2023年7月号
№193
号
通巻877号
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
ジャン・カルヴァン著
ヘンリー・J・ヴァンアンデル編
吉岡 繁訳
第2章 自己否定
6 友と仇とを問わず、すべての人の利益を求めるべきである
1 善をすることに倦むことがないように、またその危険がごく身近にあるため、使徒は、「愛は寛容であり・・・いらだたない」と付け加えた。大多数の人々は、その人自身の価値によって量られるなら、まったく受ける価値のないものであるが、主は、なんの例外もなしに、誰に対しても善を行うよう、われわれに命じておられる。
しかし、その際に聖書は卓越した議論でもってわれわれを説得する。すなわち、われわれは決して人間の実際の価値を思うべきでなく、すべての栄誉と愛の根源である神の像に、人は造られているということだけを思わなければならないと教える。
さらに、この神の像は、信仰の仲間たちのうちでは、最も注意深く尊ばれなければならない。なぜなら、この神の像は、彼らには、キリストの霊によって、新しく回復されているからである。
2 それで、あなたの親切な奉仕を必要とする人が、あなたの前に現われるなら、援助を断ってはならない。たとい彼が見知らぬ人であっても、神は、御自身の刻印を彼の上に押し、彼をあなたの家族の一員とされたのである。そして、神は、あなた自身の骨肉を蔑むのを禁じておられる。たとい彼が賎しく値打ちがないとしても、神は御自身の像で飾るに価する者とされている。
たといあなたが、その人に対して、奉仕をする義務が少しもない人であるとしても、神は彼を、いわば御自身の代わりとされたのであるから、あなたは、神を忘れることの出来ない無限の恩恵に対する義務を、その人に示さなければならない。
たといその人が、あなたにとって、最小の努力をする価さえないとしても、その人があなたに推薦する神の像は、あなた自身の持ち物のすべてを彼に差し出す値打ちがある。また、ある人が誹謗と侮辱によって、あなたを怒らせ、したがってなんの親切もあなたから受ける値打ちもなく、かえって、その正反対の立場にあるとしても、あなたが、愛情をもってその人を包み、あらゆる種類の好意を彼に示さなくてもいいという理由にはならない。
その人は、それとはまったく異なる取り扱いを受けるに価した、とあなたは言うかもしれない。しかし主が命じておられることは、すべての人の不義を赦すこと、主御自身に逆らう彼らに対しては、主が責任を求めてくださるよう、主に委ねることである。
3 このことが、ただ難しいというだけでなく、われわれを憎む人々を愛し、親切をもって仇に報い、呪いに祝福を返すという、人間の本性にとってまったく矛盾することに到達できる唯一の道である。われわれは、人の悪をいつも思っているべきではなく、その人が、神の像の担い手であることを認めるべきであって、これを常に心にとめておかねばならない。
人の誇りを覆い、抹殺し、その人のうちある神の像の美しさと尊厳とをかんがえるなら、われわれは、その人を愛し受入れるように導かれるであろう。
ヘブル12:16、ガラテヤ6:10、イザヤ58:7、マタイ5:44、ルカ17:3~4.
PR
『旧・新約婦人物語』(13)
モーセの母ヨケベデ
(出エジプト記2章、ヘブル人への手紙11章)
ユダヤ民族の偉大な指導者であったモーセの母、ヨケベデについて学びましょう。
ヘブル人への手紙11章を読みますと、ユダヤの偉大な信仰の勇者たちの記録が、簡単な内にも力強い言葉で書かれております。私たち読む者には中秋の夜空に星座の列を仰ぐような感じがいたします。
12章1節には、これらの人たちが信仰の証人だと書いてあります。これらの信仰の勇者の中でも、特にモーセの信仰と指導力とは、私たちのキリスト者の注目を引きます。
「信仰によって、モーセは成人したとき、パロの娘の子と言われることを拒み、罪のはかない歓楽にふけるよりは、むしろ神の民と共に虐待されることを選び、キリストのゆえに受けるそしりを、エジプトの宝にまさる富と考えた。それは彼が報いを望み見ていたからである」(ヘブル11:24~26)と、激賞の言葉を放っているほどです。
皆さんもご存知と思いますが、モーセはユダヤ人の中の第一の指導者であって、ある意味から申して、ユダヤの国における一番最初の代表者であったと言えるでしょう。たしかに、ユダヤ民族の組織化は、彼の手によって成されたのです。
このモーセの信仰と勇気、決断力と指導力は、どこから来たのでしょうか。もちろん神様からであることに違いありません。けれども、よく調べて見ますと、これらの特徴は、モーセ一人によるのではなく、彼の親たちの信仰による指導が、大きな力を成しているのです。ことに母ヨケベデの生活の内に、モーセと同じ特徴が発見されます。
モーセの両親について、聖書は沈黙を守っています。ただ出エジプト記6章20節を見ますと父の名は、アムラム、母はヨケベデであることが記されています。また2章を見ますと、二人ともレビ族に属し、代々祭司の家柄であったようです。モーセには兄アロンと妹ミリアムがありました。当時のエジプトの情勢は、ヨセフのいた頃と大変な相違で、王パロはユダヤ人がますます大きな民になるのを見て、恐れを抱き、ユダヤ人を憎むようになってまいりました。聖書には、「ここにヨセフのことを知らない新しい王が、エジプトに起こった。彼はその民に言った。見よ、イスラエルびとなるこの民は、われわれにとって、あまりにも多く、また強すぎる」(1:8~9)と記されています。今までのユダヤ人とエジプト人との親善関係を知らない王が現われ、増大するユダヤ人への恐怖心からユダヤ人を圧迫し苦しめ、なるべく彼らの人口を少なくしようと計ったのです。
