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2023年7月号  №193 号 通巻877号
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 『その愛のゆえに』

   =時々の記= 

    (207)

 

4月14日

 昨夜は、急なお客さんがいらして、疲れ果ててしまいました。娘は、私のことを心配してくれるのはありがたいのですが、やせ過ぎだとか、無理し過ぎだとか、厳しく励ましてくれるのです。こちらは別にそれなりのペースでやっているので、そんなに心配してもらわなくても元気で動き回っているから、スリムになってきているのでしょう。いつまでも、今までのようにとは行かないのが心配なのでしょうかね。今から一人で朝の散歩に出かけようと準備しています。マイペースでの散歩は寂しいように思われますが、私にとってはとても楽しいひと時です。自然の生き物たちとお話しできますから。

連名でイースターカード来たりけり。

(執事さんたちがお心を込めて送ってくださいます。)

春の蝶一気にダムを渡りけり。

宮杉の年輪数ふ春日和。(大きな杉の木が今伐採されています。)

ヴァイオリン聴きて白寿や聖五月。

同志社の牧師を忍ぶイースター。(女性の牧師さんから導かれました。)

                             馬場路哉

主人は診療所へ定期健診です。5月は市民病院で精密検査です。今まで神様のお導きによって生かされていることに感謝しかありません。

 

4月16日

 雨は上がりましたが、まだ不安定な気候です。礼拝にいかれたのでしょうか。私は静かに一人で礼拝を捧げています。主人は山添村の産直市場まで、野菜を買い求めに出かけました。

全体にリラックスして柳の芽。

夕暮れやツインツインとさえずりぬ。(燕のことです)

樫の木の狭間はざまに藪椿。

奥伊賀の山大いなり山桜。

固く立つ岩屋の在や山桜。

一山を圧倒しては木々芽吹く。

山吹や昼には日差し届きける。

白椿ピンクを呈して散にけり。

春愁のロダンの作は神求む。

新芽出て重なる程の樫落ち葉。   馬場路哉

主人は山添村では散歩がしにくい季節になってきたと、上野公園まで散歩に出かけました。どこの田んぼでも田植えの準備がされています。そこを散歩するのは私たちだけ気が引けます。荒れてしまった田んぼが多い山添村ですが、それでもまだ頑張って田植えをされようとしている方たちが何人かおられるのです。今日一日神様のお守りがありますようにお祈りいたします。

 

4月26日

先日、食後の歯磨きをしている折に、かぶせてあったものが取れてしまいました。それで先ほどから歯科医院まで出かけて仮の治療をしていただきました。本格的な治療は5月に入ってからです。次々と不具合が出てきますね。すべてを受け止めて日々精いっぱい生きていくことしか考えられません。お隣の方との散歩は、自然の景色を眺めることが少なくて、お話が多くなってしまいます。いろんな話が飛び出してくるので、あっという間に時間が過ぎていきます。昨日は服装が話題でした。お隣さんはリメイクの先生です。古い着物からベストへとリメイクされたり、とても器用な方です。私はそれを眺めてほめるだけのものです。でもそれでうまくいっているのかもしれませんね。

神と我信ずべきとや聖五月。

つちふるや今日は望めぬ伊賀の山。

鹿の角落ちているなり春野原(わがやの裏山に落ちていました)

通ひ路に藤の早くも垂れ初むる。(今年の藤の勢いはすさまじいです。)

猫そばに文芸好み聖五月。   馬場路哉

朝から激しい雨です。野の生き物たちは喜んで恵みの雨をいっぱい吸い込んでいるように見受けられます。散歩は危険ですから中止です。家でできる体操をしたり、掃除機を使って久しぶりに埃を片づけたりして過ごしています。

 

5月3日

 大型連休の後半がスタートしましたね。息子は一日だけのお休みでした。リフレッシュできたようで、今日は元気に出かけました。こちらは一面田植えが始まりました。早いですね。機械で植えていかれるので,一日で一枚およそ一反をサラッと植えてしまいます。私がここ山添村に来た頃は人の手で植えていましたから、何人もの人が来てくださって田植えをしていました。私はその方たちのお昼と夕ご飯の食事係です。何をどうしたのかははっきり覚えていませんが、10人ほどの方たちのごちそうづくりも大変だったのを思い出します。今ではどこのお家ちでも作られていないおやつ作りも致しました。ふき俵というおやつです。大きなフキの葉っぱの中に大豆の入った塩ご飯をおにぎりのようにして包み込みます。それを3時のおやつに田んぼまでもっていくのです。懐かしい思い出として記憶に残っています。

談笑す若葉明かりのただなかで。

村はずれ一木豪華な八重桜。

山吹きや媼の歩く鄙の村。

さえづりの真っただ中へ起き上がる。

(朝五時には燕たちが元気にさえづっています。)

草刈りの始め苦の無く足疲れ。   馬場路哉

最近は足が疲れやすくなったと主人は言っています。30分も歩くと足のだるさが出てきて立ち止まってしまうというのです。やはり年齢ですから、無理は効かなくなってきていますね。

 

5月5日

昨日も今日も暑いぐらいのお天気です。ここ山添村では新緑が増してきています。道を歩くにも車で走るにも大きな緑の葉っぱの下を潜り抜けていきます。緑豊かな自然があふれる山添村です。でも高齢化が進み、この連休の間でも何処のお家も静かなものです。ただ、残っている高齢者がまだ頑張っているのが頼もしい限りです。

少しだけ破れて芭蕉若葉かな。

裏山の山桜なり庭に散る。

雑草を引くや小さき花をめで。

ろう鶯の美声を競ふ夕べかな。   馬場路哉

今朝は裏山からタケノコを掘ってきてくれました。タケノコは掘ってすぐ調理しないと固くておいしくないので忙しい朝でした。ふきも家の近くで成長し始めましたので、こちらも早速調理して今夜の夕食の一品となりそうです。山菜がおいしい季節です。この自然の恵みに感謝して今日も頑張ります。

 

5月15日

 空からは清々しい空気とともに、鴬とは違った小鳥がさえずっています。なんとホトトギスです。やはりホトトギスは一美しい鳴き声で心を和ませてくれますね。気持ちの良い一日となりそうです。若葉から青葉へと移り変わっています。太陽に当たった青葉はまぶしいぐらいの勢いで目にその美しさを見せてくれます。主人が定期健診でした。なかなか帰宅しなかったので心配いたしましたが、神様の憐れみをいただいて、この度の検診の結果も異状なしと言われました。感謝。一つ訴えたいのは私は主人だけでなく息子にも野菜の大切さを言い続けています。野菜は料理するのに面倒ですが、野菜の力によって病をいやす力が与えられているように感じるのです。例えば大根の葉っぱもすべていただきます。またホウレンソウの根っこも赤いところまでいただきます。野菜を購入したら廃棄するところなくいただくようにしています。それが少しは役に立っているかな。

ホスピスに安きあれかし聖五月。

説教と讃美歌ありて聖五月。

暁の静寂に祈る立夏かな。   馬場路哉

 

馬場暁美 

上野緑ケ丘教会会員

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 『その愛のゆえに』たので   =時々の記= 

    (206)

 

3月14

 雨がやんで春らしい気候となっています。フキノトウが今や全盛期です。足元にはフキノトウの芽が出始めたので、どこへ足をもっていこうかとふらつくのです。いっせいに芽を吹きだした蕗の勢いがすごいのです。こぶしも花を咲かせ始めました。大きな木に咲く花たちは葉っぱを待たずに咲き始めるのですね。春爛漫です。

花の数バランス取れて山椿。

行く末の遠く思はじ薄霞。

エメラルド良き色見する春の湖。

陽炎や残る蚕室白き壁。

幼子の喜び走るフキノトウ。   馬場路哉

主人はリハビリを兼ねて村内を歩いているようです。

 

3月16日

 鶯の鳴き声があまりにも美しい響きなので、娘に電話を庭に持って行って聞かせてあげました。娘は何度もその鳴き声に感動して、そんな大自然の中に居られて幸せだね。と言ってくれました。

