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2023年7月号  №193 号 通巻877号
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  自閉症者のひとりごと
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2月28日
退院しても傷口の痛みで歩くのがやっとなので、事実上安静です。そのため寝床にいることが多いです。痛みが早く楽になってほしいです。しかし、難敵が控えています。それは花粉です。それと痛みへの恐怖で外へはなかなか出られません。一日横になっていることが多いのですが、何も考えることなく過ぎていきます。本を読むこともなく、思索にふけるわけでもなく、ぼんやりしています。
 
3月5日
良かったですね。でも無理は禁物です! そうなんです。どの辺りが限界なのかわからないのが困ったことなんです。電流もだんだんきつくしているところが、もう無理しているのかもしれません。アスペルガーはそこが難点なのです。術後一ケ月くらいはおとなしくしていなければいけないのに…。今日は雨だったので、奮発してタクシーで精神科に来ました。予定より早く着きました。今度は薬が変わるかもしれません。飲んだことがある薬なので、心配はしていません。カウンセラーと何を話したらいいかなあ。どこかで、やはり無理しているのかも…。元気をチャージするには、時間がかかりそうです。
 
3月7日
主人は旅行の土産を持って実家に行っています。私は独りになります。そこで抗酒剤を飲んで、お酒を呑まないようにしています。昼にやっていた自助グループのミーティングにも行きたいし…。アル中は厄介です。
 
3月10日
 キリスト教書店に、ドナ・ウイリアムの自閉症の本が何故かありました。これも沢山の人に読んで欲しいと思っています。カナー型の自閉症なら、目にしているけれど、アスペルガーは黙っていれば、自閉症だとわからないからです。そのため普通に接してもらっても、パニックになってしまうことがあるのです。障害の基本はカナー型と同じなのです。
だからなかなか就労が難しいのです。わたしの場合、それで引き篭もりになり、アルコール依存症になってしまいました。今は自助グループのミーティングに行っていますが、逃げずに生きよ! と神様に言われているようで、一日一日呑まない生活をおくっています。辛いですよ。やりたくないこともあるし、腹立たしいこともあるし。それをアルコールに逃げずに生きていかなければならないのですから。けれど、新しく生きなければならないのですからね
 
            加納さおり
 
  姪
高校を合格した 姪に
おめでとうと 言えないで
微笑だけの私
 
明るい声で
源三ちゃん ありがとうと姪
 
私は心の中で
神さま ありがとうございます
 
水野源三第四詩集「み国をめざして」
 
 
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世田谷通信
 (64)
 猫 草
 
 最近の小学5・6年生がどんな会話を交わしているか、耳にしたことがあるだろうか。彼らの言葉は基本的に「2音」ですべてが表現される。おもな例をあげると、「ツヨッ」「スゲッ」「キモッ」「ウザッ」「ザコッ」「ヒデッ」「サムッ」「ハヤッ」などである。なんのことだか?という方のために解説しよう。「ツヨッ」=強い(主として驚愕、驚嘆など褒め言葉として使われる)。「スゲッ」=すごい(その通り凄い、という場合とちょっとばかにした意味もある)。「キモッ」=気持ち悪いの短縮形、「ウザッ」=うざったい、うんざりするの短縮形。「ザコッ」=「雑魚」が「雑魚い」と動詞化し短縮化されたもの。「ヒデッ」=ひどいの短縮形、自分が不当に扱われた時などに非難の意味を込めて発する。「サムッ」=ギャグや冗談がつまらなくて場の空気が冷え冷えして「寒い」の短縮形。「ハヤッ」=早い、速いの短縮形。「ヤバッ」=やばいの短縮形、これは否定的なニュアンスだけでなく、おいしいとか、すごい、感動したなどに幅広く使われる。他には「アリエナイ」「ウケル」「マジデ?」なども頻出する。これらの反射神経だけで使われるような単語の応酬がコミュニケーションの基本だと、こちらが何か言っても「ツヨッ」とか「ウザッ」で会話が終わってしまう。いやあえて会話を終わらせるための言葉といってもよい。
 c2b73377.jpg確かに昔から若者言葉はある。一時期、なんでも「一応」や「的」をつける傾向があった。まだこれは世代の一部に残っている。完全に死語となったのは一昔前の「チョベリバ」(超ベリーバッドの略=最悪の意味)などの一連の女子高生言葉だろうか。現在の「2音」言葉もやがて消えていくのだろうか?これ以上短縮するとしたら、もう「ツ」「ウ」「ヤ」「キ」などの1音しかないのだが、さすがに意味不明か?あ、なんでも「イミワカンナーイ」というのもあった。最近の子供は「イミフだし~」なんて言うのだが。
自分の心を探って、いちばんぴったりくる言葉をつなぐ、相手に思いを伝えるために言葉を紡ぐ、という作業自体がもうすでに「うざい」ことなのかもしれない。「言霊」というように、言葉にはそれ自体に力があるのだが。それとも言葉で中傷されるのを恐れてあえて他人と深く関わらないようにしているのか。
人は言葉を持ち、言葉でつながり、自らその言葉を捨てることで孤独を深めていくような気がする。とてもさみしいことですが。
  その愛のゆえに
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   (37)
2月16日
今朝はまた真冬の冷え込みでした。それでも、先日のあたたかさで、春を感じたのか、鶯がひと鳴きしました。あれ、どこにいるんだろうと思って、空を見上げましたが、みあたりませんでした。今日の冷え込みで、また、木の幹の巣穴の中で一休みしていることでしょう。昨日、テレビで認知症のことが放映されていました。二人で顔を見合わせながら、私たちはもうすでに、認知症が出ているねと話していました。先ほどのことを忘れていたり、漢字が出てこなかったり、人の名前が思い出せなかったりです。でも、これが当たり前のように思います。だって、年をとって来ているんですものね。
水仙の 香り車中に 満つるなり
御言葉を 聴きし平安 寒の明け
春光や 力みなぎる 犬の顔
 
