柿の葉が萎れ、さざんかの花が大きく咲き揃い、
冬を過ぎてから花を咲かせる”こぶし”が沢山つぼみをつけ始めた庭先。そのような12月になりました。お正月の生花で重宝される万両、千両がさびしい庭を赤や黄色の実を付けて賑わせてくれています。今が田舎に住んでいて一番良い時期なのかもしれません。みなさん、笑顔で畑を耕し、大根、かぶらなどをおすそ分けしてくださいますとお便りをいただきました。このように「つのぶえジャーナル」を趣と彩をメール送信で下さいます。
この歳も12月号をお届けできますことをここに感謝申し上げます。2015年10月16日から11月15日までの「つのぶえジャーナル」事業への寄付者。
進藤 明様 久保田昌男様 飯田昭子様 渡辺雄一様 富井悠夫様
郵振替口座番号 00800-1-45937 つのぶえ社
お便り下さる方はこのメール アドレス osamura@kind.ocn.ne.jp をご利用ください。
「つのぶえジャーナル」(米国南長老教会文書伝道事業)刊行責任者
つのぶえ社代表 長村秀勝
今月のことば
わたしはシオンの糧食を豊かに祝福し、食物をもってその貧しい者を飽かせる。
=詩篇132:15=
今は語られない言葉に「飽食の時代」と言うのがありました。それが「格差社会」「貧困社会」と言う言葉に変りました。何がどのように変ったのでしょうか。何も変っていないのではないでしょうか。何時の時代でも、人は、利己主義な心を持ち、やがて邪悪な貪りの行為が生まれて来たのが現実です。神の人類に示された戒めに「あなたは盗んではならない。・・・。あなたは隣人の家をむさぼってはならい。・・・。」と警告しています。
私たちは、個人的には友人を思いやり、家族を愛し、細やかな思いや優しい心を大切にしたいと願っています。しかし、仕事の計画や職務上の目的達成ということになると、心は一変し、容赦のない競争相手とみなしてしまうのです。目的のためには手段を選ばずが、わたしたちを支配するのもまた現実です。
人の命を奪い、時には戦争と言う手段を選ぶのです。
しかし、そのような考えや行動は、悲惨を生み出すだけです。憎しみをばら撒くだけです。真の豊かさとは無縁です。祝福とは無縁です。
今、年金で生活している多くの人にとって、その手にする年金が減額することは深刻です。あるご婦人は言いました。「・・・私は悲しいのです。年金が少なくなったこと以上に、いろいろの活動に協力してきた回数を減らさなければならないことです。楽しみにしていた一日のコーヒーを二回から一回にしました。」
このご婦人は決心したのです。二回が一回になっても、今までの活動を続けることを。
神様は私たちの心の豊かさを損なわせません。信仰と愛は、貪欲な貧しい心で得た富では手にすることの出来ない、恵み、喜びです。
小閑記
「恵みによって、心を強くするのがよい」。
=ヘブル13:9=
人はどのような年齢でありましても、希望を持ち、静かに主イエスの救いを待ち望むのは何と素晴らしいことでしょう。
人は若い時に、いろいろの苦難や課題を背負うことはよいことです。背負い切れないものもあるのも事実ですが・・・。そのような時、主を仰ぎ見ることの出来る人は幸いです。そこに「主イエス」が居られますから。
私たちの望むものは何でしょうか。ひと時の静かな安らぎ? 日々の生活に困らない程度の富? 大きな重い病でない健康? もしそこに希望があると思うなら、それもその人の幸せと言えるでしょう。
しかし、神様は言われます。「若い時にくびきをおうことはよいこと」と。そこから人は、何かを学ぶからです。そうして、全ての恵みの背後に、神の愛を知り、み手の支えのあることを知ることが出来たなら、何と幸いなことでしょう。人は、苦しみの時に神を求ます。しかし、穏やかな日々、静かな時の神の愛を、救いの恵みを示された人は幸いと言えます。
きれいな花を咲かせようと日夜お世話をする人の心の中に、思い描く花を待ち望んでいる時、その労苦は、感謝の果実を心に得ていると言えないでしょうか。苦難と言う言葉を人は口にします。しかし、簡単に口に出来る言葉でしょうか。絶叫、絶望からの叫びの声であるからこそ、神のみ手が差し伸べられるのです。
神の恵みは、誰もが望む愛であり、希望であり、救いであり、永遠のいのちであります。その望みは、主イエス・キリストにあるのです。静かに、こころおきなく、キリストのお語りになるみ言葉(聖書)に、聞き入る日々もまた幸いな時となります。
世田谷通信(146)
猫 草
