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ビルマ
戦犯者の獄中記 (36) 遠山良作 著
昭和22年
4月9日
―ハンストを計画―(2)
こんなことを考えていた矢先に起きた昨夕の殴打事件である。私は同房にいる田室さんにもこの考えを話した。
田室さんは、島根県の出身者で北支の三期生で、私より一年先輩である。「シャンユウ事件」で3年の刑を受けているが、まだ他の事件で取調べを受けているので、近く
再び起訴されると思う。彼とはモールメン着任以来い共に行動し、また終戦直前には、もし日本軍が「ビルマ」から「タイ」国に撤退する時も近いその時は、「ビルマ」に残って、残置諜報の役をすることにして、その準備を進めてきた仲である。死なば共にと思っている。
お互いに気心もよく分かっているから直ぐ同意してくれた。私はその準備のために、今まで書いた日記は雑房にいる前原軍曹にこの決意を書いて、預かって貰うことにした。もし死ぬようなことがあれば、日記だけでも家に届けて頂くように依頼した。
この棟(独房)にいる友だちには「ハンスト」を実行する理由・目的を説明しなければならなかったが、監視が厳しいので、洗面場や便所で十分に話すことが出来ないので、文書を書くことにした。
監禁されている29名中の12名を選んで回覧し、同意を求めた。
文書の内容は
「今日まで戦犯者であることの理由で、英軍より不当なる取り扱いを受けてきました。今も蚊帳を取り上げられてこまっています。この件に就いては再三訴えてきましたが、取り上げてはくれません。それのみか、昨夕は英人によって友が殴打された事件さえ起こる始末です。私たちは黙ってこの事件を見過ごして良いのでしょうか。
いつも我々の背後にあって、力付け、応援してくれている日本軍もやがて日本に帰ってゆくでしょう。既に第一船、第二船は日本に帰ってゆきました。この友軍が全部帰って行った時、我々は心の支えを失うことになります。その時になってから、今まで以上の悪い処遇を受けるようなことがあっても、それに耐えてゆくか、或いは死を選ぶより道はないのです。
その時になってから私たちがどんな行動を起こしても、遅いと思います。一昨日の殴打された事件を契機として「断食闘争」する好機であると思います。戦犯者である我々が、断食した場合は、自然に「アロンキャンプ」にいる部隊にも知れることにとなります。例え我々の要求が刑務所側に受け入れられないとしても、内地に帰る部隊に、戦犯者が「断食闘争」をしていることを知ってくれたことのみでこの闘争の意義は十分に果たされると思います。生か死かの重大なる問題でありますが、私たちの趣旨を理解して賛成して頂きたいと思います。
この行動が幾人かの上級者にも相談せずに行うこと故、一時的には迷惑をかけるかもしれませんが、私たちの真意を理解して下さるなら必ず許してくださることと思います。
要求する事項は次の通りであります。
要求事項
1 歩哨が殴打した事件の解決
2 蚊帳を取り上げたことは、不当であるから返してくれること
右の趣旨に賛成者は氏名を書いてください
と独房にいる29名中12名に送った。
この文章の転載はご子息の許可を得ております。
「あなたに聖書を」
「キリスト教百話」・・・15
問14 キリスト教では「三位一体」というそうですが、それはどういうことですか。
答 「位」というのは「位格」ということでして、神は「父、子、聖霊」という三つの位格を持って一体である、ということです。讃美歌の歌詞の中には「父、み子、みたま」という言葉で出てきますが、これは「神は父であり、子(イエス・キリスト)であり、聖霊であるという三つであって一つである」という神様理解を言い表している言葉でありまして、英語ではTRINITY(トゥリニテイ)と言いますが、キリスト教の信仰の独自性といえます。
理屈からいうと「三つが一つ」であり、また「一つが三つ」であるということはあり得ません。また「神様は神様だといっておれば良いのであって、どうして三位一体の神だなんてややこしいことを言うのか」という疑問や批判が出て来て当然です。
結論から言うと、神が三位一体の神であるということは、神が超然としていて人間や世界に関わりを持とうとしない方ではなく、本質的に、交わりの主であられるということです。つまり、神様は、御自分の方から人間に呼びかけ、人間と交わり、人間との関わりを求めておられる、ということです。
