2023年7月号
№193
号
通巻877号
×
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今月のことば
聖書は不思議な書物ですね、と言われる方がおられます。「今月のことば」の「それによって」も不思議な、しかし、想像を超えた事柄を語り・示しています。
私たちの人生は、いろいろの快適なものを提供してくれる時・場であります。そのような私たちにとって最高のものは「神様からの愛を知り、神様に感謝する思いを与えられていることを知ることです。
争いと貧しさ、希望を見出せない日々が、一夜にして私たちに襲い掛かってくるのも事実です。そのような思いがけない出来事で、神の愛を知る喜びが奪い取られる経験もいたします。そのような場合、「神の愛」は無力なのでしょうか。そのような時こそ、この「それによって」私たちに対する神の愛が明らかになるのです。
クリスマスを知ることは、特別な機会となります。「それによって」(神が御子を世につかわされたという、そのことによって、そのことによってだけ)神の愛が明らかになるのです。
親しみのあるあの楽しいクリスマス・ツリーの燈火も、「それによって」いなければ、ただの飾り物になってしまいます。神のクリスマスの事実そのものが、いつまでもクリスマスであり続ける限り、人類に光として輝き続けるでしょう。
空に光る星よ
空に光る ほめたたえよ
わが罪のために わが救いのために
人となりたる御子イエスは
死ぬほど悲しみ 祈りをささげたもう
こずえに鳴く小鳥よ ほめたたえよ
わが罪のために わが救いのために
人となりたる御子イエスは
十字架を負い つまずき倒れたもう
野辺にかおる花よ ほめたたえよ
わが罪のために わが救いのために
人となりたる御子イエスは
固く釘づけられ 御血を流したもう 水野源三第三詩集「今あるは 神の恵み」
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「父である神と主イエス・キリストのからの恵み」
(ピリピ1・2)
先ず「恵み」であります。恵みと言うものは、何かの好意が与えられることでありましょう。自分には過ぎた好意を与えられた時に恵みというのであろうと思います。しかし、考えてみれば、恵みにはいくつも恵みがあるはずです。同じことでも、ある人々にとっては、恵みに思わないことがあるかもしれません。自分はそんなものは欲しくないものだというかも知れません。
従ってここでパウロが言っている「恵み」とは何かということが大切なことでありましょう。パウロでもいろいろのものが欲しかったでしょうし、小さな好意でも恵みと思ったかもしれません。しかし、彼がここで言う「恵み」は、そういうものではなかったのであります。それは、「信仰による恵み」であって、信仰者だけに分かるものであったでありましょう。と言うことは、神からしか与えられない恵みであります。
神からと申せば、信仰者にとっては、あらゆる恵みが神から与えられた、と信ずるはずであります。しかし、パウロがここで祈っている恵みは、信仰の恵みであります。それがなければ、信仰とはいえないような恵みであります。更に言えば、それは、信仰そのものであったということが言えます。なぜなら、人間は、神の恵みなしに生きることが出来ないはずの者だからであります。
神との関係にとって、最も大事なことは、神に対して罪を犯さないことであります。その時、人間は、神に対して正しく生きることが出来るはずであります。
それを別な方面から言えば、人間は、神に対して罪を犯している者であります。誰も、罪を犯したいと思う人はありません。しかし、どうしても罪を犯すことなしに生きていけないのが人間なのであります。しかも、自分で、自分を救う力を持っていない者なのであります。罪を犯すまいと思えば思うほど、罪を犯すものであります。そのゆえに神に背き、神から離れるのです。そのために、生きることに、まことの意義を見出すことが出来ず、望みのないままに、死を待つ生活になり、それを、自分たちだけで作った喜びで慰めているのであります。
その時、与えられたものが十字架の救いでありました。これは、われわれが、神に対して、よいことをしたからでもなければ、神を満足させるような生活をしたからでもありません。ただ、キリストの十字架によって、その罪が赦された、というだけのことであります。それゆえ、この救いこそは、まことに恵みであったと言うことが出来るのではないかと思います。
