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2023年7月号  №193 号 通巻877号
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 あなたに聖書を
   篠田 潔
 
 新約聖書の中のマルコ福音書10章に、一人の青年がキリストのところにやって来て「先生、永遠の命を受け継ぐには、何をすればよいでしょうか」と尋ねたことが書いてあります。「自分探し」をしている若者や、「生きる意味は何か」を問うている人は、「本当に確かな自分とは何か」「悔いのない生き方は何によって得られるか」ということを問うているのでありまして、人間にとって永遠の課題であると言えます。
 こういう問題については、多くの人が、それそれに様々な答えを出してきました。キリストを訪ねた青年も、何をしなければならないかについては、モーセの十戒に示されている戒めを、先輩たちから受け継がれている最も大切な教訓として知っており、実際に守り行ってきた人たちでした。
そういう点では大変真面目な青年でした。しかし、それでも今一つ「これで良い」と言えるものが無かったため、キリストにその今一つを教えていただきたいと願ったのでした。aa80d141.jpg
 この青年に対して、キリストは「あなたの持ち物を売り払って貧しい人に施しなさい。そうすれば天に宝を積むことになる。それから、わたしに従いなさい」と言われました。これは、キリストが、この青年の真面目さを認めたうえで彼が「永遠の命」という本当に確かなものを、今の自分の上にもう一つ何かを加えることによって得ようとしていることの見当違いを指摘された上で、本当に確かなものはキリストに従うことにある、と答えられたことでした。
 これは彼の人生に対する診断書と処方箋を出されたことであったと言えます。厳しくしかも適切であり、また親切な回答でありました。それは彼が全く新しい人、つまり永遠の確かさに生きる人へと変える秘訣であったからです。この青年はこの秘訣を教えられながら、自分が抱え込んでいるものを捨てることが出来ませんでした。宝の山のあり場所を知らされながら宝を得られなかったのでした。
 本当に確かなものは、自分の考えや経験を越えて、キリストが示されるところにある、というのが、聖書が提供している福音の秘訣であります。
 
 
(参照聖句マルコ10・17~22)
(電話によるメッセージより・日本基督教団隠退教師・元「キリストへの時間」協力委員・ラジオ説教者)
 
 
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 「ローマ人への手紙」研究 (47)
 第35課 異邦人の召命とユダヤ人の拒否
       9章1~11章36節(続)
A 神がユダヤ人を退け、異邦人を召されることは神の約束と矛盾するものではない。
       9章1~24節(続)
 「ユダヤ人の兄弟たちに対するパウロの愛と関心の表明」
       9章1~5節 (続)
 
 「肉によれば、キリストもまた彼らからでられたのである。万物の上にいます神は、永遠にほむべきかな、アァメン」。
 
 このような近代主義者のある人たちは、何らの躊躇なしに、「キリストは神である」と言うのです。これはあたかも本当の真理の告白のように聞こえるかもしれません。しかし、実際には何も意味していないのです。何故ならば「イエスは神である」と言う言葉の意味は、その言葉を言う人が、「神」という語で何を意味しているかと言うことにかかっているからです。多くの近代主義者たちが汎神論的な神概念を持っています。
 すなわち、彼らは神を宇宙の精神、宇宙の知性、宇宙に内在する力ぐらいにしか考えていないのです。彼らは神を被造物とは独立して存在される創造主なる神とは考えていません。彼らはキリストについて高度の見解をもっているから、イエス・キリストは神であるというのではなく、低度のキリスト観をもっているからそのように言うのです。
 