竹の秋吹かれて光放つなり。

マッサージ話題となりしイースター。(マッサージをしてくださっている主人の友達が信仰のことをよく聞いてくるそうです)

春雨に濡るる空き家の瓦かな。

青き踏む大地の応へありにけり。

生家ある町寂れたり翁の忌。(芭蕉の生まれた伊賀市上野のことです)  馬場路哉

温かい陽気に励まされて昼散歩に行ってきました。同級生に出会いました。今はお一人で暮らしているのだそうですが、寂しいと思う時もあるけれど、一日を大切にできることを楽しみながら前向きに生きておられる様子をうかがって、こちらも元気をいただきました。今日も20度近くになりそうです。一日一日を神さまに感謝して生き抜きたいです。

 

3月22日

 ご心配おかけしました。今朝もけだるさが残る中、何とかいつものように起きることができました。主人は散歩に出かけたほうが良いというのですが、途中でまたしんどくなったらどうしようという思いで、なかなか散歩に出かけられません。もうしばらく家で待機してみます。

疾く起きて勤しみにける受難週。

早天に一人祈りぬ受難週。

天上の命を信ずイースター。

感謝する神の選びや受難週。

聖霊の導きを信ず受難週。   馬場路哉

主人は眼科への通院です。白内障が進んでいますのでいつ手術をするかの相談中です。

 

4月1

 私は三重県と、奈良県の二つの県のものを買い求めています。というのも三重県には7年間務めさせていただきましたし、奈良県では17年間務めました。三重県での教え子たちが転勤したり、昇進すると、はがきで“おめでとう”を伝えています。段々小さな文字が見えづらくなってきましたが、それでも4月1日は半日ほど新聞とにらめっこしています。4月。転勤あり、退職あり、進級ありの月ですね。

庭を占むラッパ水仙一人住み。

無住寺を翁掃除す彼岸かな。

信楽の気温を聞くや春寒し。(信楽歯今朝氷点下4度でした。)

白樫の泰然として芽吹く前。

菜の花の畑楽しく過ごしけり。   馬場路哉

主人はよく勉強をするので感心しています。二年ほど前に図書館で借りてきた“イースト オブ エデン”の原書を読み続けています。毎日1ページを読み終えるのが精いっぱいだそうです。そんな姿を見ていると勉強嫌いの私は“よく頑張るな”と感心させられています。私は英語の聖書の4福音書を読むだけで精いっぱいです。なかなか辞書を片手に英語の原書を読むのは辛抱がいりますね。

 

4月4日

 歩いて20分ほどのところに歯科医院があります。良いお天気でしたので歩いて出かけました。いつもとは違った道です。国道ですので車の量が多くてスピードも出ていますので、少し怖かったです。できるだけこの道は歩くのはやめようと反省しながら帰ってきました。

お隣の方が散歩をしておられ、どこへ行ったのかと尋ねられました。歯科の定期検診です、と答えるととても感心されて、ほめてくださいました。

“あなたは偉いな。診療所では2か月に一度検診を受け。歯科医院では3か月に一度の検診を受け。きちんと自分の健康を維持しようとしているのが伝わってくるわ。別にそれほど意識しているわけでもないのだけれど、いつの間にかこのような生活が当たり前になってきています。それに先日から17年前に主人が大病をした時に読んだ本を読み返しています。その本は「食事療法」について書かれてあるものです。藁をもすがる思いでありとあらゆる健康食についての本を読みあさりました。その本の一冊をもう一度読み返しています。食事がマンネリ化していることと、これからこそ健康でいられるようにと食生活に気を付けたいと思ったからです。玄米がよいと書かれてあります。玄米はずーっと続けて食しています。それだけではだめでしょうが、今のところ一つのことしか守ることができていません。反省することしきりです。

白樫の泰然として芽吹く前。

こつ然と乙女椿の落ちにけり。

玄関で触れむばかりの初ツバメ。

水辺なる桜のもとを歩きけり。

早天の空気張りつむ受難週。   馬場路哉

主人は今日もリハビリと言って散歩に出かけました。良いお天気で軽装で出かけたのですが、汗が出たといって着替えていました。もう夏めいてきたこちらです。

 

4月10日

 今は、お日様がたっぷり顔を出しています。朝の散歩に行ってきました。すっかり若葉に移り変わっています。この季節まだ入学式のところがあるようです。今朝は賛美歌122番を賛美するにふさわしい自然界でした。母がこの賛美歌が好きでよく賛美していました。

深甚(しんじん)と祈り続けるイースター。

十字架の釘を思ひぬイースター。

めぐらなる大木の樫剪定す。

花吹雪今日のリハビリ終了す。

奈良七里祖父の歩きし山若葉。   馬場路哉

今日で主人は最後の歯科治療の日です。4か月ほどかかったように思います。これからもしばらく自分の歯で過ごすことができたら感謝ですね。

 

馬場暁美 

上野緑ケ丘教会会員


 

 『その愛のゆえに』

   =時々の記= 

    (205)

 

2月14日

 朝の寒かったこと。冴え返るという言葉がぴったりでしたね。空を見ると小雪が舞っているではありませんか。せっかく花を咲かせた梅たちが震えあがっています。思いきって耳鼻咽喉科へ行ってきました。そこで、ばったりと教会の求道の信仰の友と出会いました。私とどこかで話をしたかったようでしたが、申し訳ないのだけれどと言って待合室の中でだけの話となりました。8か月も入院されていたというのです。とても元気になっていました。でも手が震えておられるし、よだれがマスクの下から落ちてきているのです。薬の副作用ではないかなと察したので、先生に、お薬を減らしてもらうか変えてもらったほうがよいのではと伝えました。どこも悪くないのにどうしてそんなに長く入院されたのかも不思議です。教会へは行っていないというのです。どうして尋ねると、教会に来る人は皆さんお金持ちなので行きたくないと言いました。何かを感じ取っておられるのでしょうから。あまり突き詰めてのお話はしませんでした。また行けるときに礼拝に行こうねとだけ伝えました。

少年期遊びし小川猫柳。

金色の目だって来る竹の秋。

夕焼けの後や厳しく冴え返る。

鳥の巣を求む望遠カメラとも。

東へ広ごる窪の梅早し。   馬場路哉

2月17日

今は久しぶりにお日様が出て暖かさを感じます。200メートルほど離れたお家の庭に紅梅が咲き始めていました。よそのお家のお花ですが、なんだかうれしくなりました。

春立つや朝の祈りを読みにける。

志あり忍耐強く老いの春。

煌めきて傾く夕日春立ちぬ。

東へ広ごる窪の梅早し

鳥の巣を求む望遠カメラとも。  馬場路哉

2月25日

 こちらは今は雨が止んでお日様が射しています。春の陽射しを感じています。うれしいことですね。春を迎えられるというのは・・・・。

シューマンの曲穏やかに春立ちぬ。

角張れる岩白々と春の川。

椿の葉、白樫の葉も風光る。

梅の花過疎なる村に咲き誇る。

春立つや白鷺谷の川に沿ふ。   馬場路哉

春は人生の節目でもありますから、悲喜こもごもの日々をおくっておられることでしょう。それを乗り越えて新しい次のステップへと進んでいくのですね

2月27日

 今日は春の陽射しがいっぱいです。昨日とは打って変わって温かい一日となっています。寒い冬を忍耐して過ごしたからこそ、この日を迎えることができるのですね。

向き合へる日の傾きて谷朧(おぼろ)

公園の散歩道外れ青き踏む。

鹿二頭眠る山より現れぬ

枯れわらの絡まり切られ固められ。

万太郎励ましにける荷風の忌。  

死に勝てる信仰を謝す受難週。

先達と召天されぬ睦月かな。

つかの間の緩和ケア経てイースター。

苦労と工夫重ねし生やイースター。

隣人への愛に満つ生イースター。  馬場路哉

3月6

 今日の最高気温は18度とか4月並みの気候です。一気に暖かくなってきたのでセーターを一枚減らしました。つい先ほど、中学校の時の友から電話が入りました。その友も高校時代も教会の礼拝に出ておりました。そのようなことで今だに関係が続いています。礼拝後には青年会で、ビラ配りのために残っていたものです。

