2019年4月  №141号 通巻826号
 

 『その愛のゆえに』

   =時々の記=

    (156)

220

 今朝洗濯物を干していると、北側の山から“ホーホケキョ”と鶯の鳴き声が聞こえました。一瞬耳を疑いました。今まで2月に鶯の鳴き声を聞いたことはありませんから。しばらくするとまた鳴き始めます。主人に声をかけて、二人でしばらく待ちました。またはっきりと大きな声で鶯が鳴き続け、きっと梅の花の蜜を求めているのかもしれません。朝からとてもほのぼのとしたひと時でした。

耕しや黒美しくならされぬ。

京へ出る御とぎ峠の薄霞。

船団の如進みける春の雲。

ぎらぎらと早やもゆるなり春入日。

雨粒とともに眺めし梅の花。     馬場路哉

221

 くもり空の一日。天気予報では晴れるとのことでしたので、たまっていた洗濯物をたくさん干しました。風が吹いていましたが一向に乾きません。仕方がないので必要なものだけ乾燥機に入れ、あとは部屋の中に入れてストーブの力を借りることにしました。

山仕事、帰りの道に風花す。

冴え返るオルガン強く秦しける。

雪嶺のふもとに母を見舞ひけり。

料峭の終わりを告ぐやトビの笛。

春の水岩間岩間に踊りける。     馬場路哉

主人が上野市の花屋さんで“紅梅”の鉢植えを買ってきてくれました。小さなちいさな花が二つ、三つついています。とても愛らしいものです。土に植え替えればきっと見事な木になるのでしょうが、しばらくは小さな鉢で楽しみます。春ですね。桜の開花予報が出ています。

3月3日

 2週間ぶりに礼拝に行ってきました。するとびっくりすることがありました。

山添村の若い青年が礼拝に先週からきておられるとのことです。ご挨拶に行くと、またびっくりです。息子の小学校、中学校の同級生です。キリスト教のことを学びたいと教会を訪ねたと思われました。神様の不思議なお導きにとても感謝いたしました。お母様とは音楽研究会で一緒に合唱したことがありますし、今は山添村の俳句会で主人とご一緒しています。息子にこのことを伝えても、あまり反応はありません。幼いころは一緒に日曜学校に行っていたのにと思うと残念で仕方ありません。神様のお導きと憐れみを祈るものです。

丘陵は貸農園や青木踏む。

店頭に小振り並びて桜鯛。

枝打つや谷の底ゐみ春の川。

雨上がり鶯のちょっと鳴く。

春疾風(はやて)伊賀の盆地を突っ走る。   馬場路哉

明日は雨だというのですが、友人を月ヶ瀬の梅を案内することにいたします。

運転には十分に気を付けて行ってきます。長い間勤めていた月ヶ瀬小学校の前も通り抜けます。もう誰も私を知る人はいないはすが、時々、覚えてくれている方がいて、大きな声で呼んでくれるのです。こちらも思い切り手を振って昔のように大きな声であいさつしています。懐かしいなあ・・・・。

35

昨日の雨の一日と違って、気持ちよく晴れ渡りました。遠くの山並みを見渡しますと、桜が芽吹き始めたように辺り一面、ピンク色に移っています。タンポポがあちこちで目立つようになりました。チューリップの芽がこの暖かさでぐんと大きくなったように感じます。

カラオケや“北国の春”持ち歌に。

伊賀焼に乗ってをるなり立ち雛。(たちいひな)

かんざしのように枝あり梅白し。

朝まだき仲空にあるおぼろ月。

廃寺跡谷間(たにあい)広く春日待つ。    馬場路哉

この頃の私たちは夜は昭和の懐かしい歌番組にはまっています。主人は誰が作詞した曲なのかを知ろうとしています。中でも主人のカラオケでの持ち歌は“北国の春”です。私はテレサテンの曲がとても好きです。もう平成も終わろうとしています。昭和が遠い昔になろうとしているのが寂しいですね。

312に日

 こちらは風がきつく吹き荒れています。杉の枝が狭い道にたくさん落ちています。花粉症で花がぐずぐずするはずだなと杉の枝の多さに驚いています。この地で生まれ育った主人は杉にもヒノキにもアレルギーが出ませんから、抗体ができているのでしょう。

青年の教会へ来ぬ春の雨。

三笠山焼かれて黒し塔の側。

卒業す新島譲を敬愛し。

復活を信ずるトマスイースター。

渕と瀬の広々とあり春日濃し。    馬場路哉

趣味の園芸を見ていますと、もう桜の花が咲き誇っている映像が映し出されています。桜は梅と違ってとても華やかです。地植えをすると大きくなるので鉢植えにするとよいと教えてもらいました。桜は奈良ではなんといっても吉野ですね。学校の社会見学で一度行ったのですが、とてもきれいなソメイヨシノに感動したのが思い出されます。

馬場暁美

「上野緑ヶ丘教会会員」 

写真・・・R・E・マカルピン夫妻と子女 於名古屋長塀町(1902年夏) 

 

 『その愛のゆえに』

   =時々の記=

    (155)

113

庭の梅のつぼみは昨日よりもさらに大きく膨らみ、花になると真っ白の梅なのですが、つぼみはまるで赤い花が咲くかのように濃いピンクです。鼻を近づけると、なんだかよい香りがしてきそうです。

二上の山より朝日冬紅葉。

数々の祝福を謝す大晦日。

聖霊の導き待てる去年今年。

第九聴きまもなく覚ゆ淑気かな。

永遠に川の流れる淑気かな。     馬場路哉

昨日のことです。主人に一通のはがきが来ました。それには、このようなことが書かれていました。“あなたの俳句の作品はとても良いものです。それらを集めて俳句集を作りたいと思います”というものです。この言葉に乗ってはいけないといって主人はすぐにそのはがきを廃棄しました。「つのぶえジャーナル」に載せていただけることが一番の喜びであり感謝なのですから。ほかにも新聞社からも誘いがあります。オレオレ詐欺のようなものですから気を付けないとと言っています。

117

 外へ出るととてもきつい風に吹き飛ばされそうになりましたが、お日様は明るく照り春の兆しを感じました。散歩の途中でお隣の方と出会いました。風がきついのに帽子もかぶらずにすごいな、と言われました。帽子をかぶらなくても寒さをそれほど感じずに散歩を終えられるからです。

青空に梅のつぼみの赤と白。

嬰児の泣き叫ぶなり日脚伸ぶ。

初時雨信楽の山隠しつつ。

聖餐を受くやおりしも寒の入り。

海岸のハクアのビルへ旅始め。    馬場路哉

122

 毎日歩いている散歩道に昨日から黄色い梅が咲き始めました。蝋梅という品種です。一番に咲く梅の花として親しまれているものです。今日は昨日よりも一段と花の数が増えています。冷たい風に揺れながらも“春ですよ”と呼び掛けてくれています。先日見つけたフキノトウも青い小さなはっぱをたくさんつけて芽を出し始めました。このほろ苦さが春を感じさせてくれるのですね。

