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ほっとひととき『みんなのコーナー』
☆ 奈良の東大寺二月堂のお水取りの行事は関西に春の訪れを知らせるもので、修二会は旧暦の2月、現在では3月1日から14日までの14日間、執り行われます。何もかもがこの日を境に季節が変わるのを感じます。修二会の期間はいつもと違って境内はお水取りの熱気で満ち、参道は露店にあふれ、この時期でしか味わえない高揚した空気を堪能することができます。皆さんの地域にもいろいろの春を知らせる行事があることでしょう。機械化が進み、農事用の天気予報もありますが、自然に咲く花や山の雪解けの形の変化で、農作業の段取りを勘考する時でもあります。 大阪府 Y・Tさん
☆ お早うございます。ここ福島にも春が来ました。鶯の初啼きやツバメは春を告げてくれますね。天候には変化はあっても鳥たちや木々には、明確な時節感覚があるのですね。私たちはTVで季節を感じていますから、皮膚感覚が鈍感になっているのかもしてないと、思わされています。季節の野菜とか、そのようなものが少なくなりました。年中、季節野菜が店頭に並ぶと「季節」のことばは、消えていく感じがいたします。
そうですよね。寒ければ暖房、厚着、熱ければ冷房設備と何でも安易な手段でことに対処してしまいます。そんなものがない時は、工夫や生活の知恵が今より豊かに持っていた感じがしませんか・・・。 福島県 H・Tさん
☆ 3・11に関連するニュースが多くなり、悲しみがよみがえって来ます。元気な振りはしていますが、悲しみは消えません。今も「地震・津波・原発」と言う言葉が、ときに恐怖になります。この思いは生涯抱え込んで生きていきます。皆さん同じだと思いますね。息子夫婦と一緒におりますが、親しい人がいないのは寂しいです。 東京都 K・Wさん
☆ メールありがとうございました。やっと就職先が決まりほっとしています。世間知らずで未熟な者ですが、様々な体験を通して成長してほしいと切に願っています。これまでも息子から、「ジャーナル」さんのメールに励まされていることを聞いていました。これからもメールを通して、主にある交わりをして頂けたら大変嬉しく思います。親元を離れての生活で心配ですが・・・・。 愛知県 Y・Tさん
☆ 先週は母が倒れ、救急車で運ばれ 救命救急隊によって一命は取り留めました。感謝ですが、今度は旦那が躁状態になりました。信仰が与えられていることに感謝ですが、神様に心を向けていなければ、もう私は倒れていたと思いますが、支えられています。お祈り下さい。 兵庫県 A・Mさん
☆ 東日本大震災は11日、発生から4年を迎えた。今も約23万人が、仮設住宅などで避難生活をされている様子が、テレビや新聞で知らされますが、その当時の「つのぶえジャーナル」には大勢の人の声が乗せられていましたのを思い出します。「風化や風評」と言う言葉が自分の心の中にあるのを思います。改めて、その時に思いを向けています。不思議なのですが、買物に行くと、つい産地を確認して、東北の地名があるとつい余分に買ってしまいます。決して忘れません、とは言えませんが、覚えていきますよ。 奈良県 T・Mさん
☆ 家の近くには、大きな公園があります。大きな大木もあり、公園には桜もあり夜桜を楽しむ人でにぎわいます。暖かくなったら桜の公園を主人のリハビリを兼ねて公園にも行けるようと話しています。元気になったら散歩したいと思っています。最近、笑顔が乏しくなり、寂しい気持ちになります。 滋賀県 M・Mさん
『ありがとうございます』
名古屋も桜の話題が聞こえる季節になりました。4月は、多くの公的機関や学校などは年度替わりで気分一新の月です。『つのぶえジャーナル』も記事項目の整理をしてみました。
本当に幸いなことに、多くの送信メールが有り、そのために、整理したところもあります。これからも、皆様の投稿メールで、『つのぶえジャーナル』をお届けしたいと願っています。今後ともよろしく、ご支援ください。
2015年2月16日から3月15日まで
西島陽一様 石田美智子様 更科めぐみ様 匿名3名
郵便振替口座番号 00800-1-45937 つのぶえ社
お便り下さる方はこのメール アドレス osamura@kind.ocn.ne.jp をご利用ください。
「つのぶえジャーナル」(米国南長老教会文書伝道事業)刊行責任者
つのぶえ社代表 長村秀勝
今月のことば
肉の思いは死であるが、霊の思いは、いのちと平安である。
=ローマ8:6=
この言葉は、私たちにとって、またこの言葉を読む人にとって、「いのち」と「死」についての問い掛けです。また私たちの思いが「肉の思い」であるか「霊の思い」であるかも含んでいます。それでは、私たちは「いのち」と「死」を、自分の手の中に持っていると思って生活しているでしょうか。むしろ、「肉の思い」の中にいるのが日々で、改めで「いのち」と「死」についての責任を持っているとしたら、事は重大です。
大切な節目があります。私たちが自分の心に「霊の思い」と「肉の思い」の前に立っていると気付くその時です。日々を省み、反省して得るものではない・・・とするなら、その節目を探そうではありませんか。