 c2c48688.jpg聖書の中には、このような二枚舌的な言い方は断じてありません。また、キリスト教会の偉大な歴史的諸信条や信仰告白にも、このような二重人格的な表現は全く無いのです。聖書と諸信条は正直で金本位的な言葉で語っているのであり、その言葉は額面通りに理解すべきです。ローマ書9:5において、聖書は私たちに明白にしかも端的に、驚くべき真理、すなわち、キリストは全てのものの上にいます神であり、とこしえにほむべき方に他ならないと断言しています。
 星の輝く天と地とを創造されたのは、私たちが主イエス・キリストとして知っているこの方なのです(ヨハネ1:3)。400億以上の星をもつといわれるこの銀河系宇宙も神、すなわち、キリストのよって創造され、刻一刻もキリストによって存続させられているのです。この地球より200万光年も彼方にある銀河系外宇宙であるアンドロメダ星雲もキリストのみ手によって存続させられているのです。
 キリストにとって千年は一日の如く、一日は千年の如くなのです。イエスは無限者キリストなのです。そして、この方が肉体を取り、私たちの中に宿られ、布に包まれ、飼い葉おけの中に横たえられたのです。飢え渇き疲れを経験され、世の苦しみをなめ、十字架につけられ、死んで葬られ、しばしの間死の権能の下に服されました。しかし、このような肉体をもった地上の生涯の間を通じて、キリストは決してひと時たりとも、万物の上にあり、とこしえにほめたたえられる神であることを止められはしなかったのです。彼は決して神性を放棄されることなく、不断に神であられたのです。パウロはⅠテモテ3:15で言われているように、「確かに偉大なのは、この信心の奥義です。「キリストは肉において現れ」なのです。
 
  J.G.ヴォス著
  玉木  鎮訳
  (日本キリスト改革派引退教師)
 
 
  祈 り
 
 e9944b21.jpg私たちの目の前に、闇、不幸、侘しい日々が横たわる時、素晴らしいもの、輝いていたものが消え去る時、どんなに心強い人でも、その先を思うと茨にふさがれ、厳しいものと思うでしょう。親しい友・信じていた人々が遠ざかって行く時、その心の旅路は耐え難いものがあります。
 しかし、イエスはそんな時、語りかけて下さるとしたら…。
 私たちに、イエスが見えなくても、イエスには私たちが見え、私たちが救い主と認められなくなっても、イエスは私たちを知っておられると言うのです。神の深い愛はそのようなものと思える時、そこに感謝があるでしょう。
 「語り合い論じ合っていると、イエスご自身が近づいてきて、彼らと一緒に行かれた。しかし、彼らの目がさえぎられて、イエスを認めることができなかった」(ルカ24:15~16)私たちが、イエスであることを知った時、そこには言い知れない喜びがまっています。
 
 
       ******************
 
憲法第25条(国民の生存権と国の保障義務) すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
② 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。
松田重雄が観た「切支丹燈籠の世界」(8)
 
 「切支丹灯籠への思い」(7)
 
 「あなた方に言うが、もしこの人たちが黙れば、石が叫ぶであろう」(ルカ19:40)
 
 神は「光あれ」と言われた。すると光があった。(創世記1:3)
 
キリシタン燈籠の存在には多くの謎があります。迫害下あった当時、このような礼拝物を考案した人たちが、その由来・製作依頼人を書き残せる時代ではなかったからでしょう。そうであるために、信徒の心から心へとその意味を伝えた想像できます。また、潜伏信徒の動向については歴史の空白部分でもあります。f8171ecd.jpg
歴史に登場するのは、明治維新に条約改定のために岩倉特命全権大使が、ヨーロッパ各国を回った時でした。慶応4年浦上信徒約3000人が捕らえられ、改宗を強要され、迫害を受けている事件について、欧州各国より強い非難を受けました。そのため一行の中の伊藤博文は、日本政府に至急信教の自由を布告するように強く要請したとされています。日本人の中には、「信教の自由」という「基本的人権」が育ってはいなく、外圧によったものでありました。
しかし、理由はどうであれキリスト教の禁止令撤廃が公布されました。時の政府は諸藩知事に命じ、各藩の不浄蔵に管理されている切支丹・不受不施派・黒住教に関する記録文書を全て焼却させました。不浄蔵とは禁教関係の文書記録を収めていた蔵の別名です。
文書に関していえば、潜伏信徒たちの動静等を文書に残し、万一にもそれが奉行などの目にふれるならば弾圧・迫害の機を与えます。当時、在日していた神父の責任者は、ローマに報告する義務がありました。この報告書は同じものを2~3通作成し、数回に分けて送っていたといわれています。それは交通の不便な時代の知恵であると同時に、何らかの理由で信徒の氏名等の秘密事項の知られることを恐れて正確なものは書き送られていないのです。そのために今日に至るまで潜伏切支丹の資料が乏しく暗中模索と言えます。そのような中での切支丹燈籠の存在た貴重な資料となりました。
松田氏はその切支丹灯籠を幾つかに分類していますので、松田氏の分類をご紹介いたいましょう。
1 創造時代型 2 迷彩時代型 3 偽装時代型 4 無刻時代型です。
 