その第一の方法は、ユダヤ民族に無理な労働を強い、これを奴隷化して、2つの有名な町、ピトムとラメセスを建設させました。しかしイスラエル人たちは苦しめられれば苦しめられるほど増し殖え、その方法は失敗であることが分ると、第二の方法として、男の子が生まれたら直ぐに殺すよう助産婦に命令いたしました。しかし、このようは非道が行われるはずがありません。助産婦さんは神を信じていましたから、この残酷は命令を実行しようとなどとはしませんでした。パロ王はこれも失敗と分ると、第三の方法として、今度は直接、ユダヤ人に男の子が生まれたら、直ちにナイル川へ投げ捨てるように命令し、兵隊を遣わし、取締りを厳重にいたしました。
この危険な最中に、モーセが生まれたのです。きっと母のヨケベデは、生まれてくる子が女の子あるよう願ったことでしょう。しかし、神の不思議な摂理とでも申しましょうか、生まれたのは男の子でした。
玉のような男の子を抱いて、彼女の心の中はどうでしたでしょう。喜びと悲しみが一緒のこみ上げてきたと思います。しかし、それからのヨケベデの態度は一変して、彼女の行動には、本当に教えられ、また感動させられるところがあります。
ヨケベデは、王の残酷な命令には従うことを拒み、三ヶ月の間、自分の家にモーセを隠しておきました。これは非常に勇気のいることで、いのちがけの仕事でした。もしもエジプトの兵隊に気付かれでもしたらもう終わりです。家族も子供と一緒に殺されるに違いありません。これは真に勇気を必要とすることです。
第二に、彼女の賢さです。
彼女は、このような何の希望も持てず、逃げ道もない悪条件の内に置かれても自暴自棄に陥らず、彼女は静かにモーセを救う道をいろいろと工夫いたしました。兵隊の監視がいよいよ厳しくなり、もはや隠しきれないと思うと、彼女は最後の手段として、葦で船を作って、子供をそれへ入れて川岸の草の間に隠しました。モーセの姉ミリアムが遠くから見張りをしていました。
第三は、彼女の信仰です。
第一の勇気も第二の賢さも、彼女の信仰に基礎付けられております。ヘブル人への手紙11章に記されているように、ヨケベデ夫妻は信仰によって王の命令をも恐れず、命の危険もかえりみず、モーセを三ヶ月の間隠していたのです。この熱い信仰が神に報いられ、パロ王の娘が川岸に水浴びに来た時、この可愛らしい子供を見つけたのです。そして、彼女はその子供を自分の子供として養育し、当時の最高の教育を施したのです。これが後に、イスラレルの指導者としてのモーセの働きに、どんなに役立つことでしょうか。使徒行伝7章20節、22節には「モーセが生まれたのはちょうどこのころのことである。彼はまれに見る美しい子であった。三ヶ月の間は、父の家で育てられたが、・・・。モーセはエジプト人のあらゆる学問を教え込まれ、言葉にもわざにも、力があった」とあります。
このような不思議な神様の摂理によって、モーセは救われ、また教育され、本当に立派な指導者と成り得たのです。
神様は、彼女の全ての願いに答えられたのです。日本のお母さん方も、このお話で、いろいろと深く教えられるとところがあったと思います。
一つは、自分の信仰がその家族に大きな影響を及ぼすことです。母ヨケベデの信仰に見られます。そのように、あなたの信仰がお子様方にその通りに現われます。有名なイギリスのウエスレーには、実に信仰深い母があったことを忘れてはなりません。母の信仰の深さで、二人の子ションと、チャールスが育ち、世に言うメソジスト運動の開拓者になり、想像も出来ないほどの大きい影響を、世の多くの人々に与えていることをご記憶下さい。
「信仰によって、モーセは、成人したとき、パロの娘の子と言われることを拒み、罪のはかない歓楽にふけるよりは、むしろ神の民と共に虐待されることを選び、キリストのゆえに受けるそしりを、エジプトの宝にまさる富と考えた」(ヘブル11:24~26)。
ポーリン・マカルピン著
(つのぶえ社出版)
…キリスト教…
明治維新後のカトリックと社会福祉(2)
明治初期のカトリックの児童保護事業(2)
「キリシタン復活」の現場にいたプチジャン神父は日本司教に任命され、1867年、ローマに行った機会に、フランスのパリ外国宣教会へも行って、印刷の出来る宣教師を求めています。これに応じたのがド・ロ神父でした。キリシタン達の再教育のためにも、印刷・出版物を必要としていたからです。ド・ロ神父は慈善事業の重要な役割を果たしています。プチジャン司教は、すでに日本において胎児や児童が捨てられているのを見て乳母に預ける等の救済活動をしていました。
そこで、1871年(明治5)、シンガポールの女子修道会サン・モール会に日本に来ることを要請しました。院長メール・セン・マチルドは、パリ本部の承諾を得て、4名の修道女を伴って、同年6月28日に横浜に上陸しました(渋川久子・島田恒子著「信仰と教育―サン・モール修道会東京百年の歩みー」)。
カトリック修道女として、わが国の土を踏んだ最初の人たちです。彼女らは困難な日本語の勉強に取りかかると同時に、フランス海軍省が日本政府から譲り受けていた土地(山手58番地)に小屋を借り、貧困子女のために仁慈堂(後の菫女学院)を創立します。近代日本の児童保護事業はこれをもって始まりとされています。
