201810月 号 №135 通巻820号 号
 

  「今月のことば」

 神がわたしたちをとおして勧めをなさるのだから、わたしたちはキリストの使者なのである。そこで、キリストに代わって願う、神の和解を受けなさい。

           ~Ⅱコリント520

 日本人の感覚で理解できないものの一つに「救われる」という宗教としての考え方であると、ある宗教家の著書の中にありました。それは罪に対する意識・認識の相違とありました。罪は犯罪という理解と対神という宗教的理解・神への背信・敵対であるとする聖書の主張にあります。大切なことです。「今月のことば」で、聖書はそれを示す。この真理をご一緒に考えてみましょう。

 

 まず、キリストの救いを得るには、用意されているキリストによる救いが、私たちに伝授されなければなりません。私たちの外側に、用意された救いがあるということだけで十分ではありません。私たちはそれを自分のものとして受け入れなければなりません。キリストの御業、恵みは、私たちの救いのためには十分であるというのは確かであっても、私たちはキリストの死によって、神と和解した者とされる必要があります。しかし、和解を許されるためには、私たちは、まず、自分自身を和解されるようにしなければなりません。それは、私たちがキリストのみ元に行き、主によって用意された救いを受けなければならない、ということです。

 

 もし、それをしたくないならば、決して救われません。ですから、神様はみ言葉を送り、証し人を送って、キリストに立ち返ることを強く言われるのです。

主イエスは私たちの負債(罪)と咎の証文を取り、主ご自身の血で、「支払い済」の印を、神の聖所で押してくださいました。同時に、私たち自身の心の中に「支払済」(罪赦された者)と主イエスに書いていただかなければなりません。そして信仰によって私たちの心を主に潔めていただかねばなりません。

 失われた私たち罪人としてキリストに行かず、キリストの死には自分の罪の責任があると認めない者、また、信仰によって心をキリストに開かない者は、裁きを免れることはないことを事実として知らされています。

 私たちは、自分自身が救われるか、失われるかを決断しなければなりません。この決断は「今」なのです。

 

   「小閑記」

 

 彼は乏しい者をその呼ばれる時に救い、貧しい者と、助けなき者を救う。

         ~詩篇72:12~ 

 

 神の言葉は、高ぶる者、奢る者には厳しく語られ、鞭打つものでありますが、捨て置かれた者、不幸な者には、柔和で励ましに満ちたみ声で語られます。聖書の中にひと言として、自分を小さき者、貧しい者であると認め、知る者には、荒々し言葉は使われていることはありません。

 

 絶えることのない水の清らかな流れの泉のように、恵みと励ましの愛、父なる神の心、また救い主の心は、助けを求める者、迷い出た者と認めるすべての者に、注がれているのです。聖書は、それを証言しています。

 

 旧約聖書に登場するサウロが自分を小さい者と知っている時に、神はその民の上に王としてサウロを立てられました。しかし、彼が自分は偉大な者だと思いあがった時、彼は自らの刃に倒れました。

 

 主は富める者を空しく去らせ、飢えたる者を良きもので満たされます。主は弱った者に力を与え、力なき者に勢いを与え給うのです。「重荷を負うもの我に来たれ」と招いておられます。主は不幸な者を救い、傲慢な者を低くされます。

 天は喜び、地には喜びにあふれるといわれています。

 

 わたしは主が苦しむ者の訴えを助け、 

 貧しい者のために正しいさばきを行われることを知っています。

              詩篇140:12

 

 あなたは苦しんでいる民を救われますが、

 高ぶる者を低くされるのです。

              詩篇18:27

 

世田谷通信(180

猫草

 

次男は特別支援学校高等部3年生になり、卒業後の進路を考える時期である。障害がある故に大学や専門学校は選択肢にほぼなく企業就労か、作業所、或いは生活介護と言われる福祉施設へと進路を考えていく。企業はさておき、作業所と福祉施設ってほぼ一緒かと最初思っていた。でも違う。自治体によって呼び方は異なるが、いわゆる作業所は自力通所が基本、軽作業が中心で多少なりとも給料が貰える。福祉施設は送迎バスがあり、落ち着いた生活を支援することが目的。じゃあ全然違うかというと、そうでもない。要するに個々の施設によって雰囲気も内容も全然違う。運営する組織のカラーもあるし、集まった利用者どうしの個性に寄るところも大きい。ではどう判断すればいいのか。それは実際に行ってみるしかない。これに尽きる。

それは高校3年生が進路を考えるときと同じである。大学や企業と言っても千差万別なので、パンフレットを取り寄せ、ホームページをチェックし、オープンキャンパスに参加する。企業なら先輩に話を聞いてみたり、インターンシップで職場体験をするなど、色々な手段で情報を集めるだろう。そして最後は結局自分の目で見て判断するしかない。

高等部23年生は実習という形で1週間程度色々な施設に行って、体験学習を行う。3年生になると実習は進路に直結するので、受け入れ側も「来年4月からこの人が来たらどんな感じか」という目でみるし、こちらも「うちの子がここに入ったらどんな感じか」を探ることになる。

方針が決まったら利用希望というのを区に出す。入試や面接があるわけではないので、最終的な行き先は区の会議で決まる。こちらとしてできることは第3希望まで実習した中から施設を絞り込んでおく必要がある。もちろん定員はあるし、既存施設はどこも定員ぎりぎりという状況。新規施設は情報が少ない。どうなることやら、高校3年生。受験生のいる家庭の大変さも2年前に経験したので痛いほどわかるが、今回も先行きの不安と情報不足、不確定要素が多い。どちらも子どものよりよい将来のために最善を尽くすのは一緒だなあと思う。

 

 

   『美しい朝に』・・47・・

719

 こんにちは、昨日、岐阜の多治見で気温が40度超えたとニュースで流れていました。昨日、大阪ではにわか雨が降りましたが、それでも暑い日が連続で続いています。熱中症での救急搬送の方も増えているご様子。京都の祇園祭や高校野球の応援でも暑さが大変みたいですね。