1 創造時代型
 制作年代=文禄、慶長、元和、江戸初期に至る。
 竿  型=十字架型、ギリシャ・クルス型が多い。
 丸  味=竿の上部に宇宙を表現した丸味がある。
 尊  像=南蛮風俗の美しい八頭身型のものが多い。後期のものは7~6頭身となる。
 足  型=長い足首を露出し、八の字開きで上履きを履き甲は太い。
 面  取=竿の面取りのものが多い。
 基  壇=竿の下部を荒加工して基壇として埋めている。
 庶民信仰=キリ シタン灯籠には関係なく、古キリシタン信徒の中には祇園信仰と結びつくものもある。
 
46f5a91c.jpg創造時代型の文様は裏文字で、信徒たちのかくし文字と言われています。この文様を裏返しにしてみるとPATRI(ラテン語)のパートリーは「父」を意味しています。尊像はキリストを象徴し、燈籠の竿は父・キリスト(子)・聖霊を象徴し、キリスト教の三位一体を表しているとされています。
平安時代の木造建築の美しさは、柱の面取りにあるといわれています。この作風を模したものでしょうか。また、基壇を土の中に埋めて立てると竿は十字架形にもなります。
 
 
=記= 
「…」内の文章等は、松田重雄著「切支丹燈籠の謎・研究」(同信社)からの参考・引用です。また、ご子息の松田章義氏の賛同をいただいております。インターネットで「キリシタン燈籠」を検索して参考になさることをお薦めいたします。
 
「契約の継承」(53)
第7章 キリスト教教育のための方策
  神の契約にそって生き、そして教える
 
神学的な一貫性と組み立ての調和(2)
讃美せよ。畏れるな。(2)
 
  ヨシャファトの祈りに続いて、主の霊がヤハジエルに臨んで、会衆の前に立って言いました。
 
「ユダのすべての人々とエルサレムの住民およびヨシャパテ王よ。よく聞き
なさい。主はあなたがたにこう仰せられます。『あなたがたはこのおびただ
しい大軍のゆえに恐れてはならない。気落ちしてはならない。この戦いはあ
なたがたの戦いではなく、神の戦いであるから。あす、彼らのところに攻め
下れ。見よ。彼らはツィツの上り道から上って来る。あなたがたはエルエル
の荒野の前の谷のはずれで、彼らに会う。この戦いではあなたがたが戦うの
ではない。しっかり立って動かずにいよ。あなたがたとともにいる主の救い
を見よ。ユダおよびエルサレムよ。恐れてはならない。気落ちしてはならな
い。あす、彼らに向かって出陣せよ。主はあなたがたとともにいる。』」
                          歴代誌下20・15ー17
 
 見たところつじつまの合わないヤハジエルの言葉に注意してください。彼は戦いは自分たちのものではないと告げていますが、すぐ続けて攻め下れ、陣地を定めて、堅く立てと言っています。大軍が攻めてきている時の相応しい陣地とは何でしょうか。ヨシャパテの瞬時の行為から、学ぶことができます。
 
それで、ヨシャパテは地にひれ伏した。ユダのすべての人々とエルサレムの
住民も主の前にひれ伏して主を礼拝した、
                                            歴代誌下20・18
 
 この教訓の妥当性は大昔から誇張されることにはなりません。大軍が私たちを攻めてきているとき、ここにその戦略があります。他の信者たちを集め、ヨシャパテの祈りをしなさい。それから、私たちの主権者のみ前にぬかずいて、礼拝しなさい。
 物語は更に良くなります。大軍は攻め進んで来るとき…s-200809150816001.jpg
 
…ケハテ族、コラ族のレビ人たちが立ち上がり、大声を張り上げてイスラエ
ルの神、主を賛美した。こうして、彼らは翌朝早く、テコアの荒野へ出陣し
た。出陣のとき、ヨシャパテは立ち上がって言った。「ユダおよびエルサレ
ムの住民よ。わたしの言うことを聞きなさい。あなたがたの神、主を信じ、忠誠
を示しなさい。その預言者を信じ、勝利を得なさい。」
                              歴代誌下20・19ー20
 