クリスマスは神の子の誕生のお祝いです。神の子が生まれたということは、父である神がその子であるイエス・キリストをこの地上の世界に、そして歴史の中に遣わされたということです。ところが人間はこういう事情が分かりません。こういうことを理解する能力を持っていないからです。
そこで神は、以上のことを分からせるために、聖霊を送って下さいました。この聖霊を受けたことによって、人間はキリストが神からこの世に遣わされた神の独り子であることがわかりました。
以上のことは、人間が神を知るのは、父である神が、子である神をこの世に遣わし、そのあと聖霊を送られたことによることを示しています。逆に人間の側から言えば、聖霊によってイエスが神の子であり、そのイエスを遣わされたのがイエスの父であることを知ることが出来るのであって、この「神が三位一体のかみであられること」(これを「神の三一性」といいます)が、神が人間への交わりを求めてやまない「愛」を本質としておられる方であることを表しているのです。
人間の場合でも、親は、生まれたばかりの子どもに、子どもに通じるように言葉づかいや仕草を変えます。子を愛し、子への交わりを求めてやまないからです。三位一体の神ということも、そういうことから理解の糸口が見出せないでしょうか。
=「聖霊に関するメモ」=・・・1
港で帆船を手入れをしている老人に、ある人が「爺さん、舟はどうしたら動くかね?」と尋ねました。爺さんは「わしゃそんなことは知らんよ。ただ風が吹いてくれりゃ動くことは確かだがね」といいました。
イエスは「風は思いのままに吹く。あなたはその音を聞いても、それがどこから来て、どこへ行くかを知らない。霊から生まれた者も皆その通りである」と言いました(ヨハネ3:8)。
クリスチャンは、風(へブル語では風も霊も同じ言葉です)に吹かれたので、「よし、それなら船出しよう」と停泊地(この世)から、神の国へと船出したようなものです。あとは、風に逆らわぬよう舵をとることです。
(篠)
篠田 潔
(日本基督教団隠退教師・元「キリストへの時間」協力委員・ラジオ説教者)
3月放送予定
2日 辻 幸宏 (日本キリスト改革派大垣教会牧師)
9日 辻 幸宏 (日本キリスト改革派大垣教会牧師)
16日 木下裕也 (日本キリスト改革派名古屋教会牧師)
23日 木下裕也 (日本キリスト改革派名古屋教会牧師)
30日 長谷川潤 (日本キリスト改革派四日市教会牧師)
(放送開始1952年10月)
CBCラジオ「キリストへの時間」(1053KHZ)
毎週日曜日朝6時30分~45分放送
「ローマ人への手紙」研究 (110)
第63課 異邦人の召命とユダヤ人の拒否
9章1~11章36節(続)
F 神のユダヤ人拒否は最終的なものではない。何故なら、彼らの多くの者がキリストへ立ち帰るからである。
9章1~36節 (22)
「あなたがたが、かつては神に不従順であったが、今は彼らの不従順によってあわれみを受けたように、彼らも今は不従順になっているが、それは、あなたがたの受けたあわれみによって、彼ら自身も今はあわれみを受けるためなのである」(11:30~31)。
これら二つの節において、パウロは今まで述べてきたことを繰り返し確認して、ユダヤ人の場合と異邦人の場合との間の顕著な類似性を示しています。異邦人たちはかつては不従順であったが、ユダヤ人たちの不従順を通じてあわれみを受けたのです。ユダヤ人たちは今は不従順であるが、異邦人が救われることによって、彼らもあわれみを受けるのです。これは両者の場合、あわれみを受ける機会が同じではないので、正確な類似とは言えません。しかし、その相似性は極めて顕著であると言えます。
「あなたがたが、かつては神に不従順であった」。ギリシャ語の原文はhave
refused belief and obedience です。これは聖書は、信仰とは神への従順の業であり、不信仰は神への不従順であるとしている真理を明らかにしています。人はキリストを信じるように招かれているのみでなく、キリストを信じることを命じられているのであり、信じない者は神の命令に不従順とされるのです。
「すなわち、神はすべての人をあわれむために、すべての人を不従順の中に閉じ込めたのである」(11:32)。