杉ヒノキ枝打ちされて山眠る。

堤防は良き散歩道山眠る。

蝋梅や卒寿の夫婦働きぬ。   馬場路哉

128

散歩に出かけようかと思いながら郵便受けを見に行きますと、もうジャーナルが届けられていました。うれしくなって、散歩を後回しにして、ジャーナルを読むのを優先しました。今月もヤマト便さんが気を使ってくれたのでしょうか。早く届けていただいて感謝です。

ジャーナルを読ませていただいていると、あちこちでフキノトウの収穫とか、つくしが出始めたとか、びっくりですね。日本列島は南北に長いのですからまだ冬の真最中の雪国の方たちもおられれば、春を感じられる方たちもおられるのですね。ジャーナルを読ませていただいていると、家に居ながらにして全国へ出かけているようでとても楽しくなります。

底冷えの伊賀に十字架掲げ建立。

押され行く、車椅子なる毛糸帽。

過疎なれど斯く(かく)賑わひの藪椿。

読みもする、カルヴイニズムや冬籠り。

大霜や三輪山と田の引き締まる。    

粉雪やただ、診察の順を待つ。

大木となりし橡(くぬぎ)の山眠る。

橋の上に消防車止め出初式。

枇杷の花数多付きをる良き窪地。    馬場路哉

26

 京都の方ですが、十何年も前からお会いしていませんのに、今日電話が入りました。そしてどうしても今月中にお会いしたいとの電話です。びっくりいたしました。すでに年賀状もやり取りしていません。お世話になった方ですから、むげにお断りすることもできません。2月25日月曜日にJR奈良駅で待ち合わせをすることにいたしました。何かが起きたのだとお察しいたします。誰かとどうしても話をしたいという切実な願いなのですから。私にできることを精いっぱいしたいと思います。

底冷えの伊賀の教会祈りけり。

早春や賛美歌の声そろひける。

主てふ字殊に大きく筆始め。(今年度の標語聖句を書き終えた時のこと。)

鳥達の飛び立ちにけり春隣。

料峭(りょうしょう)に耐えてリハビリ続けなむ。  馬場路哉

私は左股関節の痛みで、歩いていたり、立っていると突然足の力ががくんと抜けてよろけるようになってしまいました。

馬場暁美

「上野緑ヶ丘教会会員」 


 写真・・・バラ記念会堂  石の礼拝堂
      バラ宣教師祈祷場、神奈川の一本杉 

  

 

『その愛のゆえに』

   =時々の記=

    (154)

1215

 今朝は、みぞれのようなものが降ったりやんだりで、とても冷たい一日となりました。寒さが和らいでくれることを願っています。寒椿が誇らしげにつぼみをつけ始めました。さすがに寒さに強い花ですから、この寒さにもびくともしていません。

茶畑や裾白々と花のあり。

古の伊賀は琵琶湖や霧の海。

初冬やかぎろひしばし雲染む。

初霜や葎(むぐら)刈られし跡白く。

間のありて芭蕉大きく羽撃ちけり。   馬場路哉

散歩に出かけようと思って、マフラーをして手袋をはめて、長靴を履いて行きます。先ほどまで降っていたみぞれで結構滑りやすくなっていますので気を付けていきます。今年も寒いクリスマスとなりそうです。

1231

 郵便受けにゴダート先生からのクリスマスカードが届けられていました。私は今年は先生のお歳のことを考えてお返事をいただくのは申し訳ないと考えて、こちらからはクリスマスカードは出しませんでした。それなのに、先生は私のことを覚えていてくださり、“お元気ですか?”とのお心優しいお手紙をくださいました。申し訳なくてすぐにお返事を書きましたが。郵便局の窓口はお休みです。

仕方がないので4日まで待つことにいたしました。

お手紙の中に昨年の10月にアメリカを襲ったハリケーンで恐ろしいほどに大きな木々がなぎ倒され、まるで戦争で襲撃された後のようだったとありました。でも幸いなことに先生と愛犬は守られて建物の中で残っておられたというのです。

万両忌庭手入れして偲びけり。

日向ぼこちょっとしてより教会へ。

山際にかぎろひ赤く冬に入る。

年賀状書くや面影浮かべつつ。

第九聴き高揚すなり大晦日。     馬場路哉

19

 今年になって初めて、水道の水が凍結していました。外の気温は氷点下4度でした。あちらこちらで氷が目につきました。お隣の方と新年のご挨拶をしたところ、今朝の冷え込みで凍っている庭で転倒してしまい、とても痛みが激しく、救急車を呼ぼうかと思ったといっておられました。お一人で気丈に生活しておられます。私とはとても仲が良くて、立ち話のつもりがとても長くなってしまいます。

鈴鹿峰に初雪う薄く幾条も。

冬霧か雲か多羅尾の山に湧く。

同志社の女牧師のクリスマス。

荷を積める郵便バイクの年の暮れ。

良き窪の枇杷大きくて花数多。    馬場路哉

昨日、先生からもっと運動をするように言われた主人は、この寒い中、山添村を歩きに行きました。お昼になっても帰ってこないので心配しましたが、何かあったら、どなたかが連絡してくれると思って待ちました。朝出て行ったのが9時前でしたのに、帰ってきたのは午後1時過ぎでした。途中で局長さんと呼び止められて、昔話をしていたら、あっという間に時間がたってしまったというのです。

ケータイも持っていない私たちですから、何かあった時にはどなたかのお世話にならなければなりませんから、できるだけ連絡は細かくするようにしています。

この頃はよく転倒して救急搬送されたという話を聞きます。お互いにくれぐれも足元に気を付けて慌てないで一歩一歩踏みしめながら歩くことが大切ですね。

馬場暁美

「上野緑ヶ丘教会会員」 

 

 『その愛のゆえに』

   =時々の記=

    (153)

1115

 毎月一度の山添村の俳句界に主人は出かけました。ところが指導の先生を加えて6人だけだったというのです。どうもいろんな方に俳句を進めてもなかなか句会へまでは入ってくれないのでだんだん寂しくなってきたと嘆いていました。時代の流れというものなのでしょう。川柳の集いはもうすでに消滅していますから。

秋嶺の布引の紺見はるかす。

川向かう紅葉の山は屏風なす。

秋日和主は我が命賛美しぬ。

秋雨の上がると羊丘へ出ぬ。

ミレーの絵意気軒昂と麦をまく。   馬場路哉

どのような小さな集いでも、それを運営するにはお世話する方が必要になってきます。皆さん年を重ねてそのようなことが重荷となってきているのでしょう。

 梅の枝がとても長く伸びているので、主人が散発をしました。すると今まで気が付かなかった烏瓜のみが朱色を帯びて、三つもなっていました。見ると、秋らしい美しく色ついて、真っ赤な秋の歌にあるように“真っ赤だな真っ赤だな烏瓜って真っ赤だな”という歌詞を思い出しました。

1130

明日から12月。イエス様のお生まれになった喜ばしい日を迎えようとしています。「今月のことば」にあるように、イエス様のお生まれになったことによって“誰でも真理につくものは私の言葉に耳を傾ける”とイエス様が言われた事実をしっかりと胸に刻んで歩んでまいりたいものです。