維新後の間もない時代で、外国人であるだけでも珍しいのに、黒い衣服で身を包んだ異様な風体の外人女性が孤児を集めているのは、いろいろな誤解を呼び、想像を越えた苦労をしています。スパイ、侵略、婦女売買などと疑われたということです。
1873年(明治7)2月24日、キリシタン禁令の高札が撤去されました。岩倉具視を団長とする使節団は、1871年末に欧米に出発しており、欧米各国で浦上キリシタン流刑に対する抗議を受けました。安政の不平等条約改正交渉は、その最初のところで躓いてしまったのです。
禁令撤去は、岩倉大使が欧州から電報で要請したことに応えたのであって、信教の自由を日本政府が認めたものではなかったのです。しかし、高札を撤去した以上、浦上キリシタンを流刑にする根拠はなくなり、3月14日、太政官令をもって「長崎県下異宗徒帰籍」が命じられ、流刑先からキリシタンは浦上に戻りました。彼らの長い苦難の「旅」は終わったのです。
彼らの「旅」の間に亡くなった者613名、生まれた子供163名、最後まで信仰を守り通して帰村したのは1092名であったと言われています。そして帰った村は荒れ果てていました。
あなたに聖書を
「いのちは大切にしなければならない。」ということが言われています。また「いのちは地球よりも重い」と言って、いのちの大切さが語られています。これは交通事故による死傷者が多いことや、麻薬などによって身体も心も蝕まれていく人がいることや、自殺・他殺が後をたたないことなどを憂えてのことでありまして、すべての人の命が、不注意や無責任によって損なわれるようなことがあってならない、という戒めであります。
ただし、「いのち」というものは、体のいのちのことに限らないのではないかと思います。今から60年前、私が青少年の時代には軍歌で「東洋平和のためならば何の命が惜しかろう」と歌い、この目的実現のために戦争で死ぬことを讃えたものです。これは今の自爆テロが、自分たちの願っている理想実現のために命を捨てることは善いことだと信じているのと同じで、それとは違った考え方や方法があることに思いを寄せることが出来ない頑なさのせではないかと思います。
そういうことから言って、わたしたちの命はなぜ大切にしなければならないのか、また命をかけてでも本当に大切にしなければならないものは何か、要するに人生の基本指針というべきものが、改めて問われているように思います。
その点について、イエス・キリストは「先ず、神の国と神の義とを求めなさい」と言われています。そして、その言葉と業とによって、それを求める生き方を示されました。それは、単純に言えば、神を信じ、人を愛することであります。
しかし、そういうことがそう単純には出来ないところに人間の問題があります。が、その問題の解決のためにイエス・キリストが来られたのであるから、キリストを信じ、キリストに従って生きなさい、というのが、聖書が伝えていることの重点であります。
篠田 潔
(参照聖句・マタイ6:33)
(電話によるメッセージより・日本基督教団隠退教師・元「キリストへの時間」協力委員・ラジオ説教者)
「キリストへの時間」放送予定
(放送開始1952年10月)
9月 5日 大西敏雄 (日本キリスト改革派尾張旭教会牧師)
12日 大西敏雄 (日本キリスト改革派尾張旭教会牧師)
19日 木下裕也 (日本キリスト改革派名古屋教会牧師)
26日 木下裕也 (日本キリスト改革派名古屋教会牧師)
CBCラジオ「キリストへの時間」(1053KHZ)
毎週日曜日朝6時30分~45分放送
この放送事業に関わらせて頂いて40年ほどになります。多くの方とお便りの交換をさせて頂きました。二代に亘る方もおられますし、心の病で入院生活30年の方は毎月2回はお便りくださいます。長い入院生活ですから、入退院も多いのですが、自分は何時も取り残されてしまうと、心の淋しさを便箋に何枚もしたためて下さいます。継続を考えます時、ラジオも文書も人の業ではなく、神様のみ業であることを深く改めて教えられます。(主事・長村)
第44課 異邦人の召命とユダヤ人の拒否
9章1~11章36節(続)
C 福音による救いと言う方法の単純さと適切さ
10章1~10節(続き)
パウロは更に論を進めて、福音による救いという方法は、そのような不可能性を全然持っていないことを明らかにします。この方法は人間が到底満たすことができないような条件の上に、義と救いを基づかせることはしていないのです。私たちは義を得るために天に上ろうともしないし、地の底にまで下ることもしません。これらは共に人間の能力を越えたことなのです。
パウロは申命記30章11~14節のモーセの言葉を引用します。この言葉の中で、ある物を天より引き降ろすことや、海を越えた向こうからある物を持ってくるために、海を渡って行くことは、人間の能力を超えた業として示されています。これらの不可能なことと対照的に、神がイスラエル人の前に置かれたことは、神の恵みによって能力を与えられた人々のその能力の中にあることなのです。
「この言葉はあなたに、はなはだ近くにあってあなたの口にあり、またあなたの心にあるから、これを行うことができる」(申命記30:14)。ここで言われていることは、勿論、罪人が完全には満たすことができない道徳律法ではなく、モーセによってイスラエルに与えられた全体制、すなわち、犠牲、型、象徴、儀式、祭司制度、預言などを包含するものであって、それらによって贖い主による救いという方法がイスラエルの人々の心の中に、余示されたのです。これこそ恵みによる救いの体制であり、これを受け入れ、この中に生きることによって、イスラエル人はその信仰を告白し、救いに与る者となったのです。