「霊の思い」は、まず第一に、様々の美しく立派な「あるいは美しいものに憧れ、心奪われる」性向において示されるのではなく、むしろ第一には、また本来は、単純に、私が自分自身を助けるのか、あるいは神の助けを必要としているか、と言う点に示されます。自分自身は強いか、あるいは神の力と支援を必要としているかを謙虚に思えるかの中に示されます。また、神が援助者・救い主をこの世に遣わされなかった場合に、自己救済に赴くか、あるいは絶望し、破滅した者になるかでもあります。
どうでしょうか。自分には自分を救いえないというのが「肉の自分」であると知る時、諦めるでしょうか。「われわれの造られたさま」(詩篇103:14)を知る機会がある時、見過ごしますか。「自分の理性や道徳性、意志の力や生来の持っている宗教的な性向に留まりますか」。「自分の肉にまく者は、肉から滅びを刈り取り、霊にまく者は、霊から永遠のいのちを刈り取るであろう」(ガラテヤ6:8)と聖書(パウロ)は語ります。
人は生きます。しかし、その行き先に何が待っているのでしょうか。「いのち?平安?」それとも「死?滅び・・・」。
「キリストにお会いしてから」
戸をたたく しめきっていた
部屋に入って来られた
キリストにお会いしてから
キリストにお会いしてから
その両手と 脇腹に
傷跡がいたいたしい
キリストにお会いしてから
私の心が 変った
信じない者に ならずに
信じなさいといわれた
キリストにお会いしてから
私の心が 変った
お会いしてから 水野源三
小閑記
そして、その十字架の血によって平和をつくり―彼によってご自身と和解させて下さったのである。
=コロサイ1:20=
悲劇の多くに悲しみの血が流されるのが、人間の歴史と言えばそれまでのことになってしまうでしよう。イエスの血が罪の贖いと赦しの根拠であると言う教えに対して、違和感や嫌悪を覚える人もいるでしょう。
人は神がなだめられるために血を要求すると言うことに、納得し難い気持ちを持つ人もおられるでしょう。しかし、神の言葉の中に次のように言われていることを、確りと読むべきです。
「血を流すことなしには、罪のゆるしはありえない」。旧約聖書の創世記のアベルの血について読む聖書の第一の書から、新約聖書の小羊の讃美が響きわたる最後のヨハネの黙示録の書に至るまで、神の言葉は「その血によって、神のためにわたしたちをあがなった」主に、私たちの唯一の救いの根拠があると語っております。
血は人体の生命であるように、血は聖書の生命でもあります。聖書の中から血を取り去れば、神よりの命はなくなります。そればかりではありません。キリストの血の贖いと救いへの信仰を持たずに自分をキリスト者と考える者は、神による命は持っておりません。誰も救い尽くすことの出来ない人々、全ての民族、国民、言語の中から救われて、神のみ前に立つ人々は、その衣を小羊の血で洗い、白くしたからこそ、そこにいるのです。
血の言葉が生活や、教えや信仰から離れてしまう日々、その程度だけ私たちの内や外のキリスト者としての生活は青白く、死んだものとなります。生けるキリストの代わりに、私たちは信仰的不安を手に入れるのです。天国に行きたいと望む人に、私たちを神と和解させ、全ての罪からきよめるための血の信仰を決して捨ててはならないのです。
<515>
1 「十字架の血に きよめぬれば、
来よ」との御声を われはきけり。
(おりかえし)
主よ、われは いまぞゆく、
十字架の血にて きよめたまえ。
眸
雪国の皆様に、春の便りをお届けします。私の住む福岡の福岡城跡公園には約350本の梅の木がありまして、今が一番きれいに咲いている時で、暖かい陽射しの時には、大勢の人が散策しています。春は花の開花が教えてくれます。わたしも素人カメラマンになって写していますが、下手はやはり下手ですね。でも一人満足しています。
福岡県 S・Mさん
理学療法士として働き始めて3年目になりました。先輩の指導と入院患者さんや通院の方に少しでも自分の技量が役立てばと思って働きましたが、一番の力は、皆さんの元気になりたい、元の生活に戻りたいと言う熱い思いが、一番の回復力であることを知りました。お役に立てばではなく、お手伝いをさせていただいているのだ、と思えた時、もっともっと勉強が必要であると、今は積極的に先輩たちに連れられて講習会に行くようになりました。今日は如何ですか?とお聞きしながら、日々の生活をあれこれ想像するように成れましたが、まだまだ新人ですね。お大事に!とお声を掛けています。頑張ります。
岩手県 Y・Tさん
私の愚痴や泣き言メールに、もう3年もお付き合いくださいましたね。そのときの娘も4月から5年生になります。友だちが毎月印刷して送ってくれたのが最初でした。父を亡くして2年目、今度は主人の病死で落ち込んでいたのを、「ジャーナル」でと思ってくれたのですが、最初は何の興味もありませんでしたね。そんな時、あの大津波で家を、家族を奪われた人の叫びの声のメール文を見て、私もメールしてみようと思ったのがきっかけでしたね。不安と悲しさを抱え込んでいたときでしたよね。「お便り下さる方はこのメールアドレスへ」とあったので、メールしたのが最初でしたね。覚えてますか?初めて働き出した不安、とげのある言葉に傷つけられた口惜しさなど、毎日何度もメールしていたよね。「ジャーナル」さんはそんなメールに丁寧に返信してくれた。口癖は、祈って、考えてから返信します・・・は、今も変らないですね。日課になった、寝る前にもう一度メールを読み返して、一日を整理して休むことで、何とかやれています。友だちに、メールアドを教えていますよ。忙しくさせますね。でも、よろしくおねがいします。・・・。「ジャーナル」は母のPCで見ています。(この文章の掲載は、H・Tさんのお許しを得ています)
