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解説 ウエストミンスター信仰告白 (26)
岡田 稔著
(元神戸改革派神学校校長)
第12章 子とすることについて
義とされるすべての者を、神はそのひとり子イエス・キリストにあって、また彼のゆえに、子とする恵みにもあずかるものとされる(1)。それによって、彼らは神の子の数に入れられ、その自由と特権を受け(2)、神のみ名をその上にしるされ(3)、子たる身分を授ける霊を受け(4)、大胆に恵みのみ座に近付き(5)、アバ父と呼ぶことができるようにされ(6)、あわれみをこうむり(7)、守られ(8)、備えられ(9)、親から受けるように神から懲らしめられ(10)、しかし決して捨てられず(11)、それどころか、あがないの日のために証印され(12)、永遠の救いの相続人として(13)、いろいろな約束を受けつぐ(14)。
1 エペソ1:5、ガラテヤ4:4,5(*) *エペソ1:5が正しい(ガラテヤ4:4,5は2の証拠聖句)
2 ロマ8:17、ヨハネ1:12(**) **ガラテヤ4:4,5、ロマ8:17、ヨハネ1:12が正しい
3 エレミヤ14:9、Ⅱコリント6:18、黙示3:12
4 ロマ8:15
5 エペソ3:12、ロマ5:2
6 ガラテヤ4:6
7 詩103:13
8 箴14:26
9 マタイ6:30,32、Ⅰペテロ5:7
10 ヘブル12:6
11 哀3:31
12 エペソ4:30
13 Ⅰペテロ1:3,4、ヘブル1:14
14 ヘブル6:12
一 有効召命にあずかった信者が、この世で受ける祝福を、義認と子とすることと聖化の三つに区別することは、ウエストミンスター信仰基準の採用しているところであるが、近代の改革派教理学者たちは、かならずしもそれを最良のものとは考えていない。すなわち、子とする恵みを義認の一部として取り扱う人々が多いようである。
義認は罪の赦しと、原義の回復の両面を含むなら、義認の積極的な面は子とすることに他ならないと考えられている。また、他の教理学者によると、子とすることとは、天国の世嗣とされることであるから、義認が罪責に対する救いであるように、子とすることとは罪―悲惨よりの救い-に当たると考えられる。
堕落が神との関係と世界との関係の3つの面についての変化を意味したように、救いもまた対神的に義とされ、対自的に聖とされ、対世界的に神の国に入れられることに当たるとすれば、子とされることとはこの第三の面に当たるものと考えてよい。
すなわち、子とされることによって、わたしたちが受けるものは、幸福と呼ばれるべきものであって、義認が国家的法廷的な性質の事柄であり、聖化が教会的、あるいは個人的な事柄であるのに対して、子とされるとは、家庭的、社会的、国家的ともいうべき性質を持っている。救いの祝福は一つのものであるが、極めて全般にわたる事柄であるので、その恵みを各方面から考察するとき、このように三つの別な恵みとして数えることができるのである。
(補記)
米国南長老教会には、百年前からこの「子とする恵み」を強調する教理学者があった。私は「フルトン校長の生涯と神学思想」という中央神学校同窓会編著の中にこのことについて少し詳しい紹介を書いたので、参照されたい。
**********
この文章は月刊「つのぶえ」紙に1951年(昭和26)10月号から1954年(昭和29)12月号まで書き綴ったものを単行本にしたものです。「つのぶえジャーナル」掲載には、つのぶえ社から許可を得ています。「ウエストミンスター信仰告白」は日本基督改革派教会出版委員会編を使用。
単行本購入希望者は「つのぶえ社」に、ご注文下さい。¥500
465-0065
さんびか物語 (5)
(広く愛唱されている50曲)・・・4
ポ―リン・マカルピン著
(米国南長老教会婦人宣教師)
讃美歌56番 七日の旅路
<神様のみ言葉>
「これは、主が設けられた日である。この日を楽しみ喜ぼう」。
=詩篇118編24節=
主の日の礼拝にふさわしい讃美歌56番“七日の旅路”の作詞者は、イギリス人のジョン・ニュートンであります。彼は1725年7月24日に船員を父とし、信仰深い婦人を母としてロンドンに生まれました。悲しいことに、彼は7歳の時によき導き手であった母を亡くし、その後ほとんど自力で歩まなければならなくなりました。
11歳の時に(先生や友だちにきらわれ、いじめられたために)学校をやめ、父とともに海に出て5回ほど、地中海を航海しました。そうして、自分の信仰の弱さのために、悪の仲間に入り、不道徳な書物の影響によって信仰を捨て、すっかり放蕩な生活に陥り堕落のどん底にまで落ちてしまいました。
