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2023年7月号  №193 号 通巻877号
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バラ・マカルピン 日本伝道百年史  

 

     水垣 清著

 (元中津川教会牧師・元「キリストへの時間」ラジオ説教者)

 

17 バラ先生来庁50年記念会・・・2・・・

 

 当日の演説者中、バラ先生によって教導された井深梶之介と本多庸一両氏の祝辞を記すと、

日本基督教会大会を代表して 井深梶之助

「本年10月、東京に開かれた日本基督教会大会は、満場一致を以って一つの決議をした。即ち本年本月はバラ博士が宣教師として我が国に来られた満50年に相当するに就いて、同博士と密接な関係にある日本基督教会は、暫く永い年月の間、神の恩寵の下に健全にして伝道のため、教会のために尽くされ功労を認め、神の恩寵を感謝し、博士のために祝意を表し、之がために一人の使者を遣わして今日の祝会に出席させることとしました。私は議長に選ばれていたので、その使者となって、この決議の趣意を申し上げることとなったのは一身にとって大きな光栄であります。

 

私共、日本基督教会に属するものは、日本に渡来した最初の宣教師、先頃90歳の高齢でこの世を去られたヘボン博士を始め、フルベッキ―、ブラオン両博士、また、今日着任50年を祝するバラ博士のごとき人物と直接、間接に関係のあることを感謝します。過去50年の教会の変化は甚だしいものがありますが、その間、50年一日の如く伝道のため、教会の発達のために尽くされた功績は述べ尽くせないことです。

 

キリストの弟子の内にも様々の賜物を持っていたペテロ、ヨハネ、ヤコブなどは、いずれも特色があります。日本の伝道の歴史を見てもそうであります。ヘボン、フルベッキ、ブラオン諸氏は各々それに相応しい仕事をし、バラ博士はバラ博士の仕事をせられた。そして、その主な仕事は直接伝道であります。

創業の時代に先ずこのことに着手せられた。第一に日本人に授洗せられ、第二に教会を建設せられた。即ちこの海岸教会は11人ばかりの青年が初週祈祷会の結果、大いに霊的覚醒を為し、日本人の教会を建設したのであります。主としてこれに力を尽くされたのはバラ博士であります。

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バラ・マカルピン 日本伝道百年史  

 

     水垣 清著

 (元中津川教会牧師・元「キリストへの時間」ラジオ説教者)

 

17 バラ先生来庁50年記念会・・・1・・・

 

1911年(明治44)、この年はバラ先生来朝50年に相当するので、10月3日東京芝教会における日本基督教会第25回大会で「バラ博士への勤務を感謝し、且益々神佑の同博士はこれに対して挨拶を述べられたが、先生来日の日に当たる11月11日(土)午後2時から、その関係の深い横浜海岸教会で、「ゼームス・エイチ・バラ博士着任50年祝賀会」が開かれた。横浜海岸教会はこれを記念して、来朝当時のバラ先生夫妻の肖像と小会堂の図、並びに現今の会堂の講壇に立っているバラ先生の近影を一対の絵葉書にして来会者に贈った。プログラムは、

執 行 順 序  司会者 イ・アル・ミロル師

1 奏 楽

1 祈 祷                  熊野雄七君

1 讃美歌  234       牧 師   伊藤藤吉君    

1 聖書朗読 支援125,126 牧 師   小川義綏君

1 祈 祷

1 讃美歌  223

1 歓迎の辞           牧 師   笹倉弥吉君

                 教 師   イ・アル・ミロル君

1 祝 辞  日本基督教会大会より

                 神学博士  井深梶之助君

1 祝 辞  日本美以教会総会より

                 監 督   本多庸一君

1 演 説            教 師   稲垣 信君

1 唱 歌            フエリス和英女学校生徒

1 演 説  長老教会伝道会を代表して

                 神学博士 デ・タムソン君

1 演 説  アメリカンボードを代表して

                 神学博士 デ・シ・グリーン君

1 演 説  美以伝道会社を代表して

                 神学博士 ゼ・ソーパ君

1 演 説  バプテスト伝道会社を代表して

                 神学博士 ゼ・エル・デーリング君

1 讃美歌 226

1 答 辞            神学博士 ゼ・エッチ・バラ君

1 頌 栄

1 祝 祷

以上

 

 

バラ・マカルピン 日本伝道百年史  

 

     水垣 清著

 (元中津川教会牧師・元「キリストへの時間」ラジオ説教者)

 