明らかに、「天に上る」ということ、「海を越える」ということ、「底しれぬところに下る」ということは、不可能なことを表わす当時の格言的な表現です。これに類する表現は、聖書の各所において指摘することが出来ます(詩篇139:6、箴言24:7、アモス9:2、詩篇138:9)。パウロは「海を渡る」という表現を「底しれぬ所」と変えたのでしょうか。ギリシャ語の「深い」という語は、英語の「淵」という語の語源です。その固有の意味は「底のない」という意味です。ローマ10:7を除いて、新約ではこの語は常に「滅びた霊魂、堕落した天使のいる場所」を意味しています(ルカ:31、黙示録17:8,20:1)。パウロが「海を渡る」という表現を、「底しれぬ所へ下る」という表現に変えたのは、恐らく、キリストの甦りについては後者の表現がより適切と考えたからでありましょう。
ここでパウロが言っていることの目的は。恵みによる救いという神よりの方法が、如何に簡潔で適切であるかを示すことにあります。従って、パウロは最初に、救いは人間の不可能の業を要求するという考えを退けます。業と命の条件として、神の律法に絶対的な完全さをもって服従するということは、人間に要求されてはいません。それはちょうど、天に上がることや底なき所に下ることと同じく不可能です。
私たちは自分自身の力で自分を救おうと試みるには及びません。私たちは救い主キリストを持っているからです。自分で救い主を備えようと試みて、救い主を天より引き下ろしたり、海の底から引き上げたりする愚をしてはなりません。これらのことは全て、すでに私たちのために神によってなされてしまっているのです。
救いはキリストの福音に中で、私たちに提供されているのです。
J.G.ヴォス著
玉木 鎮訳
(日本キリスト改革派引退教師)
「みんなでわいわい・ご意見コーナー」
暑い暑いと言いながらの毎日ですが、庭のコスモスと萩の花が風に揺れています。秋の気配がいたします。セミの声も小声になりました。夕方には、庭の手入れをしようかと思えるようになりました。皆様、夏の疲れが出ませんように、お祈りしたします。
栃木県 Y・Oさん
毎年、8月になりますと原爆記念日、また終戦(敗戦)についての報道が多くなります。改めて、戦争の悲劇と平和の尊さを考えさせられます。私が思うに、時代と共に『風化』を心配されますが、むしろ逆に、感情的ではなく、冷静に客観的に考える方向へと進んでいるように思います。戦争を体感した者として惨劇を語ることも必要ですが、真剣に平和を語り、考えることが、次代へのバトンタッチと考えています。加害者であり、被害者でもあることも含めて、世代を超えて世界の人々と語り合いたいものです。・・・。
広島県 T・Tさん
「つのぶえジャーナル」をご覧の皆様に残暑お見舞いを申し上げます。ここ信州は秋です。夏は大勢の観光客で賑わった山々も、今は静に季節の流れを山の色変わりが伝えています。私の町は日本でも有数の寡雨地帯で長野の東の玄関口にあり、中央には千曲川が流れ、北には浅間山、南には八ヶ岳に抱かれている自然溢れる高原の町で、多様な森林や動植物に恵まれたところです。最近、中高年のグループの方々が森林セラピーとかでおいで下さいます。夏の疲れを癒して下さい。・・・。
長野県 Y・Tさん
・・・。今日職場に行くと ツバメたちが舞っていました。一斉に飛ぶ練習でしょうか?
とてもほほえましく思えました。遠く南の島まで飛ぶのですから 凄い鳥ですね。せみの鳴き声が、イヤにうるさいのでふと頭を上げると網戸にとまっていました。夏の盛り、そして秋ですね。・・・。90歳になる母から電話がありました。田舎には教会はありませんから、母の信仰が支えられるようにとお祈り下さい。
奈良県 A・Mさん
伝道者の書講解
富井悠夫著
定価 1365円(税込み)
ISBN978-264-02880
-2C0016
キリスト教書店か書店でお求め下さい。
=読者の声=
改めて、「伝道者の書・コヘレトの言葉」を
この本を読んで、教えられ、励まされました。
聖書を読むことの喜びが深められそうな気持
ちになりました。
猛暑から少しひんやりする風を感じる時、秋の気配とともに、彼岸花やすすきを見かけるようになりました。寄せられた写真で皆様の処にも秋をお届けいたします。
「つのぶえジャーナル」をご覧の皆様から、たくさんの暑中お見舞いと日々の様子を書き添えたメールやお便りを頂きました。本当に有難く思っております。お孫さんの訪問の様子や戦時下の様子などもありました。
また高齢者の身元不明者のニュースから、日頃、気にもかけなかったご高齢の方のことが、とても気になるようになりましたが、「つのぶえジャーナル」が小さな出会い、絆になるならと思っています、ありましたが、私も大切な事と思わされました。自分で出来る人の輪つくり・気配りつくりで克服できることがあるのではないでしょうか。
東京在住の高校1年生のU君から久し振りにメールが来ました。来年の夏休みの予定として、サイクリング旅行を計画中で、今は体力作りをしているそうです。行きたいところを予めPCで調べているそうで、北海道の地名の多くはアイヌ語で驚いたそうです。最北の島・利尻島は「リイ・シリ」で「高い島」だそうです。北海道出身の私ですが知りませんでした。そうでした。戦後間もない頃、中学2年か3年生の頃、先生の引率で札幌から銭函まで10名ほどで自転車でがたがた道を行きました。ぼろぼろ自転車で、パンク修理の道具持参でした。きっと楽しい高校時代になることでしょう。
