2019年10月  №147号 通巻832号
 

十戒と主の祈り・・・8・・・2         鈴木英昭著

 

        (元日本キリスト改革派名古屋教会牧師)

=父と母=

  第五戒③・しつけ

       サムエル記上2:22~25、箴言13:1、13~1424

 祭司エリの実例を読みましたが、親が子に対するしつけのことを聖書から考えることにします。「良薬口に苦し」と言うことわざがありますが、今では、良薬が必ずしも口に苦いわけではありません。カプセルに入ったり、錠剤であったり、時には糖衣錠であったりするからです。

 しつけも、ただ高圧的に、がみがみ言えば、逆効果で反発を受けることになります。そのため、知恵をもって覆い、愛をもって与えるということをしなければならないと言われます。そうでないと、ただ苦いということで、口から吐き出されてしまうことになるからです。本気でしつけをするためには愛情が必要ですから、しつけをしないということは愛が足りないことを示していると言えます。実際しつけが効果を現すのは、親の愛が知られた時です。そして、神はしつけを子供のうちにするように言われます。

 「子は父の諭によって知恵を得る。不遜な者は叱責に聞き従わない」(箴言131)。

 「鞭を控える者は自分の子を憎む者、子を愛する人は熱心に諭しを与える」(箴言13:14)。

 親が、ただ口だけで、「やめなさい」、「してはいけません」と言うだけで、何もしていないのなら、それは「しつけ」をしたことになりません。

 祭司エリは、祭壇で働いていた息子たちが、幕屋の入り口で仕えている女たちとの間に淫行のうわさがあるのを知らされ、そのことを諫めています。しかし、彼らは「父の声に耳を貸そうとしませんでした」(サムエル上2:25)。エリは彼らに何ら刑罰を科していません。

 この結果が現れることになります。31314節で、神の裁きはサムエルを通してエリに告げられました。エリは息子たちを諫めはしましたが、罰をもって咎め、悔い改めに至ることをしなかったため、エリはその罪を裁かれたのでした。息子たちは戦死し(4:11)、エリも首の骨を折って死にました(418)。

 

 両親は、自分たちと子らが神との恵みの契約の中に入れられていることを喜んでいて、その喜びの中に子供たちを育てている時、子供たちもその恵みの中に入れられていることを理解するようになるでしょう。親が神を愛し、その律法を守ることを喜び、主の日に礼拝に参加することが幸せであるなら、その歩みが自由となります。嫌々ながら主に従うのであれば、そこには自由はありません。

 私たちは、十戒が与えられた出エジプトという時代に生きているわけではなく、カナンという場所で生活しているわけでもありませんが、神の恵みをこのように親を通して受けていることでは、十戒が与えられた時代と同じです。

 

=父と母=

  第五戒④・親に従う

        申命記21:18~21、ルカ2:41~52 

「父と母とを敬う」ということを学んでいます。出エジプト2117節の「自分の父母を呪う者は必ず殺される」という言葉は厳しいもので、実行された例は聖書にはありません。

 親の苦労は、親になってみて、子が思うように育たない時、自分も親にそうしてきたのではないかということを考える機会になります。子が思っている以上に親は子を思うものです。しかし、近年頻発する事件を思うと、変化を感じさせられます。

 両親が間違ったことを子に要求した時でも、親の言葉に従わなければならないか、という問題は、理屈の上ではそれほど難しいことではありません。神の言葉に反することを求められた時、例えば、偶像を礼拝するように親に言われた時、その命令に従わないとしても、この第五戒の違反にはなりません。親の命令そのものが第二戒に違反しているからです。敬うべき親には変わりありませんが、その命令には親の権威はありません。

 親を敬うということは、親に対する言葉において、態度において親に敬意を示すことです。親が話している時、静かに十分聞いたうえで、話すということもそうです。何かを与えられた時、親に感謝を言い表すことも敬意の一つです。

 使徒パウロは、夫婦のどちらかが信者になり、信者でない夫か妻が、一緒にいたいと願っている場合、離縁してはならないと命じています(Ⅰコリント7:1216)。ですから、人間関係の中で、神が恵みを与えようとしておられる事実を大事にしなければならないということになります。子が信者になった場合、未信者の親を軽蔑してはなりません。まして、信仰が親と違うからと言って、一緒に住むことが出来ないという理由にはしません。むしろ、信者になってからは、未信者の時以上に両親を敬うことが求められます。

 聖書の中の二つの実例をみましょう。寡婦となったルツは自分の両親とモアブの地を捨て、これもやもめとなった義理の母ナオミの勧めを拒んで、彼女と共にユダの地に移り住みました。ナオミの神を自分も信じ、ナオミを母として敬って仕える道を選んだからでした。

 読んでいただいたルカによる福音書の箇所は、12歳の時のイエスについて記されている出来事です。両親は、イエスのことを叱りました。「なぜこんなことをしてくれたのです。御覧なさい。お父さんもわたしも心配して探していたのです」。すると、イエスは両親の誤りを指摘なさいました。「どうしてわたしを探したのですか。わたしが自分の父の家にいるのは当たり前だということを知らなかったのですか」と。

 しかし、少年イエスは両親の誤りを指摘しながらも、ナザレに帰り、「両親に仕えてお暮しになった」とあります。誤りを指摘しても、親を敬うことはもっと広い義務であることを教えています。

 

 

十戒と主の祈り・・・8・・・1         鈴木英昭著

 

        (元日本キリスト改革派名古屋教会牧師)

=父と母=

  第五戒①・両親を敬う

       出エジプト20:12、申命記6:20~25

 申命記624節の言葉のように、神がイスラエルを「今日あるように、常に幸いに生きるようにしてくださった」のですから、幸いであり続けるためには、「主を畏れる」ことから来ます。この時、エジプトから救い出された民は、荒野での生活をしていましたから、「幸いに生きる」ということは、物理的な幸いではないことが分かります。

 

 二世代くらい前までは、家業を継ぐということが多くありました。そのために、親に教えられて一人前になっていくわけで、生活そのものが親に聞き従うということが比較的多くありました。しかし、教育の制度が普及、知識の伝達が早まり広まって来るにつれて、子供たちの知識が、比較的早い時期から親の知識を超える面が出てくるようになり、社会人になるころには、ごく限られた職種は別として、子は親と違う職業に就くことが多くなりました。さらには、親よりも高い収入を得ることもまれではなくなりました。そうした時、子が親を敬うのは、親の能力や経済力ではなく、親が持つ神への信仰と、子への親の愛が一層はっきりしてきます。

 子の方が父母に勝る面があっても、子が父母を敬うのは、何よりも父母が神を敬って生きているのを見るからです。モーセも、主イエスも語っておられるのは、この点で共通しています。親の信仰の姿を見て、神への畏れを抱きます。しかし、親の信仰が人々の前では神中心であっても、家庭ではそうではなく、自分中心である場合、子は矛盾を感じながらも、子は親のようになっていきます。

 両親が子に配慮がなかったり、態度に一貫性がない時、子は精神が不安定になります。また人格を軽視されると、自立が難しくなる場合もあります。子は、生まれつき自己中心ですから、親が神中心になっていないと、本当の意味で両親を敬うことはできません。そこで、神は申命記620~25節にあるように、親に役割を与えられました。

 この点、主イエスの態度は分かりやすいと思います。ある女が「何と幸いなことでしょう。あなたを宿した胎、あなたが吸った乳房は」と叫んだ時、主イエスは「むしろ、幸いなのは神の言葉を聞き、それを守る人である」と言われました(ルカ1127~28)。幸いなのは血族でも、環境そのものでもなく、神の言葉を聞いて、信じて守る人であり、血のつながり以上に大事なのは信仰だということです。

 このように、この世の教育の手段が進歩し、内容が豊かになっても、子が親の教育を信頼し敬うようになるのは最終的には親自身の責任です。親自身が神の言葉に信頼し、悔い改めの歩みをしていることで、特に幼い子供は、親によって百パーセント教育されることになります。聖書の物語を学び、讃美歌を歌い、祈りを身につける土台は家庭における毎日の生活のなかでなされます。よく三歳までが大事だと言われるのはそのためなのでしょう。