神が、人間にお与え下さるまことの恵みであったと言うことが出来るのではないかと思います。神が人間にお与え下さる最良の賜物が、実は、「この恵み」であったのであります。しかし、それはある時、必要だから得たと言うものではありません。何時も、どんな時でもなければならないものであります。言い換えれば、神と人間との関係を正しくすると言うことであります。
罪を犯しているのに、神に赦されて、まるで罪がないかのように取り扱っていただくのであります。したがって、それは、この時には必要だが、ある時には不必要であると言ったようなものではありません。何時、どんな時にも必要なものであります。それでなければ、神に赦されて、神のものとされ、愛されている確信を持つことは出来ません。
竹森満佐一著 講解説教
上河原立雄撰
眸
今の心配事は母のいる地域には病院のないことと、郵便局が無くなったことです。電話で連絡は取れても急病の時が心配です。生活費も郵便局がありませんので、週に一度は買い物を兼ねて母のところに届けます。幸いなことに、地域と言うより昔からのお付き合いの村ですから、電灯の明りで様子を見てくれています。絆なんて難しいことではなく、お隣さん感覚で日々を過ごしている母の生活の方が、何か落ち着いて見えます。私たちも母の家に住もうか・・・とお茶を飲みながら話しています。・・・。
三重県 F・Fさん
教員生活を終えて、念願の農家の空き家を借りて気ままな一人生活をしている。このような我が侭を、長年働いてきたあなたへのプレゼントです、と言ってくれた妻に感謝している。読みたかった本を車に積み込んでここ和歌山に来て3年になる。家事や掃除、洗濯など何も出来ない自分に情けなくなった最初のころから見ると日常の生活も何とか様になってきた。時々来る妻に腕を振るった夕食を楽しんでいる。
専門が農業経営であったので、地域の方とはこれからの農家のあり方を語り合い、かわりに野菜の作り方や手入れなどを教えてもらいながら日々を過ごしている。学生も時々訪ねて来るので、そのような時はお年寄りの家が宿泊場にさせていただいている。ごつごつした逞しい手のひらに触れ、使い込まれた畑道具には、労働の尊さがある。
これから電動鋸で冬支度だ。不便さの中に人間の生きる尊さを今体感している。その内に、聖書の勉強会を始めたいと思っているところです。
和歌山県 T・Iさん
自閉症者のひとりごと
(32)
人を許せないことで、わたしの中で風化していたあれこれが出てきました。ひょっとして、わたしはこれらの出来事や人たちを恨んでいたのかなぁ。そのつもりはないのだけど。
主が赦して下さったようにあなたがたも赦し合いなさいと言われても、どうすることが赦すことなのか、わからない。すべてをありのまま受け入れることなのかなあと思っても難しい。今日は麻酔科で仙骨ブロックをして、腰痛のほうは少し善くなった。
主が赦して下さったようにあなたがたも赦し合いなさいと言われても、どうすることが赦すことなのか、わからない。すべてをありのまま受け入れることなのかなあと思っても難しい。今日は麻酔科で仙骨ブロックをして、腰痛のほうは少し善くなった。
10月27日
昨日足を挫いて腰をひねって痛くて仕方がないのに、また今日も精神科のクリニックへ、そして、入院しているAAのメンバーのお見舞いに行ってきました。衰弱している。
10月31日
足を挫いてからも、一生懸命地下鉄の駅まで歩いていましたが、今日は耐えかねて、ミーティングに行くのに、自転車に乗って行きました。腰も目一杯機械の電流を流しましたが、腰掛けているのも辛かったです。やはりきちんと診てもらったほうがよいのでしょうね。明日病院へ行くので、長い待ち時間を覚悟して診てもらおうかなあ。
11月2日
足首の痛みに耐えかねて、ミーティング後、近所の接骨院へ行きました。そうしたら、靭帯縦絶。痛いはずです。治るけれど、重さのかかるところなので、治りは時間がかかるそうな。まあ、最近興味を持ち始めたラテン語のお勉強でもしようかな。
11月6日
午前中から今までずっと病院にいたので、疲れました。検査、機械の点検、諸々ありました。足首も痛いし。昼寝でもしよ。
11月12日
憎しみや恨みというのは、どうしたら赦すことが出来るのでしょうか。この信仰の痛みは辛い。理屈では分かっているのに、日々の生活や忘れていたことが、何かの出来事で思い出して、苦しくなる。永遠の信仰のテーマなんて思って、ごまかしてしまう。病気のせいでこだわっているとは思いたくない。
加納さおり
世田谷通信
(72)
猫 草