福島県 H・Tさん
外は吹雪。目も耳も頬も冷たさで痛い。道行く人も少ないです。暖かい地方の人は、そんな生活は想像できないことでしょうが、皆さん楽しんでもいるのですよ。二重の窓、温かい暖房。部屋の中では薄着です。雪また雪の外とは別世界、部屋の中は温室です。胡蝶蘭やモンステラが部屋にあります。皆さんの好みの鉢植えが所狭しと置かれていますね。想像してみて下さい。外は冬の寒さ、部屋は南国の花々の生活。子供たちの頭は雪の綿帽子。でも笑顔が一杯。そんな2月の青森です。
青森県 Y・Tさん
暖かな日にはホッとします。毎日寒さが厳しいですのでお気をつけ下さい。 昨年度の統計では関西への外国人観光客が非常に多かったとのことです。なかなか決まらなかった市内大型観光ホテルの誘致も決まりつつあり、オリンピックに向けて熱気の高まりを感じます。駅前を歩くと英語を始めアジア諸外国の言葉が飛び交い、正に国際化している様子が体感出来ます。一方で世界各地でテロが多発し緊迫した様が伺えます。戦争やテロに巻き込まれる事件も多発しています。国際化の波に乗り遅れないことも大切ですが 世界を知ると同時に日本人としての自覚と緊張感を持って責任ある対応をしていく事が 重要ではないかと考えさせられます。相互理解を深め、大切な事は何かを考えてゆく事で解決出来る事も多いでしょう。
生活において特に病いと共に歩む時はしんどいのにいつも以上にエネルギーがいり、大変な思いをされることと思います。辛い中にも祈りつつ歩んでいけますように。
奈良県 N・Rさん
「イスラム国」という集団によって、二人の日本人が殺害されました。許せない行為です。同時に、空爆によって多くの命も奪われています。空爆は「是」、「イスラム国」の行為は「非」と言えない気持ちになるのです。世界の各地で紛争が起き、いとも簡単に命が奪われているニュースに慣れてしまっている自分が恐ろしいです。もっと怯え、悲しみ、そして平和を祈るべきなのに、いろいろの理由を探し出して自己納得させている自分がいます。母親として、人として、命を粗末にすることへの抗議を訴え続けなければと思いましたので、メールしました。無力な自分に怒りを覚えます。
山梨県 T・Kさん
自閉症者のひとりごと
(94)
1月16日
胸に鉛のようなものを抱えています。何かがつっかえているのか、全然分かりません。不安になってきます。神様助けて!! 午前中は眠っていました。寒がりなので、布団に入っています。無理はできません。鏡をよく見たら、眉毛に白髪・・・思わず、抜きました。歳じゃ~!!白髪も増えてきたし、人相も変わってきたし、体型も変わってきたし。でも、人様の痛みは少しだけ分かるようになった気がします。
1月25日
わたしの母教会は、神中心の生活というのを、とても大事にしていました。礼拝中心、みことぱ中心、聖餐の交わり中心を実践していました。会員も喜びをもって熱心に活動していました。そのなかに、家庭集会もありました。わたしも家庭集会で教会に繋がった者です。近所のお宅で伝道集会が開かれていたので、小さなビラをもって、訪ねてみたのです。その家庭集会で部屋を提供された方が、小学生でしかないわたしを熱心に教会学校へ連れていって下さったのです。それがなければ、教会とは縁のない者だったでしょう。
教会へ自ら出向くのは、大変勇気のいることだと思います。だから身近なところまで出張して行くって、とても必要なことだと思います。地の果てまで述べ伝えよ♪ 現在は転居して、別の教会の会員ですが、母教会も以前程活気がないようです。在籍している教会もそうです。新しい取り組みも大切でしょうけど、継続してきたことからも元気が出るんじゃないかな。
1月30日
よく自閉症は「こもっている」と言われるけど、そうじゃないんだな。実は、周りの世界と自分との境界線が薄いので、何か感じると、ビックリしてバリアを張ってしまう。自己防衛。ほんとちょっとしたことで、何かしら反応してしまう。いつも声の大小はあるけど、助けて!状態にある。
2月10日
ガッツリした抗精神薬を飲んでいても何ともないわたしが、花粉症の抗ヒスタミン剤で、眠くて仕方がない。この薬ももとをたどれば抗うつ剤。過剰投与の状態になっているのかもしれない。胃腸薬も処方されたので、薬漬けの脳と体ですわ。
加納さおり
世田谷通信
(137)
猫 草
PTAという組織がある。これはなかなか面倒なもので、時間もとられるし、仕事内容も結構大変。それがきっかけで仲良しママが増えることもあるけれど、逆に人間関係がこじれることがあるし、苦労の割にボランティア活動なので1円も入らない。でも学校に在籍している以上は任意とはいえ半ば強制で加入、他の学校や団体との付き合いもあり、簡単にはやめられない事情もある。
