201810月 号 №135 通巻820号 号
 

 『その愛のゆえに』

   =時々の記=

    (150)

8月20日

 3匹いた犬たち。それぞれ長生きでしたが、そのクロが亡くなってしまった(18年10か月)・・・。今は犬たちの姿はどこにもありません。大好きだった庭に埋めてあげました。昨日は緊張していたのか、苦しむ姿が安らかになったのを見終えて、ほっとしていましたのに、今朝はいつもいるところにいないクロ、苦しんでいたよう様子をうかがわせるクロの動き回った後を思い出すと、もう涙でいっぱいになってきます。動物でしかも、何も言えない犬なのに、姿が見えないのはとても悲しく、つらくなります。一日、一人で家の中にいると、気持ちが落ち込んできます。我が家の犬のことで、このように悲しんでいたのでは申し訳ないのですが・・・。

 甘えん坊のクロ。モモたちと、仲良く過ごすんだよと、一日に何度もお墓に行っては話しかけている私です。

老犬に涙の溢る秋の暮れ。

老犬の苦しく鳴きぬ秋の夜。

最後まで老犬歩きぬ草の花。

しもつけの残りを供ふ犬の墓。

散歩せし犬との年月秋深む。

再会を約す別れや秋の風。

クロの死を悼んで。       馬場路哉

自宅に帰ってくると必ず玄関に寝そべっていた最後の犬のクロの姿が見られなくなって、主人も只今と語り掛けても返事をする相手がいなくなってしまったというのです。本当にこのような犬のことで悲しんでいる私をお許しください。気持ちを切り替えて、今日から夕散歩に出かけようかなという気持ちだけは勢い込んでいるのですが・・・。

826

 今日も、こちらは35度越えの蒸し暑さです。皆さん朝早くから頑張りました。たくさんの捨てられた空き缶、ごみを集めると一袋では収まりません。田舎の道に車から投げ捨てるなんて、マナーの悪さに愕然としました。その後、草刈りを手伝うと、その草の中からまた空き缶やごみが出てくるのです。自分の出したごみを自分で処理できないなんてとあきれた暑い一日でした。

クロがいなくなって一週間がたちました。毎日、クロやモモ、桜と一緒に過ごした楽しかった思い出を柱の傷や玄関のドアをかんだ痕を見ては寂しさを感じている私です。

829

 三年ぶりでしょうか。娘が山添村の空気を吸いに帰ってきました。朝から大忙しです。埃だらけの部屋を掃除しなければなりません。主人と二人で掃除機をかけたり、雑巾がけをしたりと。掃除嫌いな私たちにとっては大変な朝でした。

幹登るありの高きに至りけり。

小鳥来る樫の大樹に潜みもし。

井戸替えや水は命を持てるとも

蓮の花短き命輝かす。

灯火親し青畝風土記に旅心。     馬場路哉

いつもジャーナルにたくさん載せていただいてとても喜んで励んでいる主人です。

830

 八月を終えようとしています。昨日はとても不思議なことがありました。娘たちと台所で話をしている時にです。最近はめったに見ない大きなトンボ(オニヤンマ)が私たちのいる部屋の中に入ってくるのです。それを見た娘はとっさに、“クロがトンボになって帰ってきたんだね”というのです。私ははっとして、そういう考え方もとても良いものだと思いました。

楽しそうにしているところへトンボも加わりたかったのでしょう。なかなか外に出ようとしません。そのダイナミックな姿から、犬のクロのことを私もふと思い出していたのです。“長い間ありがとう”とでも言ってくれているかのようでした。

 灯火親し老いの読書は少しずつ。

朝顔や夢を見るよな淡き色。

福音書我を励まし灯火親し。

良き日和忙しくなりぬセミの声。   馬場路哉

ようやく秋めいてきて、主人は読書三昧の生活を送っています。午前中は俳句の関連の本を。午後からは図書館で借りてきた本を読みふけっています。リハビリにはその合間を縫って出かけています。朝の散歩は犬たちがいなくなって、一人、ラジオが友達です。台所は犬たちの写真があちこちに貼ってあります。いつでも、あいさつできるようにです。元気だったころの写真を眺めては、“楽しかった犬たちとの日々”を懐かしんでいます。

馬場暁美

「上野緑ヶ丘教会会員」 

 

 

その愛のゆえに』

   =時々の記=

    (149)

717

 昨日、猛暑の中、長い間、不便な生活をしていた台所に新しく、クーラーを設置してもらいました。この暑さですから、クーラーがなかなか手に入らない状態だというのです。一日がかりで丁寧につけてくださいました。除湿機能がついていて、そこをオンにするだけでもとても涼しく感じられます。この蒸し暑さがとてもしんどいのだということがよくわかりました。電気工事の方は同じ気温でも、ここ、山添村は緑が多いので体感気温が低く感じられるので、仕事がしやすいといってくださいましたが全身汗まみれになっての一日でした。

またたびの傾るる(なだるる)道をリハビリへ。

畔刈られ整然とある青田かな。

笹ユリの消えたる村の過疎進む。

玄関を出ていくツバメ急加速。

草むらに抜きんづるなり夏アザミ。   馬場路哉

山添村の総合検診が近づいてきました。あまりにも暑くて車で出かける気力が出てきませんが、何とか頑張って行ってきます。

725

 昨日、山添村の健康診断に行ってきました。暑い中でしたが、何とか決められたことをやり切った充実感がありました。結果は9月28日だというのです。心配していた不整脈は検診を受けるひと月ほど前から気にならなくなりました。昨日の心電図の検査の時にも自覚はなかったのでほっとしています。内科の女性の先生が心音を聴診器で調べてくださいました。貧血の検査も目の下側をめくって調べてくださいました。一つ一つの検査がとても昔懐かしく感じました。そして、外からの検査では大丈夫ですよ、と言ってくださいました。主人の母はこの地域で、お医者とてその生涯をささげました。その様子を思い出し、懐かしくほっとした一日でした。

731

 もう7月が終わろうとしています。西日本豪雨、12号台風、猛暑でととても長く感じられたひと月でした。今もなお、被害にあわれた方たちはとても大変な生活をされています。こちらは12号台風で、家の周りの竹がずたずたに倒れて道をふさいでしまいました。その片づけに追われただけですのに、すっかり疲れ果ててしまいました。それに生活用水の井戸水がまだ湧き出てきません。後しばらくの我慢なのか、とても嫌な予感がいたします。三日はその井戸を村中が集まって見に行きます。うまく水が湧き出ていたら、井戸の中を掃除して、飲料水として使えるようにする予定です。人間の計画がすべて覆されているこの頃です。この先どうなるのだろうと、不安がよぎります。「明日のことを思い煩うな」とのみ言葉。「一日の苦労はそれで充分である」というみ言葉を信じて、生きたいものです。

82

 暑さが続いています。この暑さには疲弊してしまいます。今までならば、午前中は何とか頑張ることができたのですが、最近はとても長続きは致しません。気力が保たないのです。そのうえ体力も弱っています。今までできていた仕事の半分もこなすことができなくなっています。診療所の先生は励ますかのように、まだ69歳なんだからがんばれるよ、と言ってくださいましたが、今年の猛暑には閉口です。セミたちがあまりにぎにぎしく声を出しません。暑すぎて、弱っているのでしょう。