季節感がなくなり、地域の祭りなどの担い手がいないので、町ぐるみで行う行事が減りつつあるという。しかしそんな流れと逆行してしっかり定着してきたのがハロウィンだろうと思う。10年以上前、社宅に居て、長男がまだ幼稚園だった頃は、単なる子供たちのためのお楽しみだった。親が仮装を用意し、クッキーやチョコなどのお菓子を家の前に並べて、子供たちが社宅を走り回ってお菓子を集めていた。今ほどコスチュームもなく、専ら親の創意工夫によるところが大きかった。手芸上手なら凝った衣装に、不器用ならお面とマント。ハロウィン用のお菓子もそれほどなく、普通の菓子をオレンジと黒の紙にでも包むので十分。海外居住経験があるお宅だと本場のグロテスクな蜘蛛や大きな蝙蝠で玄関をデコレーションして子供たちを怯えさせていたけど。なんにしてもエリア限定の子供の遊びの延長にすぎなかった。
ところが、ここ最近様子が変わってきた。子供から若者に拡大し、さらにいい年の大人もハロウィンのコスプレにはまっていると聞く。それ楽しいのか?と思ったらふと記憶がよみがえった。遡ること四半世紀前の学生寮での自然発生的な民族衣装パーティ。きっかけは一人がインド土産のサリーを着てみせたこと。「そういえば・・」と一旦自室に戻った寮生が世界各国の民族衣装を着て再登場したのだ。断っておくが留学生ではなく全員日本人である。どういう事情で皆のタンスにそれらがあったのかは謎。タイ、ベトナム、中国、台湾、インドネシア、スイスなどの民族衣装にアフリカのお面までずいぶんバリエーションは豊富だった。なし崩し的にフロアは仮装パーティ状態になり、知らぬ間に別棟の人まで民族衣装で参加していて、随分な人数になっていた。単にそれ1度だけだが。皆が同じ方向を向いていれば連帯感が湧くのだ。そういう意味では10月末に渋谷やテーマパークに仮装して出かけていって初対面で意気投合する気持ちもあながちわからなくはない。
同じコンテクストを共有することでその場だけのつながりが出来る。地域社会や組織でのつながりは薄れても、自分で決めた「価値」を共有する人とはつながりたい。ネット社会の「いいね!」を具現化したのが全く宗教的な背景をもたない日本独自のハロウィンかもしれない。
*この添付のイラストは絵を描くのが大好きな次男がパソコンのペイントツールで描いたものです。
『美しい朝に』・・12・・
9月18日
昨日は、おかげさまでぐっすり眠れました。お祈りありがとうございます。体重も-2キロで、24日の検査まで減量目標は達成できそうです。食欲の秋に逆らうのは辛いですが病院の帰りの外食のご褒美を楽しみに頑張ります。2か月でマイナス1キロがお医者さんに言われている減量目標なので、怖い先生でも大丈夫そうです。
運動は、膝に負担がかからない程度のものですので、食事制限だけですが、血糖値も血圧も膝への負担も軽くなるといいと思います。
9月23日
こんにちは。今日も、いいお天気で、洗濯も良く乾きそうです。私は、来客のための掃除をしていました。お友達が、お見舞いに来てくれるみたいで頑張ってかたずけています。去年の9月22日に、輸血して頂いたときは、確か夜中で9月23日の朝「ちょうど1年前の今頃」命を助けて頂いた日でした。そして1年で、よくこんなに回復できたと思います。多くの方々のお祈りに感謝です。それを考えたら、生きているだけで幸せなのに、眠れないとか、体重管理や血糖値・血圧のことでくよくよしているなんて贅沢な悩みですね。
9月28日
24日の検査では、体重もマイナス2キロ。血圧も下がり血糖値も183→150ヘモグロビンA1Cも7.2→6.4と、少し下がりました。「この調子で、1ヶ月マイナス1キロで減量できれば、お薬もなくしましょう。」と内科の怖い先生に、珍しく、「コントロールできてるな」とほめていただきました。血液内科は、10月6日(火曜日)です。
9月30日
9月も終わりですね。朝起きれて、お天気も良いので整形外科に行ってきました。膝が痛いので、レントゲンを撮っていただきました。右膝は、骨と骨の隙間が無くて動かすと痛いみたいです。整形外科的には、痛み止めとクッションのようなゼリー状のものを入れなくてはいけないのですが、私の病気ではどうなのか6日に血液内科の先生に聞いてほしいとのことでした。リハビリで膝をほぐしていただきましたが、やはり痛かったです。花の写真も写しましたので、また編集したらお送りしますね。
10月7日
昨日6日は、血液内科の診察日でした。ステロイド1ミリでも血小板は26万あり、今日から0錠です。血糖値も150→130と下がっていました。お祈り感謝です。炎症反応の数値だけ高いので、膝の治療のお許しが出ました。今朝、さっそく整形外科へ行き膝の注射とリハビリをしていただきました。明日、友達が家にきてくれることになっているので楽しみです。
10月8日