先日、お伝えした、ムクちゃんは、今朝、散歩に出掛けようとして、倒れ、そのまま天国へ、行ってしまいました。ムクちゃんのこどもたちが、泣きべそ暁美を泣くんじゃない。
希望を持って生きるんですよ、と励ましてくれます。余計、悲しくなります。
 
3月2日
今朝は、少し肌寒く感じられましたが、やはり3月ですね。鶯は、ぎこちなく鳴きはじめています。土手には、たんぽぽが黄色の花を咲かせはじめています。明日は、いよいよ、三重大病院の検査の日です。いつものことながら、気分は、すぐれません。主人も、いらいらするのか、さっさと、どこかへ、歩きに行ってしまいました。ガン患者とその家族は、絶えず、転移、再発の不安にさらされ、生き続けなければならないのですね。信仰はどこへいったのでしょう。昨日の礼拝で、信仰によって、神の子とされ、救われると教え、導かれたにも関わらず、この弱さです。すべてを委ねて生きていくことが出来たら、なんと幸いなことでしょう。
 
3月3日
今日の検査では、異常なしと言っていただけました。本当に待合室で待っている間、不安と恐怖にさらされある人は、涙をながしながら待っていますし、ある人は、一生懸命、体験記なるものを読んで、時に涙し、時に気丈に振舞っていました。私はやはり、「つのぶえジャーナル」を何度も読み返しては、心を落ち着かせていました。水野源三さんのことを思い出していました。あんな苦しみにあっても、神様を見上げて生きていける人は、まことのキリスト者だと。そうなりたいと願いつつ、何時名前が呼ばれるかとどきどきしながら、そして、最後には、なんていわれようと動じることのない者にさせてください、と祈っていました。
でも、やはりほっとしました。イースターも嬉しい気持ちで迎えられる。神様、感謝します。この者たちのために祈ってくださっている方のお祈りに支えられ、心から感謝いたします。有難うございました。次は、6月16日に、CT、MRIの検査です。それまで、しばらく、ほっとです。
伊賀盆地 春夕焼けに 雲を見ず
山の端を 明るく登る 春の月
轟轟と(ろうろうと) 谷をわたれる 春一番  
春光や 女教師の 証し聴く
白梅の ひしめく蕾 あかあかと   馬場路哉
 
主人も私もやはり、昨夜は、よくねむることができました。いつもより、30分もゆっくりしていました。
今日、これから、祈祷会に行きます。次々と起こってくる問題、会員の方のために、祈ってまいります。私たち信友は、祈り合うことで、互いに枝として、強めあい、高めあうことができますから、やはり感謝なことです。
 
3月8日
昨日、3月号の、「つのぶえジャーナル」が届きました。今月号は、多くの方のメールが寄せられ、今の世の中の経済状況の悪さからくる、内定を取り消された方のこと、とても強められました。これしかないのでなく、苦境の中で、いろいろな方面に目を向け、道を切り開くことの大切さを教えられました。葡萄つくり頑張ってください。「つのぶえジャーナル」は、とても広い範囲で読まれていると思います。加納さんが言っておられるように、中味が濃いですから、とても、楽しくもあり、知識もゆたかにさせてもらっています。有難うございます。世田谷通信を読んでいて、息子のことを思い出していました。
サッカーに明け暮れた高校時代、日曜日もなく、練習の連続でしたが、皆、卒業のとき、顔を涙で、グシャグシシャにして、つらかったこと、しんどかったこと、を思い出しあって、別れをおしんでいました。そこで培った精神は、勉強に勝るものがあると思われます。沖縄での生活、大変だろうけど、がんばるんだよ、と一層息子への思いが強くなりました。祈っているから。仕事に、集中するんだよとエールを送りたいです。「つのぶえジャーナル」のお陰で、ボケかけた頭が、少し回転してくれます。
 
3月14日
今朝はまた、春の嵐です。激しい雨と風にすでに見ごろを終えた梅は、花吹雪となって、散っていきます。3月は、また、別れの月でもあります。教会でも、解雇された方がふるさとへ帰っていかれます。寂しいですね。今の経済不況で、多くの方が職を失い、高校生で授業料が払えなくて中退したり、卒業証書をもらえなかったりと悲惨なニュースばかりが耳に入ってきます。どうぞ、道を整えられて、歩むことができますように。と祈るものです。
教会の 十字架高く 風光る
伊賀なれや 城を遠くに 耕しぬ
川の岩 黒光りして 春の雨
今日よりは 日の出の早く 弥生きぬ
桃色の花生けられて 弥生きぬ     馬場路哉
 
