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「みんなでわいわい・ご意見コーナー」
★ 私たち夫婦も何度か登った御嶽山の悲しい事故、天災とは言えショックでした。気軽に登山・・・の感じがしていましたが、危険と隣り合わせなのですね。愛好者の増えるのは良いですが、マナーが問われていることの根底に、自然に対する畏敬のなさがあるように思えました。自然界からの警鐘と受け止めたいです。
★ 同じ団地に20歳代の知的障害のお嬢さんとご夫妻がおられる。先日、そのご家族の講演がコミセンでありましたので、参加しました。テーマは「親子関係」でしたが、考えさせられたことは、理解しあえない壁を乗り越える方法は、愛情とそのままを認め合うこと、ということでした。お嬢さんも私たちのことを理解できないで苦しみ、悲しんでいるのだと気付いてから、壁は自分の中にあったといわれた言葉でした。これは、夫婦にも言えることではないかと、ふと思いました。
★ 女児の殺害事件防止のため、登下校時には通学路に立っていますが、交通事故も防げません。連れ去り事件も起きます。そのたびに虚しい活動なのかと思うのです。でも、止めたらもっと辛くなるでしょう。通学路に立つことであるいは事故や犯罪抑止になっているなら、続けなければならないのでしょう。体力の続く間は、声を掛け続けます。
★ 主人に対してどうしても嫌いなのか、何をしても文句ばかり・・・。短気で怒り虫。毎日、ビクビクしながら過ごしています。私の人生、何だったんだろうと考えると、涙が出てくるのです。私の慰めは、いや気晴らしは、こうして泣き言メールすること。このメール送信も何年もですし、しょっちゅうですから迷惑でしょうね。そんなわたしに何時も返信メールをありがたく思っています。
★ 最近思うのです。人の心は複雑で、理解できたから協力できたり、されたりするとは限らないもの・・・。正しさが何時も世の中を動かしてはいない。むしろいろいろの矛盾やいざこざの中で社会が出来ていて、自分もその一人なんだと思うと、人を人と見えてくるのを感じます。物言わぬ自然との対話が教えてくれたことでした。
『ありがとうございます』
時節の呼び方にもいろいろあり、どれも言葉に趣があります。日常の忙しさを忘れさせてくれるものがあります。霜月(しもつき)・菊月・雪待月・神楽月・神帰月と詠み人は言葉巧みです。凡人には街中の公園には枯れ葉が舞っています程度です。同じ景色を感じてもこうも違うのかと思い知らされます。それでも時は等しく迎え、過ぎていきます。2015年のカレンダーが夢をくれます。
『つのぶえジャーナル』・『つのぶえ社』の活動のための寄付者
大西和夫様 西口義昭様 馬場暁美様
2014年9月16日から10月15日まで
郵便振替口座番号 00800-1-45937 つのぶえ社
『水琴窟』
メールができなくて教会の先生に、メールしてくださるように頼みました。緊急入院で、輸血で命が助けられました。難病でした。原因も治療法もわからない病気です。今は、免疫力のなさにおびえています。病院食と帰りに食べたごちそうの写真を送信します。「ジャーナル」を読んでいる方の中にも重い病の方がおられることでしょう。頑張りましょう。
お便り下さる方はこのメール アドレス osamura@kind.ocn.ne.jp をご利用ください。
「つのぶえジャーナル」(米国南長老教会文書伝道事業)刊行責任者
つのぶえ社代表 長村秀勝
今月のことば
あなたは心をつくし、精神をつくし、力をつくして、あなたの神、主を愛さなければならない。
=申命記6:5=
私たちの心の中には、程ほどに、周りに合わせて、疲れを覚える程ではなく、むしろ継続が大切であると言う思いが芽生える者です。
仮に、永遠の命、救いが示された時、程ほどに探し、求めるでしょうか。安易に手にするものを、人は不思議ですが信用しません。
神は、真実、私たちに迫っているのです。なぜ神は「愛してもよろしい」とは言わないで、命令とか課題を「あなたの神、主を愛さなければならない」と言われるのでしょうか。実は、神は、すでに知っておられるのです。私たちの中には、神の愛に逆らう何かがあり、不真実に向かう傾向のあることを。
預言者たちが「姦淫」と名付けるもの(預言者は他の神々への私たちの不誠実な間違った愛を言います)に向かう傾向のあることを。神を愛する代わりに、私たちは、空しいものに心を傾け、私たちを愛せない・愛さない神々に心を傾けることを。