「この主張は、神はその摂理と恵みの経験によって、異邦人とユダヤ人のすべてが、次々と罪人としての彼らの性格を明らかにし、歴史上において自らを不信仰なものと告白するように導かれたのである。・・・彼らすべてが自身をこのように明らかにするために、神が許容されたのではなく、神が直接に支配し導いて明らかにされたのである。人間を罪にゆだねたことにおいて、神が主権を取られたのは、刑罰的な性格を持つものであり、人間に自由と責任と両立するものであって、神ご自身の聖さとも矛盾するものではない。
神が彼らの罪の原因となられたのではない。神は摂理の業によって彼らの罪が表わされ、それらがあらわにされる様式をも決定されるように計らわれたのである。神が異邦人とユダヤ人を同様に扱ってこられたことを示すことも、パウロの意図の中に入っていると考えられる。ユダヤ人も異邦人も同じ立場に立たされている。
彼らは共に神の主権的な恵みのみが救い出すことが出来る状態の中に沈んでいたのである。すべての者が同じく惨めで望みの無いものであったから、神はユダヤ人も異邦人も共にすべての者の上に、恵みを注ぐことと、キリストの羊の群れの中に入れることとを決定されたのである」(ホッジ)。
J.G.ヴォス著
玉木 鎮訳
(日本キリスト改革派引退教師)
祈 り
仕事で疲れてしまう時、何も出来ない、何もしたくない。そんな時、母の声が聞きたくなります。元気な時は忘れている母の声ですが、心弱ってしまうと、神様の声より母の声が支えになります。母は私のことを祈っていてくれていると信じているので、母の言葉がほしくなります。一通り泣き言を聞いてからの決まりごとは「お祈りを忘れないように」です。この言葉が聞きたくて電話しています。そして、祈ることが出来ます。まだまだ独り立ちしていない私を、神様はどのようにご覧になっているのでしょう。・・・。
新潟県 T・Tさん
ホームヘルパーを職業として選んだ動機は、疲れ果ててしまっていた父の母の介護の日々に、暖かく手を差し伸べて下さった介護の方々への感謝の気持ちからでした。あれからもう6年目になりました。高齢者が寝たきりだったり、認知症の場合、とても1人や2人の手には負えません。介護している側が、過労になったり、精神的に疲れてしまうというケースになりがちなのです。
ご本人やご家族のお顔を思いながら、出掛けます。限られた時間です。他の方もおられます。お話ししたいと思いますが、私の仕事はお話することではありませんので、心を残しながら、またね・・・と言いながらの毎日です。元気が続く間、頑張ります。
疲れた時、「つのぶえジャーナル」さんから力をいただいています。
山口県 D・Pさん
「みんなでわいわい・ご意見コーナー」
☆ 煙草やめれば健康にも良いし、家族からも嫌われずにすむので、年に何回も決心しては挫折・・・。家族もあきれるやら、またあ・・・という感じ。限られた小遣いの中にはお昼の食事代もあり、タバコを止めれば良いのにと分かっているが、禁煙は本当に難しい。今までは完全禁煙を決心しては失敗。今年から、吸う本数を減らすことにしたら、気が楽になっている。今までは40本だったが、今は朝2本、お昼2本、夜2本にした。職場は禁煙なので仕事中は吸わないので、何とかいけそうな予感がしているが、家は全く信用していない。父親復権のために頑張るぞ!
☆ メガネの置き忘れ、鍋のこがし、メモした買物の抜け落ちなど、ああ私も認知症?かとがっかりしています。それでも忘れないものがあります。テレビの前に大きくNHKBSのサッカーの時間の張り出しです。それは良いのですが、試合に夢中になり、煙感知器が大活躍です。忘れないのは聖書を読むこと、食事を作ること、一日を感謝することです。
☆ 間もなく春が訪れるかと思われた日から急に寒さの厳しい天気予報の週末です。もう使わないで済むようになってきていた暖房をまた活躍してもらわないと冷えます。母も田舎の寒さは堪えている様です。春が待ちどうしいです。寒椿の花も綿帽子をかぶっています。庭に遊びに来る小鳥たちも身体をふくらませて耐えています。
☆ 何十年ぶりかで屋根から落ちてくる雪の音を聞きました。本当によく降りました。所によって未だに通行止めの所もあります。マンションの入り口の階段の雪かきをしてきました。スローブは、無理でした。何しろ道具がありません。 足とデッキブラシでしました。昨日1日中降っていましたので 解けたと言っても10センチくらいは積もっていました。使わない所は、解けるのも遅いです。私には久々の雪かきでした。息子は雪の落ちる音がうるさかったと言っていました。
