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2023年7月号  №193 号 通巻877号
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     ビルマ
  戦犯者の獄中記  (13)  遠山良作 著
 
昭和21年
 
5月31日
判決-
今日は判決の日である。私たちは弁護士の言葉でもあり、無罪を信じて判決にのぞんだ。その判決は
憲兵大佐  出田直也      8年
憲兵大尉  東    登        8年
憲兵少尉  中山伊作      8年
憲兵曹長  小林  崇      6年
憲兵軍曹  遠山良作      6年
陸軍軍曹  中島時善      6年
憲兵軍曹  馬場 満    1カ月
憲兵軍曹  塩田利弘     無罪
陸軍上等兵 小川            無罪     の判決である。

意外な判決にみんな驚いた。こんな無茶な裁判がどこにあろうか。全く一方的である。15日間にわたる裁判で、証拠としては、検事側のでたらめな証人の証言のみを採用し、私たちの証言は一考だにしない。彼等が「お前たちは戦争に敗けたから仕方がないよ」と言うなら裁判なぞ必要ない。彼等は、ただ裁判したよ、との形式を整えていればよいのであろう。裁判は名を借りて復讐しているとしか考えられない。
今後もこのような裁判が行なわれるとしたら、どんなことになるのか心配である。
 
P1120153.jpg6月2日
 -東独房に入る-
 判決のあった翌日、有罪になった私たち7名は東独房に移された。先に判決を受けた人たちが監禁されている房である。カラゴン事件で死刑の判決を受けている市川少佐たち4人と埠頭分隊事件の上野大佐たちの顔は薄暗い鉄の扉を通じてさだかではないが見ることが出来る。
 この棟は24の房が北面に向って一列に並ぶ独房である。床も天井も壁も土とコンクリートで囲まれている。入口は鉄の頑丈な6本の鉄棒からなる格子戸がある。南側の上方に明りとりの小窓がある。一番奥に洗面器大の陶器の便器が備えてあるだけで電灯もない。
 モールメン刑務所以来の独房生活には馴れているとは言え、囚人としての生活が始まるかと思うと孤独-寂寥-万感胸せまる。これから一体どうなるのか。自分で取調中に死亡したアオンバの事件、タキン党事件等、幾回も取調を受けているから、このままで終わるとは考えられない。
 これを運命と言うのかもしれない。敗戦国民の誰もが負わなければならない責務でもある。これからまだまだ茨の道が続くであろう。だが、負けてはならない。全てを乗り越えて生きていかねばならない。新しい日本が生まれるまで生きるのだ、と自分の心に言い聞かせる。
 戦犯の 刑受けたれど 我耐えん 日本男子の 任果たすまで
 たまに来る 蟻みてをれど 薄暗き 独房の奥には 行かず戻りぬ
 
6月10日
寝られない。真夜中である。突然誰かの叫び声に飛び起きる。隣りの房から「N軍曹が発狂したらしい」という。望みのない暗い独房生活。そして連日厳しい取調が続くこの独房、人間の耐え得ることのギリギリの限界かも知れない。強く生きなければと誓う自分も前途のことを考えるとキリキリと頭が痛い。発狂しないのが不思議なくらいでもある。
 何ごとか 解らぬ言葉 くり返す 独房の戦友 今日も狂えり 
 
この文章の転載はご子息の許可を得ております。
 
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   あなたに聖書を
 
わたしたちは、それぞれが「どう生きたらよいか」という問題を抱えています。それは、「揺るぎない人生を送るにはどうしたらよいのか」ということであります。
 
聖書の中には、ある金持ちの一人が、キリストに「先生、永遠の命を受け継ぐには、何をすればよいのでしょうか」と尋ねたという話が載っています。この人は、財産がいくらあっても、それだけでは本当に自分を支えることにはならない、と思い、「永遠の命を受け継ぎたい」と願った人でした。
 
「永遠の命」という言葉は、普段わたしたちが使わない言葉で、お互いに共通した理解をしているわけではありません。私なりに言いますと、これはさっき言いましたように「どういう時代にあっても、揺るがない確かな生き方をさせるもの」と言ってもよろしいのではないかと思います。
 
