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2023年7月号  №193 号 通巻877号
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 地域りぽーと
 
これまでの冷え込みとは打って変わって暑い一日になりましたね。朝から畑の開墾をしました。笹の根が張っているところを根っこをとることにしました。昨年は、放置していましたが、隣の畝に根が伸びて凄いので、耕して山芋を植えることにしました。まだ、全部を掘り起こしたのではありませんが、あと少しになり嬉しいです。豆を植える所を作る方が先かもしれませんが、山芋も袋の中で伸びているのです。
一大決心して耕運機を買いました。それを使えば豆やズッキーニの所は簡単です。一箇所耕運機を使えないところがあるのです。やぶからしの根がはびこっているのです。
たまねぎやらっきょ、しまらっきょ、にんにくの収穫ももうすぐ始まります。たまねぎは、もう始まっていますが、・・・今日は神戸の義母宛に野菜を送りました。大阪から都会の母へです。 
主人も息子も豆は、あまり食べてくれないのが少々難です。私は、大好きで私だけが食べています。これから自家製味噌に挑戦してみようと思っています。あずき味噌を売っている人を見つけたから、他の豆でもできるかどうかとか、果たしてどうなることやらと教えてもらっようにやってみようと思っています。 
 「つのぶえジャーナル」をご覧の皆さんは元気そうに思うでしょうがそうではないのです。今日も 指先がしびれていますし、関節も痛いです。急に冷え込んだ日からです。 なんで?自分に聞いています。不思議ですが、整形外科の診察日の前には、痺れが出ている、なんで?
 今日も良いお天気ですが、しんどいです。午前にズッキーニを植えるだけで、帰ろうと思っていましたが、近所の人から山芋の種が余っているのであげると言われ、急遽畝つくりを笹の根っこの多いところ、山芋用に開拓中だったところを仕上げて植えました。他のところにも植えました。とても疲れ横になっている時に大雨で急いでベランダの洗濯物を取り入れました。本当に凄い雨でした。週に数回ビルと病院の掃除の仕事をしますが、携帯に、今日は、仕事が休みという連絡が入っていてよかったです。ぬれねずみになるところでした。
 
少しづつ動けるのに感謝しています。
             大阪府 T・M さん
 
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s-IMG_0061.jpg 地域りぽーと
 
冬のような寒さの関西地方でしたが、今日(4月19日)は、いいお天気になる    ようです。病気がちの主人は、昨日も今日もしんどそうでした。教会は休んでいました。私は、ご近所の方の菜園からまびき人参やふき、きくなを持って教会に行きました。ですから、これらの野菜は全て他人様のものです。奥様の介護で畑仕事が出来ないので、間引いておいてねと頼まれたからです。わが家では、もう飽きてきたのです。ご近所さんに配っていますが、そう毎回毎回では、飽きるでしょうから・・・。だから、教会の皆さんに持って帰っていただきました。蕗は、はじめて採りました。 
スーパーは野菜が高いというのに、わが家の冷蔵庫はいっぱいです。料理しきれないのです。
  わが家の畑も元気が出たら豆の移植をしないといけないのですが、まだ 耕していません。昨日とその前とで草刈を少ししましたが、まだまだ残っています。見苦しいところは、かろうじて刈れましたのでOKです。見苦しいものって、何だと思います? すずめのエンドウなんです。草丈が、あるので遠くから見ると草山に見えるのです。のびるも沢山生えていますが刈りました。私は、のびるの球根を食べたこともないし、食べる気にもなりません。美味しいのでしょうかねぇ。らっきょが可愛想にスギナに攻められています。
 生駒の山も緑に変りつつあります。この地域は大阪の通勤圏ですからどんどう家やマンションが建ちましたが、土地のご老人は野菜畑を耕して現金収入を得ています。
元気のある主婦は、マンションやビルの掃除の仕事などで大阪のおばちゃんらしく頑張っています。スーパーの公募で当たったペアーチケットで息子となんば花月劇場に行きます。
笑うことは、精神的にも 肉体的にも良いと言いますが、お金を出してまでは行きませんから良い機会かなと思っています。
大阪南の下町は、気取らない、人情味豊なおもろい関西があります。そこが落ち込む人の気晴らしにもなるのだろうと思っています。
 
                 大阪府  T・Mさん   (農作業風景)
 