毎年、次の年の役員を決めるのはうんざりする仕事で、押し付け合いがはじまる。引き受けられない理由として、仕事、介護、病気、リストラ、障害、離婚・・様々な話が出てきてしまう。己の不幸を口々に言い合う泥試合になることもある。役員なんぞやっていると、夜中に電話がかかってきて「なぜ自分ができないか」を1時間ぐらい勝手にまくし立てる人もいる。聞きたくもない個人的な話に心身ともに疲弊する。
そういう空気がとても嫌なので、いいよ、私がやるよ。と長男、次男のPTAでいい続けて今に至る。あなたと一緒のクラスになれてよかった、と面と向かっていわれると、グーで殴りたくなる。あなたほんとに馬鹿なお人よしね、と言ってるのと同じなんだけど。
そもそも、仕事内容が多くて大変だから、誰もやる人がいないんじゃないの?という話が盛り上がり、このたび大幅な負担軽減案を作成することになった。検討メンバーは歴代の副会長など役員経験者。みなさん、百戦錬磨のPTA役員達なので、裏の裏まで事情は良く理解している。そして容赦なく、「これやめよう」「ここ要らないよね」と仕事や活動内容を削減すること約2時間。驚くほどのPTA活動スリム化が実現した。毎月1回つまり年に12回あった定例役員会は、半分以下の年5回に。役員会の前の準備も大幅カット。広報や研修など、各々年3回やっていたのを、1/3の年1回のみ。その他にもばっさりと活動を減らして、最低限残しましょう、という形を作り上げた。
なかなか爽快な作業ではあった。これまで、あれもこれもとどんどん肥大化して、身動きがとれないほどに膨らんでいたPTAが骨組みだけ残して、すっきりした。当然、負担軽減は拍手を持って承認されたので、来年度から随分と楽になる・・はずである。
願うべきはどうぞリバウンドしないで欲しい、ということだ。ニーズがあるから、反省により改善を進めて、その都度良かれと思って活動し、ここまで贅肉がついたのだ。
確かにやるからにはよろこばれたい、褒められたいと頑張る気持ちもある。でもバトンを渡すときにはもういちど、ついたしがらみを落として、リセットして次につなげたい。そんな風に思うのである。さて、少しでもこれからのPTA役員選出がスムーズになることを願ってやまないが・・。
*この添付のイラストは絵を描くのが大好きな次男がパソコンのペイントツールで描いたものです。
その愛のゆえに
=時々の記=
(107)
1月16日
風邪が流行っています。この厳しい寒さですから乗り越えるにはとても大変です。
明日は阪神淡路大震災から20年となります。ゴオ~という地響きと大きな揺れにびっくりして飛び起き、テレビから流れる神戸の映像を見て絶句したのを覚えています。多くの方が犠牲になられた大地震。今まで一緒にいた家族を突然に失ってしまう寂しさ。言葉にならない悲しい現実を突きつけられつつも、乗り越えられてきた方たちの言葉が毎日の新聞に連載されています。決して風化させてはいけないと。私にはとてもそのような悲しみを乗り越えられる自信はありません。信仰とは名ばかりのものとなっていくような気がいたします。それでも、神様に目を向けることによって祈ることができますから。また苦しみ、悲しみを分かち合う信仰の友がいたなら、そこで萎えた心がもう一度生きて行かなければと願って祈っているものです。
クリスマスピアノ奏者の手の速さ。
山の上東雲兆す(きざす)初明かり。
初雪にメルヘン思ふ棚田かな。
群雀パッと飛び散る初景色。
この寒さ二人の恩師奪ひけり。 馬場路哉
2月4日
今日は、立春らしい穏やかな日和でした。お隣の方とのご挨拶も”暖かくてうれしいですね”でした。でも、明日は寒気がやってくるというのです。春はまだまだ先ですね。
俳句が出てきましたので送ります。教会のTさんに褒めていただいて、主人はとても喜んでいます。四日市のFさんは俳句の先生ですから、添削をしてくださいます。読んでいてくださる、それだけでとても生きがいを感じるようです。
奥伊賀の山美しく小雪舞ふ。
賛美歌の高まる教会冬日濃し。
寒茜一番星の光り出す。
女医の声優しく聞きぬ寒の内。
小学校裏にさざんか林なす。 馬場路哉
今朝も
雨でやむを得ず歩けない時には図書館へ行きます。決めたことは必ずやり切りたいという生真面目さは良いのですが、もう少し融通が利かないと周りの者はちょっぴりしんどいですね。40年連れ添ってきたので私はだいぶ慣れました。
2月7日
今朝の冷え込みは放射冷却の影響で厳しい寒さでしたが、日中は太陽が顔をのぞかせてくれました。犬たちにも久し振りに日光欲をさせることができました。洗濯物もいつも部屋の中でストーブに頼っての乾燥でしたが、今日は外干しですっきり乾きました。嬉しい一日でした。例年なら梅の花が咲き終わる頃に犬フグリが咲き始めるのですが、
何だかひと足早く春を感じさせてもらってとても嬉しいです。でも明日からは下り坂。明後日は非常に厳しい寒さに、ということですから、体調管理には十分気を付けなければと自重しています。二月になると思い出す歌があります。母が”早春賦”をうたっては春を待ち望んでいたことです。上野での晩年でもこの歌を歌っていました。”春は名のみの風の寒さや、谷の鶯こえもたてず”と。
馬場暁美
上野緑ヶ丘教会
『美しい朝に』・・4・・
1月16日
昨日の夜。37.9度の熱がでました。すべて吐いてしまいました。とりあえず、診察してもらいます。入院の可能性も高いですが、数値を調べて点滴で通院なら良いのですが・・・。お祈りして頂ければ感謝です。