そういうことを言いますのは、例えば、わたしなど太平洋戦争時代に生きていた世代の者は、軍歌で「天皇陛下のためならば、何の命が惜しかろう」と歌いました。それが戦争に出かける支えとなったのでした。教育の力というものの凄さを思わされますが、その力は今では失われてしまっています。そのことはわたしたちの国に限ったことではありません。歴史を振り返って考えますと、何か一つの主義や制度に固執して、ほかのものを締め出している頑なさが人間や集団の問題ではないかと思わされるのであります。
 
キリストは、さっきの金持ちに対して、「あなたが持っている物を売り払い、貧しい人に施しなさい。そうすれば、天に富を積むことになる。それからわたしに従いなさい」と言われました。これは、「あなたが、今の自分のままで、その上に確かなものを得ようとしてもそれは無理です。そういうあなたを解放して、あなた自身に対して自由になりなさい」という勧めではないかと思います。そして、それは、キリストに従って生きることであり、そこから新しい世界が展開する、ということを、聖書は語っているのであります。
 
 
篠田 潔
 
(参照聖句・マタイ10:17~22)
(電話によるメッセージより・日本基督教団隠退教師・元「キリストへの時間」協力委員・ラジオ説教者)
 
 
 
「キリストへの時間」放送予定
       (放送開始1952年10月)P1030142.jpg
 
2月
   5日 小室尚子 (金城学院宗教総主事)
  12日 小室尚子 (金城学院宗教総主事)
  19日 金 承哲 (金城学院大学宗教主事)
  26日 金 承哲 (金城学院大学宗教主事)
 
CBCラジオ「キリストへの時間」(1053KHZ
毎週日曜日朝6時30分~45分放送
P1020126.jpg  「ローマ人への手紙」研究 (87)
 第52課 異邦人の召命とユダヤ人の拒否
       9章1~11章36節(続)
E ユダヤ人の拒否は全員ではなく、残される者はやがて救われる。
       11章1~10節 (6)
 
 「そして、他の者たちはかたくなになった」(7)。神は罪人をかたくなにされることによって、彼らを罰せられることがしばしばある。すなわち、彼らを罪の状態の中に放置されて、その結果、彼らがますます悪くなるままにして置かれることによって、彼らを罰せられるということは、聖書の中に示されている明らかな原則です。「彼らは神によってかたくなにされた。すなわち、神は彼らの心をかたくななままに放置されたのだ」(C・ホッジ)。
 
 8節は旧約の各所から引用されたものです。例えば、イザヤ書6:9、10、申命記29:4、イザヤ書29:10などです。これらの旧約の聖句は、一つには、それらが記された当時の状態に適用されるとともに、未来的な意味をも持つもので、パウロの時代のユダヤ人に適用されうるのです(比較マタイ13:14)。
 これらの多くの聖句は、はじめに小規模に成就し、後に大規模に、あるいは完全な形態において実現しているのです。旧約時代に起こったことが、再びパウロの時代のユダヤ人の間に、より完全に起こったのです。すなわち、霊的に見えない目を持ち、霊的に聞こえない耳を持つということです。その盲目の故に、彼らはメシヤとしてのイエスを見ることが出来ず、紀元70年のエルサレムの破壊の時の災害と破滅が彼らに及ぶまで、彼らは不信仰の中に陥っていたのです。
 
 「このかたくなさは、決して単なる災害ではなく、また彼らの罪の自然的な帰結に過ぎないのでもありません。それらは課せられるべき刑罰なのです。神は言われます。わたしはあなたがたに見えない目を与える。生ける神の御手は魂をかたくなにし、惑わし、盲目とされるのである」(C・ホッジ)。
 このことが真理であるからには、神を怒らせることや、神の恵みにつけ込むなどと言うことのないように気を付けることは、いかに大切なことであろうか。わたしたちの神は焼き尽くす火であられるのだ(ヘブル12:29)。
 