今日、友達が遊びに来てくれました。楽しみで、7時に目が覚めました。家を9時半に出発してくれて、自転車で2時間走り11時半に来てくれました。前回はバスで乗り継ぎの時間がかかったので自転車で来てくれることになりました。ごはんを食べながら、話をしたり、和紙の折り方を研究したり、PCもしたりとあっという間の楽しい時間を過ごしました。文房具が好きな私に「消せるボールペン」をプレゼントしてくれました。話題にはなっていましたが、初めて使ったので感動でした。帰りは「色々買い物して帰る」と、早目に帰りましたが、帰りも2時間、無事に着くかと心配です。本当にありがたい思いやりに感謝です。
大阪府K・Aさん
(このメール文の掲載はK・Aさんの了承を頂いております)
その愛のゆえに
=時々の記=
(115)
9月21日
母校から”みどり野会”という会報が送られてきました。建学当初の精神を貫き続けていると書かれていました。今年のスクールモットーは”神を恐れることは知識のはじまり”でした。ステンドグラス風のしおりが一枚同封されていました。金城学院には大変感謝しています。多くの奨学金を貸していただき、その上牧師の娘であるということで学費を無料にして学ばせてくださったのですから。
マカルピン先生の日本伝道の礎が金城に受け継がれていることに心から感謝しています。
安らぎを覚ゆる青や天高し。
目立たざる千草の花を愛でにける。
葡萄売る長かりし雨かこちつつ。 馬場路哉
9月25日
今朝はとても寒くなりました。上着を一枚、もう一枚と二枚も羽織って着膨れしていましたが、午後から少しお日様が照り、気温が少し上がりました。ほっとしています。彼岸花はもうすっかり枯れてしまいました。今はコスモスの花が散歩の折に楽しませてくれています。この気温が急に寒くなったせいでしょうか。いつもなら10月になってよい香りを放ってくれる金木犀が花をいっぱいつけています。木々もびっくりしているようです。
9月29日
今日は久しぶりの晴れで爽やかな秋の一日となりました。
雲切れて明けの明星涼新た。
子規の柿わが村の娘(子)が剥きしとや。
幼子の仰ぎ微笑む空高し。
ツユクサや漢詩作りし祖父偲ぶ。(主人のおじいさんは漢詩を作りそれを筆でかきあ げてあります。)
布引の山の陽炎(かぎろひ)秋深む。 馬場路哉
昨夜、スーパームーンを家族で見ました。テレビの映像の様にまん丸く見えなかったのが不思議です。すこし縦長の月に見えましたが、暗闇に照らし出されているその月の光は幻想的でした。月の光を見ていると、創世記を思い出していました。神様がすべてをお創りになったという事実を。謙虚になって一日一日を大切に、歩んでまいりたいものです。
10月6日
朝からの寒さで、早くも冬支度に入りました。しまって置いた石油ストーブを出してきて、灯油も注文して寒さへの備えをいたしました。衣類は冬のセーターを出すにはまだ早いかなと9月と同じものです。そろそろ冬物に変えなければと思いつつ、自分のことは後回しになっています。散歩の折に畑に目をやるともう冬野菜が植えられていました。白菜、水菜、ホウレンソウ、などが一斉に出てきて、冬の寒い日の鍋料理を思い起こさせてくれています。
樫の枝斯くも伸びたる秋彼岸。
細(ささ)濁りして合流す秋出水。
この日和やはりをるなり赤とんぼ。
ツユクサと相対すなり空の色。
一所(ひとところ)高く華やぐ真弓の実。(先日慰問にうかがった奈良の施設にて。)
林泉や触るるばかりに萩しだれ。
引揚げし媼の話秋暑し。(奈良の施設にて) 馬場路哉
10月10日
昨日、奈良の
今朝家の庭で、もう冬に咲く山茶花が白い花を咲かせているのでびっくりいたしました。主人もこの急激な冷え込みで、もう冬になったのかと思っているのだろうといっていました。今年は木々までが季節を間違えるほどに急激な気候の移り変わりです。
10月12日
きょうは秋晴れの気持ちの良い一日でした。お布団を干すのには最高の日和でしたので頑張って太陽の恵みをお布団に入れ込みました。
朝冷えに羽織りし物や直脱ぎぬ。
父母の手向けとなさん野菊かな。
満月はイエスの放つ光とも。
満月に近づききて雲離れける。
暁の珍妙な声小鳥来る。
白菊の微妙な色を話しける。 馬場路哉
馬場暁美
上野緑ヶ丘教会
解説 ウエストミンスター信仰告白 (41)
岡田 稔著
(元神戸改革派神学校校長)
第19章 神の律法について・・3・・