しかしそのようなことを、神は易々と受け入れません。神は私たちへの愛を、妬み深いとさえ言います。それ程に、私たちに求めます。それは、神ご自身のためだけではなく、私たちのためなのです。神は、私たちに真の救いを、永遠の命を、日々の平安を得させるために、迫るのです。
このみ言葉を、愛なき者の言葉なら、脅迫・強制・命令になりますが、私たちを、滅びと不安と貪欲に貶める偶像の奴隷状態から、真実、開放をもたらすために、私たちに「真心」を求めるのです。このご命令は、神の真実の愛があってのものであると知るとき、神の導きをいただいて、そう有りたいと願うのではないでしょうか。
現実は厳しい・・・。その通りです。ではそこから逃れるために、人間を破壊する危険なドラック、快楽やもろもろの中毒に依存するのも致し方のないことと見過ごせますか。人は見て見ぬ振りをしますが、だからこそ、神は私たちに求めたのです。
「あなたは心をつくし、精神をつくし、力をつくして、あなたの神、主を愛さなければならない」と。
小閑記
マリヤは主の足もとにすわって、みことばに聞き入っていた。ところがマルタは接待のことで忙しくして心をとりみだし・・・・・。
=ルカ10:39~40=
マルタの力はイエスのために立ち働くことにあり、マリヤの力は主のみ言葉を聞くことにありました。マルタはイエスのために働くことに心を奪われ、マリヤはイエスご自身に心を奪われておりました。マリヤはイエスとその語られることにすがり、マルタは主のために仕事にとらわれていました。
もしイエスがこの二人の姉妹に語られたことを、私たちに言われなかったならば、確かに私たちはマルタの方が、より神様を敬う者と考えたでしょう。しかし、イエスに仕える仕方がここに示されているのです。人の常識で囚われたなら、マリヤにはなれません。
イエスの求めたことは、異なっていました。イエスと、イエスの言葉に来て、平安を得、イエスご自身にすべてを献げることが、最も大切な接待であると言われているのです。
私たちキリスト者の多くは、マリヤよりもマルタに似ております。私たちの常識は、神の国の仕事が沢山あるにもかかわらず、自分たちの仕事に専念することを通して、神に使えるという、一見、道理に適った考えに陥ります。その結果、イエスと共に生きることを忘れているのです。
そのために、マルタと同様な結果になり、疲れ、不平や不満に心奪われてしまうのです。今一度、自分自身を見つめ直してみようではありませんか。私たちの心に少しずつ、何かが欠けていると気づくなら、何と幸いなことでしょう。今、何が最優先になっていますか。マリヤは仕事をしない怠け者でしょうか。もう一度、イエスのために忙しく働いて、共に生きることを、取り戻そうではありませんか。マルタ的ではなくマリヤ的熱心こそ、主が求めていると思います。
上河原立雄
眸
本格的な暑さと思ったら雨・・・。ああ・・と思ったら、今度は暑さ・・・、対応不十分でダウン寸前、そんな日々。乳がん手術後2年たったが、薬の副作用と戦いながら、超高齢者の母を見舞いに行くのを、やめることは出来ない。
私も高齢者ですが、体力、気力の続く間は何とか母のそばにいる時間は作りたいので、頑張るしかない。「つのぶえジャーナル」を何ヶ月も前のものなど読み返している。慰めになるから。・・・。
愛媛県 T・Mさん
異常気象と言われていた夏も、秋の花を見る初秋に成りました。家族に無理を言って始めたホームヘルパーも4年目になりましました。その現実に、心萎えることも度々でした。仕事の厳しさは経験で対応できますが、お訪ねするご家族のお苦しみを知るたびに、無力な自分を責めることが多く、家族につい愚痴を言ってしまいます。高齢者夫婦の負担と心の葛藤は、想像以上のものがあります。結婚し、子供を育て、お孫さんたちの成長を見つめながら老後を楽しく過ごしたいと誰もが願い、老いを迎えたはずです。
しかし、突然襲いかかるような病いで途方にくれる姿に、ホームヘルパーの役割を見出したいと、神様に祈ってまいりました。
Rさんは、ご主人には本当に感謝しているのですが、疲れているのですね。ご主人は今まで決して大声を出したりしたことは一度もありません。下のお世話も丁寧に、愚痴もこぼさすに、笑顔でしてくれます。しかし、椅子に座り、テレビの前でめっきり老けた寝顔を見ると涙が出ます。
ヘルパーさん、わたしもう十分生きてきたの、主人の重荷を軽くしてあげたいの・・・と言われた時、Rさんの深い愛を感じました。
家に帰ってそのことを言いましたら、主人は涙ぐんでいました。・・・さあ、明日も笑顔で頑張るぞ!その力と心を神様に祈り求めました。
全国におられるホームヘルパーさん、頑張りましょう。