 ヨシャパトは民と相談し、それから今までに聞いたこともないような奇想天外な作戦にでます。前衛部隊に一番強い戦車を置くのではなくて…
 
 それから、彼は民と相談し、主に向かって歌う者たち、聖なる飾り物を着け
て賛美する者たちを任命した。彼らが武装した者の前に出て行って、こう歌
うためであった。「主に感謝せよ。その恵みはとこしえまで。」
                                             歴代誌下20・21
 
  こんな光景を想像できますか。もしその動きを見ている敵の偵察がいたとしたら、その報告書をどう書くか考えてみてください。けれども契約に基づいて考えている人にとっては、これは全く特異なことではありません。契約の民たちは過去の人たちの肩を借りていただけであって、契約の見地から、その状況を判断したのです。この特別な場合にあって人々はソロモンの肩を借りました。彼らは神殿が完成したときにうたわれた、まさにその歌を歌いました。そしてもちろん、同じ効果を期待したのです。ヨシャパトが心に抱いていたに違いないという心の絵を手に入れるために、歴史の時計を百年位もどしてみましょう。歴代誌下5章13~14はこう記しています。
 
スーザン・ハント著
WIC委員会訳
                   
みんなでわいわい・ご意見コーナー」
 
 「つのぶえジャーナル」をご覧の皆様へ、秋田からお便りいたします。数年前からパソコンで注文を受けて自作のものを仲間と共同販売するように指導を受けて、パソコンが生活の一部になりました。暑い夏からもう秋です。道は舗装されていますが家の裏山には秋の花を見かけます。秋の七草の桔梗や撫子、萩の花を見ることが出来ます。花の本に「萩」は、もの思いが花言葉とか、涼風にしなり、時に露にぬれる花の風情が「もの思い」そのもの、と記されていました。
元気に啼いていた虫の声も小さく消えそうです。もう直ぐ長い雪の生活です。
                     秋田県   Y・Sさん 
 
朝晩はだいぶ涼しくなり、いつの間にか賑やかだった蝉の声も聞こえなくなり、虫の声で秋の訪れが感じられますね。友だちの息子さんが京都の大学に入学した当時は、よく息子さんに会いに京都に行くと聞いてましたその友人もおばあちゃんになりましたと連絡してきました。月日の経つのは早いですね。先月、娘の希望で24時間TVのチャリティ募金に行ってきました。8月の上旬から娘の体調がはっきりせず行けるかどうか心配だったのですが、日がだんだん近づいてきてテンションが上がってきていたところへ、リハビリの先生を通して知り合った方も一緒に行くことになり、みんなで楽しく行くことができました。
 2~3年前から24時間TVのマラソンラを見てから自分でも走ってみたいという夢を持っています。町のマラソン大会に出たいみたいですが、今はなんだかはっきりとしない体調ですが、先の楽しみに向けてきっと参加できるのかなと思ってます。
 が、問題発生です。誰が娘の車椅子を押して走るのか?もしかして私?どちらかといえば運動嫌いでそれに最近、体力低下を感じるようになってきたのでちょっと心配ですがいざとなれば、わが娘のために頑張らなければと思ってます。 今は娘と2度目の青春と思って一緒に楽しんでます。親付きの行動に最近は、えっ!一緒に来るの~?ヘルパーさん頼むからいいよ、なんて嫌がられることもありますが。
                      東京都  Y・Nさん
 
 f295125a.jpgわたしは口下手なので親しい人にでもキリスト教についてお話いたことがありません。教会で、伝道の話が出るたびに肩身の狭い思いをしてきましたが、最近、子供にこの「つのぶえジャーナル」を印刷してもらい、配っています。わたしみたいな者でも伝道の真似事が出来て嬉しいです。がんばってください。
                      滋賀県  A・Aさん
 
 最近、写真が多くなりましたね。先ず写真を拡大して見てからコピーして読むようになりました。「地域りぽーと」の写真はアットホームで好いですね。人柄が伝わってきます。これからも楽しみにしています。写真提供の皆様に感謝! そうそう、俳句もその地域の景色や様子が伝わってきますね。秩父から東京に出てきて20年になりますが、朝晩の通勤と職場の中の仕事の毎日ですから、季節を忘れてしまいますね。
                       東京都 S・Sさん
 『ありがとうございます』
 真夏の延長のような日々の名古屋でしたが、初秋へと季節も変わりました。夏の疲れが癒され、健康が守られますようにお祈りいたします。
今月号の写真は、桒原 茂さん、廣子さん(日キ教団金城教会員・CBC「キリストへの時間」アナウンサー)、門馬 亨さん(犬山教会)のものを使わせていただきました。感謝です。
 