白鷺の青田の中へ舞い降りぬ。

苦悩する姿尊し桜桃忌。

笠といふ山開かれぬ蕎麦の花。

無住寺の門前に群れ捻れ花。

信仰は闘ひと聞く聖五月。    馬場路哉

8月6日

 きょうは暦の上では立秋です。昨日までの暑さに比べると二度ほど気温が低いこちらです。やはりとても過ごしやすく感じます。クーラーもいりません。洗濯物を干したり取り入れたりするのも、傘を差さずにできます。ほっと致します。でも緊張していた夏の暑さに疲れを覚えて、体は重いのです。被災地の方たちの特集が新聞に組まれています。アッという間に大切な命が奪われてしまうのですから、本当に悲しく辛く、その悔しさをぶつけたらよいのか、と毎日が戦いですね。「ジャーナル」さんとのメールでのやり取りに出ています。お祈りしています。

命掛け話す牧師や聖五月。

勇気もて道踏み出せと聖五月。

アジサイや永久の命を解かれける。

リハビリや、またたび傾る谷道を。

渓谷も滝壺も青と轟きぬ。     馬場路哉

馬場暁美

「上野緑ヶ丘教会会員」 

 

 

 『その愛のゆえに』

   =時々の記=

    (148)

613

 ようやく雨がやんでお日様が顔を出してくれました。溜まっていた洗濯物を干しきれないほどしてしまいました。夕方にはすっかり乾いています。乾燥機を使わないで乾ききったのは何日振りでしょう。こんな小さなことに喜びを感じるこの頃です。アジサイは見事に咲き誇っています。真っ白いとても甘い香りのするくちなしの花が今朝一輪の花が咲きました。ビロードのような花びらにひと時魅せられていました。

旅情ある高原に居て閑古鳥

山並みの映れる伊賀の植田かな。

下草を刈りて全身汗しとど。

一葉の書きたる闇や五月雨

山蟻の幹の高きへ登り行く。   馬場路哉

75

 庭では待ちに待った八重のくちなしが大雨の中咲き始めました。雨にやられておれてしまいそうなので、もったいないのですが枝を切って花瓶に一輪いけました。甘い香りに包まれています。

アカシヤの花に砂丘の広ごりぬ。

リハビリに通ふ山路の夏アザミ。

岩の間の強きうねりや夏の川。

十薬や義人右近の天高く。

目覚むると神に祈りぬホトトギス。    馬場路哉

79

 あの、大雨何時になったら止んでくれるのかと、ただ待つばかりでした。テレビから映し出される映像には声が出ません。広島、岡山、四国、京都、岐阜各地で大きな川が氾濫し、山が土砂で流されています。アッという間に水の量が一階を超えてきたというのですから、どんなに、怖かったことでしょう。水の恐ろしさをまた身にしみさせた災害でしたね。

自家菜園で、やっとミニトマトが赤くなり、食卓に上るまでになりました。味は今一つです。赤いのにとても酸っぱいトマトです。それでも野菜には変わりありませんから、感謝しています。

715

 体温とほぼ同じ暑さなのですから、とても暑く感じます。でも、こうして、お水が出る。冷蔵庫が使える。それだけで感謝しなければいけませんね。被災された方たちへの支援、配慮が最優先されなければいけないときです。一日も早い、お水の供給。電気が使えるようになってほしいですね。頑張っておられる姿をテレビで拝見し、胸がいっぱいになってきます。

 「ラジオ伝道」の会報の、巻頭言の中で、協力委員会の委員長の田口博之先生や横山良樹先生が言っておられるように、長村さんのフォロアップはきめ細かく、献身的であられ、お一人、お一人への対応のなされ方は、もう誰もできないことで、誰もが脱帽なのです、とありましたが、このような長きにわたって、マカルピン先生の遺志を受け継いで、最後まで、ただ、主のために仕えてこられたことに心から敬意を表します。これからも「つのぶえジャーナル」を通して、多くの方たちをお導きくださいますようにお祈りしています。くれぐれもご自愛ください。

馬場暁美

「上野緑ヶ丘教会会員」 

 

 

 『その愛のゆえに』

   =時々の記=

    (147)

518

先日の大雨で我が家の古いトイが壊れてしまい、今日はその修理に来てもらっています。蒸し暑い中、汗だくで励んでいてくれます。申し訳ないとの思いで何もできない私たちは3時に冷たいコーヒーを差し上げることしかできません。このような肉体労働で励んでくださっている方たちには本当に頭が下がります。この蒸し暑さの中、黙々と頑張ってくれているのです。

528

朝から曇り空です。今にも雨が降り出しそうな気配です。今朝、私たちがみな家から出ていた瞬間。無残にも、ツバメの雛が大きなカラスに全部やられてしまいました。家に帰ってくると何かひなの羽のようなものが散乱しています。巣を見上げると、一羽も雛が巣の中にいません。朝から大きなカラスが一羽、屋根の上にとまってじっと何かをうかがっているのがわかりましたが、ちょっとお隣へ野菜をいただいたお礼に行っていた隙にです。カラスも生き抜いていくには食べ物がなければならないのでしょうが、生きているツバメの雛を狙うとはひどすぎます。

あまりにも無残で、胸が痛みます。去年は蛇にやられた場所なのです。

茶を刈ると翁機械に乗り続け。

ガードレール小鹿飛び越え山笑ふ。

通学路高く望めば藤かかる。

高きより川辺に見ゆるホオの花。

色あひの苦心若葉の山を描く。     馬場路哉

主の日の礼拝では、一年ぶりに病が回復して礼拝に出てきておられた姉妹が涙を流して再会の喜びを示してくれました。とても感謝でした。

62

 まるで夏を思わせる暑さです。最近の気候はとても激しく急変いたします。温暖化の影響でしょうか。都会の夏はとても暑く感じられることでしょう。暑さ対策と向き合っていくのが毎日の課題となってきます。朝の散歩で、りりしく咲き誇っている野のアザミが暑さで夕方にはしょんぼりしています。

我が家の梅に目をやると、どうも今年は不作です。春先の気候が影響しているのでしょう。夏野菜の玉ねぎも全く収穫できないと農家さんが嘆いておられます。

天候によってうまくできないときには日々の苦労が身に染みることとお察しいたします。

信楽の山の煙りぬ若葉雨。

朝まだきツバメに元気みなぎりぬ。

教会へ向かふ山中藤の花。

咲きそめし紅つつじに黒揚羽。    馬場路哉

明日は草刈りの「出会い」です。足元が危なっかしい老人たちが山の斜面を刈りこんでいくのです。口をそろえて、大変な草刈りやなあ…と言いながらも踏ん張っているのです。けがのないように無事に終えることができますように。

611

 台風と前線の影響でしとしとと雨が降り続き、非常に湿度の高い一日となりました。気温はそれほど上がっていないのにとても蒸し暑く感じられます。名古屋は大雨注意報が出されていますから、仕事場まで出向かれるのはとても大変なこととお察しいたします。サッカーワールドカップが始まりますね。日本は監督の急な入れ替わりなどが影響しているのでしょうか。残念な試合ぶりですね。日本代表の選手たちですから、最後まで戦い抜いてほしいですね。

最近、教会の礼拝には高齢者が新来者としてよく来られます。私もその仲間なのですが、見渡すと、不安げな顔つきの方たちが椅子に座っています。先生もそれを察してか、昨日は高齢者でもできること。それは手を合わせて祈ることだと締めくくっておられました。