皆さんの声のコーナーは、とても身近ですね。このようにたくさんの方たちが「ジャーナル」を読んでくださっているのですね。とても感謝ですね。

山の空華やかな紺冬ぬくし。

花ススキ紅白なして入り混じる。

我とともに苦労されよと秋の果て。

谷間に良き窪地あれ冬の蝶。

信楽の山を隠しぬ伊賀の霧。    馬場路哉

124

 昨日までと同じ服装をしていると、動くだけで汗が出てきます。何度だろうと温度計を見ますと室内で19度もありました。庭を見渡すと、春先につぼみをつけるこぶしがたくさんつぼみをつけているのでびっくりです。椿はまもなく花を咲かせようとしています。

クリスマスツリーの頂星光る。

十字架の句をそらんずる青畝の忌。

狭庭にて灯りをるかの花八手。

明星の近く月あり、クリスマス。

道端の芭蕉早くも半ば裂け。    馬場路哉

12月12日

 朝からは晴れたり、降ったりのややこしいお天気でした。洗濯物を入れたり出していますと雲行きはあまり良いようではありません。すると白い雪がちらちら舞い始めました。このような時には急な動作は控えるようにとラジオから流れてきました。特にここ山添村は急な斜面が多くてとても危険なので、しっかりしたすべり止めのついた長靴を履いての散歩です。

万両の鈴なりにしてやや傾ぐ。

山仕事、折々鳴きぬ冬の鳥。

賛美歌の声絞り出すクリスマス。

マンションにクリスマスリース並びを利。

冬夜明け銀色の雲流れ行く。     馬場路哉

主人は今日は上野までいって、上野の公園で二時間ほど歩いたというのです。

なぜ上野に行くかは、ここ山添では朝からゆっくり散歩しているととても目立つのでという理由です。誰も知らないところでの散歩は気楽なのでしょう。

馬場暁美

「上野緑ヶ丘教会会員」 

 

 

 『その愛のゆえに』

   =時々の記=

    (152)

1016

 ちょうど、食事の準備を整えよとしていた矢先、プツンという音とともに電気が切れてしまいました。ブレーカーを見ても何もどこも漏電している様子はありません。お隣にまで走って尋ねに行こうとしたら、主人が電気が来たぞーと大きな声をかけてくれたのでほっとしました。たったの五分程度でしたのに、この慌てぶり。でも電気が来なかったら、全く何も食事の準備ができないのです。普段便利な生活を当たり前に思ってしていることがとても恐ろしくなりました。家の中は真っ暗です。

外に出て慌てている私が恥ずかしくなりました。気持ちを落ち着けて空を見上げると、下弦の月がほっこりと私を照らしているのです。一瞬でしたが、月の明かりを見て心が落ち着きました。夜長に月をめでたり、星を眺めたり、そのようなゆとりを無くした生活を見直したひと時でした。

1023

結婚して45年になります。このような田舎のしきたりの多い中、また主人の母との同居など、勉強になったことがたくさんありました。若いころは体が弱くて、勤め先の学校も休みがちでした。そんな私がこの年齢まで生かされていることが不思議でなりません。神様の憐れみによって生かされ続けてきたのですね。

昨日は礼拝の帰り、結婚記念日ということで、お寿司屋さんに寄ったら、すぐに出てくる外食という名の食事をしました。主人の支えあっての山添村での生活でした。我ながらすっかり山添村に溶け込んでいるのが不思議なくらいです。

 装へる山より町の教会へ。

峠道固まりをなす野菊かな。

川向う、屏風なしたる紅葉山。

神の国求めよと読む冬隣。

崖の道つづれ折りなり秋出水。  馬場路哉

1026

 晴れわたっていた空が、雲行きが怪しくなってきました。明日は村のみんなが楽しみにしているというのに、雨のようです。今年は笛の音、太鼓の音が一段と小さくなっています。

秋街道貧しき庭に灯りける。

秋嶺の布引山地藍深し。

虎杖(いたどり)の花白きこと、雛の道。

小鳥来てよ聞こえ聞かす朝かな。

芝の上急ぎをるなり秋の蝶。   

ムシへの注意忘れず草を刈る。

庭策に飾りと巻きぬやいと花。

昔よりところ変わらず曼珠沙華。

山峡の深田の確と落とし水。

低音のリストの曲に秋深む。    馬場路哉

111

 いよいよ、11月の始まりです。気ぜわしい季節になりました。夕暮れは早く、太陽の明るさが暗く感じられます。冬支度に慌てています。庭の南天の葉っぱがとてもきれいに染まってきました。それが北風に揺れてかすかに動いている様子はまさに絵のような美しさです。それに寂しい庭ながらも南天の赤い実がたわわに実り、まんりょうの実もそれに負けじとたくさんの実をつけています。空を見上げるとカラスがその実を狙っているのがよくわかります。つかの間の命なのです。

装へる山より町の教会へ。

峠道固まりをなす野菊かな。

川向う、屏風なしたる紅葉山。

神の国求めよと読む冬隣。

崖の道つづれ折りなり秋出水。   馬場路哉

つい先ほど、大きなお鍋を中途半端な姿勢で持ち上げようとした途端、腰にギクッと来ました。何とか立てるものの歩くのはそろりそろりです。左股関節も痛み始めて、なかなか前に進めませんが、ゆっくりでも前にと思って、いつもの倍以上かかっての散歩となりました。

116

 カレンダーを見て、あれ今日は私の誕生日だと気が付きました。明け方に生まれたのか、明けの明星の美しさに父が暁美と名付けてくれました。この年まで支えられてきたことに感謝いたします。今日は昨日よりもさらに暖かく感じられました。秋の虫たちがびっくりして、顔をのぞかせています。

119

 午後になると、雨がやみ、お日様が照りだし始めました。このところ、温かい日が続いていますが、また来週は寒い日がやってくるというのです。ようやく、蔦の葉っぱがきれいに色づき、漆の葉が中でも際立っています。どの葉っぱも競い合うかのように一斉にそれぞれの色で美しさを楽しませてくれているのです。

この頃の散歩では、それぞれのお家でイルミネーションが飾られ始め、目を奪われています。山の中での人工的な電飾です。違和感があるものの、目はそちらに奪われます。伺ってみると、大阪から最近、山添村に定住されるようになったとか。猪や鹿ばかりが目に付くので、寂しく思われたのでしょう。

1112

 とてもとても小さな秋を我が家から出た道の土手に見つけました。南天の木の陰に隠れるようにして、まるでぶどうのように実を房状につけた赤い実が目を引くかのように、じっと私を見てくれています。近づくとまさに真っ赤な宝石のような美しさで輝いています。これは不思議だなと南天が変形してこうなったのかしらと考えていましたが、ちょうど主人が近くにいたので尋ねてみました。俳句歳時記を手に出てきました。その歳時記は写真付きなのです。調べるとその名は“美男かづら”という名だとわかりました。万葉集の時代にその花から出てくる油で髪の毛を整えたことが花の名の由来だと書かれていました。初めて知っためずらしい花の名前。とてもうれしくなりました。