人が住まなくなったその空き地は、どんなに地面をならしてもすぐに雑草に覆われる。秋の風にさわさわと草が揺れる。猫がやってきて昼寝する。散歩の犬が走り回りたいなあ・・という顔で立ち止まる。空が広くなる、月が近くなる、夜が深くなる。このまま家が建たないと見晴らしがいいのになあ、などと勝手なことを思う。ええもう駅から15分もかかっちゃう立地条件でございますから。
別の場所でマンションが建つまでの間、しばらく更地だったところに、それはみごとに鶏頭の花がびっしりと咲いていたことがあった。雑草・・というわけでもないのに、種をまいた人がいたのだろうか?大人の背丈ほどに伸び、真紅の鶏のトサカそっくりの花がビルの隙間の空き地を埋め尽くしていて、何かのいたずらかはたまた芸術作品か・・とにかく通りかかった人がぎょっとするほど鮮烈な光景だった。いまは何事もなかったようにマンションがあるけれど・・。
かくいう今、我が家が建っているところも、もとは古い木造アパートと樹々に覆われた庭だったそうだ。どうりで裏庭からは植えた覚えのない植物が生えてくる。土の上っ面のところでは人間が線を引いたり値踏みしたり、建てたり壊したり、小賢しいことをしているけれど、深い土の下では脈々と息づいている世界がある・・。と思うと安心にも似た、嬉しい気持ちになる。
=時々の記=
(45)
10月23日
水曜日祈祷会は、定期大会に小野田先生が出席のため、女性4人だけで行いました。私もそのうちの一人です。男性がいないと言うだけでとてもリラックスした、日ごろの悩み、子育てで困っていること、村の人との付き合いの難しさなど、祈祷会というよりも、おしゃべり会でした。でも、一人で家にいるよりは、何かを得ることが出来ました。
ところが、家へ着くや寒気がしてくるではありませんか。なんだろう。今日は、こんなに寒いのかなと思われるほどストーブをつけました。主人がまだストーブをつけるほどではないぞというのですが、悪寒がとれません。すると、あっという間に、体中に大きな発疹ができてきているではありませんか。新型インフルかな。それとも、またあのアレルギーかな、と思いあぐねていましたが、まったく食欲がでません。
気力もなくなって、ただ布団の中でじっとしていました。しばらくして、少し楽になった気がしたので、簡単に夕ご飯の支度をしたものの、やはり、どこかしゃきっとしません。熱をはかると、38度3分でしたので手元にある薬を飲んでやすみました。
翌日、ありがたいことに熱は、下がっていましたが、全身の発疹は、もっと広がって、首まで登ってきました。診療所で、診てもらいたかったのですが、休診です。仕方なく、一日我慢していました。明日は診療所で、診てもらって、かゆみを留めてもらえたらと、願っています。
過疎なれや 斜面に古き 柿紅葉
外に出でし入院患者庭の秋 馬場路哉
10月27日
昨日の久しぶりの恵みの雨が上がって、朝から、晩秋のほんのり暖かな、お陽さまがてりだしています。犬たちも嬉しそうに、皆揃って日なたぼっこです。
老農の守れる 畑の柿紅葉
散歩する夜明けの遅く 秋深む 馬場路哉
11月2日
寒い朝になりました。昨日の温かさとはうって変わって、この寒さですからやはり11月ですね。山は少しづつ色づいてきました。朝の散歩では、よく見えないのですが、つたは、もう、真っ赤です。柿の葉は、すでに黄色く色づいていますが、その実は、美味しそうなものは、カラスにやられたり、完熟で地面に落ちたものは、いのししが夜の暗いうちに食べてしまいます。いのししも冬の備えて、しっかり栄養を補給しておかなければ、寒い冬を越せませんから。
このごろ、高齢者のかた、介護をしなければならない方、心の病を抱えている方など、みな、礼拝を捧げたくても、その思いがかなえられず、苦しんでいます。そんな方に是非、このジャーナルを読んでいただきたいものと、11月号は、家にあるコピー機で、増し刷りして、配りたいと考えて祈っています。きっと喜んでくれることでしょう。
山と家薄ら見えて 霧の伊賀
病窓に泡立ち草の原広し
細き 苔光らせもして 秋入日
守りをる一枚の田に野紺菊 馬場路哉
明日は、山添村の文化祭です。主人は、俳句を色紙に筆で書いて展示します。私は、専ら、農家さんの栽培された、美味しい食べ物の文化展を見に行き、たくさん買い入れてこようと、意気込んでいます。晴れると良いのですが・・・。
11月6日