                   馬場暁美
                  (上野緑ヶ丘教会員)
 「地域りぽーと」
 
桜のニュースが春を運んでくれる季節になりました。私の好きなマイスポットは中津市にある光円寺のしだれ桜です。サークルのお友だちと毎年出掛けています。今から予定を出し合って計画しています。大分も環境問題が話題になっています。全国で広がっているマイバッグ持参運動に15の市と町と消費者団体などが集まって活動しています。普及率80%を目標に頑張っています。レジ袋の無料配布を中止し、マイバッグ持参等を呼びかけています。私たちのサークルでも話し合っています。最近は男性の方の利用者を見かけますが、嬉しいことです。きっと広まっていく感じがします。
 
大分県  Y・Sさん
 
7c1835c3.jpgはじめまして。「つのぶえジャーナル」を拝見しまして、「地域りぽーと」というコーナーがありましたので、メールしました。会社勤めをしながら趣味で市内の「コーラスグループ」に参加して30年になります。漠然とした動機でしたが今はとてもよかったと思っています。それは、退職後も音楽仲間と一緒に地域の文化活動に参加できるからです。音楽の話だけでなく「今のいろいろな話題」を語り合うことが出来るのです。音楽活動にはいろいろの課題もあります。練習所の確保、サークルのメンバーの集まり具合、練習や集客。そして、今は、若い人たちの参加のことなど様々ですが、話し合っている内に何か漠然としたものですが、答えが毎回見えてきます。それは、「創り上げる楽しさ」がそうさせるのではないかと思います。皆さんの中に、地域に合唱団がありましたら、ちょっと覗いてみてください。
                    
                    岡山県  U・Sさん
 
身近な出来事など、「つのぶえジャーナル」にメールして下さい。お待ちしています。
…キリスト教…
 社会福祉活動のあゆみ(21)
 修道院の貧しい人々への救済(7)
 修道会と貧しい人々への救済(1)
 
 社会福祉的、教育的活動に従事する修道会、特に女子修道会は、近代カトリック教会史の花園に咲き香っている花とレオンス・グランメーゾン(1868~1927)はその情景を説明しています。
 「個人主義的利己心によって社会の悲惨はますます深刻になった今日、それを覆うための公共救済医療事業は単に物質的であり、しかも非常に高価であって、やたら社会の負担を重くするに過ぎず、またそこでは貧民の人格は忘れられ、人情は氷のように冷ややかである。この時に当ってカトリック教会は、社会の悲惨に赴くこと、あたかも咲き匂う花園へ飛来する群蜂のように、純潔、謙遜にして、人に隠れて献身的生活を営む無数の童貞女を送ったのである」。5c6b363b.jpg
 自分の罪過の報いに苦悩し、あるいは社会の不正、生活の無情に泣く身寄りなく寄る辺のない老人を世話する「貧者の小さき姉妹会」(1839年創立)があり、不治の疾病の悪臭をも意に介さないで看護をする「カルワリオの婦人会」(1843年)と称する未亡人会がありました。
 
 また、労働者の家庭的不幸、すなわち、母親の不在、児童の放任、貧困、失業、疾病を特に救済する「聖母被昇天の姉妹会」(1853年)、結核に罹った若い女性を献身的に看護する「扶助者のマリアの姉妹会」(1854年)の仕事もありました。そして、社会の最も悲惨な境遇に沈んだ売春婦の更生を目的とし、その魂の指導・救済のために働く「善牧者の姉妹会」(1835年)などがありました。これらはカトリック修道会の活動の一部分に過ぎないものです。
 
 カトリックの修道会のこのような愛・徳と自己犠牲による貧しい人々、被災者、病人、老人、要扶養児童、無宿者、犯罪者に対する救済保護の活動は、教会を愛する者も、憎むも者も、全て心ある人の認めざるを得ない事実でありました。今日の社会福祉の範疇に入る活動の内で、修道会の経営・従事していないものは一つもないといっていいでしょう。勿論、日本においても同様でした。しかもその多くは、修道会が先鞭をつけたものでした。
 修道会の社会福祉活動は、多くの社会的困窮を減少させ、挫折した人々に更生・希望を与え、ある者を危険から遠ざけるなど、社会的にも重要な意義を持っていました。これらの活動によって、直接・間接に巨額の国家負担の出費を節約させたのも事実です。
 しかしながら、中世期に於ける修道院の門前で行う無差別の施与は、むしろ職業的・恒久的物乞い階級の増加を促進するものであったと非難される面もありました。すなわち無差別の施与は、その結果において無効であったばかりでなく、有害でさえあり、受ける者を道徳的に堕落させたと非難されました。
 
 あなたに聖書を
 
  篠田 潔
 
 ただ今は車社会でありまして、家庭の主婦なども買い物に行くのに自動車に乗って行くなどは、ごく当たり前のことになっています。比較的手軽に乗れるというので軽自動車が使われるのが多いようでありますが、これが同じ会社の社宅に住んでいて、部長夫人が国産軽自動車で、その部下の夫人が外車の高級車を乗り回していたりすると、何となく話題の種になりそうです。それは総理大臣がトヨペットに乗っていて秘書がリムジンを使っているのと同じように何かバランスを欠いているように感じられるのでないでしょうか。
 