=地域りぽーと=(15
水篶刈(みすすかる)だより
…14…     
 最近、人間関係で辛いことがありました。今まで普通にコミュニケーションが取れていた職場の同僚を、私の勘違いにより怒らせてしまいました。謝罪をしましたが許してもらえる雰囲気ではなく、そんなつもりで言ったのではないのにという、わかってもらえないもどかしさと、なんでこんなことでそんなに怒るのという相手に対する憤りなど諸々の感情が湧き上がってきて、自分に対する情けない思いも重なり、何日も落ち込んでいました。    こういう時は、弁解しても裏目に出てしまうので静観するしかありません。信頼関係は築くまでには時間がかかるけれど、崩れる時はあっけないものだなということを思い知らされた出来事でした。とても虚しい気持ちになりましたが、反面、神様のことをいつも以上に思う機会になりました。s-200903221503001.jpg
今、出エジプト記を毎日通読しています。イスラエルの民が、荒野で、主からの大いなる恵みを忘れ、つぶやくことのなんと多いことか・・。それは人ごとではなく、まさに自分自身の姿です。そんなイスラエルの民に対し、モーセが命がけで神様にとりなしをし、神様の怒りを和らげています。この箇所を読みながら、旧約の時代と違って、今は主イエスの十字架の血の贖いにより、罪を赦されていることに改めて感謝の念を強く持ちました。そして人には許してもらえなくても、主イエスが赦してくださっていることに大きな慰めと平安をいただきました。 
 ※ 実家の垣根の赤い実
 
 
 「地域りぽーと」
 
のニュースが春を運んでくれる季節になりました。私の好きなマイスポットは中津市にある光円寺のしだれ桜です。サークルのお友だちと毎年出掛けています。今から予定を出し合って計画しています。大分も環境問題が話題になっています。全国で広がっているマイバッグ持参運動に15の市と町と消費者団体などが集まって活動しています。普及率80%を目標に頑張っています。レジ袋の無料配布を中止し、マイバッグ持参等を呼びかけています。私たちのサークルでも話し合っています。最近は男性の方の利用者を見かけますが、嬉しいことです。きっと広まっていく感じがします。
 
大分県  Y・Sさん
 
7c1835c3.jpgはじめまして。「つのぶえジャーナル」を拝見しまして、「地域りぽーと」というコーナーがありましたので、メールしました。会社勤めをしながら趣味で市内の「コーラスグループ」に参加して30年になります。漠然とした動機でしたが今はとてもよかったと思っています。それは、退職後も音楽仲間と一緒に地域の文化活動に参加できるからです。音楽の話だけでなく「今のいろいろな話題」を語り合うことが出来るのです。音楽活動にはいろいろの課題もあります。練習所の確保、サークルのメンバーの集まり具合、練習や集客。そして、今は、若い人たちの参加のことなど様々ですが、話し合っている内に何か漠然としたものですが、答えが毎回見えてきます。それは、「創り上げる楽しさ」がそうさせるのではないかと思います。皆さんの中に、地域に合唱団がありましたら、ちょっと覗いてみてください。
                    
                    岡山県  U・Sさん
 
身近な出来事など、「つのぶえジャーナル」にメールして下さい。お待ちしています。
水篶刈(みすすかる)だより
…13…     
 近頃は講演を聴きに行くことがめっきり減ってしまいました。30~40代の頃は、よく講演を聴きに行ったものです。その時々に聴いた話をふっと思い出すことがあります。その中でも、今の私の人間観に影響を与えていると思われる講演があります。それは、15年前に小布施町にある新生病院で聴いた工藤信夫氏(精神科医)の話です。氏は当時、日本ルーテル神学大学教授をされていました。病院の敷地内にある聖堂の静謐な雰囲気の中で、氏の話に聴き入ったことを思い出します。「医療の心」という演題でした。氏は最初に、「私たちの生きる目的は心の量り(視野)を広げることです」と述べられ、それについて次のように話されました。「すべての人の中に尊敬できる人がいないと思うことは、自分の心の狭さを暴露していることです。すべての人の中に例外なく尊敬すべきことがあるはずだと考えて、自分の心の量りを広げていきましょう」人と接する時、その人が私の知らないところで、辛いこと、悲しいことなど様々な体験をして、それを乗り越えて今日があるということに思いを馳せると、そのことに敬意を表したいという気持ちになります。
それは子どもに対しても同じです。「今まで健気によく生きてきたね」と思うと、ちょっぴりやさしい気持ちにさせてもらえます。その人の置かれた状況や生育歴が大変な場合はなおさらです。そういう観方が習慣になったのか、若い時に比べて想像力を働かせて、その人の立場や背景を推測してみるという思考回路が知らず知らずのうちにできてきたような気がします。200901241423000.jpg
人の心の世界は底知れず深いものです。たとえ他の人から見たらまずいなと思われる面が出ているとしても、それは氷山の一角にすぎません。一面だけを見て、その人を断定することは避けたいと自分に言い聞かせています。「あなたは病む人、私は健康な人」という見方ではなく、「私も病むことがあるかもしれない。たまたまいろいろなものに支えられて病んでいないだけ」という、低い心(謙虚さ)を持って人に接したいと思っています。目に見えないところで多くの方に支えてもらっていることに感謝し、受け止め合い、支え合える関係を自分の周りから一歩ずつ作っていけたらと思います。
 