福岡県 A・Wさん
自閉症者のひとりごと
(88)
8月19日
最近の天候不順には、着いていけません。目覚める前から、何にもしたくない。考えが回らないという感じでした。体調も良くないし、どうしたらいいんだあ~、落ち込んでしまいました。こんな生活の繰り返しがもう30年も続いている。何か意味があるのだろうか?と考えてしまう。
8月22日
今日は暑い時間なのに、精神科に行ってきました。帰りはとてもじゃないけど、ひどい腰痛にみまわれてしまいました。主人が、日、月曜日と休みだから、実家に行くけど、一緒に行く?と聞いてきました。えぇ、久しぶりに礼拝に出たいのに・・・と思ったけど、言えませんでした。で、ちょっと腰がきついから、わたしはやめとく、と言っておきました。主人の礼拝への思いはどうなってしまったのでしょう・・・。悲しくなります。
8月26日
気が塞いでいます。やたらに腹が立つし、み言葉をいただく気分になれないし、背中がヒリヒリするし、足は痛いし、頭が噴火しそうです。痛いところが多くて、もう土曜日から悪くなり続けている。自暴自棄になって口にあれこれ突っ込んで具合を悪くしたい。ちょっと自分の思うようにならないとすぐこれだ。情けないわ。
8月28日
お酒を飲まなくなって、7年が経ちます。これはわたしの意思と根性ではなく、神様の配慮だと思います。アル中が飲まないなんて、それだけで凄いことですから。変な天候ですね。何とかやれていますかと人は聞く・・・。そういう自分は、ぐうたらに過ごしています。時々、八方塞がりとか深刻にではなく、ポワンとした感じで、ああ~、死にたいなあって思う。危険なサインの前ぶれと言う人がいたが・・・。
加納さおり
世田谷通信
(132)
猫 草
蔓性の雑草というのは、最強なんじゃないか・・と草むしりをしていると良く思う。雑草と言うのはこちらの認識が雑であることを表象しているだけで、もちろん、正式にはガガイモ、ヤブカラシ、クズ、アレチウリなどきちんとそれぞれに名前がある。とはいえ当の植物達は名前があろうとなかろうと一向に気にせず日々陣地を拡大している。
特に感動するのはガガイモ。うちのキャットテールの中に見事に混じっている。キャットテールは赤いふわふわした花がたくさんつき、つる性でよく伸びる。伸びるなかに・・ふと気がつくと一緒になってガガイモが繁殖している。ガガイモくん、悪いがキミを育てているつもりはない。と抜こうとしても、複雑にからんでどうにもならない。茎の途中からも根が出てアンカーを打ち込んでいく作戦をとるガガイモのほうが断然強いので、だんだんキャットテールの元気がなくなっていく。排除できぬまま、負けるな!の精神的支援を送るもむなしく、その一帯はほどなくガガイモ地帯と化す。
そしてヤブカラシ。なぜあなたは熱風吹き出すエアコン室外機に巻きついて平気なのか。そこ熱くない?熱いよね。生きる場所を選ぼうよ。と話しかけても、不敵にそよそよと触手を伸ばしている。他の草が乾燥に耐えかねて撤退する中、平然と成長する姿は最強、むしろ不気味だ。
前二者ほど強靭ではなくてもアサガオやヘクソカズラのいかにも頼りなげに触手(まきひげ、或いは若い茎)を揺らしてのんびりした風情も油断ならない。触れた瞬間ねじねじっと巻きついていく、あの受身から急に本性むきだしな感じ。風任せで偶然に頼るから指向性は低いだろう、でも、巻きついた次のアクションは非常に的確、ねじって相手を固定するだけでなく、途中で螺旋をくるんと回転させて逆向きにロックしてしまう。もう簡単には外れない。あなたたちなんて頭いいの?と褒めたくなる。
ネットワークとか、エネルギー供給の脆弱性などとよく言われるが、植物の賢さを少し見習ったらよいのに。ただ延々と補給ラインを伸ばすのではなく、途中でバックアップや蓄積装置、調節弁を作って、ある程度の機能を常に残すとか。生き残ることの知恵にかけては動物の歴史など植物に及ばない。いわんや人間の知恵をや、というところだろう。
*この添付のイラストは絵を描くのが大好きな次男がパソコンのペイントツールで描いたものです。
その愛のゆえに
=時々の記=
(102)
8月14日
都会へ出て行った
出迎える家族は高齢でとても大変な状態ですが、やはり家族の絆とでもいうのでしょう。腰が曲がり、歩くのもやっとの夫婦がいそいそと嬉しそうに子供たちの帰りを楽しみにしているのです。緑多い山の澄みきった空気はひと時でも癒されることでしょう。この日曜日には懐かしい姉妹と何年振りかで礼拝を共に捧げることができます。神様がこのようなひと時をお与えくださったことに心から感謝するのです。信仰を共にする者たちが集い、賛美できる幸いを覚えるものです。