16 日本宣教50年・・・8・・・

 

 以上のことは真個の記事として一般に許容されることであろうと信じます。もっと他に明らか知られていないことは、ここに述べる価値がないと言うのでは勿論ありません。ヘボン、二人のブラオン即ちRSブラオンとナサン・ブラオン。監督ウイリアムス、グリイン、マクレー、等の聖書翻訳者、カクラン、イビイ、ミーチャム、ベンネット、デビス、フーネツト、ゴルドマン、フォールス、ペーム、クレッカー、ベリー、テーラー等の、人々から敬愛を受けた医師と公使、それから、全ての伝道会社に於いて著名な人々、こういう名は銀河の如く輝いています。

「多くの人々に喜びの音信を伝えた婦人」の中には、ブラオン、ピアソン、ツルー、ベントン、ミラーバンベッテン、マコーレ等の夫人がある。独身の女子には、クロスビー、ガスリン、プリテン、ダッドレー、タルコット、スターリング、ウインビシユ、ガードナー、ミリケン、ヤングマン等「生命の言」にその名を記された真理のために働く同労者及び福音伝道者があります。云々・・・」(日本基督教会)。

 

このバラ先生の講演によって、明治維新の伝道の困難と神に栄光を帰した先生の信仰を窺うことができよう。続いて10月8日(第4日目)午前9時半からの講演で、マカルピン師も7分間奨励された。

 

先に記した名古屋における各派連合の伝道会は、1910年(明治43)3月16日から6月13日まで第10回関西府県連合共進会場(現鶴舞公園)で90日間に亘って連日の大天幕伝道がなされた。その中心的指導者の一人としてマカルピン師の活躍も大変なものであった。

統計によると説教者述べ327人、度数860回、会衆66,670人、求道者5,624人であった。これは名古屋地方を中心とするキリスト教の伝道成果として、画期的なものであった。

しかし、全てのことが順調に進んだ訳ではなかった。伝道の疲労を癒す間もなく、6月16日、米国のタラネイガに住まわれたマカルピン師のお母さん(90歳2カ月)の最後を知らせる電話があった。お母さんは2,3週間前までお手伝いさんと同じように部屋の片づけもしておられるほど元気でおられたのに、それは眠るように静かな最後であった。

その冬、徳島に旅し、翌1911年(明治44)4月末、母国アメリカに赴いたマカルピン師は、1913年3月7日、日本に帰るまでアメリカに滞在された。

 

バラ・マカルピン 日本伝道百年史  

 

     水垣 清著

 (元中津川教会牧師・元「キリストへの時間」ラジオ説教者)

 

16 日本宣教50年・・7・・

 

 憲法発布、良心の自由と信教の自由、帝国会議、自由出版、日曜日の休暇、風俗及び社会改良及びキリスト教的文明のほとんどすべての応用が速やかに続いてきた。全てこれらのことを考えて見れば、確かに我々は「神の為し給う所の何と大いなることよ」と叫ばざるを得ないのであります。

 そして使徒と共に「神に感謝して心勇み立たざるを得ない」のであります。しかし、日本に行われていた政治的、社会的変化ということに、かかる重大な意義を与えると共に、私はこの国に行われている道徳的・宗教的勢力に目を閉じたくありません。

 

 教育、医術、聖書翻訳、礼拝式、讃美歌、外国語の学習、辞書の出版、説教、印刷の書籍、講演、直接伝道によって「神の国の良き種」が蒔かれたのであります。今、直接伝道ということを最後に言いましたが、これは恐らく順序から言っても最も大切なもので、数世紀の間、日本人が学者、官吏及び普通の平民に至るまで、キリスト教に対して抱いていた偏見を取り去ったのであります。

 

一言で言えば、プロテスタント教会の宣教師はジェスイット派の宣教師ではないという証明をしたのであります。ギドー・エフ・フルベッキが20年間、その身倒れるまでその働き盛りの20年間を、特殊な伝道に費やしたのは、実にそのためであった。

神はこの謙遜な、信仰の厚い、彼の生涯を恵み給うて、日本国民ですら得ることの出来ない位、政府や人民から非常な信用と尊敬とを得たのであります。

 

バラ・マカルピン 日本伝道百年史  

 

     水垣 清著

 (元中津川教会牧師・元「キリストへの時間」ラジオ説教者)

 