・・・。お祈りありがとうございます。無事、家に帰ってこれました。インフルエンザではありませんでした。お薬をいただきましたので、安静に寝ています。
1月18日
おはようございます。大阪は良い天気です。晴れの日は、気持ちも体調もいいように感じます。風邪も落ち着いてきました。家族の入院は、もうしばらくかかりそうですが、回復してきたようです。お祈り感謝です。
1月19日
・・・18:34・・祈れません。しんどいのです。つらくて、しんどいのです。
・・・20:37・・メールとお祈り、ありがとうございます。横になって寝てきます。
1月21日
大阪は、晴れ間がのぞきだしました。晴れると病院からの洗濯物が2人分、家の洗濯とありますので助かるのです。雨だと、やはり困ります。でも、愛犬のおかげで今日は少し元気になりました。3月で18歳の柴犬「愛ちゃん」は、よたよたしながら気持ちは元気で大きな声でなくのです。元気を分けてもらいました。
夜泣きされるとうるさいなと思うことも正直あるのですが、しんどくても憂鬱にならず「えらいな」と思います。勝手なものですね。お祈り感謝です。
1月26日
おはようございます。大阪は、晴れて少し暖かいです。晴れて気候が良いと体調もいいです。入院している家族も徐々に良くなり、ホッとしています。私は、明日27日(火曜日)外来治療です。バタバタしていてステロイド1錠のしんどさを3週間いつのまにか乗り越えれていました。ありがたい期間だったのかもしれません。春の花も咲き始めたようですね。お祈り感謝です。
1月27日
今日は、外来治療で血液検査の結果はとても良かったです。多くの方にお祈りして頂きありがとうございます。「だるいのはどうですか?」と聞かれましたが、「家族の入院で、考える暇もありませんでした。」と答えると、先生は、「1錠なのにストレスに負けんと、よう耐えてるわ」と言ってくださいました。このまま、1錠でということになりました。
おかげさまで家族の退院のめどもつきそうです。お見舞いを写しました。
自分はお祈りできない状況で、お祈りして下さる方がいてくださることで心強かったです。皆様も、寒いですのでお身体ご自愛くださいませ。
1月30日
おはようございます。大阪は朝から雨でとても寒いです。身も心も凍えそうですね。家族は、水曜日に退院できました。完治したわけではないので、やはり心が落ち着きません。「つのぶえジャーナル」更新ありがとうございます。自分がお祈りできない時に、お祈りして頂けるのが、本当に支えになります。お祈り下さる方に感謝します。ありがとうございます。
2月1日
おはようございます。今日から2月ですね。今朝は、大阪は気持ちが良いぐらい晴れています。気温は低いのでしょうが、窓から入る日差しにやはり気分は晴れます。
昨日は、新しいパジャマを買いました。入院することを考えて、ポケットのあるものを選んでしまいます。ハンカチを入れるのに病院では便利だからです。今日は、私が晩御飯を作る予定です。体調次第で、メニューは未定です。
16時48分とりあえず、夕飯です。疲れたので、寝てきます。
2月7日
昨日は半端でないだるさが戻ってきました。寝ていても起きていてもつらいです。まだ、祈れません。今日は大阪は良く晴れています。お祈りありがとうございます。だるさは少しましです。天気によっても、気持ちも体調も大きく左右されるのかもしれません。
2月8日
おはようございます。大阪は、雨です。今日は私の誕生日です。昨日の夜は久しぶりの熟睡感に思わず、今朝「神様ありがとうございます」と祈っていました。
しんどくて眠れなくて祈れなかった私に、神様の誕生日プレゼントだと思いました。
2月9日
私のことお祈りして頂き感謝です。誕生日はいくつになってもうれしいです。昨日、誕生日に家族からプレゼントしてもらった花束です。
19:45 こんばんは。今日の夕飯は、クリームシチューです。じゃがいもがとろとろにとけて食べやすかったです。
大阪府K・Aさん
(このメール文の掲載はK・Aさんの了承を頂いております)
解説 ウエストミンスター信仰告白 (33)
岡田 稔著
(元神戸改革派神学校校長)
第16章 よきわざについて・・1・・
1 よきわざとは、神がそのきよいみ言葉において命じられたものだけであって(1)、人間がみ言葉の保証なしに、盲目的熱心から、または何か良い意図を口実にして案出するものではない(2)。
1 ミカ6:8、ロマ12:2、ヘブル13:21
2 マタイ15:9、イザヤ29:13、Ⅰペテロ1:18、ロマ10:2、ヨハネ16:2、サムエル上15:21-23
一 ここでは「神ひとりのほかによい者はいない」(マルコ10:18)、「あらゆる完全な賜物は、上から、光の父から下って来る」(ヤコブ1:17)の原理が言われている。よい木でなければよい実を結ばないのであるから、そして、人間の性質は全的に腐敗しているから、良心的行為だとか、善意の行為などと言ったところで、それは、まったき善行(よきわざ)ではないのである。ルターはが「聖書に禁じられていなければ行ってもよい」と考えるのに対して、改革派教会では「聖書に命じられていないことはいけない」と言うのである。