* 長女が描いた絵
 
 
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 …12…
 
ここ数年来、元日は一日中家でゆっくり過ごしています。何年か前に散歩がてら、善光寺のそばを通ったところ、参道が人で埋め尽くされており、参拝までに1時間以上かかるとの話にびっくりしました。寺の周辺は自家用車が一寸ずり。三が日は特に渋滞が激しいため、今年は寺の近くを通るバス路線の一部は、混む時間帯に限り別の道を通っていました。1年前の三が日のお昼頃にバスに乗ったところ、この渋滞に巻き込まれ、いつもは5分で通過できる所が1時間近くもかかり、うんざりしてしまいました。その時、つくづく思ったことに、この何十分の1の人でもいいから、教会の新年礼拝に来てほしいと・・。思うだけでは神様に届かないので、祈らねばと今年は思っています。『日々の聖句』(ローズンゲン)の今年の聖句は「人間にはできないことも神にはできる」(ルカ18:27)です。教会の信徒も高齢の人が目立つようになって来ました。教会の今後を考えると、信仰を継承できるように真剣に神様に祈る必要があります。今年はこのことを日々の祈りに覚えたいと思っています。  
  さて、ここ何年来の元日の過ごし方を記してみます。早朝、夫が新聞を5紙買いに行き、定期購読している2紙と併せ、計7紙を一日かけてゆっくり読みます。読む箇所は自分の興味がある分野にどうしても偏ってしまいますが、見出しだけでも拾い読みをすると、今、世の中が何を大切に考えているのか、どんな願いを持っているのか大まかな情勢がわかるような気がします。今年は、やさしさ・許す心・分かち合い・笑いが大切・耐える強さというような言葉が多く目に止まりました。解雇、内定取り消し、就職がないといった暗いニュースばかりが連日報道されています。それを視聴するにつけ、心が痛みます。当事者の方は心身ともに傷ついていることでしょう。「第三者は心痛んでも傷ついてはいない。そこに大きな溝があるということを認識して、当事者の方と接することが大切である」と以前に教えていただいたことを思い出します。こういう状況下であっても物事は悪い面ばかりではないので、紙上で目に止まったやさしさ・分かち合いといったことが、お題目にならないよう、溝を埋める努力をしていきたいと思います。
 主イエスがいつも共にいてくださることを信じ、祈りつつ、生かされている今を大切に過ごしていければ幸いです。  
 
*  写真は『日々の聖句』(ローズンゲン)  
 
 
 
水篶刈(みすすかる)だより      
 …11
 最近の子どもの名前は男女を問わず、奇抜なものが目立つようになりました。ルビなしでは読めないものがたくさん見られます。
 地元のミニコミ紙に「おたんじょうおめでとう」というコーナーがあり、毎週土曜の朝、それを見るのが楽しみのひとつになっています。ちなみに、12/6(土)に掲載された難読名前を男女別に何例かあげてみましょう。
(男児)①実靖②創楽③洋翔④心敬⑤恵輝s-09-1-1.jpg
(女児)①果怜②星那③夢望④千爽⑤憐音
ほかにもたくさんありますが、例はこのくらいにしておきます。みなさんはいくつ読めましたか。正解は文末をご覧ください。 
 あかちゃんの命名は父母あるいは祖父母らが、その子の幸せと、すくすくと成長してほしいという願いを込めて付けていることが多いでしょう。ところがルビなしでは読めない第三者泣かせの名前が最近とても多くなっていると思います。名前はその子に一生付いて回るものです。画数の多い漢字や奇を衒(てら)ったものは、本人が大変なのではないかと思います。男女のうち、とりわけ女児の名前には、平成になってから驚くほど大きな変化が見られます。団塊の世代の女性の名前は「…子」「…恵(江・枝)」「…美」「…代(世)」が8割くらい占められています。ところが最近ではこの「こ・え・み・よ」さんは数えるほどになっています。「…子」は中国では「孔子・孟子・老子」等が有名ですが、「子」は『論語』に「子曰…」とあるように元来は「先生」という意味でした。 飛鳥時代の日本でも「小野妹子」をはじめとして、男子の名前に「子」が付けられていたこともあります。
 とまれこうまれ、「名前はその子の人格である」とポール・トゥルニエ博士が『なまえといのち』の著書の中で語っているように、子どもは親の所有物ではありません。これは私夫婦が子育てをしていた時に、折りに触れお互いに自戒していたことです。