野宿生活者の方のことを、ふと、考えていたのです。こう朝、夜中が寒くなってきますと、外での生活はとても過酷です。日本中の教会が、空いているスペースを活用して、一人でも、ふたりでも、困窮されている方に、手を差し伸べることができたら・・・。隣人を愛せよと、口だけで、実行に移すことが出来ないのは、心寂しいです。我が家の犬たちの中で、どうしても、仲間はずれにされる子がいます。その犬のために手つくりの小屋を、二人で今、作成中です。うまく出来そうにありませんが、なんとか、雨風を凌げるようには、してやりたいものです。
鶏頭の伏してをるなり畑の側(そば)
登校す 学生に庭紅葉せる
夕べにも身体の覚ゆ秋日差し
秋深し 愛に恐れのなしと説く 馬場路哉
11月14日
信仰とは、感情の高ぶりから平静さを取り戻したときに、神さまとのかかわりが一層深くなっているものなのでしょう。低空飛行の信仰生活を長く続けていますが、かろうじて、ぶどうの幹に折れかかった一枝として、繋がっていることは、感謝です。山の木々は、うるし色の紅葉が際立って濃く色づいています。桜の紅葉もまた風情があります。我が家の大きなクヌギの木のまわりにつたが絡まりながら赤く染めています。それが、自然のままなので、空に向かってとても、勢いよく伸びているのです。よく晴れた日には、空の青とつたの赤、クヌギの黄緑が交じり合って、さながら絵画の中にいるような、そんな幸せな気持ちにさせられることがあります。
馬場暁美
(上野緑ヶ丘教会員)
ジャン・カルヴァン著
ヘンリー・J・ヴァンアンデル編
吉岡 繁訳
第1章 謙虚な服従、真実にキリストにならう
2 聖潔が基本原理である
1 キリスト者の生活について、聖書には2つの計画がある。第1は、われわれが義を愛するように、律法よって教えられることである。それは生まれつきのままのわれわれが、それを愛そうとはしないからである。第2は、われわれが生活の競争の中でぐらつくことのないように、簡潔な規範を提示されることである。
多くの優れた勧めの中で、「わたしは、聖であるから、あなたがたも聖でなければならない」という基本原理よりも、勝るものがあるだろうか。われわれが、散らされた羊のように散らされ、この世の迷宮の中に失われていた時、キリストは、われわれを御自分のもとに呼び戻すために、集めてくださった。
2 キリストとの神秘的結合について語られるのを聞く時、聖潔がそれに至る道であることをわれわれは思い起こすべきである。聖潔は、われわれがそれによって、神との交わりを獲得する功績ではなく、われわれをキリストに結合させ、彼に従うことができるようにするキリストの賜物である。
神が、どんな不義や不浄とも関わりをもたれないことが、神御自身の栄光である。したがってわれわれが神の招きを大切にするなら、このことを心にとめておかなければならない。われわれが、全生涯、なおこの世の不義と腐敗の泥沼の中でおぼれていたいなら、なぜそこから救い出されたか、考えなければならない。われわれが神の民となることを望むなら、聖なる都エルサレムに住まなければならないことを神のきよさは教える。
エルサレムは聖別された所であるから、不純な住民によって汚されてはならない。詩篇は、直く歩み義を行う者が、主の幕屋にやどるべき者である、と言っている。聖なる方の聖所は、潔く保たれなければならない。
レビ19:2、Ⅰペテロ1:16、イザヤ35:10、詩篇15:1~2、24:3~4
:再読希望者がおられますが、「キリスト者の生活綱要」は在庫がないため、この「つのぶえジャーナル」に連載いたします。つのぶえ社
「地域の人々と共に生きて」 その7
…二人静…
私は、診療所の第一の立地条件は、陽当りのよいこと、湿地でないことを掲げましたが、この二つとも聴きいれられず、どこからも、陽が差さないしかも池を埋め立てた場所に建てられることになりました。しかし、この中には、今まで取り揃えられなかったレントゲン、エコー心電図の機械がおかれ、一応、すべての医療が可能になりました。この頃、若いお母さん方は、車の免許をとり、ほとんど車で上野市内の病院に子供をつれて、診てもらっていました。せっかく良い診療所が建てられましたのに、患者の数は減る一方でした。年寄りだけの診療所になっていきました。そこで、私の定年問題も絡んできましたが、私は断固として村長の辞めるまでは、私もやめません、と言い張って、診療を続けました。
そんなおり、3歳児検診が村の主催で行われました。いやでも全員私の診察を受けねばなりません。一人のこどもの心臓の音が妙に雑音が入ってくるのです。今まで聴いたことが無いほど大きな雑音でした。これは大変と異常ありの旨を母親に伝えますと、非常に怒って、このやぶ医者、早くやめろ、とどなられましたが、奈良医大に紹介状を書いて、持っていって、もう一度、専門医に診てもらうようにだけ伝えました。その時は怒っていた母親でしたが、たしかに、ミルクの飲み方も少ないし、自分もおかしいと気が付いていたとのこと。