企画・編集子
『つのぶえジャーナル』のための寄付者
匿名様
『クリスチャン音楽家を支える会』への寄付者
匿名様
便振替口座番号 00870-2-92464 クリスチャン音楽家を支える会
アダはヤバルを産んだ。彼は天幕に住んで、家畜を飼う者の先祖となった。その弟の名はユバルといった。彼は琴や笛を執るすべての者の先祖となった(創世記4:20~21)。
‘10年8月15日現在 編集・発行人 長村秀勝
今月のことば
「主に愛される者、彼は安らかに主のそばにおり、主は終日、彼を守り、その肩の間にすまいを営まれるであろう」(申命記33:12)。
あなたのすまいは・・・
多くの人は、安らぎの場を住いに求めます。新聞の折込には、様々な住いの広告があります。「近代的な住い」「実用的な住い」「健康的な住い」「エコ住宅」「格安な住い」などの文字や言葉を目にします。
モーセは、「安らかな住い」として掲げていることは、私たちの願いとは根本的に違ってます。安らぎを得るためには「安全」は大きな要件です。盗難、災害から守られるための保険や安全保障会社に守られるためにお金を費やしています。
しかし、私たちは、真に安らかな住いがどこにあるかということを、あまり感じ取っていないことに気付いていません。たしかに私たちは、墓の中に住んでいる者ではありません。混乱と不安の大地に住んでいます。安全保障会社は「安らかな住い」を保証いたしません。それに委ねるのは、この大地が「不安」であることを証明しているのではないでしょうか。
しかし、もしこの大地に平安があるとするならば、それは、ただ神のもとにしかないのです。「主に愛される者、彼は安らかに主のそばにおり」、まさにその「主に愛される者」は、絶対に安らかな住いが地上にはないことを知っています。
主イエス・キリストは、その訣別の前に、「わたしの父の家には、すまいがたくさんある」と言われ、自分は弟子たちのために「場所を用意しに行くのだ」と言われました(ヨハネ14:2)。それは、「主に愛される者」のみが知っている、ただ一つ安らかな「すまい」であり、主が私たちのために建てて用意して下さった「すまい」なのです。
その永遠の「すまい」に入居できる資格を持つ者は、この地上の住いをキリストの信仰の故に捨てた者のみが、キリストが用意して下さった永遠の家に住むことが出来るのです。
「主に愛される者」は、強い者ではなく、知恵のある者ではなく、正しい者ではなく、勇気ある者ではなく、敬虔な者ではなく、ただ、「主イエスを救い主と信じ、主に愛される者」のみが、「安らかなすまい」の居住権を得ているのです。
主にありてぞ われは生くる、
主にありてぞ われ死なばや、
主にある死こそは いのちなれば
生くるうれし 死ぬるもよし、
主にあるわが身の さちはひとし、
われ主に、主は われにありて、
天こそとこよの わが家となれ。 讃美歌361
小閑記
ペテロの失敗(Ⅱ)
ペテロは最も恐ろしい脅し、入獄や死にさえ立ち向かおうとしている。彼は自分の生涯でキリストを否む可能性などあり得ないと確信している。ペテロはここで彼自身の堅忍を断言していると言ってよい。しかし、物語全体から見れば、ここでペテロが彼の堅忍について真に理解しているとは思われない。
あらゆることを考慮するならば、ペテロは彼自身の連続性の根拠を、彼自身の信仰と愛においていたことが分る。苦難の道を歩んでおられるキリストを見る。そして、キリストの生涯を彼自らの信仰と愛に照らして見ている。キリストはその道行においてどんなに孤独でも、キリストはペテロを当てにすることができる。ペテロは、自分が愛と忠実をもってキリストに従うことによって、キリストの孤独を打ち破ることが出来ると信じていた。ここに、キリストはペテロ自身の恒久性を当てにすることが出来るとペテロは信じていた。
ここに、真の確信の性質とは根本的に相反する「自信」がある。キリストにたよらず、「自信」にたよることによって、ペテロは失敗して。「自信」と「信仰による堅忍」とは相反する。
カルヴァンはペテロの罪について、二重の方法で語っている。ペテロは生意気に信仰深いと誓っていた。彼は、自分自身の弱さを計算に入れていなかった。カルヴァンは自分のもろさに気付いていること、あらゆる時に、聖書に助けを求めていくことが、あらゆる時に聖書に助けを求めて聞くことが、如何に必要であるかを付け加えている。
ベルクーワ著「信仰と聖徒の堅忍」より
上河原立雄撰
この文章の転載は許可を得ております。
いつも祈っている
木枯らしが吹く中
幼い時から
病に苦しむ少年とその家族
ものが言えない私は
心の中でくりかえす
主を見上げて
苦しみに負けるな 悲しみに負けるな
いつも祈っているから 天国に逝っても 水野源三第三詩集「今あるは 神の恵み」
眸
某月某日・・・楽しみな「つのぶえジャーナル」の封を開くと共に一気に読み終わりました。今日は小糠雨が降ったり止んだり、今も家の外では雨が降っているらしく、ぽとぽとと音がしています今日一日を最高に感謝して終わらせて頂きました。