 

=父と母=

  第五戒②・神を敬うから

        エフェソ6:1~14 

 エフェソの信徒への手紙62節の「『父と母とを敬いなさい』は約束を伴う最初の掟です」と、3節の「そうすればあなたは幸福になり、地上で長く生きることができる」ということについて、考えてみましょう。

 十戒の第二戒の偶像の禁止命令では、出エジプト記206節にあるように、「わたしを愛し、わたしの戒めを守る者には、幾千代にも及ぶ慈しみを与える」という約束があるので、第五戒で言われている約束は最初の約束ではないのではないか、ということです。しかし、エフェソ62節の「最初の」と訳されている「プローノス」というギリシャ語は、最初という意味のほかに、「最大の、最も重要な、最も優れた」という意味があります。

 カルヴァンの考えでは、第二戒は第一の板に記されていて、「全律法に及ぶ」(綱要Ⅱ、837)戒めであるが、第五戒は第一の板の最初に記されていて、神に対する戒めから対人間関係に戒めが移り、その基礎となるので、「最も重要な」掟と考えることができるということです。

 次に、この「主が与えた土地で長く生きることができる」という約束は、長生きそのものが神の祝福と考えられるのかということです。それとも、長生きそのものは重く考えるべきことではないのかということです。カルヴァンが綱要の中でこのいずれも正しくはないと語っていることを引用してみましょう。

 「…ある人はぬけぬけと最高の年齢まで生き延びるかもしれない。けれども、それは、この人生において神の祝福を欠きながら、悲惨にも呻吩する以外のなにものでもなく、しかも、後の世においては、いっそう大きな刑罰が備えられているのであるから、敬虔な子らに約束された祝福にあずかることはとうていできない」(Ⅱ838、渡辺信夫訳)。

つまり、長生きそのものが必ずしも祝福ではないのです。長生きにつて、「健やかな人が80年を数えても、得るところは労苦と災いにすぎません」(詩篇9010))というモーセの詩の言葉もあります。従って、信者が約束されて、すでにこの地上の生活で経験することを始めている永遠の命に比べるなら、地上でどんなに長生きしたところで、それはたかが知れています。長生きそのものを絶対化してはならないのです。

 こう理解した上で、信仰者は与えられている今の生命を軽んじてはなりません。両親を敬う者は、彼らを敬うことで神を敬うことをしているからです。神を敬う者へのこの約束は、神の祝福を将来だけでなく、現在も受けるという約束です。「信心は、この世と来るべき世での命を約束するので、全ての点で益となるからです」(Ⅰテモテ4:8)とパウロが教えている通りです。その反対に不従順、不道徳、暴力、怠惰、知恵の欠如などは、多かれ少なれ、自己管理ができず、自己中心になりますから、短命をもたらす可能性が大きいことになります。  

 

 

十戒と主の祈り・・・7・・・3・・・   鈴木英昭著

        (元日本キリスト改革派名古屋教会牧師)

 

=安息日=

  第四戒⑤・働きの完成

       出エジプト161329

 

 旧約聖書の歴史を見ると、安息日として週の第七日目を休むことが守られるようになったことが記されているのは、出エジプト記の16章です。天からのマナを集めるように命じられた時、この命令が初めて記されています。彼らは安息日というものを知っていたわけで、20章に記されているシナイ山で、十戒を与えられるまでは安息日について知らなかったわけではありませんでした。しかし、長期間にわたるエジプトでの生活で民は安息日を守ることが出来なかったのでしょう。

 それが、エジプトから、イスラエル人が神の民として形成された時、創造の秩序に基づく安息日が十戒のなかにはっきりと謳われるようになりました。

 「六日の間に主は天と地と海とそこにあるすべてのものを造り、七日目に休まれたから、主は安息日を祝福して聖別されたのである」(出エジプト20:11)という理由をもって安息日が定められました。

 しかし、新約聖書の時代になった時、週の七日目の安息日が週の初めの日に簡単に変わったわけではないことをすでに申しました。信仰者たちは週の初めの日に働きを休むことが出来なかったからです。聖書に記されているように、週の初めの日は、朝早く集まるか、あるいは日没後に集まるかしなければなりませんでしたから、安息日ではなかったのです。

 新約聖書には、週の初めを安息日とするようにという命令が、主イエスからなされていたわけではありませんし、使徒たちも命じているわけではありません。それが教会に定着したのは歴史的にはローマ皇帝がキリスト者になってからであり、教会からの命令によりました。

それなら、七日目が最初の日に変わったことが、神の意志から出たものではありません。キリスト信者がキリストの復活を祝うのに、日曜日を用いることが最も相応しいという確信に、すべての真理に導く御霊が導いて下さったからです。安息日から日曜日に変わることを明示している聖書の個所はありません。そういう意味で幼児洗礼の場合と似ています。休息、自由、救い、喜びなど、安息日が持っている意味から、主の復活日こそがその日に相応しいということでした。

使徒言行録207節にあるように、使徒パウロが第三回伝道旅行で、トロアスに来ていた時、「週の初めの日」も人々は集まっていて、パウロの言葉を聞きました。それは「夜中まで続いた」とありますように、この集会は夕方から始まったものと考えられます。この時はまだ「主の日」と呼ばれず、意識的に呼ばれたのは一世紀末(黙示録110節)でした。神の導きが主の日を安息日にしました。

 

 =安息日=

  第四戒⑥・この日が与える自由

         ヘブライ101925

 

 信仰者の家族における契約の子が、大人になってから子供時代のことを振り返り、日曜日の生活は強制され、辛かったので、自分の子供たちには、同じ思いをさせたくない、という声は以前からしばしば聞きます。なぜこのような思いがあるのでしょう。キリスト信者はキリストの贖いによって神の子供とされたからには、主の日は文字通り神の日になりました。それで日曜日を真に楽しむことが出来るようにされました。それにもかかわらず、日曜日を楽しむことが出来ないのはなぜでしょう。この日は神の日であるということの意識が足りないのでしょうか。神の日ではなく自分の日であるという意識から、子供たちは不満を感じるのでしょうか。

 

 主の日こそ、私たちが神のものとされたことを味わう日です。親自身がそのことをしっかりと受け止めていれば、心から主の日を楽しむことが出来るでしょう。そのように聖別しましょう。主の日には、通常の日々の心配事から離れるように努めましょう。職業のことだけでなく、六日間の仕事以外の働きから来る様々なことからも自由になりたいものです。仕事の奴隷でも趣味の奴隷でもないところに自由があります。

 第四戒の言葉によると、この日は家族の安息の日であるとともに、奴隷も家畜も寄留の旅人にとっても安息の日です。それは、安息は個人的なものではなく、キリストによって買い取られて贖われ、自由にされ、神のものとされたことを一緒になって喜ぶ日です。信仰を与えられている親がこの日を喜び楽しむ姿を見て、子供たちはそれを喜びます。父親は教条的になる傾向がありますから、そのため家庭では母親の生活態度が主の日を楽しむことに貢献します。

 すでに学びましたように、安息日は人のためにありますが、人がその日を自分の都合のために過ごす時、神のものを盗むことになるため、主の日は私たちにとって楽しみの日ではなく、苦しみ日になります。

 主の日は神の日ですから、家族で教会へ行くこと、家族で祈ること、讃美すること、そして主イエスが私たちに願っておられることに心がけましょう。

 警官、医者、牧師の三つに代表される仕事が、必要な仕事、憐れみの仕事、礼拝の働きを代表的に表しています。今では、医療関係、安全関係、交替制の連続勤務などが休めない職業と言えます。他の曜日に行えるのに、日曜出勤するためにやはり神のものを盗んだことになります。

 ヘブライ人への手紙の1025節は、信仰者の集会出席は仲間の励ましになることを繰り返し語ります。主の日を楽しむことは、互いの喜びとなり、励ましになります。礼拝堂の座席に高齢の兄弟姉妹の姿があることは大きな励ましになります。

 

 

 

十戒と主の祈り・・7・・2・・             鈴木英昭著

        (元日本キリスト改革派名古屋教会牧師)