すなおに、聴いてくれて、手術を受け、今ではまったくどこにも異常がみられず、また、結婚もして、子供も与えられたと喜んで伝えにきてくれた時、田舎の医師冥利につきると胸がいっぱいになったのでした。
森三菜子
われらの主の母
マリヤ(Ⅱ)
わたしたちは、ルカによる福音書1章によって、イエス様の母マリヤについて考えました。そしてわたしたちは、マリヤの謙遜と彼女の神への服従を強く教えられてまいりましたが、さらに彼女について学びたいと思います。
マリヤと彼女の夫は、ナザレから遠く離れた南のベツレヘムまで、戸籍登録のために長い旅をしていました(ルカ2:1以下)。この旅は臨月であるマリヤにとっては、実に無理であり、困難なものであったと思います。けれども、皇帝カイザルの命令でどうしても、彼女は自分の先祖の地、ダビデの町のベツレヘムへ行かなければならなかったのです。
さて不思議な神のみ摂理で、彼らがベツレヘムにいるあいだに、マリヤは月が満ちて、イエス様を生みました。神のひとり子が、宿屋に部屋が無かったとはいえ、こともあろうに、むさ苦しい馬小屋でお生まれになったこと、また、イエス様の最初のベッドが、飼い葉桶であったことなどを考えます時、わたしたちは神の御心の計り知れない深さを、強く教えられるのであります。余りにもこの世のことに捕らわれているわたしたちの心も、神のひとり子がこのような環境にお生まれになったことを考えます時、神様の本当の御心がわかるような気がいたします。
しかし、イエス様のお誕生の夜の中心問題は、イエス様のお生まれになった環境の良し悪しではなく、天の使いの歌ったように、救い主の誕生であります(ルカ2:11)。その夜、エルサレムの郊外で羊の群を守って寝もやらず、夜露に打たれて野宿していた羊飼いたちがおりました。羊飼いたちは、天使の歌う歌を聞き、急いでベツレヘムに行きました。彼らは馬小屋で、マリヤとヨセフを尋ね当て、飼い葉桶に眠っている幼児のイエス様を見つけ、心からイエス様を拝みました。そして、天使がこの幼児について自分たちに告げてくれたことを、彼らは詳しく、人々に語り伝えたのであります。この態度は、わたしたちクリスチャンの見習うべきことで、わたしたちは救い主のご来臨のこの善き音ずれ(福音)を、多くの人々に伝える大切な使命を与えられているのです。
羊飼いたちの話を聞いたマリヤの気持ちは、どんなものであったでしょうか。ことの不思議さと喜びで、彼女の心はいっぱいであったでしょう。聖書には、マリヤがこれからのことをことごとく、心に留めて思い巡らしたとあります。その後のマリヤのことについて、聖書に15回彼女の名前が出てきます。今、そのうちの1、2を挙げてみましょう。
1 ルカによる福音書2章41~54節です。イエス様が12歳の時の話しです。イエス様は両親にともなわれ、過ぎ越しの祭りのためにエルサレムに上って行かれました。祭りが終わって両親はイエス様も一緒にいるものと思いましたが、実は、イエス様はエルサレムの宮に居残っておられることに気付かず、ナザレへの家路を急いでおりました。彼らは夕方近くになって、イエス様が自分たちのグループの一団の内にいない、見当たらないことに気付きました。ヨセフとマリヤは驚いて、探しながら都エルサレムへと引き返しました。そして3日目に、彼らは、イエス様が宮の中で教師や学者に囲まれ、彼らの話を聞いたり、また彼らに質問したりしておられるのを見つけたのです。
マリヤはイエス様に、「どうしてこんなことをしてくれたのです。お父さんもわたしも心配して、あなたを探していたのですよ」と叱るかのように言いました。するとイエス様は、「どうしてわたしをお探しになったのですか。わたしが自分の父の家にいるはずのことを、ご存知なかったのですか・・・」。と答えられました。イエス様が、自分は神のひとり子であることを、初めて明らかにされたのですが、両親はそのことを悟ることが出来ませんでした」(ルカ2:50)。
2 使徒行伝1章14節をみますと、マリヤとイエス様の弟子たちが、初代キリスト教会の人々と一緒にひたすら祈りをしています。初めてイエス様が神の子であることを語られても信じることが出来ず、イエス様の伝道の門出をさえ思いとどめさせようとした彼らです。しかし後は、このようにイエス様をメシヤ(救い主)と信じるようになりました。このことによって、マリヤもクリスチャンとなったことがわかります。