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b1506b0e.jpg絶版と案内していました「ウエストミンスター小教理問答書」(日本基督改革派教会信仰規準翻訳委員会=引章聖句付=¥650は、在庫がありますのでお求め下さい。
                  
        ****************
                                       
 
 
  『つのぶえジャーナル』のための献金者
  藤沢徳治様 斉藤タミ様 西岡貞子様  匿名1名様
 
 
 郵便振替口座番号 00800-1-45937 つのぶえ社
 
『クリスチャン音楽家を支える会』のための献金者
  
 
郵便振替口座番号 00870-2-92464 クリスチャン音楽家を支える会
 
 アダはヤバルを産んだ。彼は天幕に住んで、家畜を飼う者の先祖となった。その弟の名はユバルといった。彼は琴や笛を執るすべての者の先祖となった(創世記4:20~21)。
08年10月20日現在 編集・発行人 長村秀勝
   今月のことば
 
 「頑張る、励む」は大切なことです。しかし「…続ける」という文字がつきますと、私は「頑張る、励む」という言葉に恐怖を覚えます。気付かない内に怯えを感じ、不信仰という思いに陥るのです。信仰のゆえに自虐的になる時、神の言葉が鋭い剣となって心に突き刺さるように覚えます。
17531d86.jpg 信仰の成長は大切です。内なる心の渇きに神の言葉に慰められ、満たされた時、どうしても次を得たくなります。そのような誘いに引き付けられる時、思わぬ落とし穴に落ち込む時があります。
 
 私たちは、渇きを満たしてくれると信じる時、いっそう求めます。ふと、少年時代を思い出します。理想と夢を目指して出発しました。あの山の頂まで上りさえすらばとどくことを信じて・・・。しかし、その頂から周りを見渡した時、そこはまだ小さな丘にすぎませんでした。「頑張る、励む」に価値があるにのにかわりはありません。
 
 ピリピ人への手紙4章19節に「わたしの神は、ご自身の栄光の富の中から、あなたがたのいっさいの必要を、キリスト・イエスにあって満たして下さるであろう」とありました。このみ言葉を知った時から、「頑張る、励む」の自縛から喜びに変わりました。
 
 とても難しいことですが、そこに安らぎがあるならイエスの招きに自分を任せてみようではありませんか。
 「すべて重荷を負うて苦労している者は、わたしのもとにきなさい。あなたがたを休ませてあげよう。わたしは柔和な心のへりくだった者であるから、わたしのくびきを負うて、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたの魂に休みが与えられるであろう。わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからである」(マタイ11:28~30)。
 「だれでもわたしについてきたいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負うて、わたしに従ってきなさい。自分の命を救おうと思う者はそれを失い、わたしのために自分の命を失う者は、それを見意いだすであろう」(マタイ16:24~5)。
 信仰は喜びです。
 
   小閑記
       
   「信仰の奥義」
 
 聖書の信仰の奥義は、神がイエス・キリストにおいて世に対して愛をお与えになった、と言うことであります。「神はキリストにおいて世をご自分に和解させ」(Ⅱコリント5:19)られたのであります。この手紙を書いたパウロにとっては、イエス・キリストを仰ぐことは、何時でも和解のために、自分を招き寄せておられる神の愛を見、また聞くことであったのです。従って、われわれの主・イエス・キリストと呼ぶ時には、一語、一語、胸に答えたに違いありません。7f87b569.jpg
 われらというのは、罪人であるのに、和解に招かれたわれら、のことであり、主とは、それゆえに自分の全てを託して悔いることのない、望みを持ち得るただ独りの救い主であり、イエスは旧約以来誰もが神こそ救い主であると言い表してきたあの信仰を示す名であり、キリストは、神のみ旨を知らされた選民が待ち焦がれていた救い主であります。
 このことを考えると、あのナザレ出身の御方の中に、計りようのない恵みの御心を見いだすことが出来るのであります。それは長い歴史を通して証明されたことであり、また、自分たちの間に生きておられた御方の息吹さえ感じさせる具体的な事実であったのであります。
 パウロは、神の計画の恵みぶかさを思い、十字架に架かり、よみがえなされたキリストの愛の豊かさに、感動させられたのであります。こうして、神の愛とキリストの愛とは、二つではない、全く一つのもである、と信じていたのであります。
 「正しい父よ、この世はあなたを知っていません。しかし、わたしはあなたを、また彼らも、あなたがわたしをおつかわしになったことを知っています。そしてわたしは彼らに御名を知らせました。またこれからも知らせましょう。それは、あなたがわたしを愛して下さったその愛が彼らのうちにあり、またわたしも彼らのうちにおるためであります」(ヨハネ17:25~26)と言う主の御言葉を記憶すべきであります。
 紀元325年、第1回の教会会議がニカヤで開かれた時、集まった318人の監督の中には、手を失い、足を失い、あるいはその他の多くの傷を受けている人も多かったと言います。彼らは、今、皇帝の許しのものに集まって、かつての苦しかった戦いを思って、感慨も一入であったと言います。
 この人々こそ、剣もまた彼らをキリストの愛から離させなかったことを、身をもって示した偉大な信仰の先達と言えるでありましょう。
 