馬場暁美

「上野緑ヶ丘教会会員」 

 

 

 

 『その愛のゆえに』

   =時々の記=

    (151

922日

 ようやく晴れ間が出てきましたが、蒸し暑いです。晴れ間も明日一日だけとか。萩の薄紫の花が目に美しく映ります。山の木々はまだ緑が濃く色づき始めてはいませんが、低い土手に咲いている花々はすっかり秋のモードに移り変わっています。

渓谷の、中天にあり、伊賀の月。

村役の改革話す夜長かな。

瀬入れるな小川の棚田稲の秋。

今日の日を声の限りにセミ鳴きぬ。

朝顔の淡きは夢の心地とも。      馬場路哉

928

 今日は総合検診の結果が出ました。近くの公民館でその結果を教えていただき、指導を受けました。今のところは異常なしでしたが、悪玉コレステロールが多いので、食事で脂っこいものを控えるようにと指摘されました。久しぶりにお会いする人たちはみな、苦労を重ねての表情です。皆さん、その苦労の中にあって、笑顔がこぼれていました。若いころに比べると、穏やかになっておられました。

すべてがゆっくりと動いていましたので、とても、落ち着きました。でも一抹の寂しさが残りました。今までのように検診の結果を聞きに来る人が多くはありません。私も、もし待たなければと思い、ジャーナルを持って行きましたが一ページも読み進む時間がなく、あっという間に終わってしまったのです。これが山添村の現実です。

101

 山に来て、幼児緑きれいてふ。

石垣や枝伸ばしたる百日紅。

教会に沸く賛美歌や天たかし

美しき花の移ろふ連田雨。

清らかな水路のありて豊の秋。    馬場路哉

主人たちは、今朝は、早くから、公民館の落ち葉掃除に出かけました。月に一度、高齢の男性たちがボランティアでお掃除をしてくれているのです。いつも必ず来てくださる方がおられないのでどうしたのかと尋ねると、体調を崩して入院されているとのこと。少ない集まりがますます寂しくなってしまったと言って帰ってきました。

さすがに10月です。山の木々はうす紅葉に移ろいでいます。コスモス畑のコスモスには何とも言えない秋色が感じられます。風に揺られているコスモスの委ね方にハッとさせられました。自身の思いや考えをすべて吹きはらってくれる風に任せてゆったりとして見えるのです。

108

 朝から主人はリハビリと言ってウォーキングに出かけました。今日は、汗もかくことなく、最後まで歩き続けられたと、ご機嫌でした。

木漏れ日の金色をなす秋入日。

にわかにも賑やかなりしクツワムシ。

空近く広ごる畑や蕎麦の花。

古寺を囲み梨園広ごりぬ。     馬場路哉

1011

 秋の深まりを感じるようになってきました。お隣のハナミズキが薄赤く紅葉してきました。薄紫の野菊が可憐な花を咲かせている散歩道です。昨日、テレビから知ったことですが、人間は歩くことによって、脳細胞が活性化するというのです。一人で散歩をするのは寂しいですが、気持ちを新たに散歩を続けています。

大型の台風一過虹かかる。

カルバンの本を繙く夜長かな。

秋の滝澄んで響きぬ水源地。

山並みを離れて高し月明し。

朝まだき静けき祈りつづれさせ。  馬場路哉

昨日、年賀状の注文用紙が届きました。一年の過ぎ行く速さにただびっくりです。今年は犬たちとの別れが今もなお、寂しく感じます。なかなか吹っ切れない日を送っている私です。

馬場暁美

「上野緑ヶ丘教会会員」 

 

 

 

 『その愛のゆえに』

   =時々の記=

    (150)

8月20日

 3匹いた犬たち。それぞれ長生きでしたが、そのクロが亡くなってしまった(18年10か月)・・・。今は犬たちの姿はどこにもありません。大好きだった庭に埋めてあげました。昨日は緊張していたのか、苦しむ姿が安らかになったのを見終えて、ほっとしていましたのに、今朝はいつもいるところにいないクロ、苦しんでいたよう様子をうかがわせるクロの動き回った後を思い出すと、もう涙でいっぱいになってきます。動物でしかも、何も言えない犬なのに、姿が見えないのはとても悲しく、つらくなります。一日、一人で家の中にいると、気持ちが落ち込んできます。我が家の犬のことで、このように悲しんでいたのでは申し訳ないのですが・・・。

 甘えん坊のクロ。モモたちと、仲良く過ごすんだよと、一日に何度もお墓に行っては話しかけている私です。

老犬に涙の溢る秋の暮れ。

老犬の苦しく鳴きぬ秋の夜。

最後まで老犬歩きぬ草の花。

しもつけの残りを供ふ犬の墓。

散歩せし犬との年月秋深む。

再会を約す別れや秋の風。

クロの死を悼んで。       馬場路哉

自宅に帰ってくると必ず玄関に寝そべっていた最後の犬のクロの姿が見られなくなって、主人も只今と語り掛けても返事をする相手がいなくなってしまったというのです。本当にこのような犬のことで悲しんでいる私をお許しください。気持ちを切り替えて、今日から夕散歩に出かけようかなという気持ちだけは勢い込んでいるのですが・・・。

826

 今日も、こちらは35度越えの蒸し暑さです。皆さん朝早くから頑張りました。たくさんの捨てられた空き缶、ごみを集めると一袋では収まりません。田舎の道に車から投げ捨てるなんて、マナーの悪さに愕然としました。その後、草刈りを手伝うと、その草の中からまた空き缶やごみが出てくるのです。自分の出したごみを自分で処理できないなんてとあきれた暑い一日でした。

クロがいなくなって一週間がたちました。毎日、クロやモモ、桜と一緒に過ごした楽しかった思い出を柱の傷や玄関のドアをかんだ痕を見ては寂しさを感じている私です。

829

 三年ぶりでしょうか。娘が山添村の空気を吸いに帰ってきました。朝から大忙しです。埃だらけの部屋を掃除しなければなりません。主人と二人で掃除機をかけたり、雑巾がけをしたりと。掃除嫌いな私たちにとっては大変な朝でした。

幹登るありの高きに至りけり。

小鳥来る樫の大樹に潜みもし。

井戸替えや水は命を持てるとも

蓮の花短き命輝かす。

灯火親し青畝風土記に旅心。     馬場路哉

いつもジャーナルにたくさん載せていただいてとても喜んで励んでいる主人です。

830

 八月を終えようとしています。昨日はとても不思議なことがありました。娘たちと台所で話をしている時にです。最近はめったに見ない大きなトンボ(オニヤンマ)が私たちのいる部屋の中に入ってくるのです。それを見た娘はとっさに、“クロがトンボになって帰ってきたんだね”というのです。私ははっとして、そういう考え方もとても良いものだと思いました。