朝日受け清々しかな朴の花。

五月晴れ心励まし教会へ。

種まきの説教思ふ植田かな。

現れた未だ弱弱樫若葉。

散歩して翁憩ふや桐の花。   馬場路哉

馬場暁美

「上野緑ヶ丘教会会員」 

 

 その愛のゆえに

   =時々の記=

    (146)

4月17日

予報通り、雨になりました。小さな花たちは雨をもらって、少しうれしいような冷たいような表情をして咲き続けてくれています。珍しいシャガの花が今年はずいぶん早く庭の隅っこに咲き始めて、そのすがすがしさにまるで初夏を思い起こさせられています。

倒木を抱きながらも山笑ふ。

瀬波立ち渕緑なす宇陀の春。

伊勢近き川緩やかに風光る。

湖のさざ波弾く春日かな。

車椅子夫が押したりイースター。    馬場路哉

この頃の朝5時はもう明るくなり始めていますので、とてもうれしくなります。

昨夕はフクロウが裏山にやってきて“大丈夫かい”と声をかけてくれました。

4月20日

 今日は25度まで気温が上がりました。一気に暑くなってきましたので、ストーブを片付けようか迷っています。まだしばらく朝、夕は寒い日があるかもしれないので、慌てません。私の苦手なのは、蟻んこと蚊です。まだこちらは出てきませんが、そろそろ蚊取り線香の準備が必要になってきますね。お隣のハナミズキが今満開です。主人は三日前に畑仕事をしていて、立ち上がろうとした瞬間、ギクッと腰を痛めました。杖を片手に腰を二つ折りにして今は歩いています。でも歩くことができるので感謝です。

4月30日

 田んぼでは田植えの真っ最中、また新茶の時期が早まってトラックの荷台に一杯乗せて新茶工場へ運ばれていくのに散歩していると出会います。まだ八十八夜になっていないのに、今年はいつもの年よりも早いようです。すっかり緑滴る季節に移り替わりました。

伊賀盆地、澄み渡る灯や春夕。

波立つる浅瀬荒瀬や春の川。

花つくり好む媼や花ミモザ。

新入生、足取り軽く門を入る。

桜見ず、ひたすら郵便配達す。     馬場路哉

5月に明日から入ります。今月は主人の定期精密検査が三重大病院であります。

12年目になります。よくここまで・・・と検査のたびに思います。

5月3日

 昨日、横浜の姉と電話で近況を話し合いました。モモが最後にとても苦しんで息を引き取ったことを伝えましたら、田舎でお隣が離れているからそうやって最後まで家で見てあげられたんだねという。私にとしては当たり前のことと考えていたことが、それはとても都会では考えられないことだというのです。少しでも犬の声が聞こえたり、騒がしいことが起きたりすると、とてもマンションではやっていけないので、動物でも人間でも人の迷惑になるほどの騒がしくになると施設に預けなければならないのだというのです。その話を聞いてびっくりいたしました。お互いにもう70の大台に乗っていますから仕方がありませんね。故障が出てくるのは当たり前ですね。と。

5月8日

先ほどのニュースで沖縄が梅雨入りしたとか。早いですね。まだ5月ですのに梅雨とは。昨日宝塚にお住いのTさんからお電話をいただきました。とても懐かしく楽しくお話しできました。いつもこの5月になると上野緑が丘教会の創設期を思い出します。Tさんご一家とのお交わりはその頃にさかのぼるのです。もうTさんのことを知る方は誰もいなくなった上野緑が丘教会です。

伊賀盆地灯り初むころ春惜しむ。

暮れ残る庭に一株雪柳。

タンポポの咲き満るなり犬の葉か。(モモのお墓の周り。)

春昼や老シスターの話聞く。    馬場路哉

511

5月12日は母の日ですね。いつまでたっても母との思い出は尽きません。昨日、一緒に住んでいる息子から母の日のプレゼントが届きました。割り当てられて仕方がなくのプレゼントなのでしょうが、やはり覚えてもらっていたことに感謝し、うれしくなりました。ささやかなことであってもその気持ちを伝えることは大切ですね。

私は、学生時代にポーリン・マカルピン先生から、母の日がどうしてできたかを教えていただきました。

アメリカの牧師さんがその婦人が毎週信徒のために尽くしているのをねぎらうために一年に一度、5月の第二日曜日だけはゆっくりさせてあげようと、この日を母の日として定めて、家から出ている子供たちを呼び寄せて、母である婦人に家族がそろって感謝の気持ちを伝える日になったと教えていただきました。

その後、マカルピン先生は510番の讃美歌を金城の生徒皆で賛美しましょうと呼び掛けて、200名近くの寮生は故郷の母のことを思い出しながら涙して賛美をしたのを思い出すのです。

この素晴らしい尊いお話はしっかりと私の胸に刻み込まれています。

515

 お祈りに支えられて12年目を迎える今日の検査結果も異常なしと言っていただきました。心から感謝しながら名阪国道を山添村に向かってひたすら帰ってきました。検査はおよそ30分でしたが、それから待つこと3時間半余り。待っている間の緊張感はいつまでたっても嫌な思いになります。やっと名前が呼ばれたのが2時過ぎでした。ドキドキしながら診察室のドアを開けました。今回も異常ありませんよ、と息子よりも若い先生から言っていただき、ほっと胸をなでおろしました。帰りの車の中では、この年も二度の検査はうんざりするね。でも検査をすることによって異常が発見されるのだから、やはり早期発見、早期治療を目指して検査を受け続けることの大切さを痛感いたしました。

大きな病院なので、患者さんの人数も多くて、今日だけで私たちが帰るころで876人の方が来ておられました。多くの方が苦しみを抱えながら、祈るような面持ちで待合室で待っておられます。今日、私の隣に座った方は“どこからきているのですか?”とたずねるので“奈良県の山添村です”と答えると“私は奈良の御杖村です”と。そこで意気投合してしまいました。波多野郵便局がありますね。そこはとても感じがよかったのです、とびっくりするようなお話です。実は主人はそこの郵便局に勤めていました、という話になり検査室でもとても仲良しになることができました。

 裏山からは二日前からホトトギスがとても甲高いきれいな響きでさえずり始めました。“卯の花のにおう垣根のホトトギス早も来鳴きて”のように、卯の花が咲き始めて、ホトトギスが啼き出して、初夏そのものですが、気温が違います。夏の暑さです。明日からは曇り空で、ムシムシ、ジメジメの気候になるとの予報です。梅雨の走りですね。

馬場暁美

「上野緑ヶ丘教会会員」 

 

 

 その愛のゆえに

   =時々の記=

    (145)

3月14日

 遠くから見ると土手の一部が薄紫色になっているのです。春の訪れを告げてくれる雑草でも、とても小さな可愛い花ですが土手の一部を埋め尽くして花盛りとなっていました。あまり可愛くてしばらくの間見入りました。そして糸株だけ手に持って帰り家のガラスの器に浮かべました。ちょっとしたごちそうですね。

急な気温の変化に対応しかねておりますがセーターなしで散歩に出かけることができるなんて、うれしい限りです。明日からは大きめの帽子が必要かなと思うほどに陽射しがきつく感じました。