=安息日=

  第四戒③・主の日

       レビ記23・1~3

 先回、安息日は救いの日ですから、喜びの日、感謝の日であることを学びました。今回は安息日の過ごし方について学びます。

第一に、レビ記232節から3節で繰り返されていますように、主人はモーセに安息日は「聖なる集会の日である」と言われました。集会のために聖別された日ということです。ただ休むためではなく、集会の日です。

 第二に、その集会の日は、安息日の詩篇92編によると、「主の祝日」(2)であり、人々は御名をほめ歌い(2)、御手の業を喜び歌いました(5)。また、主の真実を宣べ伝え(3)、主の正しさを宣べ伝え(1)ました。ここに安息日の守り方の基本が見られます。また、そのことは、列王記下4章の預言者エリシャにまつわる一つの出来事から推測できるように、この日に預言者の言葉を聞くことで、神の言葉を聞く日でもあったことを暗示しています。

 北のイスラエルにおいてさえ、人々が、安息日に神の言葉を聞いていたことは、シネムの女が、自分の死んだ息子のことで、預言者エリシャの所へ、ろばに乗って行くことに対して、夫が彼女に、「どうして、今日その人のところに行くのか。新月でも安息日でもないのに」(23)と言っていることからからもわかります。

 第三に、新約聖書に繰り返し出てくる会堂での安息日の状況から分かります。会堂は、バビロン捕囚の時代に起源があると言われていますが、人々は、ごく普通のこととして、安息日に集まっていました。主イエスご自身も安息日には、会堂を神礼拝の場所に使われました。

 ナザレにおいて、「いつものとおり安息日に会堂に入り、聖書を朗読しようとしてお立ちになった。預言者イザヤの巻き物が渡された」(ルカ416~17)とあります。礼拝の後で、病人を癒されました。右手のなえた人(同6・6)、18年間も腰の曲がったままの女性(同1410~11)を癒されました。パウロとバルナバがビシデア州のアンテオキアで安息日に会堂に行った時のことですが、律法と預言者の書が朗読されると、「兄弟たち、何か会衆のために励ましの言葉があれば、話してください」と言われて、パウロが語っています(使徒1314~41)。

 こうした多くの例から明らかなように、安息日には、神の言葉が朗読され、それに基づいて、説教がなされました。

 

 このように、安息日は仕事を休めばそれで良いということではなく、讃美と神の言葉を聞くことをもって、主なる神を礼拝するために聖別した日として休まなければなりません。このように、休むということが私たちだけでのためにあるのではありません。主なる神がなさってくださったことが語られ、それを聞き、喜びと感謝をもって神を讃美します。信仰者は、主人にあって、こういった意味で休むことに、最も深い喜びを見出します。

 

 第四戒④・神への感謝

             ネヘミヤ1315~22

 

 今回は安息日の戒めを破ることについて、聖書から学びましょう。すでに学んできましたように、安息日は休息の日、礼拝の日です。しかし、旧約聖書を見ると、常に感謝をもって守られていたわけではありません。

 このネヘミヤ記は、バビロン捕囚から帰ってきたイスラエルの民に向かって、ネヘミヤが紀元前4世紀の末ごろに記したものとされています。ここに記されている言葉からもわかりますように、安息日を守ることに積極的ではなく、いやいやながら守るというような雰囲気が見られます。ネヘミヤが問題にしているのは、安息日に商売をするために、前もって商品を都に運び入れようとする人々を締め出すために、金曜日の夕方に都の門を閉ざして、安息日にも門を開けず、安息日が終わって初めて開くようにさせたということです。安息日が始まった夜に城門の外で休むことさえ禁じました。

 

 安息日を守るという命令は、積極的な意味で守ることに意味があることをすでに学びました。なぜなら、それはエジプトの奴隷状態からの解放であり、罪の奴隷から自由にされた自由の律法だからです。従って、この日に、私たち信仰者は神への感謝を表明する日です。ところが、守りたくはないのに守らなければならないという奴隷的な意識で安息日を過ごすのであれば、安息日の祝福を受けていないことになります。もしもそういうことであれば、何とか理由をつけて安息日を守らないようになるでしょう。

 安息日に商売をし、仕事をしようとする人は、第四戒だけでなく、他の戒め、例えば第八戒めの盗み、第十戒の貪欲の戒めも違反していないかをチェックする必要があります。ネヘミヤはそうした点を問題にしているからです。

 ウエストミンスター信仰告白第218項に、安息日の例外的な働きとして「神様礼拝と、また必要な義務と、慈善の務め」の3つが挙げられています。ここで必要な義務は何を指すかということになります。スコットランドのロバート・ショウは、ウエストミンスター信仰告白の注解書の中で、その内容として、「教会への往復、町の防衛、航行中の船の運転、消火と運搬、家畜の給食と世話、病人への訪問と助け、幼児の世話」を挙げています。

 

 七日の内の六日間は自分のものですが、一日は主なる神のものです。それゆえに、神のためにとっておきましょう。大きな恵みをくださった神のものを盗むことはあってはなりません。主は、安息日だけでなく、七年目を休耕年とされましたし、50年目をヨベルの年として、その年に奴隷は主人から自由になり、土地は返却されました(レビ記251~12)。それらは本来、神のものだからです。安息日は私たちが神のものとされたことを、最も明白に教えてくれる日です。

 

十戒と主の祈り・・7・・1・・

             鈴木英昭著

        (元日本キリスト改革派名古屋教会牧師)

=安息日=

  第四戒①・主の日

       出エジプト記20:8~11

 第四戒に進みます。安息日を守ることについてです。旧約聖書に安息日のことが最初に出てくるのは、出エジプト記16章のシンの荒野でマナを集めたときのことでした。モーセは民に対してこう命じました。「今日はそれを食べなさい。今日は主の安息日である。今日は何も野に見つからないであろう…あなたたちは六日間集めた。七日目は安息日だから野には何もないであろう」(1625~26)。

 創世記の22~3節に、神がパラダイスにおいて安息日を守っておられることが記されていて、「この日に神はすべての創造の仕事を離れ、安息なさったので、第7の日を神は祝福し、聖別された」(23)とあります。しかし、厳密には、主なる神が休まれたのであって、人間のための安息とは言われていません。出エジプト記の20章で初めて、神の安息が、人間の安息の根拠となっています。「七日目は、あなたの神、主の安息日であるから、いかなる仕事もしてはならない」(10)。

 新約聖書に「主の日」である週の初めの日に、信者たちが集まった(ヨハネ201926、使徒207)ことや、エルサレム教会のために献金を集めたこと(Ⅰコリント162)、ヨハネがパトモスでその日に聖霊を受けたこと(黙示録110)は記されていますが、この日に信者たちが仕事を休んだという明らかな記述はありません。ということは、これらの集まりは朝から夜に行われた可能性があります。

 歴史的にも、ドウマ教授は「2世紀以前に信者たちが日曜日に仕事を休んだということを述べている記述を見出していない」(111頁)と記しています。コンスタンティヌス帝の時に初めて日曜日が休日になりました(321年)。新約聖書の教会のキリスト者たちは、週の初めの日の朝から夕に集まっても、働きを休んだのは週の七日目だったのでしょう。

 それでは主の日を安息日としたのは、教会や皇帝が決めたことなのでしょうか。そうであれば、ウエストミンスター信仰告白21章の「宗教的礼拝と安息日について」の7項で「週の最初の日に変わった」と告白していますが、それはどうなのでしょうか。安息日と主の日の内容面からの類似を考える必要があります。

(1)            安息日は、神の創造の働きからの休み、イスラエルのエジプトの苦難からの休み、主の日は、キリストの苦難から復活された休みの日という共通性があります。

(2)            共に恩恵をもたらしてくださった神に礼拝を捧げる日です。礼拝という共通性。

(3)            奴隷状態からの解放、罪からの解放を祝う日、それは共に人のためにあります。

 このように、安息日礼拝から主の日礼拝に切り替わるには、非常に長い期間を要したと考えなければならないことになります。ですから、幼児洗礼の場合と同じように、聖書全体を貫く契約の内容から見るとき、安息日には、主の日の基本的な性質が含まれていました。