楽しそうにしているところへトンボも加わりたかったのでしょう。なかなか外に出ようとしません。そのダイナミックな姿から、犬のクロのことを私もふと思い出していたのです。“長い間ありがとう”とでも言ってくれているかのようでした。

 灯火親し老いの読書は少しずつ。

朝顔や夢を見るよな淡き色。

福音書我を励まし灯火親し。

良き日和忙しくなりぬセミの声。   馬場路哉

ようやく秋めいてきて、主人は読書三昧の生活を送っています。午前中は俳句の関連の本を。午後からは図書館で借りてきた本を読みふけっています。リハビリにはその合間を縫って出かけています。朝の散歩は犬たちがいなくなって、一人、ラジオが友達です。台所は犬たちの写真があちこちに貼ってあります。いつでも、あいさつできるようにです。元気だったころの写真を眺めては、“楽しかった犬たちとの日々”を懐かしんでいます。

馬場暁美

「上野緑ヶ丘教会会員」 

 

 

その愛のゆえに』

   =時々の記=

    (149)

717

 昨日、猛暑の中、長い間、不便な生活をしていた台所に新しく、クーラーを設置してもらいました。この暑さですから、クーラーがなかなか手に入らない状態だというのです。一日がかりで丁寧につけてくださいました。除湿機能がついていて、そこをオンにするだけでもとても涼しく感じられます。この蒸し暑さがとてもしんどいのだということがよくわかりました。電気工事の方は同じ気温でも、ここ、山添村は緑が多いので体感気温が低く感じられるので、仕事がしやすいといってくださいましたが全身汗まみれになっての一日でした。

またたびの傾るる(なだるる)道をリハビリへ。

畔刈られ整然とある青田かな。

笹ユリの消えたる村の過疎進む。

玄関を出ていくツバメ急加速。

草むらに抜きんづるなり夏アザミ。   馬場路哉

山添村の総合検診が近づいてきました。あまりにも暑くて車で出かける気力が出てきませんが、何とか頑張って行ってきます。

725

 昨日、山添村の健康診断に行ってきました。暑い中でしたが、何とか決められたことをやり切った充実感がありました。結果は9月28日だというのです。心配していた不整脈は検診を受けるひと月ほど前から気にならなくなりました。昨日の心電図の検査の時にも自覚はなかったのでほっとしています。内科の女性の先生が心音を聴診器で調べてくださいました。貧血の検査も目の下側をめくって調べてくださいました。一つ一つの検査がとても昔懐かしく感じました。そして、外からの検査では大丈夫ですよ、と言ってくださいました。主人の母はこの地域で、お医者とてその生涯をささげました。その様子を思い出し、懐かしくほっとした一日でした。

731

 もう7月が終わろうとしています。西日本豪雨、12号台風、猛暑でととても長く感じられたひと月でした。今もなお、被害にあわれた方たちはとても大変な生活をされています。こちらは12号台風で、家の周りの竹がずたずたに倒れて道をふさいでしまいました。その片づけに追われただけですのに、すっかり疲れ果ててしまいました。それに生活用水の井戸水がまだ湧き出てきません。後しばらくの我慢なのか、とても嫌な予感がいたします。三日はその井戸を村中が集まって見に行きます。うまく水が湧き出ていたら、井戸の中を掃除して、飲料水として使えるようにする予定です。人間の計画がすべて覆されているこの頃です。この先どうなるのだろうと、不安がよぎります。「明日のことを思い煩うな」とのみ言葉。「一日の苦労はそれで充分である」というみ言葉を信じて、生きたいものです。

82

 暑さが続いています。この暑さには疲弊してしまいます。今までならば、午前中は何とか頑張ることができたのですが、最近はとても長続きは致しません。気力が保たないのです。そのうえ体力も弱っています。今までできていた仕事の半分もこなすことができなくなっています。診療所の先生は励ますかのように、まだ69歳なんだからがんばれるよ、と言ってくださいましたが、今年の猛暑には閉口です。セミたちがあまりにぎにぎしく声を出しません。暑すぎて、弱っているのでしょう。

白鷺の青田の中へ舞い降りぬ。

苦悩する姿尊し桜桃忌。

笠といふ山開かれぬ蕎麦の花。

無住寺の門前に群れ捻れ花。

信仰は闘ひと聞く聖五月。    馬場路哉

8月6日

 きょうは暦の上では立秋です。昨日までの暑さに比べると二度ほど気温が低いこちらです。やはりとても過ごしやすく感じます。クーラーもいりません。洗濯物を干したり取り入れたりするのも、傘を差さずにできます。ほっと致します。でも緊張していた夏の暑さに疲れを覚えて、体は重いのです。被災地の方たちの特集が新聞に組まれています。アッという間に大切な命が奪われてしまうのですから、本当に悲しく辛く、その悔しさをぶつけたらよいのか、と毎日が戦いですね。「ジャーナル」さんとのメールでのやり取りに出ています。お祈りしています。

命掛け話す牧師や聖五月。

勇気もて道踏み出せと聖五月。

アジサイや永久の命を解かれける。

リハビリや、またたび傾る谷道を。

渓谷も滝壺も青と轟きぬ。     馬場路哉

馬場暁美

「上野緑ヶ丘教会会員」 

 

 

 『その愛のゆえに』

   =時々の記=

    (148)

613

 ようやく雨がやんでお日様が顔を出してくれました。溜まっていた洗濯物を干しきれないほどしてしまいました。夕方にはすっかり乾いています。乾燥機を使わないで乾ききったのは何日振りでしょう。こんな小さなことに喜びを感じるこの頃です。アジサイは見事に咲き誇っています。真っ白いとても甘い香りのするくちなしの花が今朝一輪の花が咲きました。ビロードのような花びらにひと時魅せられていました。

旅情ある高原に居て閑古鳥

山並みの映れる伊賀の植田かな。

下草を刈りて全身汗しとど。

一葉の書きたる闇や五月雨

山蟻の幹の高きへ登り行く。   馬場路哉

75

 庭では待ちに待った八重のくちなしが大雨の中咲き始めました。雨にやられておれてしまいそうなので、もったいないのですが枝を切って花瓶に一輪いけました。甘い香りに包まれています。

アカシヤの花に砂丘の広ごりぬ。

リハビリに通ふ山路の夏アザミ。

岩の間の強きうねりや夏の川。

十薬や義人右近の天高く。

目覚むると神に祈りぬホトトギス。    馬場路哉

79

 あの、大雨何時になったら止んでくれるのかと、ただ待つばかりでした。テレビから映し出される映像には声が出ません。広島、岡山、四国、京都、岐阜各地で大きな川が氾濫し、山が土砂で流されています。アッという間に水の量が一階を超えてきたというのですから、どんなに、怖かったことでしょう。水の恐ろしさをまた身にしみさせた災害でしたね。

自家菜園で、やっとミニトマトが赤くなり、食卓に上るまでになりました。味は今一つです。赤いのにとても酸っぱいトマトです。それでも野菜には変わりありませんから、感謝しています。