ある時には奴隷売買人の下で死ぬほどの苦役にあったりいたしましたが、父の友人であった、ある船長に助けられ、1748年船長の船に乗せられ、ようやくその境遇から救い出されイギリスへ向かうことが出来ました。
ところが、この航海のある晩、船は暴風に書き込まれ、浸水して殆ど沈没するところでした。ニュートンは他の船員と一緒に朝の3時から昼頃まで、ポンプで水をかき出し、やっとのことで助かったのです。泳ぐことの出来ない彼にとってこの恐ろしい経験は、彼を悔い改めに導き、そして回心しました。しかし、まだまだ信仰には立ち返らず、それから6年間、奴隷船の船長をしていました。
しかし、神様の不思議なみ摂理によりまして、その最後の航海で素晴らしい信仰を持っていたクリスチャンの船長が彼の友人となり、キリストを自分の救い主として受け入れる信仰にまでニュートンを導いたのであります。
その結果、ニュートンは、古き人を捨てて、幼い時に母親によって教え導かれた神様のみもとに立ち戻ったのです。1754年にリバプールに上陸すると、当時の有力な伝道者であったホイットフイルドやウェスレーの指導を受け、へブル語やギリシャ語などを学び、牧会に入るために苦労したのであります。そうして10年後の1764年に、ケンブリッジの近くにあったオルニという小さな村の国教会の牧師に任命され、そこで彼は新しい仕事に力を注いだのでした。
彼のオルニでの16年間の牧会は、本当に優れたものでした。彼は定例の礼拝を守るだけでなく、木曜日に子供会を行なったり、大人のための夜の集まりを多く持ちました。この集まりでは、聖書研究の他に集まった大勢の人々に讃美歌をも教えました。当時、イギリスでは讃美歌はまだほとんどなかったために、ニュートン自身それを書くようになりました。
また、近所に住んでいた友人のウイリアム・カウパーにも書かせたりしました。このようにして出来上がったものを、1779年、この二人の作者は有名な“Olney Hymns”という讃美歌集を出版しました。
この讃美歌は、当時のイギリスに讃美歌によるリバイバルを起こすきっかけとなったそうです。ジョン・ニュートンの作品は56番のほかに1954年版の讃美歌には6つ含まれています。その中でも、一番有名なのが194番の“さかえにみちたる”であります。この讃美歌は、特に当時のリバイバル運動に、公の集会だけでなく個人の霊的成長に力を現し、彼の最高傑作と認められているそうです(194番、287番、325番、351番、401番、409番を参考にしてください)。
1789年、彼はロンドンに代わり、82歳で亡くなるまでの長い間、熱心に牧会を続けました。老齢のために視力が衰える時まで講壇に立ち、説教を続けました。彼の柔和と熱意と寛容は市民の多くに大きな感化を与えたそうです。神様のみ力によって180度の変化を経験したニュートンの神様に対する証しは、素晴らしいものであったと思います。
讃美歌56番の曲FAITHFUL GUIDEは弁護士であったアメリカ人、マーカス・モリス・ウエルズ(1815~1895)の作品であります。彼は1858年に彼の唯一の作品である“Holy Spirit,Faithfdul Guide”(聖なるみ霊、忠実な導き手よ)を作詞・作曲いたしました。
歌詞は非常に信仰的であり曲も歌いやすいものでありましたので、たちましアメリカでポピュラーになり今日でもゴスペルソング(福音聖歌)として広く歌われています。彼の原作がそのまま用いられ、日本語で歌われることも望ましいことと思います。勿論、56番の場合にはニュートンの素晴らしい歌詞によく合っていますから、ウエルズの旋律だけが使われています。
<56>
1 七日のたび路 やすけく過ぎて
みまえにつどい かしこみあおぐ
今日こそあめの 休みのしるし
1節では、過ぎ去った一週間の旅路を振り返り、心静かにかえりみるとき、神様の愛と導き給うたことを本当に感謝として知ることが出来ます。そうして、このお恵みに満たされて神様のみ前に集い、新たな恵みをいただかんとしている、と歌っています。また、この日こそは“あめの休みのしるし”であり、一週間での最もすぐれた日であると原作には記されています。
十戒にありますように、安息日を覚えて、これを聖なる日としなければなりません(出エジプト20:8~11)。神様の律法を守りみ声に従い、キリストの救いを信じる人のみが、この“あめの休み”に入ることができるということを決して忘れてはなりません。