鎮魂の響きのありぬ春の雨。

隣人への愛に努めむイースター。

信仰と愛を捨てまじイースター。

見上ぐれば青空を背に梅の花。

大形の魚浮かぶや水温む。  馬場路哉

3月7

鶯の鳴き声も日ごとに滑らかになってきました。静かな山あいに鶯が声を響かせてくれるだけでほっこり慰められます。庭の八重の椿が今年もたくさんの蕾を付けてその咲き誇る時期を楽しませてもらっています。その重みで枝が倒れ掛かっているように見えます。それでもしなやかにじっと耐え抜いてピンクと白のグラデーションの椿の花を間近に見せてくれるのを楽しみにしています。小さな我が家の庭ではスナップエンドウを今年初めて作ろうかとチャレンジしています。まだまだ朝が寒いので沿道の苗の周りには黄色いゴミ袋をかぶせて霜にやられないように注意しています。それを見てご近所の方たちは、クスッと笑っていきます。よほど、下手な野菜作りなのでしょうね。失敗しても一度やってみることが大切ですから。失敗を恐れては何もできませんからね。

早天に只菅祈る受難週。

イースター死んでも生くる教えとは。

白梅に黒き古木の落ち着きぬ。

はんなりと山に広ごる春入日。

花の数バランスとれて山椿。

3月8

 これで3日連続お隣の方がお話をしに来てくれます。私は聞き役に徹しています。それがうれしいのでしょうね。ずいぶん明るくなってきました。ちょっとしたことで、人は気分がよくなったり、逆に悪くなったりするものですね。

日向ぼこ力を得たる厨事。(主人は決まって午後2時過ぎから夕食の準備を手伝ってくれます)

竹切って野菜の苗の枝作る、

蝋梅や予後順調を願いける。

淡雪や玉つげ羊如なれる。  馬場路哉

昨日は眼科、今日は歯科と連日病院通いです。白内障の手術の時期を決めかねています。歯科のほうはまだまだかなり時間がかかりそうです。何とか自分の歯を土台にしてつぎ足しての義歯になりそうです。

 

馬場暁美 

上野緑ケ丘教会会員


 『その愛のゆえに』

   =時々の記= 

    (204)

 

1月17日

 洗濯物が久しぶりに乾燥機を使わなくても、乾ききりました。感謝ですね。一寸したことでもうれしくなるこの頃です。今朝の朝散歩の折には近くの同年齢のお友達二人が出迎えてくれました。“大丈夫か?”“もう少ししっかりしたところで診てもらったほうがいいよ“と私の体調を我が身に置き換えて心配してくれました。同じ年齢なので、その辛さがよくわかってくれるのですね。声に張りが出てきたと一人の方は励ましてくれました。声で元気かどうかがわかるなんてびっくりしました。こうして話し合える、励ましあえる友達が近くにいるのは感謝なことです。私は団塊の世代の一人なのですから。

 初雪や鈴鹿は銀となりにけり。

美しき、ケヤキ枯木の穂杖かな。

マッサージ肩こり治す老いの春。

めらめらと山燃ゆるかに日脚伸ぶ

信楽へ超ゆる屏風の山に雪

雪嶺も鈴鹿厳しと望みけり。    馬場路哉

 

1月18日

 おはようございます。こちらは曇り空です。いつもの朝よりも寒さを感じます。でも散歩の折にじっと木々を見つめるとなんだか春めいてきているのがわかります。庭のこぶしの木にはもうたくさんつぼみがついています。反対側にあるハナミズキの葉っぱには小さなはっぱが巻き付いています。春の準備をしているようです。今朝の散歩はそのような今までとは違った自然界を見ることができました。

病室の友に元旦夕焼けす。

初カラス揃ひ南へ飛び行きぬ。

フォスターの夢の曲聴き年惜しむ。  馬場路哉

主人は今歯科医院へ出かけています。80歳近くにもなると歯があちこち痛んでくるようです。その治療には時間がかかりますから粘り強く通院しなければなりませんね。

 

1月22日

 今朝はあまりにも寒いので散歩は取りやめました。明日からは一層寒さが厳しくなるようです。足元だけでなく、首元にも配慮が必要です。水道管が破裂しそうですから今夜からは一晩中お水を流し続けるようにします。

緩和ケア受くる友へと泣初す。

そこはかとなく喜びて新年会。

点々と目立って来たる冬芽かな。

退職後菊に微笑み逝かれけり。

冬ぬくし、神杉を伐る打ち合わせ。  馬場路哉

主人は一人で散歩に出かけました。私は明日からの雪に備えて大根をたくさんいただいたので大きなお鍋でぐつぐつと昆布でだしを取りながら気長に炊き続けています。大根があればお野菜には困りませんから大助かりです。この大根はお隣の一人暮らしの方が持ってきてくれたのです。田舎ではコンビニもなし、スーパーもなしで不便な生活をしていますが、こうした助け合いの輪がありますので感謝です。私にできることは少ないのですが。皆さん見るに見かねてお野菜は家の戸口に黙っておいて帰ってくださるのです。

 

2月1日

 熱は下がりましたので、少し散歩に出かけました。すると久しぶりなので皆さんから声を掛けられて歩いているよりもお話しているほうが長くなってしまいました。立ち話ですから少し寒くなってしまいました。主人は家でとれた八朔を両隣の方におすそ分けしています。私は酸っぱいからやめといたほうがよいのではというのですが。いうことを聞きません。それでもみなさん喜んでくださったようです。

この湖の橋の上下にカモ群るる。

日輪を眩しみ八朔もぎにけり。

雪止みて模様の入りぬベージュの田。

信楽へ超ゆる屏風の山に雪。

伊賀広し田をゆっくりと冬耕す。  馬場路哉

2月に入りましたね。少しずつ暖かくなってくるのでしょうか。春が早く訪れてほしいですね。

 

2月6日

 朝からは良いお天気でしたから久しぶりに乾燥機を使わずに洗濯物が春の太陽の温かさをいっぱい浴びて乾ききりました。主人の俳句のことを喜んでくださっている方がおられる旨を伝えると、“本当かなあ~”と言いながらも嬉しそうにしていました。主人は郵便局員になった頃から俳句を始めたとのこと。“葛城”という会に入っています。ひと月にたくさん応募しても多くて2句採用です。ですからジャーナルは本当に主人のまずい俳句をも用いて下って、また皆さんが読んでくださって、感謝で胸がはち切れそうなことでしょう。俳句がもうさっそく出てきました。

枯れ木山雪につかの間景変わる。

寒風の吹き荒びをり直売所。

ちぎり雲金色となり日脚伸ぶ

シューマンの曲柔らかく寒明ける。

眩しかる夕日の見えて睦月果つ。  馬場路哉

葛城という俳句会は自然をよく見詰めてあまり感情を入れない俳句会のようです。ですからかなり集中して自然と向き合わねばならず、苦心しています。今年の誕生日で80歳になります。大きな手術に耐えて、17年。ここまで生きられるとは執刀された先生方は誰も思わなかったことでしょう。3か月に一度の検査で肺に転移するといわれ続けていましたから。その宣告を受けるときに待合室で待っている間の苦しいこと。二人で祈りつつ約一時間あまり待ち続けました。そんなことが思い出されるこの頃です。今朝は4日ぶりに散歩に出かけることができました。朝の咳が少し収まったように感じたからです。坂道を下っていくとお隣の大きな梅の木が我が家の道のほうに向いて横たわっているのです。その先っちょを見てみるとなんともう梅の花が咲いているではありませんか。あまりにうれしくなって散歩の途中でしたが主人に知らせてあげました。主人は知っていたのか、あまり驚きもせずに“あそこは、この地域で一番温かい窪地なのだ”と教えてくれました。陽だまりが暖かく感じられるところは、自然の生き物もぐんぐん大きくなって、お花を咲かせたり、新芽を吹きだしたりと私たちを楽しませてくれますね。これからのひと雨ひと雨が春を呼んでくれるのですね。