8月18日
昨日、Tさんが前日より上野で泊まって礼拝、墓前の礼拝を二人で捧げることができました。宝塚にお住まいですから上野までおおよそ4時間半余りかかると言っておられました。前にお会いした時と少しも変わらずイキイキとされ励まされました。信仰の友とのお交わりは、それが久しぶりであっても主にあって共にいますから、とても親しく懐かしくお交わりができました。午後からの会にもご出席されたとのこと。私は礼拝だけでもう精一杯ですのに、本当に熱心な方です。Tさんがおっしゃるには上野は平均年齢が若いということです。
今朝、隣の方が熱中症になり、救急車で運ばれて行きました。怖いですね。水分の補給がとても大切なようです。
名にし負ふ多羅(たらお)崖道野菊かな。
献体碑医の礎に緑さす。(三重大にて)。
井戸替えや老杉の許(もと)集ひ来て。
急峻な道を下りて井戸替えす。
朝涼や体操すれば犬寄りぬ。(ラジオ体操を二人ではじめています。)馬場路哉
秋の花野菊が薄紫の花を咲かせ始めて楽しませてくれています。
8月27日
高校野球が終わってしまいました。夏が終わったという感が強いです。こちらは散歩に出かけると季節の変わり目を感じさせられるのですが、今はまだ、ススキも見られません。萩もまだです。ただ、野菊だけが可憐に風に吹かれて揺れています。
9月1日
蒸し暑かった8月も終わりです。各地に大きな被害をもたらした8月豪雨。とても悲しい出来事でした。今まで元気に一緒に暮らしていた友。家族が一気に土砂で流されてしまう。なんて不条理なことでしょう。遺され方々はなかなか現実をとらえられないことでしょう。苦しい、厳しい豪雨でした。
米処伊賀の端なる初穂かな。
ひまわりの大きな頭垂れてをり。
奔流の瀬波弾きぬ晩夏光。
子ツバメの出発前か鳴き交わす。
励ましの言葉を読むや涼新た。 馬場路哉
主人は毎日、自然を見つめながらの俳句つくりに励んでいます。今こうして俳句を作ることができる気持ちになっていることに感謝すると言っています。癌を告知された苦しい時期はとても俳句は作れなかったといいます。今を感謝して、ジャーナルにも下手な俳句をたくさん載せていただいて、とても喜んでいます。
9月3日
朝、夕は随分凌ぎやすくなっています。秋の空を眺めているのですが秋らしくないのです。犬たちとの散歩で、コスモス畑を見つけました。まだまだちらほらとですがピンクのコスモスが蒸し暑い風に揺られていました。しばらくじっと見つめて‘小さい秋’に見入っていました。来週は教会では敬老の日の愛餐会があります。70歳以上ということですから信徒のほとんどがそうです。主人も今年から敬老の日の仲間入りです。大きな手術を乗り越えてもう7年が過ぎます。70歳まで生かされたことは、主治医の先生や執刀してくださった先生方は奇跡的と思っておられることでしょう。苦しい、厳しい人生ですが、神様にいつも目を向けて歩んで生きたいものです。
山裾にミソハギ少し鄙(ひな)古りぬ。
葦原(よしはら)に材石残る秋出水。
ブルーベリー摘むや熟すを指で知り。
袋無きブドウの房の瑞々し。
山峡の家のあお桐吹かれをり。 馬場路哉
8日の夜は
9月8日
昨日まで気が付かなかったのですが、今日の犬との散歩の途中で、彼岸花を一本見つけました。ススキが大きな穂を揺らせ、薄ピンクの萩の花はあちこちに咲き始めました。今夜は中秋の名月という事で、辺り一面この時期らしく模様替えです。ようやく秋がやってきたのを感じるこの頃です。昨日は教会で敬老の日のお祝いがありました。いつもの出席者よりもかなり増えていました。中には礼拝が終わってからの愛餐会だけに出席されるという方もおられました。高齢化社会を目の当たりにいたしました。
10年間、四国で牧会をされていた小出先生ご夫妻がその任務を終えられて、ともに上野での礼拝を捧げました。お二人共とてもお元気そうでした。神様と教会に仕えた喜びにあふれていました。
9月11日
白鷺や盆地の川に数羽立つ。
山峡や登りし月の直ぐ照りぬ
秋出水元の色へと引かんとす。
鮮やかに咲き初むるなり百日草。
刈り草を燃やせば立ちぬよき香り。 馬場路哉。
今日は日中も涼しい一日でした。日暮れが早くなってきてちょっぴりセンチメンタルになります。
馬場暁美
(上野緑ヶ丘教会員)
解説 ウエストミンスター信仰告白 (28)
岡田 稔著
(元神戸改革派神学校校長)
第14章 救拯的信仰について・・・1・・・