6 まことの信者は、わざの契約としての律法の下におらず、それによって義と認められたり罪に定められたりはしないが(1)、それでも律法は、彼らにも他の人々にも同様に、きわめて有用である。すなわち生活の規準として、神のみ旨と自分の義務を知らせて、ふさわしく歩くように彼らを導き、束縛し(2)、また彼らの性質・心・生活の罪深い汚れをあらわに示し(3)、彼らはそれによって自分を検討して罪をさらに認め、罪のために謙そんになり、それを憎むようになる(4)。それと共に、キリストとその完全な服従についての自分の必要を一層明白に悟るようになる(5)。律法はまた同様に、再生した者にとって、罪を禁じている点で彼らの腐敗を制御するのに有用である(6)。またその威嚇は、彼らが律法に成髄されているのろいから解放されているとはいえ、彼らの罪でさえも何に価するか、また罪のためにこの世でどんな災いを期待すべきか、を示すのに役立つ(7)。同様に律法の諸約束は、服従に対する神の是認と、それを果たした場合、わざの契約としての律法によって彼らに当然のこととしてではないが(8)、どのような祝福を期待できるか、を示す(9)。それで、人が善を行ない、悪をやめることは、律法が一方を奨励し他方をとめているゆえ、彼らが律法の下にあって恵みの下にいないということの証拠にはならない(10)。
1 ロマ6:14、ガラテヤ2:16、ガラテヤ3:13、ガラテヤ4:4,5、行伝13:39、ロマ8:1
2 ロマ7:12,22,25、詩119:4-6、Ⅰコリント7:19、ガラテヤ5:14,16,18-23
3 ロマ7:7、ロマ3:20
4 ヤコブ1:23-25、ロマ7:9,14,24
5 ガラテヤ3:24、ロマ7:24(*)、ロマ8:3,4
*ロマ7:24,25が正しい
6 ヤコブ2:11、詩119:101,104,128
7 エズラ9:13,14、詩89:30-34(31-35)
8 ガラテヤ2:16、ルカ17:10
9 レビ26:1-14、Ⅱコリント6:16(*)、エペソ6:2,3、詩37:11、マタイ5:5(**)、詩19:11(12)
*レビ26:1-14をⅡコリント6:16と比較
**詩編37:11をマタイ5:5と比較
10 ロマ6:12,14、Ⅰペテロ3:8-12、詩34:12-16(13-17)(*)、ヘブル12:28,29
*Ⅰペテロ3:8-12を詩34:12-16(13-17)と比較
六 ここでは、信者に対する律法の効用が具体的に列挙され、また、福音との調和関係が主張されている。福音と律法を性質的と使命的というように対立関係と見ることは、まったく聖書に反する見解である。対立するのは罪と恵みであり、律法の「業の契約上の救いの手段としての効用」は「律法が肉により無力になっているためになし得なかった…」(ローマ8:3)とある通り、今や役立たなくなったために、福音がこれを補う役割を果たすのである。また、律法の呪いから、わたしたちは解放されただけでなく、業の契約はキリストにおいて成就されたという意味で、今は、わたしたちは、その要求を救いの条件として義務づけられてはいない。しかし、福音は罪の赦しをわたしたちにもたらしても、罪の現実的支配力から、ただちに解放したわけではない(この意味はローマ人への手紙7章14節の「わたしたちは…罪の下に売られているのである」と言われている)。
さらに、根本的なことは、律法がわたしたちに「強制力」として働くことになったのは、罪によって、わたしたちが神の意志にさからったためである。本来ならば、律法は「喜ぶべきもの」であって、「嫌悪の対象」ではなかった。ところが、堕落によって、人間は、「罪=反律法的なこと」を好み、「律法=すなわち神の意志」を嫌うようになったのである。しかし、義とされた信者の新しい心は、再び「律法を喜びであるために愛し」「罪を悪として憎む」に至った。
信仰に入らないうちは、アハブ王のように「主の目の前に悪を行うことに身をゆだねた」(列王上21:25)が、信者は「義とされている者自身が、今なお『…罪の下に売られている』(ローマ7:14)ことを知っている」。アハブは(罪人・生まれながらの人間)、罪のために、律法を嫌い、罪の支配下にあって生活することを浴している。信者は「わたしは、なんというみじめな人間なのだろうか」(ローマ7:24)と罪の支配下にあることを嫌い、ここより救い出されることを祈り求める者である。律法を神の意志であるとして、それを愛し、尊重するのである。福音は律法と対立せず、律法を愛させ、自発的にこれに従うように力を与え服従させるのである。
だが普通の場合は、直ちに、この転換が目に見えて現われはしない。長い忍耐のある祈りが必要である。この意味で、信者の生涯は戦いの人生なのである。くれぐれも律法主義と反律法主義の誤りに陥らないように、この章を学び味わっていただきたいものである。
スコットランド長老教会は、ウエストミンスター信条を早く採用し、特に南長老教会に最も大きな影響を与えた教会であるが、18世紀初頭、ネオノミアン(新律法主義)の流行でマロー論争と呼ばれる大騒ぎを経験した。何時の世にも福音と律法の関係を正しくとらえることはむずかしいことを示す好例である(マロー論争と言うのは「近代神学の要約」という本の再販を巡って、新律法主義と福音主義との間で戦われた大論争のこと)。