 

2月9日

 今までにない青い空が広がりました。朝は寒い風が吹いていましたが、今は穏やかな風に変わっています。明日は雨が降るようです。このひと雨が春に近づいてくるのですから。喜びたい雨でしょうか。洗濯物もすべてが気持ちよく乾ききりました。太陽の恵みに感謝です。

氷点下しかすがに身の痛みける。

おきつもの名張の山に雪積もる。

カニ歩き氷の道を降りにけり。(雪で滑ってまともに歩けません。)

アイスバーンゆっくり行くに如くはなし.(しくはなし)

曲がり̪しをじっと見つめて針供養。(主人は自分のシャツなどのほころびはすべて針を使って繕っています。)  馬場路哉

3月号のためにお祈りしています。

 

馬場暁美 

上野緑ケ丘教会会員


『その愛のゆえに』

   =時々の記= 

    (203)

 

12月14日

 朝からみぞれのような雨です。午後からは雨はやみましたが、北風が唸りながら吹き荒れています。暖房だけでは事たりず、足やおなかにカイロを貼って暖を取っています。これからが本格的な冬なのですね。

放牧場跡といわれて黄葉す。

名張なる嶺長くして黄葉す。

ラジオより聴くメッセージクリスマス。

大いなる橡落ち葉が庭に落つ。

微風ありさ揺らぎ床し今年竹。   馬場路哉

いよいよサッカーもベスト4が出そろいましたね。今朝のクロアチアとアルゼンチンの試合を見ました。

 

12月17日

 こちらはすでに雨です。傘をもって散歩に出かけました。3、4分ほど歩き続けるとホカホカしてきて自宅に帰ってしばらく暖房は使わずに済みまました。雨の中の散歩は誰にも会わず、お話もできず、ちょっぴり寂しくなりました。どなたかとお話しすると気持ちが晴れますね。今年もあと十日余りとなりましたね。この一年神様に守られてここまで歩んでくることができたことに感謝しています。

落ち葉掃き後は心を満たしける。

風なくて日差し柔らか冬うらら。

病み上がり、家族そろひぬクリスマス。(15年前に主人の手術を終えてみなが感謝のクリスマスをした時のものです)。

冬の月出づや残照消ゆる時。

 

12月21日

 お日様が照りだして、外は暖かくなってきました。昨日に比べると少しは気温が高くなって過ごし易く感じられます。少し暖かいだけで気持ちまでほっこりしてきますね。3日間、畑で出会わなかった86歳の方は道畑で日向ぼっこをされていたのでほっと致しました。どこかへお出かけする様子でしたので、気を付けてとひと言声をかけてお別れしました。

最近、散歩のときは大好きな讃美歌と大好きな金城学院の校歌を歌っています。過ぎた青春時代を思い出すのと、親しくしていた友を思い出し、胸が熱くなる時がとてもうれしいのです。今年も押し詰まってきました。来年度のカレンダーがくばられ始めています。

賛美歌で待つこととするクリスマス。

ベートーベン我を励ます年の暮れ。

賀状書く神の祝福祈りつつ。

かろうじて無事に過ぎたり「冬の月

西空の明るくなりて日脚伸ぶ。  馬場路哉

主人はだんだん俳句を作るのが難しくなってきたと悔やんでいます。でも朝、4時から起きて俳句を練ったり、聖書を通読したりと、晩年をそれなりに過ごしています。

 

2023年1月4日

 晴れていますが、厳しい寒さは続いています。今朝は7日ぶりに朝の散歩に出かけることができました。少し短めにしました。4日というのにまだ仕事が始まっていない会社があるのか、車の行き来は少な目です。散歩をしている間は何もかも忘れて移り行く景色に見とれてしまいます。家の前の道は今まで落ち葉だらけでしたのに、どなたかが丁寧に掃ききってくれていました。お一人でなさったということです。気持ちがよく葉っぱでの足元の滑りがなくなり、散歩できました。

今日は初めて村の方と出会いましたが。お互いに静かに新年のあいさつを交わしました。こうしてまた今年も生かされていることに改めて感謝しています。 

湖に映りて岩と冬紅葉。

寒波来る樫の大木揺れに揺れ。

朝日受け、ほのかに白し枇杷の花。

若き日の交わり続く賀状書き。  馬場路哉

主人は今日もリハビリと言って村内を歩きに出かけました。

 

1月6日

 昨日はびっくりしたことがあります。それは去年までクリスマスカードのやり取りをしていたアグネス・ゴダート先生から今年もお手紙が届いたのです。私は去年のクリスマスにカードを差し上げようかとずいぶん考えました。先生はご高齢ですから、ご迷惑になると考えてしまったのです。93歳になられる先生からお手紙をいただくなんて感謝で胸がいっぱいになりました。先生のお手紙にはやはり日本伝道のことが書かれてありました。

日本伝道に出るとき、お母様とはこの地上ではお会いできないと思ってお別れをしたそうです。その時のお母様の言葉は“必ず、天国で会いましょう。”だったそうです。

そのような覚悟を持ってこられた日本伝道。大変だった中にも神様が先生を守られて多くの青年たちが先生のバイブルクラスから受洗されました。私は先生に日本伝道への感謝の思いをお伝えし続けてきました。今年も同じような文面になりましたが先生に感謝をお伝えいたしました。幸いにも先生の姪御さんたちが車で医者の所へ連れて行ってくれたり、教会の礼拝には行けないそうですが、テレビでメッセージを聞けるようにしてもらってあるようです。

ヘリコプター軽快なるや冬日和。

全身に勇気の湧くやひなとぼこ。

若き日の交わり続く賀状書く。

北風や嶺の四献吹き荒らし。

十基ある墓の冬草抜きにける。  馬場路哉

 

1月12日

 昨日、先日受けた脳ドックの結果が送られてきました。今のところは正常値内なのですが、これからも運動や食事に気を付けましょう、とコメントがありました。日々の生活を大切にしながら、過ごしたいと思いました。

馬場暁美 

上野緑ケ丘教会会員


 

その愛のゆえに』

   =時々の記= 

    (202)

 

11月15日

 主人がクリスマスに向けての俳句を出してきました。

命の主来てくださりぬクリスマス。

御救いを感謝するなりクリスマス。

大いなる星飾られてクリスマス。

憐れみの神を思はぬクリスマス。

苦しみをすべてを委ねクリスマス。  馬場路哉

5回目のワクチン接種の知らせが来ました。12月に接種です。インフルエンザが流行ってきますから早目に接種しておかないと、と思っています。

山茶花や蜂の音して閑かなる。

晩秋や卒寿の信徒召されける。(病床洗礼を受けた方です)月光の曲や悲哀を極限す。    馬場路哉

11月16日

少し山に向かって歩くと山の木々からの落ち葉で道がふさがれてしまっています。滑りそうなので途中であきらめて戻りました。今が盛りと紅葉が素晴らしい色に染まっています。こんな自然の中を歩くことができるのを感謝しています。

茶の花や祖父のたつきを忍びける。(今はお茶の花が白く咲いています。)

破芭蕉大きな日陰とはなりぬ。  馬場路哉

主人は眼科の定期健診です。乱視と白内障の治療です。私も目が次第に悪くなってきているのを感じるこの頃です。今までの老眼では間に合いません。乱視の眼鏡を借りるととてもよく見えるのです。そろそろ眼科医に私も行かなければならないようです。

11月21日

 私は今朝は今までに経験したことがないようなことになりました。まっすぐ歩こうとするのに鴨居が斜めになってしまいます。何かをするのに、もとても時間がかかります。何とか本当に何とか朝の支度を整えることができました。それからはずーっとお布団の中に入って休んでいました。午後3時過ぎになると元気を取り戻すことができてほっとしています。今日は主人が私に変わってすべて夕食の準備をして整えてくれました。感謝です。