「信じた私たちは安息にはいるのです」(へブル4:3)。
2 あがないぬしに よりていのれば
みいつくしみの み顔をむけて
つみとがゆるし やすきをたまえ
2節では、私たちは主イエス・キリストの十字架の贖いを信じて祈りますなら、神様は主イエス・キリストへの信仰の故に、私たちに対して慈しみと愛をもって、罪人である私たちにみ顔を向けて、罪、とが、けがれを赦して下さり、やすきをお与えくださる、と歌っています。このやすきこそ私たちにとって唯一のなくてならない宝であります。
“やすしや、罪の世にも やすし、主の血によりて”(讃美歌295番1節)
3 きよきこの日に みこえきかせて
さまようものを みちびきかえし
したがうたみを なぐさめたまえ。
3節ですが、日本語訳の3節と4節は原作の方では順序が逆になっています。しかしながら、この方が、ニュートンの伝道心を明らかにしているように思います。彼にとって“きよきこの日にみこえきかせて、さまようものをみちびきかえし”と歌っていますように、聖書にもとづいた正しい福音が、すべての教会の講壇から宣べ伝えられるようにと、私たちも祈り求めてまいりましょう。
立派な建物を建てたり、社会の色々な運動に参加する以上になさねばならないことは“さまようものを みちびきかえす”ということは教会を蔑ろにてはならないからです。この第一の、唯一の役目である伝道をおろそかに致しますなら、主イエス・キリストといういのちの源から離れていることになり、そのような教会は、いのちを失い枯れてしまう樹木と同じですから、この3節は味わい深いものと思います。
4 たかきめぐみを うたうわれらと
ともにいまして さかえをしめし
あまつうたげに つかしめたまえ。
4節はこの讃美歌のクライマックスと言えましょう。“あまつうたげにつかしめたまえ”とは、1節の“あめの休み”と関係があります。原作では、この“あまつうたげ”を天上にある教会というように言っています。天上にある教会に加えられるまで、私たちは声たからかに神様のみ名をほめたたえ、地上の教会につらなることこそ“あまつうたげにつかしめ”られる大切な条件であることを忘れてはなりません。その証しが主の日(日曜日)の礼拝につらなっていることであります。
=「さんびか物語」は「つのぶえ社」の出版(第一刷1974年、第二刷1992年)で、出版社の許可を得て掲載しています。本の購入を希望される方は、
「つのぶえ社」までご注文ください。
ビルマ
戦犯者の獄中記 (41) 遠山良作 著
昭和22年
4月13日
-橋本氏ハンストに入る-・・・続き・・・
両者の対立は暫く続いたが私は遂に結論を得た。―中略―
二人は己を捨てて俺を生かそうとしている。だが私の苦悶は大きく友が思う程価値ある人間ではない。内地に帰ってもつまらないことしか出来ないかも知れん。自惚れるな、自己をよく知れ・・・。
かくして私は遂に断食を決意した。真っ先に知らせねばならない兄等には、反対されることを恐れて知らせなかった。そうして所長に「ハンスト」を宣言してから知らせて、反対しても仕方がないようにした。
かくて一人で始めた断食闘争の経過は次の通りである。
先ずゴロツキ(英人)が夕食の半減食の飯を持って来たので私は、「お前の出鱈目の報告で俺は処罰された。取り消さねば死ぬまで喰わんぞ」と言った。ゴロツキは紙を出して、もう一度言えという。「お前は嘘つきだ、俺の処罰は正当ではない」。
ゴロツキはペンで書くことを止めたので、「俺が書いてやるから、紙と鉛筆をよこせ」と言った。
ゴロツキは立ち去った。次に営兵司令が来た。私は食事を喰わぬことを言ったので、司令は印度兵の少尉を連れて再び来た。私は彼に印度語で「私はガンジーを非常に尊敬している。死ぬまで英兵と闘うのだ。そしてガンジーのようにハンガーストライキをする」と言った。
私の言動は狂人に見えたかも知れませんが、私の不十分な初歩的英語とゼスチャーを交えて話したが通じたらしい。彼は煙草を1本くれた。歩哨からは、今までのことを聞いて、好意的に手を振りながら立ち去った。
次に森通訳を連れて印度兵の准将が来た。彼とは争いたくない。通訳を通して今までの状況を話した。彼は「飯は喰わねば死ぬよ。喰った方が好いでしょう」と言う。平凡ではあるが、確かに真理であるが、私は死は覚悟していると言った。その時である。所長が来た。准将からくわしい話を聞いたが私にはひと言も言わずに無言で私を見詰めた。私は所長の眼には今まで気付かなかったが弱々しさと苦悶を感じた。