 

 第四戒②・主の日

      ルカ1310~17

 前回は安息日と主の日の関係について学びました。今回は、主が安息日について語り、その日になさった業から、安息日の意味を学びます。当時の律法学者や広くはファリサイ派はイエスを非難しましたが、それに対する主の反論から教えられます。

 彼らは、主イエスや弟子たちが安息日に行ったことが律法違反であると非難しました。弟子たちが安息日に麦の穂を摘んで食べたこと(マタイ121~8)、主イエスが手の萎えた男を癒されたこと(マルコ32~5)、18年間も腰の曲がったままの女を癒されたこと(ルカ1310~17)、水腫を患った男を癒されたこと(ルカ142~4)、また、38年もの長い間、病に苦しみ、ベトサイダの池のそばに横たわっていた男を癒されたこと(ヨハネ51~9)など、安息日の守り方で、主イエスとファリサイ派の者たちとの間に対立が生じました。

 先回、学びましたように、安息には労苦からの休みの日でしたから喜びの日となりました。奴隷のような状態からの解放、また罪の奴隷の状態からの解放でした。そのため、安息日は待ち遠しい日です。特に文字通りの奴隷にとってはそうだったでしょう。労苦から休むことになるからです。

ファリサイ派が主イエスとその弟子たちを非難したのは、自分たちの安息日理解とは違って、イエスが働いたというように考えたからでした。自分たちの律法の表面的な解釈からは、イエスたちの行動が違反した行動になるからです。

しかし、主イエスはご自分の行動が律法に対立しているとは少しも考えてはおられませんでした。むしろ、全くその逆で、安息日に関する考え方も、安息日に行った行動も、十戒のまえがきが語るように、安息日というものが持っている休息、憐れみ、そして喜びという十戒の性格を、主は回復なさったと考えておられ、それを実行なさいました。

当時、安息日を形式的に守ることで、ユダヤ人の指導者たちは自分の義を立てようとしていました。つまり律法主義になっていました。それでいて、何百という細かい規則を定めては、律法から逃れる道を作っていました。例えば、安息日には二文字をかいてはならない、二針縫ってはならない、一文字、一針を休み休みならよいというように。

そうした中で、主イエスは、人々に憐れみを示し、恵みを与えることによって、律法が本来持っていた喜びを回復してくださいました。安息日論争の中で、「安息日は人のために定められた。人が安息日のためにあるのではない」(マルコ227)と言われているのは、安息日を守ることは、ファリサイ派のように、偽善的に守るのではなく、また、ただ形式的に守ってさえいればよいのではなく、神の憐れみに応え、神に喜びと感謝を持って守ることを願う日であったため、癒しの業をすることは当然でした。

 

 

十戒と主の祈り

             鈴木英昭著

        (元日本キリスト改革派名古屋教会牧師)

=主の名=

  第三戒③・誓い

       創世記31:43~54、マタイ5:37

 「主の名をみだりに唱えてはならない」という第三戒に関して、ウエストミンスター大教理問答の問113は、誓いについて教えています。この点について第三戒を考え、聖書が教えていることを学んでおきましょう。

 普通、誓いには、自分が真実を語っていることを主張する意味で誓う誓いと、何かを約束するためにする誓いの二つがあります。前者は自分の証言が神の名にかけて真実であると誓います。証言を受け入れてもらえないとき、あるいは相手や人々に受け入れようとする意志が初めからないとき、神様に証人となっていただいて誓うために、「そこまで言うのなら」ということで、何らかの前進が見られるときがあります。これを「主張としての誓約」(assertory oath)と言います。そして、後者のように約束としての誓いをする場合、例えば、洗礼式での誓約や、教会役員の任職式・就職式での誓約のように、その職務をこれから果たすことを誓う場合を「約束としての誓約」(promissory oath)と言います。

 

 創世記の31章に記されている有名な実例として、ラバンとヤコブとの間の誓いがあります。ヤコブがハランに滞在していた20年の間に、伯父ラバンはヤコブの結婚相手となる自分の娘のこと、ヤコブの財産となる羊のことで、ヤコブと結んていた約束を破りました。そういう意味で、ヤコブにはラバンに対する不信感があったわけですが、自分の妻の父親であること、父の下に滞在していた間に、妻たちを与えられ、子供たちが与えられ、多くの羊や家畜が増えて財産を持つことができたことを思うと、約束の度々の不履行に悩まされはしたものの、耐えてきたのでしょう。ヤコブ自身が兄エサウを騙して、父の祝福を兄から奪ったことも、ラバンに対して忍耐を可能にしたのかもしれません。

 

 ラバンは自分の守り神の偶像を、ヤコブが盗んでいないのを認めると(事実は彼の妻ラケルが盗んでいて、ラクダの鞍の下に隠し、その上に座っていた)、ヤコブとの間に互いの不可侵と、ヤコブがラバンの娘である妻たちを苦しめないためのことを約束させています。これが約束の誓いの実例で、平和を得るための一つの手段となっています。

 

 前者の真実を誓約することに関して、主イエスが山上の説教の中で、「一切誓いを立ててはならない」と言われたことが誤解されて、誓いをすることそれ自体を拒否する人々がいます。この主イエスの言葉と同じことを、主の兄弟ヤコブもその手紙の512節で、こう述べています。「わたしの兄弟たち、何よりもまず、誓いを立ててはなりません」。これについては、次回で学びますが、なぜこのように語る必要があったかが分かると、よく理解できます。主イエスは誓いをすべて禁じたのではなく、誓いは、特に教会において、「然りは然り」、「否は否」(5:37)とはっきりするように言われたのです。平和や秩序はこうして保たれるからです。

 

第三戒④・世俗の誓約

       創世記31:43~54

 前回は、山上の説教やヤコブの手紙に教えられている「誓ってはならない」という、誓いに消極的な教えは、誓いそのものを否定しているのではなく、「然り、然り、否、否とせよ」ということで、不誠実な誓いを禁じていることを学びました。というのは、天や地やエルサレムなどを指して誓ったことは、果たす義務はないというようなことが教えられていたからです。

 今回は、キリスト者とキリスト者でない人々との間の「誓い」について考えてみます。16世紀のアナバプテストのなかに、そして、現在でもルター派などの敬虔主義の流れの中に、あるいは長老派のなかにさえも、この世で誓約が求められるために、政治に関わることや、公務員になることに消極的なキリスト者がいます。

 

 しかし、どの国でも、国民は憲法に従う義務があり、同時に憲法が保障する権利を与えられています。その憲法の内容が誤っていて良心的に従うことができないなら別ですが、そうでなければ公共の益となることには市民として従うことを誓約しています。

 例えば、公共料金を支払ったり、選挙の投票に参加したりするのは、誓約を果たしている一つの姿です。病院に入院して、手術を受ける時、「誓約書」のようなものを書くように求められて、それに従うのも同じです。

 教会において、私たちキリスト者は神を証人として誓いますが、この世で世俗的な事柄について誓約するとき、相手が聖書の神を信じていないために、その相手とは誓約できないことを考える必要はありません。聖書にはこうした場合にも誓約がなされなければならないことが幾つか記されているからです。

 例えば、読んでいただきましたヤコブとラバンの誓約は、それぞれの神を指してなされていて、同じ神ではありません。ラバンが偽りの神の名によって誓約していますから、そうした罪はありません。しかし、誓約したことの内容を守る責任は両者にあり、こうした誓約はこの世において必要なことです。

 キリスト者は世のものではありませんが、世に生きています。世から出て行くことはできません(Ⅰコリント5:10)。教会では不品行者とは共存できませんが、この世で不品行者や偶像礼拝者と共存することを避けることができません。

 大祭司カイアファが主イエスに向かって、「生ける神に誓って我々に答えよ。お前は神の子、メシアなのか」と答えを要求した時、イエスは、「それはあなたが言ったことです。…」とお答えになり、御自分が審判者であるメシアであることを断言なさいました。ですから異教徒の前でも誓約することは必要ですし、それは義務です。 

 

 

 

十戒と主の祈り・・6・・1・・

             鈴木英昭著

        (元日本キリスト改革派名古屋教会牧師)