    (竹森満佐一著 ローマ書講解説教集・新教出版より)
 
 
                上河原立雄撰 
 
この文章の転載は許可を得ております。    
 
 
眸
眸(ひとみ)
こんにちわ、夏休みに大学の友だちと広島、長崎に行きました。原爆や戦争の資料を見ることが出来ました。こんな悲惨な戦争がいまも世界の各地に起こっている現実を受け入れたくありませんでした。有ってはならないことと考えたからです。私は、子供のころから祖父母から戦争の話をきいていました。自分の子供が戦死していたからです。何か今でも悔やんでいるみたいでした。「戦争中は、ほんとうにつらかった。息子を戦地に送り出し、病身のおじいちゃんと年老いた親を支えて、どんなに働いたことか。あの当時は、もう女でなんかなかった。お上の命令ならば、愛する夫やわが子を、笑って戦場へ送っていた」。しかしそれは嘘、でも反対なんか出来なかった、と言っていました。57956a66.jpg
この悲惨な資料を目にして驚いたのは、同年齢の他の友だちは戦争のことは聞いたことがないというのです。そうでした。私も両親からは聞いたことがなかった。あらためて、戦争、平和を考えることが出来た旅行でした。
                    千葉県  M・Yさん
 
救急に妻を背負いて行く道は
   別れの旅の門出にとなる
急ぎ来て我が家の前に立ちたれど
   待つ人の無いドアの重さよ   2006・1
朝ごとに見上げるルビーぶどう棚
   いろの変わりをじっと見つめる
希望もち向かう前途は遠うけれど
   歩みし道はほんのつかの間
信仰はふり返らずにひたすらに
   おのれを捨てて勝利目指して  2008・
 
ふるさとを離れ東京に来たのは1959年、戦災復興住宅の建築をしながら、建築士となる。結婚は1959年。6日働いて7日目は主の安息日、神礼拝の日。主の日の礼拝を守る生活50年。主は生きておられることを信じる幸いを喜んでいる。
                    東京都  O・Nさん
 
 
  自閉症者のひとりごと
(17)
 
7月14日
腰痛治療のため3週間の入院になってしまった。一番苦手なことが始まった。まあ、隣りのベットのおばあさんの話の長いこと長いこと。自閉症のわたしは頭がいっぱいになってしまいます。適当に相槌が打てる訳でもなしのわたし・・・。悪い癖の一つに、早朝の目覚めがある。それがまたもや始まり目が覚めてしまいました。経験からして、病院で寝られるとは思ってないのですが、昨夜は眠れたので過信していました。これからどうやって過ごそうかな・・・・。夜明けまで、聖書を見てから、ラジオを付けて起床時間を待っていました。起床時間になるとすぐに外出許可をもらって、コーヒーを飲みに出かけました。
 
7月16日
最近、いろいろの所で聞く言葉だが意味がよく分からないので戸惑ってしました。「共感」「分かち合い」です。共感は同意に近いような気がする。しかし、「分かち合い」は??ある人は「話す&聴く」ということと言う。う~ん。
 それと、わたしは熱心に話してくれる人が苦手である。穏やかに状況報告をしたり、注意をしたりしているのに、わたしはそれが怒られているように聞こえるのだ。わたしは、この環境についていくのが精一杯だからかな。自閉症は辛いものです。
 