16 日本宣教50年・・6・・

 5 日本に安心して居住されなかった第三の理由は、政令が二途より出たことです。それから将軍政府の下にある港だけは特定されてあった外国貿易に対して、多くの有力な大名が不満を抱いていたことです。多くの人々を動かし、特に世に勤王家を動かした攘夷の精神は外国人に対して攻撃が行われるという警報や噂を生み出すようになりました。何日までに外国人を放逐せよという勅令が発布された。

 それは将軍政府によって遂行されはしなかったが、長州公によって、下関海戦を促し、数か国の船舶に発砲するようになったのであります。将軍の政府は、長州の挙をしいて止めることができないということを宣言したので、当該数か国によって下関にあった砲台が攻撃され、遂に長州は降伏してしまいました。同じようなひどい責罰は、薩摩の首都鹿児島の上にも見舞われました。

 と言うのは、一人の若いイギリス人が首を斬られた上に、それと一緒に行ったほかの三人も命を奪われようとしたので、それがたまたま日本の中でも、最も戦争好きな党派である鹿児島をして外国人に対する放埓な攻撃を止めさせる原因となったのであります。

 そして(中略)遂に最後の将軍にして最も気高い一橋家(慶喜公)の自譲忠君愛国の精神にこの血生臭い革命も終わりを告げました。これらのものの中に奇しき業をなし給う神の御手は最も明らかに現れています。・・・・仏教に対しては国教の権が奪われ、士族にも階級が排除され、二重政府の形も苦しい夜の如く、朝の近づくと共に消え去ってしまったのです。

 

バラ・マカルピン 日本伝道百年史  

     水垣 清著

 (元中津川教会牧師・元「キリストへの時間」ラジオ説教者)

 

16 日本宣教50年・・5・・

 4 僧侶に次いで永久に続くならどうすることも出来ないと思われた障害物は、サムライ、即ち、士族の帯刀であった。帯刀するということは、ただに士族が平民に対して優秀なことを現すばかりでなく、社会のすべての下級の人民はこれを見ると常に心配と恐喝とを感じたのである。世襲の特権ともいうべき帯刀が撤廃されることができるかどうかは、実に疑問であったのです。

 このことは何の咎もない外国人に一日も忘れることの出来ない恐怖心をひき起す原因となりました。何故かというに、帯刀している人々の大部分は、外国人を切り殺すことが忠義だと考えていたからであります。特に外国との戦争に徳川幕府を関係させて将軍家の力を弱め、それで自分らの利益を増やそうと考えていたからであります。街を歩くのは勿論、夜になって外に出るには、生命が危ういということを常に感ぜずにはおれませんでした。

 政府では、居留地以外に居住する外国人が、その住所にいる時も、他所へ出る時も、これを保護するために騎馬の護衛を与えてくれることを怠りませんでした。外国人の官吏に対しては特にそうであったが、居留地以外、条約範囲の中に暫く居住する宣教師に対しても、そういうふうでありました。

 こういうことは、無益な恐怖しかなかったが、然し良かったと思われるような注意もしばしばあったのです。今日に至るまで、横浜や東京の墓地に見られる墓碑に「無残にも暗殺せらる」とあるのがその証拠であります。 

 

バラ・マカルピン 日本伝道百年史   

     水垣 清著

 (元中津川教会牧師・元「キリストへの時間」ラジオ説教者)

 

16 日本宣教50年・・4・・

 3・・2・・

こういう風であるから私は一向宗が非常に懐かしかった。そしてこの宗派が最近起こったもので、最も広がっているのであるから、これはキリスト教の肉食妻帯を禁ずる一派にも反対する他山の石であると感ぜずにはいられなかった。

 神の霊をうけた使徒が言うように肉食妻帯はいわゆる「神の造りし物はみなよし、感謝して受ける時は棄つべき物なし」の類であります。

 

 しかしながら、綺麗に頭を剃った僧侶の道徳を遠くから見て、美しいと思っていた私の幻は私の到着後、間もなく破壊されました。神奈川の成仏寺というヘボン博士の借りていた寺院に私の荷物が着いたのでそれを開けてみると、すぐ老年の坊さんがいろいろな品物を調べて見ていたが、特に米国から持ってきた料理用のストーブを面白がった。

 私は非常にこの坊さんに心を引き付けられて、もし出来ることなら将来この人を改宗させようと思った。しかし驚いたことには、翌朝になって、この坊さんが自殺したということであった。それは井戸に入って溺死したのである。どういう訳かというと、この坊さんが自分の妻に金を盗まれたので非常に妻を叱り散らして、大喧嘩となったというのである。坊さんが刃か包丁で妻に迫ってひどい傷を負わせた。妻はそれを警察に訴え出たので、坊さんは自分の罰をのがれるために井戸へ身を投げたのである。