=2月14日撮影・雪の奈良 マンションから朱雀門を見つめて=
『ありがとうございます』
ご近所の方が、庭に咲きましたのでと、数本の水仙(雪中花)を下さいました。食卓に甘い香りがありました。春を運ぶ花なのでしょうか。冷たい風の中や雪の中で耐えている命の強さを、うすい黄色と少し濃い目の黄色の花からは想像できない逞しさを秘めているかのようです。
3月、旅たちと別れの月でもあります。四季があり、節目があり、人生があります。ある万葉の歌人の道しるべの本を読んでいて、折々の花が詠まれていて、日本人は、見る花と、詠む花があることに気づききました。
『つのぶえジャーナル』・『つのぶえ社』の活動のための寄付者
青木和代様 木村睦子様 匿名様 1名
郵便振替口座
番号 00800-1-45937 つのぶえ社
『クリスチャン音楽家を支える会』への寄付者
匿名様 1名
便振替口座番号 00870-2-92464 クリスチャン音楽家を支える会
2014年1月16日から2月15日‘まで
つもった雪
土の雪 さむかろな。
つめたい月がさしていて。
下の雪 重かろな。
何百人ものせていて。
中の雪 さみしかろな。
空も地面もみえないで。 (金子みすゞ童謡集 わたしと小鳥とすずと)
『水琴窟』
2月号・「祈り」の00県00さんの記事は、自分のことじゃないかと、近況を含めたお便りをいただきました。冷たい雪景色の中を、車で教会に行かれておられる。81歳になられても、その地の伝道所で奉仕されている引退教師です。改めて、伝道への熱い思いに敬服させられました。
一月は行く、二月が逃げる、三月は去るとか言いますが、一月はあっという間に行ってしまいました。町内の役員をやっていて、今夜、総会のような会議が終わりました。まだ、若干行事が残っていますが、だいぶ肩の荷がおりました、とメールがありました。仕事を持ち、教会でも役を受け持っておられる方です。
若さだけではないですね。教会を支えようとの信仰の証ですね。
メール アドレス osamura@kind.ocn.ne.jp をご利用ください。
「つのぶえジャーナル」(米国南長老教会文書伝道事業)刊行責任者
つのぶえ社代表 長村秀勝
今月のことば
「われわれは、ただちに行って、主の恵みを請い、万軍の主に呼び求めよう」。
=ゼカリヤ8:21=
「行く」→「請う」→「呼び求める」・・・。この順番は、大切です私たちはしばしばこの逆をいます。
神様からの祝福をいただくためには、神様が良しとなし給う時と所と仕方で、私たちに祝福である救いのみ言葉を教えます。しかし、私たちの方が先ず、ある特定の場所に行かなければならないということも教えています。しかし、最初はなぜそこに行かなければならないのか良く分からないが、とにかく行って初めてその理由が分かるという場所に行かなければならないのです。
旧約聖書に登場するモーセという人物は「もし神が私に出会おうとされるなら、神はもちろん私がどこにいるかご存知なのだから、私をすでに見出しておられるはずだ」などとは考えず、「モーセは、立ち上がって「行か」なければならなかったのです。モーセは「燃える柴のところに行かなければならなかった」(出エジプト3章)のです。
クリスマスの夜の羊飼いたちは「もし神が私たちに救い主を示そうとされたのであれば」と待つのではなく、「行か」なければ、幼子に出逢うことはできなかったのです。
神様は、常に「行か」なければ、救いの道はないと教えています。神様に出会うために、特定の場所へ行かなければならないのです。み言葉を聞くために、聖餐の恵みに与るために行かなければならないのです。
神様との出会いなくして、「請う」ことも「呼び求める」ことも出来ません。私たちは「求め」ます。しかし得られません。それは何故でしょうか。それは求めているものが「自分の要望・願望」が優先しているからではないでしょうか。神様に傲慢にも請求・要求していないでしょうか。
私たちが「請い、求めるもの」は、具体的です。
「心をつくし、精神をつくし、力をつくし、思いをつくして、主なるあなたの神を愛せよ」。また「自分を愛するように、あなたの隣り人を愛せよ」(ルカ10:27)。
この思いを持ち続けたいものです。
小閑記
「あなたがたは、久しい以前からすでに教師となっているはずなのに、もう一度神の言葉の初歩を、人から手ほどきしてもらわねばならない始末である。あなたがたは堅い食物ではなく、乳を必要としている」。