11月22日

 今朝はいつものように元気よく起きられました。少し遅れて朝の散歩にも出かけることができました。ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。何がどうなっているのかはわかりませんが、今のところ元に戻りつつありますのでしばらく様子を見ようと思います。今朝は賛美歌を歌いながらの散歩もできました。金城学院の校歌が大好きなので歌い続けての散歩でした。すると私より若い方が声をかけてくださいました。足取りは年相応に見えますが、毎日散歩を続けているというのは気力があるからですね、と励ましてくれました。その一言がうれしくなっていつもよりも5分長く続けられました。合わせて32分の散歩をしたことになります。

山茶花に蜂は静かに寄りにけり。

老いに活入れたる漆紅葉かな。

小春日やライダー山道好みけり。

傷口を癒されたくてクリスマス。

鹿鳴くや一声のみの夕なる。   馬場路哉

この頃は鹿や猪が我が家の庭先までやってきます。イノシシはしっぽを振ってくれるのです。この頃は鹿や猪に出会うのに慣れてきました。こちらが静かにしていれば野生の動物たちもひどいことはしないのかも。

「美しい朝に」さんが元気になられて手先の器用さを生かすことができるようになられて心から感謝ですね。私の部屋には数年前に送っていただいた折り紙が飾ってありますよ。いつも「美しい朝に」さんのことを覚えていられるように・・・です。多くの方たちがジャーナルを通してお元気になられていくのがとても感謝ですね。

12月1日

 サッカーの明日の試合が早いので大変だといっていますが、きっと眠らずに見ることでしょう。今朝も朝4時から起きて観戦していました。どのチームもワールドカップに出場しているのですから見ごたえがあると喜んでいます。主人も俳句を載せていただくのでいつもニコニコ顔になっています。

鹿鳴くや一声のみの夕なる。

傷口を癒されたくてクリスマス。

平和請ひ署名活動秋薔薇。

初冬や淡き色もて空暮るる。

診察を待つや紅葉の絵を眺め。  馬場路哉

12月7日

 診療所へ定期健診に行ってきました。先生と面談した後、先生が“この間のジャーナルという雑誌持ってきてくれた?”と言ってくださったのです。さっそく“これなんですよ。”と手渡すと、“これはこのままじゃ、もったいないわ。一冊の本にしないと。”近くにいた看護師さんも一緒に見てくださって、“馬場さんすごい。”と褒められてしまいました。なんだか心がうきうきして幼子のように小走りで家路につきました。先生からすると一冊の本にしておくととても読み返しやすいのに・・・。”でも一冊の本にするにはお金がかかるので、とてもそこまではできないのです”とお答えしました。“ありがとう。もらっておくわ”と気さくに言ってくださった先生に何度もお礼を言いながら診察室を出ました。

これを手渡すのは少し勇気が必要だったからです。忙しい先生ですし、病気以外のことで失礼かなと考えたり。でも神様が私の背中を押してくれたのです。長村さんがこうして尊いご奉仕をしてくださっているのにこれぐらいのことができないのか、とでも言われた思いで、先生にお手渡したのでした。いつもは低い血圧がそんなことを考えているので、いつもは102ぐらいしかないのに今朝の血圧は128もありました。伝道する難しさを痛感いたしました。でも気持ちは晴れ晴れしていますよ。今日一日感謝して過ごせますね。

草刈り̪し広き野原の霜白し。

葛城の裾広々と山眠る。

あれこれの恵み感謝すクリスマス。

猫の来るヒバのてっぺん剪定す。(虎ちゃんはもう我が家のどの樹にでもてっぺんまで登ります。)

鳥の声喜びあぐるクリスマス。  馬場路哉

12月9日

 昨日、息子が遅くなって帰ってきました。“どんなに遅くなっても、お帰りとお疲れさんは、我が家の決まり言葉です。すると息子はいつもは“ただいまだけなのに、今日はもう少しで正面衝突しかけたのでめっちゃ怖かった、と詳しく内容を聞くと、どうも相手の車の運転手さんはお酒を一杯飲んでいたように感じた。というのです。猛スピードで中央の車線をはみ出して突っ走ってくるので、こちらは精いっぱいキープレフトをして、思い切り大きな音を鳴らしたら、よろよろしながらまた運転をし始めたというのです。接触事故でも起こしたら大変な事態になりますし、いくら、相手が悪いとはわかっていても気分がすぐれませんから、ほっとしたと言っていました。今でもまだお酒を飲んで運転する方がいるのですね。

今朝も出かける息子を見送りながら、事故にあいませんようにと、祈って送り出しました。

 

馬場暁美 

上野緑ケ丘教会会員


 『その愛のゆえに』

   =時々の記= 

    (201)

 

10月12に日

 娘が働いている子供の幼稚園が代休ということで、山添村の美しい緑の山々、おいしい空気、水をとても喜んで思い切り吸い込んでいました。お茶の味が奈良の水で飲むのとは全く違うと感激していました。我が家は湧き出る自然の水ですからそこが少し違うのかなと思いました。とにかく空気がおいしいし緑が美しいので心身ともに癒されるといって、午後2時のバスで帰りました。毎日生活している者にとっては感謝が少ないのですが、都会のビルの谷間に住んでいる者たちにとってはこの自然のダイナミックさに心癒されるのでしょうね。今朝も散歩は午前9時過ぎです。

 深緑強くうねりて秋の川。

聖霊の励ましと聞くちちろ虫。   馬場路哉

 

10月16日

 こちらは昨夜から冷え込みが一段と厳しくなり、エアコンは暖房にしましたが、古い建物なので台所は寒くてストーブも使用しました。慌てて冬物を引っ張り出しています。この急激な変化は私たち高齢者にはなかなか厳しいものがありますね。そのような私たちに励ましと力を下さるのが、「ジャーナル友」の皆様の投稿です。毎日の生活で精一杯の私は多くの「ジャーナル友」さんから励ましをいただいて、とても気持ちだけは元気な私です。

木犀の花雨に散り流れけり。

柔らかき夕日当たりて竹の春。

鉄色に数多着くなりずおうの実.(ずおうとは春に咲く紫色の花です)  馬場路哉

 

10月31日

 先ほどから雨が降り出しました。肌寒い一日です。ジャーナルを読んで11月は来年度の計画立てるにふさわしい月であり、この一年間の反省をする月でもあるのですね。そんなことを考えて一日過ごしました。夜が早く暗くなってしまうのが寂しく感じるのです。一日があっという間に終わってしまいます。でもこうして静かに繰り返してジャーナルを読む時間が与えられ、祈る時間が与えられ、心から感謝しています。

竹の春色逞しく揃ひけり。

傘寿して迎えに行くや秋の暮れ。

岩に腰秋草刈りに疲れもし。

伊賀盆地残照のあるイワシ雲。

コオロギや疲れし老いの眠り歌。  馬場路哉

 

117

 立冬の名にふさわしく、今朝はとても冷え込みました。ストーブとエアコンをガンガンつけて台所に立ちました。先日もお一人暮らしの方が家の外へ出ようとして転倒されました。骨折です。今は病院で治療とリハビリを頑張っておられるようです。何をするにも慌ててはいけませんね。気を付けたいです。

聖霊の働きを読み灯火親し。

老ひの身に短き秋の一日かな。

高原やときめくものに薄紅葉。

夕霧の水源の山隠しけり。

谷戸の灯の一つ点りて秋の暮れ。  馬場路哉

主人は、明日は上野市民病院にて年に2回の検査です。15年目になります。何度も不安にさらされて、今まで生かされていることに感謝です。

 

馬場暁美 

上野緑ケ丘教会会員


 

 『その愛のゆえに』

   =時々の記= 

    (200)

   

9月15日

 今朝は思い切って朝散歩に出かけてみました。辺りには誰も歩いている方は見受けられませんでしたが、するとこの暑さの中、小さな秋をあちこちで見つけることができて感激しています。薄紫色のヌスビトハギ、ススキ、ツユクサ、ピンクのコスモス(これはおうちでしっかり手入れをされているものですから見事でした。)などなど。こんな暑さの中にあっても秋を教えてくれているのです。

