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2023年7月号  №193 号 通巻877号
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「あなたに聖書を」

「キリスト教百話」・・・27

問20・・5 キリスト教では「罪」と言うことを言いますね。クリスチャンは「われらの罪を赦し給え」と祈っていますが、別に犯罪を犯しているようでもないのに、どうしてあんなことを言うのですか。

答   「罪」と言う言葉は普通には何か悪いことしたことに対して、それは「罪を犯した」という風に使われますね。それが法律に引っかかる場合には明らかな「犯罪行為」とみなされます。その場合は法律に違反しなければ「犯罪」とはなりません。と言うことは、その場合の「罪」というものは、そのほうりつが適用せれる範囲内の人にとって誰もが認める共通の「してはならないこと」が明文化されていますから、「罪」とは何かがはっきりしています。

 <続き> 十戒の始めの4戒が神に関すること、あとの6戒が人間に関することですが、その内容は「父母を敬え」「殺すな」「姦淫するな」など、別にモーセの十戒でなくてもどこでも誰にでも通用するような戒めなのです。要するにこういうことをきちんと守っておれば、この世の中は順調に平和にやっていけると認められることばかりなのです。

 人間同士間でもこういうことは人倫の基本的なこととして認められるところですが、これが神からの戒めとして告げられているということは、神は人間相互間の平和と幸いを願ってやまないことから厳命として発せられているところに、この戒めに含まれている特別な性格があります。

 少し言葉を換えて言うなら、これは「そんなことしないでおくれ」「大事なあなたたちにそんなことをさせてたまるか」「絶対にやってはいけないよ」と言う、親の子に対する切々な愛情から出る声に匹敵するものなのです。

 戒めと言うものが、本来そういう神の人間に対する深い配慮と愛から出ているものであることが分かれば、「殺すな」と命令形で言われていることも、「殺すなんてことはできっこありません」とか「盗まなくてはならないようなことはありません」とか「姦淫なんてする必要のないことです」という風に、神に対する当然の応答としての、自戒となる性格のものでもあります。

 アダムとエバは禁断の木の実を取って食べなくても幸せに生きておられたのです。エデンが楽園であったのはそういう理由によっていたのでした。ところが、残念なことに、彼らの幸せを言葉巧みに奪い取ろうとした奴がいて、彼らはまんまとその言葉に乗せられて、禁断を犯してしまいました。神に従わせないようにすることで生きているサタンの誘惑に引っかかりました。これが罪を犯すということです。

 ですから戒めがなければ罪を犯すということはあり得ません。戒めがあるということは、そういう意味ではこれに背くことへと誘惑するものでもあります。戒めがなかったなら、罪を犯すということはあり得ません。また戒めを犯すなら、戒めがその罪を告発することになります。戒めというものは一方で人間に神の祝福を保証するものとなりますが、他方では罪を告発する呪いとなります。

               篠田 潔

(日本基督教団隠退教師・元「キリストへの時間」協力委員・ラジオ説教者)

   

    <3月のラジオ放送予定>  

   3月 1日 田口博之 (日本基督教団名古屋桜山教会牧師)

      8日 田口博之 (日本基督教団名古屋桜山教会牧師)

     15日 池田慎平 (日本基督教団金城教会牧師)

     22日 池田慎平 (日本基督教団金城教会牧師)

     29日 山田詩郎 (日本基督教団名古屋北教会牧師)

          (放送開始1952年10月)

CBCラジオ「キリストへの時間」(1053KHZ

毎週日曜日朝6時30分~45分放送

 

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  「ローマ人への手紙」研究 (122)

第67課 キリスト者生活の実践的義務

=12:1~15:13=・・・5・・・

A 個人の生活上の聖潔を養う義務 

       12:1~21・・・5・・・

「聖潔の根源」・・12:2

 「あなたがたの心を新たにすることによって、造り変えられ」新しい心と新しい思いを受けることによって造りかえられます。救われていない人々は、神に関する事柄についてはすべて誤って理解します。しかし人が心を新たにされて造りかえられるとき、神はその人の心を正しい軌道の上に乗せて下さり、彼はそれらの事柄を正しく考えることを始めます。すなわち、彼は今までの罪を悔い、かつて愛したことを今度は憎むようになり、かつて憎んでいたことを愛するようになります。神はこのように人の心を一新されるのです。

 

 しかし、私たちは心を新たにされることにより、どのようにして造りかえられるのでしょうか。これは私たちが独力でなしうることではありません。機関車は全ての機能が正常であるときに走ることが出来るが、もし脱線していれば何もなすことは出来ません。機関車は自力で軌道に戻って走行し始めることは出来ないのです。

 先ず第一に他の力によって軌道に戻されなければなりません。そして始めて走行することが出来るのです。私たちも自力では自分を造りかえることは出来ません。自分の力で自分の心や精神を造りかえることは出来ません。私たちは自分の力で、生来愛したものを今は憎むように、また、生来憎んでいたものを今は愛するように、自分自身を変えることは出来ません。