所長は「明日まで待ってくれ、明日は何とかするから今夜だけは飯を喰ってくれ」と言う。私は「今夜だけは所長の言葉に従いましょう。しかし私は決して命を惜しんで食べるのではないことを理解して頂きたい」。所長は再び明日の昼まで断食を中止してくれるようにと言った。所長は自殺防止のためか房内に入って見回りしたが形式だけである。
翌朝私は再び断食を始めた。昨夜の所長の言葉で私の気勢を殺ぐためだと考えたからです。所長が約束した13日の午後2時に処罰された吾々3人は再び事務所に呼ばれた。そこには英人の曹長1名のみいました。彼は中山通訳を介して、以下の如く申しました。
「昨日の懲罰は所長より取り消された。所長は休暇のため当分帰国するのでその間代理の所長が来る。その申し送りに懲罰者がいることは具合が悪いからである」。
斯くして私の断食の意義を失い相手が断食のことに触れぬ以上待遇問題を持ち出すことも出来なくなりました。
結局断食は何の効果もありませんでしたが、この事件によって自分は真の友情を知ることが出来、価値ある男の涙を知ることが出来ました。又自分の信念を試すことも出来たと喜んでおります。」 橋本幸男より
田室、遠山兄へ
斯くして4日間に亘る彼等との闘いに終止符を打った。
「註」 橋本氏は仏教系の大学を卒業後僧侶の職にあった。
***********
この文章の転載はご子息の許可を得ております。
「あなたに聖書を」
「キリスト教百話」・・・20
問18 前々回マザー・テレサのことに触れ、彼女は「神に聞き従うことによって、人を愛する自由を得た人であった」と言われましたが、神に聞き従うことによってそういうことが出来るのですか。また「汝の敵を愛せよ」と言われていることが本当にできるのでしょうか。
「答」 「敵」はやっつける相手であって愛する相手ではありません。ですから古来敵はみなやっつけて来ました。そうでなければこっちがやられてしまいますから、敵を愛してなんかおれません。モーセの律法といわれているものの中に「目には目、歯には歯」という規定があります(出エジプト記21:23)。
これは損害賠償法とも言うべきものであって、同刑復讐の原則です。こういう規定を造った前提には、人間は他者を敵対視するものであるという人間理解があります。しかも、目を痛めつけられたら目どころではなく、相手の手も足もやっつけずにはおかないものであることをよく知っているために「目をやられたら、目をやり返すだけで止めておきなさい」という抑制をきかせている規定です。言われた方は「そういわれりゃそうだな、まあ、その辺で済ませるか」ということになります。こうして果てしなく報復をせねば落着けない人間に対するある程度のブレーキがかけられることになります。
ところが、イエス・キリストは「あなたがたも聞いているとおり、『目には目を、歯には歯を』と命じられている。しかし、わたしは言っておく。悪人には手向かってはならない。だれかがあなたの右の頬を打つなら、左の頬をも向けなさい。・・・敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい」と言われました(マタイ5:38~44)。こうなると「とても出来ません」と言うしかありません。クリスチャンの多くはここで悩みます。キリストを信じていると言いながら、キリストが命じられているようにはなっていないからです。
しかし、ここで大切なことは、このように命じておられるキリストは、自分でその通りに生きられた方である、ということです。周知のように、キリストは自分を十字架につけた人たちのために「父よ、彼らをお赦しください。彼らには自分のしていることが分かっていないからです」と祈られました。
ここには報復は一切ありません。あるのは赦しの愛です。言い換えると、キリストの側からすれば、自分を十字架につけた者たちを「敵と見ていない」ということです。また敵は「報復すべき相手ではなく、愛すべき相手である」と見ておられるということです。「敵は戦って打ち負かす相手でも、やっつけられて倒される相手でもなく、愛する存在である」となったら、事態は変わってきます。
そう見られていることが分かったら、相手も変わってくるでしょう。「敵」にこだわっている限り、敵はいつまでも存在します。愛することが出来るかどうかにこだわらないで「敵は愛すべき者」と見定めるところに、自他の救いがあるのです。
篠田 潔
(日本基督教団隠退教師・元「キリストへの時間」協力委員・ラジオ説教者)
8月のラジオ放送予定
8月 3日 田口博之 (日本基督教団名古屋桜山教会牧師)
10日 田口博之 (日本基督教団名古屋桜山教会牧師)
17日 田口博之 (日本基督教団名古屋桜山教会牧師)