 ところで、イエス・キリストは、エルサレムの都に入城される時も、まだ誰も乗ったことのないロバの子を使われました。王様や軍隊の司令官などは、こういう時には立派な馬を使います。日本でも昭和天皇は白馬にまたがっていました。皆、そういう乗り物がその人に相応しいからです。ロバの子では何とも様になりません。しかし、キリストは違っていました。自分の乗るには子どものロバが相応しいとされたのでした。
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 これは何を意味していたのかと言いますと、先ず「まだ誰も乗ったことのない子どものロバ」というのは、どれほど役立つか分かっておりません。人間で言うと業績や資格を証明する経歴書みたいなものはないのです。事実、キリストは取り立てて優れたところのない、そしてキリストの働きにどれだけ役に立つかは全く未知数の人たちを弟子にされました。そうして、キリストの働きに用いられました。
 
 次に、子どものロバは戦争に使われることはありません。ブッシュ前大統領は軍馬にまたがったキリストを思い浮かべたから戦争を仕掛けたのでしょうが、これは明らかに見当違いですし、幻想のキリストにほかなりません。正真正銘のキリストは、軍事力を持たず人々の思いを和やかにするロバの子に乗ったことによって、平和の実現者として都入りされたのでした。
 このキリストに用いられて、私たちも平和の担い手となりたいものです。
 
(参照聖句・ルカによる福音書19:28~38)
(電話によるメッセージより・日本基督教団隠退教師・元「キリストへの時間」協力委員・ラジオ説教者)
 「ローマ人への手紙」研究 (53)
 第38課 異邦人の召命とユダヤ人の拒否
       9章1~11章36節(続)
A 神がユダヤ人を退け、異邦人を召されることは神の約束と矛盾するものではない。
       9章1~24節(続)
 「その愛顧を与えることにおいて、神は絶対的主権をもっておられる」
       9章6~24節 (続)
 
 神の絶対主権の教理を語り、それがヤコブとエサウの歴史から真理であることを明らかにしてパウロは、更に進んで、この教理に対する2つの反対論を取り上げようとしています。一見、これらの反対論はもっともらしく見えるので、それらを取り上げて評価し反論することが必要なのです。
 
 368560d4.jpgパウロの第一の反論を9章14~18節で、第二の反論を9章19~24節で取り上げています。絶対主権の教理は神を不正とするというものです。「では、わたしたちはなんと言おうか。神の側に不正があるのか。断じてそうではない」。要するに、この反対論は神が主権的にある人々には恵みを与え、他の人々には与えないとすれば、神は不正であり、不公平であるというものです。この反対論の背後には、神が正しく公平であるためには、すべての人間は全く同じように扱わねばならないという考え方です。この反対論の根底には、神は人間に負い目があるとする考え、すなわち、神がある者にお与えになるものを、他の全ての者も要求する権利があるという考えが存在しています。
 
 パウロはいつもの方法に従って、最初にこの反論の中心点を強く否定します。「断じてそうではない」と言っています。このように先ず強く否定してから、次に、その理由を述べています。
第一に、旧約の出エジプト記33章19節から引用して、神はみ言葉において明白に、この絶対主権を主張しておられることを示します。「わたしは恵もうとする者を恵み、あわれもうとする者をあわれむ」。これはモーセに対する神ご自身のみ言葉です。そこには訴える態度は微塵もありません。神は明白に主張しておられるこの主権性は、人間の考える公平とか正義とかに服させることは決して出来ないのです。
 だからパウロは「ゆえにそれは人間の意志や努力によるのではなく、ただ神のあわれみによるのである」と言うのです。人間が選び、救い、恵みを受けることは、究極的に言って、彼ら自身の意思、決心、行為、業によるものではなく、神の自由な主権的なあわれみに依拠しているのです。
 
 第二に、彼はこの教理をパロの歴史から例証しようとしています。「わたしがあなたを立てたのは、この事のためである。すなわち、あなたによってわたしの力をあらわし、また、わたしの名が全世界に言いひろめられるためである」(9:17)。これは出エジプト記9章16節からの引用です。C・ホッジはこの箇所を註解して「ここで主張されているのはパロが立てられるという計画ではなく、神が世界史の上にパロをお立てになったその目的である。パウロは神がお立てになったパロの神への悪逆を述べているのではなく、この時期におけるパロの出現、彼の心の邪悪が進む状況、またそれが現われてくる歴史環境など、一切が神の摂理によって定められ、神の無限に賢くあわれみに満ちた目的が成就されるように計画されていたということをしめそうとしているのである」。
 すなわち、神はこの教理をパロを立てて、彼の生涯を彼自身の益のためではなく、神のもっと大きい御目的―神の御栄光が大いに現われるためにはパロが滅ぼされることをも含む御目的に適うように決定しておられるのです。これはパロが他のエジプト人たちよりも邪悪であったとうことでもなく、神が崇められるためであったのです。
 神はアロンやモーセの救いによってと同じく、パロの滅亡によっても栄光を現わされるためなのです。
 
 J.G.ヴォス著
                玉木  鎮訳
               (日本キリスト改革派引退教師)
 