それは、わたしたちを万事控え目にさせるためではない。「しないことの罪」を考えると消極策は、むしろより多くの罪を犯すことである。この告白が言おうとするところは、人間が「聖書」なしに、自立的に行動することの危険を戒めているのである。聖書が信仰と生活の唯一無謬の規準なのであって、いいかげんな自己流に、この方がよいなどと主張することは、自分のみでなく、他人をも滅びの子とすることである。よく聖書の真意をたしかめ、その命令に従うようにしなければならない。
もちろん、不明瞭だからと捨てておくことはいけない。また、かならずしも明言されていないが、含まれている事柄がたくさんあるから、健全な推理をもって、原理を実際に適用することにも忠実・勤勉でなくてはならない。
2 神の戒めに服従してなされるこれらのよきわざは、真の生きた信仰の結実またあかしである(1)。それによって信者は、自分の感謝を表わし(2)、確信を強め(3)、兄弟の徳をたて(4)、福音の告白を飾り(5)、敵の口を封じ(6)、また神の栄光をあらわす(7)。信者はよきわざをするようにキリスト・イエスにあって造られた神の作品であって(8)、きよきに至る実を結んで、終極である永遠の命をもつようになるのである(9)。
1 ヤコブ2:18,22
2 詩116:12,13、Ⅰペテロ2:9
3 Ⅰヨハネ2:3,5、Ⅱペテロ1:5-10
4 Ⅱコリント9:2、マタイ5:16
5 テトス2:5,9-12、Ⅰテモテ6:1
6 Ⅰペテロ2:15
7 Ⅰペテロ2:12、ピリピ1:11、ヨハネ15:8
8 エペソ2:10
9 ロマ6:22
二 ここでは、聖書のいたるところで教えられている善行(よきわざ)の意義が列記されている。ヤコブの手紙2章13節、ペテロの第一の手紙2章9節、ヨハネの第一の手紙2章3節、ペテロの第の手紙1章5節、テトスへの手紙2章5節、ローマ人への手紙6章22節などは是非お読みいただきたいところである。これらの聖句で言おうとしている根本的な意味は、善行が救いの恵みから生じ、それは自分の心情のみでなく、他の者の信仰的まなこにも、恵みを証しするものであり、第二原因として神の救いのみ業の一端を構成すると言うことであって、功績的な意義、すなわち、この善行が救われることの原因や条件となるのではないということである。
3 彼らがよきわざをする能力は、全然自分自身によるものではなくて、全くキリストのみたまからのものである(1)。そして彼らがよきわざをすることができるためには、すでに受けている恵みのほかに、彼らのうちに働いて、み心のままに願いを起こさせ実現に至らせる同じみたまの実際の作用が必要である(2)。しかし、みたまの特別な活動がなければ、何の義務も果たす責任がないかのように、ここで怠惰になってしまってはならない。むしろ彼らは、自分の中にある神の恵みをかき立てることに勤勉でなければならない(3)。
1 ヨハネ15:4-6(*)、エゼキエル36:26,27
*ヨハネ15:4,5が正しい。
2 ピリピ2:13、ピリピ4:13、Ⅱコリント3:5
3 ピリピ2:12、ヘブル6:11,12、Ⅱペテロ1:3,5,10,11、
イザヤ64:6(7)、Ⅱテモテ1:6、使徒26:6,7、ユダ20,21
三 ここでわたしたちは、「ただ恵みのみ」の教えと「祈り深い努力の必要」との有神論的事情を深く考えなければならない。「ただ恵みのみ」が、無責任な「果報は寝て待て」的な心境と同じものではなく、「求めよ、そうすれば、与えられるであろう」(マタイ7:7)のすすめと深い関係にあることを知らなければならない。
この二つは、アルミニアン的協力関係ではない。第一原因と第二原因との関係である。祈りは手段であるが、人間が自分の発意で神にさそいをかけるのではなく、神がわたしたちのうちにこのような手段をとらせ、それを通して目的を達成されるのである。
祈りを、第二原因として祈らせれるは神である。救いの恵みは奇跡である。祈りは奇跡である。そして祈りを通して救われる神の恵みは、まさに全知全能の神のなされる奇跡ある。そして有神論という事実を前提とするとき、このことこそ実に有神論的な事実なのである。
*******
この文章は月刊「つのぶえ」紙に1951年(昭和26)10月号から1954年(昭和29)12月号まで書き綴ったものを単行本にしたものです。「つのぶえジャーナル」掲載には、つのぶえ社から許可を得ています。「ウエストミンスター信仰告白」は日本基督改革派教会出版委員会編を使用。
単行本購入希望者は「つのぶえ社」に、ご注文下さい。¥500
465-0065
さんびか物語・・・12・・・
(広く愛唱されている50曲)・・・11
ポ―リン・マカルピン著
(米国南長老教会婦人宣教師)
讃美歌121番 馬槽(まぶね)になかに
<神様のみ言葉>
「イエスはいばらの冠をかぶり、紫の上着を着たまま外へ出られると、ピラトは彼らに言った、『見よ、この人だ』」。
~ヨハネによる福音書19章5節~
主イエス・キリストのこの世での人生をつぶさに、また、その神性を美しく歌っている讃美歌の一つであります。
この‘馬槽のなかに’の讃美歌は由木康の一番有名な作品と言えましょう。彼については、讃美歌282番をご参考になさっていただけますなら幸いです。