24日 吉澤 永 (日本基督教団愛知教会牧師)
31日 吉澤 永 (日本基督教団愛知教会牧師)
(放送開始1952年10月)
CBCラジオ「キリストへの時間」(1053KHZ)
毎週日曜日朝6時30分~45分放送
「ローマ人への手紙」研究 (115)
第65課 異邦人の召命とユダヤ人の拒否
9章1~11章36節(続)
F 神のユダヤ人拒否は最終的なものではない。何故なら、彼らの多くの者がキリストへ立ち帰るからである。
9章1~36節 (27)
「神は完全に、また絶対的に人間から自立しておられる」。
(11:34~35)
「だれが、主の心を知っていたか。だれが、主の計画にあずかったか。また、だれが、まず主に与えて、その報いを受けるであろうか」。
11:34~35(2)
神は永遠からすべて起こり来ることを予定しておられるが、この予定は予知に基づくものであると主張する人たちがいます。罪人の救いという問題について、この考えによると、神は永遠からある人々を永遠の生命に選んでおられるが、この選びは、その人たちが人生のある時点において自らの意思によって悔い改め、キリストを受け入れることを、神が予め知っておられたことに基づいてなされたのであると考えるのです。
勿論、この考えは神の永遠の予定と選びが真のものではなく、また効果的でもなく、単なる言葉の上での作り事であるということを婉曲に述べたに過ぎません。もし救いを望むようになることを神が予め知っておられる人たちの救いを神が予定されているのであれば、神の予定は作り事に過ぎなくなってしまいます。これは、神が永遠に聖定において人生の永遠の問題を、罪ある被造物の人間の自由意志に委ねてしまわれ、ご自身は人間がその自由意志によって決定するところを、単に承認されるだけであると言うことと同じです。これは正確に言うと、「神は自ら選ぶ者を選ばれる」という教えだと言ってもよいのです。これは人間の選択が真に有効であって、神の選択は人間の選択の単なる批准に過ぎないことになります。
このような神の主権性と自立性の否定は、聖書の入念な釈義からは決して出てこないものです。このような見解を持つ人たちと話してみると直ちに、彼らが一種の人間中心の推理に立って立論していることが分かります。彼らは神の主権性と人間の自由、責任を調和させることができないので、神の主権性を事実上否定して、人間の自由性を擁護することによって、このパラドックスから逃れようとするのです。
私たちの教会が立っている改革派神学は、畏れつつこのパラドックスを未解決のままにしておくのです。このパラドックスは聖書の中に深く座を占めていることを知って、それら両者のいずれをも犠牲にすることなく、双方とも主張するのです。
この問題を巡って極めて粗雑な論議がなされている。時々、カルヴァン主義は神の主権性を教え、アルミニウス主義は人間の自由と責任を教えている。私
たちはカルヴァン主義とアルミニウス主義の両方を取り入れて、真理を全体的に捉えならなければならないと言われる。このような考え方は、ある人々に訴えるものをもっており好評を博しているのです。そのような事実が現実にあるので、ここで反論しておかねばなりません。
J.G.ヴォス著
玉木 鎮訳
(日本キリスト改革派引退教師)
祈 り
夏の高校野球の地方大会が始まりました。高校3年の娘の友達が野球部のマネージャーを高1から高3の今も続けているそうで、応援に行きました。毎年、一回戦敗退なのが勝ったのです。お母さん、奇跡だよ!と家でわアーわア泣いておりました。そんな娘を見てうれしくて私も貰い泣き・・・。2回戦は見事?コールドゲームで負けました。3年生の選手には忘れられない生涯の1勝でしょう。それぞれの夏、北海道は秋を告げる高校野球です。夢中に、無心になれる高校時代は青春なのですね。・・・。
北海道 S・Kさん
子供の頃から人と話すのが苦手で、私がクリスチャンであることは知られていません。そんな友人からお盆の行事の苦労話を聞くのです。普段はあまり宗教的な事に興味が無くても、仏教行事はしなければならない方が、この時期、多いように思います。また、他の宗教の勧誘などで困っていたり、とも聞きます。そんな時、最近は勇気を出して説明したりもします。
友人達も40代に近づくといろいろな事があるようで、ジャーナルを読んでは、こうやって大変なことを乗り越えた方もいらっしゃるようだよ、といった話はよくします。そういう意味合いではまだまだ無力さを感じます。友人の話に相槌を打つだけでもその方の荷が軽くなるといいと思い、接するように心がけています。家庭の中での母親の役割の大きさを実感する年齢になりつつあります。