被災された方からの「ジャーナル」へのメールでも、この厳しい暑さは「悲鳴になりつつあります」とありましたが、特に持病がある方は、深刻だということです。私も、断水や停電も大変ですが、色々な病気の薬がないと思うと深刻な状態になります。腰痛や膝や身体に痛みのある方も床や車中での生活では

痛みが深刻になります。本当に「なぜ?」と泣き叫んで神様に文句しか言えない時があります。

自分に起こることは耐えられても、親しい人に降り掛かる出来事は、その意味が全く理解できなくて長い年月暗闇から抜けだすことができませんでした。でも、何もかも失ったと思った時、特に大きな災害の現場での他人への思いやりや助け合いこそ、本当に奇跡が生まれる場所だと思います。日本での大きな震災の中、身体や心に傷を受けた親しい人の立ち直る生きざまを見て聞いてきました。また、東北の震災での階段で人の歩けるスペースを開けて座る人々の写真に感心して心打たれた海外の方も多いと聞いたことがあります。

何回も「今夜が峠です」を経験した私は、私のことを案じる家族のことを案じました。「神様、もし私が生き残ったとしたら、私にまだこの世での役目があるのですね」と思いました。

727

 真夜中から朝方5時過ぎまで「避難警告」がでるほど、台風の雨風が強くて3階の窓ガラスも心配でした。豪雨であちらこちらの河が警戒水域を超えている

みたいで心配です。満潮みたいで高波も心配ですね。朝方の救急車のサイレンが気になりました。台風で始発からJRの電車は動いてないようでした。今は雨風も落ち着いてきたようで晴れています。気温は少し低いようです。お祈りありがとうございます。

731

 こんばんは。台風が去って雨風の台風でしたが、今日はまた本当に猛暑でした。体調管理が難しいですね。お祈り感謝です。今日は7月も最後の日で明日から8月なのですね。先日、堺みくに教会からお葉書もいただき感謝です。ハガキや手紙離れの時代に、時代とは逆行していますがお便りが大好きです。何故かとても温かみを感じます。おやすみなさい。

 

82

 夕方に「つのぶえジャーナル」が届いていました。被災されている方や家族やご自分のことで、辛い思いをされている方のお便りやメールを読ませていただきました。勇気を出させてくださったことに感謝です。簡単には解決できることではなくても、「ジャーナル」を読んで多くの方が祈って下さることが心の支えになると思います。私も多くの方にお祈りをしていただきありがとうございます。

(このメール文の掲載はK・Aさんの了承を頂いております)
 

その愛のゆえに』

   =時々の記=

    (149)

717

 昨日、猛暑の中、長い間、不便な生活をしていた台所に新しく、クーラーを設置してもらいました。この暑さですから、クーラーがなかなか手に入らない状態だというのです。一日がかりで丁寧につけてくださいました。除湿機能がついていて、そこをオンにするだけでもとても涼しく感じられます。この蒸し暑さがとてもしんどいのだということがよくわかりました。電気工事の方は同じ気温でも、ここ、山添村は緑が多いので体感気温が低く感じられるので、仕事がしやすいといってくださいましたが全身汗まみれになっての一日でした。

またたびの傾るる(なだるる)道をリハビリへ。

畔刈られ整然とある青田かな。

笹ユリの消えたる村の過疎進む。

玄関を出ていくツバメ急加速。

草むらに抜きんづるなり夏アザミ。   馬場路哉

山添村の総合検診が近づいてきました。あまりにも暑くて車で出かける気力が出てきませんが、何とか頑張って行ってきます。

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 昨日、山添村の健康診断に行ってきました。暑い中でしたが、何とか決められたことをやり切った充実感がありました。結果は9月28日だというのです。心配していた不整脈は検診を受けるひと月ほど前から気にならなくなりました。昨日の心電図の検査の時にも自覚はなかったのでほっとしています。内科の女性の先生が心音を聴診器で調べてくださいました。貧血の検査も目の下側をめくって調べてくださいました。一つ一つの検査がとても昔懐かしく感じました。そして、外からの検査では大丈夫ですよ、と言ってくださいました。主人の母はこの地域で、お医者とてその生涯をささげました。その様子を思い出し、懐かしくほっとした一日でした。

731

 もう7月が終わろうとしています。西日本豪雨、12号台風、猛暑でととても長く感じられたひと月でした。今もなお、被害にあわれた方たちはとても大変な生活をされています。こちらは12号台風で、家の周りの竹がずたずたに倒れて道をふさいでしまいました。その片づけに追われただけですのに、すっかり疲れ果ててしまいました。それに生活用水の井戸水がまだ湧き出てきません。後しばらくの我慢なのか、とても嫌な予感がいたします。三日はその井戸を村中が集まって見に行きます。うまく水が湧き出ていたら、井戸の中を掃除して、飲料水として使えるようにする予定です。人間の計画がすべて覆されているこの頃です。この先どうなるのだろうと、不安がよぎります。「明日のことを思い煩うな」とのみ言葉。「一日の苦労はそれで充分である」というみ言葉を信じて、生きたいものです。

82

 暑さが続いています。この暑さには疲弊してしまいます。今までならば、午前中は何とか頑張ることができたのですが、最近はとても長続きは致しません。気力が保たないのです。そのうえ体力も弱っています。今までできていた仕事の半分もこなすことができなくなっています。診療所の先生は励ますかのように、まだ69歳なんだからがんばれるよ、と言ってくださいましたが、今年の猛暑には閉口です。セミたちがあまりにぎにぎしく声を出しません。暑すぎて、弱っているのでしょう。