=主の名=

  第三戒①・利用する

       出エジプト記20:7、使徒19:11~20

 第三戒の「主の名をみだりに唱えてはならない」という禁止の命令は、もちろん、主の名を口に出してはならないということではありません。聖書のどこにも「主(ヤーウェ)」というヘブライ語では4文字の言葉(YHWH)ですが、それを口にしてはいけないと記されてはいません。

 問題は、どういう目的で主の名が用いられるかです。聖書には偶像の名がしばしば出てきますが、それらが礼拝の対象とされることが禁じられます。同じように、主の名が誤った目的に用いられることが禁じられます。

 

 誤った目的で用いられる場合としては、どのようなものがあるでしょうか。ドウマ教授は、それを三つのケースに要約しています。

 使徒言行録の19章では、神がパウロの手を用いて、目覚ましい奇跡を行なわれ、彼の所持品にさえ驚くような力があったことが報告されています。つまり神がパウロを用いて御自分の大きな働きをなさったということです。祭司長スケワという者の7人の息子たちは、神に用いられたのではなく、逆に神の名が自分たちの支配下にあるかのように、自分たちの誉れを示すために、イエスの名を利己的に利用して、悪霊を追い出そうとしました。

 しかし、使徒パウロと違い、イエスを信じていない彼らが、イエスの名を騙って、その力を引き出そうとしているのを見て、悪霊は彼らに襲いかかりました。それは、エフェソの人々に恐れを抱かせ、イエスの名がかえって崇められるという結果になりました。

 

 自分の誉れのために主の名を利用して、みだりに唱える第二のケースとして、偽預言者があります。預言者とは将来を予告するという狭い意味よりも、神から語るべき言葉を預かった者、という広い意味で聖書で使われます。したがって、偽預言者とは、主から語るべき言葉を預かっておらず、語るように遣わされていないのに、「主は言われる」と騙る者のことです。

 預言したことが実現しないとき(申命記18:22)、預言したことと反対のことが起こるとき(Ⅰ列王記22:35)、神に遣わされていない事実を隠すとき(エレミヤ14:15)、彼らは偽預言者であることがはっきりします。

 自分の誉れにために神の名をみだりに唱える第三のケースとして挙げられるのは、偽りの誓いです。誓いについては、私たちの信仰生活と最も関係がありますので、機会を改め扱いたいと思いますが、ここでは、偽りの誓いを主の名を用いて、真実の誓いであるかのように装うことの問題です。

 「神の名にかけて誓う」ということを、「主は生きておられる」(エレミヤ5:2、エゼキエル14:16、ゼカリヤ5:4)という表現をもって、偽りの誓いをいっそう真実なものに見せようとしていることが問題です。

 

  第三戒②・わたしはある

       出エジプト記3:7~15、9:16、詩篇106:8

 ドウマ教授は第一戒、第二戒と違って、神はご自分のことを語られるのに、初めて一人称から三人称に変えておられることに注意を向けるように言います。「わたしをおいてほかに・・・神としてはならない」「いかなる像も造ってはならない・・・わたしは主である、あなたの神」というように一人称から、今度は「わたしの名」とは言わないで、「あなたの神、主の名を・・・みだりにとなえてはならない」と言うように、御自分のことを三人称で述べておられるからです。なぜそのようになさったかということですが、ヤーウエ(主)という名そのものに注目させるためであると言います。

 神ご自身が、モーセの問いに答えて、ご自分の名について説明なさった有名な個所が出エジプト記3章にあります。10節にあるように、神はモーセに、ご自分がイスラエルの民をエジプトから約束の地に導き上ることを告げます。そして、モーセを召し出して、彼をエジプトの王のもとに遣わす計画を語られました。モーセは尻込みしましたが、やがてこの山でモーセは民と共に神に仕えることになるという約束を与えられ、決意しました。

その時、モーセは自分を遣わされた神の名を民から問われることを予想して、神の名を尋ねました(3:14)。それに答えて、神はご自分が「わたしはある」という名の神であることをお告げになりました。それは四文字の言葉で、英語で記せばYHWHで、ヤーウエと発音される名でした。それは、「私は救い主として存在する」とか、「わたしは語ったことを実行する」という意味であり、主なる神とはどういうお方であるかを示すものでした。ここでは、彼の先祖アブラハム、イサク、ヤコブに約束されたことを実行する神、イスラエルを救い出す神として、その名の意味が明らかにされました。

エジプトの王に語るべきことをモーセに命じられた神は、916節で、「わたしは、あなたにわたしの力を示して、わたしの名を全地に語り告げさせるため、あなたを生かしておいた」と言われ、異教徒であるエジプトの王さえも用いて、ご自分がどういうお方であるかを明らかにされるとおっしゃいます。

また同じことを、詩篇の記者は主なる神が、イスラエルの民を敵から救うのは、やはりご自身のヤーウエという名がそうした意味を持っていることを、歌っています。「主は、御名のために彼らを救い、力強い御業を示された」(106:7)キリストによって救ってくださったのも同じです。

「みだりに唱える」の「みだりに」(ラシャア)は、「勝手気ままに」ということなら、神の名を口にしないようにという消極的な戒めになりますが、そうではなく、この素晴らしい意味を持つ主の名が、誤りなく正しく崇められるようにという勧めです。
写真・・・10歳のJ・A・マカルピン(1915年)
     幼年期のJ・A・マカルピン(1910年) 於横浜

 

 

十戒と主の祈り・・5・・3・・

             鈴木英昭著

        (元日本キリスト改革派名古屋教会牧師)

=刻んだ像=

  第二戒⑤・御子を拝む

       創世記1:26~28、Ⅰコリント3:10~17、6:19   

 人は神に似せられて造られている者ですから、偶像のように拝まれてはなりませんし、また不信者であっても単なる動物のように見なされてもなりません。

 人は神のどういう面で神と似せて造られているかについては、ウエストミンスター大教理問答の問い17の答にあるように、「知識と義と聖」において神に似せて造られました。それらを、アダムとエバはその堕落により、狭い意味では失ってしまいましたが、広い意味では残っています。

 狭い意味では、アダムとエバの堕落の直後に、神は回復の道を提供してくださいました。原福音です(創世記3:15)。それを信じることで、人々には回復が与えられました。その実例がエバやセトにおいてすでに見られました(同4:1、25)。

 

 主イエスが父のもとに行われることを告げられると、弟子のフイリポが父を見せてほしいと言いました。それに対して、主は、「わたしを見た者は父を見たのである」(ヨハネ14:9)とおっしゃり、主御自身の言葉と業から、ピリポは父なる神がどのようなお方であるか分かったはずだと言われました。主は特別な意味で父が共にいてくださいましたから、主は彼らが御自分を礼拝することを拒むことはありませんでした。

 読んでいただきましたように、Ⅰコリントの信徒への手紙3章16節で、信者たち自身が、教会であるとして「神の神殿」、「聖霊の住まい」と呼ばれています。このように、キリスト者は、群れとしても、個人としても、神の住まいとされていますが、あくまで造られた者ですから、人を拝むことも、人から拝まれることも、あってはなりません。

 

 神は、洪水の後で、ノアの息子たちにこう言われました。「人の血を流す者は、人によって自分の血を流される。人は神にかたどって造られたからだ」(創世記9:6)。この意味は、すべての人には神に造られた広い意味の神の似姿があるので、殺されてはならないということです。それに違反すれば死の刑罰があるということです。

 神の住まいを意味するソロモンの神殿は、彼の違反後、直ちに廃墟となったわけではなく、民が神殿で礼拝することなくはなったわけでもないことは、未信者にも当てはまります。信者が神でないものを礼拝してはならないことは明らかですが、未信者も広い意味の神の似姿をなおもっているのに、偶像礼拝しかできない性質の持ち主であることを認め、尊敬と憐れみをもって、狭い意味の神の似像がその人のうちに回復されるように愛する必要があります。

 

第二戒⑥・芸術作品

       Ⅰ列王記7:13~14、10:18~20

 