=ヘブル5:12=
信仰は成長するものです。その証拠は、自分の醜さ、弱さ、不完全さを知ることにあります。霊的に幼稚なキリスト者という表現がありますが、それは成長の止まった姿でもあります。この冒頭の聖句の中に「乳」ということばがありますが、人が成長するとともに、乳幼児食から、堅い食物へと移行します。では「もう一度・・・初歩を」という時に、忘れてならないものがあります。それは、幼子のような信仰を失うという意味ではありませんし、最初に神様と共に生きたいとの思いが、それを止めることでもありません。
そうではなく、訓練された信仰の感覚を得る方法は、神様と子供のような交わりに生き続けることに戻るということです。私たちが、イエス様を知り、信じ、受け入れたように、主にあって歩まなければならないという、希望の道・歩みでもあります。
罪を憎めなくなったり、祈りの部屋から遠ざかり、恵みを求める心を失うことに陥っているなら、自分はキリスト者として成長から外れていると思いたいものです。
堅い食物とは、聖書を暗記し、キリスト教の知識を理解するということと同じではありません。そうではなく、信仰の霊的な知恵を得ること、すなわち、善と悪との区別、真実と欺瞞、まじり気のないキリスト教とキリスト教的との分別、これらのものを、今一度取り戻すことの大切さのことです。
愛に根ざして「人知をはるかに越えたキリストの愛を知る」ことは、「乳」を必要とした幼子のような神への信頼が必要なのです。今、キリスト者は神について知る知識は豊かになり、それを知る方法も豊富に備えられています。それ自体、感謝なことです。しかし、それが神様を知り、しかも親しく知ることへと成長するなら、こんな祝福はありません。
そのようなキリストの恵みと知識に、ますます豊かに成長しようではありませんか。
上河原立雄
眸
お正月用にと送られてきた母の手作り野菜も残り僅かになり、月日の経つのを実感しています。87歳になる母は毎日畑に出ているようです。母には、寒さは心臓に良くないよと言いつつ、次は何を送ってくれるかなあ~と楽しみにしています。無理はしてほしくない。健康のため好きな畑で過ごしてほしい。離れていると心配ばかりしています。お互いに信仰の恵みを語り合えるのが一番うれしいことです。
福井県 W・Nさん
通所施設にお世話になっている娘が成人になり、職員の方々の手作り会場でお祝いして下さいました。お医者さんからは成人式は無理でしょうと言われていました。何度も繰り返した入院。諦めかけたこともありましたが、その都度、神様が命を支えて下さいました。そうして成人のお祝い。主人と流れる涙を流しました。こんなにも涙があるのかと思うほど、うれし涙を流しました。この施設に入った多くの仲間は、成人式を迎えることなく召されました。そのお母さんたちを思うと、申し訳ない気持ちでこの時を迎えました。気にしなくてもいいんだよ・・・の言葉が心に残るのです。
長崎県 W・Kさん
「つのぶえジャーナル」はパソコンで拝見しています。皆さんのお便りを最初に読みます。私は一人で毎日を過ごしております。62歳です。3人の子供たちは、東京です。主人が召されて9年目になります。元気な時は主人の車の運転で1時間ほど離れている教会に何十年と通っていました。それが当り前で、何の不便も感じませんでしたので、つい運転免許を取り損ねてしまいました。主人が元気な時に、免許を取っていればと後悔しています。買物や通院は幼馴染の方の好意に甘えて不便はありませんが、礼拝だけはお願いできずにいますので、クリスマスの時だけ迎えに来てくださるので出掛けられます。今は、パソコンがありますから、教会の方とは交信していますが、やはり心からの讃美は出来ないこと、聖餐の恵みに与れていないことが寂しいですね。主にある交わりは、礼拝・讃美・聖餐の中にあるのですね。・・・・。
群馬県 T・Yさん
自閉症者のひとりごと
(80)
12月28日
今日も痛みで、布団に転がっています。鎮痛剤が効かないので、お腹にカイロを貼って、痛みが去っていくのを待つしかないのです。でも、今日は久しぶりの外出だから、コルセットをして行こう。来年も痛みとお付き合い。よいお年をお迎え下さい♪ 母は要介護5と判定されました。
1月4日