 
  祈 り
 
 人には、神様を捜し求める時があります。しかし見いださない人が沢山おられます。素直に、真面目に神様との出会いを求めているのに、成功しないのです。なぜでしょうか。それは、主のおられないところで主を捜しているからではないでしょうか。
 わたしたちは、救われるように神に祈り、イエス様がご自身を啓示・示してくださるように祈ります。それをした後、わたしたちは自分の心の中に主を捜します。わたしたちは主をそこに見いだそうと期待します。わたしたちの生活が立て直され、救われ、祝福され、幸福と感じる時、それがわたしたちは救われていると信じます。このようにして、多くの人が道を迷い、だんだんと闇の中へ入っていってしまうのです。d2755504.jpg
 
 イエス様はみ言葉の中におられるのです。聖書の言葉は神様の言葉であります。わたしたちの救い主はそこにおられるのです。「主はわたしの罪過のために死に渡され、わたしたちが義とされるために、よみがえらされたのです」。と聖書は告げます。
 わたしたちがイエス様を捜し、救われたいと願うならば、あなたは救われるとの主の言葉を信じることです。その約束は聖書に記されていますから、そこで主に出会うべきです。
 
「あなたは、それをだれから学んだか知っており、幼い時から、聖書に親しみ、それが、キリスト・イエスに対する信仰によって救いに至る知恵を、あなた与えうる書物であることを知っている。聖書は、すべて神の霊感を受けてかかれたものであって、人を教え、戒め、正しくし、義に導くのに有益である。それによって、神の人が、あらゆる良いわざに対して十分な準備ができて、完全にととのえられた者になるのである。」(Ⅱテモテ3:14~17)
 
      
松田重雄が観た「切支丹燈籠の世界」(14)
 
 「切支丹灯籠への思い」(13)
 
 「あなた方に言うが、もしこの人たちが黙れば、石が叫ぶであろう」(ルカ19:40)
 
 神は「光あれ」と言われた。すると光があった。(創世記1:3)
 
つい最近まで正式な和服にはそれぞれの家紋が染め抜(手書き)かれていました。古沢恒敏編「正しい紋帖」(金園社)は手ごろな本です。太巴(ふとともえ)から一つ巴、左一つ巴、右一つ巴など、陰左三つ丁子巴(かげひだりみつちょうひともえ)まで約200種ありました。校章、会社や商標、県都市章など身近に見ることが出来ます。バッジと思えば分かりやすいでしょう。また、坪井利弘著「古建築の瓦屋根」-伝統の美と技術―(理工学社)参考になるかと思います。家紋は今でもヨーロッパの国々には受継がれ、見ることが出来ます。
 
8fed9a72.jpgさて、切支丹大名の京極家の御廟は、兵庫県豊岡市にあります。御廟の屋根の巴瓦・鬼瓦・破風(破風・日本建築で、切り妻や入母屋の屋根につけた山形の装飾板。風雨を防ぐ意味もある・国語辞典より)などに斜四ツ目紋と、巴瓦に三巴紋がつけられています。
京極高知宮津藩主には3人の男子があって、長男の高広は宮津藩を継がれたが、その子高国に子がなくお家断絶とたる。二男高三は舞鶴の城主となり、その子は田辺に転封となり、孫の高盛はさらに豊岡に転封されていた。
 
高知は文禄4年(1561)に受洗し入信された切支丹大名であったことは、イエズス会通信にも明らかにしているところです。高知の入信は、日本にキリスト教が伝えられて から13年後に当ります。高知は当代の文化人で英智に優れた名君と言われ、国内の信望厚い人物と言われています。高知は西洋の諸事情を神父たちから聞き、さらに彼らが持っていた西洋の諸器具などを目の当たりにして、その文化の高さに強く打たれたと言う。
高知の兄高次は小浜城主で、この人物も切支丹大名でした。奥方の常高院(幼名おはつ)は淀君の妹で熱烈な切支丹信徒であったと言われています。おはつの父は浅井長政で、母は信長の妹お市の方です。
豊臣から徳川に移り、禁教の弾圧が厳しくなった頃、外様大名であったため冷遇を受けていた。そのような中で城奥での信仰も危険となり、お家断絶の処分を受けかねない状況で、熱烈な信徒であった高次夫妻は、仏教徒に転んだように見せかけて常高寺を建立したと伝えられています。
彼らは禅宗の教義の中に即三是一・即一是三の教えとキリスト教の三位一体の教えに相通じることろから、信徒の中には、禅宗に習合し、信仰の場を禅宗に求め、表面上は禅宗の宗徒に成りすまして切支丹信仰を守っていたとも言われています。
 
弾圧の厳しい当時にあって、その信仰を守るためにいろいろの智慧を用いていたことは想像に難くないところがあります。切支丹燈籠は当時の弾圧の厳しさを証言する物の一つといえましょう。 
 
 
=記= 
主な文章は、松田重雄著「切支丹燈籠の謎・研究」(同信社)からの引用です。また、ご子息の松田章義氏の賛同をいただいております。インターネットで「キリシタン燈籠」を検索して参考になさることをお薦めいたします。また、系図を掲載していますので、拡大してご覧になることをお薦めいたします。
 
 
「契約の継承」(58)
第8章 村人と村の生活
 神の契約にそって生き、教える(3)7b479cc2.jpg
村人と村の生活
 
教師というもの(2) 
 