 J.G.ヴォス著
           玉木  鎮訳
         (日本キリスト改革派引退教師)
この文章の転載は訳者の許可を得ております。
                                        祈 りP1020122.jpg
 
♡  ・・・。自分の感じ方が少し変になったのでしょうか、今までとは違う片付けられていく住み慣れた街並みの変りようにも、瓦礫の山に積もる雪を見ても悲しみや絶望や不安の感情が湧いてきません。もう復興なんてしなくてもいいや、という気持ちに支配されてしまっています。・・・。 
♡  母からの電話の声が弱々しくなっているのが気になります。テレビから流れるニュースは、町の復興、元気な方の声や笑顔ばかりで、子供や孫たちの成長を楽しみにして生きてきた母には、取り残されている感じとこれからどう生きて行けるのかという淋しさ、悲しさや思いの不安がそうさせるのでしょう。そんな思いを抱えて生きている方々を忘れないで下さい。    
♡  仮設の殆んどは、高齢者と呼ばれる世代ですが、数少ない子供たちが元気に走り回っている姿に元気を少しもらいます。何か声をかけてやりたいのですが、言葉が頭に浮かんで来ません。ただ気持ちだけですが、がんばれ!!です。
♡  今年の年賀状の言葉には胸が打たれます。困難を克服して頑張ります、未来に希望を託して、家族の絆を力に変えて、など困難な状況への自分への激励のように感じました。自分の言葉の軽さに、申し分けない気持ちと今の恵まれていることを深く思わされています。 
♡  あのさア、最近・・・、何か友だちとメール交換していて、自分が変ってきた感じがするんだよね・・・。よくわかんないが、じっとしていられない気持ちになるんだよね。これって、喜びかな・・・。 
♡  澄みきった空、雪の南アルプスを見ながらの生活。身体を動かさなければ何一つ手に入れることの出来ない生活を、人は不便と言いますが、私たちには心身ともに健康であることを実感できます。都会ではあじわえない生活を、自然の中で与えられた仕事に向き合えるのとは、本当に感謝そのものです。・・・・。 
「みんなでわいわい・ご意見コーナー」
 
私のところでは、例年通り田植えが始まりました。テレビで天気予報を見ていますと、日本という国は南北に長いのが気温の高い低いや雨とか雪でわかりますが、日常の暮らしは東京中心の物が中心ですね。わたしの住む沖縄も毎年の成人式で騒ぐ若者のことや、基地問題が皆さんに知られているのではないかと思います。沖縄の冬は半袖や薄手の長袖だけで過ごせる日が多いです。しかし、まれにコートが必要なほど寒い日があります。気温は那覇で寒いときでも8度程度ですが、海から吹いてくる冷た~い北風が猛烈に吹くと、さすがに寒いんですよ。県外の方から寒いときは寒かったと感想を頂いています。
                       沖縄県   K・Tさん
 
・・・。娘が結婚して福島県におりますが、食べること、飲むことに毎日数値を調べて生活することに疲れています。今年会社が東京都に移転するので、それを機に転居を考えていますが、そう出来ない多くの人を思うと後ろめたさを感じてしまう娘の姿を見て、原発の悲惨さをSH3J06750001.jpg改めて思い知らされています。何年も、何十年も続くことでしょう。・・・。                       
                      神奈川県  I・Tさん
SH3J10010002.jpg  『ありがとうございます』
 2月を迎えようとしています。子供たちにとっては、春は希望と不安の中、未来へのスタートの時でもあります。そのドキドキ感こそどのような時でも持っていたい思いでもあります。古里や親元を離れる人、それを見守る人、新たな活動の場を求める人、病と戦いながら次のチャンスを待つ人など、それぞれの春を待つ季節です。
今月号の写真は、Kさんのお母様の作品とAさんが朝晩愛犬と散歩するコースの小さな橋と公園の写真などです。身近な様子を写メールでお送りください。大歓迎です!!
     