白鷺の青田の中へ舞い降りぬ。

苦悩する姿尊し桜桃忌。

笠といふ山開かれぬ蕎麦の花。

無住寺の門前に群れ捻れ花。

信仰は闘ひと聞く聖五月。    馬場路哉

8月6日

 きょうは暦の上では立秋です。昨日までの暑さに比べると二度ほど気温が低いこちらです。やはりとても過ごしやすく感じます。クーラーもいりません。洗濯物を干したり取り入れたりするのも、傘を差さずにできます。ほっと致します。でも緊張していた夏の暑さに疲れを覚えて、体は重いのです。被災地の方たちの特集が新聞に組まれています。アッという間に大切な命が奪われてしまうのですから、本当に悲しく辛く、その悔しさをぶつけたらよいのか、と毎日が戦いですね。「ジャーナル」さんとのメールでのやり取りに出ています。お祈りしています。

命掛け話す牧師や聖五月。

勇気もて道踏み出せと聖五月。

アジサイや永久の命を解かれける。

リハビリや、またたび傾る谷道を。

渓谷も滝壺も青と轟きぬ。     馬場路哉

馬場暁美

「上野緑ヶ丘教会会員」 

 

 

  眸(ひとみ)・・90・・

☆ 「投稿してください」の言葉に乗せられてしまいました。一浪した息子も今は2年生になりました。最近のことですが、高校時代の仲間と無料の学習塾の手伝いをしているのです。家庭に事情や経済的な理由で勉強はしたいがついていけずに登校できない子がいるのを知って、区役所に問い合わせたところ、夜間の無料の学習塾のあるのを知って、自分にも出来るのではないかと始めたそうです。それまでマイペースな子でしたが、コンビニでバイトをしている時に、いつもおにぎり一個を買いにくる子がいたのが気になったと言っていました。自分がいかに恵まれた環境にいたかを知って、そのような活動をしているのだそうです。何だか頼もしい顔になりました。社会人になっても続けたいそうです。見守っていたいと思います。 神奈川県 YOさん

☆ ・・・。数年前まで職場の先輩のTさんがデーサービスに来るようになって8か月になりました。最初は暗いお顔でした。私たち後輩職員も緊張しましたが、今は以前の先輩職員のように振る舞い、元気に他の利用者さんたちにも声をかけてくれて、大いに助けられています。経験って凄いなあ~と思いますのは、周りの人の体調などを見ていてくれて、それとなく私たちに教えてくれます。私も退職したら…のお手本になります。 山形県  ぽっこりXXより

☆ 「眸」のお仲間に入れてください。暑い毎日ですが、いかがですか? 私は必要最小限の外出で過ごしています。主人は病院を一時退院して、今、散歩に出かけています。カラオケセットとテレビを買いました。パソコンに繋げなくテレビを買い繋げました。私はカラオケが大嫌いですが、ヘッドホーンを使うようにお願いして、今は下手な主人の声(一番困るのですが)だけです。 身体はなんか、しんどくてゴロゴロしています。主人の無駄遣いも今のところは控えていますので、これも助かっています。息子はB形作業所に職業訓練のために勤務しています。今の所、 わからないながら、なんとかやっています。感謝です。大阪府 TMさん  

☆ 田んぼもの作業も終わり、次は酒米の田植えは梅雨の時期だそうです。農家も機械なしの農業はできなくなりました。機械の操作を知らないとだめだそうです。農業もIT時代になり専門家並みの知識が求められ、昔の牧歌的風景など期待できません。都会に近い所では、若い人は町で仕事を見つけ、実家に近い所に家を建て、繁忙期だけ戻って来て仕事をし、定年になれば専業農家になる人がだんだん増えてきました。これも一つの農業形態なのでしょう。 秋田県KIさん

☆ 通勤電車では朝晩1時間半の生活が、もう30年近くなします。電車の中では行きかえり、寝ていたのですが、友人の紹介で「つのぶえジャーナル」を紹介されて、今は、通勤時間は、楽しい時間になっています。幸いにも、バックナンバーを読むことができますから、とても有益です。仕事の関係で日曜日は取引先の接待ゴルフなどで、教会生活はできていない不熱心な信者ですが(今もあまり変わりませんが…)、「つのぶえジャーナル」は読みごたえがあるので、よい勉強の時間になっています。私も定年間近かですが、これからも活用させていただきます。 神奈川県 TMさん

☆ 今回の大雨で友人の家が被害に合ってしまい、先日、片づけのお手伝いに行きましたが、日頃、力仕事をしたことのない者のすることは、迷惑を掛けることと、無理しなくてもいいよ、と逆に励まされてしまいました。それでも来てくれてありがとう、の言葉に行ってよかったと思いましたが、テレビで見るのとは大違いで、その災害の大きさに驚き、帰って老人会の集まりでお話しすることが出来ました。 島根県 KLさん

☆ 今日の大阪は良く晴れて気温も高い日でした。洗濯物は良くかわきますが、玄関の鉢植えの梅の木がしんどそうでした。この暑さは異常で人も動物も草花もみんなしんどくなりますね。線路が熱くなりすぎて、電車の事故もおきています。被災されている方には、この暑さが続くことが心配です。救急車もお忙しそうです。この暑さのなか郵便や宅急便などの急ぎの荷物を届けていらっしゃる方も疲れておられるご様子です。便利の陰に、多くの方のご苦労のあることを知らされます。 大阪府 KYさん

☆ 小学校司書として、子供たちに読み聞かせをしています。今回は夏なので怖い本を読もう、ということで、遠野物語絵本「かっぱ」と「ざしきわらし」を読みました。柳田国男、京極夏彦らしく、変にオチをつけず、そのまま民間伝承を絵本にしている。子ども達に伝わったのかどうか、でも集中して聞いていましたよ。 東京都 B・Mさん

<身近な出来事を「眸」に投稿してください> 編集子

 

十戒と主の祈り・・3・・

             鈴木英昭著

        (元日本キリスト改革派名古屋教会牧師)