(難読名前)
s-09-1-2.jpg男児 ①みのり②そら③ひろと④むねひろ⑤としき
女児 ①かれん②せな③ゆめの④ちあき⑤れお

 写真は「わが家の子どもたちが、中学時代に学校で作った鳩の置物(上・長女、下・長男)」 
水篶刈(みすすかる)だより             s-200811031126001.jpg
…10…
 今年初めて、わが家の庭の片隅に1坪ほどの家庭菜園を造り、新鮮野菜を毎朝収穫し、食卓に載せることができました。おかげで家庭菜園の収穫期には、スーパーの野菜コーナーを素通りすることもありました。 ゴールデンウイーク明けの5月初旬、近くのJA蔬菜(そさい)センターで、ナス・キュウリ・トマト・ピーマン・シシトウの苗を数本ずつ購入してきました。 春先、庭木の手入れをお願いした造園屋さんに、畝を作っておいてもらったところに、苦土石灰を入れ、苗を植え付け、水遣りを忘れずに行うことを日課のひとつにしました。 苗は日々大きくなり、紫・黄・白の花をつけ、6月中旬、初収穫の日を迎えました。毎日欠かさず水遣りをし、丹精込めて育てた野菜には愛着があり、採りたて野菜の瑞々しさと美味しさは、店で買ったものとは一味違いました。
  また、夏の最盛期には小人数では食べきれないほどの収穫もありました。
  秋になり、路地ものキュウリは収穫できなくなりましたが、ナスはその後も暫く収穫でき、ピーマン・シシトウは今も小さな実をつけています。トマトはなぜかなかなか色づきませんでした。
  初めての年としては「まあまあのできかな..」とひそかに自画自賛しています。来年は土作りから始めてみようかと、今は庭に大きな穴を掘り枯葉を集め、腐葉土を作っています。台所から出る生ごみも「ぼかし」を使って、堆肥にできるかどうか試しています。
  ここ信州には、長くて寒い冬がすぐそこまで来ています。先日、霜が降りる前に、鉢植えを屋内に取り込みました。今までに何鉢も霜で枯らしてしまったので、早めに入れました。もう一つ、年内にやることは、知人が毎年作っておいてくれる野沢菜を漬けることです。こちらは霜に何回か当たった方が、美味しく漬かるようです。 
198da580.jpg 「冬来たりなば春遠からじ」という言葉を、思い浮かべているこの頃です。
 ※「人が土に種を蒔いて、夜昼、寝起きしているうちに、種は芽を出して成長するが、どうしてそうなるのか、その人は知らない。」マルコによる福音書  4章26、27節