3d853fc1.jpg7月28日
 「・・・誰でもいい・・」と考えて、人を刺す事件が多いが、気になることは、心の病に原因をすり替えてしまっていることです。それは、偏見を生み出し、問題の本質からそれてしまうと思います。心の病と闘い、通院している多くの人がいます。ですから、短絡的に考えて欲しくないのです。人の目が気になって引き篭もりに陥っている人が読んでくれたら、気にしながら生きて行こうと伝えたいです。
 
                       加納さおり 
 
  「ご迷惑をお掛けしていました」
  エドウィン・H・パーマー著
  鈴木英昭訳
 改訂第3版として「カルヴィニズムの五特質」としてお届けいたします。
    定価 1500円
注文先 465-0068 名古屋市名東区牧の里2-1302-203
             「つのぶえ社・つのぶえジャーナル」宛
        電話・FAX 052-704-9164 
 10月末まで10%割引で販売いたします。改訂代版のため冊数に限定がありますのでお早めにお求め下さい。
☆           友人や家族にコピー「つのぶえジャーナル」を送って欲しいという要望がありましたので、諸費用込みで一ヵ年1800円でお送りいたしますの、ご希望の方は、送り先住所、宛名、送り主の氏名の有無等をお書きの上、本の注文先と同様のところにお申し付けください。代金は後日、振替用紙をお送りいたします。
 
 
世田谷通信
 猫 草
(57)
 40代になって、「おばさん言葉」を照れずに使えるようになった。「すみません」はもはや日常で最もよく使う言葉だろう。外に出て万歩計ならぬ「すみません」カウンターがあれば、びっくりするぐらい連発しているはずである。
「いつもお世話になっております」だの「お言葉に甘えまして」だの「それじゃご遠慮なく」なんて、20代の頃には歯が浮いて使えなかったのだ。きっと心のどこかで「世話してるのはこっちだ」とか「誰が甘えるか」「そっちが遠慮しろ」と突っ張っていたのだろう。今となってはそんな尖った気持にはならない、いやなれないのだ。すぐ疲れるし、休みたいし、人の好意にはすがるしかない。頑張れなくなったのだから、「ありがとう、お陰様で助かりました」「恐れ入ります」「お先にどうぞ」なんて躊躇なく言える。240bd28a.jpg
たぶん、これは子供が生まれる前と後で、心境が劇的に変化しているはずである。妊婦は立っても歩いても、息をしているだけでつらい、しんどい。席や道を譲ってもらうのが心底ありがたい。小さな子供と一緒にいると、常に周囲に謝りっぱなしである。そんな中で、知らない方からちょっと優しい言葉をかけられたり、親切にしてもらうと涙がでるほど嬉しい。もうこのあたりから「頼られる自分」から「頼る自分」に依存度のメーターはぐぐっとシフトしている。そしておばさん化すると恥もなくなって、楽な自分をキープすることが最上位にランクされる。
先日、遠出したところで自転車がパンクして、火曜日なのでどこも自転車屋がお休みで、暑い中、汗だくであちこち自転車をひきずって歩いて、やっとみつけた修理屋さんに「修理の間、上に喫茶店があるから冷たいコーヒーでも飲んで待っていなさい、知り合いの店だから、お金はいいから」なんて言われて、不覚にも泣きそうになった。汗かいてべとべとでさぞかし情けない顔してたんだろうな。とは思ったが、ありがたく「お言葉に甘えて」休ませていただいた。もうこうなると世間様のお世話になることを前提に、「どれだけ心をこめてお礼が言えるか」を追求するしかない、と思う今日このごろである。
 
 
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日本評論社
ISBN978-4-535-55538-9
 定価(本体5200+税)
=推薦の言葉=
森田 朗
東京大学公共政策大学院長、法学政治学研究科・法学部教授