715

 体温とほぼ同じ暑さなのですから、とても暑く感じます。でも、こうして、お水が出る。冷蔵庫が使える。それだけで感謝しなければいけませんね。被災された方たちへの支援、配慮が最優先されなければいけないときです。一日も早い、お水の供給。電気が使えるようになってほしいですね。頑張っておられる姿をテレビで拝見し、胸がいっぱいになってきます。

 「ラジオ伝道」の会報の、巻頭言の中で、協力委員会の委員長の田口博之先生や横山良樹先生が言っておられるように、長村さんのフォロアップはきめ細かく、献身的であられ、お一人、お一人への対応のなされ方は、もう誰もできないことで、誰もが脱帽なのです、とありましたが、このような長きにわたって、マカルピン先生の遺志を受け継いで、最後まで、ただ、主のために仕えてこられたことに心から敬意を表します。これからも「つのぶえジャーナル」を通して、多くの方たちをお導きくださいますようにお祈りしています。くれぐれもご自愛ください。

馬場暁美

「上野緑ヶ丘教会会員」 

 

 

 『その愛のゆえに』

   =時々の記=

    (147)

518

先日の大雨で我が家の古いトイが壊れてしまい、今日はその修理に来てもらっています。蒸し暑い中、汗だくで励んでいてくれます。申し訳ないとの思いで何もできない私たちは3時に冷たいコーヒーを差し上げることしかできません。このような肉体労働で励んでくださっている方たちには本当に頭が下がります。この蒸し暑さの中、黙々と頑張ってくれているのです。

528

朝から曇り空です。今にも雨が降り出しそうな気配です。今朝、私たちがみな家から出ていた瞬間。無残にも、ツバメの雛が大きなカラスに全部やられてしまいました。家に帰ってくると何かひなの羽のようなものが散乱しています。巣を見上げると、一羽も雛が巣の中にいません。朝から大きなカラスが一羽、屋根の上にとまってじっと何かをうかがっているのがわかりましたが、ちょっとお隣へ野菜をいただいたお礼に行っていた隙にです。カラスも生き抜いていくには食べ物がなければならないのでしょうが、生きているツバメの雛を狙うとはひどすぎます。

あまりにも無残で、胸が痛みます。去年は蛇にやられた場所なのです。

茶を刈ると翁機械に乗り続け。

ガードレール小鹿飛び越え山笑ふ。

通学路高く望めば藤かかる。

高きより川辺に見ゆるホオの花。

色あひの苦心若葉の山を描く。     馬場路哉

主の日の礼拝では、一年ぶりに病が回復して礼拝に出てきておられた姉妹が涙を流して再会の喜びを示してくれました。とても感謝でした。

62

 まるで夏を思わせる暑さです。最近の気候はとても激しく急変いたします。温暖化の影響でしょうか。都会の夏はとても暑く感じられることでしょう。暑さ対策と向き合っていくのが毎日の課題となってきます。朝の散歩で、りりしく咲き誇っている野のアザミが暑さで夕方にはしょんぼりしています。

我が家の梅に目をやると、どうも今年は不作です。春先の気候が影響しているのでしょう。夏野菜の玉ねぎも全く収穫できないと農家さんが嘆いておられます。

天候によってうまくできないときには日々の苦労が身に染みることとお察しいたします。

信楽の山の煙りぬ若葉雨。

朝まだきツバメに元気みなぎりぬ。

教会へ向かふ山中藤の花。

咲きそめし紅つつじに黒揚羽。    馬場路哉

明日は草刈りの「出会い」です。足元が危なっかしい老人たちが山の斜面を刈りこんでいくのです。口をそろえて、大変な草刈りやなあ…と言いながらも踏ん張っているのです。けがのないように無事に終えることができますように。

611

 台風と前線の影響でしとしとと雨が降り続き、非常に湿度の高い一日となりました。気温はそれほど上がっていないのにとても蒸し暑く感じられます。名古屋は大雨注意報が出されていますから、仕事場まで出向かれるのはとても大変なこととお察しいたします。サッカーワールドカップが始まりますね。日本は監督の急な入れ替わりなどが影響しているのでしょうか。残念な試合ぶりですね。日本代表の選手たちですから、最後まで戦い抜いてほしいですね。

最近、教会の礼拝には高齢者が新来者としてよく来られます。私もその仲間なのですが、見渡すと、不安げな顔つきの方たちが椅子に座っています。先生もそれを察してか、昨日は高齢者でもできること。それは手を合わせて祈ることだと締めくくっておられました。

朝日受け清々しかな朴の花。

五月晴れ心励まし教会へ。

種まきの説教思ふ植田かな。

現れた未だ弱弱樫若葉。

散歩して翁憩ふや桐の花。   馬場路哉

馬場暁美

「上野緑ヶ丘教会会員」 

 

 その愛のゆえに

   =時々の記=

    (146)

4月17日

予報通り、雨になりました。小さな花たちは雨をもらって、少しうれしいような冷たいような表情をして咲き続けてくれています。珍しいシャガの花が今年はずいぶん早く庭の隅っこに咲き始めて、そのすがすがしさにまるで初夏を思い起こさせられています。

倒木を抱きながらも山笑ふ。

瀬波立ち渕緑なす宇陀の春。

伊勢近き川緩やかに風光る。

湖のさざ波弾く春日かな。

車椅子夫が押したりイースター。    馬場路哉

この頃の朝5時はもう明るくなり始めていますので、とてもうれしくなります。

昨夕はフクロウが裏山にやってきて“大丈夫かい”と声をかけてくれました。

4月20日

 今日は25度まで気温が上がりました。一気に暑くなってきましたので、ストーブを片付けようか迷っています。まだしばらく朝、夕は寒い日があるかもしれないので、慌てません。私の苦手なのは、蟻んこと蚊です。まだこちらは出てきませんが、そろそろ蚊取り線香の準備が必要になってきますね。お隣のハナミズキが今満開です。主人は三日前に畑仕事をしていて、立ち上がろうとした瞬間、ギクッと腰を痛めました。杖を片手に腰を二つ折りにして今は歩いています。でも歩くことができるので感謝です。

4月30日

 田んぼでは田植えの真っ最中、また新茶の時期が早まってトラックの荷台に一杯乗せて新茶工場へ運ばれていくのに散歩していると出会います。まだ八十八夜になっていないのに、今年はいつもの年よりも早いようです。すっかり緑滴る季節に移り替わりました。

伊賀盆地、澄み渡る灯や春夕。

波立つる浅瀬荒瀬や春の川。

花つくり好む媼や花ミモザ。

新入生、足取り軽く門を入る。

桜見ず、ひたすら郵便配達す。     馬場路哉

5月に明日から入ります。今月は主人の定期精密検査が三重大病院であります。

12年目になります。よくここまで・・・と検査のたびに思います。

5月3日

 昨日、横浜の姉と電話で近況を話し合いました。モモが最後にとても苦しんで息を引き取ったことを伝えましたら、田舎でお隣が離れているからそうやって最後まで家で見てあげられたんだねという。私にとしては当たり前のことと考えていたことが、それはとても都会では考えられないことだというのです。少しでも犬の声が聞こえたり、騒がしいことが起きたりすると、とてもマンションではやっていけないので、動物でも人間でも人の迷惑になるほどの騒がしくになると施設に預けなければならないのだというのです。その話を聞いてびっくりいたしました。お互いにもう70の大台に乗っていますから仕方がありませんね。故障が出てくるのは当たり前ですね。と。