 聖書は有名な設問でこの真理を強調しています。すなわち、「エチオピア人はその皮膚を変えることができるでしょうか。ひょうはその斑点を変えることができようか。もしそれができるならば、悪に慣れたあなたがたも、善を行うことができる」(エレミヤ13:23)。

 

私たちはこのことを自らの力ですることは出来ません。しかし、そこに一つの方法があります。このような変化は、神の奇跡的な全能の力によって、人間の生涯に生起するのです。それは奇跡的であって、分析することも説明することもできません。「風は思いのままにふく。あながたはその音を聞くが、それがどこからきて、どこへ行くかは知らない。霊から生まれる者もみなそれと同じである」(ヨハネ3:8)。それは神秘的ではあるが、厳然たる事実であり、しかも強力です。それは明らかな効果をもたらすものです。それは迫害者サウロをキリスト者・使徒パウロに変えました。多くの未開の人たちを開花へと導きました。聖霊によって心の更新は現実の事実であり、驚嘆すべき結果をもたらすのです。

 

この変化は神の御霊の働きであるからには、私たちは常にこの変化を神に求め、神に栄光を帰さなければなりません。あなたがたは世とは違ったのであるから、あなたがた自身の中にその保証を求めてはなりません。もしあなたがたがこの世に倣らわないで、心を新たにすることによって造り変えられるならば、決して、その功を自分自身に帰すべきではありません。エチオピア人はその皮膚を変えることは出来ないし、豹はその斑点を変えることは出来ません。私たちも自らの性質を自分で変えることは出来ないのです。

救われていないこの世と私たちとを違ったものにすることが神です。神のみがこの功と栄光と誉れをお受けになるのです。私たちは神の作品であり、キリスト・イエスにあって良い業をなすべく造られたのです。私たちは神によって予め定められたように、良い業をして生きるのです。「わたしたちは神の作品であって、良い行いをするように、キリスト・イエスにあって造られたのある。神はわたしたちが良い行いをして日を過ごすようにと、あらかじめ備えて下さったのである」。(エペソ2:10)

  J.G.ヴォス著

  玉木  鎮訳(日本キリスト改革派引退教師)

  祈 り

 風刺画・人質事件に関する真贋入り乱れる情報がインターネット上に溢れています。情報の洪水に翻弄される日々の危うさに、不安を覚える方も多いのではないでしょうか。テレビや新聞では報道されない事柄も、書店にはその種の本が、流行誌のように発行されています。知らされない怖さ、知らされ、暴かれすぎる恐怖感は、デマの温床に成ると言われます。「ヘイトスピーチ」なる言葉も知りました。私の町にはありませんが・・・。

                     群馬県 W・Rさん

 ここ和歌山に春を運んでくれるのが菜の花です。春の青空と黄色い花の絨毯を見ていると、母のことが思い出されます。毎日、庭に出ては好きな花の手入れの日々でした。遠くに見える菜の花が母の好きな花、そして風景でした。温かい穏やかな昼下がり、母と二人で言葉の要らない時を過ごしていました。懐かしくも、心穏やかな時でした。

                     和歌山県 S・Kさん

 母の健康のために、週一回、お気に入りの買物に出かけます。と言ってもスーパーなどではありません。賑やかな住みなれた町の小売りのお店屋さんに行くのです。Sさん元気だね!娘さんと買物楽しみだね!と顔馴染みの人が声を掛けてくれます。手押し車を押しながら、ゆっくりゆっくりと買物するのです。お母さん元気でいいね~といわれて、いい気分になります。ふとこの買物散歩、あとどれくらい出来るだろうと、不吉なことを考えてしまいます。小さくなった体、背中の丸くなった母を見て、涙が出そうになります。おかあさん!元気でいてね・・・と今日も思ってしまいました。

                     東京都 A・Kさん           
 

「みんなでわいわい・ご意見コーナー」

★  寒い、寒いの言葉ばかりの私ですが、夕方犬たちと散歩をしていると昨日まで気が付かなかった土手に小さなタンポポが黄色い花をつけて二輪ならんで咲いていました。草花はもう春を感じ取っているようですね。行動ばかりでなく、感性も・・・・、ああ・・・です。

★  センター試験が終わり、行きたい大学の受験に備えている娘を見て、私にもそんな時があったなあ・・・と懐かしく思いながら見守っています。地元の大学を希望しているので、家計や地元志向なかと頼もしく思っている親ばかです。 

★  私の性格は気まぐれで、飽きっぽいのです。欲しいと思えば直ぐ買い揃えます。ベランダの隅にはその証拠があります。そんな私の性格とは無関係に、 鉢植えの花が、寒い中、置きっ放しの鉢に新芽が出ていました。そのけなげさに反省です。生命力のたくましさに、慰められ、励まされます。大げさですが「生きる」を感じさせるのです・・・。
★  母は毎月、自分で印刷して読んでいます。私も見ますが高校生の私には、難しいしし、よく分かりません。ただいつも思うことは、大人の人も悩んだり、迷ったりしているんだ・・と思うと、私みたいな高校生が、将来のことを考えても分からないのは当然で、それでいいんだ、と安心しています。そんなことを教えてくれます。・・・。