初 代教会の使徒たちで、マリヤの名を説教に取り入れ、彼女の偉大さだとか、奇跡的能力を持っていたなどと伝えた人は、一人もありません。有名な使徒パウロも、マリヤの名を一度も使っていません。このように申しましたからといって、わたしは決して、イエス様の母マリヤを軽視する考えではありません。ただローマ・カトリック教会や、ギリシャ正教会、また一般社会が彼女に対してとっているようなマリヤをキリストと同格に扱ったり、それ以上に見ることが非常に誤っていて、そのようなことは聖書に基づいていないことを指摘したいだけであります。
マリヤも、わたしたち世の人間と同じように悩みもし、いろいろな苦しみを味わい、人生を過ごした婦人です。彼女には深いキリストの教えが分からなかったかも知れません。しかしやがては彼女も召されて、イエス様が真の神であることを信じ、主のみ足跡に従って、自分に定められた苦き杯を、何の不服も言わずに受けました。わたしたちも、彼女のように素直な信仰に導かれたいものであります。
…キリスト教…
キリシタンの貧しい人々への救済(2)
キリスト教の伝来とその展開(2)
ザビエルは、同年9月中旬、豊後へ向かいます。ポルトガル船が豊後に着いたのと、豊後領主大友義鎭(後の宗麟)の招きによるものです。義鎭はザビエルの説教に敬服し、布教の許可を与え、布教活動に好意を示しました。彼の領地豊後府内(現在の大分市)は、キリシタン活動の中心地となりました。
1551年11月、ザビエルは日本を去りました。僅か2年3ヶ月の日本滞在であり、布教の成果は、洗礼を受けた人数としては1000人にも満たず、たいしたことはなかったとも言えます。しかしながら、ザビエルが日本に残したものは偉大でした。それは、何よりも、彼自身が、日本及び日本人に直接接することにより深く理解し、そして限りなく愛したからです。
日本人の礼儀正しさ、知性の高さを高く評価し、従って日本へ遣わされる宣教師は、日本の有識者と議論して、相手を説き伏せるほどの学識があり、その行動においても尊敬されるような人物でなければならないと言っています。それに応えて、かなり優秀な宣教師が日本に派遣され、ザビエルの精神を重視して布教活動に従事したように思われます。
ザビエルが去った後、トルレスを指導者として、山口を中心に各地で布教活動は盛んでした。しかし、1556年、毛利氏の変で大内氏は滅び、山口のキリシタンは以後下火になり、キリシタン活動は豊後府内に移りました。
当時、ポルトガル船が度々入港したのは平戸でしたが、それはこれに領地を接して大村領があり、領主大村純忠は、キリシタンの教えに深く感服して、1563年、トルレスより洗礼を受けています。キリシタン大名の最初です。ポルトガル船は、1570年、天然の良港、長崎を発見しました。長崎は、数年にして人口3万人の町となり、住民は全てキリシタンであったと言われています。やがて長崎はキリシタン活動の中心地となりました。キリシタンの布教は、島原半島をはじめ、五島、天草にも広がり領主以下多くの領民も洗礼を受けています。
ザビエルが日本渡航前より、布教の中心地としていた都には、ようやく1560年(永禄3)春、パードレ・ビレラ他3人が将軍足利義輝より布教の許可を得て活動を開始しました。比叡山その他の仏僧の妨害にあって困難であったが、畿内にも活動範囲を広げて行きました。この間、高山図書とその子右近、小西隆佐とその子行長など、キリシタン大名として後に有名になる武将が次々と洗礼を受けました。
1565年、将軍義輝は松永らによって非業の最期を遂げ、同時に、仏僧らの策動によって、都から宣教師は追放されています。信長の天下統一、義輝の弟義昭が1568年(永禄11)将軍職を拝し、翌年、フロイスは信長と将軍より布教の許しを得ていました。信長の積極的なキリシタン保護のもとで、布教活動は最盛期を迎えました。1582年(天正10)、本能寺の変で信長は討たれ、秀吉に代わりましたが、キリシタンに対する政策は変らなかった。1586年、イエズス会の日本準管区長コェーリョは、大坂城で秀吉に謁見、異常なほどの歓待を受けているとの記録が残されています。ところが、翌年の1587年(天正15)、突然、禁教令が出され、長崎は没収され、直轄地となりました。
あなたに聖書を
これらは外国から始まったものであります。日本の教会では、明治の
初期、集まってきた子供たちに、裃 を着た人が、篭に入れた蜜柑を配った、という記録があります。
日本風サンタクロースでした。クリスマスケーキというのも日本風のよう