 

 今

タムソン博士と一緒に私は初めて田舎へ旅行した時、大山の麓で人里の遠い宮ケ瀬の一寺院に泊まったことがあります。私の会った坊さんは妻帯していたので、私はその坊さんを褒めたのであるが、坊さんは何も答えずにただ有難うと言ったばかりであった。翌日、タムソン君はその村の年老いた婦人から、坊さんは大抵妾をもっているという恥ずべき話を聞かされた。しかし普通の檀家である男子はこれよりももっと放逸であるということがわかった。「良い坊さんが来た時、手放さないようにするにはこれが一番である」と言っているのでもわかります。その後、いろいろな宗派の僧侶と接近するにしたがって、私の知った限りでは、この常習は偽りでないということを発見した。

 

バラ・マカルピン 日本伝道百年史   

     水垣 清著

 (元中津川教会牧師・元「キリストへの時間」ラジオ説教者)

 

16 日本宣教50年・・3・・

 3 日本以外に存した、こういう障害物が取り去られたと同時に、日本のものに在った障害物も取り去られたと言うことは更に驚くべきことであります。私は48年前の11月11日に日本に到着しましたが、到着した際すでにこういうことが私の心に現れてきたと言うことだけは言えると思う。

 

 第一の障害物は多数の仏教の宗派と仏教僧侶の能く整った階級であった。神道や儒教はもとより看過されていなかったが、日本国民の大多数を占めたその勢力は、仏教に比すればすこぶる僅少の様におもわれました。私の最初の教師は寺の先生であった。勿論私は、いろんな仏教の宗派や、教養や、礼式や服装などに興味をもつようになった。上手な裁縫師は巧みに彩色をした一組の僧衣を私に造ってくれました。

特に初めて、私の聴いた僧侶の説教が如何にも熱心であったのと、その聴衆からうけた印象とで、私は非常に感動した。

聴衆と言うのは、大部分は年のいった婦人で、多くは頭を剃っていた。その他のものは頭の上に小さな三角形の青い布をのせていたので、頭のてっぺんを剃った古い風俗をまねているようであった。つまり婦人は罪が深いものであったから極楽へ行くのには男となるか、或いは尼となるしかなかったのであります。

説教者の話が高調に達すると、聴衆は皆熱心に合掌するのに、私は非常に心を動かされました。ただに仏前の前にある賽銭箱にお金を投げるばかりでなく、皆一斉に南無阿弥陀仏を称えるのです。私は「神には栄光あれ」と叫んだ昔の幕屋の集会を思い出さずにはいられなかったのです。

で、私はひとり心の中でおもった、「仏教に向かってばかり熱心な信仰をもっている人民が、どうしてキリスト教を受け入れることが出来るか」と。この無数の勢力のある仏教徒の一階級をどうして取り除きうるのであろうか、彼等は一向宗、門徒宗及び現在の真宗を除けば、公然たる独身主義者、菜食主義者である。門徒宗のものは結婚すれば肉も食う。そして一人の仏神を拝む、祈りよりも説教を信ずる。行いよりも信仰で救われると信じている。

 

バラ・マカルピン 日本伝道百年史   

     水垣 清著

 (元中津川教会牧師・元「キリストへの時間」ラジオ説教者)

 

16 日本宣教50年・・2・・

1 日本以外に起こった近代の最大事件は米国の内乱の結果と思います。この内乱の起こった時、私は丁度日本に向かって出帆したのであります。私はよく記憶していますが、所謂キリスト教国と言うものに奴隷が存在していると言うことは、知力の進んだ非キリスト教国民に福音を宣伝するに際し、非常な障害物であると思いました。しかしながら幸いにも大統領のリンカーンの解放令と戦争の結果とは、アメリカ人の血統をひいた百万の人民に自由を与えたので、私はこの苦痛から救われたのであります。

 これと同時に「全地の審判者」にしてまた凡て圧迫された者の擁護者である神の、曲げられぬ正義と公平は、南軍、北軍共に免れることの出来なかった激しい戦闘と生命、財産の損失の中に現れたのです。

 