3月15日

 気温が上昇して少し動くだけで汗ばみます。とても気持ちがよい一日なので、本当に久しぶり、お布団を干しました。太陽のにおいがいっぱいで、ふっくらと軽くなりました。ようやくお布団を干す気分になりました。犬たちの布団も干しました。歩くことができない犬たちのために補助具を思いつきました。後ろ足が全く使えないので、後ろ足の前の胴体に手ぬぐいを二本つないで犬の胴体を固定してみました。前足で何とか歩くことができていますので、しっかり後ろ足を手ぬぐいで引き上げて、前足はリードで首輪を引っ張ってやると、ほんの数メートルですが、庭を歩くことができます。梅の香りや、沈丁花の香りを少しでも嗅がせてあげようとの、私の配慮です。数分間ですが、一日に三回ぐらいは外に出ることができるようになりました。最後まで飼い主として悔いが残らないように精いっぱいやれることはしたいのです。

3月20日

ツバメがこの雨と寒さにびっくりして、我が家の玄関から一歩も外に出ていません。日本へやってくるのが少し早すぎたとびっくりしているようです。明日もまた冷たい雨との予報です。寒さ暑さも彼岸までと言われていますから、そろそろ安定した暖かさが続くのでしょうか。

絶壁の梅林にある茶店かな。

頼山陽月ヶ瀬の梅読みにける。

笹鳴きや青きたかむら辺りより。

梅白し春か高きをトビ舞ひぬ。

十字架にこそ幸あれとイースター。  馬場路哉

4月4日

四月の明るい陽射しがいっぱいに家の玄関に入ってきます。

そのような中、一晩中、声を上げて苦しんだモモが先ほど、4月4日、午前9時30分に私の目の前で苦しみながら息を引き取りました。あまりにも苦しむので、“神様どうぞ、この苦しみを和らげてください”と祈りつつ、モモが好きだった庭の椿の花の下へ抱っこして連れて行ってあげたり、朝、起きてからモモが好きだったことを思い出して試みましたが、苦しいので、ただ、もがくだけでした。

私が台所の炊事場で後片付けをしていると急に静かになりました。振り返ると、モモが手を高く空に向けてあげているのです。可愛いい瞳をパッチリ開けています。体はまだ暖かいのですが、心音がありません。“モモの体を暖かいタオルできれいに拭いてあげました。そしてお花の柄がとても美しいタオルケットを体にかけてやると、先ほどまでの苦しみから解放されて、今まさに天国へ走って行っているようです。

本当に長い間、一緒に仲良く生活してきたので、モモには感謝の思いがいっぱいです。本当にありがとう。モモ・・・。賢いモモがいなくなったら、私は急に認知が入ってしまいそうなほど頼っていました。ありがとう。モモ。感謝しています。

4月5日

 尊いお慰め、お励まし、ありがとうございます。昨日は夢中でしたが、一日経つと、またいつもいるところにいないモモの姿が思い出されます。悲しいですが、たくさんの良い思い出を作ってくれたことにありがとうとお礼を言っています。

モモの死を悼んで。

犬の死になぜ泣かされぬ春の夜。

苦しみて死にたる犬や花吹雪。

西行の夢果たす犬花散りぬ。

犬、17年椿の下に葬しけり。

幻の賢い犬や春の星。     馬場路哉

4月6日

 桜の後には山つつじが清楚な中に、美しい青紫色でハットさせられました。春爛漫です。どこを歩いていても小さな花に出会います。今日は初夏に咲く真っ白いシャガイモの花が咲いているのを見つけました。暖かいので季節を間違えたかのようです。今日は山添村では入学式が小学校で行われています。初めての学校生活で子供たちは緊張しきった顔でバスに乗っていました。山添村で今年一年生になるのは20人もいないというのです。高齢化社会の見本のような村に住んでいる私です。

草萌や大地に張れる根の強し。

信徒たち、墓に集へば花吹雪。

梅と棕櫚、古木並びぬ過疎の村。

坂道に転がってをる落ち椿。

慰霊碑や花の吹雪ける川堤。    馬場路哉

明日は山添村の老人会の一日旅行だそうです。私たちは二人とも老人会には入っていませんので、そのようなお付き合いはありませんから、気楽です。隣り近所の付き合いだけでも大変な村ですから、削れるところは思い切って削っています。

馬場暁美

「上野緑ヶ丘教会会員」 

 

 

 

 その愛のゆえに

   =時々の記=

    (144)

2月20日

 本当に久しぶりに犬たちの布団を干してあげました。ぺちゃんこだったお布団がふっくらしてきっと気持ちよく寝てくれると思います。夕方は小さなラジオ(手で持てるほどの小ささ)を持って歩くことにいたしました。犬たちと一緒なら楽しいのですが、一人で歩くのはちょっと寂しいので、ラジオを友達にしています。

すると、春を見つけることができました。馬酔木(アセビ)の花がとても愛くるしく咲き始めているのです。上を向いて咲く花ではなく下を向いて咲く花です。あまり目立ちませんが、そのような地味な花でも春を感じて、私たちにきれいな小さな花をつけてくれたので、何だかとてもうれしい気持ちにしてくれました。

2月28日

 主人は俳句をいつもたくさんにジャーナルに載せていただいて、とても喜んでします。このようなご配慮に心から感謝いたします。読んでいただく方たちには申し訳ありませんが、感無量だと言って、また早速新しい俳句が出てきました。

ソテツの葉光を返す冬日かな。

疑へば復活の主現るる。

大空に広がる枝の冬芽かな。

蜘蛛の糸光をるなり日向ぼこ。

寒風旨きと思ふ山仕事。

なぞへなる日差し豊かな枯木山。   馬場路哉

月5日

 この山添村で、昨日、今年になって初めての鶯の鳴き声が聞かれました。まだぎこちなくて、けきょとか、ほーとか、途切れ途切れの鳴き声ですが、しっかり耳を澄まして聞いていると、確実に鶯の鳴き声です。自然界は一斉に春の装いです。庭の梅もあっという間にあちこちの枝から白い花を咲かせ始めています。よい香りを放ってくれています。

今朝はフキノトウを味噌汁に入れてほろ苦い春の味をしみじみ味わいました。

過ぎし日の梅偲ぶ漢詩なる。

涙もて種蒔くべしと年新た。

雪嶺に心洗ひて教会へ。

黒々と太き幹より梅含む。

寒中の空青きこと運動す。   馬場路哉

犬たちはすっかり足が弱ってしまいました。家の中でも立つことができません。それでも精いっぱいの姿に心打たれ、いとおしさを感じるのです。毎晩これが最後だと思って、あいさつを交わしています。

3月9日

このところ、お天気が急に変わります。春の嵐が吹いたりと大変ですが、あの寒い頃と比べると、どんなことでも感謝できるのです。あの寒さを乗り越えたのですから、頑張らなければと気持ちはそう思うのですが、体がなんだかしんどいよ~と言って思うように動くことができませんが。我が家の庭の梅が満開です。桜と違って華々しくはありません。それでも殺風景な庭を飾ってくれています。

お隣の紅梅が散歩の折にとてもあでやかに咲き誇っていました。犬たちは、一生懸命に頑張ったよ、と言わんばかりに私の方を見つめています。

“そうだね。本当にありがとう。一緒に過ごした173か月はとても楽しかったよ”と返事をしています。最後の最後まで命ある限り、精いっぱい生き抜こうとしている犬たちの姿に毎日心打たれています。

3月12に日

 夕方の散歩では西日がいっぱい差し込む、土手に黄色いタンポポを見つけました。黄色の花はとても元気をもらいますね。昨日の礼拝ではミモザの花が生けられていました。小さな派手ではないのですが黄色の花を見るととても元気になります。冬と違って空の色もとてもきれいに澄み渡っています。