7 上に述べた律法の用途は、福音の恵みに反対せず、かえって、見事にそれにかなっている(1)。すなわちキリストのみたまは、律法に啓示された神のみ旨が行なうように求めていることを、自由に喜んでなすように、人間の意志を従わせ、またそれをなす力を与えられる(2)。
1 ガラテヤ3:21
2 エゼキエル36:27、ヘブル8:10、エレミヤ31:33(*)
*ヘブル8:10をエレミヤ31:33と比較
七 律法と福音を二元的な対立と見る誤りは、ルター派に広く残っているが、両者の役割の相違を認めない一元的な見方は、律法主義・協力説となるので、改革派教会では、これら二つの誤りを共に否定して、福音は律法を完成するものであって廃棄するものではないことを、聖書に基づいて告白するのである。
さんびか物語・・・20・・・
(広く愛唱されている50曲)・・・19
ポ―リン・マカルピン著
(米国南長老教会婦人宣教師)
讃美歌206番
主のきよき つくえより
<神様のみ言葉>
「イエスは言われた。『わたしがいのちのパンです。わたしに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者はどんなときにも、決して渇くことがありません』」。
~ヨハネの福音書6章35節~
讃美歌206番は、聖餐式でよく歌われる美しい陪餐の歌の一つであります。
原作者エドワード・ヘンリ・ビカーステス(1825~1909)は、イギリス国教会の牧師の子供として、1825年1月25日、ロンドンのイズリントンで生まれました。
エドワードはケンブリッジ大学を卒えて1848年に国教会の聖職となりました。そうして初めにバニンガム、ノーフォーク、その他の教会を牧して後、1885年にエクセターの司祭に選ばれました。
彼は父親の跡を継ぐかのように牧会者として歩みつつも、詩人としても大に活躍した人物でした。彼は詩の本を12巻以上も書き、彼の編集した讃美歌集も数巻に及んでいます。特に、1870年に出版した讃美歌集The Hymanal Companionは非常にポピュラーになりました。
有名な著者ジェームス・ジュリアンはビカーステスの歌について、「彼の歌は主題を明確に強くとらえ、詩的に表現し、純粋なリズムを持ち、おだやかな感じをとらえているものです」と言っています。また、普通の讃美歌のように大衆的であるよりも、むしろ、どこまでも個人的、主観的なものでありましたが、多くの人々の興味を引くものであったとも言っています。
日本のクリスチャンの中には、彼の讃美歌206番よりも彼の作品である「やすし罪の世にも」の295番の方がよく知っているかも知れません。讃美歌295番の場合には、早くから日本語に訳されて用いられていました。
おもしろいことに、彼がアジアを旅行していた時に、この讃美歌の中国語訳の讃美歌を、興味深く聞いていたそうです。また、彼の長男エドワードは、当時、東京へ宣教師として来ていた聖公会の司教でした。彼は1897年(明治30年)に父親に先立って天国へ召されましたが、その葬りの時に讃美歌206番が歌われたそうです。
讃美歌206番の作曲者ジェームズ・ラングランは、1835年11月10日ロンドンで生まれ、1909年6月8日にこの世を去りました。彼はジョン・B・コーキンやJ・F・ブリジからオルガンを学んでから、ウド・グリーンやトトナムの各教会でオルガニストとしてつとめました。
彼は49歳でオックスフォド大学から音楽博士の学位を受けました。ラングランは1870年以降トトナムの聖パウロ教会でオルガニストとしてつとめ、1878年からは同じトトナムの聖キャサリン大学の教授に選ばれました。
彼の一番よく知られている曲は日本の讃美歌集にありませんが、DEERHURSTと、この206番のLANGRANの二つです。
<206>
1 主よきよき つくえより
こぼれたる くずをだに
拾うにも あたいせぬ
この身はいかにすべき。
1節では、自分のみにくさ、欠け多きこと、汚れを悔いて、〝主のきよき机よりこぼれたるくず″でさえも拾うに値しない者であると歌っています。ここで対照されていますことは、〝神様の聖さ″と〝罪の染まっている人間の不純な心″であります。
預言者イザヤは、神殿の王座に座しておられる主を見たとき「わざわいなるかなわたしは滅びるばかりだ。わたしは汚れたくちびるの者で、汚れたくちびるの民の中に住む者であるのに、わたしの目が万軍の主なる王を見たのだから」(イザヤ6:5)となげいています。聖餐の食卓につくとき、私たちがいつも覚えていなければならないことは、神様の聖さと自分のみにくさであり、この罪にそまった者には、どのような誇りもないということであります。
2 みゆるしの ちかいをば
ひたすらに たのみつつ
みまねきに したがいて
みもとにゆくほかなし。