★  「美しい朝」さん、頑張って下さい。お祈りしています。私も仕事で忙しいのを口実に、手抜き料理(買った物を並べるだけ)で、反省です。お料理の写メは、私への反省とガンバレの応援歌です。家族の健康を考えます。主人のお腹の出てきたのは、私の責任でもありますね。

★  私は若い頃からのへビースモーカーで、何度も禁煙を試みましたが失敗ばかりでした。教会に行ったら禁煙出来るかなあ~なんて思っていましたが、ダメでしたが、神様を信じるものに変えられました。長年のつけが出て、肺に影が出来ていまい、お医者さんから、禁煙を言い渡されました。もう3年目になりますが、今は本数も減りましたが、止められません。今日も診察に行きました。行くまでの不安と自分に意志の弱さを感じる日々でしたが、「何も異常ない」とのことでした。

★  この4月から大学4年になる娘が、帰ってきて地元で働くと言い出し、嬉しいやら、驚くやらです。地元には働く場がないのにと思っていたら、高校時代の友人と相談していて、友人のハウス栽培を手伝いながら、新しい農業を考えると言うのです。そのためのノウハウを勉強中とのこと、逞しくなったと思いました。挑戦はその時にしかできないものです。母親として応援しようと意気込んでいます。

  『ありがとうございます』

 「つのぶえジャーナル」3月号をお届けいたします。仕事場までの途中にある陽の当たるところに、土筆を見つけました。「春」を実感します。保育園では、遅くまで職員さんが残って仕事をしています。送り出す園児、新に迎え入る園児の受け入れの準備作業もまた「春」を告げます。4月には、必死に捉まり、泣き叫び親から離れたがらない園児の姿があります。最初の「旅立ち」が、そこここに見受けます。通院する大きな大学病院にも、新人看護師さんの緊張した顔があります。

 そんな季節の変化に新しい生きる力を感じます。

 『つのぶえジャーナル』・『つのぶえ社』の活動のための寄付者

 藤掛朔生様 木村徹司様 宮川真澄様 稲田喜水様 岡田千歳様 山本 充様

 2015年1月16日から2月15日まで

   郵便振替口座番号 00800-1-45937 つのぶえ社 

  お便り下さる方はこのメール アドレス   osamura@kind.ocn.ne.jp をご利用ください。

 「つのぶえジャーナル」(米国南長老教会文書伝道事業)刊行責任者

   つのぶえ社代表   長村秀勝

 

   今月のことば

 あなたの定めはわが旅の家で、わたしの歌となりました。

      =詩篇119:34=

 私たち一人一人は自分の歌を-自分独特の歌を持っています。日々の生活の中での歌です。しかし、考えてみるとその音色も言葉もそれ程多く持っていないことに気付きます。あの空の鳥たちの場合と殆ど同じかもしれません。

 鳥たちも、自分の歌のひと節を歌い、同じ短い歌を飽きることなく繰り返しています。それと同じように、私たち一人一人の生活からの歌も、短いひと節が聞こえてきます。

 ある人の歌は「作るー作るー作る」であり、別の人は「食べるー食べるー食べる」、また「嘆くー嘆くー嘆く」、あるいは「私ー私ー私」、あるいは「感謝ー感謝ー感謝」でしょう。

 この119編の詩人も「あなたの定めーあなたの定めーあなたの定め」という歌です。きっとこの詩人の生活や日々は、この歌で満ちていたかのように想像してみました。私たちも、職場でも、玄関でも、台所でも、僕たちも、家族たちにも、この歌声が響いているのです。「わが旅で、わたしの歌となりました」と・・・。

 

 詩人は、自分の人生を旅のように思っています。それは同時に、日々という旅でもあります。その旅は、地図の無い旅、目標を捜し求める旅ではありません。彼には「神の定め」がありました。さ迷い歩く流浪の旅人のような、迷い人の姿はありません。

 きっと多くの苦難や困難、悩みや悲しみの旅であったでしょう。平坦な人生の旅などありません。信仰者の旅もまた同じです。しかし、そうであるがゆえに、この詩人の「定め」は、何よりの道しるべとなっています。「定め」は喜びであり慰めであります。無味乾燥な道徳というようなものではなくて、実際に「歌」なのです。福音となり、喜びの叫びとなっていたのです。

 改めて、自問します。「日々、何と歌っているだろう・・・・」。

 <527>

 1 わがよろこび、わがのぞみ、

    わがいのちのしゅよ、

   ひるたたえ、よるうたいて、

    なお足らぬをおもう。

 2 したいまつるかいぬしよ

    いずこの牧場(まきば)に、

   その群を主はみちびき、

    やしないたまえる。

 

 