主人の実家に年末から3日間行っていました。頭も身体も心もガタガタ、ボロボロ状態。元気になれるには時間がかかる・・・・。あああ~。
1月10日
薬を飲むと睡魔に襲われ、その場で寝込んでしまう。昨日、煮物をしていて眠ってしまい、煮物を焦がして煙感知器が作動して消防自動車の出動となったが、寝ていたので気付かず、近所の人に迷惑をかけてしました。こんなことを年に1,2回起こしている。
加納さおり
世田谷通信
(123)
猫 草
トトトン、コココン、何かが壁をノックするような音がする。鳥かな?カカカッ、とこんどは天井から。室内だ、何だろう。カンカンッと電灯に当たるモノをみて納得する。蜂だ、どこからまぎれたものやら。部屋の電気を全部消して、リビングのカーテンと窓を全開にすると無事に冬蜂は室外へと帰還してくれた。元気でね~。
先日、カフェの手伝いをしているとき、お客様が「あのう・・」と遠慮がちに声をあげた。みると大きなキイロスズメバチが一匹窓にくっついている。なんと内側に。こりゃ危険とお客様を奥の席に誘導し、店内の電気を一度消した。明るい方に向かう走行性があるので、びっくりさせて電球に向かわないための用心だ。ガラス窓から差し込む陽が明るいので、そのままじっとして動く気配がない。
どうやら冬でだいぶ弱っている様子。とはいえスズメバチであることに変わりはない。さてどうやってお引取り願うか。飲食店で殺虫剤は使いたくないし、そもそも蜂用のがない。虫網は?あるわけないでしょう!と、悩んだ末にガラス瓶に入れて、捕獲することに。昆虫苦手の店長は腰が引けているので、しょーがないワタシがやりますか。
ガラスにくっついてるのにそっと接近し、素早く蜂にビンをかぶせる。ビンを窓に押し付けたまま、ガラスとビンの隙間にメニューの紙を滑らせてふたをする。そのまま外へ。しばらく店から離れて紙をはずすと、そのままどこかへ飛び去った。飛び立つ瞬間、目が合ったような気がする。いや気のせいかもしれないが。
そういえば、長男が昆虫少年だったころは、ああして、カマキリ、トノサマバッタ、カミキリ、コガネムシ、いろんなものを捕獲したものでした。出かけた先でも発見したら「捕まえるの!」と断固主張する長男のために、私のバッグには常に捕獲用の小さいビニール袋が入っていた。さすがに蜂をビニール袋で捕まえる勇気はないけれど、死角から一瞬で捕獲する感覚はちょっと懐かしかった。
店に戻ると、お客様と友人がほっとした顔で拍手してくれた。あの蜂はもっと、ほっとしていたと思う。
*この添付のイラストは絵を描くのが大好きな次男がパソコンのペイントツールで描いたものです。
その愛のゆえに
=時々の記=
(94)
12月21日
母のこと「つのぶえジャーナル」に載せてくださり、感謝いたします。母は施設で一度このようなことを言ったことがあります。「私は今はもう何も文章は書けないけれど、もし書ける状態だったら自分史を書きたい」と。その時私はこう答えました。「大丈夫だよ。私が今のお母さんの様子を「つのぶえジャーナル」に送信し、それを載せていただいているんだよ。」すると母はとてもうれしそうに「まあ~嬉しい!有難うね。よろしくね。」と言ってくれました。
ただ一つ、母のもっとも望んでいた献体のことは、主治医は献体できる状態で亡くなられました、と診断書を出してくれたのですが、大学病院の方から、葬儀が終わるのが4時でしたら、お迎えに行くことはできませんと言われ、母の願いが叶わなかったのが唯一悔やまれますが、仕方のないことでした。火葬場の方に急遽お願いして火葬していただきましたが、本当に丁重に扱ってくれました。母の遺体の上にあるのはただ一束の花束だけでした。でもこれが最も母の望んでいた葬儀、最高ではなかったのではないかと思っています。
12月22日
母の生き様が心の中で湧いてきます。何をするにも決して見返りを考えずに、ただイエス様の十字架上でのお苦しみを覚えて、その方に取って最善と思われる励ましをしていました。徹底した牧師夫人として、貧に処する生活を貫き通しました。自分のことはすべてを犠牲にしてでも、信徒の弱っておられる時には、何を差し置いてでも訪問を優先いたしました。訪問伝道の大切さは青山学院神学部でとても厳しく指導されたようです。
なぜ母がお金もないのに青山学院神学部へ行ったのかを施設での会話の折に聞く事ができました。