この作品が作られたことについてですが、彼が近代神学の影響をうけ(1923)、イエスの神性について思い悩んでいた時、イエスの神性がイエス・キリストのこの世におられた人性のうちに包まれていること、また、それを通して輝き出ていることを示され、一つの確信に至った時の心境を自由詩に表現し、「この人を見よ」と題して彼の個人雑誌「泉」に発表したのであります。
讃美歌121番の曲MABUNEの作者は、1891年5月18日に
また、15年間の留学を終えて帰国し1927年から明治学院音楽主任教授になりました。戦後の1948年から、キリスト教音楽校講師になり、現在もご活躍とのことです。彼の作品にはオラトリ‘ヨブ’があります。1954年版の讃美歌におさめられているMABUNEは、彼が由木康の‘馬槽のなかに’のために1930年に作曲したメロデーでありまして、それは、昭和6年版(1931)に収録されたもので、この讃美歌集に取り入れられた日本人の作曲した旋律の中で、最も歌われている曲の一つであるそうです。この讃美歌は和声独特のものとして、今日に至るまで日本で非常に愛唱されている讃美歌であります。
讃美歌121番の中心的テーマは‘この人を見よ’という言葉にあると思います。わずか4節の中で作詞者は5回もこの短い、しかも人目を引くようにという願いをもって私たちに知らせようとしています。では、なぜ‘この人’を見なければならないのでしょうか。由木康はこの作品の中で、このような基本的・根本的な質問に対して、わかりやすく、しかも適切に答えを与えるばかりでなく、すべての人が知らなければならない事実をもここでわかりやすく、美しく歌っています。
<121>
1 馬槽のなかに うぶごえあげ
木工の家に ひととなりて
貧しきうれい 生くるなやみ
つぶさにまめし この人を見よ。
1節では、主イエス・キリストのこの世での貧しい人性―言い換えますと―キリストの低い状態―について歌っています。神であられる主が、‘馬槽のなかに’人の子として産声をあげられたのです。
ルカの福音書2章7節には、「宿屋には彼らのいる場所がなかったので、母のマリヤはその初子を布でくるんで、飼葉おけに寝かせた」、とその様子を記しています。また、‘木工の家に ひととなりて’というのは、キリストの少年時代、ナザレの貧しい大工の家の子としての生活を歌っています 。
主イエス・キリストは「私はあなたのおいでになる所なら、どこにでもついてまいります」と言った律法学者に対して、ご自分について「狐には穴があり、空の鳥には巣があるが、人の子には枕する所もありません」と答えられました(マタイ8:19~20)。
事実、貧しさ、うれい、疲れ、悩みをもみな味わい給うたお方であられます。イザヤ書53章3~4節には「彼はさげすまれ、人々からのけ者にされ、悲しみの人で病いを知っていた。・・・彼は私たちの病いを負い、私たちの痛みをになった」と記されています。
この私たちの一切の重荷をになって下さった主イエス・キリストなる‘この人’を見ずして何を見よ!と言うのでしょうか。私たちの罪をにない救わんがための主イエス・キリストの恵みと愛に対して、自分の罪のため、という事実に誰一人知らぬ顔をしていることは出来ません。
2 食するひまも うちわすれて
しいたげられし ひとをたずね
友なきものの 友となりて
こころくだきし この人を見よ。
2節では、キリストの忙しい伝道中に起こった、いろいろの出来事について歌っています。たとえば、イエス様が山に登られ、12弟子を任命されてから家に戻られると、また大勢の人が集まって来たので、みなは食事する暇もなかったことが、マルコの福音書3章20節に記されています。また、一般のユダヤ人から軽蔑されていた取税人マタイやザアカイの家をお訪ねになり、そこで共に食事をなさった例もございました(19:1~10)。
このように、人々から嫌われている者や聖書の中に多く記されている病み人や罪と悲惨の中にある人々に対して、本当に‘友なきものの友となり’いつくしみ深き友なるイエス様として、自からの心をくだきご心配くださる‘この人を見よ’であります。
パリサイ派の律法学者たちは、イエス様が罪人や取税人たちと一緒に食事をしておられるのを見て、弟子たちに「なぜ、あの人は取税人や罪人たちといっしょに食事をするのですか」とつぶやきました(マルコ2:16)。このつぶやきに対してイエス様は「・・・わたしは正しい人を招くためではなく、罪人を招くために来たのです」とお答えになりました(2:17)。
この救い主なるイエス様こそ、「この人」を見よ、であります。
3 すべてのものを あたえしすえ
死のほかなにも むくいられで
十字架のうえに あげられつつ
敵をゆるしし この人を見よ。
4 この人を見よ この人にぞ
こよなき愛は あらわれたる
この人を見よ この人こそ
人となりたる 活ける神なれ。
3節で歌っていますことはる、主イエス・キリストの苦しい贖いの十字架の死についてであります。十字架にはりつけにされた主は、人々に愛といつくしみをもって人を導きたまいました。しかし、そのむくいは、何であったでしょうか。人々からの感謝でしょうか。そうではなく、人々のそむきとそしりとつばきでした。このような忘恩な者、かたくなな者に対し、また、実際に十字架につけた者に対して、イエス様は「父よ、彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです」と叫ばれました(ルカ23:34)。