   小閑記

 なぜ兄弟の目にあるちりを見ながら、自分の目にある梁を認めないのか。

      =マタイ7:3=

 他人の欠点・短所を見るのは簡単ですが、自分の欠点・短所を見るのは難しい   

と言われます。子供の時からその人生の終わりに至るまで、この悪の力は私たちを取り囲んでいます。国家で、家庭で、不和を生じさせます。私たちはしばしば、自分の欠点でなく他人(他国)の欠点をみるのがやさしいのは何故であろうと思うことがあります。

 私たちは正しくありたいと務めますが、自分が正しいと判断する視点・観点など持つことは不可能です。人の人生のあり方を研究する才能は人間は豊かに持っていますが、自分を知ることは出来ません。これもまた、事実です。

 自分自身の人格や、性格の欠点を明らかに見て、調べることの出来る人は、素晴らしい人であり、高い知恵を得ている人といえます。そうさせたのは、実は、自分自身の愚かさ、欠点を知った人です。愚かさを知る知恵は大きな進歩と言えます。

 

 では、どうすればこの愚かさを知る知恵に出会うのでしょうか。まず、自分の欠点よりも他の人の欠点は、よく分かるものがと言うことを覚えていることです。同時に、もっとも困難なことは、一つは自分の目の梁を見出すことであることを覚えていることです。こういうふうに自分自身が自覚したならば、自分の真の姿を知りたいと望むものには有益です。その上に、謙遜であって、神のみ言葉とみ霊から来る光と神の叱りとを受け入れるならば、自分と自分の欠点を意識させられ直したいと願うでしょう。

 

 他の人への寛容は、自分の欠点を認めることから始まるのです。しかし、現実の私たちは、自分の欠点・短所を見ても見ぬ振りをし、値引きし、理由を探し、他の人と比較し認めない自分であるのです。神の前に、自分の欠点・短所を見ている振りをするのが偽善者であることを、認め続けるところに、希望のあることもまた事実です。

      上河原立雄

 

   

 

      (ひとみ)

  子育ても終わり、パートの仕事に出ています。決まった時間にバス停に行きますので、声を掛けることはありませんが、お馴染みさんになります。バス停までの間に保育園がありますが、一人気に懸かる子が居ります。何時も園庭の隅で土いじりをしたり、草と遊んでいます。内気な子と見て、声を掛けるようにしていますが、上目使いでチラッと見るだけです。元気な子、友だちと遊ぶ子、先生に飛びついてはしゃいでいる子もいます。きっとその子も成長するのだろうと思うと楽しみが一つ増えました。

                   茨城県 H・Tさん 

  今年も大過なく過ごせますようにと、残り僅かになった一日一日を過ごしたいと思っています。昨年は孫たちは来ません。主人と猫と静かに過ごしました。そんなお正月も良いですね~と主人に言うと、ああ~との空返事。寂しいんだと思いました。熱いお茶を入れて差し出すと、ああ~との返事・・・。何だか私も寂しくなりました。

                   佐賀県 Y・Tさん

   岩手県洋野町のJR種市駅前に11日、「なもみ」が登場した。「悪(わり)いわらし(子ども)はいねえがー」と歩き回り、子どもたちを捕まえては親の言うことをよく聞くよう戒めて回った。 とインターネットに出ていました。私も子供の頃、親に連れられて行きました。本当に怖かった経験を思い出しますが、ふと考え込んでしまいました。何か変なのです。本当は、今の私たち大人が「悪(わり)いおどな(大人)いねえがー」と戒められなければならいないのではないでしょうか・・・。

                             岩手県 S・Dさん

 

   自閉症者のひとりごと

(93)

12月18日

 冷えますね。いかがお過ごしでしょうか?わたしは雪が降る中、保健所に行って、医療関係の申請をしてきました。昨日は膝が痛かっただけなのに、今日は腰まで全部痛くなりました。ひどくなるばかりです。明日も冷えそうです。明日も足元が悪そうなので、外出はしない予定です。本当は受診がいっぱいあるのだけれど、今週は無理ですね。ご自愛下さい。お祈りしてます。

12月19日

 今日は疲れが抜けないのか、怠く、足腰が痛いので、動くのもしんどくて。布団の中、うだうだしてます。転倒のニュースを見ましたが、わたしは雪道ではありませんでしたが、何度も同じところを捻挫して、今歩くのに苦労しています。転倒は本当に恐い、恐い。打ち所が悪かったら・・・・、ぞっとします。

12月21日

 最近疲れが残りしんどいなぁ~。今日も起きられませんでした。今日はクリスマス礼拝なんだけどなぁ~。どうも、気力・体力が落ちて、しんどいのが一晩ではとれなくて持ち越してしまいます。とにかく何をしても疲れます。たぶん、讃美礼拝も行かないだろうなぁ~。

12月23日

 昨日は麻酔科の受診日だったので、バスで行ってきました。体調が低空飛行だったり、右膝が痛くて仕方ないと話をしました。そうしたら、低出力レーザーが効くということで、受けてきた。電気なんか効いた試しがない、と思っていたら、驚いた。レーザーを当てたところに対して、当てなかったところが痛みだしたのです。もしかして、これって効くということかい!?頻繁に行くとよいらしいから、調子がよいときには出掛けてみるか。今年はもう日がないからダメだけどね。
12月27日