 教師というのは、数学を嫌うこともできるし、彼の生徒たちを嫌うこともできます。それいて、彼らに数学を教えることができます。私は「生ける者と死ねる者とを裁かれる神とキストのみ前で、彼の出現とみ国とを思って」、非人格的で無関心な態度で神のみ言葉を教えることは決してできません。聖書を教えるということは、神のみ霊が私たちに教えていること分かち合い、私たち自身の生活に当てはめることです。それはきわめて個人的なものです。
 第三にテモテへ当てた手紙の全体に散りばめられていることですが、パウロは信仰深い教の特性をあげています。私たちの生活の中でこうした品性をますます積み上げるように私たちは祈りをあつくして神に求めなければなりません。
 教師の特性① 生きた信仰「私はあなたの純粋な信仰を思い起こしています。そのような仰は、最初あなたの祖母ロイスと、あなたの母ユニケのうちに宿ったものですが、それがあなたのうちにも宿っていることを、私は確信しています。」(Ⅱテモテ1・5)
 教師の特性② み言葉の勤勉な生徒であること。「あなたは熟練した者、すなわち、真理みことばをまっすぐに説き明かす、恥じることのない働き人として、自分を神にささげるよう努め励みなさい。」(Ⅱテモテ2・15)
 教師の特性③ 信仰深いことの模範。「かえって、ことばにも、態度にも、愛にも、信仰にも、純潔にも信者の模範になりなさい。…聖書の朗読と勧めと教えとに専念しなさい。…老たちによる按手を受けたとき、預言によって与えられた、あなたのうちにある聖霊の賜物軽んじてはいけません。これらの務めに心を砕き、しっかりやりなさい。そうすれば、あなたの進歩はすべての人に明らかになるでしょう。自分自身にも、教える事にも、よく気をつけなさい。あくまでそれを続けなさい。そうすれば、自分自身をも、またあなたの教えを聞く人たちをも救うことになります。」(Ⅰテモテ4・12~16)
 教師の特性④ 感謝している奉仕者の精神。「私は、私を強くしてくださる私たちの主キスト・イエスに感謝をささげています。なぜなら、キリストは、私をこの務めに任命して、を忠実な者と認めてくださったからです。」  (Ⅰテモテ1・12)
 教師の特性⑤ 常に自分自身の罪深さと神の憐れみを知っていること。「私は以前は、神をけがす者、迫害する者、暴力をふるう者でした。それでも、信じていないときに知らないでしたことなので、あわれみを受けたのです。私たちの主のこの恵みは、キリスト・イエスにある信仰と愛とともに、ますます満ちあふれるようになりました。「キリスト・イエスは、罪人救うためにこの世に来られた。」ということばは、まことであり、そのまま受け入れるに値うるものです。私はその罪人のかしらです。(Ⅰテモテ1・13~15)
 教師の特性⑥ 弟子を育てること。「多くの証人の前で私から聞いたことを、他の人にもえる力のある忠実な人たちにゆだねなさい。」(Ⅱテモテ2・2) 
 教師の特性⑦ 一致をつくりあげる人。「それで、あなたは、若い時の情欲を避け、きよい心で主を呼び求める人たちとともに、義と信仰と愛と平和を追い求めなさい。愚かで、無知思弁を避けなさい。それが争いのもとであることは、あなたが知っているとおりです。主のしもべが争ってはいけません。むしろ、すべての人に優しくし、よく教え、よく忍び、反対す人たちを柔和な心で訓戒しなさい。もしかすると、神は彼らに悔い改めの心を与えて真理をさとらせてくださるでしょう。それで悪魔に捕えられて思うままにされている人々でも、目ざめてそのわなをのがれることもあるでしょう。」(Ⅱテモテ2・22~26)
 教師の特性⑧ 伝道への心。「しかし、あなたは、どのようなばあいにも慎み、困難に耐え伝道者として働き、自分の務めを十分に果たしなさい。」(Ⅱテモテ4・5)
 パウロとテモテは「十分訓練を受けた者はみな、自分の師ぐらいにはなるのです。」(ルカ・40)という積極的な例を示しています。テモテはパウロとよく似ています。その教師と弟子の関係はおそろしいものです。他の人々へ与える私たちの感化はこわいものです。それはまた素晴らしいものでもあります。「思慮深い人々は大空の輝きのように輝き、多くの者を義とした者は、世々限りなく、星のようになる。」(ダニエル12・3)
 弟子に対するパウロの強い献身の証しは、彼がイエスを手本として従ったために、パウロ模範に続くよう私たちを駆り立てます。「…それどころか、あなたがたの間で、母がその子どもたちを養い育てるように、優しくふるまいました。このようにあなたがたを思う心から、ただ神の福音だけではなく、私たち自身のいのちまでも、喜んであなたがたに与えたいと思ったのです。なぜなら、あなたがたは私たちの愛する者となったからです。」(Ⅰテサロニケ・7~8)
   わたしは、わたし自身の心から湧き上がる抗議を聞くので、あなた方のうめきも聞いていくことができます。:私はおそらくこのことができません。私たちの救い主はそのことをご存じで、キリストはそのために備えをしてくださいました。明らかに、パウロはテモテが同じような頼りなさを持っているということを知っていました。というのは、彼がテモテに挑戦をもとめたとき、備えがあることに、彼の注意を向けさせたからです。「そして、あなたにゆだねられた良いものを、私たちのうちに宿る聖霊によって、守りなさい。」(Ⅱテモテ1・14)
 私たちの導き手であり、教師であるのは聖霊です(ヨハネ14・15~26)。聖霊は私たちが自分で生み出すことのできないものを私たちに生み出してくださいます。「…御霊の実は愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制です。このようなものを禁ずる律法はありません。」(ガラテヤ5・22~23)。私たちの生徒たちが真理を信じることができるようにされるみ霊は、また私たちにも信じ、生き、真実を語ることができるようにして下さいます。
 