某月某日・・・今日と言う日、心静に過ごしたいと思っています。今は14時10分、「つのぶえジャーナル」を読み返しています。透かし織りのカーテンを通して外の景色を眺めています。右の方に顔を向けると金毘羅山に続く山裾になっています。少し家を出てセメント道路の坂を登れば宿毛のお殿様のお墓です。とんだところに話が来てしまいました。裏山は涼しそうに木々が揺れています。夏鶯が啼いています。ケキョケキョーと啼くのは鶯の谷渡りとか。生前、夫が教えてくれました。
某月某日・・・時計を見ますと19時10分です。日没前でしょうか。ほんのりと山の峰あたりは明るく、小鳥の声が聞こえます。何をささやいているのか・・・。夕暮れの家族の集まりでしょうか。今日も「つのぶえジャーナル」と向き合って楽しませて頂きました。今夜も、また一人で食事をします。
某月某日・・・朝起きが苦痛に思いました。聖書はコリント前書の8章を文語訳で読みました。窓の片隅に座ると、やはり今日も良いお天気で小鳥がチッチッと囀っています。
某月某日・・・13時42分です。庭のさつきの花をカメラに撮りたくなりました。もう散りはじめていますが、過日、カメラの撮り方を習ったばかりです。3年前に娘が贈ってくれました。昨夜からの風が今も続いてごうごう唸っていますが、老鶯も今日は逃げ場を探しているように優しい声が悲痛に聞こえます。これはら一人で昼食をとりますが、何時も「お祈りすることを教えて下さい」と思うことから進歩はありませんが、これで良いのかなとも思います。
某月某日・・・風も穏やかな曇りがちの空。17時42分。今朝は家の近くに鳥が来ていました。日も高くなるにつれて鳶が啼きはじめました。鶯は今日はひっそりと、どこへ行ってしまったのだろう?と思っていますと、午後には啼きはじめました。うちの主人は裏山で啼く鶯にこっくりとうなずいて話しかけているのを思い出しました。主人のいた病院まで歩き、その時、窓から見えた荒瀬の山を写真機に収めました。
某月某日・・・18時37分、「つのぶえジャーナル」6月号を読み終えました。日が暮れても家の傍で小鳥がチャッチャッと囀り、もうそろそろ家に帰ろう、と決めたのでしょうか、啼き声が止まりました。今日もいっぱいのお恵みをいただきつつも、感謝もせず、いちばん自分らしい今の言葉としてロマ書1章21節「なぜなら、彼らは神を知っていながら、神としてあがめず、感謝もせず、かえってその思いはむなしくなり、その無知な心は暗くなったからである」を開かせて頂きました。そして、素直にありがとうが出てくるのです。「みんなでわいわい・ご意見コーナー」を読み終えると、ほんとうにほんとうに、いっしょに、ごくろうさま、と言わせていただき感謝が溢れてきます。
高知県 I・Kさん
(39)
6月22日
21日、午後から受付窓口をしているミーティング会場に行きました。某クリニックより数名ミーティングに来るという連絡を受けていたので、落ち着かなくて、早めに家を出たので、早く会場に着いてしまいました。某クリニックはわたしの母校です。ミーティングは恙無く終えることが出来ました。感謝。
昨日、点訳講座をキャンセルしました。払い戻しはありません。
今朝は早く目覚めたので、昨夜の洗い物をし、夕食(夜のミーティングに行くので主人の分)を作って、シャワーを浴びました。そして1㍑もスポーツ飲料を自販機で買ってきて飲みました。わたしはスポーツ飲料を飲むと元気になります。普段ならそれだけ飲むと、食事が入らなくなりますが、汗をかくせいか平気なのです。また水飲み病にならねばよいのですが。
今朝は早く目覚めたので、昨夜の洗い物をし、夕食(夜のミーティングに行くので主人の分)を作って、シャワーを浴びました。そして1㍑もスポーツ飲料を自販機で買ってきて飲みました。わたしはスポーツ飲料を飲むと元気になります。普段ならそれだけ飲むと、食事が入らなくなりますが、汗をかくせいか平気なのです。また水飲み病にならねばよいのですが。
6月24日
女は助け手とありますが、助け手って何でしょう。わたしのほうがよっぽど助け手が欲しいくらいです。わたしのイメージは有能な秘書、それは間違いなのでしょうか。よくわからないのです。男性には求められていることが多いのですが、女性に求められることは、教会では黙っていなさいとか、主人に従いなさいとかそんな感じです。神様が造られたものだから、不要とは思いませんが、なぜ不可欠なものかは?です。
わたしは生物学的には女性ですが、中身はおっさんなので、何かこう!と決めてもらわないとしかるべき方向に向かわないのです。
わたしは生物学的には女性ですが、中身はおっさんなので、何かこう!と決めてもらわないとしかるべき方向に向かわないのです。
7月2日
わたしには、普通女性が興味を示すことにそれがないのです。女性ばかりが集まるところ(専用車両、教会の姉妹会・婦人会、女性ミーティングなど)など気持ち悪い。ファッションでも可愛いものがダメ。おじさん達のほうが話が合う…などなど。
7月7日
たったひとつのファイルを読むために、何分間か待つことさえ、イライラするわたしです。朝方リアルな熱さと圧迫感と痛みを伴う夢をみて、その恐ろしさで目が醒めました。なんだったのだろう。それに疲れたのか、午前中は寝ていました。
ミーティングで、わたしが思うに、強迫観念に捕らわれているのではないかというメンバーの気持ちが、なんとなくわかるような気がします。見捨てられ恐怖というか。そのままでいいのに、見捨てられてしまうのではないかという思い。恐れは怖い。感情を支配し、行動を変えてしまうから。