 写真は「1坪家庭菜園」「高さ1メートルに生育した6年目のハナキリン」
水篶刈(みすすかる)だより 
…9…
“山滴(したた)る”夏が過ぎ、まさに“山粧(よそお)う”秋が訪れました。今年は夏から一気に肌寒い気候に早変わりした感じがします。
 この時期、私の安らぎのひと時は、帰宅してすぐに2階の一番奥の暗くなっている部屋に行き、庭の虫の音に耳を澄まして聴き入ることです。そんな月明かりの静けさの中で祈っていると、うとうとして少し寝てしまうこともしばしばです。s-200809281220000.jpg
 今年も本屋さんの店頭に、来年のカレンダーや日記帳が並ぶ季節になりました。私が付けている「10年連用日記」も今年が10年目の年になりました。10年前と言えば、今年社会人1年生になった息子が中学生、娘は大学受験生だった年で、親としてやきもきしながら、何ともやりきれない日々を過ごしていた当時のことが脳裏をかすめます。過去10年間の出来事が日記帳の1ページに納まっているので、全部埋まっていく今年は感慨深いものがあります。美術館や観劇の半券、旅行の思い出の品々などが一緒に貼ってあるので、当時を懐かしく振り返っています。
 何年か前の年頭所感に、キルケゴールの「人生は将来に向ってしか生きられないが、振り返ってしか理解できない」という言葉を引用し、記してあるのを見つけました。神様に出会って以来、時にはうっとうしく、逃れたいと思いながらも、ずっと神様の存在や神様と自分との関係について問い続けてきたような気がします。そして、今まで歩んできた道で、悩んだこと、苦しかったこと、うれしかったことなど、すべての経験が今の自分を作っているのだと思えるようになって来ました。自分自身が日々、移ろいやすい不確実な心の持ち主だからこそ、永遠に変わらぬ神様の支えとs-200809201250000.jpg導きを祈り求めているのでしょう。そう気づかせてもらえたことで、年を重ねていくことも満更ではないなと感じているこの頃です。
「“讃美歌497番の3” の主イエスを信じて歩んで行かせてください」と祈りつつ、感謝して歩んでいきたいと思います。 「 イエス・キリストは、きのうも今日も、また永遠にかわることのない方です 」ヘブライ人への手紙 13章8節  

  写真は「 私の愛用している10年連用日記 」 「 時々、お訪ねするお宅の庭にいちじくの実 」です。
 
水篶刈(みすすかる)だより    200808120642000.jpg
…8…
  長野の子どもたちの夏休みは短く、お盆が終わると、すぐに2学期が始まります。9 月の第2週目か3週目の週末に運動会をする小学校が多く、校庭では子どもたちが暑い中、一生懸命に運動会の練習をしている姿が見られます。運動会と並行して、10月の音楽会の練習も始まっています。大半の子は前向きに取り組んでいますが、友だちの動きに合わせて行動することが苦手な子には苦痛なことも多いようです。s-200809071313000.jpg
  私は子どもの頃、運動会のかけっこが大嫌いでした。一生懸命に走ってもいつも「どべ」(最下位)だったからです。私は小さい頃から、強さとは縁が薄い人間だと思っています。だから、強いものに対してはさほど関心がなく、うらやましいとも思わず、むしろ、弱いものに対して心が引かれ、弱い立場の人を見ると何か気になって、放っておけない性質(たち)です。小林一茶の句「痩蛙 まけるな一茶 是に有り」には共感を覚えます。
 オリンピックでは、メダルの数や色でその選手の強さが量られます。確かに選手の不屈の精神、苦しみを乗り越えて栄冠を手にした姿には感動し、よくぞここまでと驚嘆させられることが多々あります。その姿を見た若者が、勇気と希望を持てば、それはすばらしいことでしょう。しかし、私はそういう場面を見ていて、ふと心が落ち着かなくなってしまうことがあります。オリンピック選手を見習い、弱音を吐かずに頑張れと叱咤激励され、潰れそうになったり、逆に自信を喪失してしまったりする若者もいるのではないかと危惧するからです。神様から授かったその人らしさ、個人差に目を向けず、できないのは努力が足りないかのように見てしまうのは、強者の奢りでしょうか。
  カトリック教会では、今年の6月下旬から1年間をパウロの生誕2千年を記念して「パウロ年」としたとか…。パウロの言葉「主は『わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ』と言われました。だから、キリストの力がわたしの内に宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。」(「コリント信徒への手紙二 12:9」)に神様の大きな御手に包まれている安らぎを覚えます。この頃、心が落ち込んでしまうことが多く、この聖言葉を一日に何度も思い出して、「弱くても大丈夫」と自分に言い聞かせています。そして、頑なな心を神様が砕いてくださるよう、祈り求めながら歩んでいる日々です。 