 最近、何もかもが低調ゆえ、今日も一日終わってしまったという感じになっています。イヤになってしまうことも数知れず。だからこそ今日一日が大事。気楽にやろう、でもやり過ぎてしまう。第一のことは第一に・・・・。はぁ~、分かってるって!自閉症・うつ病・更年期・・・・。

  加納さおり

 

 

世田谷通信

 (136)

 猫 草

うちには宅配便がよく届く。インターネット通販のほうが、種類多様で安く、ニーズぴったりの品を選べるからだ。いろいろ買わせるように仕向けるイベントのせいでもある。「買い物マラソン」とはたくさん買い物するほどポイントが多くつく。どうせならその機会に・・ということになり、さらにそれぞれの店で「あとちょっと買うと送料タダになるけど、ついでになんか買うものない?」となる。まさに店側の思うツボ、である。

クリック一つでバーチャルに買い物は完了するが、その後、届くまでのプロセスはリアルである。日本あるいは世界のどこかで誰かがその品物をピックアップして梱包し、宛先を確認して発送する。その後、陸海空の様々な輸送手段を経て、たくさん人の手を介してだんだん自宅に近くまで運ばれ、ピンポーンと届くわけである。

この「物を運ぶ」手続きを全部自分でやったらどれだけ大変で面倒か。なのに、ちょっと多めに買えばこれが無料?品数が増えた分、運ぶ手間は増えているのに?物流ってほんとうに不思議だなあと思う。

注文する瞬間、大きさや重さなんてあまり意識しないけど、例えば図書室で500冊の本をワンクリックで注文したとする。実際にダンボール何箱ものそれらが届いて、カートに載せて検収して、ラベルを貼りつけ、様々な受け入れの処理をしてから、図書室の本棚に出すまでの、その11冊の重さといったら!考えただけで筋肉痛になりそうである。

データは瞬時にバラバラに電子化されてコードに変換し、世界中に届く技術が確立されたけれども、質量のあるものをバラバラにして別の場所で再構成、転送するような技術はまだこの世にないはずである。もしかしたら、ものすごく小さなもので実験は成功しているかもしれないけど。

それがもし現実に可能になったら、ヒトはまずどこに何を届けようとするだろう。願わくは水や食べ物のようにヒトを活かすものであってほしい。くれぐれも爆薬や細菌・ウィルスではなく。

*この添付のイラストは絵を描くのが大好きな次男がパソコンのペイントツールで描いたものです。

 

 

 その愛のゆえに

   =時々の記=

    (106)

12月13日

 本日一週間ぶりにパソコンをあける気持ちになりました。すると、お心こもれるお祈りのメールが毎日長村さんから私のところへ届いていました。苦しい肺炎との戦いでしたが、また神様はこの経験を通して多くの方の暖かい祈りによって私が支えられていることに気づかせてくださいました。来週月曜日(15日)にもう一度レントゲンを撮ります。先生は肺炎になるとそう簡単に影が消えないのですよ。ですからまだ影が残っていたとしても。余りがっかりされないようにとのことでした。診療所は残念なことに田舎ですから常駐の医師は義母がやめて以来誰も来てくれません。しかも診療してくださる曜日は週に三日だけです。月曜日、水曜日、金曜日だけです。とても不便ですがやはり近いので高齢者は利用しています。私の場合は毎日点滴治療が必要でしたので、特別この三日以外にも先生は見てくださいました。有難かったです。診療所までは歩いて5分で行けます。私はもう少し、健康に十分配慮してこれからは生活していきます。深く反省しています。
12月17日

 寒さが一段と厳しくなってきました。今年のクリスマスも神様の祝福が豊かにありますようにとお祈りいたします。こちらは少し元に戻ってきました。でも無理をすると咳が出たり、頭が痛くなったりするので、怠けに徹しています。今朝の気温はマイナス一度。雪は降りませんでしたが、あたり一面氷が張っていました。油断していると滑って転びそうです。
 霜光り犬喜びて歩きけり。
 過疎の空青く澄みたり烏瓜。
 優しげに微風に答ふかれススキ。
 病窓や郷愁募る冬茜。
 山のもの和むクリスマスリースかな。    馬場路哉
12月23日

 今日の山添は幾分寒さが和らいでいました。クリスマス礼拝を捧げることができるか不安がありましたが、何とか礼拝だけを捧げることができました。数年ぶりにご一緒に礼拝を捧げることができた方とは、懐かしいお話は山のようにありますが、あまり無理をするとぶり返しては大変と思い、失礼とは感じつつ、ご挨拶だけにとどめておきました。クリスマス礼拝はいつもとは違って励まされるものがありました。田舎の教会に27年ぶりに出席された方もおられました。その方は中学時代に母と一緒に勉強をして、礼拝にというのではなくお母さん代わりに母と進路や学校での悩みを話し合って学校帰りには毎日のように尋ねてこられていました。教師を志し、もう教頭になっておられるということでした。
母が生きていたら喜んでいただろうにと思いながら、帰路につきました。
 初めての外出でしたので(肺炎を患って以来)やはりとても疲れました。今年はゴタート先生からクリスマスカードの返信はありませんでした。ふっと一抹の不安がよぎります。