=わたしのほかに=

  第一戒①・偶像の支配

           出エジプト記20:3、ローマ1:23~25

 天地には、天地を造られ、それを治めておられる神だけがまことの神です。人々はいろいろなものに名を付けて、神々と呼んでいますが、それらは神ではありません。聖書はそのことを直接的に、また間接的にはっきり述べています。

 例えば、申命記4章28節のモーセの言葉は、将来イスラエルの民が約束の地に入った時のための注意を与えていますが、その中で次のように述べています。

 「あなたたちはそこで、人間の手の業である、見ることも、聞くことも、たべることも、嗅ぐこともできない木や石の神々に仕えるであろう」。

 このように、偶像とされるものは、実際には神ではないのです。預言者のエリヤもイザヤも、同じことをこう述べています。バアルの預言者たちとカルメル山で対決した時、エリヤは彼らをあざけって言った。「大声で叫ぶがいい。バアルは神なのだから。神は不満なのか。それとも人目を避けているのか、旅にでも出ているのか。恐らく眠っていて起こしてもらわなければならないのだろう」(列王記上18:27)。

 イザヤも4019節は、こう言います。

 「職人は偶像を作り、金箔を作ってかぶせ、銀の鎖を付ける」。

 このように人間が作った神ですから、偶像は神ではありません。それでも、偶像を問題にし、攻撃する必要があることを、神は第一戒で、禁じるという命令によって教えます。

 旧約聖書にも新約聖書にも、偶像というものが作り出され、神の民はその偶像に従う危険に囲まれていることに注意を与えられています。イスラエルの民の歴史が示すように、それが内部から崩壊していったのは、まさに、この問題でした。間もなくソロモンの晩年の箇所になりますが、彼の不信仰はアンモン人の神ミルコム、モアブ人の神ケモシュ(列王記上11:4~8)の影響でした。

 

 そのように、偶像は単なる異教の神々の問題ではありません。われわれの周囲に、われわれの心の中に、力をもって支配するものが偶像だからです。人を奴隷にする力をもっているものが全て偶像になります。例えば、典型的なバアルにしても、それは肥沃な収穫という富を人格化して神にしたものです。雨や雷の神、多産の神という具合です。

 その他、いろいろな願望が神になります(ローマ1:23~25)。黄金や財産が崇められ(ヨブ31:24~25)ます。聖書はまた貪欲を偶像崇拝といいます(コロサイ3:5)。偶像のリストはさらに広いわけで、美貌、権力、知能、伝統、良心、趣味というように、良いものであっても私たちを支配するとき、偶像になります。ヨハネは「肉の欲、目の欲、持ち物の誇り」(Ⅰヨハネ2:16)が偶像になることを警告します。

 

 第一戒② 神を愛する

        出エジプト記20:3、ヨハネ21:15~16

 「あなたは、わたしのほかに何者をも神としてはならない」という第一の戒めは、わたしのみを神としなさい、という命令でもあります、前に申しましたように、神々は多く存在していているのでありません。聖書によって神の方から御自身を明らかにしてくださった神のほかには、神は存在しません。それなのに、人間は自分の思いや都合のために神々を作りますから、多くの神々がいて、その中から選ぶかのように見えるため、それに合わせて、神はモーセにこのように第一戒をお与えになりました。

 この十戒と共にイスラエルでよく読まれていたのが申命記6章です。主イエスも律法について、どれが最も大事な戒めかを問われた時、申命記6章の4節の言葉を引用されました。

 「聞け、イスラエルよ、我らの神、主は唯一の主である。あなたは心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい」。

 ここで、「愛しなさい」と言われていることが大事です。これは、レビ記19章18節の隣人愛の戒めと共に、十戒の内容を要約したものとして、主イエスによって用いられたこと(マタイ22:37~40)を、私たちはよく知っています。

 この「神を愛しなさい」「隣人を愛しなさい」ということが律法の要約であるということは、十戒を守る力が神に対するものであれ、隣人に対するものであれ、愛にあることを教えます。事実、私たちが聖書の神を神として選び、その命令を守ることができるのは、単なる理屈から出てくるものではなく、神を愛するときに可能です。私たちが親の言葉に本当に従うのも、親を愛するからであるのと同じです。

 

 主イエスの到来は、父なる神の臨在を私たちに非常に身近なものにし、神を愛することも現実なものにしてくださいました。私たち人間の代表ともいえる主の弟子たちは、主との歩みを共にすることができなかったので、主の復活を信じるのに鈍かったこと(ルカ24:25)、主がゲッセマネの祈りの時、大きな苦しみの中にあった時でも、居眠りをしているような始末であったこと(マタイ26:40)、ペトロに至っては、イエスを知らないと誓ったこと(マタイ26:69~75)、そして、主の約束どおりに復活なさったことを仲間から知らされても、弟子たちの中には信じられない者もいたことを、知らされます。

 こうした彼らがやがて主を愛し、隣人を愛してその伝道の道を歩んだのは、彼らが主イエスに愛されていることを知って、主を愛するようになったからでした。ヨハネが福音書の17章に記されているように、主イエスは愛して執り成しの祈りをなさいました。やがて彼らは、主イエスに十字架と復活が保証している救いの恵みを知るようになりました。特にペトロは、「わたしを愛するか」と三度も問われ、主を愛することが掟を守るための秘訣であることを教えられました。

 

 バラ・マカルピン 日本伝道百年史・・10・・   

     水垣 清著

 (元中津川教会牧師・元「キリストへ時間」ラジオ説教者)

8 バラの伝道・・2・・

ここでちょっと日本人の国内伝道について記してみよう。

日本人の最初の伝道は、小川義綏、奥野昌綱氏などが明治6年10月に、上総、八王子、川越街道を凡そ20日に亘って伝道、聴集延八百人位あったということである(植村正久とその時代第三巻1頁)。