『つのぶえジャーナル』のための寄付者
和田順一様 和田貴美子様 石黒功三様 藤掛朔生様 山本 充様 田村早蓉子様 
井上義明様 森谷千文様 島田祥子様 太田敏子様 古屋愛実様 匿名2名様
 
 郵便振替口座番号 00800-1-45937 つのぶえ社
 
***************
 
『クリスチャン音楽家を支える会』への寄付者
犬山教会男子会様 匿名1名様
便振替口座番号 00870-2-92464 クリスチャン音楽家を支える会
2011年12月16日から2012年1月15日‘まで
 
『クリスチャン音楽家を支える会』への寄付金で2011年度は4つの団体と5人の方々に支援金として使わせて頂きました。特に老人施設訪問活動の4つの団体は活動を開始して10年以上になりますが、自前の活動でしたので少しでもお役に立てばと考えました。原則として、頂いた寄付金は2011年12月15日で残金ゼロ円にして、2012年に向けて活動してまいります。今後ともよろしくご理解ください。
    〈つのぶえ社・出版物案内〉
 
さんびか物語                             ポーリン・マカルピン著  3000円
ジャパニズ・ヒムス・
イン・イングリッシュ                    ポーリン・マカルピン著 1500円
日本伝道百年史
                 バラ・マカルピン宣教記念誌発刊編集委員会 1500円
田舎牧師の記                                              諏訪武臣著 3500円
初歩教理問答書                                    (日曜学校用)  250円
解説ウェストミンスター信仰告白                 岡田 稔著   500円
緑のまきば
=絶対者なる神を求めて=                            吉岡 繁著 2000円
聖霊とその働き                                   E・H・パーマー著
                                                                         鈴木英昭訳 1500円
初めて学ぶキリスト教                 ヘリクマ・テュック共著
                                                                        鈴木英昭訳 700円
死後と終末                                        W・ヘンドリクセン著 
                                                                       鈴木英昭訳 1900円
ウェストミンスター小教理案内                    鈴木英昭著1500円
十戒と主の祈り                                             鈴木英昭著 1800円
カルヴィニズムの5特質            ・H・パーマー著
                                          鈴木英昭訳 1500円
教会における女性のリーダーシップ スーザン・ハント著
                                         鈴木英昭監修          
                  三谷澧子・新美すえ子共訳 1300円
             =注文先 つのぶえ社=
           465-0066 名古屋市名東区梅森坂西2-616-E号
              TRL・FAX 052-893-9585
              Eメール osamura@kind.ocn.ne.jp
     
    今月のことば
 
 もし最初の確信を、最後までしっかりと持ち続けるならば、わたしたちはキリストにあずかる者となるのである。
              (ヘブル3:14)
 
2012年を迎えた皆様の上に、神様の愛と憐れみの恵みが豊に備えられますようにお祈りいたします。
 私たちは、不安と絶望を持ってこの新年を迎えるでしょうか。それとも、そうではなく、年の始めに何かの「確信と期待」をもって望みましょう。そうして、1月31日、この日をもって一月を終わる時、その「確信と期待」はどうだったでしょうか。
私たちは、自分の弱さや無能力からスタートするのではなく、神の力と神の助けに望みをおいて始めたと思います。
 この「確信と期待」が自分自身に置いたのではなく、神の側に置く時、「キリストにあずかる者」となっているのです。それは、私たちが自分自身に全面的に信頼しうる者ではなくて、貧しく無力な者としての自分として、神に向けたからです。
 
 キリストは、常に変ることなく私たちの救い主になって下さるお方です。この事実から2012年を考え、2012年2月を考えようではありませんか。「最後までしっかりと持ち続ける」者は、最初の確信、すなわち、「キリストにあずかる者」となるという思いです。迷い、挫け、彷徨う日々であっても、私たちがどうであっても、「キリストにあずかる者」という「確信と期待」を、日々、覚えようではありませんか。
 
  今日一日が始まる
 
わが部屋にわが心に  静に近づきたもう06da2ca8.jpg主イエス様の足音で  今日一日が始まる
 
わが耳にわが心に   ひそやかに語りたもう
主イエス様のみ言葉で 今日一日が始まる
 
わが足をわが心を   やさしく導きたもう
主イエス様のみ心で  今日一日が始まる      
水野源三第二詩集「主にまかせよ 汝が身を」より
 
 
 