1 選ばれた者が、それによって、自分の魂が救われるように信じることができる信仰の恵みは(1)、彼らの心の中で働くキリストのみたまのみわざであって(2)、通常、み言葉の宣教によって生み出されるものであり(3)、み言葉の宣教と礼典の執行と祈りとによって増進され、強化される(4)。
1 ヘブル10:39
2 Ⅱコリント4:13、エペソ1:17-19、エペソ2:8
3 ローマ10:14,17
4 Ⅰペトロ2:2、行伝20:32、ローマ4:11、ルカ17:5、ローマ1:16,17
一 信仰という言葉には広い意味と狭い意味とがあるが、信仰によって義とされる、というときの信仰を、特に「救拯的信仰」つまり「救いの信仰」と呼んでいる。この意味の信仰は、新生の直接的な実である。
第10章で、学んだ「有効召命」によって自覚させられた「新しいわたし」の「わたしを呼ばれた神の招きのみ声」への答えとも言える。だからこれは自分から「信じようとする意志」ではなく、キリストのみ霊の「信じさせる」み業である。
同時に、この信仰は単にひそかなみ霊の働きによってだけ生じるのではなく、「み言葉の宣教」、すなわち、外的召命、つまり福音を聞くことによって生じるのである。これはローマ人への手紙10章14節で言われていることからも明らかである。
み言葉(それは福音と律法から成る)が、恵みの手段としてキリストに用いられるときに、み霊の働きによって生じた有効召命と協働して、ここに「信仰」と呼ばれる状態が存在するようになるのである。この信仰は「からし種一粒ほど」のものから「大いなる信仰」と呼ばれるものまで、強弱の差があり、「信仰に始まり信仰に至らせる」(ローマ1:17)とある通り、信仰生活とは、この信仰の向上強化の道程であり、その増進は、み言葉と礼典と祈りを通常の外的手段として与えられるものである。
これら三つのものが、「恵みの手段」と呼ばれるものであり、厳密にはみ言葉のみがそれに当たるが、礼典もまたみ言葉とともに用いられて、その効力をあらわすのであり、祈りだけでなく、苦難もある意味では、恵みの手段のうちに数えられる。
また教会というもの全体をも、そのように考えることもできなくはない。しかし、一般には、み言葉と礼典を通常の外的な恵みの手段と呼ぶのである。
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この文章は月刊「つのぶえ」紙に1951年(昭和26)10月号から1954年(昭和29)12月号まで書き綴ったものを単行本にしたものです。「つのぶえジャーナル」掲載には、つのぶえ社から許可を得ています。「ウエストミンスター信仰告白」は日本基督改革派教会出版委員会編を使用。
単行本購入希望者は「つのぶえ社」に、ご注文下さい。¥500
465-0065
さんびか物語 (7)
(広く愛唱されている50曲)・・・6
ポ―リン・マカルピン著
(米国南長老教会婦人宣教師)
讃美歌66番
聖なる、聖なる、聖なるかな
<神様のみ言葉>
「聖なる、聖なる、聖なる、万軍の主。その栄光は全地に満つ。その叫ぶ声のために、敷居の基はゆるぎ、宮は煙で満たされた」。
=イザヤ書6章3~4節=
‘聖なる、聖な、聖なるかな’の讃美歌は世界に比べるものなき地位を占める、礼拝の歌と言われているものです。多分この讃美歌が歌われない教会は、世界のどこにもないと思われるほど有名であり、多くの人々に歌われているものでございます。
原作者レジナルド・ヒーバーは1783年4月21日、イギリスのマルパスで裕福な牧師の家庭に生まれました。彼は小さい時から詩才をあらわし、17歳の若さでオックスフォード大学に入学いました。彼はそこで、二つのすぐれた詩を書き、賞を得ました。そうしてイギリス中で詩人として知られるようになりました。
ヒーバーは1807年にホドネットという辺ぴな村の教会の牧師に任命されました。この教会は以前、お父さんの教会でありまして、そういう関係で16年間この教会で意義深い、しかも楽しい牧会の時を過ごしました。
ヒーバーはホドネット在任中に讃美歌を57曲作詞しましたが、この57曲がみな今日に至るまで歌われているのは、彼の作品のすぐれた証拠と言えましょう。彼が讃美歌を書き始めたきっかけとなったのは、当時の教会内の讃美歌集の不足でした。また自分の教会の信者がもっと元気を出して歌えるように、ヒーバー自身が新しい讃美歌を次から次へと教会カレンダーに合わせて作詞しました。
この讃美歌66番は、当時教会カレンダーで指定されている‘三位一体の日’のために書かれたものです。しかし、今日では、あらゆる朝の礼拝に用いられています。ヒーバーは若い時から、インドに興味を持っていました。1819年に作詞した‘北のはてなるこおりの山’(214番)の原作には、インドやセイロンなどの国名まで出ています。この讃美歌は最も有名な外国伝道の讃美歌と言われています。