また横浜海岸教会のバラ先生の影響は大きく、明治7年夏7月には同教会有志の献金70円で青年学生8名が選ばれて近県に伝道した。東海道静岡方面には篠崎桂之助、押川方義、上総、房州方面には本多洋一、雨宮信成、江頭信太郎、野州日光方面には吉田信好、井深梶之介が向かった。他に別動隊として箱根宿に熊野雄七が赴いた。

バラ先生の伊豆地方の伝道について小出正吾氏の談によると

「当時外国人は居留地から20里以外への旅行を許されておりませんでしたが、箱根湖畔は範囲内でございました。日本橋から勘定いたしますと26里になるのですが、神奈川から勘定してくると、すれすれ20里以内に入りますから、許可なしに避暑に来ることができました。暑さを避けつつ其の寓居で伝道集会を行う。

明治7年(1874)夏の事でございましたが、その際、三島神社の神宮内海某と商人安井某とがわざわざ箱根をもぼって聴聞したと伝えられていますが、三島の住人で初めて新教の説教を聞いたのは、恐らく両氏であったと思われます。

此の伝道の結果、一ケ月余にして箱根町の白井三四郎、山中宿の津田政右衛門などがバラ博士から洗礼を受けて信徒となった(…中略)。

明治8年(9月)、バラ博士は青年伝道者伊藤藤吉と共に三島に下り伝馬松葉屋に投宿し同家で伝道集会を開こうとしたが、館主が承諾しなかったので、三島神社前のキリシタン禁制高札に提灯をかけて路傍説教を行なった。高札はすでに、明治6年撤去を命じられていたが、地方によってはその様に未だ残存しているところが多かったのである。

当時としては珍しいこの辻説教は全町を動かし、おびただしい群衆が集まった挙句の果ては問答となり、遂にはケンケンゴウゴウ外人打つべし、殺すべしなどと叫んで石が飛ぶ騒ぎとなった、と言う(バラ先生と伊豆伝道 5、6頁)。

幸い桔梗屋市兵衛こと、小出市兵衛は、バラ先生と伊藤伝道師を家の裏二階に三日間かくまってのち、早朝のまだ暗い内に二人を箱根へ送り返した、と言うことである。これが機縁となってバラ先生は三島での伝道には、市兵衛宅に宿泊され、明治1614日、三島教会が建設された時、この小出市兵衛氏も先生から受洗したと言う。

三島神社前の路傍伝道中、バラ先生に砂や石を投げたという青年沢田慶太郎も、箱根でバラ先生の私立小学校の教師となった後、入信して伝道師となり、明治18325日御殿場教会の主任者となった。

芦ノ湖畔、箱根を源流としてバラ先生の伝道地を辿ってみると、箱根より三島に向かう途中の山中部落で、明治10年頃バラ先生、伊藤藤吉伝道師によって伝道がなされた。この山中宿の津田政右衛門は、先に箱根でバラ先生から受洗した信徒であり、この宿の「津田大作氏が明治11年にバラ先生から受洗、横浜海岸教会員となり、自宅を開放して集会した」(御殿場教会史)。

 

 

「キリスト教百話」

問22 「救い」ということが「罪と死からの解放」を意味するものであることは分かりましたが死からの解放としての「復活」については、どうもよく理解できません。

答・・12・・

 テレビの「お笑い番組」によって提供されているお笑いでなく、死に直面するという危機においても、なおこの危機を危機としないで、新しい命へと変えられるものとする視点に立つという、イエスの復活によってわたしたちに提供されて自由に生きることができるなら、そういう死をも笑う人は、ユーモアに生き、人にもそれを示すことができる人であり得ることでしょう。ユーモアということは、そのように、復活という、人間の思いを超えた神の業を信じる者に与えられ発揮できる境地ではないかと思うのです。

 パウロはテサロニケ教会に宛てて書いた手紙の中に、次の一文があります。「兄弟たち、既に眠りについた人たちについては、希望を持たないほかの人々のように嘆き悲しまないために、ぜひ次のことを知っておいて欲しい。イエスが死んで復活されたと、わたしたちは信じています。神は同じように、イエスを信じて眠りについた人たちをも、イエスと一緒に導き出してくださいます。主の言葉に基づいて次のことを伝えます。主が来られる日まで生き残るわたしたちが、眠りについた人たちより先になることは、決してありません。すなわち、合図の号令がかかり、大天使の声が聞こえて、神のラッパが鳴り響くと、主御自身が天から下って来られます。するとキリストに結ばれて死んだ人たちが、まず最初に復活し、それから、わたしたち生き残っている者が、空中で主と出会うために、彼らと一緒に雲に包まれて引き上げられます。このようにして、わたしたちはいつまでも主と共にいることになります。ですから、今述べた言葉によって励まし合いなさい」(Ⅰテサロニケ4:13~18)。

  篠田 潔

(日本基督教団隠退教師・元「キリストへの時間」協力委員・ラジオ説教者)

 

<2018年9月のラジオ放送予定>  

9月 2日 木下裕也  (日本キリスト改革派名古屋教会牧師)

   9日 木下裕也  (日本キリスト改革派名古屋教会牧師)

16日 金原義信  (日本キリスト改革派豊明教会牧師)

23日 金原義信  (日本キリスト改革派豊明教会牧師)

30日 長谷川潤  (日本キリスト改革派四日市教会牧師)

     (放送開始1952年10月)

CBCラジオ「キリストへの時間」(1053KHZ

 

第85課 キリスト者生活の実践的義務

=12:1~15:13=・・・37・・・

E 弱い兄弟たちに対するキリスト者の義務 ・・14:1~13・・

       ・・・4・・・

 「日を重んじる者は、主のために重んじる。また食べる者も主のために食べる。神に感謝して食べるからである。食べない者も主のために食べない。そして、神に感謝する」(6節)。