 
    小閑記
       
 自分の命を救おうと思う者はそれを失い、わたしのために自分の命を失う者は、それを見いだすであろう。
              =マタイ16:25=
 
私たちは自分の命を失おうと思う人はいないと思います。しかし、聖書は「自分のために得ようと思う者は失う」と言います。神からの命を得るためには「自分の命を失う」ことが求められます。私たちの思いと、神様のご意志とは全く相反することが分りました。
 
サタンに負けて始祖たちを征服したのはこの罪の命、死の命でした。その滅びの命を受け継いできたのです。そしてそれは、私たちの心に、神を受け入れない「砦」を作りました。悪の力は、霊と魂と、身体とを虜にしました。その明白な現われが、神への憎しみと、悪への愛とに支配されていることに現われているのです。
 
私たちは、神から賜わった命を救おうと思えば、この命を失わねばなりません。もし人間の生命が贖われず、罪の命から自由にされていなければ、私たちは失われているのです。
しかし、どうして命を救うために、命を失うのでしょうか。主イエスは言われます。「わたしたちはおのれを捨てて十字架を取り、主に従わねばならない」と。
 
私たちは、自分をキリストに捧げねばなりません。キリストがご自身を全く私たちのために下さったように、私たち自身を全く主に捧げるべきことを求めています。この信仰が主より賜わる命に与る唯一つの道です。
 
主イエスの十字架において、私たちは主と共に死ぬ力を得て、永遠の命に生きるのです。罪より離れ、命に入る道は、死を通ってのみ行きます。
 
 
                上河原立雄 
 
讃美歌 333番
 
1 主よ、われおば  とらえたまえ、
  さらばわが霊は  解き放たれん。PB170021.jpg
  わがやいばを   くだきたまえ、
  さらばわが仇に  打ち勝つをえん。
 
4 わがすべては   主のいものなり、
  主はわが喜び   また幸なり。
  主よ、みたまを  満たしたまえ、
  さらば永遠の   安きを受けん。
  
 
 
 
 (ひとみ)
冬がゆっくりとやってきました。紅葉や冬の夕焼けなど自然豊かな恵みを捉えられるのを感謝しています。12月号も皆さんの思いが綴られていて、クリスマスにふさわしい心温まる読み物となっているように思いました。時勢は厳しく、一昔前の様な賑やかな年末年始ではなくなっているところも多いと思います。生きづらさを感じやすい世です。だからこそ、明るさを忘れずにいたいなあと思います
希望を祈り続ける気持ちも弱くなってしまう時もありますが、「神様、どうぞお守りください」と心を込めて生きたいです。子供もクリスマスというプレゼントを楽しみにしています。
子供用の聖書物語も私の読み物になっています。クリスマスの意味合いも受け止め方もそれぞれですね。近所の教会の前の掲示板に聖句が掲げられているのを読むのも楽しみの一つです。弱さを戒めてくれる言葉に強められながら、日常に感謝しています。
                  奈良県 N・Rさん
 
明日から12月、悲しい出来事のニュースばかりの一年でしたが、最近、来年のことを考えることが出来るようになりました。少し動けるようになってきからでしょうか。しかし、少し動くとやっぱりばてますが、それでも、ましになりつつあります。午後からは、銀行や買い物に行けました。重たい物はまだ駄目で灯油は生協で済ませました。仕事先の医院の工事で荷物のかたづけと、もとに戻すのに重いものを少し持っただけでも腰痛です。腹筋、背筋は痛いですが、毎日少しずつしていますが、やはり 体力が、ついて行ってないのでしょう。帰ってからの休息は、アニメを見て過ごしています。することはいっぱいありますが、腰が・・・。
今年は、久し振りにキャンドルサービスに出席してみたいなと思っています。
「つのぶえジャーナル」仲間の皆さんは、お元気でしょうか、変なメールでごめんなさい。
                   大阪府 T・Mさん
PC190049.jpg=ともしび=・・1・・
・・過去を照らし、今を照らし、未来を照らす・・
 