この主イエス・キリストの愛と赦しは、どんなにか大きく深く素晴らしいことでしょう。この‘敵をゆるすこよなき愛’は主イエス・キリストを外にしては見ることが出来ません。本当に‘この人’を見よ、であります。
4節では、‘この人を見よ、この人にぞ、こよなき愛はあらわれている’と歌っています。そうして、再び‘この人を見よ’と繰り返して言っています。どうしてでしょうか。それは、人を赦し、すべての重荷を負うて下さる方、この人は、実に活ける神であられるからにほかなりません。人の目には見えない神様を主イエス・キリストの人々になさった、み業を見ることによって、人ではあっても神様であり、神様であっても人なるキリストを見ることが出来るからです。
‘この人こそ、人となりたる、活ける神なれ’との歌声は、この讃美歌のもっとも美しく力強い讃美の歌声であるとともに、主イエス・キリストの神性が、比類なき栄光をもって照り輝いています。
「この方は人となって、私たちの間に住まわれた。私たちは、この方の栄光を見た。父のみもとから来られたひとり子としての栄光である。この方は恵み
とまことに満ちておられた」(ヨハネ1:14)。
この聖句こそ、受肉のキリストなるイエス様を示し、神ご自身であられることを示しています。私たちは、この神であり人であられるキリストのみもとに帰り、キリストが神ご自身であることを信じ、その贖いを受け入れて、生きてはたらき給う永遠の神様と共に日を送りましょう。
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この「さんびか物語」は「つのぶえ社」の出版(第一刷1974年、第二刷1992年)で、出版社の許可を得て掲載しています。本の購入を希望される方は、「つのぶえ社」までご注文ください=
ビルマ
戦犯者の獄中記 (48) 遠山良作 著
昭和22年
6月19日
―同期生―・・2・・
これ程まで勉強しなければならない理由は、成績の悪い者は元の部隊に返されるからであった。休日の日曜日なども外出する者は少なく、誰の顔を見ても目ばかりギョロギョロと光っていた。
5月には教習隊創立記念日行事があった。余興に「酒は涙か吐息か」の劇で、光江の相手役、女給の役で私も出演したことがあった。外部からお祝いのために沢山の人が来た。その中に混じって美しく着飾った女給さんや芸妓さんの艶姿は眩ゆかった。彼女たちから着物の着付けや、化粧をした私の女装の女役に喝采されたこともあった。
思い出の多い教習隊8カ月の生活を終えて、真新しい憲兵の腕章を巻いて、喜びと希望に胸ふくらませつつ、各々命じられた任地に赴任したことが昨日のように思える。
私は仲の良かったS君と共に青島(チンタヲ)隊に赴任し、ビルマにも一緒に来たが隊が違い、会うこともなかった。風の便りに彼は戦死したとも聞いていたが、S君とこの刑務所で偶然にも会うことが出来た。
私が「モールメン」から移されて間もない時である。棚一つ隔てた隣りの棟に英軍の捕虜(終戦前に英軍に捉えられた日本兵)が収容されていた。その中に彼を発見した。彼等は私たちと話すことを好まなかったので、私は大声で「S君」と呼んだ。彼は監視兵の隙を見て棚の近くに来てくれた。そして「戦闘中にマラリヤと赤痢のために人事不省に陥っていたところを部落民に捕えられて、英軍に引き渡されて捕虜になった」と話してくれた。
彼はきっと悩んだことだと思う。だが、戦争も終わりお互いに無事であったことを共に喜んだ。われわれ戦犯容疑者と違って、彼等の給与は格段に良かった。煙草やチーズなどを棚の外から時折り投げ入れてくれた。その後、私が有罪になり、独房に移されてから彼は一度も連絡してくれなかった。彼にはもう昔の友情はなくなった。
やはり英軍の捕虜である引け目からかも知れないが、生死を共にし、戦場で結ばれた友情だけに残念である。彼は。第一回の帰還船で帰って行った。青島隊で共に勤務した同期生の絹村も死んだ。小林もこの間5年の刑を受けてこの独房に来た。
戦犯容疑者として取調べのために残されている同期生はまだ20数名いる。北支那からは100名近い同期生がビルマに派遣されて来たのに幾人の者が祖国の土を踏むことが出来るであろうか。
一羽のつばめ
日本に生まれたつばめの群れは 夢の国ビルマに来た
ここは砲火の飛び交う戦場である そのために多くの仲間は死んだ
やがて戦争も終わり 日本に帰る日が来たのに
傷ついた一羽のつばめは飛ぶ力さえない
雨しぶく木陰に身をよせて 励ます仲間たちに言った
「日本の田や畑も荒れている つばめが来てくれる日を待っている
あの美しい自由の天地で 益鳥としての働きを」と
降りしぶく空を仰いだ
私はこの詩を書いて、同期生たちに送った。
「註」「急性肺炎」は特効薬ペニシリンが発見されるまでは死亡率の高い病気であった。英国のチャーチル首相の肺炎がこの新薬発見で助かったことは有名な話である。
*この文章の転載はご子息の許可を得ております。
東京大学大学院人文社会系研究科博士課程
いのちのことば社
スーザン・ハント
「緑のまきば」
「聖霊とその働き」