 ここの言葉は、ユダヤ教の祭りの日を守るものも守らない者も同様に正しいと言っているのではなく、また、肉を食べる者も野菜だけ食べる者も共に正しいと言っているのでもありません。それどころか反対に、一方は正しく他方は間違っており、一方は信仰が強く他方は弱いと言っているのです。この聖句でパウロは、両方のグループのキリスト信者が共に神への献身という動機から良心的に行動していると言っているに過ぎません。 

 一方は忠実に神に仕えており、他方は罪を犯しているケースではありません。双方共に献身の気持ちと神への感謝から、各々そのように行動すべきであると良心的に信じて行動しているのです。ユダヤ教の祝祭日を守ることをせず、宗教的な迷いでなく、すべての食物を食べる強いキリスト者は、そうすることによって神に感謝を捧げていること、良心に従って行動していることを明らかにしているのです。それを用いることが有罪であり禁じられている事柄を行いながら、神に感謝することはできません。同様に、それらの日を守り、肉を食べることを控えている人は、確かにその信仰において弱く、誤っているけれども、やはり自分は神のご意思に従って行動していると信じて、神に感謝を捧げているのです。

 

 「すなわち、わたしたちのうち、だれひとり自分のために生きる者はなく、だれひとり自分のために死ぬ者はない」(7)。

すなわち、真にキリスト信者ならば、自分自身を自分の主人と見做す者はなく、また、自分の好むところに従って行動する自由があると考える人はいない。彼は自分の生と死において、生きるにも死ぬるにも、その主なる目的は神の栄光を表わすことであることを認識しています。彼は自分自身は自分のものではなく、価をもって、すなわち、キリストの尊い血潮にとって買い取られたものであることを認識しており、従って、自分がキリストの僕であり、神のみ心に従ってその栄光を現わすように生きるべきことを知っています。

 

 パウロはこの原則を受け入れる人はすべて、たとえ個々の事柄についての神のご意思を理解することについて、誤りや弱点を持っていても、真のキリストとして取り扱われるべきであると言っているのです。自分が全くキリストに属するものであることを認識し、自分の生と死について、自分が権威を持つ者ではないことを知っている人々は、キリスト者兄弟姉妹として受け入れられるべきであります。

   J.G.ヴォス著

    玉木 鎮訳(日本キリスト改革派教会引退教師

 

   『ほっとひととき「みんなのコーナー」』

☆ 今朝も暑いですね。蝉が一挙に鳴きだしました。余計に暑さが増えました。田舎の豪雨被害は、人的被害がなかったので何とか出来そうでしょう。看護学校の友だちの実家が広島で孤立しているそうです。あれだけ崩れていたら! 高齢の人には、何もかもなくなってしまったら本当に大変ですね。悲しみも、悔しさも出せない人たちが多いのでしょうね。そしてこの暑さは辛いでしょうね。伝染病が出ないことを祈っています。  大阪府 HTさん

☆ 雨の予報のたびに、胸が苦しくなってしまいます。今の家の周りには安全な所はありません。表向きには落ち着いていますが、これから何年も災害の恐怖に怯えて生きるのでしょうか。 山口県 B・Hさん

☆ まだ来週もこの暑さが続くというのです。ひまわりも、あまりにも厳しい暑さのゆえに首を落としています。朝顔は朝ほんの少しの間だけ花を咲かせていますが、すぐにしおれてしまいます。セミは遠くのほうで鳴いていますが、泣いているようで、毎年のようには元気がありません。暑さがほんの少しでも和らいでくれることを祈る毎日です。 山梨県 NKさん    

☆ 大阪にいる友人に近況が気になりメールしたら、まだまだ屋根の修理はしてもらえず、青いシートのままで、何時雨になるか気がかりで、天気予報ばかり見ているそうです。ニュースは新しい被災のものばかりで、私たちは忘れ去られた気持ちになると言っていました。私も西日本豪雨のことばかりに気持ちが向いていましたので、申し訳ない思いになってしまいました。風化とは「無関心になること」なのですね。友人がいるのに、こうなのですから、反省し、ごめんなさいの気持ちで、これから連絡することにしました。 滋賀県SDさん

☆ ・・・。毎日暑いですね。主人は大の麺類好きで私は献立など考えずに毎晩冷や麦と素麺ですが、焼きピーマンと焼き肉を添えておけば主人は喜んでくれていますので、助かっています。手抜きではないですよ!!?? 神奈川県 TYさん

☆ 夏休みになり、部活を中止して各部が話し合い、予定を立てて地元の高校生がボランティアに来てくれました。誰もスマホ片手にはいませんでしたよ。皆さん笑顔でした。この子たちを見ていて、日本人って素晴らしいなあ~と思いました。頼もしい若者たちでした。 広島県 YSさん

☆ ジャーナルを読ませていただくと、私と同じように皆さんたくさんの苦しみ、つらさ、悲しさを抱えながらも生きていかれていることを知り、心から励まされています。皆さんの声が私をとても強めてくださいます。一人ではないのだと…。ジャーナルでは、皆さんの心の内を出されていますから、とても強められます。生きていくのは本当にとても苦しいことです。こうして皆さんの心からの声を取り上げていただき、何度も思います。苦しいのは、悩んでいるのは私一人ではないのだと。ジャーナルを読ませていただいて、たくさんの方たちと、強くつながっていることはとても励みになっています。 愛媛県 B・Aさん

**********

   片づけきれない家具や生活用品の中に泥にまみれた家族写真や集めていた旅行先で買い求めてきたものが出てきました。涙が出て来てなかなか整理や処分できません。何だか自分の歩んできたものすべてを消し去る気がするのです。悲しいです。

   暑くなりました。厳しい暑さと時間は気力も体力も奪います。そうして深刻さは重くなってきます。食欲も少なくなり、睡眠不足です。だんだん無口になって来ました。ああ~お風呂に入りたいです。