宮崎県 S・Kさん
その後、体調いかがですか?「つのぶえジャーナル」ありがとうございます。私は、乗り物克服に母とバスで紫陽花を見にいきました。その時の写メールを送ります。やっぱりしんどかったですが、母と思い出が作れました。暑いですが、お身体ご自愛くださいね。
大阪府 K・Aさん
備えあれば憂いなし、と言う言葉があります。どの家にも防犯のための備えがあります。その備えを壊して盗人は入ってきます。国の備えが今ニュースを賑わしています。それぞれの意見や考え方には一理があり、賛否を選択することは私には出来ません。無関心は許されません。自分の家の戸締りを無くす勇気はありません。自衛のための対策が、時に凶器になり、不信が疑心暗鬼に成り、事件が起こるたびに戸締りを強固にします。私に出来ることは罪を犯させないための最低限の備えをしたいと考えています。戦争の悲惨さを体験した者として、あなたの敵を愛しなさい、というみ言葉を笑われても言い続けたいと思うこの頃です。平和は多大の苦悶と犠牲を強いられることを決して忘れてはならないとの思いが心に残る日々です。
沖縄県 T・0さん
「みんなでわいわい・ご意見コーナー」
★ 「ねじばな」の写メールを送ります。華やいだ花でもなく、目立つこともなく、草原に咲いている。何だか私みたいです・・・。
★ Wカップの試合で寝不足が続いておりましたが、日本の試合が終わってからは、何時ものように冷静に、楽しく?TV観戦していますが、息子は日本が負けてからは殆ど見なくなりました。それまでの家族の会話はWカップ中心でしたが、今は、元の姿?になりました。息子はサッカーの練習にも気が入らないままですが、前もそうでしたが、そんな時大きな怪我をするのではないかと心配です。私は録画で楽しんでいますが・・・。
★ 台風が去った後も、まだ蒸し暑さが残り、くもり空が続いています。私はこの蒸し暑さにげんなりしています。散歩をしていると、もう夏の花が目を楽しませてくれます。グラジオラス、むくげ、早いおうちではもう朝顔が沢山咲き誇っていました。頑張って美しい花を咲かせている花たちには有難うとお礼を言いたい気持ちにさせられます。夕暮れになると早や蝉が鳴き出し始めました。夏はこれからだと思っていましたが、蝉たちにとっては夏の終わりを感じ取っているようです。
『ありがとうございます』
アマリリスとカラーです。水くれせずに室内で越冬し、春に植え替えますと、近況メール 写メールをいただきましたが、それぞれの夏をお迎えのことと思います。幼いころの夏休みの思いでは、記憶にないのですが、日に何度か玄関先の道に水撒きしたことをふと思い出しました。まだ舗装ではないので、どこに家での砂埃のためと、ひと時の涼しさのためだったのでしょう。車よりも荷馬車の時代です。
宮城県の信友からメールが来ました。心の奥深くにある孤独や不安は、老若男女、それぞれ抱えていて、だんだんと笑顔に影が見えるので気がかります。信仰者としての役割を痛感し、無口で口下手な私なので、この「ジャーナル」をコピー配布して来ました。「ジャーナル」がなければ、ただ思っているだけです。本当はお邪魔して、膝を交えたお話が出来ればよいのですが、ない物ねだりです。東北人は我慢強いのが、寂しい笑顔に成ります。瓦礫のない荒涼とした空き地、暗闇の中の街燈は、一人一人の気持ちのようです。お祈りください、と結ばれていました。
「つのぶえジャーナル」が口コミや紹介で広がっていることは、編集子としてうれしいことです。がんばります。
『つのぶえジャーナル』・『つのぶえ社』の活動のための寄付者
藤掛朔生様 菊池すみ子様 馬場暁美様 島田祥子様 新堂道夫様 太田敏子様 鶴原澄子様 美田良雄様 匿名様3名
郵便振替口座番号 00800-1-45937 つのぶえ社
2014年6月16日から7月15日‘まで
『水琴窟』
風鈴が梅雨に雨にうたれていました。夏の前ぶれを告げる蛍、金魚鉢。今は馴染まない麦藁帽子などが思い浮かんできます。石灯篭のある庭に足をとめてしまうのですが、下手なのですが庭先にある見なれない花を写メして花図鑑で調べたのがヒオウギ(緋扇)でした。日本にも自生しているやや大型の夏咲き宿根草です。厚みのある剣状の葉が何枚も重なり合い、扇を広げたように見えることから、この名前でよばれています。力強く端正な草姿で、古くから庭植えや生け花材料として親しまれてきました、とありました。季節は好奇心の宝庫です。
お便り下さる方はこのメール アドレス osamura@kind.ocn.ne.jp をご利用ください。