2 米国の奴隷解放について、凡ての西欧国民の中に驚くべき変化が起こりました。数カ月前の帆船の航海、数カ月過ぎなければ届かぬような郵便の代わりに、電信、海底電信、無線電信による通信、海陸旅行の方法やその迅速なこと、その心地よいこと、凡て皆全く変わってきました。その変化は他の東洋諸国にも行われたように、幸いにもまた現在日本にも行われています。凡て是等のことは明らかにダニエルの予言が全うされたのであると言うべきであります(12:4)。

 百年前、アイザック・ニュートンの発見は「多くのものは、あちこちと探り調べ、そして知識が増すでしょう」と言うこととなったのであります。「宣べ伝えんとて限りなき福音を持てる空飛ぶ天使」(黙14:6)を描いている黙示録の幻の中に、私達は、地上の凡ての国民に向かって「神の国の福音」は迅速に伝えられ、確かにこの世界は非常な速度で基督教化される予言を見出すのであります。

 

 

 

バラ・マカルピン 日本伝道百年史   

     水垣 清著

 (元中津川教会牧師・元「キリストへの時間」ラジオ説教者)

 

16 日本宣教50年・・1・・

 

この年、日本宣教50年に当たるので、日本のプロテスタント教会外人宣教師の共同で、神田美土代町の青年会館を会場に、10月5日より10日まで記念集会が催された。

5日午前、感謝会にバラ先生は、回顧談をされた。先生は民数記略23章24節と使徒行伝28章15節を引用して、「第一の聖句は神が、神御自身のために驚くべき事業をなし給うことを、私達に注意させ、第二の聖句は、神がその僕達の精神の上に同様に驚くべき事業の効果を与え給うことを私達に注意させなさると言うことを知ればそれで充分であります。(中略)この国の統治者の二、三がエホバに逆らってなした長い間の頑固な抵抗を考えて、今ここに善良な政治や宗教の確実な自由の行われている時代を思いますと、その政治や知識や宗教の準備時代は大変長かったのですが、それは決して無益ではなかったのであります。確かに私達は此の予言を現代にあてはめて、最も敬虔な心を以って『神のなし給う所は何と偉大なことであるか』という言うことが出来ます。日本の最初の公使タウンゼント・ハリス卿が、晩年、牧師SR・ブラウン博士に書簡を送り日本の封建制度より、立憲制度に至る過渡時代を評論して『神の為し給う所は何と偉大なるぞ』と呼ばれました」。と。

キリスト者の政治家であるハリス卿が、自ら目撃した日本の政治的革命に感動されたとすれば、まして幾十万の日本人の中に、また国民の心にあまねく起こっている知識的革命を目撃した私共は「これ実に真正の復活であり、死より甦った生命である」と思わざるを得ないのであります。

すべての国民や社会や各個人を準備するために、神の不思議なる力が働き給うことは、日本社会ほど顕著であるのは他にないのであります。国民の過渡時代に於て、神の用いて善きことをなさしめ給う一団、または一個人を起こし給ことは、日本のほかに見ないのであります。日本の多くの変遷を見、またよくこれを知っています私も、また熱心な感謝の思いを以って「只独り大いなる奇跡をなし給う者」(詩編34:4)に向かって同様に「神の為し給う所は何と偉大なることよ」と言わせてもらいたいのであります。

 

バラ・マカルピン 日本伝道百年史      

     水垣 清著

 (元中津川教会牧師・元「キリストへの時間」ラジオ説教者)

 

15 明治末期の伝道・・2・・

 

 開けて明治42年(1909)3月10日、横浜海岸教会の創立記念祝会が午後4時半から同教会で開かれた。その日は、あいにくの大風雨であったが100名の来会者があった。牧師の笹倉弥吉教師の開会の辞があり、現在会員814名、創立以来の受洗者2200余名との報告について、この教会最初の牧師として奉仕したバラ先生が、拍手で迎えられて祝辞を述べられた。感無量の一瞬であった。

こうした喜びについで、バラ先生を襲った悲しい出来事は、奥さんのマーガレット・キンナーさんが3月16日午後5時30分、天に召されたことである。夫人は時に69歳、3月18日午後2時半、フェリス女学校で葬儀が行われ、横浜外人墓地41地区に葬られた。

来日以来48年、共に憂い、共に歓んだ夫人との歳月をかえりみて、バラ先生は日本伝道の働きの半分は、夫人の助力によることを思わされて、今、その良き伴侶を失った淋しさに耐えなければならない力を、神に祈り求められたにちがいない。

