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2023年7月号  №193 号 通巻877号
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  解説 ウエストミンスター信仰告白 (44

   岡田  稔著

  (元神戸改革派神学校校長)

第21章 宗教的礼拝および安息日について・・2・・

3 祈りは、感謝をも含めて、宗教的礼拝の特別なひとつの部分であるので(1)、すべての人々に神から要求されている(2)。そして祈りが受け入れられるためには、み子の名において(3)、みたまの助けにより(4)、み旨に従って(5)、理解・尊敬・謙そん・熱心・信仰・愛・忍耐をもってなすべきである(6)。また声を出して祈る時は、よく知られた言葉でなすべきである(7)

  1 ピリピ4:6
  2 詩65:3(2)
  3 ヨハネ14:13,14ペテロ2:5
  4 ロマ8:26
  5 ヨハネ5:14
  6 詩47:7(8)、伝道5:1,2(4:17,5:1)、ヘブル12:28、創世18:27、ヤコブ5:16
    ヤコブ1:6,7、マルコ11:24、マタイ6:12,14,15、コロサイ4:2、エペソ6:18
  7 コリント14:14
 

三 原文で、祈りと感謝の間にコンマの入っているものと、そうでないものとがあるので、多少判断に迷うのであるが、私は「祈りは感謝を含めて」、すなわち、祈りと感謝とは、の意味と理解した方がよくはないかと思うのである。従って、「アクセブテット」は「聴かれる」という意味と「受納される」という意味を含むものと思う。

原文の意味は「祈りの中で、特に感謝をもって祈り」について、規定しているわけではなく、むしろ「祈り、すなわち、祈願」も「感謝」(これも祈りである)も、という二つに関係している規定である。この祈願も感謝も、すなわち、広義の祈り全体は、人間として当然神にささげるべき事柄である。

それは一項で言う神が善であられるために、当然なのである。そして、この祈りが神によしとされる条件は、まず、三位一体の神に対してなされるものであって、この三位一体は、本質的三一論とよばれる通り全く神の内在的な三つにして一つであると同時に、それに基づいて、また、それに止まらず、経綸的(おさめととのえること)三位一体であられるから、この三一神への祈りは、同時に、三一神の御働きにかなった祈り、すなわち、神へ神によって(仲保者キリスト)、神にあって(聖霊)なされなければならない。祈りの対象が神であるばかりでなく、祈ることの許される根拠も、実際に祈りえる力も、みな三一の神のお働きなのである。それが、この項での「受け入れられる祈り」の意味であり、具体的には聖書の教えに示されている通りの内容、目的、態度、手段などを含む、一切のキリスト教的なものという意味になるだろう。

「理解」は、第20章「キリスト者の自由および良心の自由について」二項で「・・・盲従的信仰や盲目的服従・・・」と言われたのと同じで、主の祈りを意味も知らずに唱えたり、自分の知らない古典語や外国語の祈祷文を暗誦したりすることを、戒めたものである。「よく知られた言葉でなすべきである」は、その意味であり、また異言を否定する。

「声を出して祈る」は、当然二人以上でともに祈る場合を予想してのことであって、ともに祈っている人たちに、自分の祈る事柄がはっきりわかるのでなければ、アーメンと唱和することはできない。ついでながら、公同の祈祷で、小声で祈って他の人に聞き取れない場合も同様である。また、聞こえなかったり、意味が理解できなかったり、理解しても、同意しえない場合などは、みだりにアーメンと唱和すべきではない。アーメンと唱和する以上、その祈りが唱和する者自身の祈りと同じでなくではならないはずだからである。

 

4 祈りは、合法的な事柄のため(1)、またすべての種類の現在生きている人々やこれから生まれてくる人々のために(2)、すべきである。しかし死人や(3)、死に至る罪を犯したことが知られている人々のためには(4)、すべきではない。

  1 ヨハネ5:14
  2 テモテ2:1,2、ヨハネ17:20、サムエル下7:29、ルツ4:12
  3 サムエル下12:21-23、ルカ16:25,26(*)、黙示14:13
     *サムエル下12:21-23をルカ16:25,26と比較
  4 ヨハネ5:16
 

四 ここでは、祈りがだれのためになされるか、という点と、何について祈るべきかという点とが規定されている。第二の点に関しては、ごく簡単に「合法的な事柄」とだけ言われている。この合法性は申すまでもなく、聖書を律法として、それに適ったという意味にとるべきものである。従って、前項の中で「み旨に従って」と同じ意味に理解することができる。もし、そのように理解することが重複だから誤りだと言うならば、前項の方は、どこまでも目的や態度などのことで、本項は内容の問題と受け取ればよいと思う。

死者のための祈りは、してはならないと言う主張は、本信仰基準にある一つの重要な主張である。仏教、神道、その他の異教的慣習にあって、特に葬式や記念会などにおいて、お互いに留意しなければならない。なお、後半に記されている「死に至る罪を犯した人」とは、だれの場合について言われているのであろうか。

たとえば、ローマ法皇を反キリストと断定する本信仰告白第25章「教会について」6項に従うとしても、わたしたちが、そのために祈ることを禁じられているとは言えない。もちろん、ローマ法皇を祝し給えとは祈れないにしても、彼を悔い改めに導き給えと祈るのがいけないとは考えられない。

しかし、ヨハネの第一の手紙516節にある「死に至る罪がある。これについては、願い求めよ、とは言わない」というみ言葉を否定することはできないから、この告白文は正当であって訂正の必要はないけれども、問題はだれの場合が、その例に当たるかについては、十分慎重に考慮されなければ、かえってヨハネの思想に反すると思うのである。イスカリオテ・ユダは明らかにそうであった。しかし、イエスはこのユダにさえも、最後まで悔い改めの機会を提供されたことを、わたしたちは福音書、ことにヨハネによる福音書で読むことができる(第13章「聖化について」参照)。かくされた神のみ旨は信者の行動の規準ではない。また、教会の処罰はどこまでも訓戒の意味である。しかし、国家の刑法に死刑があるように教会の戒規にも、永遠の死の宣告がありうる。そうでないと、地上教会の法治権は、家庭的・教育的であって、国家的・刑法的ではないことになる。

しかし、あくまでも死刑が慎重になされなければならないように、否、それ以上に、教会会議の決定には最後的審判の権威があるのではなく、聖書のうちに語られている聖霊に至上権があることを常に思い、良心の自由を尊重する必要がある。専制・独裁者でも、なお生前はわたしたちの祈りの対象(もちろん、悔い改めに導かれるように)とすることを妨げられてはいなかったのである。しかし、この点、私の発言はあくまでも私見に過ぎないことを申し添えておきます。 

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