「つのぶえジャーナル」(米国南長老教会文書伝道事業)刊行責任者
つのぶえ社代表 長村秀勝
今月のことば
もし最初の確信を、最後までしっかりと持ち続けるならば、わたしたちはキリストにあずかる者となるのである。
=ヘブル3:14=
この世は不平等と不条理に満ちていると言われています。しかし、全人類、全被造物に等しく与えられているものがあります。それは2014年1月と言う日であります。誰もが願い、考えることは「幸せ多い年であってほしい」という思いです。この年も6ヶ月が過ぎました。そして、それぞれの国、民族を超えて等しく迎えたのです。しかし、いろいろの事情で7月を迎えることなく終えた人もおります。
私たちは「確信」をもって、一年を始めたはずです。振り返って、この「確信」は何だったでしょうか。世間の規準とは異なります。聖書が私たちに教える「確信」は、「自分の弱さや無能力を自覚して、神の力に目を注ぎ、神の助けに望みを抱くこと」なのです。自分の視線を神に向けると言うこと、それが「確信」と言うのです。
人は、自分の確信を自分自身に置くのです。聖書は「キリストにあずかる者」と私たちに語りかけます。なぜでしょうか。それは、私たちが自分自身の努力・精進が全面的に無意味・無価値と言うのではありません。それは、とても大切なことです。
しかし、それとは全く別の視点で自分を見つめなおす時、謙虚に「自分の貧しく無力な者として神と向き合うことは、決して、無意味なことではありません。むしろ、大切なことです。
キリストは、常に私たちの救い主であられます。私たちは「最後までしっかりと持ち続ける」ことを、このみ言葉を通して考え、改めて7月からの日々を歩もうではありませんか。一日一日をキリストなしでも過ごせるようなことになる危険・誘惑に陥らないために、「確信」に生きましょう。
小閑記
どうか、わたしたちの主イエス・キリストご自身と、わたしたちを愛し、恵みをもって永遠の慰めと確かな望みとを賜るわたしたちの父なる神とが、あなたがたの心を励まし、あなたがたを強めて、すべての良いわざを行い、正しい言葉を語る者として下さるように。
=Ⅱテサロニケ2:16~17=
このように言われている恵みを内なるこころに・信仰に得ていると言う力強い神の賜物をいただいていたいものです。イエス・キリストと父なる神は、あなたも私たちも愛して下さっていることが分かります。このことだけで、全ての悲しいこと、暗い心を払いのけるに十分であります。
主が私たちを愛して下さるほかに、恵みをもって、永遠の慰めと、確かな望みとを下さいました。その慰めは、この地上の限られたことだけではなく、考えられない永遠のものなのです。それは、昨日も今日も、明日も変わることがないと約束して下さいます。
無力なものの約束なら、空約束で信頼できません。しかし、全てを支配し、言い表しがたい喜びの持ち主、「変化とか回転とか影とかいうもののない」お方、その方が恵みをもって、その所有を賜うとの約束です。その約束を、私たちのことを吟味し、判断してのことではなく、ご自身の愛と恵みのご好意・ご行為なのです。
この約束は、私たちの全ての重荷と暗い思いとを取り去るに十分な力なのです。私たちの短い人生の旅路において、光り輝く希望はこれ以外には絶対に存在いたしません。
信仰の迷いに陥っている方にお勧めいたします。あなたの信仰の目を、あなたの心の目を、神の愛と恵みと救いのみ業に今一度向けてみましょう。下を向くのではなく、神を見上げるのです。み言葉に目を、心を向けることです。
神の「永遠の慰めと確かな望み」は空約束に思えますか。神の輝きは小さな消え行く光にしか見えませんか。
キリストの十字架の死とよみがえり、聖霊の働きと約束は、必ず喜びに変えます。
主の愛を信じましょう。
上河原立雄
眸
主人が定年退職して2ヶ月になりますが、無気力、無感動の日々が気になり、総合病院で定期的な健康診断に合わせて検査を受けました。仕事にも、教会の活動にも積極的な姿とは別人です。極度の疲労で仕事から解放された「燃え尽き症候群」の疑いがあると言われました。「燃え尽き症候群」は、極度の疲労のほか、周りがどうなっても構わないなどと感じるのに特徴があるそうです。通勤時間を含めた生活を振り返りますと長時間労働の人と言えます。また、平均睡眠時間が少ない人でした。休日も家族サーヴィスで少なかったりでした。
健康が自慢で、それが当り前と思い込んでいた私の怠慢を思うとき、本当に主人に申し訳ない気持ちです。専門医の指導を受けていますが、「怠け者の主人にしてください」と祈っています。