1822年(ヒーバー40歳の時)、彼はようやくインドのカルカッタの司教に任命され、3年間なれない猛暑と闘いつつ職務に励みましたが、残念なことにその仕事の重荷があまりにも重かったのか、彼の健康は衰え1826年4月3日ヒーバーは43歳の若さで心臓麻痺で急死しました。
ヒーバーはウオッツ、ウエスレー、モンゴメリー、ボナーと共にイギリスの5大讃美歌作者と言われています。或る人は、彼の讃美歌の優美さや文学的な美しさを称賛されるかもしれませんが、私が一番素晴らしいと思いましたのは、彼の伝道に対する熱心さであります。讃美歌214番はそのよい実例の一つと言えますのでご参考になさって下さい。
<214>
4 大君イエスよ み代をしらす
時のくるまで いよよ励み
救いのひかり たかくかかげ
あまねく照らせ 四方の国に。
ヒーバーの讃美歌集は死の翌年(1827)未亡人アミリアによって発表され一般に普及しました。
讃美歌66番の曲NICAEAは、ジョン・B・ダイクスの作曲ですが、ヒーバーの威厳のある歌詞に対して少しも劣るところのない素晴らしい曲といえます。この曲はダイクスの他の作品と一緒に1861年に‘Hymns Ancient and Modern’という讃美歌集に初めて発表されたものです。
ニケヤというのはトルコにあった大昔の町であって、紀元325年にこの町でキリスト教会の大切な会議があり、‘三位一体の神’という教理がキリスト教の根本的な教理として決められました。
ウエストミンスター小教理問答書において「三位一体の神について」、問5と問6は次のように教えています。
問5 唯一の神のほかに神々があるか。
答 唯一の神がいますだけで、それは生けるまことの神である。
問6 神にはいくつの人格があるか。
答 神には、三つの人格がある。それは父と子と聖霊であって、この三つは一つの神で、本体は同一であり、力と栄光は同等である。
このような神観に立つ三位一体の神を中心に歌っています。この讃美歌を作曲したダイクスは、わざわざNICAEAという曲名をつけたのです。ジョン・B・ダイクス(1823~1876)はイギリス人で、祖父を牧師に、父を銀行家にもって生まれました。ダイクスはケンブリッジの聖キャサリン大学を卒業後、牧者となり、主にダラム市でその生涯を過ごしました。
ダイクスは、音楽に対しては天才的才能を持っていたのでしょう。わずか10歳のころから教会のオルガニストとして活躍しています。
大学時代には、音楽クラブの優れたリーダーとして、その才能を生かしています。1861年(彼38歳)には、ダラム大学から、音楽博士の学位を受けています。翌62年には、ダラム市の聖オズワルド教会の「教区牧師」に任命され、53歳で亡くなるまで牧会を続けました。その間に、礼拝学に関する論文や、説教集や、また300曲にのぼる讃美歌を作曲しています。
また、英国讃美歌史上の歴史的事業である‘Hymns Ancient and Modern’の編集にも重要な役割を果たしています。
彼の特色は、保守的な英国讃美歌の伝統を破って、当時の通俗的歌曲に基づいた新しい形の讃美歌を書いた点にあります。彼の曲が英国的でありながら、民謡的色彩をもち、しかも大衆的な性格を持っていたということです。讃美歌が、一般大衆の心にとけこむことは、礼拝用讃美歌として、特に大切でありますが、彼の讃美歌には、貴族的な気品と大衆性を持っていたこということは特筆されることでしょう。
日本の1964年版の讃美歌には、ダイクスの作曲されたものが18曲ほどあります。それらは、とても美しいものであり、多くの人々に愛唱されています。
<66>
1 聖なる、聖なる 聖なるかな、
三つにいまして 一つなる
神の御名をば あさまだき
おきいでてこそ ほめまつらん
2 聖なる、聖なる 聖なるかな、
神のみまえに 聖徒らも
かむりをすてて ふしおがみ
みつかいたちも み名をほむ。
3 聖なる、聖なる 聖なるかな、
罪ある目には 見えねども
みいつくしみの 満ちたれる
神のさかえぞ たぐいなき。
4 聖なる、聖なる 聖なるかな、
み手のわざなる ものみなは
三つにしまし 一つなる
神の大御名 ほめ奉らん。
この讃美歌の素晴らしい原作は、余りにも優れたものであるために、他の国語に翻訳するのは非常にむずかしいことと思います。言葉の独特な美しさと訳文では中々味わい知ることは出来ません。