 写真は「今年、豊作だった庭のブラックベリーの実」「大好きなノボタンの花」です。


 
水篶刈(みすすかる)だより
 …7…
  信州の郷土食の一つに「おやき」があります。信州で母の味と言ったら、「おやき」を連想する人が多いでしょう。普段はお店から買ってきて食べることが多いのですが、私の実家ではお盆の時期になると、母はいつも手作りの「おやき」をご先祖様に供えています。嫁いで20年以上経った今でも、私は母の作った「おやき」を食べたいと思うことがしばしばあります。私も母に倣って、「おやき」を作りますが、母のものに比べると、皮が堅かったり、具をうまく包めなかったりで、満足するような「おやき」は未だに作ることができません。
 0d8a598a.jpg 「おやき」ってどんな食べ物なの?と思われる方もおられると思いますので、ちょっと説明しましょう。まず、小麦粉にぬるま湯を加え、生地がなめらかになるまでよく混ぜ合わせ、1~2時間ねかせて皮を用意します。野菜の具をこの皮に包んで、蒸したり、いろり(今はフライパン)で焼いたりします。仕上げの方法はそれぞれの地域によって特色があります。具になるのは丸ナスが多いのですが、野沢菜、切り干し大根、かぼちゃ、あんこなどを入れたものをお店では売っています。
  私が母に倣って作る「おやき」は、丸ナスを4つくらいに輪切りにし、それに切れ目を入れ、味噌を間に塗ります。そして、ねかせておいた皮に包み、それを笹の葉に巻き、蒸します。笹の葉がない時は、庭の茗荷の葉に巻いて蒸すこともあります。「おやき」は私たち信州人には欠くことのできない郷土食として脈々と親から子へ、子から孫へと受け継がれていくことでしょう。
  10年前に開催された長野オリンピックの際には、外国選手や外国人観光客にも人気を博した食べ物だったようです。現在、長野市内で「おやき」を販売しているお店は数多く、その製法もs-P1000507.jpg様々です。「おやき」をまだ召し上がったことのない皆様も信州へお越しの節は、ぜひ味わってみてください。

写真は「丸ナスと私が作ったおやき(茗荷の葉)」。庭に咲いたカサブランカ・娘の描いたデッサン・私が編んだレース編みの三点のコラボレーションです。
 
 
 
 水篶刈(みすずかる)だより 
…6…
  今回は「北信濃の方言」に少し触れ、日本の「方言」について考えてみます。  私の住む長野県は東京に比較的近いこともあり、今の若者たちは殆ど方言を使いません。それに代わる彼らだけに通じる「若者方言」が蔓延していることは否めぬ事実です。
  暫く前の「現代国語」の教科書に載っていた「忍ぶ川」で芥川賞を受賞した作家・三浦哲郎氏のエッセイに、氏が青森から上京し、早稲田大学に入学したころを回想して「言葉に訛りがあり、他人と会話をすることができず、徐々に内向的な人間になってしまった」という一節がありました。津軽言葉の中で多感な少年期を送った三浦氏は、東京で喋り言葉にコンプレックスを抱いたことが、氏を作家への道に歩ませる一番の要因だったようです。s-photo.jpg
  さて、「北信濃の方言」に話を戻しましょう。「ずく」(長野県で)精を出すこと。「―をやむ」(骨惜しみをすること)→ずくなし  ―が無い(物事をする)気力がない。おっくうである。(「広辞苑」第六版)「広辞苑」にまで載るようになって《方言のメジャー》となった感のある「ずく」ですが、親から「《ずく》を惜しむと人間の《くず》(屑)になる」とよく言われたものです。「ずく」と「くず」。単に仮名を入れ替えただけのものですが、非常に含蓄深いものがあります。戦後教育を受けた人間が大半を占める現在の日本において、方言は絶滅の危機に瀕していると言ってもいいのではないでしょうか。方言には共通語にはない「味わい深い含蓄」が詰まっているように思います。方言はその地方その地方の「宝物」と言ってもよいように思えるのです。残せるものなら残していくことが、先人たちへの何よりの思いやりではないでしょうか。
=写真= 北信濃の郷土玩具「鳩車」(野沢温泉)
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書籍紹介
    8858e3b6.jpg
エネルギー技術の
 社会意思決定

日本評論社
ISBN978-4-535-55538-9
 定価(本体5200+税)
=推薦の言葉=
森田 朗
東京大学公共政策大学院長、法学政治学研究科・法学部教授