大阪府 T・Wさん
外国人宣教師が明治期に山を越え歩いて伝道していた地の集会を引き継いで牧会・伝道活動を夫婦で支え合って、苦楽を共にしてきました。不便なところでしたから、礼拝時間は、午後からでしたが、来られる皆さんはおにぎりなどお昼を持参して、皆で食べながら楽しい時を過ごしてからの礼拝でした。危険な道、日暮れを心配しながらや雨風を気にしながらでした。終わると家路です。そんな集まりでしたが、家族が信仰に入り、賑やかな時もありました。今は、その当時の方々は召され、残されたのは私たちだけになりました。それでも車で行けたときには、町の教会に行きましたが、今は、それもかなわず、夫婦だけの礼拝になりました。牧師の習性でしょうか、式次第を毎週作って礼拝しています。今も短いですが説教準備の原稿で話しをし、祝祷もています。これから何時までこの夫婦だけの教会の礼拝が続けることが出来るのだろう、とふと考える時も多くなりました。前庭には色とりどりの花がさいています。
あなたはまだ若い。「つのぶえジャーナル」さん、頑張りなさい。
愛媛県 I・Sさん
お元気でしょうか。清々しい日が続きますが、いつも土曜日の午後は健康のためウォーキングを1時間くらい行っています。以前私の勤めていた工場跡に行ってみました。今は、団地とショッピングセンターの予定になっています。国破れて山河あり、でしょうか。
いつものように県営の運動公園に行くと、栃木の花が咲いていました。桜のように華やかなところのないひっそりと魅力のない花です。秋には、栗に似た実がなります。来週は還暦過ぎの男が、生産応援のために一週間岡山県の津山へ出張です。お元気で。
栃木県 K・Aさん
神様の御名を讃美申しあげます。
久しぶりにメールを戴きまして、早速ご返事を・・と思いながら 3週間も過ぎてしまい申し訳ございませんでした。月日があまりにも早く、身体も心も思う通りには就いていけなくて、何事も後回しの状態です。昨年の11月に交通事故に遭い車は大破しましたが、人身事故は軽症で、私は膝と足首の打撲で、接骨医院での治療もようやく終わった所です。気温のせいもあったのでしょうか、寒い時期は痛みましたが 暖かくなってようやく完治いたしました。それ以来、車に乗ることが怖くなり、生活圏を殆ど歩いて行ける範囲にして、焦らず慌てずゆっくりした日常生活になりました。時には不便な事もありますが歩くことを健康のバロメーターとしています。
25年間ボランティアでサポートしていた98歳と96歳のご夫婦が3月と5月に亡くなられて、淋しくなってしまいました。身内のような存在感でしたから 本当に淋しく悲しかったです。今は25年間のお交わりは、感謝で一杯です。神様は、この悲しさ寂しさは人に仕える限界を知らしめて下さって、神様にお仕えする事の無限の喜びが備えられている尊さを一層に深く教えられました。主人の趣味の畑で採れた「玉ねぎと馬鈴薯」を少し送りましたので、どうぞお召し上がりくださいませ。
岐阜県K・Tさん
自閉症者のひとりごと
(85)
5月15日
昨日、整形外科へ行ってきました。診察の結果、2箇所のヘルニアが痛みを作っている。だが、これをレーザー治療すると75%〈治る〉と言われた。
すごーく動揺しました。〈治る〉と言うんですから。で、痛みと共存していくにはと問うたら、あなたが辛抱できればいいよ・・・に、言葉が出ませんでした。この30年間痛いと言い続けたこと、器械まで埋め込むほど堪え忍んだこと、思わず、お願いしますって言いそうになりました。といっても、自費診療、お金はどうするんだ。一家を担う人ならともかく、わたしは無職だ。どうしても治さなければならないというわけでもない。
昨日はものすごく動揺したけど、今はなんとか収まっています。焦って答えを出すのは、危ないので、神様がどう備えて下さるか、待とうと思います。6月には麻酔科も精神科もあるので、参考にすればよいから。その間、おかしい方向に進まないようにしなければ。
6月9日
土日と主人の実家に行ってきました。両親と姉妹家族12人が、勢揃いしました。子どもがいることから、遮光グラスではなく、普通のメガネをしていました。居間では、わたしの苦手なテレビやパソコンの音と光が、日光が、容赦なく襲ってきました。我慢出来なくて、2階に上がったり下りたりしていました。そのせいか、膝痛腰痛、アトピーで、帰宅するとバッタリ。今日は動けません。ストレスというのは体に表れる。
加納さおり
東京大学大学院人文社会系研究科博士課程
いのちのことば社
スーザン・ハント
「緑のまきば」
「聖霊とその働き」