「本書は、科学技術と公共政策という新しい研究分野を目指す人たちにまずお薦めしたい。豊富な事例研究は大変読み応えがあり、またそれぞれの事例が個性豊かに分析されている点も興味深い。一方で、学術的な分析枠組みもしっかりしており、著者たちの熱意がよみとれる。エネルギー技術という公共性の高い技術をめぐる社会意思決定は、本書の言うように、公共政策にとっても大きなチャレンジである。現実に、公共政策の意思決定に携わる政府や地方自治体のかたがたにも是非一読をお薦めしたい。」
 共著者・編者
鈴木達治郎
(財)電力中央研究所社会経済研究所研究参事。東京大学公共政策大学院客員教授
城山英明
東京大学大学院法学政治学研究科教授
松本三和夫
東京大学大学院人文社会系研究科教授
青木一益
富山大学経済学部経営法学科准教授
上野貴弘
(財)電力中央研究所社会経済研究所研究員
木村 宰
(財)電力中央研究所社会経済研究所主任研究員
寿楽浩太
東京大学大学院学際情報学府博士課程
白取耕一郎
東京大学大学院法学政治学研究科博士課程
西出拓生
東京大学大学院人文社会系研究科博士課程
馬場健司
(財)電力中央研究所社会経済研究所主任研究員
本藤祐樹
横浜国立大学大学院環境情報研究院准教授
おすすめ本

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教会における女性のリーダーシップ
スーザン・ハント
ペギー・ハチソン 共著
発行所 つのぶえ社
発 売 つのぶえ社
いのちのことば社
SBN4-264-01910-9 COO16
定価(本体1300円+税)
本書は、クリスチャンの女性が、教会において担うべき任務のために、自分たちの能力をどう自己理解し、焦点を合わせるべきかということについて記したものです。また、本書は、男性の指導的地位を正当化することや教会内の権威に関係する職務に女性を任職する問題について述べたものではありません。むしろわたしたちは、男性の指導的地位が受け入れられている教会のなかで、女性はどのような機能を果たすかという問題を創造的に検討したいと願っています。また、リーダーは後継者―つまりグループのゴールを分かち合える人々―を生み出すことが出来るかどうかによって、その成否が決まります。そういう意味で、リーダーとは助け手です。
スーザン・ハント 
おすすめ本
「つのぶえ社出版の本の紹介」
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「緑のまきば」
吉岡 繁著
(元神戸改革派神学校校長)
「あとがき」より
…。学徒出陣、友人の死、…。それが私のその後の人生の出発点であり、常に立ち帰るべき原点ということでしょう。…。生涯求道者と自称しています。ここで取り上げた問題の多くは、家での対話から生まれたものです。家では勿論日常茶飯事からいろいろのレベルの会話がありますが夫婦が最も熱くなって論じ合う会話の一端がここに反映されています。
定価 2000円 

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「聖霊とその働き」
エドウイン・H・パーマー著
鈴木英昭訳
「著者のことば」より
…。近年になって、御霊の働きについて短時間で学ぶ傾向が一層強まっている。しかしその学びもおもに、クリスチャン生活における御霊の働きを分析するということに向けられている。つまり、再生と聖化に向けられていて、他の面における御霊の広範囲な働きが無視されている。本書はクリスチャン生活以外の面の聖霊について新しい聖書研究が必要なこと、こうした理由から書かれている。
定価 1500円
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「十戒と主の祈り」
鈴木英昭著
 「著者のことば」
…。神の言葉としての聖書の真理は、永遠に変わりませんが、変わり続ける複雑な時代の問題に対して聖書を適用するためには、聖書そのものの理解とともに、生活にかかわる問題として捉えてはじめて、それが可能になります。それを一冊にまとめてみました。
定価 1800円
おすすめ本
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われらの教会と伝道
C.ジョン・ミラー著
鈴木英昭訳
キリスト者なら、誰もが伝道の大切さを知っている。しかし、実際は、その困難さに打ち負かされてしまっている。著者は改めて伝道の喜びを取り戻すために、私たちの内的欠陥を取り除き、具体的な対応策を信仰の成長と共に考えさせてくれます。個人で、グループのテキストにしてみませんか。
定価 1000円
おすすめ本

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さんびか物語
ポーリン・マカルピン著
著者の言葉
讃美歌はクリスチャンにとって、1つの大きな宝物といえます。教会で神様を礼拝する時にも、家庭礼拝の時にも、友との親しい交わりの時にも、そして、悲しい時、うれしい時などに讃美歌が歌える特権は、本当に素晴しいことでございます。しかし、讃美歌の本当のメッセージを知るためには、主イエス・キリストと父なる神様への信仰、み霊なる神様への信頼が必要であります。また、作曲者の願い、讃美歌の歌詞の背景にあるもの、その土台である神様のみ言葉の聖書に触れ、教えられることも大切であります。ここには皆様が広く愛唱されている50曲を選びました。
定価 3000円

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