スーザン・ハント著
WIC委員会訳
 
「みんなでわいわい・ご意見コーナー」
 
b58e4481.jpg「つのぶえジャーナル」ご覧の皆様、お元気ですか。このコーナーを見るのが楽しみです。パソコンで先ずここを見てから印刷します。少し文字は小さくなるのですが、ゆっくりと一つ一つ読んでいます。まだまだ春は先ですが、わたしの毎日は、メールの確認です。娘や息子の便りを見ます。それから朝の体操と近くの公園までの散歩です。主人は6年前に召されたので今は独り身です。朝食は、昨晩の残り物と生野菜です。出掛ける時間が決まっていますので合う人もだいたい同じですが、暫く見ない人と出会うと一安心しています。週に2回近くの病院に行きリハビリを受けてきます。ここでも顔なじみができて、お互いの近況報告をし合っていますが、殆んど女性ばかりです。耳の遠い人の集まりですから、大声の話し声と笑い声ですが、男性は何か一人ぽつんとしていて、可愛想です。教会でもそうです。婦人会から70歳以上の人は「しるばー会」になるのですが、なかなか参加してもらえません。日常の当り前の話のなかにも、信仰の話しがあり、喜びや感謝が分かち合えるのに・・・となぜか気の毒に思う時があります。皆さんの教会はいかがですか。
                       栃木県  H・Sさん
 
年金生活者にとって、定額給付金はありがたいですが、家内とその使いみちについて話し合ってきました。結論は、それぞれ自由に使うことにしました。いろいろ考えましたが、家の近くにある老人施設に寄付することに決めました。そこで働いている人の笑顔が好きだからですが、まだ受け取っていませんが、そう決めたら、その施設に親しみがわいてきました。
                       静岡県  A・Tさん
 
友人から紹介されて「つのぶえジャーナル」を読んでいる山林労務を仕事にしている者です。どの職種も同じですが、山で働く者も高齢化していて、危機的な状況です。仕事も3Kの「きつい」「きたない」「危険」があります。しかし、私は毎日森林浴をしているようだし、沢山の鳥たちもいて、四季の美しさの中で仕事をしていると思っています。景気は、林業だけでなく全体的に悪いですが、私の考えですが、景気の良かった時に手仕事から機械化に進んだことが結果として出ているのではないかと思います。たとえば、「小向」「荒むき」は、手作業から水圧によるものに変えあり、製材機もセンサーが木の太さを自動的に計って背割りをするようになりました。乾燥も、天日干しから機械になり、5日ほどで乾燥するようになりました。トラックも手で運んでいたものが、今はクレーンのついたものが主流です。このために生産が過剰になり、需要は減っているため不況産業です。家も木造から遠のいています。
しかし、自然相手の仕事は好いものです。誇りをもっています。近くの森林組合の活動や行事に参加してみてください。
 
                     京都府  M・Mさん 
 
長男が小学校に入ります。夫も私も子ども以上に、緊張しそしてはしゃいでいます。主人はビデオ撮影の準備とか言って、家中写しまくっています。実家の母にわたしの時はどうだった、と聞いたら、別に、もう忘れたといわれ、がっかりしていたら、母からお父さんと三人で写真を撮ったよと言ってくれて、ちょっぴり涙ぐんでしまいました・・・・。
 
                     名古屋市 N・Yさん
 『ありがとうございます』
 近くの公園の梅が沢山の花をつけていました。木々の枝にもふっくらした蕾がありました。若に人には旅たち、別れ、そして夢に向かっての時でもあります。焦らず歩んで欲しいと願っています。頑張れ、若者たち!
 岐阜のM・Kさん、お庭の野菜をありがとうございます。夕食時にいただきました。関西におられた方の春は、「いかなごのくぎ煮」と言われていますが、毎年、この時期になりますと送ってくださる方がおりまして、今年も頂きました。手作りですから、その人の味がして美味しいです。
 
       ****************
 
『つのぶえジャーナル』のための献金者98609a40.jpg
 馬場暁美様 片野征夫様 匿名様
 
 
 郵便振替口座番号 00800-1-45937 つのぶえ社
 
『クリスチャン音楽家を支える会』のための献金者
犬山教会兄弟会様 匿名様
便振替口座番号 00870-2-92464 クリスチャン音楽家を支える会
 
 アダはヤバルを産んだ。彼は天幕に住んで、家畜を飼う者の先祖となった。その弟の名はユバルといった。彼は琴や笛を執るすべての者の先祖となった(創世記4:20~21)。
09年3月20日現在 編集・発行人 長村秀勝
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お気持ち一つで!
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書籍紹介
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エネルギー技術の
 社会意思決定