12月29日

 礼拝に張り切ってい行きましたが、やはりその後どうも疲れやすくなっています。年齢のこと、体調のこと、これからは気を付けて、弱さを知りつつ行動したいと思っています。
娘はいつもジャーナルから刺激を頂いて励んでいるとのこと。特に「世田谷通信」はとても楽しみにしているようです。
 心配していましたゴダート先生からのクリスマスカードが27日に届けられました。とても感謝でした。体調が悪いところがあり、心臓にペースメーカーをいれられたとのことです。85歳になられて、今も日本でのことを懐かしく思い出してくださっているようです。
先生はイエス様の福音を述べ伝えるために日本へいらしてくださったのですから。とても強められました。私はようやく犬たちと散歩ができるようになりました。あまり無茶をしないで年相応に生活しなければと深く反省しています。
 豆電球ちりばむるかの吾亦紅。(われもこう)
 過疎の地にとどまる山家冬紅葉。
 はんなりと夕べ迎ふる障子かな。
 オリオンと正三角の冬の空。
 雪雲の去りてコバルトブルーなる。    

18日 

 今年も早8日が過ぎようとしています。一日一日があっという間に過ぎていきます。日々の家事に追われて静かにできる時間は少しですが、ぎっしり詰まった信仰の糧。弱りつつあるものを神様に立ち返らせてくださいますから、感謝です。外は朝から雪が舞っていましたが少しだけでほっとしています。いつも寒に入ると、早く春が来てほしいなと待ちます。厳しい寒さに耐えて初めて温かくなった春の到来が嬉しいのでしょうね。人生も、そうですね。試練に耐え忍ぶことによって信仰が強められるので、感謝です。
 第九聞き引き締まりたる年の暮れ。
 烈風に葉のざわつきぬ枇杷の花。
 師の名乗確と覚ゆる青畝の忌。    馬場路哉
 19

 大阪の方お薬を減らすことができて、体はしんどいのでしょうがそのけだるさに耐えて行かれますようにと祈っています。今日の夕方の散歩の折、犬たちに急に速度を速め思い切り引っ張られ、道端の草が生えているところに転んでしまいました。肩から落ちたように感じました。主人がもう一匹の犬と後ろから散歩していましたので、だいじょうぶかと声をかけてもらい、何とか起き上がることができました。主人が転んだのでなくてよかったと思いました。主人は主治医から転んだら絶対ダメと厳しく言われています。それは足の肉腫を切除する際に、骨まで削らなければならなかったこと。その骨を補強するために50センチほどのパイプのようなものが埋め込まれていますから転ぶとパイプが突き出てくるということなのです。

 馬場暁美

上野緑ヶ丘教会

 

 『美しい朝に』・・3・・

12月14日

 おはようございます。「しんどい。しんどい」ばかり言っていたら、余計しんどさが増すような気がして、昨日は、血小板を増やすためとだるさを吹き飛ばすために「甘いおまんじゅう」を食べました。そのおかげか、今朝5分くらい歩いて、選挙に行くことが出来ました。主人につかまって歩いていたら投票するところで、投票は一人でなければいけないので係りの方が腕をかしてくださいました。

12月18日

 おはようございます。大阪は、雪の予報ですが今のところ晴れています。昨晩はおかげさまでぐっすり眠れました。夜中に、おもちを食べてお腹いっぱいになったからかもしれません。太ることより、血小板を増やすという大義名分の夜食。食欲は、ないよりある方がうれしいですね。今朝は、身体のだるさが落ち着いています。1.5錠でこのまま頑張れるかも・・・。長村さんもご無理なさらないでくださいね。

12月19日

 こんばんは。名古屋は、寒いですか?大阪も寒いです。私の風邪はかなり良くなりました。相変わらず、だるさはありますが・・・。でも今日は、御堂筋のクリスマスイルミネーションを写しに主人に車で連れて行ってもらいました。

主人と2人で病院通い以外で車で出かけるのは、すごく久しぶりでした。外へ連れ出してくれた主人に感謝です。

12月21日

 おはようございます。大阪は、とても良い天気で少し暖かいです。皆様のお祈りに支えられて。今日の日を迎えられました。「つのぶえジャーナル」にも感謝しています。たくさんの暖かいお気持ちに支えられています。今日も前を向いて道なき道を前進していくつもりです。

12月22日

 こんばんは。大阪も、寒いです。血圧が不安定なのはしんどいですね。私は、ステロイドの副作用で高血圧でふらふらします。本当に、休み休みでご無理なさらないでくださいね。お祈りしています。身体がだるいと1.5→2錠に増やしてほしくなります。ステロイド服用でいらいらするのか、もともとの性格なのか、情けない気持ちになります。今週は、火曜日が祝日ですので24日水曜日が、外来治療です。