孤独となった先生は、さらに主を仰いでなお宣教への奉仕を続けられた。

3月27日、明治学院神学部第24回卒業式において祝祷と、種々の式典に忙しく出席され、夏の9月5日には御殿場教会で、男子2名、女子2名に洗礼を授けられた。その2名の女子は宣教師の避暑地二ノ岡会堂で最初に導かれた初穂であった。

 

バラ・マカルピン 日本伝道百年史・・3・・   

     水垣 清著

 (元中津川教会牧師・元「キリストへの時間」ラジオ説教者)

 

15 明治末期の伝道・・1・・

 

女婿のマカルピン師も、義父バラ先生に劣らぬ宣教の活動に忙しかった。同じく11月22日には、高知県幡多郡下田町の青年会の招きで特別集会が催され、肌寒い雨の中を100余名の来会者があった。筆者も昭和8年から15年までの8年間、中村町に赴任して、この下田町に毎月2回自転車で伝道したのであるが、俊寛が島流しにあったような、太平洋の荒波に面した小さな部落で、地の果てに来たような淋しいところであった。

すでに明治の末期、この見捨てられたような土地にも、福音がマカルピン師によって伝えられていたのに驚いた。交通の発達した今日にはもう見ることの出来ない伝道精神に、こころをうたれるものがある。続いて23日、24日は中村町でマカルピン師と青木仲英師の講演会があり、こどもたちも100人あまり集まった。

 

1908年(明治41)から翌1909年(明治42)にかけてマカルピン師の宣教の片鱗を記してみよう。

1908年 2月10日 岡崎劇場にて集会

      3月21日 日本基督金城教会伝道、教会献堂式に出席祝祷

      3月27日 津島劇場にて集会 200余名

      5月 7日 瀬戸集会にて路傍伝道集会

1910年(明治43)開催の名古屋築城300年記念及関西府県聯合共進会を機会に、市内キリスト教8派協同一致天幕伝道を90日連続の集会を持つため、予算1000円を計上し、委員長、関沢義之氏、会計担当マカルピン師、実行委員長、吉川逸之助教師が事に当たった。

1908年9月21日、神戸神学校始業式(新入生8名)、マカルピン師出席祝祷をなす。同10月27日、28日、愛岐教職者会を瀬戸永泉教会で開催し、夜はマカルピン師「罪の性質とその救済」について説教、会衆50名。

1909年5月、岐阜の中学校(旧制)5年生のため毎週水曜日マカルピン師が名古屋より出張し、バイブルクラスを開く。

以上のように愛岐地区は、キリスト教にとって未開拓の石地のような土地であったが、あらゆる機会を活用して、聖書を、キリストを求め祈り、熱心に教え導いたマカルピン師の伝道の労苦は今日の教会形成を成し遂げるための大きな礎であった。

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東京大学公共政策大学院長、法学政治学研究科・法学部教授

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 共著者・編者
鈴木達治郎
電力中央研究所社会経済研究所研究参事。東京大学公共政策大学院客員教授
城山英明
東京大学大学院法学政治学研究科教授
松本三和夫
東京大学大学院人文社会系研究科教授
青木一益
富山大学経済学部経営法学科准教授
上野貴弘
電力中央研究所社会経済研究所研究員
木村 宰
電力中央研究所社会経済研究所主任研究員
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東京大学大学院学際情報学府博士課程
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東京大学大学院人文社会系研究科博士課程
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C.ジョン・ミラー著
鈴木英昭訳
キリスト者なら、誰もが伝道の大切さを知っている。しかし、実際は、その困難さに打ち負かされてしまっている。著者は改めて伝道の喜びを取り戻すために、私たちの内的欠陥を取り除き、具体的な対応策を信仰の成長と共に考えさせてくれます。個人で、グループのテキストにしてみませんか。
定価 1000円
おすすめ本

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さんびか物語
ポーリン・マカルピン著
著者の言葉
讃美歌はクリスチャンにとって、1つの大きな宝物といえます。教会で神様を礼拝する時にも、家庭礼拝の時にも、友との親しい交わりの時にも、そして、悲しい時、うれしい時などに讃美歌が歌える特権は、本当に素晴しいことでございます。しかし、讃美歌の本当のメッセージを知るためには、主イエス・キリストと父なる神様への信仰、み霊なる神様への信頼が必要であります。また、作曲者の願い、讃美歌の歌詞の背景にあるもの、その土台である神様のみ言葉の聖書に触れ、教えられることも大切であります。ここには皆様が広く愛唱されている50曲を選びました。
定価 3000円

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