うれしい春が待ち遠しかったですね。

  馬場暁美

「上野緑ヶ丘教会会員」 

 
 

 その愛のゆえに

   =時々の記=

    (143)

1月18日

 散歩するにも家事をするにも羽織っていた服を一枚少なめにいたしました。それでも、少し動くと汗ばんできます。気温を見ると、十度を超えています。春先の気温ですから、なんともうれしいことです。でもこの良い気候も今週いっぱいで、また来週には寒波がやってくるといわれています。つかの間の春の陽気に気持ちまで緩んでしまいそうです。

今年も、我が家は当たり年です。農協のお手伝いをする仕事が回ってきました。昨日はさっそく、春先に植えるジャガイモの種イモを配って回りました。とても重たいので、今朝は腰が痛くて、なかなか起きられませんでした。

冬うらら真上の空の青きこと。

刈られたる野菊再び花掲ぐ。

石塊の輝くものや川涸るる(はるる)。

木の葉より茂みに隠れ鶲鳴く。  馬場路哉

1月25日

 昨日から水道管が凍結してしまいましたので、生活用水が残り少なくなってきて困っています。この寒波は明日まで続くというのですから、とても厳しいものがあります。それでももっと大雪の地方の方たちのことを考えれば、まだまだ比べ物になりませんね。もう少し、もう少しと思っていると一日がとても長く感じられるのですね。少しだけの飲み水で何とか半日過ごしましたが、午後からは井戸までの道を長靴を履いて、水をバケツで何回もくみ上げに行きました。何年振りかの厳しい寒さですから慣れていないことと、備えてないことが痛手となっています。

 含む梅活けてみもする夕べかな。

底冷えに熱きコーヒーすすりける。

忍耐を第一義とし年新た。

米国より新年祝ふ手紙なる。

山峡の広み好むか寒すずめ   馬場路哉

主人は最近寒さが厳しいのでリハビリはお休みしています。明日、温かくなったらまたリハビリに歩く予定を立てているようです。

2月6日

 2か月に一度の歯医者さんへの通院は幸い雪がなく、山添村内に医院があるので、出かけることができました。1と月ほど前から口内炎がひどいので、それを先生に伝えると“しっかり水分を補給しなさい”と言われました。冬にも口の中はいつもたっぷりの水分で潤しておくことがとても大切なんだそうです。のどが渇くまでほったらかしておいた知恵のなさに恥ずかしくなりました。小さな村ですが、村内に診療所があり、また歯科医院もあるのは高齢者にとってはとても助かります。

2月13日

 我が家の犬たちはこの寒さと、足の弱りで、もう、散歩に行くことができなくなりました。今までの習慣で出かけそうになってしまいますが、あちらへぶつかり、こちらで倒れたりしている犬たちの姿を見ると、とても危険で外には出られません。家の小さな庭で少しの間リードを外して自由にさせてやっています。毎朝、まず息をしているかどうか確かめるのが朝一番にする大切なことの一つになっています。

冬晴れやただ黙々とリハビリす。

読み初めや蕪村を含め数冊を。

冬木立枝先茶筅並ぶかに。

山蒼し色めく冬の夜明けかな。

寒風を棕櫚はさらりといなしけり。   馬場路哉

  馬場暁美

「上野緑ヶ丘教会会員」 

 

 

 その愛のゆえに

   =時々の記=

    (142)

12月18日

 厳しい寒さが続いていますが、不思議ですね。体がこの寒さに慣れてきたように感じます。今朝は一番の冷え込みでしたのに、うっかりして、ソックスを一枚少なめにしてしまいました。何だか足元がスースー冷たい風が通り過ぎるなと思っていましたら、履き忘れていたのです。三枚ソックスを重ねて履いていますので、昼前までそのまますごすことができました。厳しい寒さにも少し慣れてきたようです。人間の体には順応する力があるのだと改めて感じました。

今日、一通の手紙が私宛に届きました。それは元郵便局におられた方からでした。その方から私にお礼の言葉がつづってありました。“奥さんには、もっとも苦しんでいた時に力になってくださって心から感謝しています”との文面でした。

私はそれほどのことはした覚えがありませんが、一度だけ、保険の契約ができずに大変困っていると言って来られたことがありました。それがとてもうれしかったというのです。とても困っているときにほんの少しだけの支えが心に残っているというのです。そういうものなのか、と恐縮してしまいました。

寒き日の陽炎(かぎろい)殊に強きこと。

まれなこと、越境したる伊賀の霧

秋嶺の多羅尾越えなば京近し。

野葡萄の日を浴びている夕散歩

谷広く澄みわたりたる後の月。   馬場路哉

 主人は今はもっぱら書道の練習です。教会の来年度の聖句を書くことになったからです。筆を握ったのは中学以来だというのですから大変なことです。1月28日まででよいですよと牧師先生から言われましたが、本人は毎日30分ほどかけて猛練習です。適当にすることが出来ない主人の性格が出ています。

12月21日

 朝起きると、何時もよりも冷え込んでいるのがよくわかりました。お隣の村ではマイナス6度。ここ山添村はマイナス5度でした。車の窓は真っ白になって凍っています。雪は降っていませんが霜柱で土手や畑が真っ白でした。この寒さでまたお年寄りが早朝に救急車で搬送されていました。犬たちもずいぶん弱ってきました。食欲が出てこないのか、口をつぐんだままです。食欲がなくなると、こちらの方ががくんと落ち込んでしまいます。

この厳しい寒さを乗り越えられますように。クリスマスを迎えることが出来ますようにと、お祈りしています。

1月2日 

 今まで使っていたパソコンがトラブル続きで、新しいものを購入することにいたしました。長年地域の電気屋さんに何でもお世話になっておりますので、お願いすることにいたしましたが、ここ山添村は田舎でして、量販店は遠く、これからのことを考えて注文いたしましたが20日以上かかるそうで、今までメール文が「その愛のゆえに」になりましたが、今回は手書きを「編集子」さんにお願いいたしました。

 今日は、とてもびっくりするうれしいことがありました。「ジャーナル」を愛読くださっている福島県の方が伊賀上野まできてくださっているとのこと。伊賀上野は今は「忍者の里」などで有名になり外国人も多く訪れるところになりましたが、ここ上野は、俳人松尾芭蕉の生誕の地で多くの方が来られていて、その方もそのようでして、手土産に和菓子を持ってきましたので教会に届けておきます、とのことでした。教会で家の電話番号を聞き、電話までくださったのです。本当に大感激でした。「ジャーナル」がこのような恵みをくださいました。

 伊賀閑(しず)か白茅(つがや)床しく枯れにけり。

 夕陽の光留まる枯芭。

風荒ぶ伊賀の村なる枇杷の花。

故郷の温もり覚ゆ紅葉かな。  馬場路哉

111

 年末年始は駅伝大会が多く、楽しみにしていましたが、思い出す方がおられます。H牧師先生のお母様のことです。本当にお好きでした。私たちには優しく接してくださいましたが、内に秘めた強いものをお持ちでした。95歳で召されるまで駅伝で走り切った若者たちのように、天国への道を、信仰の道を走り抜かれたお姿です。

   馬場暁美

「上野緑ヶ丘教会会員」 

 

 その愛のゆえに

   =時々の記=

    (141)