本書は、科学技術と公共政策という新しい研究分野を目指す人たちにまずお薦めしたい。豊富な事例研究は大変読み応えがあり、またそれぞれの事例が個性豊かに分析されている点も興味深い。一方で、学術的な分析枠組みもしっかりしており、著者たちの熱意がよみとれる。エネルギー技術という公共性の高い技術をめぐる社会意思決定は、本書の言うように、公共政策にとっても大きなチャレンジである。現実に、公共政策の意思決定に携わる政府や地方自治体のかたがたにも是非一読をお薦めしたい。」
 共著者・編者
鈴木達治郎
電力中央研究所社会経済研究所研究参事。東京大学公共政策大学院客員教授
城山英明
東京大学大学院法学政治学研究科教授
松本三和夫
東京大学大学院人文社会系研究科教授
青木一益
富山大学経済学部経営法学科准教授
上野貴弘
電力中央研究所社会経済研究所研究員
木村 宰
電力中央研究所社会経済研究所主任研究員
寿楽浩太
東京大学大学院学際情報学府博士課程
白取耕一郎
東京大学大学院法学政治学研究科博士課程
西出拓生
東京大学大学院人文社会系研究科博士課程
馬場健司
電力中央研究所社会経済研究所主任研究員
本藤祐樹
横浜国立大学大学院環境情報研究院准教授
おすすめ本

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教会における女性のリーダーシップ
スーザン・ハント
ペギー・ハチソン 共著
発行所 つのぶえ社
発 売 つのぶえ社
いのちのことば社
SBN4-264-01910-9 COO16
定価(本体1300円+税)
本書は、クリスチャンの女性が、教会において担うべき任務のために、自分たちの能力をどう自己理解し、焦点を合わせるべきかということについて記したものです。また、本書は、男性の指導的地位を正当化することや教会内の権威に関係する職務に女性を任職する問題について述べたものではありません。むしろわたしたちは、男性の指導的地位が受け入れられている教会のなかで、女性はどのような機能を果たすかという問題を創造的に検討したいと願っています。また、リーダーは後継者―つまりグループのゴールを分かち合える人々―を生み出すことが出来るかどうかによって、その成否が決まります。そういう意味で、リーダーとは助け手です。
スーザン・ハント 
おすすめ本
「つのぶえ社出版の本の紹介」
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「緑のまきば」
吉岡 繁著
(元神戸改革派神学校校長)
「あとがき」より
…。学徒出陣、友人の死、…。それが私のその後の人生の出発点であり、常に立ち帰るべき原点ということでしょう。…。生涯求道者と自称しています。ここで取り上げた問題の多くは、家での対話から生まれたものです。家では勿論日常茶飯事からいろいろのレベルの会話がありますが夫婦が最も熱くなって論じ合う会話の一端がここに反映されています。
定価 2000円 

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「聖霊とその働き」
エドウイン・H・パーマー著
鈴木英昭訳
「著者のことば」より
…。近年になって、御霊の働きについて短時間で学ぶ傾向が一層強まっている。しかしその学びもおもに、クリスチャン生活における御霊の働きを分析するということに向けられている。つまり、再生と聖化に向けられていて、他の面における御霊の広範囲な働きが無視されている。本書はクリスチャン生活以外の面の聖霊について新しい聖書研究が必要なこと、こうした理由から書かれている。
定価 1500円
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「十戒と主の祈り」
鈴木英昭著
 「著者のことば」
…。神の言葉としての聖書の真理は、永遠に変わりませんが、変わり続ける複雑な時代の問題に対して聖書を適用するためには、聖書そのものの理解とともに、生活にかかわる問題として捉えてはじめて、それが可能になります。それを一冊にまとめてみました。
定価 1800円
おすすめ本
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われらの教会と伝道
C.ジョン・ミラー著
鈴木英昭訳
キリスト者なら、誰もが伝道の大切さを知っている。しかし、実際は、その困難さに打ち負かされてしまっている。著者は改めて伝道の喜びを取り戻すために、私たちの内的欠陥を取り除き、具体的な対応策を信仰の成長と共に考えさせてくれます。個人で、グループのテキストにしてみませんか。
定価 1000円
おすすめ本

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さんびか物語
ポーリン・マカルピン著
著者の言葉
讃美歌はクリスチャンにとって、1つの大きな宝物といえます。教会で神様を礼拝する時にも、家庭礼拝の時にも、友との親しい交わりの時にも、そして、悲しい時、うれしい時などに讃美歌が歌える特権は、本当に素晴しいことでございます。しかし、讃美歌の本当のメッセージを知るためには、主イエス・キリストと父なる神様への信仰、み霊なる神様への信頼が必要であります。また、作曲者の願い、讃美歌の歌詞の背景にあるもの、その土台である神様のみ言葉の聖書に触れ、教えられることも大切であります。ここには皆様が広く愛唱されている50曲を選びました。
定価 3000円

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