 ヤコブはラケルの墓に記念碑を建てました(創世記35:20)。ペリシテ軍との戦いの勝利を記念して、サムエルは石を立て、エブン・エゼル(助けの石)名付けました(Ⅰサムエル7:12)。しかし、同じような石柱であっても、イスラエルが「どの小高い丘にも、どの茂った木の下にも、石柱やアシエラ像を立て、主が彼らの前から移された諸国民と同じように、すべての聖なる高台で香をたき、悪を行って主の怒りを招いた」(列王記下17:10~11)ということが問題でした。

 

 幕屋や神殿にさえ芸術的な作品がいろいろありました。Ⅰ列王記7章13~14節にありますように、テイルスのヒラムが招かれ、青銅の柱、柱頭をはじめ多くの飾りが造られました。契約の箱と関係のあるケルビムも人の手によって造られたものです。ソロモンの王宮の王座に至る6段の階段には、6対のライオンの彫像があったことが記されています。イスラエルの12部族を象徴するものでした(Ⅰ列王記10:18~20)。

 しかし、旧約聖書にはイスラエルが人間の像を刻んで建てたという実例がありません。神々の像を造ることが禁じられていることが、礼拝の対象ではないとしても、イスラエル人には人の像を造ることを躊躇させたのでしょう。イスラエルの王もユダの王も、戦勝を記念した文書を記録して聖書に多く残していますが、自分の像を造らせたという記事は聖書にはありません。

 オランダのドウマ教授は、宗教的な像に対する禁止は目に見える芸術作品には適用できないと言います。すでに挙げたように、ソロモンの神殿でも王宮の場合でも、芸術家の手腕が用いられ、ヒムラのような外国人の助けを必要としました。アブラハム・カイパーは、イスラエルが神の国の宗教とその勝利の担い手とされたが、芸術については同じように言えないと考えています。ドウマはカイパーの著書「カルヴィニズム」の次の言葉を引用します。

「結局、神の知恵が彼に現われていたソロモンは、イスラエルが建築の点で遅れていて、外部からの助けを必要としていることを知っているだけでなく、ユダヤ人の王である自分の行動によって、ヒムラが少しでも恥とは考えていないことを、公に示している。むしろ、ソロモンはそれを神の自然な定めと理解している」。

 この第二戒の理解の誤りから、イスラエルにおける芸術作新が少ないとしても、この種の芸術作品は第二戒の違反とされることはないということです。造られたものによって神は御自身の栄光を表されるからです。第二戒は神々の像を造ることを禁じています。そして、その像に頭を下げ、仕えることを禁じています。崇拝する像を造ってはならないのであって、すべての彫刻を禁じているのではありません。


写真・・・瀬戸永泉教会堂の玄関

 

十戒と主の祈り・・5・・1・・

             鈴木英昭著

        (元日本キリスト改革派名古屋教会牧師)

=刻んだ像=

  第二戒①・礼拝する方法

           出エジプト記20:4~6、32:3~6

 第二戒は、「あなたはじぶんのために刻んだ像を造ってはならない」(口語訳)です。そして、この戒めには違反した場合の刑罰と、守った場合の祝福の約束が加えられています。

 ローマ教会とルーテル教会は、第一戒とこの第二戒とを一つにして、第一戒としています。その代わりに第十戒を二つに分けて、第九戒を他人の妻の貪りとし、第十戒を他人の持ち物の貪りとします。それは人為的で不自然ですが、第十戒の時にそのことを学ぶことにします。

 

 第一戒は、すべての他の神々と言われるものを拒否するように命じていますから、主なる神だけが真の神であるということです。第二戒は、第一戒と違って、その真の神を礼拝する方法の戒めです。広い意味としては、自分勝手な方法で神を礼拝してはならないという戒めです。

 イスラエルの民は、モーセがホレブの山に登り、40日が過ぎても下ってこなかったので、ホレブの山の麓で、アロンの指示に従って、金の子牛を作りました。それを主なる神の像として造りました。「すると彼らは『イスラエルよ、これこそあなたをエジプトの国から導き上ったあなたの神々だ』と言った」(出エジプト32:4)のです。アロンはそれを見て、その前に祭壇を築き、「明日は主の祭りを行う」と言いました。

 このアロンの言葉から分かるように、民の意識はこの子牛の像によって主なる神を礼拝すると考えていました。そういうことは、第一戒だけであり、この第二戒がなかったとすれば、イスラエルの民は主なる神に向かって罪を犯したという意識は、生まれないことになります。

 イスラエルの国が、ソロモンの死後、南北に別れますが、北のヤロブアムは、祭りの時に民がエルサレムに上ることを嫌って、金の子牛を二体作らせ、その一つをベテルに置き、もう一つをダンに置いて、「あなたがたはもはやエルサレムに上る必要はない。見よ、イスラエルよ、これがあなたがたをエジプトから導き上ったあなたの神である」(列王記上12:28)と言いました。これも同じで、第一戒の違反です。

 このようにアロンもヤロブアムも主なる神を否定したわけではありません。しかし、ソロモンが妻たちのために、高台を築きました。それは明らかに別の神々、偶像の神々を礼拝する場所でした(列王記上12:10)。そして、アハブ王になると、彼は積極的にバアルを礼拝し、第一戒や第二戒に明らかに違反しました。神の裁きがエリヤを通して臨みました。このように、第一戒は偶像

礼拝を禁じる命令であり、第二戒は、主なる神を自分勝手は方法で礼拝することを戒める命令です。第一戒の偶像礼拝は、第二戒の像を作ることと関係します。

 

 第二戒②・神を利用する 

         出エジプト記20:4~6、Ⅰサムエル4:3~11

 刑務所の宗教教誨師をしていた時、教誨師の十数人が年に一度の研修旅行をしましたが、ある年、奈良の少年刑務所を見学に行きました。その折、京都の有名な寺院を訪ねましたが、同行の浄土真宗の僧侶の一人が、立って眺めている私たち三人の牧師に向かって、「われわれはこの仏像を拝んでいるのではないのです。その背後におられる仏に向かって手を合わせているのです」と言いました。

 ローマ教会も似たようなことを教えています。ヴァチカンの聖ペトロ教会に行った人は見られたと思いますが、おびただしい数の彫像と絵画があります。見ていると、人々はペトロ像の足の親指に触れて祈っています。そのためにその指はピカピカに光っていました。ローマ教会も、こうした行為を偶像礼拝とは考えず、聖人や天使を崇敬することは、「神ご自身に賛美と感謝とをささげることになります」(カトリック要理72)と教えています。

 先週はこの第二戒の学びの最初として、神礼拝は、人間が自分勝手な方法で行ってはならないことを学びました。しかし、礼拝に関してはいろいろな面があって、必ずしも100パーセント、神が指示を与えているわけではありませんから、ウエストミンスター信仰告白の16項の最後のところで、わたしたちはこう告白しています。「また、神礼拝と教会政治とに関しては、常に守られるべき御言葉の一般原則にしたがって、自然の光とキリスト教的分別とによって秩序付けられるべき、人間の行為と共同体に共通ないくつかの事情のあることを認める」。神礼拝の場合、例えば、礼拝の時間や長さ、回数、要素の順序などの周辺的な事柄には、相違はあり得るということです。こういうことにまで、聖書は言及していません。

 像を作って、それを拝んではならないのは、神を人間の願いに従わせようとする罪のためです。例えば、イスラエルの民がペリシテ人との戦いで敗れたため、祭司たちに十戒の入ってる契約の箱を戦場に運ばせました(Ⅰサムエル4:3~8)。その箱が戦場についた時、民は歓声を上げました。神が来て戦ってくださると思ったからです。しかし、イスラエルはその戦いに敗北し、契約の箱が奪われました。主なる神がイスラエルのために働かれることを拒否されたのは、民が神の主権的な働きを求めたのではなく、自分たちのために神を利用しようと願ったためでした。

 

 主なる神はイスラエルという民を、お選びになったアブラハムから起こして、御自分の民とし、その歩むべき道を示されました。示されたところに従って、民は神に従わなければならなかったのです。ところが、彼らは、このように契約の箱によって、主を自分たちに従わせようとしたのでした。偶像はこうして利用される性質をもっています。