です。クリスマスは喜びの時でありますから、その喜びはさまざまな仕方
で現わされてよろしいでしょう。
クリスマスと言うのは、言葉の上から言えば「キリストの祭り」であります。このキリストの誕生が、どういう意味で、自分にとって喜びであるのか、ということは、改めて考えてよいことではないかと思います。そうでなければ、単に年中行事の一つとして終わるだけで、自分自身へのこととはなりません。私はこれが、全ての人にとって、心からの喜びとなるようにと願っています。
マタイによる福音書一章の中に、天使が乙女マリアに現われて、彼女が男の子を産むであろうという、いわゆる受胎告知をする場面があります。その時、天使は、その子の名は「インマヌエルと呼ばれる」と告げました。「インマヌエル」というのは「神は我々と共におられる」と言う意味です。その神がどういう神であるかはイエス・キリストの全生涯によって知らされるところでありますが、キリストの誕生によって、神が天の高みかどこか、遠い所におられる方ではなく、私たちと共におられる方であることが分かるようになった、ということにおいて、これはもうかけがえのない喜びを与えられたことであります。
キリストの誕生は、あなたの人生がどのようであろうと、神様が常にあなたと共にいて下さる方であることの約束のしるしなのであります。全くの一人ぽっちでしかない時でも「神は共にいて下さる」方です。こんな力強いことはありません。クリスマスのプレゼントは、この「インマヌエル」という神様からの約束でありまして、これにまさる喜びはありません。
篠田 潔
(参照聖句・マタイによる福音書1:18~23)
(電話によるメッセージより・日本基督教団隠退教師・元「キリストへの時間」協力委員・ラジオ説教者)
「ローマ人への手紙」研究 (61)
第41課 異邦人の召命とユダヤ人の拒否
9章1~11章36節(続)
B ユダヤ人は旧約に述べられているように、その不信仰の故に拒否された。
9章25~33節(続)
一方、自ら義を打ち立てるには専門家であると認めていたユダヤ人たちは、それを得ることに失敗しました。これが9章30~31節におけるパウロの論述でした。異邦人たちは「義を追い求めなかった」―パリサイ的ユダヤ人の場合のようには、義というものは異邦人たちの関心を引かなかったのです。しかし、神の救いの恵みを通して、彼らは実際に信仰による義を獲得したのです。すなわち、彼らはその救い主であるイエス・キリストを信じるようになり、義と認められました。彼らに転嫁されたキリストの完全な義によって、神の前に義人と宣言されたのです。
強く義に関心を持ち、義の獲得と所有について自ら誇っていた人たちが、神の聖なる律法を満たすことができる義を得ることに失敗したということは、イスラエルの悲劇であり、パラドックスでした。彼らは「義の律法を追い求めていた」、すなわち、義を獲得することに専念し、それを仕事にしていた。「義の律法」という言葉の意味を正確に把握することには、困難があります。カルヴァンはこの言葉を、「ユダヤ人たちがそれによって義を獲得することができると考えた律法」を意味していると解釈しています。
ユダヤ人たちが義を獲得することに失敗した理由は32節で述べられています。それは「信仰によらないで、行いによって得られるかのように追い求めたからである」。すなわち、罪人の必要を満たす唯一の義認の方法を受け入れることを拒み、堕落以前のアダムとエバならば可能であった業・行いによる義を獲得しようと試みたからです。ちょうどカインがその行いと性格に基づいて神の前に自ら立とうと試みたように、ユダヤ人たちも当時、彼ら自身によって神のみ前に近づくことを拒んだように、すなわち、罪人であることを告白し、屠られた子羊の上に信頼を置くことをしなかったように、パウロの時代のユダヤ人たちは、愚かで頑迷にも、自らの罪を告白せず、また世の罪を取り除く神の子羊であるキリスト・イエスの流された血潮に信頼を置くことをよしとしなかったのです。
J.G.ヴォス著
玉木 鎮訳
(日本キリスト改革派引退教師)
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ISBN978-4-535-55538-9
定価(本体5200+税)
=推薦の言葉=
森田 朗
東京大学公共政策大学院長、法学政治学研究科・法学部教授