11月15日

主人がクリスマスカードを購入してきましたが、まだ、書く気持ちになれません。

きっと犬たちとの生活があまりにも大変なので、気持ちが前を向かないのだと思います。28日には、また三重大学病院まで検査です。一人で行くといってくれていますので、そうしてもらう予定です。大病を患いながらも周りへの気遣いを忘れない主人です。

秋雨の止みし朝やトユ掃除。

雨に朱を極めてをりぬ冬薔薇。

一谷を制し、でこぼこ葛茂る。

秋雨の続きてノアの舟思ふ。

台風の雨の弱りて教会へ。    馬場路哉

今週末、主人はこの村の中学校時代の同窓会だそうです。毎日、顔を見合わせている友がほとんどなのに、同窓会を開くというのです。現職時代に、友達を頼って営業成績を上げさせてもらったことを思い出しては、一人一人にお礼を言わなければと気を使っています。ゆっくり楽しむというよりは、地元で仕事をさせてもらったので、このような時にはずいぶん気遣いが必要なのだそうです。

11月19日

庭では春先に咲く、水仙が蕾を付けています。同じように椿も大きな蕾を付けて今にも花を咲かせようとしています。とても変わった庭の木々たちの様子です。

昨日、ゴダート先生にクリスマスカードを送ることができました。今年はもう、先生のお年のことを考えると、お手紙を出さない方がよいのではと随分迷いましたが、「日本伝道百年史」を読み、多くの南長老派の宣教師の先生が日本伝道のために犠牲を払って捧げてくださったかと、胸がいっぱいになるのです。その中のお一人がゴダート先生です。岐阜から、上野緑ヶ丘教会まで、毎年夏に伝道に来てくださいました。たくさんの英語の讃美歌を教えてくださり、また聖書物語をフランネルグラフを使って流ちょうな日本語でお話ししてくださいました。そして、私が最後に先生とご一緒したのは、金城学院のスマイス寮でのクリスマス礼拝でした。先生との沢山の思い出を感謝をこめて何とか書くことができました。

11月28日

今日も一日穏やかでした。朝、8時前に三重大学病院まで主人は一人で出かけました。9時半の検査診察の予定でしたので、午後一時過ぎには帰ってくることと祈って待っていました。無事に3時過ぎに帰ってきました。若い先生に主治医が変わり、待つことなんと2時間半。とても長く感じたと言っていましたが、レントゲンだけの検査ですが、異常なしで帰らせていただきました。主人の帰りが予定より遅くなるにつれ、不安がよぎります。入院ということになって、その手続きで遅くなっているのだろうか。とか。

ふと見れば、散りつくしたる木の葉かな。

谷広く孤高と仰ぐ後の月。

山茶花に通へる虫に夕日差し。

この山の裾ゆたかなりハゼ紅葉。

伊勢までの連なり床し秋の山。     馬場路哉

12月7日

雪が降る予報が出ていましたが今のところ、雨です。ほっとしています。「キリストへの時間会報」69号が届けられました。

1952年の始まったラジオ伝道が、65年たった今も続けて電波が流れていることは神様のお導きと恵みと祝福によるものと心から感謝いたします。

その尊いご奉仕に携わってくださって、教会へ集えなくなった高齢者、病の中にある方に、毎週、日曜日のラジオ放送での御言葉と、讃美歌を聞く機会をどんなにか心待ちにしていることでしょう。ラジオから流れる御言葉はとても強く私個人にも語りかけられるのです。台所の片隅にラジオを置いて、時にはメモを取りながら、真剣に聞いています。ご一緒に大きな声で賛美し、教会の礼拝に集えなくても力が与えられるのです。信徒の交わりが無いのは、とても寂しいことではありますが、言い換えれば、そのようなことがないからこそとても集中できる時であることは事実です。

 このラジオ伝道が許される限り続けられますようにとお祈りしています。

泥流や“三浦綾子”は冬を書く。

新蕎麦や戸隠山の麓なる。

初霧のチェーンのトユを伝ひけり。

学び舎の銀杏黄葉に朝日差す。

黄落や粛々として教会へ。      馬場路哉

 12月12日

とても厳しい寒気が上空にやってきているようです。歯科医に定期検査に行ってまいりました。きれいに磨けていますね・・・と褒めていただき、こちらは調子に乗って、医院の室温の程よい居心地の良さを感じました。我が家に帰って室内の気温を見るとなんと4度しかありません。わたしには寒すぎます。さっそくストーブとエアコンをつけて何とか7度まで上がりました。いくら暖房をつけても、古い家ですから隙間風があちこちから入ってきます。健康には良いのかもしれませんが、この冬の寒さには参ってしまいそうです。

午後からは隙間のあるところに段ボールを重ねたり、ベニヤ板で囲んだりと工夫しました。少し気のせいか、ほっこりしました。室温も上がりましたが、それでも駄目ならば毛布をカーテンの様に窓際にひっかけようかなと考えています。毎晩お布団の中から顔を出すことが出来ません。寒くて目が覚めてしまうからです。幼いころの信州での冬を思い出しています。

  馬場暁美

「上野緑ヶ丘教会会員」 

 

 その愛のゆえに

   =時々の記=

    (140)

 10月23日

 昨日は丸一日、激しい雨に見舞われ、夜はもっと激しく降り続きました。避難勧告が出ていましたが家で待機。怖くて、何度も目が覚めました。山添村の各地で土砂災害が起こりました。中峰山では五ケ所山崩れが起きて、通行止めです。主人は何度も呼び出されて一日中、出かけていました。

今日一日は小学校もお休みのようでした。すぐに道路が復旧するとは思いませんので、しばらく、みなさんが不便な生活となります。先ほどからは断水です。水道の栓が土砂で埋まってしまったのかもしれません。冷蔵庫に入れてある非常時の飲み水を少しずつ大切にして使っています。このようなちょっとしたことでも、パニックを起こしてしまいそうになる愚かな者です。

リハビリに耐へむと眺む秋の空。

ラジオよりキリストを聞く白露の日。(キリストへの時間を聞いて。)

灯火親し英文学に取り組める。

秋灯や師ガリ版を切りにける。

山峡に忍ぶ暮らしや天高し。    馬場路哉

10月26日

  10月に入って最も秋らしい今日、ジャーナル11月号が届けられました。

このように早く届けていただいたヤマト便さんに感謝します。「今月のことば」で、大切な三つのことを導いていただき、どのようなときにも、唯一の知恵深き神様にイエス・キリストによって、栄光が永遠より永遠にありますように。アーメン。このことを心に抱いて、一日一日歩んでまいりたいものです。

 「美しい朝に」さんへ

共に過ごした愛ちゃんを天国へ送られて、どんなに悲しく、辛いことでしょう。それなのに、今月も多くの方を励ますために大切なご自分のことをしたためてくださって感謝いたします。愛ちゃんの様にとても優しい飼い主にかわいがってもらい、静かに眠るように天国へ旅立ったなんて、なんと幸せな愛ちゃんでしょう。私は今までに三匹の愛犬を天国へ送りました。どの犬も最後はとても苦しみました。ですから愛ちゃんの様に静かに安らかに天国へ旅立っていかれるのはとても珍しいことだと思うのです。きっと飼い主さんに全幅の信頼を持って、毎日過ごしていたのでしょう。しあわせ者の愛ちゃんですね。我が家の残っている愛犬たちも愛ちゃんの様に平安に天国へ旅立って行ってくれることを毎日祈っているのです。苦しんでいる姿はもう、見たくありませんから。