当時、上田にはメソジスト派の大きな教会があり、その外国人婦人宣教師に熱心に路傍伝道で誘いを受けて、教会の門をくぐったのだそうです。あまり母が熱心に教会の礼拝を捧げ続けているので、その婦人宣教師が「もし、あなたがこの日本で、キリスト教を広める意思があるならば、私はあなたのために生活費、および学費一切を支援いたしましょう」と言っていただいて、勉強をしたかった母は喜んでそのお言葉に甘えて、電電公社での仕事を23歳で辞めて、青山学院神学部へ進んだとのことでした。
入学したのが23歳。それから3年間とてもきびしい神学の先生、渡辺善太先生、音楽では中田羽後先生に指導され、泣きながらの学生時代だったとのことでした。途中で退学する女性も多くある中、母は婦人伝道師としての資格を得て、浜松教会へと派遣されたのでした。
その頃、父も浜松で牧師の卵として奉仕していたようです。母は父との結婚には多くの方から猛反対をされたようです。でも母は父と結婚するのではなく一牧師を支えていくことが必要であるならばと思って、猛反対を押し切って結婚したとのことでした。母28歳、父31歳でした。植村正久先生に司式をしていただいて、先生と父と母3人だけの結婚式だったといっていました。そのようなことを聞いていると母は結婚もしめやかにし、また葬儀も家族だけに見守られてと、母の人生はこのように清楚なものだったことが証されたように思えてなりません。
一方的に送らせていただくメール文を掲載して下さりを感謝しています。ジャーナルが母の自分史になっています。きっと今は天国で、「あら、恥ずかしい。でも私のことを伝えてくれてありがとう」と言ってくれているに違いありません。
12月24日
主人が母のために弔句を作ってくれました。
(斉藤幸子のための弔句)
白寿とて歌ひて待ちしクリスマス。
信仰は宝と言ひし年の暮れ
冬紅葉散りて昇天されにけり。
安らかに昇天されて雪舞ひぬ。
良く似合ふ和服の遺影冬薔薇(そうび)。
天つ国コバルトブルーの冬の空。 馬場路哉
今日、信仰の師のゴダート先生からクリスマスカードを頂きました。母のことをとても心配してくださっておりましたが、先生のお手紙には、「天国で再びお会いできることを確信しています」と書かれていました。
キリスト者の人生は死が最後でなく、天国でお会いできるという希望と慰めがあります。ゴダート先生のお母様は先生がアメリカから日本伝道へ旅立つときに、やはりあなたとはこの世ではもうお会いできないかもしれないけれど、天国で会いましょう、といって励まして見送ってくださったと書かれてありました。本当に強められ、慰められたクリスマスカードでした。
先生は今年84歳になられるそうですが、週に2回お花屋さんで働いておられるとのこと。そして礼拝を守っておられるとのこと。
私もこれから残された人生を悔い改めて、礼拝生活を続け、信仰を持って歩んでいきたいと祈っています。
12月28日
こちらは雪の予報でしたが、辺り一面氷が張っていましたが雪ではなくほっとしています。雪が降るとどこにも出かけられない所に住んでいるものですから、雪には恐怖心を抱いてします。昨夕、四日市教会の藤沢さんから電話が入りました。ジャーナル1月号が届き、母のことを共に悲しんでくださり、母も四日市教会時代をとても懐かしく、楽しかったよねと言っていたことをお伝えいたしました。母に代わって心からの親しいお交わりを感謝するとお伝えできました。でも胸がいっぱいになってしまいました。本当に嬉しい電話でのひとときでした。
麗しき明星望むクリスマス。
信仰の宝遺すとクリスマス。
クリスマス主の隣在を喜べる。
冬紅葉散るや朝日を弾きつつ。
新たなる本借り受けぬ年初め。
見えぬ手にひかれ新たな年迎ふ。 馬場路哉
1月1日
明けましておめでとうございます。
こちらは穏やかな新年を迎えました。息子が郵便局で仕事をているので、一日の朝はいつもより一時間早く出かけました。雪が降っている東北や雪国の方たちはどのような思いで郵便の配達をされているのだろうと重ね合わせて考えてしまいます。
兄や姉には、これからは私が軸になって兄弟のつながりを続けていきたいと思っていますので、その一つとして、ジャーナルに載せていただいている母とのコラムなどをコピーして郵送したり、手渡しに行きます。そのようなことがなければ、母が蒔いてくれた信仰の種が実を結ばないように思えてきます。