「本書は、科学技術と公共政策という新しい研究分野を目指す人たちにまずお薦めしたい。豊富な事例研究は大変読み応えがあり、またそれぞれの事例が個性豊かに分析されている点も興味深い。一方で、学術的な分析枠組みもしっかりしており、著者たちの熱意がよみとれる。エネルギー技術という公共性の高い技術をめぐる社会意思決定は、本書の言うように、公共政策にとっても大きなチャレンジである。現実に、公共政策の意思決定に携わる政府や地方自治体のかたがたにも是非一読をお薦めしたい。」
共著者・編者
鈴木達治郎
(財)電力中央研究所社会経済研究所研究参事。東京大学公共政策大学院客員教授
城山英明
東京大学大学院法学政治学研究科教授
松本三和夫
東京大学大学院人文社会系研究科教授
青木一益
富山大学経済学部経営法学科准教授
上野貴弘
(財)電力中央研究所社会経済研究所研究員
木村 宰
(財)電力中央研究所社会経済研究所主任研究員
寿楽浩太
東京大学大学院学際情報学府博士課程
白取耕一郎
東京大学大学院法学政治学研究科博士課程
西出拓生
東京大学大学院人文社会系研究科博士課程
東京大学大学院人文社会系研究科博士課程
馬場健司
(財)電力中央研究所社会経済研究所主任研究員
本藤祐樹
横浜国立大学大学院環境情報研究院准教授
おすすめ本
スーザン・ハント
ペギー・ハチソン 共著
発行所 つのぶえ社
発 売 つのぶえ社
いのちのことば社
いのちのことば社
SBN4-264-01910-9 COO16
定価(本体1300円+税)
本書は、クリスチャンの女性が、教会において担うべき任務のために、自分たちの能力をどう自己理解し、焦点を合わせるべきかということについて記したものです。また、本書は、男性の指導的地位を正当化することや教会内の権威に関係する職務に女性を任職する問題について述べたものではありません。むしろわたしたちは、男性の指導的地位が受け入れられている教会のなかで、女性はどのような機能を果たすかという問題を創造的に検討したいと願っています。また、リーダーは後継者―つまりグループのゴールを分かち合える人々―を生み出すことが出来るかどうかによって、その成否が決まります。そういう意味で、リーダーとは助け手です。
スーザン・ハント
スーザン・ハント
おすすめ本
「つのぶえ社出版の本の紹介」
「緑のまきば」
吉岡 繁著
(元神戸改革派神学校校長)
「あとがき」より
…。学徒出陣、友人の死、…。それが私のその後の人生の出発点であり、常に立ち帰るべき原点ということでしょう。…。生涯求道者と自称しています。ここで取り上げた問題の多くは、家での対話から生まれたものです。家では勿論日常茶飯事からいろいろのレベルの会話がありますが夫婦が最も熱くなって論じ合う会話の一端がここに反映されています。
「聖霊とその働き」
エドウイン・H・パーマー著
鈴木英昭訳
「著者のことば」より
…。近年になって、御霊の働きについて短時間で学ぶ傾向が一層強まっている。しかしその学びもおもに、クリスチャン生活における御霊の働きを分析するということに向けられている。つまり、再生と聖化に向けられていて、他の面における御霊の広範囲な働きが無視されている。本書はクリスチャン生活以外の面の聖霊について新しい聖書研究が必要なこと、こうした理由から書かれている。
定価 1500円
鈴木英昭著
「著者のことば」
…。神の言葉としての聖書の真理は、永遠に変わりませんが、変わり続ける複雑な時代の問題に対して聖書を適用するためには、聖書そのものの理解とともに、生活にかかわる問題として捉えてはじめて、それが可能になります。それを一冊にまとめてみました。
定価 1800円
おすすめ本
C.ジョン・ミラー著
鈴木英昭訳
キリスト者なら、誰もが伝道の大切さを知っている。しかし、実際は、その困難さに打ち負かされてしまっている。著者は改めて伝道の喜びを取り戻すために、私たちの内的欠陥を取り除き、具体的な対応策を信仰の成長と共に考えさせてくれます。個人で、グループのテキストにしてみませんか。
定価 1000円
おすすめ本
ポーリン・マカルピン著
著者の言葉
讃美歌はクリスチャンにとって、1つの大きな宝物といえます。教会で神様を礼拝する時にも、家庭礼拝の時にも、友との親しい交わりの時にも、そして、悲しい時、うれしい時などに讃美歌が歌える特権は、本当に素晴しいことでございます。しかし、讃美歌の本当のメッセージを知るためには、主イエス・キリストと父なる神様への信仰、み霊なる神様への信頼が必要であります。また、作曲者の願い、讃美歌の歌詞の背景にあるもの、その土台である神様のみ言葉の聖書に触れ、教えられることも大切であります。ここには皆様が広く愛唱されている50曲を選びました。
定価 3000円