2節では、神様ご自身が、罪にそまり、汚れの中にいる、すべての人類のために備え給うみ赦しの誓いと、救いへの招きについて歌っています。
この神様の赦しと救いへの招きを受け入れたいと心から願い求める人は、神様の恵みをいただくことが出来ます。ダビデ王は姦淫の罪を犯した時、その犯した罪の深さとひどさを心から認めて、神様のみ前にその罪を告白し、神様に赦されることを求めたとき、神様からの赦しときよめをいただくことが出来ました(詩編51編)。
また、ヨハネの手紙第一、1章9節には「もし、私たちが自分の罪を言い表すなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、すべての悪から私たちをきよめてくださいます」と記されています。
自分の罪を言い表すことによって赦されるとは、本当に感謝すべきことではないでしょうか。しかし、この感謝をいただくためには、正しい順番に従うことが求められます。それは神様に赦しを乞い願う前に、神様の招きのみ声に耳を傾けなければなりません。主イエス・キリストは当時のユダヤ人たちに次のように語られました。
「わたしがいのちのパンです。わたしに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者はどんなときにも、決して渇くことがありません。しかし、あなたがたはわたしを見ながら信じようとしないと、わたしはあなたがたに言いました。父がわたしにお与えになる者はみな、わたしのところに来ます。そしてわたしのところに来る者を、わたしは決して捨てません」(ヨハネ6:35~37)。
私たちもあなたも、本当にイエス様をキリスト(救い主)と信じようとしているでしようか。イエス様にいのちのパンをいただこうとしているでしょうか。自分の罪を告白しキリストのみもとに行って罪の赦しを求めているでしょうか。この応答こそ大切であります。
3 あいの主よ みめぐみは
はてもなく うえもなし、
つみびとの かしらなる
われおもゆるしたまえ。
3節では、使徒パウロの言葉を引用して「罪人のかしらなるわれを、赦し給え」(Ⅰテモテ1:15)と祈っています。主イエス・キリストは愛の主であられ、その恵みははてもなく、うえもない恵みです。ですから、罪に汚れた者でありましても、大胆に神様の赦しを願い求めることが喜びをもって出来るのであります。同時に、その勇気さえもお与えくださいます。ですから、私たちは、神様の豊かな恵みをいつも感謝すべきですし、また、私たちはダビデが祈っておりますように日々祈るべきであります。
ダビデ王は、「神よ、みこころの時に、あなたの豊かな恵みにより、御救いのまことをもって、私に答えてください」(詩編69:13)と祈っています。
4 みことばの うれしさに
わが身をも わすれつつ
客人(まれびと)の むれにいり、
むしろにわれをもはべらん。
4節では、救われた者の喜びを歌いつつ、神様のみもとに招かれた者の群れに入れられて、その恵みのむしろに加えられている場面を讃美しています。罪人である私たちが、どうして、聖なる神様の祝いの宴に招かれるでしょうか。むしろ、サタンの滅びの座にこそふさわしい者です。しかし、神様の救いは、また、招きは私たち罪人を、この歌詞の通りに、神様の招きに加えてくださるのであります。あなたも、この喜び、この素晴らしさを味わってください。
ペテロは神様の素晴らしいみ業を次のように言っています。「あなたがたを、やみの中からご自分に驚くべき光の中に、招いてくださった」(Ⅰペテロ2:9)。この神様のお招きにすべての人々は応答しなければなりません。
5 またとなき 今日の日の
よろこびに つつまれて、
とこしえの ふるまいに
たえせずおらせたまえ。
5節では、神様の家での、永遠のふるまいに絶えずおらせ給えと歌っています。この永遠の喜びを味わい知るために、私たちは〝いま″〝きょう″主イエス・キリストを信じる者とならなければなりません。明日ではもう遅すぎるかも知れないのです。むしろ、〝今日という日″があなたの入信への決断の日となりますようにお祈りいたします。
「夜はふけて、昼が近づきました。ですから、私たちは、やみのわざを打ち捨てて、光の武具を着けようではありませんか」(ローマ13:12)。
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=この「さんびか物語」は「つのぶえ社」の出版(第一刷1974年、第二刷1992年)で、出版社の許可を得て掲載しています。本の購入を希望される方は、「つのぶえ社」までご注文ください=
ビルマ
戦犯者の獄中記 (56) 遠山良作 著
昭和22年
―タキン党事件の裁判の状況―・・4・
9月26日
―裁判―・・1・・