1節ですが、原作では作詞者は小教理問答書の問4に言われていますように(問4 神はどのような方であるか。 答 神は、その存在と知恵、力、聖、義、善、真実において無限、永遠、不変の霊である)、神様を聖なる神、また三位一体の聖き神であられると歌うと共に、神様を主なる神、全能者、あわれみ深い神、偉大な神と歌っています。
つまり神様とはどのようなお方であるかを、この1節で美しい言葉をつらねてヒーバーは歌っています。私たちも朝な夕なにこの聖なる神様に賛美の歌声を捧げるのは当然となりたいものですし、そうあるべきです。
2節では、場面は天国に移されています。使徒ヨハネが黙示録によって見聞きしたことが歌われています。即ち、「たちまち私は御霊に感じた。すると見よ。天に一つの御座があり、その御座に着いている方があり、…また、御座の周りに24の座があった。これらの座には、白い衣を着て、金の冠を頭にかぶった24人の長老たちがすわっていた。…。御座の前は、水晶に似たガラスの海のようであった。御座の中央と御座の回りに、前もうしろも目で満ちた四つの生き物がいた。…。彼らは、昼も夜も絶え間なく叫び続けた。『聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな。神であられる主、万物の支配者、昔いまし、常にいまし、後に来られる方』」。また、これらの生き物が、永遠に生きておられる、御座に着いている方に、栄光、誉れ、感謝をささげるとき、24人の長老は御座に着いている方の御前にひれふして永遠に生きておられる方を拝み、自分の冠を御座の前に投げ出した」(ヨハネの黙示録4:2~10)。
このようなヨハネの黙示録の言葉を背景にして、讃美歌の2節をお味わいください。神様のみ前に冠を捨てて伏し拝んだ聖徒たちは、水晶に似たガラスの海の回りで金の冠を投げ出して、み座についている方の前にひれ伏して、永遠に生きておられる方を拝んだ24人の長老たちを意味しています。また、原作にありますように、このお方は昔いまし、常にいまし、のちに来られる唯一のまことの神様であると歌っています。つまり、再臨のキリストへの待望と讃美の歌と言えます。
3節では、私たちが神様のたぐいなきみ栄えを見ることの出来ない理由は、罪のために私たちの目が暗くなっているからです、と歌っています。また唯一の神様のみがそのみ力にも、愛にも、聖にも、清さにも、いつくしみにも完全であることを歌っています。
4節では、作者は今一度神様を聖なる神、主なる神、全能なる神、いつくしみ深い神、三位一体の神と言って讃美を捧げると共に神様のみ手の業になるもの-地にあるもの、天にあるもの、海にあるもの-すべて造られたものが神の大御名をほめまつるようにと歌っています。私たちも心から讃美の歌を主に捧げましょう。「わがたましいよ。主をほめたたえよ。私のうちにあるすべてのものよ。聖なるみ名をほめたたえよ。」=詩編103篇1節=
=「さんびか物語」は「つのぶえ社」の出版(第一刷1974年、第二刷1992年)で、出版社の許可を得て掲載しています。本の購入を希望される方は、「つのぶえ社」までご注文ください=
ビルマ
戦犯者の獄中記 (43) 遠山良作 著
昭和22年
4月25日
―雨を待つ牢獄―
赤道に近いビルマは常夏の国である。日本のように季節の変わり目がなく、半年は乾期で、半年は雨季である。今が一番暑い乾期で、焼けつくような熱帯特有の、太陽の光は強烈で日本の比ではない。この独房は厚いコンクリートの壁に囲まれた、四畳半位の薄暗い狭い部屋で、北側に出入り口にあたる鉄格子の扉はあるが、南側には小さな明り取りの小窓があるのみで、風はほとんど入らない。房の中では褌一つでの生活であるが蒸れるように暑い。
昼はまだよいとしても、問題は夜である。蚊帳のない夜の房内は、無数の蚊がブンブンと人間の血を求めて外から入って来る。寝るためにはこの蚊を防がねばならない。顔も手も露出している部分は全部毛布やシャツで覆って眠るのであるが、顔を布で覆うので息苦しくてたまらない。昼は取り調べ、夜は蚊との戦いの毎日である。
雨でも降れば少しは涼しくなるのにと思う。同室の田室さんは「ビルマの水祭りも終わったからもう雨が降ってもよいのに」と独り言をいう。半年は降り続く雨、憂うつな雨期であっても、この暑さに比較すればまだましである。
雨よ早く降れと、祈る思いで鉄窓から夕空を仰ぐ。祈りが聞かれたように、遥かかなたに湧き上がる黒雲は低く、その動きは早い。目の前にあるねむの木の小枝は風に揺られてはらはらと枝葉を散らす。あたかも内地で見る夏の夕空にも似ている。