12月24日

 おはようございます。今朝は、外来治療の日で、早く目が覚めました。でも、よく眠れた感じがします。感謝です。外来治療で、血液検査をするまで絶食でステロイド1.5錠も服用できません。血小板の数値・肝臓・腎臓・血糖値などの数値で1.5錠→からの量が決まります。2週間の身体のだるさが、薬を減らしたせいではと考えると怖くなります。いらいらが薬の副作用なら減らせるものなら減らす方が良いのでしょうが・・・。結構、ステロイドを減らすのは難しいものですね。本当にお祈りありがとうございます。お祈りに支えられてここまで来たのだから、自分1人の孤独な戦いではないのですよね。

 前進でも後退でも現状維持でも受け入れる勇気が欲しいです。メリークリスマス!無事、帰って来れました。血液検査の検査は、問題なかったのですが、「だるさは甲状腺を1ヶ月入院して調べようか」と言われましたが、明日は他の病院の予約があるので、「入院は、我慢できないくらいになってからでいいです」と点滴で帰らせてもらえました。「ステロイド離脱症」も検索して調べてみます。様子を見てもうしばらくステロイドは現状維持の1.5錠です。現状維持に少し、ホッとしています。キャンドル礼拝。寒いですので暖かくして行って下さいね。お祈りしています。

12月28日

 体調も1.5錠に慣れて来たのか落ち着いています。多くの方のお祈りに支えられています。感謝です。昨日は、台所の換気扇を洗いました。キッチンのシンクでビニールのゴミ袋の中で洗剤でつけおきして、あとは歯ブラシでこすります。主人は、車の掃除をしてくれました。今までは、仕事でしたが、今は「出来る」ことと思えて、「当然・当り前」でないと思えます。

12月30日

 おはようございます。今朝は大阪は晴れています。身体は、昨日からだるさが戻ってきてのどが痛いです。換気扇を洗ったのがいけなかったかと反省です。本当は、免疫力がないので「カビ」「ほこり」は大敵で、お掃除は、先生から禁止されています。でも、娘夫婦が3月に結婚して初めてのお正月で挨拶にきてくれるので、頑張ってしまいました。しんどくなって家族にいらいらをぶつけたら、息子とけんかになってしまいました。情けない気持ちでいっぱいです。安静にして過ごします。

2015年1月1日

 あけましておめでとうございます。2015年1月1日大阪は晴れています。

昨年中は大変お世話になりありがとうございました。今年もよろしくお願いいたします。

家のおせち料理の写真です。ほとんど詰めただけです。つくねは私が作り、魚やゆで卵は主人が作りました。

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 お正月も寒い日が続きます。お祈りありがとうございます。おかげさまで、1月2日、実家の母に会いに家族で行けました。母のいけたお正月のお花も写してきました。1月3日は主人の母に会いに家族で行けました。玄関のお花を写させていただきました。疲れて今日は寝て過ごしていましたが感謝です。寒いですので、お身体ご自愛くださいね。お祈りしています。

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 おはようございます。昨日(火曜日)は、外来治療の日でした。血小板の数値もプレトニン(ステロイド)1.5錠で正常値まで増えました。ステロイドの副作用も大丈夫でした。お祈りに覚えて頂いて感謝です。今度は、ステロイド離脱症との戦いです。先生が1.51錠は、私次第で決めるとおっしゃったので、今日から1錠で頑張ることに決めました。次回の外来治療は3週間後の27日になりました。身体がしんどくないと言えばうそになります。だるさを我慢できて、それでも血小板が減らなければステロイドの依存が少しでも少なくなります。神様が、道を示してくださっているのでしょうか!?

1月12日

 インフルエンザはいかがですか?心配しています。お祈りしています。私の方も、しんどいと言ってられない状況です。自分のことではないので詳しくは言えませんが、家族が体調を崩して病院へ付き添いました。今、帰ってきました。頑張れた自分に感謝です。昨日は、頑張って夕食を作りました。今日は疲れてお布団の中にいます。寒い日が続いています。大阪は、曇り空で心まで曇りそうです。

 ステロイド1錠のしんどさは、覚悟していましたが、今は、家族の看護の日々です。看護といっても、病院に家族がもう1人入院しましたので洗濯物をもっていったり帰ったりということですが・・・。

 病気をかかえて家族の入院は、気持ちも身体もしんどいです。やはり、命の危険が回避できないと心がざわつき、お祈りに意味があるのかと神様を疑ってもしまいます。

また、お祈りできない時期がやってきたようです。お祈りして頂けたら感謝です。

                   大阪府K・Aさん

  (このメール文の掲載はK・Aさんの了承を頂いております)   

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書籍紹介
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エネルギー技術の
 社会意思決定

日本評論社
ISBN978-4-535-55538-9
 定価(本体5200+税)
=推薦の言葉=
森田 朗
東京大学公共政策大学院長、法学政治学研究科・法学部教授