   もう疲れてしまいました。土煙と悪臭とハエの中での生活は、辛いです。ボランティアさんのお気持ちには本当に感謝しかありません。でもこれからの生活、どうしたらいいのでしょうか・・・。そんな不安な気持ちになっています。  

    瀬戸内の島々でも被害は出ていますが、あまり報道されませんので、ボランティアさんも来てもらえませんので、年寄りばかりですが、壊れた家のかたづけや土砂を取り除いています。水は昔使っていた井戸が一つですが、使えてよかったねと、感謝しています。食べ物は不便な島ですから買い置きと小さな畑がありますから、持ち寄って船の便が来るまで頑張っていますと、母が言っていました。

   「つのぶえジャーナル」を届けていただきまして、大変ありがとうございます。7月号を読み終えさせていただきました。精神障害者だとおっしゃっている「ほっとひととき・・・」の方は、他の人ではなく、自分であり、自分の人生と精神障害は、今も切り離して考えることが出来ません。重く残酷そのものです。私は昭和30年、結婚と同時に精神科病棟に入りました。私はあまりにも心幼く、結婚について夢を見ていたのでした。入院が肺結核だったら「ほととぎす」の主人公のように、夢は愛に憧れ、小説の主人公のようになりたかった。現実の医師の診断は「あなたは精神分裂とうつ病と精神衰弱」だと言われました。私は絶望して自分の首を絞めていて、看護婦さんがトイレに飛び込んで、助けてくれました。こんな私でも夫は結婚して下さり、子供にも恵まれて、そんな中、二度、三度入院を余儀なくされる、そんな人生でありました。昨日も病院に行きました。抗鬱剤、安眠剤、貧血剤をいただています。今では大変私にはよいお薬です。入院せずに生活しています。今も拙い信仰者として神様の御愛に甘えて生きています。

   迷惑とは思いながらも毎晩メールしていますね。でも、きちんとメールの返信が来るので、うれしいです。ほっとしてまたメールしてしまいます。骨組みだけになった床下には土砂です。出るのは弱音でしたが、最近はその言葉も出ません。この暑さは、気力を奪います。二階の部屋に寝る場所は確保しましたが、悪臭と埃で眠りがだんだん浅くなりました。一番の問題は健康です。主人はひげを剃りません。私も化粧はなしです。

   仮設の抽選には当たりませんでした。途方に暮れてしまいました。主人のお薬手帳は、何とか持ち出せましたので、掛かりつけの病院ではないですが、お薬を出していただけました。お薬手帳は、本当に大事ですよ。・・・。

   ガスも水道も回復しましたが、気持ちの方がどんどん落ち込んでしまいます。体力も限界…。不安です。これからが真夏です。どうしたらいいのでしょうか。弱い者にとって時間は残酷ですね。迷惑と思いながら、今夜もメールしてしまいました。主人も寝付けず、寝返りばかり…、疲れているようです。

   また雨と風、ニースを聞いて驚きました。わりと近くなのに、詳しくは分かりませんでした。私は夜、薬を飲んで寝ているので風も雨も知りません。夜中に何かあっても薬を飲んでいるので、どうじょうもありません。本来なら 自治会の役員として見まわりに行かないといけないのでしょうが、主人も私もアウトです。今回は大丈夫だと思って…。まぁ 何もなかったので助かっています。

   町の中はまだまだ壊れた家財道具の山、田んぼは汚泥のままなのに、また変な方向転換の台風の接近で、どうしたらいいのでしょうか・・・。これから8月の暑さの夏と思うと何もかも投げやりになってしまいます。暑くて眠れません。食欲もありません。こんなメールでごめんなさい。

   避難所生活の両親が気がかりです。壊れてしまった家はそのままです。主人の仕事の関係で台湾にいる私にはどうすることもできません。悲しいです。

△ 私の住んでいる福島は、あの東電の放射能汚染で家を離れたところにはイノシシが我が物顔の村になりました。人の住まない家は壊れたままで背丈くらいに伸びた雑草の中の家があちこちに見ます。過疎ではなく廃墟です。日常生活を奪われた者には帰る家はありません。今までの生活、楽しみにしていた畑や庭を失ったことは、大げさではなく人生を奪われてしまいました。私たちは子供たちが建ててくれた小さな家での生活も3年が過ぎました。小さな花壇に、コスモスが咲き始めました。とにかく穏やかに過ごさせてくださいと毎日、朝と夕方の小さな礼拝で祈り、時を過ごしています。何時もお気遣いのお便りを何度も読み返しています。ありがとうございます。忘れられていないのね…と主人を話し合っています。

△ 毎日の片づけは、壊すためのですから、虚しい気持ちです。これからの身の振りかたすら見出せない中での作業です。この暑さは心に追い討ちをかけます。お祈りください。

△ 最近、テレビが嫌いになりました。天気予報と復興という名のもとに報道されるニュースに嫌悪を感じてしまうからです。これを見て、皆さん頑張っているとか、瓦礫や壊れた家具も撤去されているのだと思われるのにイライラするのです。それは一部分なんだよ!とつい叫んでしまっている自分が悲しいです。

*このコーナーの記事は、すべて投稿者から掲載許可をいただいております。 編集子

 

   『ありがとうございます』

 暑かったここ1、2ケ月も秋らしくなってきました。名古屋市の郊外の水田も収穫の時期になりました。あちこちに薄が秋を知らせてくれています。夏祭りも終わると秋になるのですね。被災地の方々にも秋ですが、昨年までの秋を迎えた生活と今の環境の変化、戸惑いではなく、困惑の生活の始まりのようです。そのようなメールが送られてきます。

 お祈りしています。

 2018年7月16日から2018年8月15日までの「つのぶえジャーナル」事業への寄付者の報告です。感謝いたします。

村田和子様 鶴原澄子様 羽野 環様 和田順一様 和田貴美子様 佐藤のり様 加納さおり様 島田祥子様 

 