11月には、また主人の三重大病院行きの日がやってきます。

11月2日

 今日の朝の冷え込みは12月を思わせるものでした。昼散歩をしていると、月ヶ瀬時代の生徒が、“こんにちは、お変わりありませんか”と明るく挨拶してくれました。電気料金の検針にまわっているとのこと。女の子ですのに、バイクに乗って村中を回っているというのです。担任をしたこともないのに、覚えてくれて挨拶を交わすことができて、何だか、とてもうれしい一日でした。

 明日は、また山添村全村の文化祭と、食べ物店が催されます。小さな村ですが、みんなで力を合わせる団結力はすごいものがあります。

名古屋ではそのような催しはもうなくなっているのでしょうね。小さな村の小さな秋祭りに村の人たちは心躍らせているようです。私たちは、家で静かに過ごします。11月に入ると、急に夕暮れが早くなってきます。とても寂しい月ですね。私が生まれたのがこのようなさびしい月だったのかとしみじみと思いを巡らせています。いつも私の誕生日には父と母からのどちらかから、本を贈ってもらいました。一番最後に母からプレゼントされた本は水野源三さんの詩集でした。同じ信州の生まれの源三さんのことを母はとても共感を覚えたのでしょう。その詩集をまた今年も取り出して、源三さんの素晴らしい詩集に心洗われるのです。

11月4日

 今日、綾ちゃんと一時間ほど、英語の勉強をしている間に金城の同級生から留守電が入っていました。さっそく、折り返し電話をいたしました。同窓生の近況を知らせてくれました。元気だった友が腎臓から肺へ転移し、今は脊髄までに広がって手術ができる状態ではないことを教えてくれました。病に侵されている友は、上野緑ヶ丘教会まで高校時代にクリスマス礼拝に来てくれたのです。その後、受洗に至ったと聞いています。関西に転勤になられ、奈良で会おうということになって高校を出てから25年振りに近鉄奈良駅で出会い、しばらく、お昼ご飯を共にしてお互いにまた元気で再開できる日を約束いたしました。

それ以来、ぷつんと途絶えたお交わり。忙しいのだろうと、思い込んでいましたら、いま杖を持たずには歩行ができないというのです。もう、そのような友が増え始めています。私も、目が悪くなっていると伝えたら、早く検査を受けるようにと厳しく言われました。お互いにとても心細い毎日を送っているのがよくわかりました。秋の夕暮今日は一層寂しさが増しています。友が癒されることを信じて祈っています。

11月10日

 今朝も0度という寒さでした。でも午後からは気持ちよく晴れて、秋らしい一日となりました。「美しい朝に」さんの折り紙、お忙しい中とても繊細に作られてある素敵な折り紙をお送りいただいて心から感謝いたします。さっそく、部屋の壁に飾ろうと考えています。あまりの美しい作品の出来栄えに感動しております。「美しい朝に」さんはとても器用でいらっしゃるのですね。感激しています。創意工夫されてこのような見事な作品が仕上がるなんて。有難うございました。

 いつものように八朔が黄緑色になってきました。しかも今年はとても大きく立派なのです。八朔の木を眺めているだけで、楽しくなってきます。またあの酸っぱい八朔を口にすることができるのでしょうか。そちらにばかり目をやっていると、ふと目の前の椿の花が大きな蕾を付けているのに気が付かなくて、あれ、今年は早く蕾が大きくなっているように思われて仕方ありません。椿は、梅が咲き終わったころに咲き始めるのですから。何だか、季節が異常なのかもしれませんが、庭の木がどんどん先取りしているのです。それを見ているとこちらまで面喰ってしまいます。

  馬場暁美

「上野緑ヶ丘教会会員」 

 

 その愛のゆえに

   =時々の記=

    (139)

9月16日

 台風の影響を受けて朝から冷たい雨が降りしきっています。しかも気温が低く最高気温が19度です。一気に10月の気候になり、あわてています。暖かいストーブが欲しいようなそんな寒さです。

わたしとの勉強を始めて以来、一度も休むことなく頑張って来てくれています。時には勉強のこと以外の話に盛り上がってしまうことがあります。それでも続けて学ぶ姿勢があればゆっくりでも少しずつ前へ進みます。今はもう、ワードのつづりを書く練習に入っています。英語が楽しい、といってくれるととてもうれしくなります。なんでも、まず最初は好きになることが大切ですから。

駆け足で秋がやってくるとは思いもしませんでした。秋の果物がお店で並ぶようになりました。食事の準備でガス台の前に立つのが少しは楽になりました。久しぶりに圧力鍋を使って温かい夕食の準備をいたしました。

9月21日

 暑くなりましたがやはり吹く風は秋の気配を感じさせてくれます。台風の被害ではありませんが、落ち葉が庭に一面です。落ち葉掃きを手伝いましたがなかなか不慣れで、きれいに片づけられません。私はこの落ち葉があまり気にならないのですから、鈍感なのでしょうか。主人は落ち葉が気になるといっては几帳面に箒で掃きそろえています。犬たちは、秋になって少しはほっとしているようです。でも年齢が人間でいえば90歳を超えているというのですから、一日、一日、生きていてくれているのがとてもうれしく、また毎日、お別れの挨拶をして休みます。二匹のうち一匹は私の足元で毎晩寝ています。私から離れるとさびしいといって大きな声で鳴きますので皆の睡眠不足につながるといけないからです。一緒にいると、安心するのか、朝、4時までは静かにしています。この子たちとの残り少ない日々を大切にしたい今年の秋です。鹿の子供の鳴き声が裏山から疳高く聞こえてきます。

 最近、Eテレで料理番組をよく見ます。マンネリ化している我が家の食事のレパートリーを少しでも変化させたく感じたからです。ただ見るだけで、台所に立つと、いつもの定番のメニューになっていますが、ちょっとしたところ、盛り付けとか、味付けに変化をもたらせるように努力しています。食事作りにかける時間がとても多くなってきています。手がのろくなっているせいでしょう。それと、できるだけ、我が家での手作りに重きを置いています。皆が喜んで食べてくれるのを楽しみにしながらで、その影響でしょうか。指がとても太くなってきました。今まで入っていた、結婚指輪が入りません。普段からあまり、そのようなものを身に着けなくなっていますので、苦にはなりません。少しでも手先を使って心のこもった食事つくりに精を出すこの頃です。我が家ではまさに“食欲の秋”です。

 過疎の村キョウチクトウの艶掲ぐ。

星月夜、星の王子の物語。

あばら家に響き返りぬ、轡虫。(くつわむし)

トタン屋根、不意に響かす木の実かな。(どんぐりのこと)  馬場路哉

どんぐりがいっぱい前の道に転がっています。気を付けて歩かないと、木の実で滑ってしまいます。自然ゆたかな山添村での秋の一日です。

9月30日

 朝は18度と少し、肌寒ささえ感じましたが、日中は気持ちよく晴れわたりました。久しぶりに横浜の姉と話し合いました。電話でですが・・・。今までの人生を振りかえって、神様のお守りとお導きによって生かされて来たことを感謝していました。姉は何でも一人で突き進んでいけるタイプでしたので、父も母も、ほとんど助けてくれなかったと言っておりました。それでも何とか今まで支えられてきていることに不思議な導きを感じるというのです。母から送ってもらったのは布団袋一つだけだったというのです。後はすべて自分で賄わなければならず、倹約のそのものであったけれど、感謝の人生だったといっておりました。