今日、主人が散歩していると、60代後半の女性が話しかけてきてくれたそうです。その方は畑の手入れで草を毎日引いて手入れをしているというのです。その方曰く。今年ほど暑い夏は経験したことがないほどの暑さだと。9月になってもさっぱり涼しくならないのでしんどいですね、とのこと。このような農家のベテランさんがそう言われているのだから私たちがしんどく感じるのは当たり前、毎日体が重くて、動きが鈍くなってきている私たちです。

  山離れ雲一つなき望(もち)の月。

平らかな神野山見ゆブドウ園、(神野山は標高660メートルもある山です)

               馬場路哉

9月26日

 昨日は私が室内で座っている状態から立とうとした瞬間、何かに引っかかってとんでもないところへ転がってしまいました。今日は主人が朝からめまいを起こして暫く安静を保っていると何とか歩くことができるようになりました。もう何が起きても不思議ではない私たちです。

夕空やツバメ帰りてぽっかりと。

白鷺の数多の浅瀬豊かなる。

塀越しに風船かづら垂るるなり。  馬場路哉

子供たちが幼かったころは神野山へよく登りました。大きな石がごろごろしていて足もとをしっかり見て歩かせないといけないので大変でしたが、頂上へ登って辺りを見渡すと素晴らしいパノラマです。東には伊賀盆地が西には奈良盆地が見渡せるのです。羊たちが放牧されていてとてものどかなのです。今でも小学生の良き遠足の場所になっています。

10月5日

 本日、10月号をお届けいただいて私も印刷されたジャーナル派で気に入っています。今度、診療所の先生に一部をコピーして持っていくつもりです。今日は体の話ではなくジャーナルの話を診察の代わりにできてとても気分爽快です。名古屋の信仰の友達ってあなたと同じ年ですか、とまで尋ねられたので、いいえ大先輩です。80歳を過ぎても気力と頭脳の明晰さは衰えておられません。だから私のまずいコラムでもとてもよく推敲してくださって月刊誌が届くのが楽しみなのです、というと先生は“すごい方があなたにはお友達としているんやな。”と感心です。感謝です。

  門先の野菊は刈らで愛でにけり。

家を守る媼一人に紫おん立つ。  馬場路哉

10月7日

 今日は晴れると聞いていましたがあまりすっきり致しません。明日からまた雨とか。散歩に出かけるとどのお家も洗濯物が山のように干されています。お隣に住む93歳のお兄さんのお世話に来ている妹さんと出会いました。とてもきれいにケトウの花を咲かせておられるので癒されることをお伝えいたしました。93歳の方の奥様はケトウが大好きだったので、お世話に来ている方が一生懸命に花を咲かせているとお話してくれました。奥様はもう点滴のみの生活だそうです。

皆がその同じ道を行くわけですが、神様を信じている私たちに不安はありますが、神様に守られていることを確信していますから、すべてをお委ねしていくことができて感謝です。

賛美歌で楽に眠りぬ秋の夜。

おきつもの名張の山の秋時雨。

秋嶺の彼方の雲の夕焼けす。  馬場路哉

寒くなってきたので俳句が作りやすくなったのか、今週もまた出て行きました。たくさん載せていただいて心から喜んでおります。ジャーナルに載せていただくのがとても励みになっているようです。

10月10日

 昨日に比べると小糠雨ですが、うっとおしい秋雨です。

超エムとすおとぎ峠の野菊かも

腕利きの調理師死すや秋の風。

怪獣と見え葛高くよじ登る。

ケトウを咲かせて媼施設へと

筋肉の衰へどうのと敬老日。  馬場路哉

秋から冬への移り変わりですね。

 

馬場暁美

上野緑ケ丘教会会員


 『その愛のゆえに』

   =時々の記= 

    (199)

8月14日 

 蒸し暑さが感じられます。それに今までの暑さで弱っていた体がいっそう疲れを倍加させています。明日、山添に来る予定だった娘は私が疲れているようだからまた涼しくなった時に帰るからと、先ほど電話をくれました。やれやれです。本当に疲れが出てしんどくて仕方ありません。明後日は乳がんの検診で奈良まで出かけなければいけません。主人が往復の車の運転はしてくれるので助かります。予約してあるので何とか頑張って出かけてきます。

タケノコの頂点達し皮脱ぎぬ。

鬼百合の過疎地の端に固まりぬ。

山中に信者住みける花むくげ。(山添村で初めてのキリスト者のおうちです。父が牧会していたころに礼拝に時々来てくれました。)

下草を刈るや全身汗まみれ。

手花火の煙り幼児を包みけり。   馬場路哉

山添村で初めてのキリスト教の信徒になられた方はよく、日曜日の礼拝以外にも教会を訪ねてきてくださり、よく話をしていかれました。主人はその方からキリスト教のことを郵便局でうかがったといっています。そんな時代にキリスト教を求めたご夫妻のことは皆さん敬意を表しておられます。神様のなさることはすべて時にかなって美しいというみ言葉を思い出しています。

8月16日 

 乳癌の検査で山添から九十九折れのカーブの多い山道で酔いそうになりましたが、主人の安全運転で無時に往復できました。検査の結果はあの大きな嚢胞が消えてなくなっているといっていただきました。神様の憐れみと恵みにただ感謝いたしました。

お祈りに支えられていることに心強く思います。帰りの道はとても気分良く帰宅できました。やはり奈良市立病院は大きくてびっくりいたしました。

8月27日

 もう10月号のご準備ですか。その気力はどこから出てくるのでしょうね。今日は睡眠導入剤を求めに大阪の柏原まで出かけてきました。先生も大変なご苦労をされておられるのでとてもよく理解してくれます。秋の花コスモスがちらほら咲き始めています。

風に揺れている姿はとても可憐です。

ぶつかるは油蝉なり水掛かる。

涼しくも素早く子猫木に登る。(虎ちゃんのことです)

新涼や夕べの風に棕櫨そよぐ。

父と母の写真を拭きて盆用意。

ずいき剥く指をうっすら紅に染め。(ずいきというのはサトイモの大きな茎です)

                         馬場路哉

8月29日

 本日、9月号のジャーナルをお届けいただきました。とても重みのある「今月のことば」に主人と二人で“その通りだねと祈りを捧げました。それに今月号から、パーマーの「聖霊とその働き」が連載されるのですね。感謝です。というのも、以前送っていただいた本の中からパーマーの「聖霊のその働き」を好んで読んでいます。そしてとても力づけられているというのです。

黒白の雲入交り秋暑し。  

雨降って拭き掃除しぬ秋初め。(主人は掃除をするととても丁寧にしてくれます。)

草刈れば戯れもして親子猫。  馬場路哉

8月31日

 いよいよ明日から9月のスタートですね。2学期の始まりかと思っていたら、最近は25日から新学期になっているようです。この暑さの中、勉強ができるのでしょうか。

集中力が出ませんよね。やはり2学期は9月からが適していると思います。裏山ではツクツクボウシが鳴き始めています。いよいよ秋だよとでも言わんばかりにどこか寂しげに鳴いています。我が家のミニトマトも動物たちもおいしいところをすべてやられてしまいました。獣たちも必死ですから。素人の私たちは無防備すぎて獣いたちもびっくりしていることでしょう。イノシシさん、冬野菜は食べないでねと言いながら畑を耕していました。

 最近は山添では大きな百日紅(ひゃくじつこう、さるすべり)を庭にたくさん植えてあります。ピンクが多いのですが、今日は白い花のものを見つけました。とてもダイナミックなお花です。夏の終わりの疲れが出てくる頃に眺めると元気をもらえそうなお花です。それに夾竹桃(きょうちくとう)が暑さに負けずに濃いピンク色の花をたくさんつけて咲いています。朝の散歩では気が付かなかった花たちに出会えてとても感謝しています。

竹落ち葉トユより除き住まいをり。

電線に睦まじく寄る秋燕。

過疎の村昔変わらぬ蝉の声。

ミソハギや祖父母作り̪田の脇に。

山蟻は走り回りぬひたすらに。    馬場路哉

小さな畑の衣替えです。冬野菜を植え始めています。昨日は水菜、今日は白菜と大根を植えました。鍋物に使うことができるまでに成長するでしょうか。土地作りから始めなければ大きくならないといわれました。できるだけのことをやってみます。