ミーティングで、わたしが思うに、強迫観念に捕らわれているのではないかというメンバーの気持ちが、なんとなくわかるような気がします。見捨てられ恐怖というか。そのままでいいのに、見捨てられてしまうのではないかという思い。恐れは怖い。感情を支配し、行動を変えてしまうから。
午前中はしんどくて寝ていました。ようやく起きて食事を取ったところです。またゴロリとしています。
体形をみても、疲れかたにしても、衰えを感じです。それが怖くてしかたありません。主人にはからかわれるし。すっかりオバサン化してしまったわたしの姿が嫌なようです。
体形をみても、疲れかたにしても、衰えを感じです。それが怖くてしかたありません。主人にはからかわれるし。すっかりオバサン化してしまったわたしの姿が嫌なようです。
7月12日
金曜日から実家に行き、母教会の礼拝に出てそのまま帰宅しました。昨夜は、母がわたしが日曜日帰ることを知って、この家が嫌いなのとわたしに言いました。わたしは困ってしまい、嫌いじゃないけど帰らないとねと、言いました。その時、母が祖母の死を覚えていないことがわかりました。この先どれくらいの速さで進行していくのかわかりません。母がわたしの顔を覚えてもらえなくてもいいや。
わたしも感じていた、母の話はわからないことが多いというのを父も感じていて、それだけでなく、母が話が通じなくて怒ると言っていました。母は父が怒ると言っています。これが今の二人の生活のようです。帰り着いたことを知らせる電話をしたら、母が、寂しくて仕方ないから来てと言われました。また顔を出した方がよさそうに思いました。何もしていないけれど、帰ってきたら、疲れていたらしく、眠っていました。
わたしも感じていた、母の話はわからないことが多いというのを父も感じていて、それだけでなく、母が話が通じなくて怒ると言っていました。母は父が怒ると言っています。これが今の二人の生活のようです。帰り着いたことを知らせる電話をしたら、母が、寂しくて仕方ないから来てと言われました。また顔を出した方がよさそうに思いました。何もしていないけれど、帰ってきたら、疲れていたらしく、眠っていました。
写真:ソバの花 加納さおり
世田谷通信
(80)
何か嫌なこと、不愉快なこと、気分の悪い、いらいらするとき、そういうネガティブな気持ちをどうやって解消するだろうか。おしゃべり、買い物、食べ物、運動などなど、気分転換の方法はいくらでもあるのだが、その一時を過ぎるとまたその嫌な気分に支配されることがある。最近、自分で有効なのかもしれない、と思うのが自分と対話することだ。たとえば、こんな風に、延々と自問自答を繰り返す。
何かいやな気分でいるね、うん、呼吸が苦しくて胸がドキドキする。何がそんなに気になるの?うーん、一言ではうまく言えないけど、たぶんすごく傷ついたんだと思う。何が?心が。どうして?えーと、ひどくバカにされた気持ち、いや、見下されたというか、違うな、そうじゃなくて、それは自分の僻みかな?そうなの?相手に悪意はないの?いや。少しはあると思う、だけどこんなに嫌な気持ちになるほどひどいことをされたわけではない・・かも。じゃあどうして苦しいの?たぶん自分では自信があって、当然ほめられると期待していたのに、そういう反応じゃなくてむしろ批判的だったことにショックを受けたんだと思う。そうなんだ、褒められたかったの?そう、頑張った、自分なりには。でも限界もあった、それは感じていた、そこを指摘された。ふうん、それって正しい評価なんじゃないの?そうだけど、でも認めたくなかった。どうして?自分でもわかってたんじゃない?だってこれ以上は時間も能力もなかったし。本当に?いや、やれたかもしれない、でも途中でまあいいやって逃げた。そこを突かれたわけだ。そういうこと。図星ってやつだね。まあそうとも言う。でもわざわざ言わなくてもいいじゃない。じゃあこの程度でいいだろうって甘えてたわけだ。そうだけど・・うん、そうだね。甘えがあった。自分にも他人にも。
と、そのあたりまでグズグズぐるぐる自分と対話していると、ずいぶん気持ちが落ち着くことを発見した。手探りで心の中を触診していく感じ。勝手に「自分コーチング」とか「自分カウンセリング」と呼んでいるが。もやもやした「気持ち」にぴったりの「言葉」がはまると、ああそういうことね、と納得できる。自己分析して自己完結するので、周囲にあまり八つ当たりしないですむようになった、と、自分では思っている。この方法は「何がそんなに悲しいの?」「何がそんなに不安なの?」「どうしてそんなに腹立つの?」などネガティブモード全般に応用できる。と、くどいようだが「自分では」思っている。だれか試してみてください。効果があることを祈ります。
真理の御霊よ
真理の御霊なる神よ
かたくなな心を砕いて
救い主なる御子イエスを
信じさせてください
真理の御霊なる神よ
罪に曇った目を清めて
見上げさせてください
真理の御霊なる神よ
勇気のない口を強めて
救い主なる御子イエスを
求めさせてください
真理の御霊なる神よ
救いの喜びを満たして
救い主なる御子イエスを
証しさせてください 水野源三第四詩集「み国をめざして」
写真:夕焼けとクモの夫婦
カテゴリー
ブログ内検索
バックナンバー
カウンター
★ごあんない★
毎月第一日更新
お便り・ご感想はこちらへ
お便り・ご感想くださる方は下記のメールフォームか住所へお願いいたします。お便りは「つのぶえジャーナル」の管理人のみ閲覧になっています。*印は必須です。入力ください。
[PR]Samurai Sounds
〒465-0065 名古屋市名東区梅森坂4-101-22-207
緑を大切に!