神の審判(さばき)から逃れることのできる者は、誰ひとりとしておりません。たとえ、偉大なる王といわれる人であってもです。キリスト者と言うことだけで安住していてもいけません。それ故に、私たちは、日々の悔い改めと神を畏れる生活が求められます。救いから漏れることはないのですが・・・。
私たちには自浄能力はありません。あると思うのは、人間の高ぶりです。聖霊の働きによらなければ、何ひとつ良きことはできないのです。聖霊に満たされることを願い、祈ることです。人間世界が、かくも住みにくいところとは知らずに生まれてきました。真っ直ぐに天国に生まれなかったのは「訓練」のためということか・・・。鋼も研がなければ切れないということか。
                青森県   北岡一夫
 
PB220030.jpg    自閉症者のひとりごと
                      (55)
 
11月24日
食欲はなく、また眠ってしまいました。悪いやつほどよく眠るですね。眠りに逃亡。
何に疲れを感じていたのだろう。主人といっしょ、大勢の人々といっしょ、それだけではないような気がする。煙草を我慢しているせいか、猛烈に物足りなさを感じている。
何か落ち着かない。わたしはどうも自分の心身の体調を察するのが遅いようで、すでにストレスになっている感じです。気が付いたときには、ばたんきゅー。
久しぶりにアロマオイルをたいています。こんなもので落ち着くのかしら。精神科ではオレンジ系のアロマがたいてあるけど・・・。


11月26日
性同一性障害のAAメンバーが、女の子になるため、外国に出発しました。ちゃんとした病院だそうなので、安心しています。ただこの事実をきちんと受け止めるのみです。それまでの苦しみや涙を知っていますので・・・・。
 
11月28日
周りの人は、あなたの我がままよと言われたり、思われたりしますが、この病気の特徴の一つとして分かってほしいことは、わたしのペースで事が運んだら、何の問題もありません。そうじゃないから、大変なのです。例えば、主人が急に大掃除を始めたり、主人の実家に連れて行かれたりするから困るのです。この二日間も忍耐をお与え下さいと祈ったくらいですから。主人の実家で何が困るのか。それは、お世話になるのだから、お手伝いしなきゃいけないでしょ。わたしの特徴で、箸や茶碗が誰が誰のか、いまだに全然覚えられないし、不器用で、包丁を握らせてもろくなものが切れてこないし。腰が痛いから、物を持ったりできないし。普通の人が当たり前に出来ることが、わたしには出来ないので、身の置き所がないのです。
 
12月1日
周りの人は疲れたら休むし、無理もしない、わたしにはそれが出来ない。不器用なのではない。病気の特徴なのだ。昨日も体がだるく、ミーティングには行きませんでした。何でだろう。数学Ⅰがようやく終わりました。最後の方は、どうでもいいやと思ってページをめくっていました。もう一冊数学の本がありますが、もうやらない。頭がパンクしてしまいます。衝動買いした本でしたが、けっこう役立つというか、生活にはりが出ました。だからといって、もう衝動買いはこりごり。お金が随分飛んでいきましたから。
 
12月8日
豊川の事件、障害が家族の誰にもみつけられずにいたということ。わたしもそうでした。軽度うつ症で済まされていました。その分治療が遅れ、うつもひどくなっていました。わたしの場合、衝動が自分に向きました。よく警察沙汰にならなかったと、精神科の医師に言われました。そして、よくここ(専門医)までたどり着いたねと、言ってくれました。
ひょっとしたら、わたしが彼になっていたかもしれません。
判決のように、判断能力はあったでしょう。ただ、きちんとしたケアをなされないなら、30年かかっても、本当の意味で自分の行為がわかるのは無理な気がします。
とはいっても、彼に同情はしないし、判決は妥当だと思っています。
この障害の抱える難しさを、もっと世間に知ってほしいなぁと思います。
更生保護とは、本当に難しいと思います。
罪を償うということ、犯罪者といわれた人の更生を信じ続けなくてはならないこと。
罪人である我々を、神はどのように見つめられたのか。裏切られても、なお信じ続けなくてはならないこと。重いです。
 