5月8日

先ほどのニュースで沖縄が梅雨入りしたとか。早いですね。まだ5月ですのに梅雨とは。昨日宝塚にお住いのTさんからお電話をいただきました。とても懐かしく楽しくお話しできました。いつもこの5月になると上野緑が丘教会の創設期を思い出します。Tさんご一家とのお交わりはその頃にさかのぼるのです。もうTさんのことを知る方は誰もいなくなった上野緑が丘教会です。

伊賀盆地灯り初むころ春惜しむ。

暮れ残る庭に一株雪柳。

タンポポの咲き満るなり犬の葉か。(モモのお墓の周り。)

春昼や老シスターの話聞く。    馬場路哉

511

5月12日は母の日ですね。いつまでたっても母との思い出は尽きません。昨日、一緒に住んでいる息子から母の日のプレゼントが届きました。割り当てられて仕方がなくのプレゼントなのでしょうが、やはり覚えてもらっていたことに感謝し、うれしくなりました。ささやかなことであってもその気持ちを伝えることは大切ですね。

私は、学生時代にポーリン・マカルピン先生から、母の日がどうしてできたかを教えていただきました。

アメリカの牧師さんがその婦人が毎週信徒のために尽くしているのをねぎらうために一年に一度、5月の第二日曜日だけはゆっくりさせてあげようと、この日を母の日として定めて、家から出ている子供たちを呼び寄せて、母である婦人に家族がそろって感謝の気持ちを伝える日になったと教えていただきました。

その後、マカルピン先生は510番の讃美歌を金城の生徒皆で賛美しましょうと呼び掛けて、200名近くの寮生は故郷の母のことを思い出しながら涙して賛美をしたのを思い出すのです。

この素晴らしい尊いお話はしっかりと私の胸に刻み込まれています。

515

 お祈りに支えられて12年目を迎える今日の検査結果も異常なしと言っていただきました。心から感謝しながら名阪国道を山添村に向かってひたすら帰ってきました。検査はおよそ30分でしたが、それから待つこと3時間半余り。待っている間の緊張感はいつまでたっても嫌な思いになります。やっと名前が呼ばれたのが2時過ぎでした。ドキドキしながら診察室のドアを開けました。今回も異常ありませんよ、と息子よりも若い先生から言っていただき、ほっと胸をなでおろしました。帰りの車の中では、この年も二度の検査はうんざりするね。でも検査をすることによって異常が発見されるのだから、やはり早期発見、早期治療を目指して検査を受け続けることの大切さを痛感いたしました。

大きな病院なので、患者さんの人数も多くて、今日だけで私たちが帰るころで876人の方が来ておられました。多くの方が苦しみを抱えながら、祈るような面持ちで待合室で待っておられます。今日、私の隣に座った方は“どこからきているのですか?”とたずねるので“奈良県の山添村です”と答えると“私は奈良の御杖村です”と。そこで意気投合してしまいました。波多野郵便局がありますね。そこはとても感じがよかったのです、とびっくりするようなお話です。実は主人はそこの郵便局に勤めていました、という話になり検査室でもとても仲良しになることができました。

 裏山からは二日前からホトトギスがとても甲高いきれいな響きでさえずり始めました。“卯の花のにおう垣根のホトトギス早も来鳴きて”のように、卯の花が咲き始めて、ホトトギスが啼き出して、初夏そのものですが、気温が違います。夏の暑さです。明日からは曇り空で、ムシムシ、ジメジメの気候になるとの予報です。梅雨の走りですね。

馬場暁美

「上野緑ヶ丘教会会員」 

 

 

 その愛のゆえに

   =時々の記=

    (145)

3月14日

 遠くから見ると土手の一部が薄紫色になっているのです。春の訪れを告げてくれる雑草でも、とても小さな可愛い花ですが土手の一部を埋め尽くして花盛りとなっていました。あまり可愛くてしばらくの間見入りました。そして糸株だけ手に持って帰り家のガラスの器に浮かべました。ちょっとしたごちそうですね。

急な気温の変化に対応しかねておりますがセーターなしで散歩に出かけることができるなんて、うれしい限りです。明日からは大きめの帽子が必要かなと思うほどに陽射しがきつく感じました。

3月15日

 気温が上昇して少し動くだけで汗ばみます。とても気持ちがよい一日なので、本当に久しぶり、お布団を干しました。太陽のにおいがいっぱいで、ふっくらと軽くなりました。ようやくお布団を干す気分になりました。犬たちの布団も干しました。歩くことができない犬たちのために補助具を思いつきました。後ろ足が全く使えないので、後ろ足の前の胴体に手ぬぐいを二本つないで犬の胴体を固定してみました。前足で何とか歩くことができていますので、しっかり後ろ足を手ぬぐいで引き上げて、前足はリードで首輪を引っ張ってやると、ほんの数メートルですが、庭を歩くことができます。梅の香りや、沈丁花の香りを少しでも嗅がせてあげようとの、私の配慮です。数分間ですが、一日に三回ぐらいは外に出ることができるようになりました。最後まで飼い主として悔いが残らないように精いっぱいやれることはしたいのです。

3月20日

ツバメがこの雨と寒さにびっくりして、我が家の玄関から一歩も外に出ていません。日本へやってくるのが少し早すぎたとびっくりしているようです。明日もまた冷たい雨との予報です。寒さ暑さも彼岸までと言われていますから、そろそろ安定した暖かさが続くのでしょうか。

絶壁の梅林にある茶店かな。

頼山陽月ヶ瀬の梅読みにける。

笹鳴きや青きたかむら辺りより。

梅白し春か高きをトビ舞ひぬ。

十字架にこそ幸あれとイースター。  馬場路哉

4月4日

四月の明るい陽射しがいっぱいに家の玄関に入ってきます。

そのような中、一晩中、声を上げて苦しんだモモが先ほど、4月4日、午前9時30分に私の目の前で苦しみながら息を引き取りました。あまりにも苦しむので、“神様どうぞ、この苦しみを和らげてください”と祈りつつ、モモが好きだった庭の椿の花の下へ抱っこして連れて行ってあげたり、朝、起きてからモモが好きだったことを思い出して試みましたが、苦しいので、ただ、もがくだけでした。

私が台所の炊事場で後片付けをしていると急に静かになりました。振り返ると、モモが手を高く空に向けてあげているのです。可愛いい瞳をパッチリ開けています。体はまだ暖かいのですが、心音がありません。“モモの体を暖かいタオルできれいに拭いてあげました。そしてお花の柄がとても美しいタオルケットを体にかけてやると、先ほどまでの苦しみから解放されて、今まさに天国へ走って行っているようです。