22日から「遠山良作ケース」として始まった。裁判は、毎日が生きられるか、死ぬのかの戦いであったが、今日はただ判決を待つのみである。いつものより早く目が覚めた。外はまだ暗い。歩哨の靴音のみが、カツカツと闇の中から響いて来る。
〝死の影″に怯えつつ過ごした牢獄の生活で、人間の弱さ、無力を知った。頼れるものはただ全能の神であることも知らされた。今朝も一人神のみ前に祈る。
「神様、私は裁かれることは致し方ありません。死ぬことも、生きられることも、すべては神様の御手にあります。けれども私は生きて両親が待っている日本に帰ることを願う哀れなる者であります。どうかこの願いを聞き入れてください」とひたすら祈る。
私に判決を下す裁判長は、重罪を科すことで悪評高い、ウオリッイ中佐である。法廷で証言する、証人の一言一句が、私の生命にかかわる証言である。弁護士と検事との論戦は激しく、すさまじい戦場での死闘の延長であるかのように思えた。
初日に検事は「アネーを拷問した事件」について、本人アネーを証言させた。アネーは「私は1944年(昭和19年)5月10日弟アロンたちと共に、ブリジヨン島で憲兵に逮捕されました。理由は、印度から潜入した英軍の諜者ISLD(ハロルド・ホーク)大尉と「ソーユーセイン」中尉(ビルマ人と支那人の混血)の二人を匿い、英軍の潜水艦で印度に帰したことを憲兵が探知したからです。
私は7月7日まで憲兵隊に留置され取り調べを受けました。その間、遠山をはじめ3名の憲兵からひどい拷問を受けました。
1 杖で頭部及び体をひどく殴打されました。
2 手をしばられて20分位天井からつるされました。
3 太さ3インチの鉄管で向こう脛を打たれました。
4 バケツの水を口から無理やりに注ぎ込まれて腹を蹴られました。
死ぬかと思うほどひどい仕打ちでした。1944年7月11日ラングーンに送られ、日本軍の軍事法廷で裁かれ、「インセン」刑務所で服役させられました。1945年4月26日、日本軍がラングーンから撤退したので、脱獄することができました」と証言した。
続いて「アネー」の証言を裏付けるために、「アネー」と一緒に逮捕した「インサン」が憲兵隊で留置されている時、遠山が「アネーを杖で打ったのを見たことがある」と証言した。
*文章の転載はご子息の許可を得ております。
「あなたに聖書を」
「キリスト教百話」・・・35
問20・・12 キリスト教では「罪」と言うことを言いますね。クリスチャンは「われらの罪を赦し給え」と祈っていますが、別に犯罪を犯しているようでもないのに、どうしてあんなことを言うのですか。
答 「罪」と言う言葉は普通には何か悪いことしたことに対して、それは「罪を犯した」という風に使われますね。それが法律に引っかかる場合には明らかな「犯罪行為」とみなされます。その場合は法律に違反しなければ「犯罪」とはなりません。と言うことは、その場合の「罪」というものは、その法律が適用せれる範囲内の人にとって誰もが認める共通の「してはならないこと」が明文化されていますから、「罪」とは何かがはっきりしています。
<続き> 一般的に言って「救い」とはどういうことでしょうか。先に「放蕩息子のたとえ話」について話しましたが、放蕩息子は父親の愛によって、赦されるはずはないと思っていた父から、叱りや怒りではなく、赦しを得たことによって、父親との関係を回復することが出来ました。こうして彼は「救われた人間」になりました。一方、兄息子は「救い」など必要ない模範生であり、親孝行息子であると自他共に認められている人でした。
しかし、放蕩息子を無条件に赦して最上の客を迎えるように歓迎した父親のやり方は承知出来なくて、むくれ返って家に入ろうともしませんでした。この場合「家の中」とは、単なる建物としての家というより、父親と放蕩息子との間に成り立っている赦しの関係、または和らぎと喜びに包まれている宴(うたげ)の場という意味を持っている所のことであります。「模範生の自負はこうして、劣等生が優等生の待遇を受けている場に同席することは、それでは俺は一体どうなっているんだ」と言わざるを得ないのですから、そういう「いやな場はお断り」となるわけです。これに対して父親は「いいじゃないか、わたしが赦しているんだから、お前もわたしの喜びを一緒に喜んでくれ」というのですが、兄息子はそういう父親には承服できないのです。
「救いとは関係における事柄である」ということは先述した通りですが、右の場合、父親にとって兄息子は、もともと自分との関係を失っていた人間であることが、弟息子を受け入れたことによってはっきりしたのですから、「あいつはいい息子だと思っていたが、やれやれこれでは困ったことだ。あいつにも何とかしておれの気持ちが分かってほしいものだ。そうでなければおれは死ぬに死ねない」という思いに満たされることになります。