本書は、科学技術と公共政策という新しい研究分野を目指す人たちにまずお薦めしたい。豊富な事例研究は大変読み応えがあり、またそれぞれの事例が個性豊かに分析されている点も興味深い。一方で、学術的な分析枠組みもしっかりしており、著者たちの熱意がよみとれる。エネルギー技術という公共性の高い技術をめぐる社会意思決定は、本書の言うように、公共政策にとっても大きなチャレンジである。現実に、公共政策の意思決定に携わる政府や地方自治体のかたがたにも是非一読をお薦めしたい。」
 共著者・編者
鈴木達治郎
電力中央研究所社会経済研究所研究参事。東京大学公共政策大学院客員教授
城山英明
東京大学大学院法学政治学研究科教授
松本三和夫
東京大学大学院人文社会系研究科教授
青木一益
富山大学経済学部経営法学科准教授
上野貴弘
電力中央研究所社会経済研究所研究員
木村 宰
電力中央研究所社会経済研究所主任研究員
寿楽浩太
東京大学大学院学際情報学府博士課程
白取耕一郎
東京大学大学院法学政治学研究科博士課程
西出拓生
東京大学大学院人文社会系研究科博士課程
馬場健司
電力中央研究所社会経済研究所主任研究員
本藤祐樹
横浜国立大学大学院環境情報研究院准教授
おすすめ本

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教会における女性のリーダーシップ
スーザン・ハント
ペギー・ハチソン 共著
発行所 つのぶえ社
発 売 つのぶえ社
いのちのことば社
SBN4-264-01910-9 COO16
定価(本体1300円+税)
本書は、クリスチャンの女性が、教会において担うべき任務のために、自分たちの能力をどう自己理解し、焦点を合わせるべきかということについて記したものです。また、本書は、男性の指導的地位を正当化することや教会内の権威に関係する職務に女性を任職する問題について述べたものではありません。むしろわたしたちは、男性の指導的地位が受け入れられている教会のなかで、女性はどのような機能を果たすかという問題を創造的に検討したいと願っています。また、リーダーは後継者―つまりグループのゴールを分かち合える人々―を生み出すことが出来るかどうかによって、その成否が決まります。そういう意味で、リーダーとは助け手です。
スーザン・ハント 
おすすめ本
「つのぶえ社出版の本の紹介」
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「緑のまきば」
吉岡 繁著
(元神戸改革派神学校校長)
「あとがき」より
…。学徒出陣、友人の死、…。それが私のその後の人生の出発点であり、常に立ち帰るべき原点ということでしょう。…。生涯求道者と自称しています。ここで取り上げた問題の多くは、家での対話から生まれたものです。家では勿論日常茶飯事からいろいろのレベルの会話がありますが夫婦が最も熱くなって論じ合う会話の一端がここに反映されています。
定価 2000円 

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「聖霊とその働き」
エドウイン・H・パーマー著
鈴木英昭訳
「著者のことば」より
…。近年になって、御霊の働きについて短時間で学ぶ傾向が一層強まっている。しかしその学びもおもに、クリスチャン生活における御霊の働きを分析するということに向けられている。つまり、再生と聖化に向けられていて、他の面における御霊の広範囲な働きが無視されている。本書はクリスチャン生活以外の面の聖霊について新しい聖書研究が必要なこと、こうした理由から書かれている。
定価 1500円
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「十戒と主の祈り」
鈴木英昭著
 「著者のことば」
…。神の言葉としての聖書の真理は、永遠に変わりませんが、変わり続ける複雑な時代の問題に対して聖書を適用するためには、聖書そのものの理解とともに、生活にかかわる問題として捉えてはじめて、それが可能になります。それを一冊にまとめてみました。
定価 1800円
おすすめ本
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われらの教会と伝道
C.ジョン・ミラー著
鈴木英昭訳
キリスト者なら、誰もが伝道の大切さを知っている。しかし、実際は、その困難さに打ち負かされてしまっている。著者は改めて伝道の喜びを取り戻すために、私たちの内的欠陥を取り除き、具体的な対応策を信仰の成長と共に考えさせてくれます。個人で、グループのテキストにしてみませんか。
定価 1000円
おすすめ本

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さんびか物語
ポーリン・マカルピン著
著者の言葉
讃美歌はクリスチャンにとって、1つの大きな宝物といえます。教会で神様を礼拝する時にも、家庭礼拝の時にも、友との親しい交わりの時にも、そして、悲しい時、うれしい時などに讃美歌が歌える特権は、本当に素晴しいことでございます。しかし、讃美歌の本当のメッセージを知るためには、主イエス・キリストと父なる神様への信仰、み霊なる神様への信頼が必要であります。また、作曲者の願い、讃美歌の歌詞の背景にあるもの、その土台である神様のみ言葉の聖書に触れ、教えられることも大切であります。ここには皆様が広く愛唱されている50曲を選びました。
定価 3000円

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