書籍紹介
エネルギー技術の
社会意思決定
日本評論社
ISBN978-4-535-55538-9
定価(本体5200+税)
=推薦の言葉=
森田 朗
東京大学公共政策大学院長、法学政治学研究科・法学部教授
「本書は、科学技術と公共政策という新しい研究分野を目指す人たちにまずお薦めしたい。豊富な事例研究は大変読み応えがあり、またそれぞれの事例が個性豊かに分析されている点も興味深い。一方で、学術的な分析枠組みもしっかりしており、著者たちの熱意がよみとれる。エネルギー技術という公共性の高い技術をめぐる社会意思決定は、本書の言うように、公共政策にとっても大きなチャレンジである。現実に、公共政策の意思決定に携わる政府や地方自治体のかたがたにも是非一読をお薦めしたい。」
共著者・編者
鈴木達治郎
(財)電力中央研究所社会経済研究所研究参事。東京大学公共政策大学院客員教授
城山英明
東京大学大学院法学政治学研究科教授
松本三和夫
東京大学大学院人文社会系研究科教授
青木一益
富山大学経済学部経営法学科准教授
上野貴弘
(財)電力中央研究所社会経済研究所研究員
木村 宰
(財)電力中央研究所社会経済研究所主任研究員
寿楽浩太
東京大学大学院学際情報学府博士課程
白取耕一郎
東京大学大学院法学政治学研究科博士課程
西出拓生
東京大学大学院人文社会系研究科博士課程
東京大学大学院人文社会系研究科博士課程
馬場健司
(財)電力中央研究所社会経済研究所主任研究員
本藤祐樹
横浜国立大学大学院環境情報研究院准教授
おすすめ本
スーザン・ハント
ペギー・ハチソン 共著
発行所 つのぶえ社
発 売 つのぶえ社
いのちのことば社
いのちのことば社
SBN4-264-01910-9 COO16
定価(本体1300円+税)
本書は、クリスチャンの女性が、教会において担うべき任務のために、自分たちの能力をどう自己理解し、焦点を合わせるべきかということについて記したものです。また、本書は、男性の指導的地位を正当化することや教会内の権威に関係する職務に女性を任職する問題について述べたものではありません。むしろわたしたちは、男性の指導的地位が受け入れられている教会のなかで、女性はどのような機能を果たすかという問題を創造的に検討したいと願っています。また、リーダーは後継者―つまりグループのゴールを分かち合える人々―を生み出すことが出来るかどうかによって、その成否が決まります。そういう意味で、リーダーとは助け手です。
スーザン・ハント
スーザン・ハント
おすすめ本
「つのぶえ社出版の本の紹介」
「緑のまきば」
吉岡 繁著
(元神戸改革派神学校校長)
「あとがき」より
…。学徒出陣、友人の死、…。それが私のその後の人生の出発点であり、常に立ち帰るべき原点ということでしょう。…。生涯求道者と自称しています。ここで取り上げた問題の多くは、家での対話から生まれたものです。家では勿論日常茶飯事からいろいろのレベルの会話がありますが夫婦が最も熱くなって論じ合う会話の一端がここに反映されています。
「聖霊とその働き」
エドウイン・H・パーマー著
鈴木英昭訳
「著者のことば」より
…。近年になって、御霊の働きについて短時間で学ぶ傾向が一層強まっている。しかしその学びもおもに、クリスチャン生活における御霊の働きを分析するということに向けられている。つまり、再生と聖化に向けられていて、他の面における御霊の広範囲な働きが無視されている。本書はクリスチャン生活以外の面の聖霊について新しい聖書研究が必要なこと、こうした理由から書かれている。
定価 1500円
鈴木英昭著
「著者のことば」
…。神の言葉としての聖書の真理は、永遠に変わりませんが、変わり続ける複雑な時代の問題に対して聖書を適用するためには、聖書そのものの理解とともに、生活にかかわる問題として捉えてはじめて、それが可能になります。それを一冊にまとめてみました。
定価 1800円
おすすめ本
C.ジョン・ミラー著
鈴木英昭訳
キリスト者なら、誰もが伝道の大切さを知っている。しかし、実際は、その困難さに打ち負かされてしまっている。著者は改めて伝道の喜びを取り戻すために、私たちの内的欠陥を取り除き、具体的な対応策を信仰の成長と共に考えさせてくれます。個人で、グループのテキストにしてみませんか。
定価 1000円
おすすめ本
ポーリン・マカルピン著
著者の言葉
讃美歌はクリスチャンにとって、1つの大きな宝物といえます。教会で神様を礼拝する時にも、家庭礼拝の時にも、友との親しい交わりの時にも、そして、悲しい時、うれしい時などに讃美歌が歌える特権は、本当に素晴しいことでございます。しかし、讃美歌の本当のメッセージを知るためには、主イエス・キリストと父なる神様への信仰、み霊なる神様への信頼が必要であります。また、作曲者の願い、讃美歌の歌詞の背景にあるもの、その土台である神様のみ言葉の聖書に触れ、教えられることも大切であります。ここには皆様が広く愛唱されている50曲を選びました。
定価 3000円