本当に長い間、一緒に仲良く生活してきたので、モモには感謝の思いがいっぱいです。本当にありがとう。モモ・・・。賢いモモがいなくなったら、私は急に認知が入ってしまいそうなほど頼っていました。ありがとう。モモ。感謝しています。

4月5日

 尊いお慰め、お励まし、ありがとうございます。昨日は夢中でしたが、一日経つと、またいつもいるところにいないモモの姿が思い出されます。悲しいですが、たくさんの良い思い出を作ってくれたことにありがとうとお礼を言っています。

モモの死を悼んで。

犬の死になぜ泣かされぬ春の夜。

苦しみて死にたる犬や花吹雪。

西行の夢果たす犬花散りぬ。

犬、17年椿の下に葬しけり。

幻の賢い犬や春の星。     馬場路哉

4月6日

 桜の後には山つつじが清楚な中に、美しい青紫色でハットさせられました。春爛漫です。どこを歩いていても小さな花に出会います。今日は初夏に咲く真っ白いシャガイモの花が咲いているのを見つけました。暖かいので季節を間違えたかのようです。今日は山添村では入学式が小学校で行われています。初めての学校生活で子供たちは緊張しきった顔でバスに乗っていました。山添村で今年一年生になるのは20人もいないというのです。高齢化社会の見本のような村に住んでいる私です。

草萌や大地に張れる根の強し。

信徒たち、墓に集へば花吹雪。

梅と棕櫚、古木並びぬ過疎の村。

坂道に転がってをる落ち椿。

慰霊碑や花の吹雪ける川堤。    馬場路哉

明日は山添村の老人会の一日旅行だそうです。私たちは二人とも老人会には入っていませんので、そのようなお付き合いはありませんから、気楽です。隣り近所の付き合いだけでも大変な村ですから、削れるところは思い切って削っています。

馬場暁美

「上野緑ヶ丘教会会員」 

 

 

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書籍紹介
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エネルギー技術の
 社会意思決定

日本評論社
ISBN978-4-535-55538-9
 定価(本体5200+税)
=推薦の言葉=
森田 朗
東京大学公共政策大学院長、法学政治学研究科・法学部教授

本書は、科学技術と公共政策という新しい研究分野を目指す人たちにまずお薦めしたい。豊富な事例研究は大変読み応えがあり、またそれぞれの事例が個性豊かに分析されている点も興味深い。一方で、学術的な分析枠組みもしっかりしており、著者たちの熱意がよみとれる。エネルギー技術という公共性の高い技術をめぐる社会意思決定は、本書の言うように、公共政策にとっても大きなチャレンジである。現実に、公共政策の意思決定に携わる政府や地方自治体のかたがたにも是非一読をお薦めしたい。」
 共著者・編者
鈴木達治郎
電力中央研究所社会経済研究所研究参事。東京大学公共政策大学院客員教授
城山英明
東京大学大学院法学政治学研究科教授
松本三和夫
東京大学大学院人文社会系研究科教授
青木一益
富山大学経済学部経営法学科准教授
上野貴弘
電力中央研究所社会経済研究所研究員
木村 宰
電力中央研究所社会経済研究所主任研究員
寿楽浩太
東京大学大学院学際情報学府博士課程
白取耕一郎
東京大学大学院法学政治学研究科博士課程
西出拓生
東京大学大学院人文社会系研究科博士課程
馬場健司
電力中央研究所社会経済研究所主任研究員
本藤祐樹
横浜国立大学大学院環境情報研究院准教授
おすすめ本

      d6b7b262.jpg
教会における女性のリーダーシップ
スーザン・ハント
ペギー・ハチソン 共著
発行所 つのぶえ社
発 売 つのぶえ社
いのちのことば社
SBN4-264-01910-9 COO16
定価(本体1300円+税)
本書は、クリスチャンの女性が、教会において担うべき任務のために、自分たちの能力をどう自己理解し、焦点を合わせるべきかということについて記したものです。また、本書は、男性の指導的地位を正当化することや教会内の権威に関係する職務に女性を任職する問題について述べたものではありません。むしろわたしたちは、男性の指導的地位が受け入れられている教会のなかで、女性はどのような機能を果たすかという問題を創造的に検討したいと願っています。また、リーダーは後継者―つまりグループのゴールを分かち合える人々―を生み出すことが出来るかどうかによって、その成否が決まります。そういう意味で、リーダーとは助け手です。
スーザン・ハント 
おすすめ本
「つのぶえ社出版の本の紹介」
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「緑のまきば」
吉岡 繁著
(元神戸改革派神学校校長)
「あとがき」より
…。学徒出陣、友人の死、…。それが私のその後の人生の出発点であり、常に立ち帰るべき原点ということでしょう。…。生涯求道者と自称しています。ここで取り上げた問題の多くは、家での対話から生まれたものです。家では勿論日常茶飯事からいろいろのレベルの会話がありますが夫婦が最も熱くなって論じ合う会話の一端がここに反映されています。
定価 2000円 

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「聖霊とその働き」
エドウイン・H・パーマー著
鈴木英昭訳
「著者のことば」より
…。近年になって、御霊の働きについて短時間で学ぶ傾向が一層強まっている。しかしその学びもおもに、クリスチャン生活における御霊の働きを分析するということに向けられている。つまり、再生と聖化に向けられていて、他の面における御霊の広範囲な働きが無視されている。本書はクリスチャン生活以外の面の聖霊について新しい聖書研究が必要なこと、こうした理由から書かれている。
定価 1500円
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「十戒と主の祈り」
鈴木英昭著
 「著者のことば」
…。神の言葉としての聖書の真理は、永遠に変わりませんが、変わり続ける複雑な時代の問題に対して聖書を適用するためには、聖書そのものの理解とともに、生活にかかわる問題として捉えてはじめて、それが可能になります。それを一冊にまとめてみました。
定価 1800円
おすすめ本
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われらの教会と伝道
C.ジョン・ミラー著
鈴木英昭訳
キリスト者なら、誰もが伝道の大切さを知っている。しかし、実際は、その困難さに打ち負かされてしまっている。著者は改めて伝道の喜びを取り戻すために、私たちの内的欠陥を取り除き、具体的な対応策を信仰の成長と共に考えさせてくれます。個人で、グループのテキストにしてみませんか。
定価 1000円
おすすめ本

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さんびか物語
ポーリン・マカルピン著
著者の言葉
讃美歌はクリスチャンにとって、1つの大きな宝物といえます。教会で神様を礼拝する時にも、家庭礼拝の時にも、友との親しい交わりの時にも、そして、悲しい時、うれしい時などに讃美歌が歌える特権は、本当に素晴しいことでございます。しかし、讃美歌の本当のメッセージを知るためには、主イエス・キリストと父なる神様への信仰、み霊なる神様への信頼が必要であります。また、作曲者の願い、讃美歌の歌詞の背景にあるもの、その土台である神様のみ言葉の聖書に触れ、教えられることも大切であります。ここには皆様が広く愛唱されている50曲を選びました。
定価 3000円

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