これが父親の新たな悩みとなります。この悩みはいつになったら解消されるでしょうか。兄息子が模範生であり孝行息子であるという自負に拠り立っている限り、その日は来そうにありません。父親の嘆きはずっと続きます。兄息子が何と言っても「おれは問題ないのだから」と思っている限りにおいて、そうなのです。
父親という存在がなければ、こういう問題は起こりません。また父親が放蕩息子を受け入れて最上の客をもてなすように喜ぶ父親でなければ、兄息子の不平は出てきません。救われなくてはならないのは兄息子も同様であるということは、父親が「赦しの愛」をもって「赦されるはずのない者を赦す父」であることが分かっていないということにおいて言えることであります。
キリストが「放蕩息子の譬え話」をされたのは、神は丁度この話に出てくる父親のような存在であることと、従ってこの話を聞いている人のすべてに「神による救い」ということを考えさせるためではなかったかと思わされます。
篠田 潔
(日本基督教団隠退教師・元「キリストへの時間」協力委員・ラジオ説教者)
<11月のラジオ放送予定>
11月 1日 笠井 恵二 (中部学院大学特認教授・宗教主事)
8日 笠井 恵二 (中部学院大学特認教授・宗教主事)
15日 志村 真 (岐阜済美学院宗教主事)
22日 志村 真 (岐阜済美学院宗教主事)
29日 西島麻里子 (済美高等学校宗教主事)
(放送開始1952年10月)
CBCラジオ「キリストへの時間」(1053KHZ)
毎週日曜日朝6時30分~45分放送
「ローマ人への手紙」研究
第70課 キリスト者生活の実践的義務
=12:1~15:13=・・・12・・・
A 個人の生活上の聖潔を養う義務
12:1~21・・・12・・・
「キリスト教的勤勉愛の義務」・・12:11~13・・1・・
「熱心で、倦むことなく、霊に燃え、主に仕え、望みをいだいて喜び、患難に耐え、常に祈りなさい。貧しい聖徒を助け、努めて旅人をもてなしなさい」(11~13節)。
ある人が「信仰のために生きることは、信仰のために死ぬことより、はるかに困難である」と言ったことがあります。確かにこの言葉は大いに真理性があるものです。現代の情勢下においては、そのようなことはありそうにもないと見えるかもしれません。しかし、鋭い情勢分析をすれば、そのようなことの危険性が絶無とは決して言えないのです。とにかく、私たちは信仰のために生きるように召されています。すなわち、霊に燃え、主に仕えるように召しを受けているのです。もし私たちが本当に救いに与っているのであれば、また、もし神の御霊が私たちの心と生活の中で働いていないのであれば、私たちは信仰の熱心さにおいて死んでいると言わねばなりません。
この勤勉と熱心さは、私たちの日常の生活の中において、また信仰の熱心さの中において表われて来るのみでなく、11節においてみられるように「望みをいだいて喜び、患難に耐え、常に祈る」ことにおいて表われてくるのです。私たちは常に深い幸福感に満たされているのです。それはキリスト信者の希望、すなわち永遠の栄光の希望があるからであって、これらのものは「目がまだ見ず、耳がいまだ聞かず、人の心に思い浮かびもしなかったことを、神は、ご自身を愛する者たちのために備えられた」(Ⅰコリント2:9)と言われているものに他なりません。
この幸いは、現在私たちが持っている多くの患難に勝って、より深いものなのであります。私たちは神の摂理のうちに、患難に耐えるように召されているのであり、患難に耐えることによって、キリスト者の熱心を示すのであります。
一つの物語があります。サタンが商売のために外出して、最高の入札者に、その道具を売ろうとします。彼は競売をするに当たり、自分の最低値の値札を一つ一つの道具につけるのである。ほとんどすべての道具に通常の値札がつけられたが、一つだけ(木片に契)状の道具があり、それには非常な高値の札が付けられていた。一人の人がサタンに、何故、こんなありふれたものに、そんな高い値札を付けたのかと尋ねた。サタンは答えて、「これは特殊な道具で、全ての他の道具が出来ないことでも、これは必ず成功するのだ。それの名は失望というのだ。私は他の道具や方法や誘惑で影響を与えることが出来ないキリスト者の幸福を破壊するときには、いつでもこの道具、すなわち失望という道具を使用するのである」と言いました。
祈りの最大の敵は失望です。信仰とキリスト者の熱心によって、これは克服出来るのです。バンヤンの天路歴程の失望者の物語を思い出してみてください。
J.G.ヴォス著
玉木 鎮訳(日本キリスト改革派引退教師)
東京大学大学院人文社会系研究科博士課程
いのちのことば社
スーザン・ハント
「緑のまきば」
「聖霊とその働き」