加納さおり
 世田谷通信PC010039.jpg
 (99)
 猫 草
 
友人と「巣鴨」に出かけてみた。いつもは美術館だが、今回は趣向を変えて「すがも」である。二人とも関東には20年ほど住んでいるのだが、噂に聞くばかりで一度も行ったことがない「おばあちゃんの原宿」に興味津々だった。とはいえ「40代の私たちにはちょっと早いんじゃない?」「まあ高齢化社会の街づくり実例調査?」などと、行きの電車の中では余裕綽々、上から目線だったのだ。
ところが巣鴨商店街に入って、もう心はわしづかみ、直球どまんなか、気分わくわく、目はらんらんである。店先で湯気をたてるお饅頭、ただようお茶のいい香り、海産物は大きなざるに山盛り、すべて試食OKの升売りである。衣類はともかく安く、暖かい品揃え。珍しい乾物類のお店で大好きなアオサノリを見つけた時は歓声をあげた。そこらのスーパーや物産展ではみかけない品、価格も安い!というわけで主婦のテンションは際限なくあがる。お互いに「ちょっとあれみて、あのシラスおいしそう!」「こっちの五目稲荷、大きい~!」お昼時だったこともあり、あちこちの店頭で串もの、まんじゅうをほおばりつつ、商店街を散策する。まずは端まで見て回ろう、買うのはそれからね、と相手をけん制しつつ、二人とも気になる商品と値段チェックに余念がない。お店の人たちも気安く「これはねえ、こうやって食べるとおいしいんだよ!」と声をかけてくれる。若いころならうっとおしいと思ったかもしれないが、そんなやりとりもまた楽しい。とげぬき地蔵の門前町として栄えた経緯だけでは語れない商店街自体の充実度がある。上野のアメ横ほど混雑せず、品物は高齢者向け限定。道幅は狭からず広からず、商店街も長すぎず、あちらこちらにベンチもあり。
「どうしよう!ものすごく楽しい!」「私たちのためにある町だね」とまで言い切って、両手にいっぱいの買い物袋をさげてほくほくである。
コンビニやスーパーにはない人のぬくもりと地域性あふれる品揃え、この賑わい。日本全国どこでも大型店舗とコンビニの立地に、小さな店舗はなすすべもなくシャッターを下ろして歯抜けのようになってしまう商店街が多い中、成功している稀有な事例。なぜだろう?と思う。箱ものや付け焼刃ではない町の活力、また行きたいと思わせる吸引力。全国の商店街が失いつつあり、また今もう一度取り戻すべき地域の「魅力」である。
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緑を大切に!
お気持ち一つで!
守ろう自然、育てよう支援の輪を!
書籍紹介
    8858e3b6.jpg
エネルギー技術の
 社会意思決定

日本評論社
ISBN978-4-535-55538-9
 定価(本体5200+税)
=推薦の言葉=
森田 朗
東京大学公共政策大学院長、法学政治学研究科・法学部教授

本書は、科学技術と公共政策という新しい研究分野を目指す人たちにまずお薦めしたい。豊富な事例研究は大変読み応えがあり、またそれぞれの事例が個性豊かに分析されている点も興味深い。一方で、学術的な分析枠組みもしっかりしており、著者たちの熱意がよみとれる。エネルギー技術という公共性の高い技術をめぐる社会意思決定は、本書の言うように、公共政策にとっても大きなチャレンジである。現実に、公共政策の意思決定に携わる政府や地方自治体のかたがたにも是非一読をお薦めしたい。」
 共著者・編者
鈴木達治郎
電力中央研究所社会経済研究所研究参事。東京大学公共政策大学院客員教授
城山英明
東京大学大学院法学政治学研究科教授
松本三和夫
東京大学大学院人文社会系研究科教授
青木一益
富山大学経済学部経営法学科准教授
上野貴弘
電力中央研究所社会経済研究所研究員
木村 宰
電力中央研究所社会経済研究所主任研究員
寿楽浩太
東京大学大学院学際情報学府博士課程
白取耕一郎
東京大学大学院法学政治学研究科博士課程
西出拓生
東京大学大学院人文社会系研究科博士課程
馬場健司
電力中央研究所社会経済研究所主任研究員
本藤祐樹
横浜国立大学大学院環境情報研究院准教授
おすすめ本