姉は横浜のミッションスクールで、教鞭をとりました。その時も一人で、横浜教会の方たちを頼ってお部屋を探していただき、勤め上げることができたことに心から感謝しているとのことでした。姉の連れ合いは転勤族でしたので、いつでも転勤命令が出たら引っ越しができるように準備し、最小限度の日用品で我慢していたとのことです。私は一度も姉のところへ出かけたことはありません。きっとこれからも横浜まではいけないことでしょう。でも二人で明るく天国で会えるはずだねといって電話を切りました。残り少ない人生ですが信仰を全うしたいものです。

讃美歌を歌ふ夫人や秋深む。

永遠の生命説かれぬ台風裡。

難病の肺炎と聞き身に染みる。

爽やかな目覚めを神に感謝しぬ。

薄絹に似て広ごりぬ秋の雲。  馬場路哉

10月3日

長村さんの足首の痛みが激しいようですね。お祈りしています。屋根裏に断熱材を貼っていただくことになりました。大工さんに天井の中をのぞいていただいたら、それは大変なことになっていました。スズメ蜂の大きな巣が二個もあったというのです。蜂はいなかったようでホッとしています。よく見ると、ムササビが散々暴れており、裏の杉の木の葉をいっぱい屋根裏に運び、遊んでいたようです。その上には電気の線がありますが、それをかみちぎって漏電寸前だったのです。今日は電器屋さんにも来ていただいて、屋根裏に入っていただいて、三か所も噛み切ってある電線を修理していただきました。火事になる前でよかったですね、といっていただいて、こちらも胸をなでおろしました。

みなさん、汗をたらたら流されての作業でした。屋根裏は空気の入るところがなくとても埃っぽく大変だったと申し訳なく思っています。でも早く気が付いてくださって感謝しています。古い家はやはりこうした点検が必要なのですね。私たち人間と同様、定期検診が必要なことを思い知りました。このようなことがなければ、いつまでたっても不衛生なままでしたから。

日輪と対話するかの曼珠沙華。

朝顔の種もつツルのすがたかな。

杖を手に恩師、集はれ暮れの秋。

菊の花熱心な声よみがえる。    馬場路哉

  馬場暁美

「上野緑ヶ丘教会会員」 

 

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緑を大切に!
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書籍紹介
    8858e3b6.jpg
エネルギー技術の
 社会意思決定

日本評論社
ISBN978-4-535-55538-9
 定価(本体5200+税)
=推薦の言葉=
森田 朗
東京大学公共政策大学院長、法学政治学研究科・法学部教授

本書は、科学技術と公共政策という新しい研究分野を目指す人たちにまずお薦めしたい。豊富な事例研究は大変読み応えがあり、またそれぞれの事例が個性豊かに分析されている点も興味深い。一方で、学術的な分析枠組みもしっかりしており、著者たちの熱意がよみとれる。エネルギー技術という公共性の高い技術をめぐる社会意思決定は、本書の言うように、公共政策にとっても大きなチャレンジである。現実に、公共政策の意思決定に携わる政府や地方自治体のかたがたにも是非一読をお薦めしたい。」
 共著者・編者
鈴木達治郎
電力中央研究所社会経済研究所研究参事。東京大学公共政策大学院客員教授
城山英明
東京大学大学院法学政治学研究科教授
松本三和夫
東京大学大学院人文社会系研究科教授
青木一益
富山大学経済学部経営法学科准教授
上野貴弘
電力中央研究所社会経済研究所研究員
木村 宰
電力中央研究所社会経済研究所主任研究員
寿楽浩太
東京大学大学院学際情報学府博士課程
白取耕一郎
東京大学大学院法学政治学研究科博士課程
西出拓生
東京大学大学院人文社会系研究科博士課程
馬場健司
電力中央研究所社会経済研究所主任研究員
本藤祐樹
横浜国立大学大学院環境情報研究院准教授
おすすめ本

      d6b7b262.jpg
教会における女性のリーダーシップ
スーザン・ハント
ペギー・ハチソン 共著
発行所 つのぶえ社
発 売 つのぶえ社
いのちのことば社
SBN4-264-01910-9 COO16
定価(本体1300円+税)
本書は、クリスチャンの女性が、教会において担うべき任務のために、自分たちの能力をどう自己理解し、焦点を合わせるべきかということについて記したものです。また、本書は、男性の指導的地位を正当化することや教会内の権威に関係する職務に女性を任職する問題について述べたものではありません。むしろわたしたちは、男性の指導的地位が受け入れられている教会のなかで、女性はどのような機能を果たすかという問題を創造的に検討したいと願っています。また、リーダーは後継者―つまりグループのゴールを分かち合える人々―を生み出すことが出来るかどうかによって、その成否が決まります。そういう意味で、リーダーとは助け手です。
スーザン・ハント 
おすすめ本
「つのぶえ社出版の本の紹介」
217ff6fb.jpg 








「緑のまきば」
吉岡 繁著
(元神戸改革派神学校校長)
「あとがき」より
…。学徒出陣、友人の死、…。それが私のその後の人生の出発点であり、常に立ち帰るべき原点ということでしょう。…。生涯求道者と自称しています。ここで取り上げた問題の多くは、家での対話から生まれたものです。家では勿論日常茶飯事からいろいろのレベルの会話がありますが夫婦が最も熱くなって論じ合う会話の一端がここに反映されています。
定価 2000円 

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「聖霊とその働き」
エドウイン・H・パーマー著
鈴木英昭訳
「著者のことば」より
…。近年になって、御霊の働きについて短時間で学ぶ傾向が一層強まっている。しかしその学びもおもに、クリスチャン生活における御霊の働きを分析するということに向けられている。つまり、再生と聖化に向けられていて、他の面における御霊の広範囲な働きが無視されている。本書はクリスチャン生活以外の面の聖霊について新しい聖書研究が必要なこと、こうした理由から書かれている。
定価 1500円
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「十戒と主の祈り」
鈴木英昭著
 「著者のことば」
…。神の言葉としての聖書の真理は、永遠に変わりませんが、変わり続ける複雑な時代の問題に対して聖書を適用するためには、聖書そのものの理解とともに、生活にかかわる問題として捉えてはじめて、それが可能になります。それを一冊にまとめてみました。
定価 1800円
おすすめ本
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われらの教会と伝道
C.ジョン・ミラー著
鈴木英昭訳
キリスト者なら、誰もが伝道の大切さを知っている。しかし、実際は、その困難さに打ち負かされてしまっている。著者は改めて伝道の喜びを取り戻すために、私たちの内的欠陥を取り除き、具体的な対応策を信仰の成長と共に考えさせてくれます。個人で、グループのテキストにしてみませんか。
定価 1000円
おすすめ本

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さんびか物語
ポーリン・マカルピン著
著者の言葉
讃美歌はクリスチャンにとって、1つの大きな宝物といえます。教会で神様を礼拝する時にも、家庭礼拝の時にも、友との親しい交わりの時にも、そして、悲しい時、うれしい時などに讃美歌が歌える特権は、本当に素晴しいことでございます。しかし、讃美歌の本当のメッセージを知るためには、主イエス・キリストと父なる神様への信仰、み霊なる神様への信頼が必要であります。また、作曲者の願い、讃美歌の歌詞の背景にあるもの、その土台である神様のみ言葉の聖書に触れ、教えられることも大切であります。ここには皆様が広く愛唱されている50曲を選びました。
定価 3000円

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