やがて大つぶの雨は歩哨の幕舎を強く打ち、軒のしずくは滴れる。長い間待ちこがれていた恵みの雨である。急に涼しくなった。この雨がしばらく続くと、今度は天井からポツポツと落ちてくる雨だれは部屋の真ん中に落ちて来た。「雨だ雨だ」と田室さんは叫ぶ。落ちる雨だれを石油缶で受ける。
この独房は英国の植民地時代に作られた平屋建ての古い建物であるから無理もない。涼しくなった代償は雨漏りである。狭い部屋で二人は今夜どうして眠ろうかと考える。
蚊に刺され 眠れぬ夜の 独房にて 生命のことを ただに思えㇼ
蚊帳なき ひとやにあれば 眠れ難く 目を閉じたまま 蚊を払うなり
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この文章の転載はご子息の許可を得ております。
「あなたに聖書を」
「キリスト教百話」・・・22
問19 前回、「敵は愛すべき者」と見定めるところ、自他の救いがあると言われましたが、敵をそう見定めるなんてことができるでしょうか。
答 頭の中でそう考えていても、実際に敵が目の前に現れた時には、防戦に努めるか、敵をやっつけてしまわいことには納まらないでしょうね。敵がいなくなってはじめて安心と言うわけですからね。・・前回の続き・・
それは、例えば遺産相続を巡って兄弟間に争いが起こることがあります。場合によっては他人との間にも起こらないような憎み合いや仲たがいが生じます。裁判所での調停によってある程度の事柄の処理はされますが、それで必ずしもすっきりするわけではなく、その後、兄弟間の付き合いは全く絶えてしまうこともあります。
こういう時に、もし親が現われて、「遺産を残したのは子供たちのことを思ってのことであって、兄弟を仲たがいさせるためなんかでは絶対になかったし、すべての子供は同じように愛してやまない存在であって、そういう風に親が大切にしている者に憎しみを抱くなんて悲しいことをしてくれるな」と言ったとしたらどうでしょう。そういう自分たちの親の気持ちが分かって「ああ、そうだった。親の気持ちも考えないで自分のことばかり考えていて申し訳なかった。お互いに親の気持ちを大切にしよう」と言ったら、兄弟間の和解が成り立ちます。
この場合、親は子供たちを超えた者として存在し、しかも、子供たちを愛している者として存在しています。そしてまた子供たちは子の親の愛にふれて、自分たちが見当違いをしていたことに気付いて、自分たちを超えた親の思いに即して生きる、という新しい生き方をすることになります。この場合、親は絶対的な他者ではありませんが、少なくとも子供たちを超えている他者です。
この他者の思いが伝わった時、自己の思いを拠り所としていた自分に、自分を知る新しい目が与えられることになります。自己絶対化の自己から、自己を相対化させられます。親の側では「ああ、息子たちがわたしのことをわかってくれて嬉しい。救われた気持ちだ」ということになることでしょうし、息子たちの側でも「親が喜んでくれてよかった。もしそうならなかったなら、おれたちは救われないままだったろう」と言うことになります。
キリストは「敵を愛しなさい」と言われた時、その前提として「父は悪人にも善人にも太陽を昇らせ、正しい者にも正しくない者にも雨を降らせてくださる」方であると告げられています。子供が優等生だろうと落ちこぼれあろうと、親の子に対する愛情に変わりがないように、天の父である神は、人間の側で善悪や正不正の判断をしても、そんなことに関わりなく、すべてのものを愛しておられる。
そういうことから言えば、神は「あなたにとって敵である者もわたしにとっては大切な子である。あなたと同じように・・・」と言われているのである。そういうことが分かる時、人間は自分に即してしか考えていない自分から解放されて、神の側の視点によって自他を見ることが出来るようになります。このようにして今までの自己から解放されて神の愛による新しい視点を与えられることが「救われる」と言うことであります。
篠田 潔
(日本基督教団隠退教師・元「キリストへの時間」協力委員・ラジオ説教者)
<10月のラジオ放送予定>
10月5日 横山良樹(日本基督教団半田教会牧師)
12日 横山良樹(日本基督教団半田教会牧師)
19日 佐藤秀吉(日本基督教団幸町教会牧師)
26日 佐藤秀吉(日本基督教団幸町教会牧師)
(放送開始1952年10月)
CBCラジオ「キリストへの時間」(1053KHZ)
毎週日曜日朝6時30分~45分放送
東京大学大学院人文社会系研究科博士課程
いのちのことば社
スーザン・ハント
「緑のまきば」
「聖霊とその働き」