      d6b7b262.jpg
教会における女性のリーダーシップ
スーザン・ハント
ペギー・ハチソン 共著
発行所 つのぶえ社
発 売 つのぶえ社
いのちのことば社
SBN4-264-01910-9 COO16
定価(本体1300円+税)
本書は、クリスチャンの女性が、教会において担うべき任務のために、自分たちの能力をどう自己理解し、焦点を合わせるべきかということについて記したものです。また、本書は、男性の指導的地位を正当化することや教会内の権威に関係する職務に女性を任職する問題について述べたものではありません。むしろわたしたちは、男性の指導的地位が受け入れられている教会のなかで、女性はどのような機能を果たすかという問題を創造的に検討したいと願っています。また、リーダーは後継者―つまりグループのゴールを分かち合える人々―を生み出すことが出来るかどうかによって、その成否が決まります。そういう意味で、リーダーとは助け手です。
スーザン・ハント 
おすすめ本
「つのぶえ社出版の本の紹介」
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「緑のまきば」
吉岡 繁著
(元神戸改革派神学校校長)
「あとがき」より
…。学徒出陣、友人の死、…。それが私のその後の人生の出発点であり、常に立ち帰るべき原点ということでしょう。…。生涯求道者と自称しています。ここで取り上げた問題の多くは、家での対話から生まれたものです。家では勿論日常茶飯事からいろいろのレベルの会話がありますが夫婦が最も熱くなって論じ合う会話の一端がここに反映されています。
定価 2000円 

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「聖霊とその働き」
エドウイン・H・パーマー著
鈴木英昭訳
「著者のことば」より
…。近年になって、御霊の働きについて短時間で学ぶ傾向が一層強まっている。しかしその学びもおもに、クリスチャン生活における御霊の働きを分析するということに向けられている。つまり、再生と聖化に向けられていて、他の面における御霊の広範囲な働きが無視されている。本書はクリスチャン生活以外の面の聖霊について新しい聖書研究が必要なこと、こうした理由から書かれている。
定価 1500円
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「十戒と主の祈り」
鈴木英昭著
 「著者のことば」
…。神の言葉としての聖書の真理は、永遠に変わりませんが、変わり続ける複雑な時代の問題に対して聖書を適用するためには、聖書そのものの理解とともに、生活にかかわる問題として捉えてはじめて、それが可能になります。それを一冊にまとめてみました。
定価 1800円
おすすめ本
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われらの教会と伝道
C.ジョン・ミラー著
鈴木英昭訳
キリスト者なら、誰もが伝道の大切さを知っている。しかし、実際は、その困難さに打ち負かされてしまっている。著者は改めて伝道の喜びを取り戻すために、私たちの内的欠陥を取り除き、具体的な対応策を信仰の成長と共に考えさせてくれます。個人で、グループのテキストにしてみませんか。
定価 1000円
おすすめ本

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さんびか物語
ポーリン・マカルピン著
著者の言葉
讃美歌はクリスチャンにとって、1つの大きな宝物といえます。教会で神様を礼拝する時にも、家庭礼拝の時にも、友との親しい交わりの時にも、そして、悲しい時、うれしい時などに讃美歌が歌える特権は、本当に素晴しいことでございます。しかし、讃美歌の本当のメッセージを知るためには、主イエス・キリストと父なる神様への信仰、み霊なる神様への信頼が必要であります。また、作曲者の願い、讃美歌の歌詞の背景にあるもの、その土台である神様のみ言葉の聖書に触れ、教えられることも大切であります。ここには皆様が広く愛唱されている50曲を選びました。
定価 3000円

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