 昨夜、家の庭でマムシの子供が現れました。猫たちが妙に怖がっているので見に行くとマムシです。主人に伝えてすぐに処理しました。9月がマムシが出てくる季節なのです。気を付けて懐中電灯を持つとか、長靴を履くとかして対策を考えています。

馬場暁美

上野緑ケ丘教会会員


 『その愛のゆえに』

   =時々の記= 

    (198)

7月28日

 毎月、「つのぶえジャーナル」のお届けが当たり前ではないことに心より感謝しています。教会の方々との交わりとは趣の違うコラムも主人と声を出して読みあっています。昨夜は「今月のことば」でした。私がゆっくり読むのを主人が聞いていて、その後感想を述べてくれました。難しいところをわかりやすく解き明かしてくれてあるので、私のように素人でも理解できるので喜んでおりました。

その後、聖書の出エジプト記を今度は主人が私に読み聞かせてくれました。十戒を石板に刻んでいく場面です。若い頃見た映画でもあの場面と海が二つに割れる場面がとても印象的でした。そんなことを思い出させてくれる出エジプト記です。

伊賀街道青嶺に向かひ伸びてをり。

元気なる辻井伸行や梅雨晴れ間。

九十九折多羅尾へ出れば閑古鳥。

沖縄の膿を素足で歩きける。

四隅を風の通れば梅雨明くる。  馬場路哉

息子が沖縄の大学にいたころその海の色に魅せられて何度も砂浜を歩いて散策したと教えくれました。でも湿度が高くて夏はとても過ごしにくかったと言っています。そんなときには海へ入って泳いだり、もぐったりして気持ちを晴らそうとしたそうです。

7月30日

この暑さに耐えられたなら、何とか、今年の暑さも乗り切ることができるのではないでしょうか。庭の朝顔たちは朝の5時ごろからほんの一時間余り頑張って咲いていますが、7時を過ぎるとその暑さで萎れてしまいます。あまりにも短い花の命ですね。

昨夜もジャーナルを読ませていただき、二人とも励まされて感謝して休むことができました。使徒パウロのような生涯、教えられました。主人の俳句が出来ました。

家前に完璧な虹仰ぎける。

先輩と海阪望む夏の旅。

しもつけの細やかさこそ神慮なれ。

起臥の時一声聞きぬホトトギス。

アジサイや鄙に朝日の差し染むる。  馬場路哉

ありきたりの俳句しか出てこないと嘆いていますが、よろしくお願いします。

馬場暁美

上野緑ケ丘教会会員


 

 『その愛のゆえに』

   =時々の記= 

    (196)

6月10日

今は曇ってきましたが、よく晴れ上がって暑い一日となりました。毎朝、4時に起きて聖書の通読と俳句の勉強ができている主人の日課にも感謝します。

つばくらの鳴きだす頃に起きにけり。

井戸替えや透明の水まず汲みぬ。

山峡に研ぎ澄まされてホトトギス。

篠茂り荒畑すぐに変わりけり。

聖霊の働きを知る聖五月。   馬場路哉

明日は雨が降るという予報ですが、また草刈りの「出会い」です。大雨だったら、延期です。小雨でしたら合羽を着ての草刈りです。

6月12日

 田舎の暮らしには慣れてきましたが、夏になると毎週のように「出会い」があるので疲れてしまいます。今日はリサイクル。昨日は先日の「出会い」で終えられなかった場所を皆でしました。高い山肌の部分を草刈りするのですが、その下は池です。みなさんスパイクのついた靴を履いて踏ん張っておられます。主人は足が悪いので違うところに回してもらいました。私たち女性は草刈りの後の掃除です。雨の降る前でしたので重みは感じましたが何とか時間内に終えることができました。家に帰るとぐったり、二人ともダウンしてしまいました。

聖霊の働きを知る聖五月。

旧友と労り会へる夏日かな。

明け易し妙なる鳥の音を聞きぬ。

硝子戸の白きヤモリを見て眠る。   馬場路哉

6月21日

我が家のくちなしの花が6年がかりで今年ようやく見事な花をたくさん咲かせてくれています。ほのかな甘い香りがお花に近づくにつれて漂ってきます。もうだめかと何度もあきらめていましたが、今年は冬から春にかけての葉っぱの勢いが違いました。ひょっとしてと期待を込めて消毒をしたり、虫を駆除したりと手入れを丁寧にしてきました。

するとびっくりです。つぼみが10個もついているのです。そしてあくる日にはその蕾たちがいっせいに花を咲かせてこの梅雨のうっとおしい季節を癒してくれています。主人は眼科へ出かけています。

早朝の祈り捧ぐや時鳥。

またたびや奥の花火の倉庫あり。

どくだみは十字架をもって天をさす。

井戸替えや日陰反射す虹色に。

草刈りの出会い必死や過疎の村。  馬場路哉

伊賀市内では眼科の専門医が2人しかおられません。それで朝9時前に医院に出かけても30名が待っているというのです。帰宅できるのは午後をかなり過ぎてからになります。白内障の手術になるかも分かりません。

6月24日

 フェーン現象というものなのでしょうか。南風が吹き荒れて洗濯物があちこちへ飛んでしまいました。またその影響で暑さがぐんぐん上がっています。室内で30,5度もあります。この夏一番ですね。これからこのように暑い日が続くのでしょうね。

草刈りの休むや茅花流しなる。

お互いに闘病すなり夏見舞い。

猫の子のおっとりとして抱かれぬ。

高くまで飛翔学ぶや夕ツバメ。

先生につつがあるとや青芭蕉。  馬場路哉

 

7月7日

 こちらは何とか雨が降らずに一日過ぎました。でも、この暑さに体力がついていきません。散歩は朝に出かけようと思うのですが、ぎらぎら光るお日様を見るととても散歩する気になれません。お隣の96歳になられる方(先日救急搬送された方)のお家にお見舞いに行ってきました。ご本人とはお会いできませんが、一人でお母様の介護をされている娘さんとしばらくの間お話しできました。病院への入院は免れたがやはり、体調が弱っているのが気になるといっておられました。とにかく体の体温調節ができなくなっているというのです。この暑いのに寒いからと毛布を重ねてみたり、食欲があまりないので心配されていました。ほんの10分ほどでしたが、“お疲れが出ませんように。”とお言葉を添えて帰りました。娘さん一人ですので誰にも相談できないのでとても喜んでくれました。

熱中症割くや朝の間草を刈る。(主人は朝6時過ぎから草刈りをしています。)

夕つばめ飛翔訓練とも見ゆる。

かの皐月絞るるまでの色あひよ。

一休みすれば老鶯鳴きにけり。

疾く起きて鳴きかはしをるツバメたち。  馬場路哉

7月15日

 今日散歩の折に近所の方から質問がありました。“統一教会ってキリスト教がもとなんだってね。” “ひどい宗教やね。”

私はすぐに否定しました。あれは悪徳商法集団で、エホバの証人も同じですとお伝えしました。このようなことに対しては曖昧は許されません。そう信じています。

草刈ってすっきりしたる広場かな。

梅雨腫れや良き絵葉書の到着す。

草刈るやリハビリの意図無くは梨し。

岩の上定家かづらの花散りぬ。

白鷺のたむろす朝の名張川。  馬場路哉

 

馬場暁美

上野緑ケ丘教会会員


 

 『その愛のゆえに』

   =時々の記= 

    (196)

5月16日

 朝から私は大変失礼をしでかしてしまいました。今朝の散歩で、塾での教え子のお母さんとばったり出会いました。もう35歳ぐらいになられているようです。私に向かって走ってきてくださるので何かあるのかなとは予感いたしました。優秀なお子さんでしたので、お母様の希望通りに大学卒業後、希望の所に就職されました。最近、何か不穏な気配が感じられたのですが、こちらからはそのようなことを聞くわけにはいきません。それで、私から息子が体の調子を崩して沖縄の研究室から郵便局へ転職したことを伝えました。するとお母様から一人息子が勤め先を辞めてしまったと言われました。びっくりいたしましたが、人生なんて、そのようなものなんだと私は思っています。順風満帆なんていう言葉がありますが、私には波乱万丈という言葉が合っています。