 <バラ先生ご使用の洗礼用鉢>

 

十戒と主の祈り・・5・・2・・

             鈴木英昭著

        (元日本キリスト改革派名古屋教会牧師)

=刻んだ像=

  第二戒③・神をあらわす

           ヨハネ4:24、詩篇94:8~19

 第二戒の偶像礼拝禁止の根拠として、ウエストミンスター信仰基準の証拠聖句ではありませんが、ヨハネによる福音書4章24節の「神は霊である。だから、神を礼拝するも者は、霊と真理をもって礼拝しなければならない」がよく言及されます。

 関連している意味の聖書箇所が他にもあります。例えば「主がホレブで火の中から語られた日、あなたたちは何の形も見なかった」(申命記4:15)、「ただ一の不死の存在、近寄り難い光の中に住まわれる方、だれ一人見たことがなく、見ることができない方」(Ⅰテモテ6:16)などです。こうした聖書の教えがこの第二戒と関係があることは確かです。人は土の塵から造られましたが(創世記1:7)、神はそうではありませんでした。人間には肉と骨がありますが、神にはありません。したがって、神を地上の物質的なものでもって表すべきではないという考え方は、聖書の支持を受けることができます。

 しかし、この点について、こういう意見があるかもしれません。すなわち、神には目や耳や口や顔や手や足というように、私たち人間が持っている器官があるかのような表現が聖書には多くあることも事実ですから、人の姿に描いたり、刻んだりしても良いのではないか、と思われたりするかもしれません。しかし、注意すれば分かるように、そのように表現することが、神が霊であることと矛盾することにはなりません。

 なぜなら、神に目や耳や口などがあるという表現は、神にはこうした器官があるということを意味して語られているのではなく、神は見ること、聞くこと、語ること、建てたり倒したりするなどの働きがあるからです。

 言い換えると、神が人間のような手を持っているかどうかということが問題ではなく、神がその手をもって何をなさるかということが重要なのです。それは、目や耳や口などのその他の器官についても同じです。次の有名な言葉もその実例の一つです。民を祝福する言葉として、申命記6章25節は有名な言葉を語るように、神はアロンにお命じになりました。「主が御顔を向けてあなたを照らし、あなたに恵みを与えられるように」。

 

 列王記下12章のヤロブアムの二つの金の子牛のことを考えてみると分かります。子牛は主なる神の姿を現しているのではありません。それでもヤロブアムは「これがあなたがたをエジプトから導き上ったあなたの神である」と言いました。それは異教の神を表したのではないとしても、真の神の力を、捉えられるかのように表しました。主なる神はその力を民との契約とその実行によって示すことをよしとされましたが、ヤロブアムは金の子牛をもって表したことに、第二戒の違反がありました。

 

 第二戒④・キリストが与える命

        イザヤ31:1~3、ヨハネ4:21~26

刻んだ像を造り、またそれを拝むことを禁じておられる神ですが、目に見える形を採ってご自分を表そうとなさらないわけではありません。神がご自身を見える形をもって現わしてくださったことが聖書に記されています。例えば、主はアブラハムに、マムレのテレビンの木の傍らで人の形を採って現れ(創世記18:1)、ヤコブはペイニエル(神の顔)で神に会ったと言い(同32:30)、モーセやアロンたちが70人の長老たちと共に「神を見て、食べ、また飲んだ」(出エジプト24:11)からです。

 主イエスは「わたしを見たものは父を見たのである」(ヨハネ14:9)と言われ、パウロも、「御子は見えない神の姿である」(コロサイ1:15)と言います。

 しかし、人が神を見る面は、部分的であると言われます(Ⅰコリント13:12)。人が神を理解する点も同じように部分的だというこのが言えます(ローマ11:23、Ⅰコリント2:11)。そういうわけで、イスラエルの罪は、主なる神を見えるようにしたいと願ったことにあるのではなく、すでに学びましたように、自分の願いに合わせて神を表そうとしたことにありました。

 そうすると、第二戒が、神は目に見えない「霊である」からというだけで、目に見えるものをもって表してはならないと単純に考えられないことになります。前回学びましたように、ヨハネ4章24節の主の言葉、「神は霊である。だから神を礼拝する者は、霊と真理をもって礼拝しなければならない」との関係をよく理解しておくことが大事になります。

 ドウマ教授は、この「霊」という言葉をどう理解するかが重要だと言います。そして、例えば、イザヤ書31章3節を挙げ、そこでは肉と霊が対比されていて、肉は被造物の性質を表現し、霊は神の性質を示し、特に、霊は神が命を与える力として、被造物の弱さ、一時的な存在である肉と対比されています。

 イスラエルとサマリヤは、ヤロブアムの時代から祭りの場所が別れたため、それぞれの正当性を主張をしてきました。しかし、今や神は、御子に力をお与えになり、この時代を御子によって終わらせようとしておられます。そのため命を与える力をもっておられる御子との交わりによる礼拝をすること、御子が真理によって宣べ伝えられる礼拝をすることが求められています。

 それは特定の場所に関係する一時的な礼拝ではなく、キリストにあって、命を与えてくださる神を、世界中のどこにおいてもできる礼拝です。

 教会という目に見える場所での礼拝が、福音の真理によって、キリストにある神の力が場所を超え、時間を超えて与えられる礼拝という全く新しい面がキリストによってはじまりました。ですから、第二戒は礼拝の見える面をすべて否定しているわけではないということです。

 

 

十戒と主の祈り・・5・・

             鈴木英昭著

        (元日本キリスト改革派名古屋教会牧師)

=刻んだ像=

  第二戒③・神をあらわす

           ヨハネ4:24、詩篇94:8~19

 第二戒の偶像礼拝禁止の根拠として、ウエストミンスター信仰基準の証拠聖句ではありませんが、ヨハネによる福音書4章24節の「神は霊である。だから、神を礼拝する者は、霊と真理をもって礼拝しなければならない」がよく言及されます。

 関連している意味の聖書箇所が他にもあります。例えば「主がホレブで火の中から語られた日、あなたたちは何の形も見なかった」(申命記4:15)、「ただ唯一の不死の存在、近寄り難い光の中に住まわれる方、だれ一人見たことがなく、見ることができない方」(Ⅰテモテ6:16)などです。こうした聖書の教えがこの第二戒と関係があることは確かです。人は土の塵から造られましたが(創世記1:7)、神はそうではありませんでした。人間には肉と骨がありますが、神にはありません。したがって、神を地上の物質的なものでもって表すべきではないという考え方は、聖書の支持を受けることができます。

 しかし、この点について、こういう意見があるかもしれません。すなわち、神には目や耳や口や顔や手や足というように、私たち人間が持っている器官があるかのような表現が聖書には多くあることも事実ですから、人の姿に描いたり、刻んだりしても良いのではないか、と思われたりするかもしれません。しかし、注意すれば分かるように、そのように表現することが、神が霊であることと矛盾することにはなりません。

 なぜなら、神に目や耳や口などがあるという表現は、神にはこうした器官があるということを意味して語られているのではなく、神は見ること、聞くこと、語ること、建てたり倒したりするなどの働きがあるからです。

 言い換えると、神が人間のような手を持っているかどうかということが問題ではなく、神がその手をもって何をなさるかということが重要なのです。それは、目や耳や口などのその他の器官についても同じです。次の有名な言葉もその実例の一つです。民を祝福する言葉として、申命記6章25節は有名な言葉を語るように、神はアロンにお命じになりました。「主が御顔を向けてあなたを照らし、あなたに恵みを与えられるように」。

 

 列王記下12章のヤロブアムの二つの金の子牛のことを考えてみると分かります。子牛は主なる神の姿を現しているのではありません。それでもヤロブアムは「これがあなたがたをエジプトから導き上ったあなたの神である」と言いました。それは異教の神を表したのではないとしても、真の神の力を、捉えられるかのように表しました。主なる神はその力を民との契約とその実行によって示すことをよしとされましたが、ヤロブアムは金の子牛をもって表したことに、第二戒の違反がありました。

 