*寄付金口座…郵振替口座番号 00800-1-45937 つのぶえ社 

また、お便り下さる方やお友達への紹介はこのメール アドレスをご利用ください。多くの方々の「ジャーナル友」が与えられるように願っています。どうぞメールしてください。

    osamura@kind.ocn.ne.jp 

*「つのぶえジャーナル」はこれをご利用ください。

http://tunobue.blog.shinobi.jp      

(米国南長老教会文書伝道事業)刊行責任者

   つのぶえ社代表   長村秀勝

 
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緑を大切に!
お気持ち一つで!
守ろう自然、育てよう支援の輪を!
書籍紹介
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エネルギー技術の
 社会意思決定

日本評論社
ISBN978-4-535-55538-9
 定価(本体5200+税)
=推薦の言葉=
森田 朗
東京大学公共政策大学院長、法学政治学研究科・法学部教授

本書は、科学技術と公共政策という新しい研究分野を目指す人たちにまずお薦めしたい。豊富な事例研究は大変読み応えがあり、またそれぞれの事例が個性豊かに分析されている点も興味深い。一方で、学術的な分析枠組みもしっかりしており、著者たちの熱意がよみとれる。エネルギー技術という公共性の高い技術をめぐる社会意思決定は、本書の言うように、公共政策にとっても大きなチャレンジである。現実に、公共政策の意思決定に携わる政府や地方自治体のかたがたにも是非一読をお薦めしたい。」
 共著者・編者
鈴木達治郎
電力中央研究所社会経済研究所研究参事。東京大学公共政策大学院客員教授
城山英明
東京大学大学院法学政治学研究科教授
松本三和夫
東京大学大学院人文社会系研究科教授
青木一益
富山大学経済学部経営法学科准教授
上野貴弘
電力中央研究所社会経済研究所研究員
木村 宰
電力中央研究所社会経済研究所主任研究員
寿楽浩太
東京大学大学院学際情報学府博士課程
白取耕一郎
東京大学大学院法学政治学研究科博士課程
西出拓生
東京大学大学院人文社会系研究科博士課程
馬場健司
電力中央研究所社会経済研究所主任研究員
本藤祐樹
横浜国立大学大学院環境情報研究院准教授
おすすめ本

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教会における女性のリーダーシップ
スーザン・ハント
ペギー・ハチソン 共著
発行所 つのぶえ社
発 売 つのぶえ社
いのちのことば社
SBN4-264-01910-9 COO16
定価(本体1300円+税)
本書は、クリスチャンの女性が、教会において担うべき任務のために、自分たちの能力をどう自己理解し、焦点を合わせるべきかということについて記したものです。また、本書は、男性の指導的地位を正当化することや教会内の権威に関係する職務に女性を任職する問題について述べたものではありません。むしろわたしたちは、男性の指導的地位が受け入れられている教会のなかで、女性はどのような機能を果たすかという問題を創造的に検討したいと願っています。また、リーダーは後継者―つまりグループのゴールを分かち合える人々―を生み出すことが出来るかどうかによって、その成否が決まります。そういう意味で、リーダーとは助け手です。
スーザン・ハント 
おすすめ本
「つのぶえ社出版の本の紹介」
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「緑のまきば」
吉岡 繁著
(元神戸改革派神学校校長)
「あとがき」より
…。学徒出陣、友人の死、…。それが私のその後の人生の出発点であり、常に立ち帰るべき原点ということでしょう。…。生涯求道者と自称しています。ここで取り上げた問題の多くは、家での対話から生まれたものです。家では勿論日常茶飯事からいろいろのレベルの会話がありますが夫婦が最も熱くなって論じ合う会話の一端がここに反映されています。
定価 2000円 

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「聖霊とその働き」
エドウイン・H・パーマー著
鈴木英昭訳
「著者のことば」より
…。近年になって、御霊の働きについて短時間で学ぶ傾向が一層強まっている。しかしその学びもおもに、クリスチャン生活における御霊の働きを分析するということに向けられている。つまり、再生と聖化に向けられていて、他の面における御霊の広範囲な働きが無視されている。本書はクリスチャン生活以外の面の聖霊について新しい聖書研究が必要なこと、こうした理由から書かれている。
定価 1500円
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「十戒と主の祈り」
鈴木英昭著
 「著者のことば」
…。神の言葉としての聖書の真理は、永遠に変わりませんが、変わり続ける複雑な時代の問題に対して聖書を適用するためには、聖書そのものの理解とともに、生活にかかわる問題として捉えてはじめて、それが可能になります。それを一冊にまとめてみました。
定価 1800円
おすすめ本
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われらの教会と伝道
C.ジョン・ミラー著
鈴木英昭訳
キリスト者なら、誰もが伝道の大切さを知っている。しかし、実際は、その困難さに打ち負かされてしまっている。著者は改めて伝道の喜びを取り戻すために、私たちの内的欠陥を取り除き、具体的な対応策を信仰の成長と共に考えさせてくれます。個人で、グループのテキストにしてみませんか。
定価 1000円
おすすめ本

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さんびか物語
ポーリン・マカルピン著
著者の言葉
讃美歌はクリスチャンにとって、1つの大きな宝物といえます。教会で神様を礼拝する時にも、家庭礼拝の時にも、友との親しい交わりの時にも、そして、悲しい時、うれしい時などに讃美歌が歌える特権は、本当に素晴しいことでございます。しかし、讃美歌の本当のメッセージを知るためには、主イエス・キリストと父なる神様への信仰、み霊なる神様への信頼が必要であります。また、作曲者の願い、讃美歌の歌詞の背景にあるもの、その土台である神様のみ言葉の聖書に触れ、教えられることも大切であります。ここには皆様が広く愛唱されている50曲を選びました。
定価 3000円

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