鳩あそぶ桜紅葉の木漏れ日に。

亡き犬の写真眺むやイースター。

モクモクと羊は草を食み続け。

アンデルセン慰めとなれ聖五月。

万緑や底ひに立つる川の浪    馬場路哉

5月18日

 朝からお日様が照りだして気持ちの良いお天気となりました。少しずつ冬物を片付けています。今日は毛布を一枚洗いました。一日少しずつ進めていくと、何とか終わりになるのではと考えて焦らずにゆっくり夏用に移行しています。今朝の朝の散歩は少し離れたところまで歩いていると、“えらい張り切りやな” “もう年なんやから無理したらあかんで”と注意してくれました。転倒しやすい年齢になっているのがわかってくれたのでしょう、そのご挨拶をしてからは注意深く一足また一足と踏みしめて歩き続けました。

さすがにこの照り付ける太陽のもとを歩いていると汗ばんできました。自宅へ着くと水分補給に番茶をグイっと飲み干しました。主人はまだ山添村村内を歩いています。きっとどこかで休んで話し込んでいるのでしょう。

高きにてあぐらを組むかの棕櫚の花。

瞳澄む翁の描きし代田かな。

注意報防霜扇の必死なる。

踏青やランポーの詩を口ずさみ。

燕すいと迫りて家に入る。  馬場路哉

5月30日

 昨夜はとても暑くて寝苦しかったです。今日もぐんぐん気温が上がってきました。

アカシアの花の群がる峠かな。

朴咲くや奈良名張扇道の上。

賛美歌を楽しく歌ひ聖五月。

つばくらのよろよろ飛びぬ若葉雨。

山に灯の点るをるかの椎若葉。  馬場路哉

6月1日

 昨晩は今月の「小閑記」から二人で学びあいました。そして何度も読み返して暗唱しました。それは“信仰によってキリストのうちにあろうとあこがれる。愛によってキリストのために生きようとあこがれる。希望によってこの世を去ってキリストとともにありたいとあこがれる。”というところです。

信仰を与えられ謝す聖五月。

八朔の半ば彼もし花蜜に。

急逝す媼の畑のボタンかな。

傘寿にてゆっくり味はふちまきかな。

なすべりそ湿るなぞへに蕗を刈る。  馬場路哉

田舎では蕗(ふき)は勝手に収穫してはいけないといわれています。蕗はそれぞれの家の先代が植えてくれたものだからです。勝手に一人生えてきたものではなく、所有者がいるということなのです。ですから山の境目を知らないものはよその家の蕗を取ってしまう恐れがあります。我が家では主人しかできません。なかなか山の境目というのはわかりにくいところです。

馬場暁美

上野緑ケ丘教会会員

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エネルギー技術の
 社会意思決定

日本評論社
ISBN978-4-535-55538-9
 定価(本体5200+税)
=推薦の言葉=
森田 朗
東京大学公共政策大学院長、法学政治学研究科・法学部教授

本書は、科学技術と公共政策という新しい研究分野を目指す人たちにまずお薦めしたい。豊富な事例研究は大変読み応えがあり、またそれぞれの事例が個性豊かに分析されている点も興味深い。一方で、学術的な分析枠組みもしっかりしており、著者たちの熱意がよみとれる。エネルギー技術という公共性の高い技術をめぐる社会意思決定は、本書の言うように、公共政策にとっても大きなチャレンジである。現実に、公共政策の意思決定に携わる政府や地方自治体のかたがたにも是非一読をお薦めしたい。」
 共著者・編者
鈴木達治郎
電力中央研究所社会経済研究所研究参事。東京大学公共政策大学院客員教授
城山英明
東京大学大学院法学政治学研究科教授
松本三和夫
東京大学大学院人文社会系研究科教授
青木一益
富山大学経済学部経営法学科准教授
上野貴弘
電力中央研究所社会経済研究所研究員
木村 宰
電力中央研究所社会経済研究所主任研究員
寿楽浩太
東京大学大学院学際情報学府博士課程
白取耕一郎
東京大学大学院法学政治学研究科博士課程
西出拓生
東京大学大学院人文社会系研究科博士課程
馬場健司
電力中央研究所社会経済研究所主任研究員
本藤祐樹
横浜国立大学大学院環境情報研究院准教授
おすすめ本

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教会における女性のリーダーシップ
スーザン・ハント
ペギー・ハチソン 共著
発行所 つのぶえ社
発 売 つのぶえ社
いのちのことば社
SBN4-264-01910-9 COO16
定価(本体1300円+税)
本書は、クリスチャンの女性が、教会において担うべき任務のために、自分たちの能力をどう自己理解し、焦点を合わせるべきかということについて記したものです。また、本書は、男性の指導的地位を正当化することや教会内の権威に関係する職務に女性を任職する問題について述べたものではありません。むしろわたしたちは、男性の指導的地位が受け入れられている教会のなかで、女性はどのような機能を果たすかという問題を創造的に検討したいと願っています。また、リーダーは後継者―つまりグループのゴールを分かち合える人々―を生み出すことが出来るかどうかによって、その成否が決まります。そういう意味で、リーダーとは助け手です。
スーザン・ハント 
おすすめ本
「つのぶえ社出版の本の紹介」
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「緑のまきば」
吉岡 繁著
(元神戸改革派神学校校長)
「あとがき」より
…。学徒出陣、友人の死、…。それが私のその後の人生の出発点であり、常に立ち帰るべき原点ということでしょう。…。生涯求道者と自称しています。ここで取り上げた問題の多くは、家での対話から生まれたものです。家では勿論日常茶飯事からいろいろのレベルの会話がありますが夫婦が最も熱くなって論じ合う会話の一端がここに反映されています。
定価 2000円 

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「聖霊とその働き」
エドウイン・H・パーマー著
鈴木英昭訳
「著者のことば」より
…。近年になって、御霊の働きについて短時間で学ぶ傾向が一層強まっている。しかしその学びもおもに、クリスチャン生活における御霊の働きを分析するということに向けられている。つまり、再生と聖化に向けられていて、他の面における御霊の広範囲な働きが無視されている。本書はクリスチャン生活以外の面の聖霊について新しい聖書研究が必要なこと、こうした理由から書かれている。
定価 1500円
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「十戒と主の祈り」
鈴木英昭著
 「著者のことば」
…。神の言葉としての聖書の真理は、永遠に変わりませんが、変わり続ける複雑な時代の問題に対して聖書を適用するためには、聖書そのものの理解とともに、生活にかかわる問題として捉えてはじめて、それが可能になります。それを一冊にまとめてみました。
定価 1800円
おすすめ本
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われらの教会と伝道
C.ジョン・ミラー著
鈴木英昭訳
キリスト者なら、誰もが伝道の大切さを知っている。しかし、実際は、その困難さに打ち負かされてしまっている。著者は改めて伝道の喜びを取り戻すために、私たちの内的欠陥を取り除き、具体的な対応策を信仰の成長と共に考えさせてくれます。個人で、グループのテキストにしてみませんか。
定価 1000円
おすすめ本

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さんびか物語
ポーリン・マカルピン著
著者の言葉
讃美歌はクリスチャンにとって、1つの大きな宝物といえます。教会で神様を礼拝する時にも、家庭礼拝の時にも、友との親しい交わりの時にも、そして、悲しい時、うれしい時などに讃美歌が歌える特権は、本当に素晴しいことでございます。しかし、讃美歌の本当のメッセージを知るためには、主イエス・キリストと父なる神様への信仰、み霊なる神様への信頼が必要であります。また、作曲者の願い、讃美歌の歌詞の背景にあるもの、その土台である神様のみ言葉の聖書に触れ、教えられることも大切であります。ここには皆様が広く愛唱されている50曲を選びました。
定価 3000円

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