 第二戒④・キリストが与える命

        イザヤ31:1~3、ヨハネ4:21~26

刻んだ像を造り、またそれを拝むことを禁じておられる神ですが、目に見える形を採ってご自分を表そうとなさらないわけではありません。神がご自身を見える形をもって現わしてくださったことが聖書に記されています。例えば、主はアブラハムに、マムレのテレビンの木の傍らで人の形を採って現れ(創世記18:1)、ヤコブはペイニエル(神の顔)で神に会ったと言い(同32:30)、モーセやアロンたちが70人の長老たちと共に「神を見て、食べ、また飲んだ」(出エジプト24:11)からです。

 主イエスは「わたしを見たものは父を見たのである」(ヨハネ14:9)と言われ、パウロも、「御子は見えない神の姿である」(コロサイ1:15)と言います。

 しかし、人が神を見る面は、部分的であると言われます(Ⅰコリント13:12)。人が神を理解する点も同じように部分的だということが言えます(ローマ11:23、Ⅰコリント2:11)。そういうわけで、イスラエルの罪は、主なる神を見えるようにしたいと願ったことにあるのではなく、すでに学びましたように、自分の願いに合わせて神を表そうとしたことにありました。

 そうすると、第二戒が、神は目に見えない「霊である」からというだけで、目に見えるものをもって表してはならないと単純に考えられないことになります。前回学びましたように、ヨハネ4章24節の主の言葉、「神は霊である。だから神を礼拝する者は、霊と真理をもって礼拝しなければならない」との関係をよく理解しておくことが大事になります。

 この「霊」という言葉をどう理解するかが重要だと言います。そして、例えば、イザヤ書31章3節を挙げ、そこでは肉と霊が対比されていて、肉は被造物の性質を表現し、霊は神の性質を示し、特に、霊は神が命を与える力として、被造物の弱さ、一時的な存在である肉と対比されています。

 イスラエルとサマリヤは、ヤロブアムの時代から祭りの場所が別れたため、それぞれの正当性を主張してきました。しかし、今や神は、御子に力をお与えになり、この時代を御子によって終わらせようとしておられます。そのため命を与える力をもっておられる御子との交わりによる礼拝をすること、御子が真理によって宣べ伝えられる礼拝をすることが求められています。

 それは特定の場所に関係する一時的な礼拝ではなく、キリストにあって、命を与えてくださる神を、世界中のどこにおいてもできる礼拝です。

 教会という目に見える場所での礼拝が、福音の真理によって、キリストにある神の力が場所を超え、時間を超えて与えられる礼拝という全く新しい面がキリストによってはじまりました。ですから、第二戒は礼拝の見える面をすべて否定しているわけではないということです。

 

 

 

十戒と主の祈り・・5・・1・・

             鈴木英昭著

        (元日本キリスト改革派名古屋教会牧師)

=刻んだ像=

  第二戒①・礼拝する方法

           出エジプト記20:4~6、32:3~6

 第二戒は、「あなたはじぶんのために刻んだ像を造ってはならない」(口語訳)です。そして、この戒めには違反した場合の刑罰と、守った場合の祝福の約束が加えられています。

 ローマ教会とルーテル教会は、第一戒とこの第二戒とを一つにして、第一戒としています。その代わりに第十戒を二つに分けて、第九戒を他人の妻の貪りとし、第十戒を他人の持ち物の貪りとします。それは人為的で不自然ですが、第十戒の時にそのことを学ぶことにします。

 

 第一戒は、すべての他の神々と言われるものを拒否するように命じていますから、主なる神だけが真の神であるということです。第二戒は、第一戒と違って、その真の神を礼拝する方法の戒めです。広い意味としては、自分勝手な方法で神を礼拝してはならないという戒めです。

 イスラエルの民は、モーセがホレブの山に登り、40日が過ぎても下ってこなかったので、ホレブの山の麓で、アロンの指示に従って、金の子牛を作りました。それを主なる神の像として造りました。「すると彼らは『イスラエルよ、これこそあなたをエジプトの国から導き上ったあなたの神々だ』と言った」(出エジプト32:4)のです。アロンはそれを見て、その前に祭壇を築き、「明日は主の祭りを行う」と言いました。

 このアロンの言葉から分かるように、民の意識はこの子牛の像によって主なる神を礼拝すると考えていました。そういうことは、第一戒だけであり、この第二戒がなかったとすれば、イスラエルの民は主なる神に向かって罪を犯したという意識は、生まれないことになります。

 イスラエルの国が、ソロモンの死後、南北に別れますが、北のヤロブアムは、祭りの時に民がエルサレムに上ることを嫌って、金の子牛を二体作らせ、その一つをベテルに置き、もう一つをダンに置いて、「あなたがたはもはやエルサレムに上る必要はない。見よ、イスラエルよ、これがあなたがたをエジプトから導き上ったあなたの神である」(列王記上12:28)と言いました。これも同じで、第一戒の違反です。

 このようにアロンもヤロブアムも主なる神を否定したわけではありません。しかし、ソロモンが妻たちのために、高台を築きました。それは明らかに別の神々、偶像の神々を礼拝する場所でした(列王記上12:10)。そして、アハブ王になると、彼は積極的にバアルを礼拝し、第一戒は第二戒に明らかに違反しました。神の裁きがエリヤを通して臨みました。このように、第一戒は偶像

礼拝を禁じる命令であり、第二戒は、主なる神を自分勝手は方法で礼拝することを戒める命令です。第一戒の偶像礼拝は、第二戒の像を作ることと関係します。

 

 第二戒②・神を利用する 

         出エジプト記20:4~6、Ⅰサムエル4:3~11

 刑務所の宗教教誨師をしていた時、教誨師の十数人が年に一度の研修旅行をしましたが、ある年、奈良の少年刑務所を見学に行きました。その折、京都の有名な寺院を訪ねましたが、同行の浄土真宗の僧侶の一人が、立って眺めている私たち三人の牧師に向かって、「われわれはこの仏像を拝んでいるのではないのです。その背後におられる仏に向かって手を合わせているのです」と言いました。

 ローマ教会も似たようなことを教えています。ヴァチカンの聖ペトロ教会に行った人は見られたと思いますが、おびただしい数の彫像と絵画があります。見ていると、人々はペトロ像の足の親指に触れて祈っています。そのためにその指はピカピカに光っていました。ローマ教会も、こうした行為を偶像礼拝とは考えず、聖人や天使を崇敬することは、「神ご自身に賛美と感謝とをささげることになります」(カトリック要理72)と教えています。

 先週はこの第二戒の学びの最初として、神礼拝は、人間が自分勝手な方法で行ってはならないことを学びました。しかし、礼拝に関してはいろいろな面があって、必ずしも100パーセント、神が指示を与えているわけではありませんから、ウエストミンスター信仰告白の16項の最後のところで、わたしたちはこう告白しています。「また、神礼拝と教会政治とに関しては、常に守られるべき御言葉の一般原則にしたがって、自然の光とキリスト教的分別とによって秩序付けられるべき、人間の行為と共同体に共通ないくつかの事情のあることを認める」。神礼拝の場合、例えば、礼拝の時間や長さ、回数、要素の順序などの周辺的な事柄には、相違はあり得るということです。こういうことにまで、聖書は言及していません。

 像を作って、それを拝んではならないのは、神を人間の願いに従わせようとする罪のためです。例えば、イスラエルの民がペリシテ人との戦いで敗れたため、祭司たちに十戒の入ってる契約の箱を戦場に運ばせました(Ⅰサムエル4:3~8)。その箱が戦場についた時、民は歓声を上げました。神が来て戦ってくださると思ったからです。しかし、イスラエルはその戦いに敗北し、契約の箱が奪われました。主なる神がイスラエルのために働かれることを拒否されたのは、民が神の主権的な働きを求めたのではなく、自分たちのために神を利用しようと願ったためでした。

 

 主なる神はイスラエルという民を、お選びになったアブラハムから起こして、御自分の民とし、その歩むべき道を示されました。示されたところに従って、民は神に従わなければならなかったのです。ところが、彼らは、このように契約の箱によって、主を自分たちに従わせようとしたのでした。偶像はこうして利用される性質をもっています。

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