兄は葬儀に歌った讃美歌やそのほかにも讃美歌の英語版を聞いてから散歩に出かけているといってくれていましたから、嬉しかったです。姉もやはり讃美歌は大好きで、母の召される前の夜、声が嗄れるぐらい、母の枕辺で讃美歌を一番から300番までうたい続けることができて神様にこのような時間を与えてくださったことに感謝しているといっていました。
特に姉は東京に住んでいたので、召される前の一晩施設の方たちがベッドを横に置いてくださり、母と久しぶりにゆっくり共に過ごすことができて、もう悔いはないと言っていました。でも母がいなくなってしまった伊賀には帰る気持ちになれないと言っていましたから、そんなこと言わないで、節目節目に3人で母のこと父のことなどを話す機会を持とうよ、といって電話を切りました。
1月5日
寒い寒の入りです。今日は今年になって初めての主の日の礼拝でした。母の遺影と一緒に礼拝を捧げました。約3か月ぶりの礼拝でした。母の写真をしっかり抱いてともに賛美し祈りを捧げました。やはり、母との思い出が次々とよみがえってきまして、涙が溢れてきて賛美の声もまったく賛美になりませんでした。
礼拝後に教会の皆さんに、長い間のお祈りと、お交わりをしていただいたことに感謝の言葉を述べました。そして母が召される前に私たちに残した言葉「私はあなたたちに信仰という宝を残しましたよ。」と言い終えると胸がいっぱいになってしまいました。
そして母の愛唱賛美歌は300番でしたが葬儀には405番をうたって見送りました、といい終えますと、牧師夫人がそれでは今から300番を皆さんで賛美いたしましょう、といってくださり、共に賛美してくださり、最後に先生が祈ってくださりました。とても感謝いたしました。
山峡の峯に冬木の並びをり。
瑞々し、女の一生読み初めす。
空へ伸ぶ枝に妙味の冬樹かな。
新年の目標確と定めをり。
新年や紫煙る雑木山。 馬場路哉
寒さがこれからいっそう厳しくなってきます。こちらは犬たちが寒さで弱ってきました。電気毛布を敷いてやっても寒がります。犬たちももう13年目になりますからずいぶん弱ってきました。この子たちとも別れが近づいているかと思うといたたまれなくなってきました。でも仕方のないことですから、受け入れて行かねばと思っています。
1月7日
今朝はこちらは氷点下4度でした。
昨夜もまた高知教会時代の方から、母の死を共に悲しんでくださるお電話が入りました。17歳の時に受洗し、教会に通い続けられたそうです。それから67年、母と信仰の友としてのお交わりをして下さった方です。当時は、3人の子供を抱え、そのうちの一人をおんぶし、一人は母の横に座らせての奏楽の奉仕だったようです。見かねたその方がきっと私を抱っこしてくださり、礼拝が静かにささげられるようにしてくださったというのです。礼拝後母は、とても助かったそうです。
ある時は、どなたかが教会の玄関先に沢山のおもちが置かれてあったそうです。戦後間もないころで皆食することには飢えていた時代にです。それを見た母が、あら・・・、このようにたくさんのお恵みがありますよ。さあ、皆さんご一緒にいただきましょうよ、と言って皆で分け合っておもちを頂いたことが、今も懐かしく思い出されるといっておられました。67年の長きにわたって、導かれ、最後に11月4日にお見舞いに来てくださり、母はその時も神様に心から感謝してお祈りいたしました。私も母が召されてからもこのように多くの方と信仰の分かち合いができますことに感謝しています。
「常に喜びなさい。絶えず祈りなさい。すべてのことに感謝しなさい」。これが母の信仰の生き方でした。昨日は盛岡のいとこから電話が入りました。
1月13日
主人も寒さ故なのか疲れなのか、昨日から寝込んでいます。教会の礼拝も捧げることができず、二人で、寝込んでいました。
母の納骨では役員会で協議していただいた結果、全員一致で長年の牧師夫人としての労苦に対して、無料で納骨させていただけることになったと連絡を受けました。心から皆さんの母への思いに感謝いたしました。兄や姉にも連絡してともに感謝いたしました。母もきっととても喜んでいることでしょう。
父の横に納骨してあげたいです。イースターにと願っています。
主は命わが喜びと歌ひ初め。
読み始めや言葉に命あるといふ。
過疎の地の静かさにあり年新た。
干し柿を並ぶる奈良の直売所。
息白くラヂオ体操楽しめり。 馬場路哉
馬場暁美
(上野緑ヶ丘教会員)
東京大学大学院人文社会系研究科博士課程
いのちのことば社
スーザン・ハント
「緑のまきば」
「聖霊とその働き」