日本評論社
ISBN978-4-535-55538-9
 定価(本体5200+税)
=推薦の言葉=
森田 朗
東京大学公共政策大学院長、法学政治学研究科・法学部教授

「本書は、科学技術と公共政策という新しい研究分野を目指す人たちにまずお薦めしたい。豊富な事例研究は大変読み応えがあり、またそれぞれの事例が個性豊かに分析されている点も興味深い。一方で、学術的な分析枠組みもしっかりしており、著者たちの熱意がよみとれる。エネルギー技術という公共性の高い技術をめぐる社会意思決定は、本書の言うように、公共政策にとっても大きなチャレンジである。現実に、公共政策の意思決定に携わる政府や地方自治体のかたがたにも是非一読をお薦めしたい。」
 共著者・編者
鈴木達治郎
(財)電力中央研究所社会経済研究所研究参事。東京大学公共政策大学院客員教授
城山英明
東京大学大学院法学政治学研究科教授
松本三和夫
東京大学大学院人文社会系研究科教授
青木一益
富山大学経済学部経営法学科准教授
上野貴弘
(財)電力中央研究所社会経済研究所研究員
木村 宰
(財)電力中央研究所社会経済研究所主任研究員
寿楽浩太
東京大学大学院学際情報学府博士課程
白取耕一郎
東京大学大学院法学政治学研究科博士課程
西出拓生
東京大学大学院人文社会系研究科博士課程
馬場健司
(財)電力中央研究所社会経済研究所主任研究員
本藤祐樹
横浜国立大学大学院環境情報研究院准教授
おすすめ本

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教会における女性のリーダーシップ
スーザン・ハント
ペギー・ハチソン 共著
発行所 つのぶえ社
発 売 つのぶえ社
いのちのことば社
SBN4-264-01910-9 COO16
定価(本体1300円+税)
本書は、クリスチャンの女性が、教会において担うべき任務のために、自分たちの能力をどう自己理解し、焦点を合わせるべきかということについて記したものです。また、本書は、男性の指導的地位を正当化することや教会内の権威に関係する職務に女性を任職する問題について述べたものではありません。むしろわたしたちは、男性の指導的地位が受け入れられている教会のなかで、女性はどのような機能を果たすかという問題を創造的に検討したいと願っています。また、リーダーは後継者―つまりグループのゴールを分かち合える人々―を生み出すことが出来るかどうかによって、その成否が決まります。そういう意味で、リーダーとは助け手です。
スーザン・ハント 
おすすめ本
「つのぶえ社出版の本の紹介」
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「緑のまきば」
吉岡 繁著
(元神戸改革派神学校校長)
「あとがき」より
…。学徒出陣、友人の死、…。それが私のその後の人生の出発点であり、常に立ち帰るべき原点ということでしょう。…。生涯求道者と自称しています。ここで取り上げた問題の多くは、家での対話から生まれたものです。家では勿論日常茶飯事からいろいろのレベルの会話がありますが夫婦が最も熱くなって論じ合う会話の一端がここに反映されています。
定価 2000円 

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「聖霊とその働き」
エドウイン・H・パーマー著
鈴木英昭訳
「著者のことば」より
…。近年になって、御霊の働きについて短時間で学ぶ傾向が一層強まっている。しかしその学びもおもに、クリスチャン生活における御霊の働きを分析するということに向けられている。つまり、再生と聖化に向けられていて、他の面における御霊の広範囲な働きが無視されている。本書はクリスチャン生活以外の面の聖霊について新しい聖書研究が必要なこと、こうした理由から書かれている。
定価 1500円
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「十戒と主の祈り」
鈴木英昭著
 「著者のことば」
…。神の言葉としての聖書の真理は、永遠に変わりませんが、変わり続ける複雑な時代の問題に対して聖書を適用するためには、聖書そのものの理解とともに、生活にかかわる問題として捉えてはじめて、それが可能になります。それを一冊にまとめてみました。
定価 1800円
おすすめ本
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われらの教会と伝道
C.ジョン・ミラー著
鈴木英昭訳
キリスト者なら、誰もが伝道の大切さを知っている。しかし、実際は、その困難さに打ち負かされてしまっている。著者は改めて伝道の喜びを取り戻すために、私たちの内的欠陥を取り除き、具体的な対応策を信仰の成長と共に考えさせてくれます。個人で、グループのテキストにしてみませんか。
定価 1000円
おすすめ本

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さんびか物語
ポーリン・マカルピン著
著者の言葉
讃美歌はクリスチャンにとって、1つの大きな宝物といえます。教会で神様を礼拝する時にも、家庭礼拝の時にも、友との親しい交わりの時にも、そして、悲しい時、うれしい時などに讃美歌が歌える特権は、本当に素晴しいことでございます。しかし、讃美歌の本当のメッセージを知るためには、主イエス・キリストと父なる神様への信仰、み霊なる神様への信頼が必要であります。また、作曲者の願い、讃美歌の歌詞の背景にあるもの、その土台である神様のみ言葉の聖書に触れ、教えられることも大切であります。ここには皆様が広く愛唱されている50曲を選びました。
定価 3000円

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